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第155話 『SS』の意味
『ネガの神殿』。
伝承にのみその名を残す超古代の文明の遺跡であり、強力な魔物が巣食うその危険度は実にSランク。この大陸で現在確認されているものの中で、名実共に最高最凶の危険度を誇るダンジョンである。
内部にはAAAランクの魔法生物であり、古代文明が作り出したと噂されている人型ロボットのような魔物『デストロイヤー』や、自在に形状を変化させることができ、魔法合金すら一瞬で溶解させる凶悪な酸性のゲル状の体を武器に襲ってくる人型スライム『ライオットスライム』など、1体で都市一つ壊滅させられるレベルの魔物が跋扈する。
ましてや、それらの魔物総勢15体からなる混成軍などが現れた日には、よほどの実力を持つ冒険者か何かでもいない限り、大都市だろうと簡単に滅び去るだろう……。
…………まあ、そのへん全然関係ないというか、縁もゆかりもなさそうな感じではあるけどもさ……この方々に限って言えば。
今僕が言ったとおりの『混成軍』……『デストロイヤー』10体と『ライオットスライム』5体からなる魔物の群れに、僕らは今襲われ『ドゴォォオォン!!!』あ、訂正。今のでどっちも1体ずつ逝った。
「んもー、さっきからおんなじのしか出てこないじゃない。何、流行ってんの?」
「いや、流行ってるって何ニャ」
人差し指の先から出したビームで、いとも簡単にAAAの魔物を消し飛ばした母さんは、エレノアさんにツッコまれつつ、不満そうにぶーたれていた。
「こいつらなら昨日もう見てるからさー、もっと別な魔物出てこないかなーって思ってさっきから待ってんのに……ココこの2種類しか魔物いないわけ?」
母さんがそう言い終わるか終わらないかのうちに、残りの『デストロイヤー』と『ライオットスライム』がいっせいにこっちに襲いかかってきた。
2体減ったとはいえ、残るAAAランク13体。
軍隊の一個連隊をも瞬く間に粉砕して屍山血河を築けるであろうその戦闘力。数秒後にはここまで到達してその力が振るわれるかもしれないというこの状況下……しかし、僕らには全く危機感というものはなかった。
何故なら「オォラァァア!!!」『ドゴシャァア』あ、もう行った。
弾丸のような速さで飛び出した師匠が、先頭を走っていた『デストロイヤー』の目の前で何かをフルスイングして、その顔面を粉々に粉砕していた。
その手にあるのは……見たこともない聞いたこともない武器。
形は……鎌だ。死神が使うような、でっかい鎌。長さが師匠の身長より大きい。
しかし、ただの鎌じゃない。柄の先端部に槍みたいな鋭い刃がついてて、刺突による攻撃も出来るようになってる。加えて、柄を挟んで鎌の刃の反対側には……斧の刃が。
柄も、普通の『柄』になってるのはその全体の3分の1くらいで、残りの部分は鬼の金棒みたいなトゲっぽい突起がついてた。あんまり鋭くはないようだけど。
おまけに、刃と反対側の先端には、球形の金属の塊から、柄の部分についているものと違って恐ろしく鋭いトゲが生えた、まるでメイスみたいな鈍器が。
……何だ、あの殺傷力の権化みたいな凶悪な武器は。ほぼどこ触ってもダメージ受けるじゃないか……おっかない。
今の一撃、おそらく斧の刃の方を敵に向けてブン回したな……とか僕が推察したと同時に、今度は師匠は空中で武器を持ち買え、鎌の方を相手に向けて大上段に振りかぶる。
そして、近くにいたまた別な1体に振り下ろすと……まるで豆腐に包丁を入れるがごとくするりと刃が通り抜け、左右に真っ二つになった。
この間わずか1秒少々。凄まじいどころじゃないなコレ。
すると今度は、空気を切り裂くような音と共に、さっきの師匠以上の速さで何かが駆け抜け……次の瞬間、『ボッッ!!』という音と共に、3体の『ライオットスライム』の体に、人の頭くらいの大きさの穴が開いた。
そしてその向こうに……手に3つの『核』を持って立っているエレノアさんが。
……推察するに、今の一瞬とも呼べないような時間で、3体の『ライオットスライム』の体から核を抉り出したらしい。瞬きするよりも断然短い時間で、すれ違いざまに。
そのまま核を握りつぶすエレノアさん。直後、核を抜かれたスライム3体が崩れ去る。
よく見ると……その手は、さっきまでの彼女の手とは違う形になっていた。
肘の辺りから先が……人間の手の形を残したまま、猫のそれのような体毛に覆われていた。そして、指の先には鋭い爪が生え、手のひらには肉球がついている。
……そういえば、師匠の所の資料で読んだ気がする。一部の獣人族は、体の一部もしくは体全体を動物に変化させることで、身体能力を強化できるって。アレがそうか。
そしてエレノアさんは、今度は手の5本の指を広げ、腰を低く落として構えたかと思うと……すごい勢いで腕を振りぬきながら、その場で一回転。
すると一瞬の間を置いて、周囲にいた『デストロイヤー』4体が……まるでダルマ落としのように横にずれて……6つのパーツに別れて崩れ落ちた。
何だ!? 斬ったのか!? 今の爪の一閃で真空波でも起こしたのか!?
この時点で残りは、『デストロイヤー』3体に、『ライオットスライム』1体。あの、まだ戦闘始まって1分経ってないんですけど……
とか考えてる間に、師匠が更に1体『デストロイヤー』を、今度は柄についてるメイスで撲殺……一撃で盛大に木っ端微塵にしたかと思うと、エレノアさんともどもその場から飛びすさってこっちに戻ってきた。
その直後……残り3体の魔物全部を巻き込んで、後列にいたアイリーンさんの爆発魔法が炸裂。先に始末していた12体の死体もろとも、跡形もなく消し飛ばした。
「「「…………」」」
戦闘開始から終了まで、なんとまあ脅威の45秒。
生麺のラーメンが茹で上がるくらいのちょっとした時間で、小国くらいなら数日で壊滅させられそうな戦力が無に帰した。しかも、全員全然本気じゃない。
わかっちゃいたけど……これは酷い。
☆☆☆
今現在、僕ら『邪香猫』+義姉さんは、母さん達4人と一緒に『ネガの神殿』の攻略に挑戦している。達人級の冒険者チームですら瞬く間に全滅する危険度の、伝説のダンジョンに。
本来なら、いかにAランク以上の実力者で構成されている僕ら『邪香猫』といえど、入れるような場所じゃないし、そもそも僕らには二度とここに来るつもりなんかなかったのだけれども……母さんが『何事も経験よ!』って無理矢理に引っ張ってきたのだ。
現在、先頭は僕と母さん、その後ろに師匠。
続く形で、『邪香猫』メンバー。そのうち、義姉さん、シェリー、ナナの高戦闘能力3人が前後を固めている。なお、エルクの肩の上にはアルバがいる。
そして、最後尾がアイリーンさんだ。
エレノアさんは現在、先行してこの先の通路の様子を偵察している。
エルクの『サテライト』があるから、魔物とかに関して言えばそれはあんまり必要ないって言ったんだけど、このレベルのダンジョンになると、そーいうので察知できない魔物や罠が存在する可能性も否定できないそうなので。
そんでもって、僕以外の『邪香猫』メンバーを守るために、その両脇を……母さんのペットである2匹の獣が固めている。
右にいるのは、青い毛並みとモフモフな白い翼をもった、大きな狼。
左にいるのは、白い毛並みに青い縞模様が特徴の、小さな猫。
名前は、狼は『ペル』、猫は『ビィ』。
たかがペットと侮ることなかれ、こいつら僕より強い。
2匹とも、樹海の洋館にいた頃から、母さんやストークと一緒に訓練の相手してくれたり、遠出する際に守ってくれたり、暇なとき遊んでもらったりと世話になっていた。
何せ、この2匹……どちらもランク『測定不能』。
ペルは『龍狼・覚醒種』、ビィは『ソレイユタイガー・始原種』っていう、何だその厨二病はって感じのすごい名前の種族だ……ってことをさっき初めて聞いたところ。
母さんや師匠曰く、ペルとビィ、どっちも現時点での僕より強いそうだ。『アメイジングジョーカー』使えば、一匹相手なら互角ってレベルだそうな。マジでか……。
ちなみに、母さんのペットは全部で4匹いるわけだけど……残り2匹のうち、ストークは母さんの肩の上が定位置であるため、そこにいる。
そして最後の1匹は……今、『オルトヘイム号』で僕らが留守の間、シェーンやターニャちゃん、そして王子様ご一行の護衛役をしている。
もっとも、王子様の一行は、部下さん達の傷がある程度回復したら、昨日の夜にした交渉どおり、僕が使ってた『ブルーベル』の宿に移るそうだけど。
ちなみに、その間の船番と厄介事への対処のために、母さんが誰か他に人を呼んだらしいんだけど……それが誰なのか、どういう人なのかはまだ聞いてない。後で聞こ。
……とか考えてたら、エレノアさんが戻ってきた。早いな。
「前に、さ。ノエルさんが言ってたのよ」
母さんと師匠がエレノアさんの報告を聞いてる時、エルクが呟くように口を開いた。
「『女楼蜘蛛』の6人なら、世界征服するくらい簡単に出来るって。私その時は、さすがにそれは無いとって思って半分に聞いてたんだけど……コレマジで出来るわね、世界制服」
出来るだろうね、この人達なら。
ってかぶっちゃけ、6人揃ってなくても、1人か2人でも十分出来ると思う。
「これが、SSランク、か……Sランクのミナト君の更に上ってのも頷けるね、こりゃ」
と、ザリーが乾いた笑いを浮かべながらそんなことを言ってたけど……そういう表現すると、僕より1つ上みたいになるけど……はっきり言ってこの人達が僕の『1つ上』って感じが全然しないんだけど……。
Sランクの評価を貰っている僕は、自分のことを弱いとも並とも思ってない。最近ウェスカーとか師匠とか『規格外』ばっかり相手にしてて感覚狂いがちだけど、その気になれば一騎当千くらいの働きはこなせるだろうっていう自信はある。
けどそんな僕が本気を出したとしても……あの人達の本気にはまず遠く及ばないだろう。1つ上どころじゃなく、10や20は差が確実にある気がする。いや、あるに違いない。
すると、どうやらまた口に出てしまっていたらしい僕のセリフを聞いた母さんが、
「まあ、そう思うのも無理ないかもね……一般には知られてないけど、『SS』はその他のランクとはちと毛色が違うからさ」
「? どういうこと?」
「んー、何て説明すればいいのかしら……Sランクは『AAAランクの1つ上』っていう解釈で間違いないけど、SSランクは『それより以上全部』っていうか……」
「それじゃわからないニャよ、リリン。もっと率直に言っちゃった方がわかりやすいニャ」
エレノアさんが横から割り込んできて、説明を引き継いだ。
「ミナト。実は冒険者ギルドのランクってニャ、150年ちょっと前までは、FからSまでの合計9つしかなかったんニャよ」
「え、そうなんですか?」
初耳。じゃあSSランクってそのころはなかったんだ。
150年ちょっと前に新しく作られ……おいちょっと待った、それってまさか……
僕の顔色から、エレノアさんは僕が何かに気付いたと察したようだったが……あえてその疑問への直接的な答えを口にしたりすることはなく、順を追って語りだした。
「正確には覚えてニャいけど、160年くらい前だったかニャ。当時ギルドには、Sランクの冒険者が9人いたニャ。まあもちろん、内6人は『女楼蜘蛛』だったんニャけど……」
聞けば、当事から、6人が6人とも化け物級の実力を誇っていた。
その実力は、他の同じ『Sランク』の冒険者達ですら比較にならないレベルだった。
ある時、他のSランクの冒険者と依頼の中でトラブルが起こり、喧嘩を売られたことがあったらしい。当然のごとく、一瞬で返り討ちにしたそうだけど。
その際に、同じSランクでありながらここまで実力に差があるのはちょっとどうなんだろう、って偉い人達の間で問題になったんだそうだ。ピンキリで済ませていい限度を明らかに超えていて、依頼者側の実力認識に問題が出てくるかもしれないと。
ああ……『女楼蜘蛛』級の実力を期待して雇ったら、『その他Sランク級』の人だった、納得いかない、みたいな感じでかな?
本来こういう時は、双方の実力をあらためて見定めた上で、どっちかを昇格もしくは降格させることで対応するんだけど……調べた所、その相手のSランクの人は、間違いなくランクに見合った実力を持っていたから、下げるわけには行かなかった。
しかし、Sランクよりも上のランクは今のところ存在しない……もうこれでお分かりいただけただろう、その結果、冒険者ギルドはどういう対応をしたのか。
「――で、ギルドは新しくSランクの上にSSランクを作ったんだニャ。明らかにSランクの枠に収まりきらない、私達『女楼蜘蛛』だけのために」
……そうだったのか、知らなかった……。
この人達の強さは、一部とはいえ、現行のギルドのシステムそのものを書き換えなきゃいけないレベルのそれだったのか……そりゃ伝説になって当然だ。
つまりさっき母さんは、Sランクはあくまでランク区分の1つで間違ってないけど、SSは正確には『Sランクでも収まらない測定不能レベルの化け物共』っていう意味で、その点で根本的に違う、って言いたかったのね。
「そーゆーこった。それゆえに俺らの引退以来、SSランクになった奴は1人もいない……Sランクの枠をぶち抜けるほどの『化け物』は、な」
「そりゃまあ、そんなのがポンポン出てきたら大変ですしね……」
とりあえず、今の話で僕ら『邪香猫』は、『女楼蜘蛛』ってのはそもそも何かと比較して考えること事態が間違いである、という結論に至った。満場一致で。
あ、義姉さんはだいぶ前にそのへん悟ってたみたいだけども。
「さーホラ皆歩けー! 進むわよー!」
「はいはーい」
世界最強ランク4人といく、Sランクダンジョン探訪ツアー。もうちょっと続く。
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