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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第149話 予想通りに予定外

 

 昨日、エルビス王子から受けた依頼である『サラマンダーの群れの討伐』。

 連中は夕方から夜にかけて活発に動き出すらしいので、討伐は夕方から夜に行うことになった。で、それまで暇なので町を散策がてら、準備を整えることに。

 準備って言っても、収納装備を持ってる+事務担当が非常に優秀な僕ら『邪香猫』の場合、ある程度の危険区ならすぐに行ける設備は普段から整ってるから、ほとんどないんだけどね。

 だから仮に急な依頼が入ったとしても、やることといえばいつもせいぜい地図を見て地理を頭に入れたり、地元民に聞き込みをする程度だ。

 だったら聞き込みでもして情報集めてようかな、とも思ったんだけど……よく考えたらこの依頼のターゲットに関する情報なんかはほぼ王子様ご一行が調査済みのはず。

 加えて、町の人達に無用な混乱や不安を与えるのもよくないから、このことは黙っててくれ……って、去り際に王子様の部下の人に忠告されてたのを思い出す。

 まあ、Aランクの魔物が近くにいるかもしれないっていうことになれば、そりゃ不安か。

 そんなわけでおおっぴらに情報収集なんかも出来ない状況なので、仕方ないからそっちは情報担当のザリーとギルド職員の義姉さんに任せて、僕らは適当に町を歩きつつ……人々の噂に聞き耳を立ててそれとなく情報を探してみることに。

 しかし、表通りを人ごみを掻き分けつつ進んでも、裏通りを絡んでくる悪人面連中を蹴っ飛ばしながら進んでも、この耳にそれらしき情報が入ってくることはなかった。

 まあでも、もともと特に必要のない情報収集で、ほとんど暇つぶしでやってただけ。
 王子様たちが事前調査してるだろうから、別に大した情報集まらなくても別に問題はない…………んだけど、

 
 この結果から僕らは、情報云々とは別の理由で、ちょっと不安になってきた。

 昼過ぎになってから、ザリーと義姉さんが同じく『情報なし』という情報を持って帰ってきてからは……特に。

 
 ☆☆☆

 
「情報……いくらなんでも無すぎない?」

 昼過ぎに適当な食堂で遅めのランチを食べながらの、僕のそんな一言。

 こういう感想を抱いて当然ってもんだろう。何せ『皆無』だ。全くの。

 いくらごく最近のことだからって……文明機器無しでも驚くほど情報が拡散するのが早いこの世界、ひいては冒険者業界その他にあって……これはもう不自然どころじゃない。

 『サラマンダー』は成獣で5mほどにもなる巨体を持っていて、子供でも生まれて数日で2mを超えるレベルにまで成長するらしい。

 しかも、この近くには本来いない魔物。もっと山の方に本来は生息するらしい。

 遠目でもわかるようなそんな魔物がこのへんに来てるんなら、冒険者や行商人なんかが目撃しててもいいと思うんだけど……

「ギルドにも情報屋筋にも、そんな感じの情報は持ち込まれてなかったんだよね?」

「ええ。デマ扱いでまともに取り合ってないようなレベルの持ち込み情報まで一応見せてもらったんだけど……『サラマンダー』をこの辺で見たなんて情報はなかったわ」

「僕の方もなし。いくつかルートやアプローチ方法を変えて当たってみたんだけど……噂レベルでもそんな感じのものはなかったな」

 ……噂、すらないのか……。

 まあ、そもそも『サラマンダー』は山地に住む下級龍だし、泳げないから水が苦手な魔物だって聞く。岩山や乾燥地帯なんかにむしろ好んで住み着くそうだ。
 そんな場所は他の領地・地方に行かないとない。

 こんな海沿いの町、というか地域にはそもそも寄り付かない。自分達の生態からして全く好みじゃないだろうから。

 まあもっとも、王子様の領地から討伐隊に追われてここに逃げ込んできたっていう話だから……それは今回さしたる問題じゃないのかもしれないけど。

「にしたって、何の痕跡も見つからないってのは変よね。『サラマンダー』はAランク……1匹でも小さな村一つなら壊滅させることだって難しくないレベルだもの」

「あー……最近よく思うんですけど、このところの私達の基準だとBランクくらいまでならザコ扱いしちゃうようになって来てますもんね。でもよく考えたら、普通の冒険者にはAランクなんてけっこう絶望的な強さの魔物なんですよね……」

 エルクの指摘に、ミュウが一瞬遠い目をしつつ悲しい現実をぽつりと漏らしてたけど、ある者は素で、ある者は務めて、皆そろってその指摘はスルーした。

 いい判断だ。掘り下げても意味がなく、虚しくなるだけの話題だからね。

 それはそうと、確かにAランクってのは一般基準で言えば相当な危険度である。

 人里の近くで発見されれば即座に情報がギルドその他に流され、大抵どこかから討伐以来が出されたりして迅速に対処される。じゃないと死人が出かねないから。

 それにそのくらいの強さになると、そういうのがよその土地から流入してきたりした場合、その土地の生態系が狂う原因になる。

 もう随分前の話だけど、『ナーガの迷宮』なんてその典型的な例だ。それまでCランクとかそのへんの魔物が食物連鎖の頂点にいたのに、目覚めた『ナーガ』がAランクだったせいでその仕組みが滅茶苦茶になって分布やら何やら狂いに狂った。

 そして、人里の周辺っていうのは、出現する魔物のランクは総じて低い。
 人里の周りだから低いっていうか……そういう場所を選んで先人たちが都市を作った、ってだけなんだけどね。多分。

 それはこの『ブルーベル』にも言えることで、この付近には森の中に入っても、高くてもせいぜいCとかそのへんの魔物しか出てこない。亜種だとBに届くこともあるけど、たいがいそういうレベルにいくと討伐依頼が出る。

 そんなこの土地にAランクの『サラマンダー』が、しかも群れで現れたなら……生態系の1つや2つ崩れててもおかしくない。いやむしろ崩れてしかるべき。

 しかし、魔物の縄張りその他の分布も変わってないし、別に凶暴化とかしている様子も、食糧不足になってる様子もない。ごくごく自然なままの状態だそうだ。

 そんな状態となると……こんな疑問が出てきてしまうのも仕方ない、と思う。

「……ホントにいるのかな? 『サラマンダー』の群れなんて」

 根本的なところに突っ込む形の疑問だけど……当然の疑問だと思う。

 いたら間違いなく騒ぎになるレベルの魔物。しかし、どこにもそれらに関する情報がなく、専門家と言っていいザリーや、けっこう詳しい所の情報も閲覧・チェックできる立場にある義姉さんでもそれを見つけられていない。

 けど、王子様……正確にはその部下さんがだけど、結構自信満々に、『我らが諜報部隊は優秀ですから問題ありません』って断言してたから、あてずっぽうとか適当な情報ってわけじゃないと思うんだけど……。

「けどそれなら、その諜報部隊とやらはどこから情報を仕入れたのかしらね? ザリーやセレナさんが調べられなかったレベルの秘匿情報を扱う伝手でもあるのかしら? それとも、実際にその人たちが探して直接突き止めた、とか?」

「普通に考えて、どっちも無さそうなんだけど……まあでも、ちゃんと場所がわかってるって言うんなら、空振りすることもないでしょうし、別に大丈夫なんじゃない?」

「……まあ、それはそうかもだけど……」

 気にはなるけど……確かにシェリーの言うとおり、ちゃんと王子様の方で居場所をきちんと把握していて、僕らを今日の夕方きちんとそこに連れて行ってくれるって言うんであれば、依頼を遂行する分には何ら問題はない……多分。きっと。

 けど同時に、この不安感ってこのまま放っといていいタイプのものじゃないような感じも、頭の中にモヤモヤ~、っとしてるんだよなあ。依然として正体はわからんけど。

 応えにたどり着けない問いについて考えながらも口と手を動かしてた結果、程なくして全員食事が終わったので、お会計の後で店を出る。

 で、大通りに一歩出た瞬間……どん、と僕の足に何かがぶつかった。

 そこそこの勢いでぶつかってきたけど、痛くもないし……そもそも特に硬くもなかった、その何かの正体は……

「きゃわっ!?」

「おっ、と……大丈夫?」

 ぱしっ、と、
 体制を崩して転びそうになってた女の子を、間一髪腕をつかんで支えてあげる。

 走ってきて僕にぶつかって……けど、ぶつかった相手の僕が全然全く微動だにしなかったため、壁にぶつかったみたいな形になっちゃったみたいだ。

「えっ、あ……ありがとう、お兄さん……あっ! お肉!」

「うん?」

 ちょっと意味のわからない単語を口走ると同時に、はっとしたように周りを見て……地面に散らばったものを手にして集め始める少女。

 それは……今彼女が言ったとおり、『お肉』だった。

 でも……肉より骨の方が多いっていうか、骨に肉がちょっとついてるだけっていうか……ぶっちゃけ、肉屋さんで切り出しの時に余った骨回りの部分を譲ってもらった的な感じである。ていうか、ホントにそんな感じだと思う。

 まあ、何の肉と骨かによっては、煮込んだらおいしいスープになるのかもしれないけど……食べるにはちょっと向いて無さそうな感じのビジュアルだな、と思える、

 それ以前に、地面に落ちて土とかついて汚れてしまったその肉(?)を、少女はせっせと集めて、転ぶ前に手にしてたらしい布袋につめなおし……ってちょっと待て。

 もしかして……それ食べる気?

「あ、あの、すいませんでしたお兄さん。私その、急いでて、前よく見てなくて……」

「え? ああ、いやそんなのはいいんだけど……さすがにそのお肉(?)はもう食べるのやめといた方がいいと思うよ?」

「えっ? いや、でも……洗えば多分大丈夫だと思います」

 いや……それはどうだろう?
 雑菌とか怖いよ? 熱湯消毒とかきちんとしないとこういう世界では……いや、熱湯消毒してもちょっと不安な部分は多々ある気がするけど……

 どう言ったもんかとちょっと悩んでいると、ふと彼女の服装に目がいった。

 つぎはぎのある、随分とボロボロな服を着ている。上も下も。
 そしてその服……サイズがあってない? 明らかに大きい。袖とかすそとか、捲り上げて無理矢理サイズ合わせて着てるみたいな感じだ。

 もしかして……貧乏な家の子とか?
 それで……安く譲ってもらえる、切れ端的なお肉を買ってたとか、そういう内情?

(うわ……ぶつかってこられたの僕の方なのに、何だか罪悪感…………ん?)

 と、その瞬間。
 僕は、目の前の女の子から……かわいそうとか申し訳ないっていう感情とはまた別な、ちょっと変わった点を感じ取った。

(あれ? この子……)

 戸惑ってる間に、あっという間に女の子は落とした肉を全部回収すると、ぺこりと一礼して走り去ってしまった。

 ああちょっと! その肉できれば食べない方が……ああ、見えなくなった。
 ……食べてもお腹壊さないことを祈ろう。ちゃんと火通せば多分……うん。

 残念ながらそのための忠告は出来なかったんだけど。

 ……それにしても、ちょっと変だったな……今の子。

「? どうしたのよ、ミナト。今の女の子がどうかしたの?」

 と、僕の後に店から出てきたエルクが、少し不思議そうにたずねて来た。

「ん? ああ、ちょっとね」

「え? 何何ミナト君、もしかしてあんな感じのちっちゃい娘が好みとか?」

「んなわけないでしょうが、毎度毎度安直なからかい方を……そうじゃなくて、ちょっと気になったんだよ、あの子……」

 シェリーにツッコミつつ僕は、その女の子が走り去った方向をチラッと見て……その感触(・・)が残っている鼻をぽりぽりと軽く書きながら、呟く感じで言った。

「……何でかしらないけど……変な匂いがしてさ」

「……匂い?」

「うん。普通の体臭に混じって……魚とか肉っぽい生臭い匂いや、多分あの娘の身の上がらみなんだろうけど……何日も風呂に入ってないような匂い、それに……」

 この2つはまあ、ついててもおかしくないだろうと思える匂いだ。
 貧乏な子ならお風呂とか入れないかもしれないし……肉はまさに今持ってたし。

 けど……残りの2つが、ちょっと謎だったんだよね。

「……潮の香りと……爬虫類みたいな匂いがした」

「……? 何よ、それ?」

 さあ、わかんないよ。

 
 ☆☆☆

 
 ミナトが首を傾げていた頃、その少女は小走りで大通りを進んでいた。

 時折、両手で抱えるように持っている袋の中の肉に目を落とし……嬉しそうに笑みを浮かべている。

 みすぼらしい身なりの少女に周りから注がれる、奇異の視線や冷ややかな視線には気付いていないようだ。もっとも……気付いていても気にしないかもしれないが。

 そんな少女の耳に、通りの端から聞こえてきた話し声が届いて……その内容が気になったのか、少女が足を止めた。

「おいそれホントかよ? そんな話始めて聞いたぞ?」

「それがホントらしいんだよ……まあ、あの岩場のあたりなんてめったに人もいかないからな。気付かれなかったんじゃないか?」

 その会話を耳で拾った少女は、物陰に隠れてこっそりとそれを聞いていた。

 それもそのはず……彼女は今から、その『岩場』に行く所だったからだ。
 抱えて持っている肉を持って行くために。

 しかし、男たちが続けた会話の内容に……少女の顔から血の気がひいた。

「なんでもそこに、なんとかっていうでかいトカゲの魔物がいるみたいだぜ? それも、結構危険な奴らしくてよ……」

「はあ……おっかねえなそりゃ。知らねー間に……でも、もう大丈夫なんだろ?」

「ああ。いつなのかまではわかんねえけど、近いうちに討伐隊が組まれて駆除されるらしいからな。まあもっとも、あそこに近づく奴なんざいねえから、別に心配もそう必要じゃねえだろうが……」

「それにしたって危険な魔物は、きっちり駆除しとくにこしたことはねえさ。町に被害が出てからじゃ遅いからな。トカゲだか何だか知らねーが、きっちり殺しておかないとな」

「やるのは別にお前じゃねーけどな」

 そんな軽口の会話。

 しかし、それを聞いていた少女は真っ青になってその場から走り去った。

 先ほどと同じ方向に、しかし今度は、小走りではなく全力疾走に近い走りで。

「大変……だめ、そんなの……逃がさなきゃ……!」

 しかし当然というか、すぐに少女の意気が上がり始める。
 その小さな体に、重い荷物を抱えたまま長い距離を走り続けられるほどの力はない。足の動きはたちまち鈍り、袋を抱える手も震えてきていた。

 それを悟った少女は、少しためらいつつも……先ほどは一度落としても必死になってかき集めた肉が入った袋を、道の端に投げ捨てた。

 荷物を捨てて身軽になり、再び走り出す。
 錘がなくなったとはいえ、足は依然として痛み、疲労を感じるが……それは本当にどうしようもないことだとわかっているからだろう。無視して走っていた。

 悲しみと焦り、その他色々と切羽詰った感情の入り混じった表情を顔に浮かべ……

「早く、早く行かなきゃ……ゼットが、ゼットが死んじゃう……殺されちゃう……!!」

 傍目から見ても必死な様子がわかる少女は、髪を振り乱し……いつの間にか涙や鼻水までも流しながら、スラム街を駆け抜け、町を飛び出し……岩場へと走り続けた。

 
 ☆☆☆

 
 ちょっとへんな体験をしたその数時間後、僕ら『邪香猫』+義姉さんは、町外れの空き地で、第五王子様とその部下さん達と合流していた。

 そこで、簡単にこれからやることの打ち合わせを行う。

 まず、ターゲットである『サラマンダー』の群れの位置は、王子様の部下の人たちが把握してる(らしい)ので、そこへの案内はその人達に任せる。

 そして僕らの仕事はその後。
 被害を極力抑えつつサラマンダー全てを討伐する。これだけ。

 その際、連携をどうとるかって話にもなったんだけど、それに関しては、僕ら『邪香猫』に攻撃を全面的に任せて、部下達は王子様を守りつつ戦う、っていう形になった。

 というのも、やはりというか、王子様を戦いに直接参加させるわけには行かないっていう当然の判断と、僕らと部下さん達では実力に差がありすぎて上手く連携をとれないだろう、っていう判断から。あとは、僕らの戦闘能力を見込んでだそうだ。

 ちょっと調子いいというか、人任せなこと言ってる気がしないでもないけど、言ってることは間違ってない。立場上、王子様に傷一つでも負わせるようなことは避けたいのは全員に共通の意見だし。

 それに……連携とかそういう面で見ても、こっちに任せてもらえるほうが確かにありがたい。部下さん達じゃ、僕らの戦闘能力にはちょっと及ばなさそうだし。

 ……というか、Aランク程度なら僕らで各個撃破できるし……。

 そういうわけで、極力危険が少ない配置を考えた結果、さほど時間をかけずにこういう形で結論が出たわけだ。

 後は……話してないけど、僕らが戦いをさっさと終わらせるまでの間、アルバに頼んで王子様達をバリアで守らせてれば、万が一にも危険は無いだろう。

 特に反対する理由もない。この戦い方でいこうと決めて……今、『サラマンダー』の巣に向かっている。

「……しかし、さすがだな。これから戦う相手はAランクの魔物の群れだというのに、誰1人として緊張している様子がない。やはりSランクのチームともなると、普通の冒険者とは一線を画すということか」

「そんな大したもんじゃないですよ。緊張してないわけじゃないですし」

「過度な謙遜は嫌味というものだ、ミナト殿。非常に頼もしいよ、今日はひとつよろしく頼む。直前で、丸投げするような形になってしまったのが心苦しいがな」

 そんな風に声をかけてくる第五王子様。
 昨日も思ったけど、偉そうにしたりする様子もないし、人と壁を作るタイプでもないみたいだ。さすがあの第一王女様の友人ってことか……話やすくて結構。

 そんなエルビス王子の装備は、上から下まで、それも一見して高級なマジックアイテムとわかるものばかりだった。

 特殊な素材を使って作ったらしい、それだけでも鎧以上の防御力を誇るであろう服。
 希少かつ高価な魔法金属をふんだんに使っているであろう鎧。
 腰に刺している剣も、名工によって作り上げられたものだろう。まとう空気が違う。

 超の突く高級品の装備の数々に身を包みつつも、気品を損なわない感じに見事にそれを着こなしているのはさすがと言うべきなんだろう。

 線の細い、しかし引き締まったしなやかな筋肉からなる肉体がそれらの装備を纏っている図は、静謐な雰囲気を醸し出している。さすがは武闘派王子、ってとこか。

 もっとも、この刃をふるって戦う機会は今回は来ないけど。

 そういえば、今回に関わらずいつもそうだと思ってたんだけど……意外なことにそうじゃなかったのにはちょっと驚かされた。
 討伐任務の時には、王子様自ら前線に出て敵と戦うこともあるらしいのだ。

 てっきり、王子様はネームバリュー目的だけで、指揮官という名の同行者としてきているだけだと思ってたんだけど……以前あった討伐任務中に、味方が負傷したりしてピンチになったときには、自分が剣を抜いて戦っていたとか。

 もちろん毎回じゃなく、10回に1回とかそこらへんの頻度だったらしいんだけど……いいんだろうか、一国の王子様をそんな危険な目に合わせて

 もっとも、いつも上手く切り抜けてきたらしく……その際は『なんて勇敢な王族だ』って評判になって、人気がますます上がったらしいけど。

 にしたって結果論だろう、そんなの。
 そんな危険な事態に何回もなってるのに、今もこうして危険な任務を任せてるって……いいのかそれで、ジャスニア王国。

 

 そのまましばらく歩いて、僕らはサラマンダーの住処らしい場所にたどり着いた。

 たどり着いた……けど……

(……ホントにここに、サラマンダーなんているの……?)

 そこは、海がすぐ近くにある岩場だった。

 かなり広いけど足場はいいとは言えず、慣れてない人は歩くだけでもかなり大変そうな感じ。大小の岩がそこらに転がってるし、硬い岩ともろい岩が混在してるし。

 海の近くの部分は波がかかって濡れてて、岩の表面が滑りやすくなってるから余計に歩きづらそうだけど、陸側に少しいくとそれは見られなくなる。そこは少しマシか。

 しかし、僕が疑問に思ってるのは、この岩場の険しさとかじゃなく……この場所そのものだ。海が近くにあって、塩気・湿気を含んだ風が吹き付けるっていう、この場所。

 さっきも言ったとおり、『サラマンダー』は乾燥地帯や火山地帯に住む魔物だ。湿気をあまり好まず、乾燥した土地……砂漠なんかに好んで住み着く。

 それを考えると……いくら逃げてきたからって、こんな所に住み着くとは思えないんだけど。直接水に触れるような場所じゃないとはいえ、海から潮風が吹きつけるわ、湿度も決して低くないわ……おまけに獲物になる動物もほとんどいなそうだ。

 しかも部下の人によれば、この近くの洞窟に住み着いているらしいんだけど……こういう海沿いの洞窟って、地下水とかが流れてたりして、かなり中は涼しかったりするし、湿度も高いことが多いんじゃなかったっけ?

 むしろ、絶対によりつかなそうな場所に来た気がするんだけど……

「……ホントにいるんですか? ここに……」

「何をおっしゃいます、冒険者殿! 我らの調査は確かです。必ずここに、件の大トカゲは逃げ込んでいるはずです!」

「ええ。下調べもすでに済んでおります。危険ゆえ、洞窟の仲間では調べられては降りませんが……『サラマンダー』と思しき魔物が洞窟を住処にしているのは確実です。先日の夜の調査で、調査隊の者がそれをはっきり目撃しております」

「……そうか。ならばよいが……ミナト殿は、不安があるのか?」

「ええ、まあ。何せここ、環境が環境ですから……負われて逃げてたどり着いたにしても、『サラマンダー』が住み着くにはあまりにも不釣合いな場所ですし」

「えり好みをしている余裕がなかったのでしょう。ここは殿下の領地との境界に近いですからな。殿下の軍の討伐作戦から辛くも逃れたトカゲ達は、とりあえず敵も少なく安全なこのあたりに流れ着き、さらにそこで洞窟を見つけて住処としたのでしょう」

「領内で討伐隊が連中と戦ったのは、この近くでだったのか?」

「はい。境界を超えて逃げられたため、追撃を断念したとの報告でした。魔物の追撃とはいえ他の領に無断で軍を侵入させるわけには行かないですし、我が軍もかなり消耗しておりましたので」

 と、王子様が部下の人に尋ね……あれ、今の質問どういうこと?

 今の会話の内容だと、まるでその前回の討伐隊の時に……

「? エルビス王子の領内での討伐隊って、王子様参加してなかったんですか?」

「ん、言っていなかったか? 私はその時、外交業務でネスティアに滞在していたんだ。メルディアナ王女王女に紹介状を書いてもらった話はしただろう? その最中だった」

「アレって、討伐に失敗した後の話じゃなかったんですか?」

「ああ。私は公務の出先で領内での『サラマンダー』の出現を聞いて、部下に討伐するよう命令を出したのだが……逃げられたようでな。紹介状はその時書いてもらった。そして、公務が済んで体が空いたので、今度は私が直接来たのだ」

 え、つまり……サラマンダー出現の報告を受けたのも、それが行われたのも、それが失敗してこの地方に逃げられたのも、全部王子様が不在だった時の話だっての?
 そして王子様、それ全部報告で聞かされただけなの?

「じゃあ、それ以前のこと……例えば、その魔物が『サラマンダー』だってことや、領内で取り逃がしてこっちに逃げた、っていうのは……」

「ああ。部下からの報告で聞かされただけで、私自身は直接は確認していない……というか関われていないな」

 ………………

 なんか、怪しいぞそれ……?

 今回の一件、何から何まで、部下から上がってきた報告の中での『事実』だ……王子様が直接確認してない。
 いや、普通は直接確認するようなことでもないんだけど。危険だから。

 けど、これじゃもし……うん?

「「「!」」」

 瞬間、『邪香猫』+義姉さんがほぼ同時に反応し、その視線が同じ方向を向いた。
 何事かと、王子様とその部下の皆さんも遅れて同じ方向を見るけど……そこには岩場が広がっているばかりで、何もない。

 頭の上に一様に『?』が浮かんでいるような王子様ご一向だけど……僕らは、見えなくてもそこに『何か』がいることがわかっている。『サテライト』の空間把握のおかげで。

 いやでも、かくれてるのは人間みたいだから……『何か』じゃなくて『誰か』だな。

 しかも多分、大きさからして子供……ってまてよ?
 潮風に乗って流れてくる、このにおいは……

「……ミナト殿? 向こうに何か……!」

 王子様が言い終わるより前に……岩陰にかくれていたその人物がその姿を見せた。

 出てきたのは、小さな女の子。
 少し長めのくすんだ金髪に、つぎはぎだらけの服。
 顔は整ってて、美少女と美幼女の間って感じのそれだ。

 しかしそんなことより僕が注目したいのは……

(やっぱり。この子……さっき町でぶつかったあの女の子だ)

 大量の切れ端肉を抱えていた……そしてその体から、爬虫類のような匂いが漂ってきていたせいで、気になって記憶に残っていたあの少女だった。間違いなく。

 しかもなぜか……爬虫類の匂いが濃くなってる?
 この短時間に、どこかで爬虫類とふれあいでもしたんだろうか……いや、まて。

 そんなことより、この匂い……どこかで……

「あ、あの……」

 すると女の子が、恐る恐るといった感じで口を開いた。

「お兄さん達ですか? その……ここにいる魔物を倒しに来たのって……」

 そして、そんな質問。

 その『ここにいる魔物』っていう言葉に、僕ら一同……特に、王子様とその部下たちが顕著な反応を見せた。

「……ああ、そうだが。君は誰だ? この近くの地元の子かな?」

 代表(?)してそう返事を返したのは、王子様だった。

 肯定という形で返されたその言葉に、女の子はなぜか一瞬びくっと震えたように見えて……しかし、ぐっと何かこらえるように下唇をかみながら、こっちを真っ直ぐ見て言った。

「えっと、あの……私、お兄さん達に伝えなきゃって思って……ここにいた魔物、もう逃げちゃってここにはいないから……それを……」

「「「!?」」」

 女の子の口から、搾り出すようにして出てきたその言葉に……全員が驚愕を隠せない。

 突然現れた少女が、聞き捨てならないことを唐突に言い出した。そんな驚きで全員が硬直する中……最も早く動いたのは、王子様だった。

「その話、詳しく聞かせてもらってもいいかな? どういうことなのか……」

「えっ? あ、うん……あ、はい!」

「で、殿下、お待ちください!」

 と、王子様がその子に歩いて寄っていこうとした所で、斜め後ろに控えていた部下の人が慌てて王子様を呼び止めた。

「どうした、ハギス?」

「そのような不審な子供のいうことに耳を貸してはなりません! 突然現れて魔物がいなくなっただのと、無礼な上に斯様なたわごとを……」

「う、嘘じゃないもん! ホントに……ホントに昨日の夜、ここにいた魔物は逃げちゃったんだもん!」

 ハギス、と呼ばれた部下さんに反論する形で女の子は声を張った。
 依然として声は震えてたけど。

 そのハギスさんは、今度は女の子の方をきっと睨んで、

「うるさいぞ小娘、殿下の午前で無礼な!」

「ハギス、あまり大声を出すな。怖がっているだろう……これでは話も聞けんぞ」

「話とは? まさか、このような得体の知れない子供のいうことを真に受けるなどというのですか殿下!?」

「中身が中身だ、このままただ聞き捨てるわけにもいかんだろう? 聞くだけ聞いて……」

「そのような必要はありません殿下! 我が方の優秀な諜報部隊の者たちが、この岩場の洞窟に魔物が潜んでいることを確認しているのです! 明らかにこの娘は嘘を言っています! そもそも、話の真贋以前に怪しすぎるでしょう、このような場所に突然現れて、いきなり魔物はもういないなどと……」

「嘘じゃ……」

「黙れと言った小娘! これ以上は子供とはいえ許さんぞ!」

「ひ……っ!?」

 今度はさすがに怖かったらしい。
 体を大きくびくっと震わせて後ずさりする少女。ちょっと泣きそう……ってか、目の端にすでに水滴が見えている。

 まあ、強面のおっさんの顔を赤くしての憤怒の形相だ、無理もない。
 むしろ今までよく耐えたと言うべきだろう。

「殿下、今はあのようなみすぼらしい身なりの子供の話を聴いている暇などありません。『ブルーベル』をはじめ、この近辺の町の平和のためにも、一刻も早くあのトカゲ共を皆殺しにしてしまわねばならないのです!」

「……え? トカゲ……共?」

 ん? 何か今、変な反応しなかったかあの子?

 ハギスさんの話聞いて、おびえてた顔が一瞬、何かに驚いたようなきょとんとした表情になったけど……それに、今の言葉……

 なんか僕も、なんとなくだけどこの女の子の話、もうちょっと落ち着いて詳しく聞いた方がいいような気がしてきた…………その時。

 
「「「―――!!!」」」

 
 ……サテライトに反応あり。
 しかも……前後左右、4方向から同時に。

 しかもしかも、今度は、この反応は……人間じゃない。魔物だ。

 その直後……少し強めの風が吹いたことで、サテライトの範囲ぎりぎりという結構な距離の向こうにいたそいつの匂いが……僕の鼻に届いた。

 次の瞬間、僕は地面を蹴って前に飛び出すと、現在ちょっと怯え気味の女の子を脇から抱え上げ、すぐ跳んで元の位置に戻った。この間僅かに0.5秒。

 一瞬、何が起こったかわからなくてきょとんとしてた女の子が、驚いて何かしらの声を上げる……よりも早く、僕が先に声を張っていた。

「全員円陣防御で戦闘態勢! 正面が僕、右シェリーとエルク、左ナナとザリー、後ろは義姉さん! ミュウとアルバは王子様達を守りつつ僕らをフォロー!」

「「「了解!」」」

 一瞬とも言えないくらいの短い間だけ皆びっくりしてたけど、すぐに持ち直して僕の指示に従って円陣を組む『邪香猫』+義姉さん。この間僅かに1秒。

 王子様たちの驚きをひとまず置き去りにして、僕は思考をめぐらせる。
 さっき鼻に届いた、敵の匂い……そこからわかった、敵の正体について。

 正確に言えば、知ってる匂いではなかった。過去に僕らが出会ったことのある魔物じゃない……多分。

 しかし……似た匂いは知ってる。
 今のあの匂いと似たような匂いの奴を、僕は……これでもかってくらいに知ってる。

 『奴』に匂いが近い、しかし微妙に違うってことは……だ。
 ただ同じ爬虫類(?)系の魔物って可能性もあるけど……こういう時に限ってよく当たる、悪い予感って奴を仮に信じるとするならば…………相当まずい。

 そして、四方から一体ずつせまりくるこの全員……つまり、風向きの関係で匂いを感知できた一体以外も『アレ』だとするなら……そりゃもう本当にまずい。まず過ぎる。

 ……で、そういう予感に限って当た……っちゃったよオイ。

 かくれていた岩陰や木の陰から、4匹同士に姿を見せたその魔物たち。
 予想、的中。いろんな意味で。

 4匹とも同じ見た目……すなわち、同じ種族。
 トカゲ系の見た目……しかし、サラマンダーにあらず。おいコラ、王子様の部下共、何が『優秀ですから』だ。

 同じトカゲ系……もっと言うなら同じ『龍族』でも、天と地ほど違うぞアレは。

 緑色の鱗に、血のように赤い爪と角、そして目。
 細身ながら力強さを感じさせる体躯は……人間に近い骨格を持っている。
 鞭のようにしなる、先端が尖った長い尻尾。

 直接見たことがある種類の魔物じゃあない。
 ただし……カラーリングが黒と琥珀色の『亜種』は見たことがある。
 ってか、何度も戦ってる。

 そしてこいつらは……4匹とも、その『原種』だ。

 王子様とその仲間たち、あとついでに僕が抱えてる女の子、そのほとんどは、驚きや恐怖、焦りよりも……困惑が勝っているようだ。
 たぶん、明らかにあいつらの見た目が『サラマンダー』じゃないからだろう。

 ……何人か、恐怖が顔に出てきたり、震え始めた奴らもいるみたいだけど。あれ、もしかしてアレの正体知ってんのかな?

 ……まあ何にせよ、アレらが何かを、そして今のこの状況がどんなものなのを正確に知ったら、間違いなく彼ら彼女ら全員の頭の中の大部分を占めるのは恐怖だろうと思う。

 
 四方を『ディアボロス』なんていう化け物に囲まれている、と知った日にゃ……そりゃもう、間違いなく、ね。

 
 
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