理研仁科加速器研究センターが発見した113番元素の名前に「ニホニウム(nihonium, Nh)」が提案されたと、IUPAC(国際純正・応用化学連合)という国際機関が正式に発表しました。今後5カ月にわたるパブリックレビュー(意見公募)をへて、最終的に認定されます。ところで今回、IUPACの正式発表のときに研究者が何をしていて何を思ったのか、ほとんど報道されていません。なぜでしょうか。
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画像はIUPACのウェブサイトより。

発表時にどこで何をしていたのか報道されていない

科学ニュースの記者会見のあるあるの一つに「発表されたときどこにいて、どんな気持ちでしたか」という質問があります。

例えば、iPS細胞を開発したとして2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥先生は、ノーベル財団から連絡を受けたとき、洗濯機の調子がおかしくて洗濯機を見ていたというエピソードがあります。

ところが今回、113番元素の発見者(人工的に作り出したものなので合成者と呼ぶべきかもしれませんが)である森田浩介グループディレクターが、IUPACの発表のときにどこで何をしていたのか、何を思ったのか、ほとんど報じられていません。

報道解禁日指定が破られたことに残念

IUPACの正式発表は6月8日の22時30分(日本時間)。実は、IUPACの命名案の正式発表の翌日、合同取材(ニコ生へリンク)を受けた森田グループディレクターは、「IUPAC発表の22時30分、どこにいて、どんな気持ちだったか」という質問を受けていました。

森田グループディレクターは、22時30分のときは羽田空港から和光市行きの高速バス内にいて、パソコンなどを見ていなかったと答えました。

ただ、羽田空港に着いて(22時30分前)、携帯電話の電源を入れたとき、高校の同級生からお祝いのメールが何通か届いていたとのこと。そのとき「こんなはずがない、エンバーゴをかけているはずなのに、どこのとんでもないマスコミが22時30分前にやったんだと思った」と、やや憤慨気味に述べました。

エンバーゴとは「報道解禁日指定」のことで、報道機関に対して事前に情報を教える代わりに、解禁日まで報道を控えるように要請することです。報道機関には、事前に論文や研究成果をまとめた資料が送られ、報道機関はそれをもとに記事を準備しておきます。

科学の研究成果が発表されるときにエンバーゴはよくあることで、ニュースとして詳細に紹介してほしいけれども論文などが発表される前にリークされるのは避けたい、というときに行われます。研究者からではなく、論文が掲載される雑誌などから要請されます。

今回IUPACからエンバーゴの要請があったのか、IUPACのプレスリリースを見ても不明ですが、森田グループディレクターは「IUPACはエンバーゴをかけたというか、4つの元素を世界同時に発表するというセレブレート(祝福)の心遣いがあったはず。それを破られたことは残念」と話しました。

エンバーゴを破ったのはどこ?

では、エンバーゴを破り、IUPACの正式発表前にニホニウム命名案をリークしたのはどこでしょうか。

正確にたどり着くのは難しいですが、ヤフーのリアルタイム検索(Twitter、Facebookの発言検索)で「ニホニウム」を入力すると、IUPACの正式発表の20時間以上前となる6月8日午前2時に、産経ニュースが報じています。


ただ言い回しが妙で「日本語に基づく『ニホニウム』の可能性が高いとの観測が浮上している」という、可能性レベルの記述なので何とも判断できません。

これがヤフーニュースに掲載されたのが午前8時ごろ。このあたりからTwitterのトレンドに上りました。


そして13時以降になると大手の新聞社やテレビ局でも報道されるようになります。例えば。



そこでは「関係者への取材で明らかになった」と、エンバーゴが本当にあるのかどうか判断できない表現になっています。

というわけで、考えられる可能性としては、

・報道機関にエンバーゴの要請があったがどこかが破った(でもぼやかした表現にしている)
・報道機関にはエンバーゴの要請がなく、関係者がうっかり口を滑らせた

といったところでしょうか。

エンバーゴを破ってはいけないのはなぜ?

なぜエンバーゴを破ってはいけないのでしょうか。エンバーゴを要請する雑誌や機関との信頼関係が崩れるだけでありません。一抜けとして報道することで新聞の売上やニュースの視聴率が伸びる、あるいはウェブサイトへのアクセス数が増えて広告収入の増加につながります。これはアンフェアでしょう。

ただ、エンバーゴが本当に機能しているのかどうかと言われれば、今回のように「よくわからない」というのが実際のところです。全米サイエンスライター協会公式ガイドである『サイエンスライティング: 科学を伝える技術』(地人書館)にも、このように記載されています。

エンバーゴ制度がどのように機能するかに注目し、実際に違反者が現れる可能性に目を光らせよう。注目を集める話題ならば、報道解禁日のかなり以前に記事を書き上げておいた方がいい。そうすれば、誰かが禁を破った場合でもすぐに対処できる。どこかのメディアがエンバーゴを破れば、他のメディアも追随するに決まっているのだから。

『サイエンスライティング: 科学を伝える技術』(地人書館)17ページ

こんなことを書く公式ガイドもどうかと思うのですが、それが現実なのでしょう。

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島田祥輔(しまだしょうすけ)
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