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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第156話 永劫覚メヤラヌ恐怖ノ権化

……3連休だったってのに、気付けば起きている時間のほとんどがモンハン4Gに持っていかれてました……くっ、時間泥棒め。

遅くなって申し訳ありません。第156話、どうぞ。
 

 『ネガの神殿』に入ってから約3時間後。
 僕ら一行は、その出口か何かと思しき大きな扉の前に立っていた。

 え? 早過ぎないかって?
 『サテライト』で調べた感じだと、全長数十キロ、下手したら数百キロの道のりの迷宮を進まないといけない見通しじゃなかったのかって? うん、そのはずだったよ。

 けど……1時間半したあたりで、うちの母が『同じ景色に同じ魔物ばっかりでつまんないんだけどー!』って言い出したんだよね。

 いやまあ、実際そうだったけどさ。
 どこをどう進んでも、同じ造詣の通路が広がるばかり。部屋は1つもなくて、ホントにただの迷路みたいだったんだ。

 加えて、出てくる魔物は『デストロイヤー』と『ライオットスライム』そして、たまーに出てくるドラゴンを模した魔法生物『ドラゴンゴーレム』の3種類だけ。
 それだけが、不規則な間隔で延々と襲ってきた。

 師匠やエレノアさんの見通しだと、同じような見た目の通路が延々と続く中で同じような魔物に襲われ続けるっていう状況で、精神的な負担をあおるのが目的なんじゃないかっていうことだった。

 確かに有効だろう、いつ終わるとも知れない迷路の中で、強力な魔物に延々襲われ続けると鳴れば、精神の消耗も尋常じゃないレベルだろうし……。

 実際、母さんの精神にも負担がかかったには違いないわけだし。

 ただ……そこで終わらないのがうちの母なのである。

 師匠と同様に三段論法で物事を考える母さんは、『景色も魔物も変わらなくて退屈→どうする?→さっさと通り抜ける』という結論を脳内で導き出すやいなや、ここでもまたそのとんでもないスペックを遺憾なく発揮した。

 なんと、休憩中に僕から『否常識魔法ネタ帳』の1冊目を借りてその中身をじっと読んだかと思うと……数分後にはそこに書かれていたある魔法を習得していた。

 『邪香猫』の……というか、エルクとアルバのお家芸である、『マジックサテライト』を。

 そしてこの人は何をしたのかというと、エルクがやるように『サテライト』をアルバとリンクさせ、さらに強力なものにして展開した。しかもその際、より出力を上げるため、アルバは6つのうち4つの脳を稼動させていた。

 結果、とんでもない広さの『サテライト』が出来上がった。
 全用がつかめなかったこのダンジョンを丸ごと包み込む規模のそれがだ。

 『邪香猫』と『女楼蜘蛛』全員の脳内に投影されたそのバカ広い地図を頭の中で認識した時は、そりゃもう唖然としたもんである。初めて使う魔法を、しかもこんな変り種のそれをここまで見事に使いこなすか……相変わらずだなこの人。

 表示マップの繊細さ……言ってみれば画像の解像度みたいな感じで言えば、使い慣れてるエルクの方がさすがにキレイだったけど。

 ちなみにエルクは、自分の伝家の宝刀(?)を簡単にまねされて落ち込んでないか心配だったんだけど、それ以前に『ミナトの母親なんだから何やらかしてもおかしくない』っていう認識があったらしく、別にショックとか受けてる様子はなかった。

 そして今度はその脳内地図から、凄まじい早さで回転するその頭脳でもって師匠が正解ルートを見つけ出し……それに沿って全速力で駆け抜けようって話に。
 少なくとも、景色とか出てくる魔物とかに変化が訪れる所まで。

 が、母さん基準での『全速力』――もちろん、無理なく走り続けられる一定のペースで、って意味なんだけど――となると、『女楼蜘蛛』や僕、ペット達や、ギリギリで義姉さんはついてこれるとしても、『邪香猫』メンバーがついて来れない。

 すると今度はアイリーンさんが『ボクの出番だね』の言葉と共に魔法を発動。
 ミュウやウェスカーが使うそれと同じ『召喚術』を発動し、自前の召喚獣を呼び出した。僕の仲間たちが乗って、母さん達のスピードについていって移動するためのを。

 というわけで、エルクたちはアイリーンさんが召喚した六脚の馬『スレイプニル』数匹に乗り、他は自力で走ってかっ飛ばしてきたわけである。

 なお、途中で出てきた魔物とかは、必要に応じてすれ違いざまに粉砕したり無視したりした。

 そんな感じで、出口と思しき扉にたどり着いたわけだけど、ここに来るまでとうとう通路以外の構造がなかったせいで、母さんの機嫌がちょっと悪めである。

「全くもう……『神殿』なんて大層な名前ついてるんだから、もうちょっとそれっぽい内装の1つや2つあってもいいんじゃないの? ただの迷宮じゃないこれじゃあ……いや、今日び『迷宮』と名のつくダンジョンだってもっとマシよ。あーもう期待はずれ」

「何をどう比較してマシなんだかニャ……そもそも、どこの誰が何の目的で作ったのかもわかってニャい古代の建造物に文句つけてどーニャるもんでもあるみゃーし」

「そりゃそうだけどさあ……ねーそう思うわよね? どうエルクちゃん?」

「いや、私に聞かないで下さいよ……ここ来るまでの迷宮が十分絶望的なレベルの危険度だから、驚きっぱなしで退屈なんて感じようがなかったですって。てかそもそも、ホントに私達連れてこられた意味あったんですか?」

 と、未来の義母に対しても容赦のないジト目を向けつつ答えるエルク。

 そりゃそうだ。ペルとビィに守られながらとはいえ、AAAの魔物ばかりが襲ってくる中で不安やら驚きやら以外に何を感じとりゃいいのか。

「だから何事も経験だって。このコと一緒にいる以上、やがては似たような危険度のダンジョンの1つや2つ探索することにはなるだろーから」

 ぺしぺしと僕の頭を叩きながら言う母さん。

「そのへんの話は今は置いといていいんじゃないかい、リリン?(ドガァン!) 開けるならさっさと開けようぜこの扉、魔物共がいい加減うっとうしい」

 と、扉の前で立ち止まっている僕らを見つけてちまちまと襲ってくる『デストロイヤー』を、一瞥もせずに腕の一振りで消し飛ばしながらアイリーンさんが言う。ザ・余裕。

 母さんは『それもそうね』と返答を返しつつ、扉の正面に立って、

「たのもー!」

 そんな掛け声と共に、蹴破った。

「普通に開ける選択肢はなかったのかニャ……」

 額を押さえて呆れ気味のエレノアさんのセリフを聞きながら、その扉をくぐると……

「「「――!!?」」」

 そこには、今までとは全く別な世界が広がっていた。
 単調で退屈だった迷宮とは一線を画す、幻想的とすら言える光景が。

 視界に入ってきたその光景には、驚くべきところが多すぎてどこから驚けばいいのか順番つけなきゃいけないような有様だったんだけど……まずは1つ。

 目の前に広がってるコレは……古代都市か何かだろうか?
 少なくとも、そう見える。地球で言えば……マチュ・ピチュみたいだ。

 よくあるただの城や神殿といった『遺跡』なんかとは明らかに規模が違う。
 石畳で舗装された道があり、その両側に家々が立ち並び……といった感じの『都市』そのものがそこにあった。建物は全部石造りで、塔や城なんかが所々にある。

 加えて、面積もだだっ広い。
 今僕らがいる『ナーガの神殿』の出口(?)は、小高い丘か何かみたいな場所にあって、その古代都市(仮)を見下ろして一望できる位置にあるんだけど……見た感じ、小さな村や町くらいは確実にありそうだ。

 そしてそれ以上に異質なのは……この都市の周りと上に目をやると見える景色だ。
 都市は、今僕らが立っているここも含め……全方位を水のドームに囲まれていた。

 いや、正確に言えば、都市の周りだけドーム状に水がない空間が出来ていて、それ以外の部分が全部水……おそらくは海水で覆われているって感じか。

 見上げてみると、その水の部分には普通に魚とかが泳いでいるのが見えて……ああ、そいやここ海底だったっけ。

「これよこれ! こーいうのを待ってたのよ私は! うーんやっぱ未開の危険区域やダンジョン探索の醍醐味ってこれよねー! 予想も出来ないような大発見! 最高!」

 目の前に広がる幻想的な光景に、一転してハイテンションになった母さんが、ぴょんぴょんと飛び跳ねんばかりの勢いではしゃいでいた。

 その隣にいる師匠やアイリーンさん、後ろにいるエレノアさんも、母さんみたいにキャーキャー言ってはいないけど、面白そうに目を輝かせている。

「こりゃぶったまげたな……空気のドームに覆われて守られた古代都市、か? 海底にこんなもんが隠されてたとは……」

「いや~……150年越しにとんでもない発見しちゃったもんだね。ここも『ネガの神殿』の一部なのかな? それとも、歴史書にすら記されてない未知の文明の名残か……というか、ここが一体どこの海底なのかもまだわかってないんだったね」

ニャんにせよ、調べてみないことには何もわからニャいだろーし……とっとと降りて探検してみるとするニャよ。ふふふ……なんか久々にわくわくしてきたニャ」

 おぉう、皆さんノリノリですね。

 まあ、気持ちはわかるけどね……こんなとんでもない遺跡、危険かもしれないとわかってても色々と探検して調べてみたくなる。

 未知の秘宝、未知の魔物、未知の技術……果たして何があるんだろう、ここに。
 ……正直な所、僕もちょっと、いやかなり興味あるな。

 感動もそぞろに、僕らはその丘を降りて、謎の都市の探検を始めることにした。
 無論ここからは、ゆっくり歩いて、だ。

 ☆☆☆

 今しがた言ったばかりではあるが、この謎の古代都市(仮)はバカみたいに広い。
 なので、そこに立ち並ぶ家々を一軒一軒見て調べていく、なんてことは出来ない。

 いや、本格的に調べるなら調査隊組んでそういうことやるんだろうけど、さすがにたった10人、それもここに見合った戦闘力を持ってるのがその内5人ともなると、無理だ。

 なので、最初に数件適当に調べてみた後は、特に気になった建物だけを調べる形にした。

 それで見てみた結果、無数に立ち並ぶプレハブ大の建物は、そのほとんどがどうやら普通の民家か何かのようだ。

 よほどの年月がたってるのか、家具の類はほとんど風化してた。
 石造りのものなんかは原型をとどめてるものもいくつかあったけど、ちょっと強く叩くだけでガラガラと崩れて砂になってしまうくらいに脆くなっている。

 それでも家屋、そして町並み自体は崩れずに残っているのは……見たところ、建物や石畳なんかに使われている石材はまた違った種類のものであるせいだろう。というか、さっきまでいた『ネガの神殿』の壁とかに使われてたのと同じじゃないかな、コレ。

 その他は、当日変われて他っぽいコインや、すごく風化してもう使い物にならなそうな武器や鎧なんかが所々に転がってたけど……それ以外は特に何もないな。

 『神殿』を出てからは、魔物すら出てこないし。

 それらよりも個人的には、上を見上げれば見える、都市全体を海水から守っているドーム……コレが何なのかの方がよっぽど気になる。

 ここは海底。考えるまでもないことだけど、このドーム状に海水を退ける『何か』によって守られていなければ、大量の海水と深海の水圧で、この町並みはとっくに崩壊しているはずだ。ただでさえ長期間放置されてて強度下がったり風化してんだから。

 そしてこのドームは、もしくはこのドームをつくる仕掛けは、そんな長い間ずっと発動してこの町を守ってるわけで……それだけの期間何のも問題なく発動を維持し続けるシステム……実に興味深い。

 しかし、この都市の外延部をちょっと回ってみてみたけど、それらしい仕掛けはなかった……って、さっき勝手に列を外れて今戻ってきた師匠が言ってた。

「さっきからいないと思ったら何やってんだニャ、クローナ! 得体の知れないダンジョンなんだから勝手な行動はやめるニャマジで!」

「悪りー悪りー、ちょっと気になっちまって我慢できなくてよ。大丈夫だって、何もやばいこと別にしてねーから」

「未知のダンジョンで勝手に、しかも確信犯ではぐれるのは問題行動じゃないとでも思ってんのかニャ?」

「おめーだっていつもやってんだろ」

「私は偵察係だから先行して様子見たりザコ敵を片付けてるだけで、そもそも断ってから行ってるだろーニャ! 百歩譲って誰かに言ってから離れるならまだしも……」

「言ったら止められんだろーが」

「わかってんならやるニャ! おみゃーといいリリンといいホントに150年前からニャんにも変わってないニャ!」

「安心するだろ?」

「相変わらず疲れるっつってんだニャ!!」

「ま、あっちで漫才やってる2人は放っといて……この辺あらかた調べたわねー」

 と、見事なスルースキルを発動しつつ、高台から眺めて簡単に描いた地図にかりかりと色々書き込んでいく母さん。さすがに熟練、手馴れたもんだな。

「どっちが? 地図作り? スルー?」

「どっちも」

「まあね」

 それはそうと、母さんの言うとおり、近くにある気になるものはあらかた調べた。

 ランダムに選んだ民家っぽい家数件に加え、それよりも大きい、パッと見は公民館か何かみたいな建物や、塔みたいなものまで色々。

 その中では全く何も見つからなかった、ってわけでは無いんだけど、何か大きな発見があったわけでもなし。民家や通りと同様、古びたコインや風化寸前の食器etc、かろうじて原形をとどめてる布や武器なんかがあった程度。

 塔とか倉庫とか、けっこう重要そうな何かが保管されててもおかしくないような場所も調べたのにこれっぽちか……となると……

「……あそこでしょうね」

 母さんと僕の視線が同時に、古代都市の中心部にある、城とも神殿とも取れそうな巨大な建物に向く。ダントツの存在感を持ち、心なしか神々しい雰囲気すらまとうそこに。

「(勝手に抜け出して)周囲を調べてきたクローナによれば、外縁部にも何もめぼしいものはなかったみたいだし。ひょっとしたらお宝とか、このドームの仕掛けもあそこにあるのかも? 行ってみる価値アリ……ってか、行くしかないわねむしろ」

「賛成。ひょっとしたら、あの迷路ってただの通り道で、アレがホントの『ネガの神殿』って奴だったりしてね」

「だったらいいわねー、そうじゃなくてもそれ相応に面白いイベントが待っててくれればいいわ。すごいお宝でもいいし、強い魔物でもいいし」

「後者だったらちょっと私達困るんですけど……。っていうかさっきからそうですけど、私達ただ守られて連れてこられてるだけですよね? 戦いにしたって、レベルが違いすぎて参考になりませんし……何度も聞きますけど、一緒に来た意味あるんですか?」

「大丈夫大丈夫、ちゃんとあるから。エルクちゃんたちにも……」

 そして一拍置いて、

「……ミナトにも、ね」

 ? どういう意味?

「それは後ほど、ね。さ、じゃ皆行くわよー! 目的地、都市中心部の謎の神殿っ!」

 母さんの号令と共に休憩は終了し、いよいよ本丸(?)の探索にかかることになった。

 ☆☆☆

 やっぱり、こっちが『ネガの神殿』じゃないだろうか。
 そんなことを、僕は神殿っぽい建物の中を進みながら思っていた。

 もしこの遺跡が地球にあって、なおかつトラップや魔物が出てこなければ、間違いなくその国の観光名所になっていただろう。もし未だに王政や帝政を残している国であれば、王族や皇族が住んでいるかもしれない。そんな風に思える、見事なつくりだ。

 この城はどうやら、さっきの『ネガの神殿?』と同じ石材で作られているらしい。

 相当に長い間無人で放置されていたはずなのに、ほとんど風化も劣化もしておらず、ホコリなんかもほとんど積もっていなかった。

 けど、僕らが目を引かれたのはそれとはもっと別……さっきまでとは違って、ダンジョンとしての基本的な要素がきちんとあったからだ。

 通路だけじゃなく、途中にいくつもの部屋があり、階段があり踊り場があり、宝箱や倉庫、宝部屋なんかがあって、そこでアイテムとかを手に入れられたりした。

 魔物も出てきた。それも、さっきの『神殿?』と同じ『デストロイヤー』や『ライオットスライム』、なんかに加えて、巨大な黄金の芋虫『ゴールドキャタピラー』や、人型の上半身と植物の根っこみたいな足を持つ『グリーンデビル』、ヤドカリとトカゲが混ざったみたいな『シェルドラージ』etc……

 まあ、どれも母さん達に一蹴される程度の戦闘力だったけど、強さは問題じゃなく目新しさがあればいいのか、母さんはご機嫌だった。

 ちなみに、今例として新たに挙げた3種類はいずれもAAAランクである。

 今んとこ、ランクAAAの魔物しか出てきてないよ……ホントにゲームのクリア後限定の裏ダンジョンみたいなとこだな。なんつーデタラメな危険度だ。

「しっかし、またとんでもない所につれて来られちゃったもんねー……お義母様ってば、相変わらずムチャクチャなんだから……」

「ホントにそうですよ……Sランクのダンジョンなんて、私達じゃ実力不足もいいところです。一向に教えてくれないですけど、何のために私達まで連れてこられたのやら……」

 ため息混じりに言うエルクと義姉さん。疲れ気味。

 特にエルクは、さっきの迷宮からずっと同じ感じのことを呟いている。いや、無理ないけども。

 ミュウやザリー、ナナも同じ感じだ。さっきから出てくる魔物が全部、襲ってこられたらほぼ死亡確定レベルの化け物ばっかりなので、直接戦ったりはしてないのに随分と精神力を消耗しているように見える。繰り返すが、無理ないけども。

 それでも、エルクをはじめとしてうちのメンバー全員、少しでも参考になればと思ってきっちり母さん達の戦いを見稽古に徹してるあたり、向上心は本当に対したもんだ。頭が下がる。

 ……4人中2人、母さんとアイリーンさんは、魔法オンリーでほとんどワンアクションでドカンとケリをつけるから、あんまし参考にならなかったっぽいけど。

 そして、そんな『邪香猫』メンバーの中で……またしても頭一つ抜け出てる、というより、ネジが1つ2つ外れたようなはっちゃけ方を疲労している人が1人。

 言わずもがな、『邪香猫』の切り込み隊長にして生粋のバトルマニア、シェリーである。

 最初こそ、母さん達の次元違いの実力にあっけに取られていたものの、だんだんとそのバトルマニアの血がうずいてきたらしい彼女は、この城に入ってからの戦いでは、母さんに許可貰って何度か出てくる魔物と戦っていた。

 彼女自身のランクはAAA。ナナや義姉さんもそうだけど、相手できないわけじゃないのだ。……一対一なら、っていう条件がつけば、だけど。

 主に1匹だけで魔物が出てきた時を狙って出陣させてもらってたシェリーは、『グリーンデビル』や『シェルドラージ』を相手に、最近ではほとんどなくなってしまった『苦戦』しながらの戦いというものを存分に楽しんでいた。

 やれやれ……こっちはこっちで、別な意味で頭が下がる。
 こんな異常な空間につれてこられてもなお、ブレずに普段の自分を100%発揮できるってのは、そりゃあもう大物だよ。

 ただ、さすがに連戦はきついもんがあるのか、何度かヒヤッとするような場面があって……そのたびに僕が乱入して援護したりしたけど。

 今も同じ感じで、天井を這うように移動して近づいてきてた2体の『グリーンデビル』のうち、1体を僕が仕留めて、もう1体をシェリーが、炎を纏った剣で袈裟懸けに斬り倒していた。

「ふぅ……私もまだまだね。前は、強くなりすぎて戦いがつまんなくなっちゃったかしら、なんて偉そうな事言っちゃったけど……とんでもないわ。世界は広いわね……もっともっと上を目指して、精進しなくっちゃ」

「いや、広いってか、むしろ別な意味での『狭い』領域に踏み込んだ結果がコレなんだけどね」

 呆れた様子でそう指摘する義姉さん。……うん、確かに。
 そりゃ、AAAランクの敵なんてむしろ関わる機会少ないよね。普通の人が普通に生きてりゃまず出会うことなんてないし……番人が見るような『広い』世界の出来事じゃない。

 むしろ、限られた人だけが踏み込む『狭い』領域だ。義姉さん、上手いこと言う。

 まあ当の本人はそんなことは心からどーでもいい様子で、軽く整理体操みたいに腕や足を伸ばしたりしてるけど。体力回復したらまた戦う気満々だ。

「それにしても……やっぱミナト君は桁が違うわねー。お義母様たちと一緒に、出てくる魔物たちと普通に戦ってるのに、全然バテる様子ないもの」

 と、ふいにそんなことを言うシェリー。

「思えば、初めて会った『花の谷』の時からもう、私なんかじゃ全然及びもつかない強さだったもんね……なんか距離感じちゃうなあ」

 そんなことを言いながら、ため息。
 そしたら、それに続くようにザリーたちも、

「あー、それはちょっとわかる。まあ、僕は元々裏方専門みたいなもんだから、そんなに気にしたことなかったけど……ミナト君と同じ地平に立てない感じでしょ?」

「確かに……援護するならまだしも、背中を預けてもらって一緒に戦えるイメージが一向に湧かないんですよね……」

「私なんてほぼ前衛や召喚獣に頼りっきりですしねー……個人の戦闘能力だけなら最弱です。チームに入ってすぐは、この雰囲気に慣れるまでは肩身の狭い思いでしたよ……」

「あんた達より歳くってる分、色んなもん見てきたつもりだったんだけどね……さすがに私も度肝抜かれたわ。恐るべしよね、お義母様の血筋」

「ちょっと……やめてよ皆、そんな疎外感感じること言うの。さびしくて死ぬよ僕?」

「ウサギか、あんたは」

 ぺしん、とエルクの手刀ツッコミ。

 いや、ホントにだよ。僕ぁ別にそんなこと気にしてないんだし。皆すごく頑張って訓練とかこなしてるの知ってんだから。

 僕はただ、皆で楽しく冒険者ライフ過ごせれば十分なんであって、それ以上のことを望んだことなんて一度もないし、これからも望む気は無いんだから。

 ……いやまあ、その『楽しい冒険者ライフ』のために暴走した覚えは何度かあるけど。

 なんてことを考えながら歩いていると……突然、先頭を歩いていた母さんが歩みを止め、後ろにいた僕ら全員に手で『ストップ』の合図を出してきた。

 何だろう、と思ってふと母さんの顔を見て……驚いた。

 さっきまで、ピクニック気分そのものでうきうきを全面に押し出した笑顔を浮かべてた母さんが……臨戦態勢に近い真面目な顔になって、前方を睨んでいた。

 その視線の先には……観音開きの、大きな金属の扉。

 大型トラックも楽に通れそうなくらいの大きさで……材質は金属ってこと以外は不明。
 鉄でも鋼でもない。ってか見た感じ、僕の知ってる限りのどの魔法金属とも違う。

 気付けば、師匠、エレノアさん、アイリーンさんの3人も同様の表情になっていた。アイリーンさんはいつも通り笑みを浮かべてるけど……目はもれなく本気マジだ。

「……いるわね。何か」

「ん、いるニャ」

 4人が4人とも、同じように何かを感じ取ったらしい。まだ扉まで、直線距離で100mくらいありそうなのに。

「……おい、エルク・カークス。『サテライト』で見てみろ」

「あ、は、はい!」

 師匠の簡潔な指示で、エルクが『サテライト』を展開してた。

 あ、言い忘れてたけど……この古代都市(?)の探索に入ってから、エルクもアルバも『サテライト』は使ってない。

 別に、疲労とか緊張で使えなかったとかそういうわけじゃなくて、『使わなかった』のだ。

 母さんの『こーいうのは自分の足で歩いて調べるのが面白いのよ!』っていうよくわからん主張、というかワガママがあって……わざと攻略難易度上げるために。

 師匠の今の指示に誰も、さっき難易度アップを強行した母さんすら反対しないところを見ると……あの扉の向こうにいる『何か』は、それだけの危険度らしい。

 それが何かを見極めるために、エルクが展開した『サテライト』の画像には……っ!?

「う、映らない!?」

「ほぉ、こりゃまた……ますます得体が知れねぇな……」

 『サテライト』の地図……その脳内画像の中で、あの扉の向こうの部屋が、霧がかかったようにほとんど映っていなかった。

 チャンネルが違うせいで『サテライト』に映らない、解析できない……っていう状況なら、これまでにも何度もあった。しかしこれは……サテライトそのものを映せていない。

 一応前に、師匠の所で『サテライト』の術式を改良した時に、想定したケースではある。こういう現象が起こる原因としては……考えられる可能性は2つだ。

 1つは、こういう探知系の魔法が届かない、特殊な処理を施された空間である場合。

 そしてもう1つは……探知系とか関係なく、外部の魔力による何らかの作用そのもののを妨害するような、強力な魔力を発する何かがある、もしくはいる(・・)場合。

 そんなことを考えながら、少しずつ、注意深く扉に近づいていくうちに、僕にも感じ取れるようになった。扉の向こうにいる何かの、まだ姿も見えないうちから感じられる、とんでもない存在感が。

 緊張感を高め、扉を睨んだまま、こっちを見ずに母さんが言う。

「……ミナト、セレナ、お友達を守ってなさい。ペルとビィ、それにネヴァ……アルバちゃんもよ。前に出ないこと。多分あの向こうにいる奴の相手は……ミナトでも無理だわ」

「「「っっ!?」」」

 エルクたちが驚いてた。しかし、師匠やエレノアさん、アイリーンさんは何も言わず、わかっているかのように僕らの前へ……最前列へ出る。

「エレノア、私と一緒に前衛。クローナは遊撃、アイリーンは援護射撃をお願い」

「「「了解」」」

 返事はたった一言。しかし、限界まで高まった緊張感の乗った達人の声は……それだけで何というか、こっちの心拍数が跳ね上がるような響き方をするものだった。

 そしてついに、扉の前に至る僕ら一行。

 母さんとエレノアさんが、その巨大な扉の左右片方ずつに手を当てて……ゆっくりと押して開く。

 僕含む『邪香猫』メンバーは、扉が開いた瞬間に何かしらの攻撃が飛んでくることを警戒して、壁側に密着するような位置に立ってかくれていた。

 結論から言えば、それは杞憂だったけど。開けて少し待っても何も来ない。

 ただ、中に何もいない、ってわけじゃないみたいだ……扉を開けて中を見た母さん達の眉が、一瞬だけぴくっと動いた。

 数秒経って……母さんから手でサインが出た。『見てみろ』と。
 それを受けてまず僕が、開かれている扉の前に立って、その奥を見ると……

「――っ!!」

 いわゆる……『玉座の間』って奴だろうか。

 ほぼ左右対称なつくりの部屋の奥、入り口から真っ直ぐに見える位置に、王様とかが座るような、けっこう豪華なつくりの椅子……『玉座』がある。

 そしてその玉座に……誰か、いや『何か』が座っていた。

 一見して、アンデッド系の魔物らしいとわかったけど……白骨じゃない。しかし、体が霊体のゴースト系でも、ゾンビみたいに体の肉が腐ったりしてるわけでもない。
 何というか……今までにない姿の魔物に見えた。

 人型だ。痩せた体躯とガイコツみたいに見える顔。しかし完全な骨じゃなく、肉や皮が僅かについているその姿は、どちらかと言うとミイラを連想させる。

 しかし、その体表面は、漆塗りみたいに漆黒色で、黒光りしていた。顔も、腕も、手も、指も、胸や腹も……体中、少なくとも見える範囲の素肌全てが。

 ミイラみたく痩せて細いけど、アンデッドによくある、乾燥で肌がボロボロだったり、シワが寄ってたり、肉が腐ってたりとかいうことがない。不気味なほど滑らかだ。

 上半身は裸にマントを着てる。下は、修験者みたいな袴?に腰布を組み合わせたような意匠の服。足元はこれまた独特で、草履と足袋みたいな感じ。色は黒……いや、紺か?

 眼窩の中の瞳が赤く光ってる所とか、手の爪が鋭く尖ってたりするところとかが、他の主な特徴だろうか。歯……は、一応あるみたいだ。

 両腕に金の腕輪をして、首から金のネックレスを下げ、頭の上に……なんか、古代中国の皇帝がかぶるような、冠……にしては縦横にかなり大きな頭飾りを乗せている。

 まだここは部屋の外なのに、漂ってくる圧倒的な、そして禍々しい魔力は……奴が、僕がこれまで見てきた魔物の中で最強の存在だと容易に理解させるものだった。おそらくは……ストークやビィやペルよりも上じゃないかと思うほどに。

 そして、これほどの力を持つアンデッド系の魔物となると……僕の脳裏に浮かぶのは、師匠の所で読んだいくつかの資料で見た、ある魔物の名前だけだった。
 スケッチこそ特になかったものの、記述されていた特徴とおおむね一致する。

 『漆黒の体を漆黒の衣に包み、黄金にて身を飾る死者の王』
 『数多の怨念を衣のごとく身にまとい、抗うもの全ての命を食らう闇』
 『赤き双眸は、映した者を黄泉へといざなう道標の灯火』

 一説には、世界各地の伝承やら伝説に出てくる魔物の頂点『魔王』は、この魔物のことを指していうのでは無いか、とまで言われる存在。

 

 アンデッド系最強の魔物―――『エターナルテラー』。

 

 

「…………ZZZ……」

 

 …………だと思ったんだけど違ったんだろうか?

「「「…………ん?」」

 『女楼蜘蛛』『邪香猫』全員の……極限の緊張感。
 しかしそこに聞こえてきたのは……あまりにも緊張感とは無縁な音。

 よく見ると、目の前のこの最強アンデッド……こくりこくりと船を漕いでいる。

 ……え、マジで? と思ったその時。

「…………フガッ!? ……あ、夢か」

 びくっ、と体を震わせたと同時にそんなことを……っておい! やっぱり寝てたの!?

「あーびっくりした……ぬ? 誰じゃお主ら?」

 こころなしか、さっきよりちょっとだけ赤い光が強くなったっぽい2つの目には……たぶん、僕ら全員分のジト目が映ってたと思う。

 
 
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