日韓併合は植民地支配ではない、という嘘(1)の続きで、ここでは朝鮮を植民地とした当時の新聞記事を並べていく。

中央新聞 1912.5.18(明治45)
殖民地の清酒需要
拓殖編

朝鮮
朝鮮に於ては清酒の醸造というものは殆んど見るべきものがないのであるから、移住者が飲用するところの清酒は悉く日本内地よりの輸入と見て差支ないのである。

▲台湾
▲関東州
▲樺太
▲北海道

東京日日新聞 1912.5.22(明治45)
朝鮮制度の改革
小松外事局長談

朝鮮は未だ台湾の如く全盛時代に至らず其の面積人口等に於ても他の植民地に数倍若しくは数十倍し将来発展の予知広汎なるが上一国の細片を割取したるものと堂々たる国家を形成せるものの全部を挙げて得たるものとは歴史上民心上同日の論にあらずこれ朝鮮の行政機関が他の植民地の行政機関と同一に見る能わざる所以なり

時事新報 1912.9.17-1912.10.1(大正1)
東京 
台支満鮮視察 (一~一四)
[台湾視察記]
一色生
 
尚お一言すべきは台湾銀行又は朝鮮銀行の如き植民地銀行は総て一括して一銀行の下に経営すべしとの意見及び総て日本銀行に合併せしめて其支店と成し内地も植民地も日本銀行の采配の下に集むべしとの意見あること是なり

神戸又新日報 1913.5.11-1913.5.16(大正2)
三十年間の通信事業 (一~四)
加藤神戸逓管局長談

昨年度地方庁又は台湾、朝鮮の如き植民地に於て補助したる額を除き政府の航海造船の為め支出したるもののみにても約千二百四十万円に上って居るのである 

大阪新報 1913.8.19-1913.10.11(大正2)
大阪の工業(一~三十二)

大阪は日本における商業の中心とし関西は各地は勿論朝鮮台湾満州の植民地及び支那印度方面における販路を控え居れる関係上各種生産品の大部分は大阪の商人の手を経由するが普通なるに

京城日報 1914.5.16-1914.7.2(大正3)
朝鮮将来の工業(一~四十二) 有望なる工業の研究

併合以来或は又た統監政治時代に在りて当局者の工業奨励に関する一般的施政としては、先づ安寧秩序の維持を計り匪徒草賊不逞の輩を掃蕩して順良の民をして安んじて業に就くことを得しめ、更に財政の根本方針を決して貨幣制度を改善統一し、且つ経済状態の幼稚なる人民に対して実業発展の途を開くため一般取引の刷新と資金運用の利便とを図り殊に従前金利の無暗に高かつたため地方金融の梗塞を来し、為めに良民の産を破り産業の発展を阻碍し延て社会の健全なる階級を破壊するの罹れありし故利息制限令を公布して一般金利に制限を付し、又は土木行政を統一し、交通政策としては諸般の事業の振興に伴い一般旅客の往復貨物の輸送が頻繁に赴くに対して鉄道施設の完備を□し、地方的交通機関として軽便鉄道の奨励をなし、海運に於ては命令航路を指定して半島沿岸の交通の便を計り、発電水力の調査を行うて電気電力の利用を奨励するの外度量衡制度を改善統一して取引の精確を促し更に会社令を公布し真摯誠実の事業会社を奨励して泡沫的会社の乱興を防ぐ等間接に工業の助長奨励に努るの外直接政府としての施設又は助力に於て遺憾なきを期しつつある。由来産業は民間の事であるが、其の初めて起る時に当り、有力なる勢力の後援と助力の下に立つに非ざれば発育は困難である。殊に技術を要する製造工業の如き、初めて植民地に之れを起すに当り資本を輸入して従来工業的経験に乏しい人民をして之れに慣れしむると言うが如き、如何にしても官憲の力を俟つに非ざれば周到を期する事は難いのである。

国民新聞 1914.10.15(大正3)
 
思うに我国に於ける畜産業の発達は近年稍々見るべきものあり将来益々発達せしめざる可らずと雖も土地の自然的条件不利の為め到底大なる発達を期す可らざる状態に在り勿論植民地たる朝鮮北海道の如きに於ては頗る有望なるものありとするも尚大組織の牧畜経営に就ては困難なる事情少なからず

中外商業新報 1916.4.10-1916.4.25(大正5)
最緊切なる農産開発(一~十六)
我農業の過現未増収方策の研究

植民地の農業
朝鮮満州台湾に於ける農産増収策の攻究と実行とは常面一日も之を緩くすべきに非ず而して是等植民地各領地の殖産興業行政が其中央監督庁を内務省と為し農商務省と為さざるが如きは洵に理解し得ざる所なり現行管制を改めて植民地農領地の農商工業政監督権を農商務に移すのは大体より観て利の多くして害の少きを認めざるを得ず(完)(□浦生) 

京城日報 1916.10.16-1916.11.14(大正5)
内鮮農産品及其加工品の出入状況 (一~十三)
朝鮮農業開発の根本研究

小麦
・・・植民地よりの移入は朝鮮二万石、台湾一万石に過ぎず 

大阪毎日新聞 1917.7.31(大正6)
満鮮鉄道統一理由
並に拓殖局設置理由

満鮮鉄道統一及び拓殖局設置の理由左の如し
・・・三、現在に於ては朝鮮、台湾及び樺太の政務は内務省の管理する所にして関東州は外務省の所管に属せり而して共に省内の一課に於て之を管理し植民地行政の指導監督到底十分なるを得ざるや言を俟たざるなり是を以て政府は今次拓殖局を設けて現時の不備なる植民地監督行政の短所を補うと共に満洲の開発に関する諸般の事項等を掌理せしむる事とし以て機宜に応ずる措置を執れり(東京電話)

福岡日日新聞 1917.10.11(大正6)
鉄鉱と製鉄
九大工科教授 高壮吉博士談

植民地の鉄鉱
されば将来製鉄事業を殷盛ならしむるには之を新領土に求めざる可らず幸にして朝鮮は赤鉄鉱、褐鉄鋼等豊富にして現在採掘に着手せる者もある位なれば将来探鉱の結果に依り如何なる有利の富鉱を発見するやも知れず又台湾にても現在は一鉄鉱山なきも東部海岸蛮界一帯には確に富鉱ある可き地質を有せるを信ず樺太も亦然り北海道にも尚幾千かの鉄鉱の存在ある可く信ぜらる、
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00045328&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

台湾日日新報(新聞) 1918.5.23-1918.5.24(大正7)
開道五十年に相当する北海道殖産興業の将来 (上・下)
茶糖生

朝鮮或は台湾が後進の植民地たるにも拘らず、隆々として進歩発展するに対比し、北海道は開道以来五十年となるのに、開拓の曙光が今日漸く認めらるるの有様であるかに思われるのは、同道の為めに大に遺憾とするのである

神戸新聞 1918.12.12(大正7)
兵庫港

改良工事の内容
更に東出町の岩壁を整理し宇治川口の弁天浜沖に突堤を設け台湾朝鮮等所謂植民地貿易に対する船舶碇繋所とし 

台湾日日新報 1918.12.29-1918.12.31(大正7)
問題の日月潭水電 (上・下)
台湾当局の決意堅し

政府は臨時事件に関する経費の財源として公債又借入金に要する金額を、軍事費特別会計に於て一億八千万円、一般会計に於て歳入出不足額二千二百万円を計上し、此外一般会計其他に属する事業費の財源に充つべき公債又借入金予算電話、鉄道等の拡張又建設改良費、朝鮮、台湾、樺太、各植民地事業費総計約一億円を計上し、更に又臨時国庫証券発行限度を三億円に拡張の計画を立てて居る、

京城日報 1919.1.27(大正8)
各植民地の通信事業

吾が各植民地乃ち朝鮮台湾樺太満洲に於ける通信収入の収支並に収益状態に付逓信局の調査を聞くに左の如く収入は朝鮮最も多きも然も土地の面積人口その他より稽査すれば比較的少額なるに似たり比較表左の如し 

満州日日新聞 1919.4.11(大正8)
事業界の刷新
依頼の念を去るべし
某実業家談

植民地の事業が概ね創始的にして官憲の力に依頼すること多きは免かるべからざる常態なるが当局者の興業殖産方針が集中策を執るも亦普遍的の方策を執るも其保護主義に依り補助金等官憲に依頼の念慮厚くして自然独立的経営に欠陥あるが如きは一種の通弊として漸次之を矯正せざるべからず固より産業の奨励は必要のことにして補助等も不可なれども此間大に手加減を要する次第にして要は実際上有効の方法を欲求し補助を与え保護を加うるが為に却って弊害を生じ事業の実体に不安を有すが如きは避けざるべからず現今朝鮮と言わず台湾と言わず又我満洲に於てもこれ等の保護奨励策に倚頼すること大にして事業経営の実を挙ぐるに確信を欠き頗る薄弱なるもの少しとせず

大阪毎日新聞 1919.5.4(大正8)
拓殖務省新設か

二、拓殖局統轄地域は台湾、朝鮮、関東州、南樺太の四植民地にして其面積内地前部と比敵するのみならず南満鉄道、東洋拓殖、台湾電力三会社及び朝鮮銀行の如きも其監督に属し是等会社の事業を経営しつつあり支那、西伯利方面の状態についても其実状を観察する必要あり到底現在勅任官二名、奏任官五名のみを有する拓殖局にては十分に統轄の実を挙ぐり事至難なり 

大阪時事新報 1919.5.20(大正8)
拓殖省新設の希望
予算概算書を二三通編成

拓殖局の意見を聞くに従来同局現在の制度にては種々なる不便欠陥を感じつつあるを以て之を拡張して一省を新設せんとの計画は所謂時勢の要求に応ずる必須の急務にして各方面の斉しく認むる処なるが現在同局の統轄する朝鮮、台湾、邦領樺太及び関東州の四植民地の外

東京日日新聞 1919.5.23(大正8)
拓殖省新設問題

我国の植民地制度は中央に統一機関なく、偶是を置くも極めて微力なる為め、互に対立し、例えば朝鮮総督の如き軍事上に於ては勿論、一般行政事務に於て恰も天皇に直隷せるかの如き観あり。啻に政令の統一を欠くのみならず、立憲内閣の性質より見るも、甚だ面白からざるの感なきを得ず。現下の重大時期に際し、植民地問題を適当に処理し、従来の弊風欠陥を除去するの一策は、中央に独立せる拓殖省を設置し、責任ある拓殖大臣をして是に当らしむるにある也。更に又之を各殖民地予算の甚だ多額なる点より見るも、一個の独立省を設くることは必要なりとなさざる可からず。今年度予算に徴するに朝鮮は七千七百五十万円、台湾は七千三十万円、関東州は八百六十万円、樺太は五百八十万円、其合計は一億六千二百万円の巨額に達す。

大阪毎日新聞 1919.7.10(大正8)
植民地富力増進
朝鮮は堅実 台湾は投機

最近株式界が異常の昂騰を来したるに連れ内地各方面の株式投資者の増加すると同時に台湾朝鮮の如き植民地よりの購買亦著しく増加し世人の注目を惹きつつあり 

満州日日新聞 1919.9.27(大正8)
産業政策論
独立自営を基本とすべし

 林関東長官が就任の初頭に当りて、在満人士が官憲に依頼することの非を喝破したるは、確に頂門の一針なりき。吾人は植民地の創始的事業が官憲の力に待つこと多きを知ると雖も、民間人士が諸般の事業に当りて、官憲の保護を植民地の特権の如く心得、事業の実体を軽視するが如き風あるを絶対に排斥す。勿論植民地に於て官憲の鼻息の掛らざるもの少し、而して官憲亦好んで自己の権限の大を誇りて、殆ど無用に近き迄に凡有の世話を焼く、全く余計のことなり。さればこれが為に民人官憲に頼る念慮を厚くし、一にも二にも御用式を発揮して得々たり、敢て満洲と言わず、朝鮮然り、台湾然り、樺太の如き小天地に於ても亦然るなり

神戸又新日報 1919.9.28(大正8)
本邦船現在数二千八百三隻

逓信省の調査に係る本年七月末現在に於ける内地在籍の本邦汽船登録数は合計二千八百三隻総噸数合計二百六十二万千八百三十五噸にして内総噸数一千噸以上のものは六百九十隻二百十四万五千四百八十二噸なり之を積量別に示せば左の如し 

[図表あり 省略] 

次に尚植民地在籍汽船数は朝鮮八十七隻三万七千四百七十六噸内千噸以上のもの十一隻二万五千五百四十五噸台湾二十六隻七千六百五十八噸内千噸以上のもの二隻五千四百五十噸関東州七十隻十二万六千百三十噸内千噸以上のもの三十六隻十一万八千九百三十八噸なれば七月末現在の本邦汽船総数は結局二千九百八十六隻二百七十九万三千九十九噸内千噸以上のものは七百三十九隻二百二十九万五千四百十五噸なり 

満州日日新聞 1919.10.10(大正8)
内地植民地共通問題
経済的共通を緊要とす

内地と植民地との政治的共通に就ては、歴史を異にし民情を異にする点に於て、望んで容易ならざるものあり。或期間は必ず不可能の問題なるが、併しながら其差別の成るべく僅少にして、能う限り同一の歩調を執らんことは、必要にして当然なり。吾人は上下三千年の光輝ある歴史を有せるの故を以て、敢て植民地新附の民に向って之を誇るにあらざれども、これが為に有せる我欽定憲法を直に植民地に実行せんとするが如き論者に向っては、遺憾ながら未だ賛成を表する能わず。勿論歴史を異にする新附の民と雖も同じくこれ帝国の臣民なり、一視同仁の我施政に於て日本国民たるに何等の差別あらざるが、此間法律制度は自ら同一なるを得ず、畢竟特殊の土地には特殊の施政を要する次第なりされば朝鮮には制令あり台湾には律令あり

大阪朝日新聞 1919.10.23(大正8)
植民地の米作と水利事業

植民地といえる中には、朝鮮台湾の外満洲北海道を包含しても可なるが、満洲には百万町の水田適地ありと云うも、比較的容易に水田耕作をなし得べきは、安東県大石橋、奉天、開原の四地方を主として二十万町なるが、

満州日日新聞 1920.1.1(大正9)
満蒙開拓の二大要義
春亭学人 木村誠次郎

我帝国の重要なる領土否植民地としては台湾あり朝鮮がある而も此両者は或意味に於て少なくとも地理的、経済的見地に於て余りに局限せられたる感じがする。反之満蒙は何となく広々漠々たる感じがする。

新愛知 1920.1.3(大正9)
工業と農村の握手
労力の都会集中緩和策
工女の通勤制=農村の過剰
労力利用=失業問題の解決
田中萃一郎

我が植民地統治の最も大なるものとしては先ず朝鮮を挙げなければならぬが元来朝鮮の状態は台湾の夫に比較すれば気候其他の関係より見て寧ろ劣って居るものと謂わなければ成らぬ併し人の力を以て開発すると云う点に於て天然の状態が頗る有利なるものあり 

大阪朝日新聞 1920.3.3(大正9)
対支邦人企業の勃興
紡績其他の計画

内地に於ける直接生産業の新規計画は最早其余地少く従って植民地に於ける計画も総じて間接事業の興起を促せるの状態にて財界の膨張に伴い当然の結果として拡張を実現せるは先ず金融等なり最近実現せられたるものを列記せば朝鮮銀行の倍額増資八千万円、朝鮮殖産銀行の一千万円を三千万円に正隆銀行の六百万円を二千万円に安東銀行の百万円を一千万円に増加せる外資本金一千万円の満州銀行其他一二の新設計画あり

大阪朝日新聞 1920.10.29(大正9)
電信改善協議会

逓信省にては二十八日午前十時会議室に於て電信業務改善に関する第一回協議会を開き東京中央電信局長大阪中央電信局長を始め全国電信課長二十二名及び地方逓信局通信生養成所主任七名本省側よりは秦次官、小久保勅任参事官、米田通信局長外局課長臨席秦次官の訓示米田通信局長の演説あり左記協議事項に就き意見を交換し午後四時散会せり本会議には朝鮮逓信局岡本技師、台湾逓信局山本技師、青島逓信部より嬉野事務官各植民地所管□を代表参加せり本議会は三十日まで三日間継続開会の筈(東京電話) 
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=00469331&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE

大阪朝日新聞 1920.11.24-1920.12.16(大正9)
尼港と樺太
法学博士 山本美越乃

唯西伯利に於ける暴民等が、彼地に在留せる我同胞の生命財産等に危害を加えんとする様の場合には、固より之を保護するに足る丈けの動員を行うの必要はあるが、然らざる場合には如何に彼等が赤化しようと紅化しようと、夫れは我が国の干渉すべき問題でないことは、恰も我が植民地例えば朝鮮に於て不逞の徒が如何に暴挙を敢てしても、他国の干渉すべき問題でないと同一である。 

神戸新聞 1920.12.5(大正9)
鉄道特別会計予算
一億円募債=建設改良費二億三百余万円=電化案は提出見合せ

鉄道省募集要求は事情已むを得ざる必要緊切なるものとし閣議に於ては別段異議なかりしも唯朝鮮台湾などの植民地地方予算との振り合いを考慮の上に置かざる可からざるを以てそれ等微細の点は鉄道大臣と大蔵大臣との協定に一任し閣議に於ては一億円募債を是認することとなりたれば鉄道予算の根本財源は全く決定を告げたる次第なり

大阪毎日新聞 1921.4.26(大正10)
改訂万国郵便条約
料金引上、事務簡捷

尚従来日本は万国郵便会議に於て一票の投票権を有したに過ぎなかったが今回は朝鮮其他の植民地全体の為に各一票を要求して可決されたので総計三票を行使し得る事となった、

大阪毎日新聞 1921.10.14(大正10)
長足の進歩を示した各植民地の鉄道
台湾、朝鮮、樺太の現況

東京日日新聞 1921.10.15(大正10)
植民地の鉄道
延長千七百哩

我国鉄道創業五十年記念日に際して現在の我植民地鉄道の状況を一瞥するのも多少の興味がある現在各植民地鉄道の総延長は官設約一千七百哩、私設約五百哩及軌道約六百五十哩其状況を見るに左の通りである

台湾鉄道
朝鮮鉄道
樺太鉄道

樺太日日新聞 1922.1.15(大正11)
植民地パルプ業
四会社八工場の現在と其将来

樺太産業会社と朝鮮製紙会社とは王子製紙会社に合併したから名称の上では淋しくなったが樺太、朝鮮、満洲にはパルプ業者が四会社八工場となった

大阪朝日新聞 1922.4.18(大正11)
逓信局長会議

逓信省に於ては四月十七日午前十時から省内会議室で逓信局長会議を開催した野田逓相以下秦次官、小久保勅参、各局長、課長、秘書官並に東京、名古屋、大阪、広島、仙台、熊本、札幌各地方逓信局長及び台湾、朝鮮、関東、青島各植民地より出席先ず野田逓相より訓示があって秦次官は指示事項につき説明をなし正午休憩午後一時再開会議事項につき審議をなし午後四時過ぎ散会本会議は向う一週間続行の筈(東京電話) 

国民新聞 1922.5.30(大正11)
英米満蒙商権拡張
加納鮮銀福総裁談

然るに我国では植民地銀行としては朝鮮銀行其他があるが其多くは商業資金の貸出を主として長期の貸出に応じない

台湾日日新報 1922.6.1(大正11)
我が海運界近況
保木海事課長談

(台湾は)逓信省の画一主義から朝鮮、樺太と共に植民地扱にされているのであるが、本島としては疾くの昔から内地と同一関税区域内に置かれ船体と雖も同様の輸入税を徴せられている内地延長主義の高唱され内台間交通の親密を期する上から言っても不合理な咄で不便な場合が多いから早晩何とか取計わねばなるまい

東京朝日新聞 1922.7.26(大正11)
逓信省計画中の無線網の普及

将来は国際的に支那対、濠洲、印度、欧州、米国進んで南阿南米等に対し国内的には台湾、関東州、朝鮮等の植民地並に離島本土間に完全な無電網を敷く計画があり

神戸新聞 1922.11.16(大正11)
輸出花筵野草筵の過去将来及び米国改正関税

元来この花筵は日本が世界唯一の産地であり而もそれが岡山、福岡、広島諸県という部分的産出状態に置かれているため鼻息は頗る荒い殊に近年内地に於ける需要が激増し欧洲大乱後贅沢心の勃興によって消化力は異常に増大されている更に朝鮮、台湾、満洲等の植民地に於ても旺に需要を喚起するに至った

大阪朝日新聞 1923.5.22(大正12)
植民地経済会議 当局設置を急ぐ

政府に於ては各関係省庁の官吏を以て植民地経済会議なるものを開設して鮮銀の移管問題を始め朝鮮、台湾、関東州、北海道等植民地全般に亙る金融機関其他経済問題全般の調査を為し根本的改善を期する事となり既に内閣に於て委員其他の決定も終り且つ政府当局も大いに之れが開設を急ぎつつあるから近く之れが開催を見る筈だと 

神戸新聞 1923.6.29-1923.7.8(大正12)
台湾視察 (一~六)
秋守常太郎

現に朝鮮以下各植民地に駐屯する官吏は、之を内地に比して其官僚的勢力が非常に強大であるから、従って腐敗の機会も亦多く且大である、

大阪毎日新聞 1923.12.9(大正12)
船舶法を植民地に適用
議会に改訂案提出の準備中

樺太汽船の傭船菊桐丸(大連置籍船)が樺太内地間の航路に就航することは内地船主を著しく刺戟したものと見え、逓信省に抗議的質問を発し逓信省も之に回答を与えたことは既報の通りであるが、船舶法の施行区域が内地本国に限られ樺太朝鮮台湾等の植民地に対しては効力を有せぬ性質上、法文の解釈において大連船の樺太木材積取は之を取締れぬ訳で逓信省はその意味から内地船主の取締要望を容れなかったのである、

大阪毎日新聞 1924.3.1(大正13)
単に参考迄に経済会議へ提供
植民地調査事項

植民地における重要経済間題調査のため内閣部内に設けられた植民地経済調査会は満等における金融機関改善に関し調査した

台湾日日新報(新聞) 1924.4.22-1924.4.23(大正13)
植民地銀行改善策に就て (上・下)
某実業家談

植民地とは台湾朝鮮遼東等のみを指すのでなく元気溌剌たる進取の気に富む愛国的同胞が懸外万里の異郷に発展する処之れ悉く植民地と称するも過言ではない

大阪毎日新聞 1924.4.26-1924.6.19(大正13)
財界野話
RI生

猫額大の日本植民地
 我が国は世界一の人口稠密国であるのみならず、その増殖率も世界一である、然るにこの人口を収容し得るまでに我が国の工業が発達して居るまでに我が国の工業が発達して居るかというに、半農半工程度の現状で殆ど問題とならぬことは今更説明するまでもなかろう。然らばその余剰人口を植民させる植民地を十分に持って居るかというに、これまた頗る心細い状態にある。即ち朝鮮、台湾及び樺太を合して僅に十一万一千九百八十二平方哩に過ぎない許りでなく、台湾は一平方哩二百六十八人、朝鮮は二百二人といったような密度を有して居る有様で、内地人の植民の余地が頗る少い事は見易い道理である。

大阪毎日新聞 1924.8.12(大正13)
不統一なる海事行政

海運界では夙に我国船舶法の統一を高唱しているが未だ実施に至らず現に関東州、朝鮮、台湾、樺太等の植民地にありてはその植民地長官の権限に属し我国船舶法を適用し能わぬ様になっているので

神戸又新日報 1924.8.26(大正13)
内地に統一するの私案
植民地に於ける海事行政を

本邦の船舶法は植民地に対しては最近樺太に其の一部を施行せらるるに止まり其他の植民地には其の効力を及さず台湾朝鮮満洲等各別に船舶に関する法規を制定し之を実行しつつあり

東京朝日新聞 1925.2.17(大正14)
海運国策の樹立上航路補助統一の議
植民地独立を廃して逓信省の所管に集む

即ち朝鮮総督府が朝鮮郵船を受命会社として十四年度において航路補助百余万円を計上要求せる如きは、斯界の某専門家の計算に依れば四十八万余円程度の補助にて事足ると見られている之は単に一例証に過ぎないが斯く植民地行政庁の航路補助が例年逓信省の航路補助に比べてぜい沢なる事実を等閑に附するは現内閣の財政緊縮方針にも背馳するところであり、

中外商業新報 1925.3.27-1925.4.15(大正14)
有力者の財界前途観
沈滞裡に徐々改善せん 第一銀行頭取 佐々木勇之助氏

更に眼を植民地に転ずれば、朝鮮の財界は一昨年の米国が良好であったのに加え、昨年の半価が高かったので余ほど改善し向ってをるただ満洲の財界は正に極度の沈衰を極め、この上萎靡する余地がないほどの悲境にある

大阪毎日新聞 1925.7.10-1925.10.11(大正14)
地方経済

資金難の朝鮮私鉄 (上) 朝鮮京城 砂田翠月生
然しながら植民地としての朝鮮は内地とは特殊な事情を有している。

神戸又新日報 1925.7.17(大正14)
五千噸以上船舶所有者
内地及び植民地

神戸海運集会所最近の調査にかかる六月一日現在内地、関東州、朝鮮台湾の在籍一千噸以上の船舶は 
[図表あり 省略] 

右の通りであるが其内五千噸以上の所有者を掲ぐると左の如し 
[図表あり(内地在籍)省略] 
[図表あり(関東州在籍)省略] 
[図表あり(朝鮮在籍)省略] 
[図表あり(台湾在籍)省略] 

中外商業新報 1926.1.7(大正15)
人絹に対抗するには生糸を尚低廉に
井上治兵衛

未開墾の土地である朝鮮、台湾及び満洲等の植民地に養蚕飼育を発展せしむべきである、然るときは労力低廉にして桑園は肥沃繁茂の荒野を開発し得るから繭産額もますます増加し糸価を一層低廉に販売し得るようになるであろう、

国民新聞 1926.7.21(大正15)
現行船舶法を植民地に適用
船舶検査法、吃水船法、積量測度法其の他法規全部統一
近く勅令を以て公布

我国現行船舶法は樺太(十二年以降船舶法第一、第二、第三の三個条則定)を除くの外、台湾朝鮮関東州等の各植民地には適用されて居ない

中外商業新報 1926.8.15-1926.8.21(大正15)
国際無電の現状と (一~七)
電波長の争奪
一記者

植民地通信
植民地の統治及びその産業開発上母国と植民地との連絡を緊密にし交通設備を完全にする必要があることは言を俟たない、現在においては台湾へ三線、満洲へ四線、朝鮮へ七線、樺太へ三線、南洋群島へ一線の海底電線があるけれども時々切断等の故障を生じ、かついずれも電報類がその負担容量を超過しているから、無線電信を以てこれを補足する必要がある、

満州日日新聞 1926.9.24(大正15)
過去二十年間に発展した州政の跡を顧みて
産業、教育、衛生等諸般の施設
満蒙に於ける文化の源泉

植民地に於ける土着人と本国人との割合を見るに我人口に於ては全人口百人中に日本人の割合は二十六人余に当って居る之を台湾に於ける四人五分朝鮮に於ける一人三分に比すれば著しく高率である

台湾日日新報(新聞) 1927.3.2-1927.3.4(昭和2)
財界の大勢と台湾経済界の推移 (上・中・下)
森台銀頭取演述

而して之を昨全年度につき見るに輸出総額二十億四千四百七十二万円輸入総額二十三億七千七百四十七万円差引入超額三億三千二百七十五万円にして之に台湾及朝鮮植民地の入超一億一千万円を加うる時は入超総額四億四千万円となり大正十四年に比し八千七百万円を増加せり 

大阪朝日新聞 1927.4.15(昭和2)
愈よ本年度から航空路の設置に着手
東京、大阪、福岡に飛行場 沿線に航空標識を
六十三万円の予算で−逓信省発表

もっとも上記二幹線中東京大連線にあっては朝鮮および関東州の境域内の施設につき当該植民地官庁においてそれを施設すべく右に関しては過般逓信省において植民地ならびに関係各官庁協議会を開催し詳細の協議を遂げた、

大阪朝日新聞 1927.5.23(昭和2)
農村の救済は積極政策あるのみ
帰郷の途にある山本農相語る
 
拓殖省新設実現化 人口食糧問題解決策として
おりから人口食糧問題の解決が政界各方面問題となりこの解決のためには当然満蒙問題にも関係し更に朝鮮、台湾などの各植民地にも関係をおよぼすこととなるので

大阪朝日新聞 1927.9.30(昭和2)
駅に通知すれば貨物を取りに来る
あすから安く簡便に鉄道の小口扱い

右新規定は内地省線駅間だけに限られ、朝鮮、台湾各植民地への輸送品はすべて適用されぬものである(東京電話)

中外商業新報 1927.12.16-1928.1.30(昭和2)
曠野と密林と宝庫の満蒙物語 (1~40)
 
これに反して日本の植民地獲得史はいずれも極めて最近の事実であり、しかしてまたその動機は全く自国の存立を全うする為の政治的理由に基く戦争の結果である。 
 台湾、朝鮮、樺太、南満洲等一つとして当初から欧洲のそれの如く侵略せんがための侵略によったものではない、

神戸新聞 1928.3.27(昭和3)
確定した植民地予算
二十六日発表

植民地予算は二十六日左の如く決定発表された(単位千円) 
 
朝鮮総督府
一、実行予算額 二〇九、三四三 
一、実行追加額 一七六 
一、追加予算額 一二、七三五 
計 二二二、二五五 

追加予算の中主なるもの左の如し
大体施設に要する経費一〇三△産米増殖計画による助成金の増加一一二△京城大学医学専門学校学年進行に伴う経費の増九八六△鉄道の新線開通事業増進等による経費の増加六、三一九△専売事業の増進による経費の増加一、四七九△通信事業施設の進展等による経費の増加三二三△災害費五二四 
 
台湾総督府
関東庁
樺太庁
南洋庁

満州日報 1928.6.8-1928.6.19(昭和3)
大連港の航路問題に就て
大連汽船 船長 田口福寿

目下我国における船舶法は内地、台湾、樺太、朝鮮及び関東州等の各植民地を通じて統一的に施行せられず、台湾、朝鮮、樺太及び関東州には各々特別の船舶令を有するが故に、その適用範囲に就き屡疑義を生じ種々の問題を惹起するに至るものである

台湾日日新報(新聞) 1928.8.20(昭和3)
来年一月一日から植民地に国有財産法を適用
之による収入を財源難の予算編成に充当する

【電通東京十九日発】
大蔵省では来年一月一日より植民地に国有財産法を適用し之に依る増収数百万円を財源難の予算編成に充当したき意向を有し先ず国有財産情況の実地調査を遂ぐべく大口政務次官等の一行は既に表朝鮮調査中であるが其の報告を待って第二班は九月初め裏朝鮮調査に出発し引続き台湾、樺太等の調査を為すことになっている各植民地特別会計では官有財産収入を奪わるる事となるので何れも猛烈な反対意向を有しているが大蔵省では従来各植民地共殆んど官有財産収入を挙げていないので収入に大打撃を与えぬ併し植民地の立場を考慮し幾分を所有に残してよいが原則として一般会計に於て統轄したいとの意向である 

大阪時事新報 1928.10.19(昭和3)
植民地貿易額
九月中概算
大蔵省調査=九月中植民地における対外貿易概算額は左の通りである(単位千円) 

▲輸出
台湾 三、五七三 
朝鮮 二、九七六

▲輸入額
台湾 三、九九八
朝鮮 七、三一七

国民新聞 1928.10.22(昭和3)
農業の将来は予想出来ぬ
食用作物は増加する
農学博士 吉川祐輝

日本の農業の特質と将来と云う演題でありますが、私はこの演題に最も忠実に考え度いと思います、先ず日本の農業の範囲を考えなければならぬ、植民地を入れるか、入れぬか朝鮮、台湾、樺太を入れると農業の特質を見出すに困難であるから日本内地と限って置き度い

中外商業新報 1929.6.8(昭和4)
各植民地にも国有財産法適用
本年内に実現の見込

大蔵省は朝鮮、台湾、関東州、樺太等の各植民地にたいしても内地と同様に国有財産法を適用したい意向で、台湾には大口政務次官、朝鮮には黒田事務次官、安江国有財産課長その他国有財産整理委員が出張して、約一ケ月に亘って実地調査を行ったが、

中外商業新報 1929.10.16(昭和4)
朝鮮で生糸販売統制機関設置説
半官半民の有力会社を計画 ただしその実現は疑問

朝鮮においてかかる国営的事業計画のあるということは初耳であるが、その趣旨が果して那辺に存するかは別問題とし、元来官民合同なんて、それが半官半民であろうと否とを問わず、官の字のつく仕事は感心しない、況してや生糸販売その他蚕糸業の官業的事業については一切賛成出来ない、論者は植民地における事業は政府が主動的立場にあって民間業者を指導せねば成立つものでないと唱うるものあるも、それは現今の経済組織においては真に成功発達を収め得るものでなく、やはり自由競争に任せて置く方が好い、

大阪朝日新聞 1930.5.24(昭和5)
まず朝鮮で事業を
財界六感

いうまでもなく、朝鮮は我植民地である。植民地である以上、本来内地の台所役を勤むべきはずのものであるのだ。ところがその植民地から裸一貫で逆に内地に食潰しにやって来ようというのだから、助からぬのに不思議はあるまい。同じ疾患でも我国の失業問題は頗る悪性を帯びている。
(六灘子) 

満州日日新聞 1930.5.25-1930.6.2(昭和5)
最近の海運界
列強の保有高と巨船優秀船競争

港湾に関する行政の統一ということは極めて緊要な問題であるが今日海運に関係のある役所は逓信大蔵、内務を初め殆ど各省に跨り小さな手続でも数個の官庁の手を経ることが甚だ多く、ために能率を著るしく低下している、これは中央政府のみならず府県町村、朝鮮、台湾その他の植民地政庁に於てもそうである、

時事新報 1931.1.21(昭和6)
正貨の流入と買上七千万円に及ぶ
金解禁以来の総計

日銀の正貨準備高は過般オランダ銀行の正貨現送による兌換によって百五十万円を減少した外、昨年十月末から殆ど連日増加を示し十九日に繰越された日銀帳尻に於ては八億二千九百余万円に達したが十九日も更に造幣局に於て六十万円の買上げがあり、これによって現送による減少は別として正貨準備の増加高は金解禁実施以来実に七千万円を突破したと、この増加の内には政府から譲り受けた約一千五百万円も含まれているが、支那及び満洲方面からの流入と、台湾、朝鮮等の植民地よりの買上げ及び内地産金業者よりの買上げが主たるものである

東京朝日新聞 1931.5.12(昭和6)
植民地整理来年度は困難
補充金や事業公債の縮減で促進する政府の方針

植民地では既に行政整理の方針並に実行方法等について内々研究に着手している模様である、なお昭和六年度予算に現れた経費補充金と事業公債額は左の通りである(単位千円) 

補充金
朝鮮 一五、四七三
関東州 四、〇〇〇
樺太 一、六〇〇
南洋 三〇〇
合計 二一、三七三

公債金
朝鮮 一三、五〇〇
台湾 五〇〇
関東州 六〇〇
合計 一四、六〇〇

東京朝日新聞 1931.6.5(昭和6)
満鉄の健康状態

現内閣は近く朝鮮その他の植民地の人事行政に着手すると伝えらるるが、吾人は朝鮮の一政務官の進退よりも満鉄総裁の進退をこの際急務とし、さらに満鉄の根本的改造をより急務と認めざるを得ないものである。

大阪時事新報 1931.6.7(昭和6)
ビール国営案会社側の賛否
ピックアップ

尚新設専売案にして懸案となりながら民間当業者の反対に遭って未だ実現せざるものに朝鮮総督府に於ける酒、台湾総督府に於けるビールがあるが若し帝国政府の今回のビール専売案が実現すれば之等植民地のそれも之に倣い案外難なく実現の運びに至ろうと

東京日日新聞 1931.10.11(昭和6)
我が市場を目指し外国企業進出
投資額一億円を超ゆ

・・・この種の資本にしてわが内地に侵入せる外国資本は最近問題を提供せるネッスル、東京電気等を初めとして一億二百万円に達しこれに植民地朝鮮、台湾、関東州)の一千四百万円を加えると一億一千六百万円を突破している 

大阪毎日新聞 1931.11.30(昭和6)
断然斯界をリードする特殊製法とその将来

殊にゴム工業品は台湾、朝鮮、満洲、樺太、南洋等の植民地は勿論、遠くは支那を初め濠洲、インド、南北アメリカ、オランダ、エジプト、ベルギー、フランス、英国にまでも販路を拡大し、その年産額は実に五千万円の多額に達するの盛況を呈するのみならず、飛躍又飛躍その声価は日毎に躍進して今や日本ゴム工業界に覇を唱えると同時に我国産業界のために大いに気を吐いている。

時事新報 1932.3.12(昭和7)
植民地の輸出増進策
拓務省調査を命ず

拓務省は与党政友会の標榜する産業五ケ年計画が近く政府の方針として具現すべきことを予想し、植民地に於ける輸入防遏輸出増進についての基礎資料を得んが為め、今回朝鮮、台湾両総督府及関東庁に対して内々左記事業の調査を命じ、その結果を俟って来るべき第二次臨時議会迄に対策を講ずることとなった 
朝鮮関係 大豆、粟、綿、金 
▲満蒙関係 綿、羊毛、肉、麻、鉱山、ビート 
▲台湾関係 煙草、天然瓦斯 

大阪時事新報 1932.5.12(昭和7)
産金買上実行後に於る産金業者の近状

質問
政府が産金買上げを実行して以来の産金状態並に買上方法に対する産金業者の意見はどうか(阪神沿線芦屋浦上重平)

解答 日本産業大阪出張所長 山県吾一
・・・更に本年に至って内地産金は漸増し現在(五月)の産金は月量大略
日本鉱業百五十貫、古河五貫、三菱四十貫、藤田十五貫、住友四十五貫、三井二十五貫、鯛生三十貫、其他十五貫、合計三百二十五貫
に達し昨年度に比し二割の増加となっています、尚朝鮮台湾等も次第に開発せられつつあるから植民地産金を加算すると本年度に於いては優に五十貫以上を産出し大正八九年頃の産額に倍加するものと予想せられる

大阪毎日新聞 1932.7.8(昭和7)
植民地の金融
銀行券統一案

 今回の日銀制度大改正を機会に朝鮮台湾両銀行制度も改善すべしとの議が擡頭している一方、日銀当局者中には、内地および植民地における銀行券発行権を統一して日銀の手に納むべしとの論がある。朝鮮、台湾統治の当初においては、経済、交通、国防上の必要から、独立した発券銀行を設立したのであるが、その後国防は充実し、交通機関も発達し、内地との商取引も甚だ密接となり、しかも日銀の銀行券が台鮮両地において、これ等植民地銀行券とともに流通している今日では、台湾、朝鮮両銀行券を廃止しても左程の不便がないのみならず、却って、内地と台鮮間の経済関係を一層密接にするものである。

時事新報 1932.8.5(昭和7)
米価の低落防止と植民地米の管理
出来秋の豊作を予想して農林省の応急策決す

(一)植民地米(台湾朝鮮)の管理
従来植民地米管理として云々されていたものは主として移入制限を中心としものであるため植民地側の反対が猛烈であって到底その実現は不可能とされていたがさればとてこの植民地米管理を度外視しては米価維持の目的を達成し得ないので、この際植民地米と内地米との差別的観念を一擲し従来の如く植民地に於ける消費力以上の生産米はすべてこれを内地に移入するも、米価維持の見地から一時に内地市場に殺到せざる様月別平均移入制の完全を期することとなった、これが為に朝鮮、台湾両総督府に於て産米買上げを行い、これを保管し内地の需給状態に応じて月別移入を行う方針を採ることとなった

大阪毎日新聞 1932.9.29(昭和7)
植民地低利資金
運用委員会にやはり附議

時局対策低利資金として各植民地から大蔵省預金部に要求した 
 朝鮮不動産資金化資金三百万円樺太各種組合資金一千万円、台湾普通資金五百万円、満洲中小商工業応急資金二千万円および農林省関係経済厚生産業資金五千万円 
について

神戸新聞 1932.9.30(昭和7)
日満経済統制の資源局案成る
きょう関係五省会議を開いて拓務省案と折衝する

一方拓務省としては単に日満両国に止まらず朝鮮、台湾、南洋並に樺太など各植民地をもさらにこれに包含せしむる必要ありとの意向を有しているので

中外商業新報 1932.11.29(昭和7)
台・鮮の産金を奨励
台湾に製錬所を新設
朝鮮の補助金を増額

拓務省では朝鮮台湾の産金政策に関し過般来滞京中であった宇垣朝鮮、中川台湾総督等と種々打合せ中であったが、永井拓相は産金奨励策の一端として財源難の折からではあるが、植民地新規要求中他の要求とは別個に、優先的に産金奨励補助金を認むることに決定した
即ち朝鮮では例年産金奨励補助金は約二十六万円を支出していたが、明年度においては更に十万円の新規補助金を認め金鉱分析、金鉱運搬、試掘、金鉱出願処分等に補助することになった

大阪毎日新聞 1933.9.11(昭和8)
暴露せられた農業組織の矛盾
豊作飢饉の惧れに
効果危ぶまれる諸対策

豊作飢饉の言葉は昭和五年以来ここに再び繰り返えされることになった、そこで農林省自体さえ米価対策に生産の統制を持ち出した、すなわち内地における土地改良計画ならびに技術改良による品質改善などの補助奨励施設を全然打ち切り、積極的施設を明年度より見合わす方針だといいまた植民地米のためには鮮米増産計画を打ち切り、朝鮮では水田を棉に、台湾では甘藷、砂糖に転向させると発表した
 
大阪朝日新聞 1934.4.12(昭和9)
本年の金買上量五千八百貫見当
全部納入に決定した六社の見込高


船主、造船側の船質改善案 改善協会に附議
船質改善案の延長如何はわが海運界の興廃に多大の関係あるものとして注意を払われているが過般船主協会対造船協会の連合委員会において決定した具体案は来る十八日の改善協会委員会を経て発表されるはずである、右の原案は大体左の如きものとなっている

一、新造船は総トン数四千トン以上とすること(船主協会案では逓信大臣の許可を得ば四千トン以下も可能となっているがこの附帯条項は削除、また造船協会案では当初一千トンまで認めたが四千トンに譲歩)
二、新造資格船は大連、台湾、朝鮮などの植民地籍船にも及ぼすこと(現行は内地籍船のみ)

国民新聞 1934.6.5-1934.11.3(昭和9)
電力界の功罪史
動力国策と電気の必要性
駒村生

関東の巻
(その一) 松永氏遂に東漸を貫く
総ての商品は需要地の変動によって直ちに其の方向を転換する、何故かならば一般商品にあって需要地は原則として全世界を無制限区域となし得るの自由性を持って居るからである、然るに電気は鉄道水道等と共に其土地を離れては需要地を定めることが出来ない、今日あらゆる商品が海上又は航空輸送によって国際的に流動交換をなし得る時代に、電気のみは各国相互間はおろか本州と朝鮮、台湾、樺太等植民地間とすら設備の共用、電力の融通、共にこれをなし得るの途がついて居らない、

京城日報 1934.12.25(昭和9)
小運送の総合統制
自動車は統制準備工作時代
特記すべき朝鮮認識普及

植民地、原料国として朝鮮、宇垣総督の積極開発計画と満洲国の現出、オウターキー経済時代現出によってその包蔵する諸資源の開発機運を俄に進めてきたが、

報知新聞 1935.2.8-1935.2.13(昭和10)
危局下の経済誌源 8 燃料 石炭の巻(一)
工業盛衰のバロメーター

更に石炭需給について眼を朝鮮、台湾、樺太等に転ずれば、近年における植民地の需給は大体均衡を得ているようである、即ち朝鮮においては無煙、有煙を合せその出炭高は昭和六年以降急激に増加し百万トンを突破しているが、需要は常に年百五、六十万トンに及び五百七十万トンの入超となっているがその不足に対し台湾は年百五十万乃至七、八十万トンを産して大正五年以来少くも二十万トン、最近では七、八十万トンの輸出超過を示しており樺太は六十万トン内外で需給のバランスがとれている、

大阪朝日新聞 1935.4.28(昭和10)
銀狂騰の旋風!
毎日のように正札の書きかえ素人迄が一かどの思惑屋気取
巷に描く種々相

ところが受入銀地金の内容は、従来は内地の地金屋さんが大声あげて全国から買い集めた各種の銀製装飾品とか台湾、朝鮮、南洋諸島など植民地方面の各種銀製装身具が大部分を占めていたが引き続く“銀高”の声に煽られてもうこれらの製品も国内では出尽したものかこのごろでは殆ど跡を絶ち袁世凱、孫文らの肖像の入った支那の大洋銀貨や光緒元贅の小洋銀貨が全体の九割も占めこれじゃ支那政府が銀流出に冷汗をかくのも無理はないといわれている

東京朝日新聞 1935.11.15(昭和10)
泡・百万石の味
麦酒のカルテル陣

国内市場及び海外市場の統制は、次いで植民地及び海外市場への麦酒資本の輸移出となり、その統制の歩は外地への発展となって現れた。即ち大日本麦酒は京城朝鮮麦酒会社を創立、麒麟麦酒も同じく京城に昭和麒麟麦酒会社を設立、共販会社京城支店によって両社の製品を統制し、更に満洲市場にては大日本、麒麟両社共同出資の下に満洲麦酒会社を奉天に設立する等、統制の手はグングン延ばされ、国内統制及び海外遠征は名実共に完成されたのである。

神戸新聞 1938.4.27(昭和13)
朝鮮と朝鮮人
わが綜合経済ブロックの一環内鮮一如徹底化へ

由来朝鮮は日満間に介在して日満鮮ブロック結成に重大な役割をもっているのであって、面積二十二万七百六十九方粁、帝国総面積(六十七万七千五百十四方粁)の三割三分、植民地面積の七四・八%を占め、人口二千二百八十九万九千人(昭和十年度)人口密度方粁百四人となっている。

大阪毎日新聞 1938.7.1(昭和13)
皮革使用制限は当然の帰結
原皮主要輸入先は支那

植民地からの移入は朝鮮が主で台湾は少量だがどちらもほとんど問題にならず内地需要の約六分、これでは焼け石に水の類である、しかも需要は年々増加の傾向にあり、供給はそれに伴わないので当然、原料皮の輸入が逐年増加することになる 

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