20/24
フィル④
その日、ターミア家においてはパーティが開かれていた。
特に特別な日、という訳ではないが、王都の貴族と言うものはこうやって何かに付けては夜会やパーティを開き、その人脈を広げ、また交流をし、情報を集め、噂を流すのが仕事なのである。
領地にいるときには決して集められない重要で貴重な情報が集まるため、貴族たちは領地から王都に足を延ばしたときは必ずこうやって夜会を開くのだ。
そんなターミア家の夜会の行われている会場――つまりはターミア家の屋敷の大広間において、三人の、少しばかり浮いている人間が主催者であるターミア家当主ロッテルラン=ターミアと会話をしていた。
ロッテルランは既に年齢は40半ばに入っているが、その体形は未だ若々しく、文武両道で鳴らしていると評判の貴族の一人である。
白髪の混じっている髪も、教養の宿った瞳と共に眺めてみればそれは苦労の後ではなく知性の証のようにも見え、堂々たる主催者として見栄えがすると言えた。
そんな彼と会話しているのは、
「こ、こ今晩はお招きい、いただき、ま誠にありがとうごございます……」
青白いその肌と、特徴のある喋り方がトレードマークと言っていい男、ブルバッハ幻想爵。
それに、その横で、ブルバッハが話すと同時にゆっくりと頭を下げたのはヘイス、それに僕――フィルであった。
なぜこんな布陣で所謂敵地にあたるターミア家の夜会などに参加しているかと言えば、ここに入り込める日が今日をおいて他に見当たらなかった、というのが大きい。
あれからみんなで何度かターミア家の間取り図を眺めながら会議を重ねたのだが、物語のように簡単に突破点が見つかるほどこの家の戸締りはざるではなかった。
そのため、仕方なく正攻法で挑むことにしたわけである。
つまりそれは、誰かが先に屋敷に合法的に入り込み、のちに内側から侵入路を開いて仲間を招き入れると言う極めて正当な方法で、である。
その際に、合法的に入り込む方法として、近々ここで行われる夜会の情報をヘイスが仕入れていた訳だが、当たり前の話だけど僕ら平民の子どもたちだけで貴族の夜会などに入り込めるはずがない。
だから協力者が必要になった。
ナコルルが一番適切だ、とすぐに考えた訳だが、彼女はどうしても外せない用事があるようでどうにもならなかった。
では誰が、ということで次点に来たのが意外や意外、ブルバッハ幻想爵であったというわけである。
彼に夜会における立ち振る舞いと言うものが果たして身についているのか、みんなが心配したのだが、意外にも彼はソステヌーの外交に携わる機会も少なくないために、それなりにそういう場での立ち振る舞いというものが身についているとの自己申告があった。
疑わしい、と今日が来るまで信じ切れていなかったのだが、実際には彼は今、かなりうまくやっている。
もともと招待されていない夜会だったが、そこはナコルルの人脈の力でどうにかねじ込んでくれた。
僕とヘイスはブルバッハ幻想爵の付添としてついてくることを許され、そして今ここにいるというわけである。
そして、ここまで来ることが僕らの計画では最も難関であった以上、計画の成功はほとんど間違いないと確信している。
あとやるべきことは、外からテッドとコウを招き入れて、共に魔力触媒を探すだけだ――
そう思った僕は、ブルバッハ幻想爵に、少し席を外す旨を告げる。
なぜ外すのか、とはブルバッハ幻想爵にも、そして彼と話をしている主催者たるロッテルラン=ターミアにも聞かれはしなかった。
こういう場合にはトイレに行くという事だ、という了解があるのが普通で、その場所については夜会の会場である大広間入り口に立っている執事から聞くことになっているのである。
「……申し訳ありません」
そう声をかけるだけで、入口に立つターミア家執事はにこやかに洗練された仕草で僕にトイレのある場所を教えてくれた。
彼がわざわざついてこないのは、招待客を信用しているということであり、またそんなことせずとも問題は無い、という警備に対する信頼でもあるのだろう。
確かに今、この屋敷にはそれなりの数の警備兵がいるが、それでも僕らに対する対策としては十分ではない。
僕は大広間から出て、事前に打ち合わせして決めていた場所――屋敷の中の特定の窓に向かい、その窓を静かに開けて、外にいるだろうテッドとコウに合図する。
それは窓の外に見える様に手を振る、という単純なものだったが、二人はすぐに気づいて影のように滑らかに屋敷の中に入ってきた。
「……うまくいったみたいだな」
そう言ってテッドが笑った。
「これからが問題だってこと忘れんなよ、テッド。……じゃ、フィル、行こうか」
コウがそう言って、歩き出す。
その足取りには一切の迷いがなく、こいつは自分の家でも歩いているつもりか、と聞きたくなるほどである。
しかし実際には、その進んでいる道は事前に警備兵の位置を確かめた上で、丁寧にそれを避けるように定められたものである。
なぜそんな道が分かるのか、と言えば、それはジョンの魔法を遠慮なく使っているというのが大きい。
足音や空気の振動で人の動きを把握できるその魔法は、魔力によって探査する方法と異なり、相手に魔力を感知されると言うことが無く、こういう仕事にはうってつけ、というわけである。
悪用すれば相当荒稼ぎできそうな魔法だが、そういう用途に使用することはジョンに厳に禁じられているため、そんなことはしない。
今回のことも見ようによっては不法侵入だから悪いことになるのかもしれないが、その目的は不法に奪われた品の取り返しなので許されるだろう。
そうやってしばらく歩いていくと、僕らはついに目的地にたどり着く。
「あそこで合ってるの?」
僕がそう尋ねると、コウが頷いて答えた。
「あぁ、地下の宝物庫が一番怪しいって話だからな……」
見ると、視線の先のある一点から下に向かって階段がらせん状に伸びていた。
夜の暗がりの中ではそれはどこまでも続いて地獄まで続いているように見える恐ろしげな闇のように見えた。
けれど、実際にそんなことがあるはずはない。
当たり前に地下に続き、そして当たり前に宝物庫がそこにあるはずだった。
「ただ、問題があるな……」
テッドがそう言って頭を抱える。
そう、僕らの視線の先には、その問題と言う奴が鎮座していた。
鉄鎧を身に纏った、見るからに恐ろしげな大柄な男がそこに立っていたのだ。
明らかに宝物庫を守るためにそこにいますと言わんばかりの分かりやすい警備兵である。
「どうすんだよ、あれ……」
「どこかにいくのを待つか?」
テッドとコウが頭を抱えながらそう話した。
けれど僕は懐からあるものを取り出してコウに手渡す。
「こいつは……なんだ?」
「睡眠薬。即効性。劇薬」
端的に答えて、僕はコウに笑いかける。
コウは引き攣った笑みを浮かべて、
「……本当のところ、お前がカレンの次に怖い奴だよ……」
と言いながらジョンの魔法の中で、何かをピンポイントで飛ばすときに便利な風の魔法を使い、その劇薬を大柄の鎧門番の鼻先に飛ばした。
その効果は劇的なもので、ほんの少しの間、不思議そうな顔をしていたが、がしゃん、と音を立ててその場に転がってしまった。
「……まさか、死んでねぇよな?」
あまりの効き目に心配そうにテッドがその大男に近づいてその息を確かめる。
僕とコウは固唾を呑んでその様子を見守ったが、テッドが、
「大丈夫だ。ちゃんと息してる。さっさと宝物庫に行こうぜ」
と言ったので目的を思い出して階段を下りて行った。
◆◇◆◇◆
宝物庫は宝物庫と言うだけあって、様々な宝物が所狭しとひしめき合っていた。
絵画や宝飾品はもとより、剣や槍などの武具も多くある。
僕たちはここで間違いないだろうとそれで確信し、目的の魔術触媒――つまりはカレンの杖を探した。
そしてそれはあっけないほど簡単に見つかる。
「……あった!」
発見したのは僕だった。
黒いワンド部分に、水色の魔石の嵌められたそれは、その装飾と合わせて間違いなくカレンのものだ。
「おし、ずらかるぞ!」
テッドがそう言ったので、僕は宝物庫の出口に向かう。
しかしなぜかコウが中々出てこない。
不思議に思って戻ってみると、そこにはまだコウがいた。
手には水晶を持っていて、しばらく立ち尽くすようにしてそこにいたので、僕はあわてて声をかけた。
「何してるんだ、コウ! 早く!」
コウはその言葉に振り返り、そしてやっと出口の方に歩いてきた。
「おう、悪いな……行くぞ」
そう言って、先ほどまでが嘘のような速度で宝物庫から出て階段を登っていく。
そしてそのままテッドとコウは入ってきた窓から外に出て、杖を持って去っていったのだった。
僕は改めて夜会の場に戻り、ブルバッハ幻想爵のお付きとしてヘイスと共にそつなく過ごし、そのまま帰ったのだった。
計画は成功した。
このときはそう確信してやまなかった。
◆◇◆◇◆
暗い部屋の外を窓から覗いている男がいる。
彼の顔を見れば、フィルならこういったことだろう。
あぁ、彼は、ロッテルラン=ターミアその人に他ならない、と。
少し休憩をと、屋敷の二階の自室に戻ってワインを飲んでいた彼。
ふと窓の外を見ると、面白いものが見えた。
今、彼の視線の先にあるのは、長い棒状の何かを布で包んだものを持って、逃げる様にターミア家の屋敷から遠ざかっていく二人の少年の姿だ。
テッドとコウ。
彼はそれを見ていた。
けれど彼はその場で糾弾することなく、部屋に戻っていく。
なぜか。
それはあとで学院において糾弾し、彼らの罪を暴けばそれでいいと考えているからだ。
いずれ、二人の少年を学院から追放することになるだろう明日のことを考えて、ロッテルランは機嫌よく元の夜会の場へと戻っていった。
◆◇◆◇◆
次の日、僕らは学院長室に呼び出された。
その理由は、“先日ターミア家で起こった盗難事件について聞きたいことがある”である。
完璧だと思った。
何の問題もないと思った。
けれど、実際にはばれていたのだ。
僕はそのことに悔しい想いを感じながら、学院長室に足を踏み入れる。
開けたドアの先には、すでにテッド、コウが立っていた。
ヘイスとブルバッハがいないのは、彼らはとぼけ切ったか、テッドとコウが名前を挙げなかったかだろう。
部屋には他にも人がいて、ナコルル、それにロッテルラン=ターミアと、その息子アナイシトス=ターミアが良く似た表情でにやにやとこちらを見つめていた。
勝利宣言、というやつだろうか。
極めて腹立たしいが、しかし僕らは負けたのである。
「さて、役者がそろったところでお話を始めましょうか。テッド君、コウ君、それに、フィル君。君たちは先日、我が家に入り込み、宝物庫内から我が家の家宝である杖を盗み出しましたね? これはしっかり確認が取れてることですよ……とぼけても無駄です」
そう言って、逃げ去るテッドとコウの後姿を移した静止型の映像水晶を出して見せてきた。
ここまで証拠が揃っていたら、もう開き直ることも出来ない。
僕は完全に負けた……と思い、謝ってどうにかなるものではないがとりあえず謝ろうとした。
ナコルルも、
「事実なら……まず謝罪せねばなりませんね……」
と擁護すべき言葉が見つからないようだ。
明らかにカレンの杖を奪い返しただけなのだが、それについて調査しろ、とか言っても貴族相手に通る議論ではない。
そういうやり方は出来ない。
そのため、どうしようもないのだ。
少なくとも僕はそう思ったし、テッドもコウもそう思っている、と考えていた。
僕らは負けたのだ、と。
けれどうつむいた顔をあげてコウとテッドの表情を見てみればその顔は吹き出しそうな笑顔に染まっていて、まるで不安そうなところがない。
そして何をするのかと思えば、突然コウは胸元から映像水晶を取り出し、そして再生しだした。
そこに映っていたのは、あの宝物庫の様子である。
「確かに俺たちはここに忍び込んだ……そしてここから杖を奪った」
「ほう……認めると言うのか。なるほど、ここは確かに我が家の宝物庫――ッ!?」
うんうん、と頷いていたロッテルランの顔が突然歪む。
それを目ざとく見つけたコウが、笑って聞いた。
「へぇ……ここがターミア様のお家の宝物庫なんですか。だったら俺たちは泥棒ですねぇ……でも、ターミア様もそうなんじゃないですか?」
ずばり、と切り込むようにそう言ったコウの話が僕には理解できなかった。
しかしナコルルは違ったようだ。
喉から枯れたような声で言った。
「こ、これは……ユキトスの“星の営巣”……ナベールの“水を汲む女”……タタリアの“魔術的論理”……全て、盗難の被害に遭って未だどこにあるのか不明のはずの美術品ではないですかッ!?」
そう言った瞬間のロッテルランの表情の変わりようと言ったらない。
「は、はは……そ、そうだね……確かに、そのようだ。いや、これは我が家の宝物庫ではなかったようだね」
などと言い繕っている。
そしてコウは攻めるのをやめようとしなかった。
「そうですか? でも俺たちが先日忍び込んだのは確かにここでしたよ。ほら、ここに映っている杖。これを盗んできたんです。そして俺たちが忍び込んだのはここだけなんですよねぇ……あれ、おかしくないですか? 俺たちが忍び込んだのってターミア様のお屋敷だったんじゃ?」
「い、いやっ……どうも、それは間違いだったようだね! いやいやいや、済まない、こんなことに巻き込んでしまって。あぁ、私は用事を思い出したよ。いやいや、領地に帰らねば……さて、アナイシトス。お前も領地に戻る準備をしなさい。すぐにだ。早く!」
「お、お父様!?」
そう叫んで二人は逃げる様に学院長室から去っていった。
残された僕たち。
僕とナコルルはため息をついて、その場にへたり込む。
テッドとコウはまだ笑っていた。
酷い奴らである。
絶対に勝てると分かっていたのに、そのことを教えてくれなかったのだから。
「……全く寿命が縮むと思ったぞ。まぁ、それは良いか。それよりコウ。さっきの映像水晶、本物か?」
ナコルルがそう尋ねた。
そうだ、重要なのはそれだ。
もしそれが事実なら、あのターミア家は美術品の盗難、横流しに関わっているという事になる。
コウは頷いた。
「俺も見つけたときはびびったぜ。ヘイスに美術品の目利きを教えてもらってて本当によかった……それで、これは映像水晶に映しておけば、のちのち役に立つだろうと思ってな。実際、役に立ったぜ」
「先に言ってほしかったよ……」
僕がそう言うと、
「そうしたら詰まんないだろうが。フィルの怯えた顔、中々乙なもんだったぜ!」
ははは、とテッドとコウ二人で笑うものだから、こいつら村にいたときの悪がき時代から本質は全く変わってないなと深く思ったのだった。
そうしてカレンの魔力触媒はちゃんとカレンのもとに戻り、一件落着、というわけである。
余談であるが、ターミア家はのちに美術品盗難の件について捜索の手が入り、御取り潰しと相成った。
コウを敵に回すと恐ろしい。
悪巧みはコウが最も巧みである。
その事実を改めて知った一件であった。

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