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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第151話 予想以上に予定外

前話とあわせ、一度に2話更新しました。

まだ読んでない方、前の第150話とあわせてどうぞ。
 

 泣きっ面に蜂……という言葉すら生ぬるい気がするこの状況。

 Sランクの怪物を相手にしてたら、味方の一部がなぜかいきなり倒れて行動不能=ただの足手まといになった上、もう1匹Sランクが来た。

 トドメに、この状況下一番来て欲しくない因縁のあんちくしょうまで現れた。
 どうしよう、マジで泣けてくる。

 一国の王子様とその部下達をかばいつつ、『ディアボロス』の原種2体に、なんだかんだでまた進化して第3形態(?)になってる『亜種』が相手って何だマジで。

 そいつを視界に捉えたことでか、はたまた『原種』の新手の方が蹴っ飛ばされて隙が出来たことをよくしてか、反射的に僕は『アメイジングジョーカー』を発動させていた。

 これはモーションを省略したりは出来ないんだけど、上手いこと攻撃が来ないタイミングで発動できたので、数秒とかからずに完成。ロボ風の耳あてとメタリックカラーの翼、金の縁取りが警戒色を振りまく最強形態に変身を完了。

 それに気付いていながら特に邪魔する様子を見せなかった『亜種』の方も、負けず劣らず派手な変貌を遂げてるけど。何かどんどん強化装甲っぽくなってくるもんな、コイツの外殻その他。
 何かもう、最初に会った時と同一種だって思えないくらいだよ。

 ……それと、コイツに関してちょいと気になってることが1つ……

「ぜ……ゼット……!」

 ……さっきと今、固有名詞と思しき謎な単語を口からこぼしていたこの子である。

 さっきは助けを求めて、そして今は驚きと同時に安堵したように。
 聞いたのはその2回だけなんだけど……状況的にさほどわかりにくくもない。その単語が何を表しているのかは。

 女の子の状況は正に、ヒロインが絶体絶命のピンチにヒーローの名前を読んだら次の瞬間そのヒーローが颯爽と現れて助かりました、的な感じだ。
 相変わらず頭の悪いたとえで申し訳ないけども……今回はコレが最も適切だろう。

 現にこの子は今、乱入してきた『奴』を見て明らかに安堵している。あんな凶悪な外見をしている魔物が乱入してきたのにも関わらず。

 ……もったいぶってる暇は無いから結論。
 女の子が呼んだ『ゼット』ってのは多分、この『ディアボロス亜種』の名前だ。

 そして彼女は多分、奴の知り合いか何か。こんなピンチに現れるヒーロー的な立ち位置ってことは、少なくとも敵対的でない関係にある存在ってことでいいだろう。

 他にも色々と気になることはあるんだけど……

『ッガァァアアアアァァアアアッ!!!』

『ギュアアアァアアアアァアアッ!!!』

 こっちの緑色のが夫婦揃ってうるせーので、対処してから考えるべきだろう。

 ちなみに乱入しようとしてた5匹目の子ディアボロスは、今の亜種の飛び蹴り一撃ですでに瀕死である。多分肋骨全部とその内側の内臓全部つぶれてるな、あの感じだと。

 そのせいもあって怒髪天っぽいご夫婦。
 そのうち、新しく来た無傷の方――原種その2が、大きく息を吸って咆哮の準備に……入った瞬間に、亜種の拳が斜め上から打ち下ろしで叩きつけられた。

 鶏の首でも絞めたような濁った悲鳴と共に、顔面から岩場に叩きつけられる原種その2。相当な衝撃だったらしい、牙が何本か折れてる。

 ってか、亜種の戦闘スタイル、だんだん変わってきてるよな……最初はこの原種たちみたく爪と牙と尻尾主体だったのに、洗練された格闘技の動きが加わってきてる。
 多分、僕と何度も戦ってる影響だと思うんだけども。

 今も、爬虫類とは思えない見事なパンチを炸裂させてたし……ってかあの手の指と爪の形状の変化って、もしかしてこういう戦い方に合わせて進化したのか?

 と、原種その2がやられて起こったもう1匹――原種その1が、相対しているセレナ義姉さんが道をふさいでいるのにも構わず突っ込んでくる。

 義姉さんはタワーシールドを構えて突進を受け止める。
 愛用のそれは、ディアボロスの一撃を受けても変形せずに防ぎきったけど……さすがに威力があまりに大きかったのか、勢いを殺しきれずに少し傾いた。

 それを見逃さなかったその1は、その大盾を足場にして跳躍し、義姉さんを、そして王子様たちや女の子をも飛び越えて、自分の伴侶を痛めつけた黒い同族に飛びかかる。

 ……が、前しか見てなくてあまりにも隙だらけだったので、墜落してもらった。

 原種その1の真下にもぐりこみ、飛び上がってサマーソルトキック。

 どてっ腹にいい感じに入り、原種その1は進路を90度変更してぶっ飛んでいった。
 おまけにその際、足に『エレキャリバー』を発動させてたので、見た目より重傷である。

 その瞬間、向こうで起き上がったその2が大きく息を吸い込んで……また咆哮かい。

 そう悟った瞬間、僕と亜種、両方が動いていた。

 僕は手甲に仕込んであるギミックを動かして魔力ミサイルを両手で同時に発射。照準は原種その1の口の中。

 そして亜種は、手の爪を光らせたかと思うと……その状態で腕を横凪ぎに振るう。
 すると、爪の描いた軌跡から光の刃が生まれ、原種その1めがけて飛んでいった。

 ……こいつ魔力式の遠距離攻撃まで習得したのか。

 僕と亜種の同時の攻撃は全弾ヒットし、原種その1は咆哮攻撃をキャンセルされた上、体を内側から爆炎で、外側から光の刃でズタボロにされ、結構な深手を負っていた。

 すると次の瞬間、亜種が今度はこっちに光の刃を放ってきたので、ブリッジ寸前まで上体を逸らして避ける。イナ○ウアー。

 すると、僕の体を外れてなお飛んでいった刃は、今正に復活して飛びかかろうとしていた原種その2に直撃していた。おっ、ラッキー。

 そのまま僕はバック転の要領で、痛みにひるむその2に接敵し、足元まで来た所で今度は横回転で蹴りを放って足払いをかける。

 バランスを崩したその1。そこに僕はその場でもう一回転して勢いをつけ……今度はさっき蹴りを入れたのと同じ箇所に肘を叩き込み、再び吹き飛ばす。

 原種その2は亜種に直撃するコースで飛んでいったけど、亜種は尻尾をひゅんと唸らせて振るうと、飛んできたその2をいとも簡単にはじいて軌道を変え……起き上がろうとしていたその1に激突させた。おお、お見事。

 ……なんか今の一連の流れ、まるで僕と亜種こいつが共闘してるみたいだな。変な感じ。

 ちらっと亜種の方を見ると、向こうも僕の方を見返してきていた。

 しかし、僕に襲いかかってくるようなことはなく、そのまま視線をはずすと……今度は、依然アルバとミュウのバリアに守られている人達へ向ける。
 おそらくは、バリアの中から見返してきている……あの女の子へ。

 ……どういう関係なのかはさっぱりわかんないけど、コレだけは確かなようだ。
 こいつとあの女の子は知り合いであり……少なくとも、ピンチに駆けつけて助けてくれるくらいの仲ではあると。名前まで知って……いや、女の子がつけたのかもな。

 というかひょっとすると、女の子の体からした爬虫類の匂いって、こいつの匂いだったのか……と思った所で、僕は2つの違和感に気付いた。

 1つは、こいつの匂いだ。
 前2回戦ったときと、全くではないがかなり違う体臭になっている。直接ならともかく、痕跡として匂いを嗅いでも、同一種かどうか迷わざるを得ないくらいには。

 それに他の魔物のにおいや、海風で染み付いたんであろう潮の匂い、女の子自身の体臭のなんかが混ざってるせいでいまいちわかりにくくなって、こいつの匂いだって気付けなかったのか……。

 で、もう1つの違和感。
 これは匂いとは関係は無いけど……結構重大な問題だったりする。今更だけど

 登場した時に切羽詰まりすぎてたとかの理由で、あの瞬間は気付けなかったけど……今あらためて、はっきりと頭の中で異常さが認識できる。現在進行形で。

 だってコイツ……

 
(…………何でコイツ、『サテライト』に映ってないの?)

 
 頭の中に情報を投影して魔物の位置その他を把握する、僕ら『邪香猫』の伝家の宝刀的な魔法……毎度おなじみ『マジックサテライト』。
 その脳内マップに……こいつが映らない。映ってない。

 ていうか、さっきもそうだったな……原種はその1もその2も両方映ってて、事前にその存在を察知できたのに、この亜種は、あのヒーロー的な登場の瞬間まで全く察知できなかった。

 え、何それ? こいつ進化の過程でステルスか何か身につけたわけ?
 ……どこまで規格外なんだよ、おい。

 すると、女の子と亜種を僕が交互に見ていることに気付いたらしい亜種が、こっちをぎろりと睨んでくる。警戒、というような感情をこめて。
 ……こりゃもう間違い無さそうだな。コイツ、この女の子を守ってる。

 ……たしか、言葉は通じるはず。

「大丈夫、彼女には何もするつもりないから……。その代わりってわけじゃないけど、お前も僕の仲間や依頼人に手出ししてくれるなよ」

 ぴっ、と親指でエルクたち、および王子様たちを指し示して忠告……あ、そういえば向こうにも不穏分子いるっぽかったんだっけ。忘れかけてた。

 けどそのへんの対処と、この魔物共を――もっとも、亜種はこっちから手出さない限りは大丈夫かもしれないけど――どうにかするのを同時進行ってのはきつそうだ。

 まあ、何でかはわからないけど部下さんたち全員今は動けそうにないし、放っとこ。

 そんなことを考えた所で、数秒の間に僕に敵意がないことを悟ったのか、ディアボロス亜種は僕に背を向け、結構なダメージで立ち上がるのに苦労してる原種2匹の方を向いたかと思うと……次の瞬間、異変が。

 相変わらず凶悪な鋭さと金属顔負けのきらめきを放っている、背中のギザギザ突起が光りだした。魔力も感じる。

 てっきり、爪とかと同じく魔力で強化したあの丸ノコ突撃かと思って見てたけど、予想に反してディアボロスがそこから動くことはなく……代わりに、背中から腹にかけて尋常じゃない魔力が渦巻き、練り上げられていくのを感じ取れた。

 前世でみた怪獣映画のワンシーンに、似たようなのがあったな……。
 あのシーンの場合、この後どうなるかって言うと……とか考えた次の瞬間、

 がばっと大きく開いた亜種の口から、爪や角と同じ金色に光り輝くビームが放たれた。

 直線的なレーザー光というよりは火炎放射みたいな感じの光の奔流は、ようやく起き上がった所だった2匹を飲み込んだ。

 ……ついにブレスまで吐けるようになったのか、こんにゃろ。
 進化速度が怪獣映画も真っ青なレベルだ。

 感じ取れる魔力量はハンパじゃないし、ビームの余波で岩肌とか砕けてるし……つい最近習得したにしちゃ、完成度とか威力とかぶっとんでませんかね!? 食らったら僕でもちょっと危なそうなんですけど!

 ……誰だ今『人のこと言えないだろ』って言ったの。

 と、そのビーム放射が止んできたかと思うと、そこには……全身が炭化寸前の状態で仁王立ちになっている原種と、その背後で比較的軽傷と言ってよさそうな状態の原種の2匹がいた。

 後ろの奴……顔が炭化してないから、その2か。
 で、前に出てるのがその1……こっちは顔だけじゃなくて全身がもう真っ黒焦げだな。

 ……状況を見るに、原種その1が原種その2をかばったってとこか……なんかこっちが悪者みたいな展開だな。

 光線が止んで数秒、仁王立ちしていたその1は……力尽きてその場に倒れた。
 ……普通の魔物なら一瞬で蒸発してしまうであろう威力の光線を受けてなお、原型を保ったままとは……やっぱりSランク、規格外の肉体強度だ。

 ……その肉体も、異常なまでの速度で進化した『亜種』には適わなかったようだけど。

 そして、おそらくすでに事切れているであろう原種その1が倒れるよりも前に、後ろにかばわれていたその2が地面を蹴ってこっちに突っ込んできた。

 つがいの敵討ちか、はたまたただの意地なのか……傷を負ってなお衰えぬ烈昂の怒気で、亜種めがけて突撃していく。

 ……なんか僕いつの間にか蚊帳の外っぽく扱われてるけど、まあいいや。

 ちらっと視線をやると、残りの子ディアボロスと戦っていたシェリーやナナ、セレナ義姉さんは、すでに標的の撃破という形で戦いを終えていた。

 が、さすがにこの戦い(僕VS原種2匹VS亜種1匹)に加わることはできなかったらしく、今は焦らずこちらの様子をうかがっている。
 まあとりあえず無事でよかった……さて、視線を戻そう。

 角で突き刺すつもりなのか、トップスピードのまま頭から突っ込んでいく原種。
 それを亜種は……こちらも角を突き出し、地面を蹴って飛び出した。

 勝負は、一瞬でついた。

 魔力をまとって輝いている琥珀色の三本角相手に、正面から激突した原種の真紅の角は競り合うことも出来ずに砕け……そのまま胴体を串刺しにされていた。

 位置からして間違いなく内臓が貫かれてる上に、バキバキバキ、なんて音が聞こえるから……たぶんあばら骨も壊滅的なダメージを受けたと見ていいだろう、アレは。

 勝負あったか……と思った、その時。

 
 ――キィィィイイイン……!!!

 
「……ん?」

 
 妙な甲高い音と共に、足元の地面から不思議な魔力の気配がしたかと思うと……次の瞬間、あたり一面の岩場に、それまでは影も形もなかった、何かの紋章のような図形が浮かび上がってきていた。それも、魔力を感じる光と共に。

「「「!!?」」」

 僕のみならず、エルクたちや……動けない王子様たちも驚きを隠せない。
 おそらくは……ディアボロスもそうだろう。

 光の図形は、今言ったばかりではあるが、あたり一面……僕ら全員その範囲内に入ってしまっているほどに広く浮かび上がっていて、しかも何やら妙な魔力を感じる。

 嫌な予感がして、ここから離れるように皆に念話で指示を出そうとしたけど……それは間に合わず、不思議な浮遊感が僕らを襲った。

 ……!
 この感覚、前にもどこかで……?

(……っ、そうだ思い出した! 洋館から僕が旅立つ時に使った、あの魔法陣……ってことはコレってあれと同じ、転移魔法の魔法陣か!?)

「やばっ、皆……!」

 しかし、時すでに遅し。

 僕が何か言うより先に、魔法陣から光があふれ出す。
 何の前触れもなくいきなり現れて発動したその力で……僕らはその場から消えた。

 
 ☆☆☆

 
 たった一瞬だけのことだったはずなのに……その一瞬はなんだかとても長く感じられた。

 強烈な浮遊感と、あまりの光に思わず目をつぶって、僅か2秒ほどで目を開けてみると……そこは全く別の場所だった。

 さっきまでは、海の近くの開けた岩場で戦ってたはずだった。

 それとは……真逆だな。ここ何だ? 遺跡か何かか?

 窓一つない閉所……石造りの壁と床、そして天井。
 雰囲気は『ナーガの迷宮』に近いけど……地下かどうかはわからない。

 けどまあそれも『サテライト』で見ればわかる……っ! そうだ、皆は!?

 はっとして辺りを見回すと……ほっ、よかった。ちゃんといる。倒れてるけど。
 エルクをはじめ、『邪香猫』の6人プラス義姉さん、それに王子様の部下達も、ひーふーみー……うん、全員……いや待て!

 女の子! あの女の子と……亜種もいない!

 原種……あ、7匹ともいた。内、6匹は死んでるけど。

 生き残ってるのは、最後に亜種の角で貫かれた成体1匹だけか。
 鬼の生命力だな……立ち上がってこっちを睨んでる。

 ……悪いけど、ここは僕らの安全を優先させてもらおう。

 最後の1匹が死力を振り絞り、地面を蹴ってこっちに突っ込んでくるよりも速く……僕はその懐に飛び込み、最高出力の『エレキャリバー』を纏わせて放った貫手を、亜種が角を突きたてたのと同じ傷口に放つ。

 『アメイジングジョーカー』のブースト効果もあいまって凄まじい威力になったその一撃は、原種の肉を、骨を粉砕して体を貫通し、背中へ抜けた。
 そのまま、真上になぎ払う。

 胴体部分の肉を背骨ごとごっそり失い、その拍子に首と胴体が切り離された最後のディアボロスは……ようやく絶命した。

 ……これで、この場にいる『生き残り』は……僕らだけ。脅威は排除した。

 振り返ると、エルクとシェリーが、痛むのか頭を抑えて起き上がるところだった。その他は……気絶してる?

 ……そういえば、転移魔法なんかを使うと、転移する距離や術式の複雑さによっては、精神その他に負担がかかって気絶したり、酔ったりすることもある、って聞いたことがあるな……。

 僕が平気だったのは……精神攻撃なんかに耐性のある、夢魔だからか。シェリーは『ネガエルフ』、エルクは『ハイエルフ』の先祖がえりだから割と大丈夫だった。

 で、その他は人間、もしくはミュウみたく、亜人は亜人でもそっち方面への耐性が強くない種族だから耐えきれず、この転移魔法陣発動の際の精神負担――『転移酔い』とでも呼ぶか――によって気絶した、と。

 手についた血、といっても『エレキャリバー』の電熱でほとんど消し飛んでるけど、僅かに残ってるそれを振り落とし、なんとなく天井を見上げながら考える。

 さて……これからどうするか。
 ますは気絶してる連中を全員起こして、説明だろうな……この状況の。

 僕だってわかってることはほぼ皆無に等しいけど、とりあえず転移魔法でどこかに飛ばされたっぽいってことは伝えないと。

 その後はできれば、外に出る努力と、『サテライト』での現状把握、か。
 割とやることは多いな……さっさと取り掛かろう。

 あ、でもまず魔力消費とかバカにならないから、『アメイジングジョーカー』解除。
 『パワードアームズ』は……出したままでもいいか。

 
 ☆☆☆

 
「はっ、はっ、はっ……」

 石畳の街道を、1人の少女が走っていた。

 つぎはぎだらけの服に粗末な靴……みすぼらしい、と言っていいであろう身なりの少女が、必死の形相で、目に涙まで浮かべて走っていた。

 しかし、なぜ走っているのか……少女自身も、それをよくわかっていなかった。

 だが、大変なことになっている、どうにかしなければならない……その思いだけが、少女を動かしていた。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう……どうしたら……!)

 少女は……ミナト達と共に、魔法陣の発動に巻き込まれたはずの、あの少女だった。

 しかし彼女は、ミナト達が今いるあの遺跡に飛ばされることはなく……あの場に取り残されていた。

 彼女自身がゼットと呼ぶ、あの『ディアボロス亜種』と共に。

 なぜ彼女が、そして『亜種』が転移を免れたのかは後ほどの話にするが……我に返った彼女を襲ってきたのは、極度のパニックだった。

(えっと、あの人達……私を守ってくれて、ホントはいい人達で……でもどこかに連れて行かれて……助けたい、助けたいけど、でも……あの人達は岩場の魔物ってことは、つまりゼットを退治するために来た人達であれ? でもあの人達『魔物たち』って言ってたってことは、退治するのはゼットじゃなくて? でもすごく強いし、ゼット魔物だし、ああでも助けてくれたのにほっとけないし……)

 ――どんっ!

「きゃっ!?」

「どぁっ!」

 思考に没頭し、前が見えていなかった少女は……前を歩いていた浮浪者風の男にぶつかってしまう。

 男の方もその衝撃でよろけ……男は、持っていたらしい酒瓶を落として割ってしまう。
 それに気付いて不機嫌そうに振り向くと、その目に尻餅をついている少女が映った。

「ってて、何だこのガキ……てめっ、気をつけろ! どうしてくれんだ、俺の酒を!」

「ひっ、ご……ごめんなさい……」

 すでに酔っているのか、男は苛立ちと怒りを隠そうともせずに、いきなりのことにおびえてしまっている少女に詰め寄……ろうとした、その時、

 
「ごめんなさいで済むか! このガキぐぼぁっ!?」

 ――どごしゃっ!!

「…………え?」

 
 突然、その睨みつけていた男が横に吹き飛んだ。

 そしてその直後、

 
「ぅあっ!? やばっ、誰か轢いた!?」

 
 そんな素っ頓狂な声がして、少女が声が聞こえた方を振り向くと……

 そこには、吹き飛んで壁にめり込んだ浮浪者の男を見て『うわちゃー』とでも言いたげな表情になっている、1人の見知らぬ女性が立っていた。

(……誰だろう、あの人……?)

 するとその女性は、自分を見ている少女の視線に気付いて彼女を見た。
 一瞬きょとんとしたような表情になると……次の瞬間はっとして、少女と男(in壁)を交互に見る。

 そして何を思ったか、口を開くと……

「……ふぅ、悪は滅びた」

 本当に何を思ったのだろうか。

「大丈夫だった、お嬢ちゃん? 危なかったわね」

「え、あの、ありがとうございました……でも別に私、何もされてなむぎゅ!?」

「おほほほほ、いーのいーの気にしなくて! ってか、何も言うな……んっ?」

 と、その女性はふと何かに気付いたような表情になり……なぜか、ほっぺたを両側からつかまれてアヒル口になっている少女に顔を近づけ、くんくんとにおいを嗅ぎだした。
 そして、あまりの展開の速さに思考が停止気味になっている少女に、

「ねえお嬢ちゃん、もしかしてさあ、ミナ……あー……髪とか目とか服とかがやたら真っ黒な、女の子みたいなかわいい顔のお兄ちゃんに会わなかった?」

「……!」

 その問いかけに、少女は気付く。
 この女性は、さっきまで一緒にいたあの少年を知っているのだと。

「えっと、あの、わた、わた、でも、私……」

「あーはいはい、落ち着いて、慌てなくてもいいから……ちょっと見せてね?」

「へ?」

 ぽん、と、女性がおもむろに少女の頭に手を乗せた。
 すると一瞬、少女は頭のあたりにふわっと風が吹いたような感触を感じ……

「……ほっほぉ……何だか面白いことに巻き込まれてるっぽいわね、あの子」

 ……それが止むと、女性は何かに納得していた。
 そして、おもむろにぱちんと指鳴らしをすると……次の瞬間、突然上から、金色に光輝く大きな鳥が舞い降りてきて、すっと出した女性の腕に止まる。

 きょとんとする少女の目の前で……謎の女性は長い金髪をふわりと揺らし、心底面白そうに笑って、

「おーっし、ミナトの居場所判明っ! 何か変なトラブルに巻き込まれてるっぽいけど、これはこれで面白そうだからまあいっか。行くわよストーク! あ、情報ありがとねお嬢ちゃん、はいお駄賃」

「ぴゅいーっ!」

「え? ……え!? ――えぇえ!!?」

 最初の「え?」で女性は、少女の頭を優しく撫でると同時に、自分の上着のポケットに手を入れて何かを取り出した。

 そして次の「え!?」で、取り出した金貨を少女の手に握らせ、

 最後の「えぇえ!!?」で……突如宙に浮いたかと思うと、急加速して凄まじい速さで空のかなたに飛び去った。

 少女が一度瞬きをすると、もうその女性も光る鳥も、影も形も見えなくなっていた。

 ただ、手の中に光る金貨の冷たく硬い感触と、壁にめり込んだ哀れな中年の悲痛なうめき声だけが、今の出来事が夢では無いことを示していた。

 
 
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