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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第147話 偽者

 

 詳しく聞くと、こういうことらしい。

 今から数日前、この近くの町に『黒獅子』を名乗る男が現れた。
 以上。

 ……あれ、そんだけ?

「うん、そんだけ。まあ、ミナト君の名を語って何かした、ってわけでもないみたいでね」

 もうすぐ夕食の時間なので、宿の食堂に向かいながら詳しく聞いた。

 どうやら、その『偽黒獅子』に関する何か問題行動や悪行の噂が流れてる、ってわけじゃないらしい。言ってみればあくまで『目撃証言』のレベルなんだとか。

 ……知らない間に見覚えのない悪評が広まってたりするようなことにはなってないようでよかった。今の所は、だけど。

「ただ、その目撃情報が割と最近だったのと、場所がこの町の近くだったもんだからちょっと気になってね。まあ、大した情報集まらなかったけど」

「情報屋のあんたが動いても情報がなかった、ってことは、それほど話が広まってるわけじゃないのね、やっぱし」

「そういうこと。大方、飲み屋とか、キレイなお姉さんがいる店でモテようと思って名をかたってるとか、そういう類の話だと思うけどね」

「よーするにモテたがりの小物ってことでしょ? よくある話じゃない」

 ? よくある、って?

「あーなるほど。ほら、ミナトさんって特徴がはっきりしてるからさー、マネしようと思えば割と簡単に出来るじゃん? 黒い服と装備用意するだけで」

 と、ターニャちゃん。

 どうやら、ある程度有名な冒険者とか傭兵になったりすると、その偽者が現れる……っていうのはそれほど珍しい話じゃないみたいなのだ。
 それも、特徴がはっきりしててわかりやすい奴だと、特に。

 ターニャちゃんの言うとおり、僕の場合はこの上から下まで黒メインな服と装備、黒髪に黒い目が特徴。髪と目はともかく、前者2つはマネするのは難しくない。

 キャバクラでもてるために『なんちゃって黒獅子』を語るおバカも、そりゃいるかも知れない……と、そういうわけね。

「あら、ずいぶん冷静ねミナト。許せないー、って怒り狂ったりしないの?」

 と義姉さん。
 いや、まあ、確かに多少複雑な気分になったりはしてるけど……未知の体験過ぎてどう反応するのが正解かわかんないよ、皆目。

 悪評が流れてるとかだったら怒ってたかもしれないけど、ただ『もてるため』なんて目的で名前使われても、腹立つっていうか、恥ずかしいだけっていうか……

 と、そんなことを考えてる間に食堂に到着。
 話をここで切り上げるためか、エルクが纏め的なものにはいりつつ扉を開けようとして……

「ま、気にしないならそれでも別にいいんじゃない? 私達に迷惑がかかるようなことがなきゃ、何でも『『『キャ―――』』!!』」

「「「!?」」」

 ……何、今の声。
 なんか、アイドルを見つけた女子高生か何かみたいな黄色い感じの歓声だったけど。

 しかも、今正に入ろうとしてたレストランの中から聞こえたような……

 すると、扉についてるガラス窓の向こうから僕らの姿が見えたのか、宿の従業員と思しき女の人が出てきて、

「あ、いらっしゃいませ……えっと、お食事です、よね?」

「あ、はい。そうですけど……あ、コレ鍵です」

「拝見いたしま……ろ、ロイヤルスイートのお客様ですか! し、失礼しました、どうぞこちらへ……あ」

 と、今日一番の上客だということに気付いた店員さんが慌てて案内しようとして、その直後にまた何かに気付いたようにその動きを止めた。

 そしてこっちを振り返ると……なぜかその表情は、申し訳無さそうなそれ。

「あ、あのー……お食事にご案内させて頂く前に、1つお伝えすることが……」

 恐る恐る、といった感じで言ってくる店員さん。え、何?

「ええと……お部屋をお取りいただくときに説明させていただいたと思いますが、この宿の食堂では、お客様のご希望に応じて女給による接待等を本来行っているのですが……」

 ああ、キレイなお姉さんがお酒ついでお話し相手になってくれたりする……キャバクラ的なアレ? そういえば言ってたかも。

「ですが……本日はその、彼女達が全員出てしまっていまして……申し訳ないのですが、ご用意できそうに……」

 え、そうなんだ?

 何でも、今すっごい有名人というか、大切なお客さんが来てるらしい。
 しかもその人あまりに有名なので、女給が全員自主的に接待に出ていっちゃって残機ゼロ状態だそうだ。なんだそりゃ。

 いやまあ、もともと頼むつもりなかったから別にいいけどね。

 そう伝えると、店員さんはあからさまにホッとした様子で、

「あ、ありがとうございますお客様。さすがに私どもも、仕事とはいえ『黒獅子』殿の接待から人を引っ張ってくるのは、と思っておりましたので、助かりました……」

 
 …………ほわっつ?

 
 ☆☆☆

 
 場所は……奥の席。かなり豪華な、どうみてもVIP用の席だ。

 ……多分だけど、本来は僕ら(ロイヤルスイートルーム宿泊)とかが座るための席じゃないかと思う。

 が、今そこは……ついさっき話題に上っていた『偽黒獅子』の皆さんによって占拠されていて……周りには、そいつを本物だと思いこんでいるホステスの皆さんが大勢。

 その中心にいる『偽黒獅子』はというと……

(((完成度、低っ……)))

 なんか、違う。何もかも違う。ひたすらに違う。

 ブサイクではないけど、整ってるともちょっと言いがたい髭面のオッサンが、黒い上下に黒い鎧を着けてどっかりと椅子に腰掛けている。
 筋肉かなりすごい。ボディビルダーっぽいゴリマッチョだ。

 一応、髪の毛と目の色は黒だ。たまたまかな?

 けど……

「ねえ、黒獅子さんってすっごく強いんですよね?」

「おう? ああ、自慢じゃねーが俺は強いぜぇ? こないだもAAAランクの魔物に襲われたんだがな、軽く返り討ちにしてやったんだ、はっはっは」

「すごーい! このたくましい体の前には、魔物なんて物の数じゃないんですねっ!」

「お仲間さんもすごく強いって聞きました! すごいなー、そんな人たちがこのお店にきてくれるなんて感激ですー! じゃんじゃん飲んで楽しんでいってくださいねっ!」

「おう、そうするぜ! ……おっと、手が滑った」

「きゃっ、もう……エッチ。今日だけですよぉ? ホントはダメなんですからね?」

「がっはっは、そりゃありがてえ! お前らも楽しめよ!」

「「「はーい♪」」」

 と、偽者が周囲の女の子達に言……って、どうやらあの周りにいる女の子達が全員ホステスの娘達、ってわけでもないみたいだな。

 よく見ると、接待係っぽくない、冒険者か旅人ちっくな服装の女性が何人かいる。
 人数は……全部で4人。

 もしかしてアレって、黒獅子ぼくの仲間……エルク達の偽者?

 いや、仲間の偽者も用意しておくってのはまあ周到なのかもしれない、けど……例によって再現度ひどいな、ことごとく。

 偽エルク……一応緑色の髪でメガネかけてるけど、顔大きいし目つき悪すぎ。

 偽シェリー……けばい。なんか必要以上に露出が多くて安っぽい。

 偽ナナ……こっちも商売女っぽいな。偽シェリーともども、雇われか?

 偽ミュウ……幼い容姿はあってるけど、なんか過度にぶりっ子っぽくて見てて不快。

 
 ……あれ、1人足りない?


「アレで私のフリしてるつもりなわけ? 別に気にするつもりなかったけど……さすがに不快ねこれは……。上手く説明できないけど、とにかく腹立ってくるわ……」

「ちょっとちょっとちょっとぉ! アレ私のつもりなの!? ケバすぎでしょ……色黒ってとこしかあってないし、なんか商売女みたいじゃない! やだもー信じらんない!」

「髪色と服装だけ似せて、性格はまんまってあたりがまた腹立ちますね……まあ、動機が動機ですから、何か期待するのがそもそも間違いってのはわかりますけど……」

「表面上しかない『かわいさ』って言うんですかねー、安っぽいというか何というか……私も別に自分のこといい性格してるとは思ってないですけど、あれはさすがに……」

「どうでもいいけど何で僕の偽者だけいないわけ? 何、適当な人材が見つからなかったの? それとも僕の存在ってそんな感じなの? 泣いていい?」

 約1名不機嫌の理由が違うのはおいといて、

 別に偽者とか気にするつもりもないし、放っとこうかと思ってたけど……なんかアレ見てると、ホントに知らない間に身に覚えのない醜聞とかが世間に流れてそうでヤだな。

 それに、あの完成度見てると……僕のみならず、エルクたちもバカにされてるみたいで腹が立つ。

 挙句の果てに、逆に『何もない』という残酷な仕打ちというか現実を突きつけられて多少なりショックを受けてるだろう仲間も1人いるわけである。

 まあ、仲間になって日が浅いセレナ義姉さんやシェーンやターニャちゃんの偽者がいないのはしかたないだろう。厳密には彼女らは『邪香猫』のメンバーじゃないわけだし。

 ……いたらいたで、ザリーの立場がいよいよ大変だったんだけどね。逆に。

 社会的評価を貶める犯行5件と、社会的評価を無視する非道1件。見過ごせん。

 と、僕の脳内会議で連中への対応がそんな結論に達したところで、

「失礼、通らせてもらっていいだろうか?」

「え? あ、はい、すいません」

 僕らの後ろに、食堂に入るために並んでたらしい数人の人達。その中の1人からそんな声がかかり、慌てて道を開けた。

 あー、そりゃこんなとこで立ち止まってたら通行の邪魔だよ。失敗失敗。

 その後ろにつっかえていた5、6人は、こちらを軽く一瞥してから食堂に入っていくと、そのままつかつかと歩いて……

 ……なぜか、偽者達のいるテーブルまで歩いていった。

 それに気付いて、僕らはもちろん、周囲の客や店員、そして当の偽者達からも、一応に『ん?』という視線を向けられていた。

 しかし、その集団は特に気にした様子もなく、テーブルを挟んで偽者の真正面に立つと、その中の1人……さっき僕に声をかけてきた奴が、また口を開いた。

「……失礼。かの『黒獅子』がここに来ている、という話を聴いて来たのだが……」

 そしてそんなことを言う。

 ……よく見ると、なんか奇妙な集団だな。

 人数は……6人。そのうち5人は、護衛って感じの屈強な人達。
 旅人にも冒険者にも、傭兵にも見える装備だ。しかも全員、中々の手練と見える。

 残る1人――今しがた口を開いた彼or彼女――は、赤銅色のマント型の外套をフードまですっぽりかぶってて、顔がよく見えない。

 やや小柄。その足取りや、僅かに見える足元からすると、すらりとした体型みたいだ。

 そして、ちょっとわかりにくいけど……剣か何か腰にさしてるな。

 そのフードの人は、自分の質問に『あん?』と反応が返ってきたことで、その視線を偽者達の中心にいるゴリマッチョ……偽黒獅子に向けた。

 その視線に応えたのは、偽エルクと偽ナナ。

「何よあんた、今私達忙しいんだけど、邪魔しないでくれる?」

「まあまあ、抑えてエルク。あなた、リーダーに何か用があるの? もしかして、仕事の依頼とか?」

 ……いかん、今偽ナナが偽エルクを『エルク』って呼んだのが予想以上に不快だった。

 だめだ、やっぱこいつら個人的にも放っときたくない。何か腹立つもん。

 そんな決意を僕が心でしている間に、どうやらこの集団が自分を探してきたらしいと知った偽者は、ずいと身を乗り出して、

「おう、俺に……この『黒獅子』に何か用かい? 言っとくが、依頼料は高いぜぇ?」

 すると、それを聞いたマントの奴が、ぴくっ、と反応したように見えた。

「……あなたが、『黒獅子』……?」

「おうよ、Sランクの冒険者、『黒獅子』ことミナト・キャドリーユとは俺のことだ。で、どんな依頼だよ、言ってみな?」

 そう言って、偽者はジョッキ一杯に入っている酒……ビールか何かに見える炭酸系のそれをぐいっとあおり、一気に飲み干した。

「今の俺は気分がいいからな、護衛でも討伐でも遠慮なく言ってくれていいんだぜ? ま、きっちりその分金は貰うがな」

「さすがねリーダー、太っ腹! ほらあんた、ぼさっとしてないでさっさと用件言いなさいよ」

「大丈夫だよぉ? お兄ちゃんにかかればどんな強い魔物もいちころだもん」

「周りの弱そうなお仲間さん達よりは断然役に立てるわよ? 私達。ふふっ」

 ……腹立つなー、特に偽ミュウ。あのぶりっ子感、腹立つ。なんか嫌い。

 しかし、なんかやたら自信満々だな……ホントに依頼とか出されたらどうするつもりなんだろ? やる気なのかな?

「……ああ、思い出した。あの男たしかBランクの冒険者だね。名前は……まあいいか」

「うん? そうなの?」

 後ろから聞こえたそんな声。ザリーがあの偽者の正体を知っていた。
 もともと冒険者だったんだ、アレ?

 Bランク……ってことはあいつ、そこそこ強いのか。少なくとも、普通の人が苦労するような魔物でも倒せちゃうくらいには。
 それであの自信か……まあまあ納得いったかも。

 ……もっとも、Bランクじゃ今の『邪香猫ぼくら』の中で最弱のミュウにすら勝てないレベルだから、いまいちすごいって思えないけどさ。
 こないだまた召喚獣のレパートリー増えたし。

 そんな偽者は、相変わらずのでかい態度で自信満々に自慢を交えた自己アピールを繰り返しつつ、さっさと用件を言うようにマントの奴に言い……

 しかし、その様子をしばらく無言で見ていたマントの奴はというと、はぁ、となぜか呆れたようなため息をついた……と思った次の瞬間、

 
「……もういい。さっさと失せろ、この薄汚い偽者共が」

 
 そう、ばっさりと言い切った。

 一瞬の沈黙。
 多分皆、今赤マントが言ったことの意味がすぐにはわからないんだろう。驚きで。

 実際僕らも『お?』ってな感じでちょっとびっくりしたし。

 しかしそれはすぐに破られ……帰ってきたのは、偽エルクの怒号。

「は、はあ!? あんたいきなり何失礼なこと言ってんのよ!? わけわかんないこと言わないでくれる!?」

「そうよ、何よいきなりリーダーに向かって無礼なことを! 喧嘩売ってんの!?」

 次いで偽シェリーも言い放つが、赤マントは冷淡な目でその様子を見ていた。

 そしてそれは、額に青筋……と汗を浮かべた偽黒獅子が、ガタァンと音を立てて、椅子を倒しながら乱暴に立ち上がっても変わらなかった。

「おい、何ふざけた言いがかりつけてきやがんだテメェ……誰に物言ってんのかわかってんだろうな!? 俺はあの『黒獅子』……」

「まず1つ目……『黒獅子』の一人称は『僕』だ」

「っ!?」

 さえぎる形で、大きくは無いがよく通る声で赤マントが言い切った。お、何だ?

「2つ目……『黒獅子』はまだ若い少年だ。顔は童顔で中性的、体は華奢で決して大柄とは言えない、一見すると非力な少年にすら見えるいでたちだそうだ。3つ目、酒が嫌いで、飲み物はジュースやコーヒーを好むらしい。宴の席だろうとな」

 すらすらとそんなことを述べていく赤マント。

 何だ? まるで名探偵か何かみたいな……ってか、やけに詳しいなこの人?

 予想外と見えるそんな反論の数々に、言い返すタイミングを失っている偽者一行。

 その両者を見て……だんだんと、周囲のホステス達や客たちの間に、動揺や疑念が広がってきているのがわかった。

「4つ目……彼がリーダーを務めるチーム『邪香猫』の構成員は6人だ。内訳は男が2人、女が4人。加えて、担当のギルド職員1名が常に行動を共にしているはずだ」

 あ、ザリーちゃんと知られてた。よかったよかった。

 そして何気にセレナ姉さんのことも知られてるんだな。
 まあ、あんまり知られてないとはいえ、Sランクには担当職員がつくのはれっきとした規則でもあるし、そこは何も不思議なことは無いか。

 上手く言い返せなくなっている偽者一行に向けて、赤マントはとどめとばかりに、

「そして最後に5つ目。これが一番大きいが……今……」

 何か言おうとするより前に、『デタラメ言うんじゃないわよ!!』的な言葉を叫びながら偽シェリーが飛び出して赤マントにつかみかかろうとして……

 次の瞬間、逆に腕を取られて関節を決められ、一瞬で組み伏せられていた。

「あいたたたたたたっ、痛い痛い痛いっ!! は、放せこの野郎!」

「本物のシェリー・サクソンなら、私は返り討ちにされているところだが……甘く見るなよ、貴様らごとき相手なら私でも十分勝てる。それにしても口の悪い……」

「この野郎、さっきからなめてんじゃねえぞ!!」

 と、叫びながら、今度は偽黒獅子が赤マントに殴りかかるが……その拳を振りかぶるよりも先に、赤マントの周囲の護衛(?)達によって殴り飛ばされていた。

 あがあっ、と声を上げてふっ飛び、椅子その他を巻き込んで倒れる偽者。

 その様子を見て、客たちやホステス達は彼らが偽者だということを信じ始め……偽『邪香猫』のメンバー達は顔色を悪くし始める。

 偽黒獅子は、鼻血を出しながら起き上がると、『くそっ!』と悪態をつきながら……しかしこれ以上かかっていく気にはならなかったようで、いまだ組み伏せられている偽シェリーを含む仲間を放って、1人で逃げ出した。

「ちょっ……ま、待ってよバーモスっ!」

「お、置いてくんじゃないわよ! 自分だけ逃げる気!?」

「うるせぇ! くそっ、覚えてやがれ!」

 なんか偽ミュウが本名っぽい名前を叫んで、もう完全に正体バレて破綻している偽者は、周囲からの様々な視線を受けながら、さっさとこの食堂を出て行こうと、出口へ……

 つまりは、今僕達が立っているこっちへと走ってきて……

「オラァ、どけごべらっ!?」

 道を開けるために僕らを突き飛ばそうとしてきたので、反射的に発動した僕のヤクザキックが顔面にキレイに入ってひっくり返った。

「カッとなってやった。反省も後悔もしていない」

「またいきなりわけのわからんことを」

 平常運転でいつもどおりエルクが僕に突っ込む中、いきなりのことに、周囲の視線が一気にきょとんとした戸惑いのそれに変わったのを感じていた。

 そんな中、赤マントが唐突に、呟くように……

「……ああ、5つ目だが…………本物がすでにそこにいる」

 ぽつりと、そんなことを言った。

 
 ☆☆☆

 
 結果、今度は僕らが注目される立場になって、静かに落ち着いて食事できそうになくなってしまったので――まあ、どの道気付かれて注目されるかもしれないとは半ば覚悟してたんだけど――食堂での食事は今日は諦めた。

 まあ、ロイヤルスイートルーム宿泊の僕らは、特別待遇で全種類の料理をルームサービスで頼める上に、もともと部屋に食事用のスペース(かなり広い)が、室内とベランダに計2つもあるからいいんだけどね、別に。

 そういうわけなので、今度は本物(僕ら)の接待に移ろうとしていたホステスさん達の準備が整う前に、やっぱり部屋で食べる旨をそのへんにいた壮年のホテルマンに伝え、撤収。部屋に戻った。

 しばらく待てば、その際に一緒に注文した料理がルームサービスで届くはず。

 ちなみに注文内容は、『メニューの端から端まで全部』。

 こういう高級宿の食事って1皿の量が少ないことが多いし、仮に量が多かったとしても完食できる自信あるし、なんか迷うのもめんどくさかったから全部頼んだ。
 エルクに『またあんたはっ!』とツッコまれながら。

 なので今日はもう部屋から出ずに、皆でゆっくり過ごそう……と思ってたのに、

 
「……夜分に失礼する、『黒獅子』殿」

「……どちらさんですかね?」

 
 コンコン、と部屋の扉がノックされ、もう来たのかなと思って出てみたら……つい10分くらい前に見た赤いマントの御仁がそこに立っていた。護衛の皆さんも一緒に。

 夜も遅いことに加え、ご飯だと思って出たら不審者(?)だったことも手伝って、ちょっと不機嫌な感じが出てしまった僕の顔色を察したのか、赤マントはおほん、と咳払いをして体裁を整えつつ、口を開いた。

「アポイントもなしに唐突に訪ねた無礼はお詫びする。その上で恐縮だが、少々話をさせていただきたいのだが、しばし時間をもらえないだろうか」

 軽く会釈程度ではあるが、頭を下げてそう言ってきた。

 けどそうは言っても、正直こんな夜遅く……はないか、まだ8時前だし。

 いやだとしても、これから皆で楽しくご飯食べようって時に突然尋ねてこられたりしても困るんだけど……正直な話、帰ってほしい。せめて今日は。

 と、言いたいところなんだけど……それをためらうくらいには、ちょっと気になってることがある。
 何でこの赤マントが、この部屋の前に『来ることが出来た』のか、だ。

 何度も言うけど、この宿はこの町でも最高級の宿であり、さらにこの部屋はロイヤルスイート。宿の中でも一番上等な部屋であり、当然各種サービスも充実している。

 その中には、野次馬的な連中をシャットアウトして部屋に近づけないようにするっていう業務も含まれてるんだけど……にも関わらず彼らがこうして、警備をスルーしてここに来れたってことは……彼らはそれを突破できる地位・権力の持ち主ってことになる。

 それにしちゃ別に威張る様子なんかもないけど……この人達、何者なんだ?

 ちょっと困っていると、赤マントはふいに周囲をきょろきょろと見回した。

 宿のこの階は、廊下以外のフロアが丸々『ロイヤルスイートルーム』となっているため、他に部屋は無い。そしてこの廊下には、赤マントたちの他は……宿の警備員がいるだけ。

 それを確認すると、赤マントは懐に手を入れ、そこから1通の封筒……手紙? を取り出し、こっちに差し出して来……ん?

 ……なんか、どこかで見覚えのある印鑑と封蝋と金色のインクが封筒に……

「中をあらためてもらえればわかるが……『紹介状』だ。ネスティア王国はメルディアナ王女よりしたためていただいた」

「ゴフっ!?」

 真顔で告げられたにしては内容があんまりな爆弾発言に思わず噴いた。

 え、何言った今!? 何だってコレ!? メルディアナ王女からの紹介状!?

 何だってそんなものをこの人が持って……いやそれ以前に、別に僕メルディアナ王女に紹介状とか書かれる間柄になった覚えないんだけど……。

 そういうのって、仕事上もしくはプライベートで深く関わりがあったり仲がよかったりする相手に対して書いて、他の人の仕事上の便宜なんかを図るものだった気がするんだけど……別に僕と王女様ってそういう感じの関係何もないよね?

 ……いやでも、あの第一王女様ならその辺気にせずに平気で書きそうでもある、か……実情はともかく、本人は僕を身内にする気満々な感じだったし。現在進行形で。

 しかし、実際どうしたもんかと『紹介状』を手に取りつつ悩んでいると、赤マントは今度はかぶっていたフードをぱさっと脱いだ。

 その下から出てきたのは……パッと見男か女かわからないような、中性的な顔だった。

 短めに切りそろえられた赤い髪に、やや色黒の肌。整った顔つきで……年の頃は、僕と同い年くらいだろうか?

 特徴的なのは、その中性的な顔以上に……その左目を覆っている眼帯だ。
 飾り気のない、黒一色のシンプルなデザイン。安い例えだけど……海賊っぽい。

 独特な雰囲気を纏っているその少年もしくは少女は、眼帯をつけていない方の片目でこちらを真っ直ぐ見据えて……はっきり、こう言った。

 
「……自己紹介がまだだったな、重ね重ね失礼した。ジャスニア王国第五王子、エルビス・ラッサー・プラシュトゥーム・ジャスニアという。お会いできて光栄だ、ミナト・キャドリーユ殿」

 
 
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