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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第144話 Go Back Home

今回から第10章になります。

それと以前にも活動報告で話しましたが、20日ごろに2巻該当部分をまとめ版に差し替えます。よろしくお願いします。
なお、2巻は8月末に発売予定だそうです。
 

 『実家に里帰り』ってフレーズを聞くと、田んぼや畑が広がるのどかな田舎の家にトランク片手に帰る図を想像する僕は田舎者だろうか。前世、そんな感じだったんだけど。

 『実家』が新宿や六本木のネオンギラギラな場所近くに立ってるアパートとかマンションだったらあてはまらないイメージだしね。

 まあそんなことはともかく、僕は今、『邪香猫』の皆と共に、なつかしき我が実家……『洋館』に向けて走っている最中である。

 
 ……危険度AAランクの『グラドエルの樹海』を突っ切って。

 
「ちょっと!? こんなとこわざわざ歩いていかなくたって、いつも通り船で飛んでいけばいいじゃないのよ! 何でこんな危険な……」

「いやあ、こっちの方がなんか『帰ってきた』って感じするから」

「んな感想を覚えるのはあんただけだ!」

 『樹海』をけっこうな早足で歩きながら、息を切らし気味のエルクがぎゃーぎゃーと僕の耳元でさっきから怒鳴りっぱなしである。
 まあ、もっともなんだけども。彼女の怒りも。

 何せ、さっきからひっきりなしに魔物に襲われながら進んでるんだから。

 軒並み実力Aランクオーバーなうちのチームでも、そんな感じのランクの魔物があっちゃこっちゃから出てくるこの森では気の休まる暇はないと言ってよかった。

 何せ危険度AA。『暗黒山脈』と同じく、この大陸屈指の危険地帯の1つ。

 以前アイリーンさんが『気を抜けば正規軍の精鋭部隊すら全滅する』とか『ってか気抜かなくても全滅するけどね♪』とか身も蓋もない評価をしてただけある。
 あらためて来てみると、何だろーねこの人外魔境。

 というか、地図見て初めて知ったんだけどこの樹海って、『ネスティア』と『ジャスニア』の国境に接する形で位置してるらしい。

 かなり前にエルクが『大陸の最果てにある魔の森』って言ってたけど……最果てって割に普通に大国に接してるんだな。
 位置的には南西部分の端っこだから、一応『最果て』には違いないかもだけど。

 にしても、変わってないなーこのへん。
 相変わらず殺気に満ちた獣か殺気に満ちた怪鳥か殺気に満ちた巨大昆虫しかいない。

「この森の基本構成ってほぼ殺気なわわけ!? どーりでさっきからどこ行っても色んな魔物に喧嘩売られるわけだわ、縄張り意識強すぎ。しかも全員が全員見敵必殺で来るし」

「昔はもうちょっとマシだったらしいんだけどさ、僕と母さんが住み着いてから、修業のためにあちこちの魔物の縄張りで喧嘩売りまくって暴れまわってたから、大体10年くらいでこんな感じに殺気120%のステキな森になっちゃったっぽい」

「犯人はあんたらかああああああ!!!」

 ちなみにこの地獄のピクニックに参加してるのは、『邪香猫』メンバーの6人+担当の義姉さんだけ。

 『オルトヘイム号』で雇ってるターニャちゃんとシェーンは船で待機。

 ミュウの『召喚』を使うと、船と一緒にその中にある荷物や人員も一緒に呼び出せるのはすでに確認済みなのだ。中に人が乗ってると『送還=召喚の解除』が出来ないけど。

 いやしかし、懐かしいねこの空気バキィッ

 
 ☆☆☆

 
 2時間後、僕らはようやく『目的地』にたどり着いていた。

 1年以上ぶりに訪れる僕の実家……森の洋館に。

 がしゃん、と大きな音を立てて、門と呼ぶのか柵と呼ぶのか微妙な門(?)を閉じる。

 これで、この門と塀に付与されている結界魔法の効果が発動した。侵入不可能の安全地帯を作り出す、超防御力のバリアが。

 まあ、んなもんなくてもこの家に近づいてくる魔物なんてもともといないんだけど。

 そして、振り返れば……難易度ベリーハードのピクニックでグロッキーになってる仲間たちが、適度に芝刈りされてキレイに整えられた庭でへばっていた。

 まあ、『真紅の森』や『狩場』での戦いが退屈に思えるレベルの連中がひっきりなしに出てきてたわけだから、無理ないけど。

「は、ははは……か、覚悟はしてたけど、ここまでとはね……さ、さすがミナト君が生まれ育った魔境。人が住める場所じゃないなあ……」

「ほ、本気で死ぬかと思いました~……後から後から、すごいのがわらわらと……」

「ほんとにもう……何ちゅうとこで子育てしてたのかしら、わがお義母様は……何か昔より非常識っぷりがひどくなってる気がするわ」

「退屈は確かにしなさそうだけど……限度ってあるわよね。てか、ここまでくると戦いが好きか嫌いか以前の問題っていうか、ほぼ野性の中の生活っていうか……」

「ミナトさんのどこか達観した、けど本質はやっぱり子供な性格とか考え方は、この厳しすぎる大自然の中の生活に由来する部分もあるんでしょうか……?」

「……あんたら、割と余裕ね……」

 順に、ザリー、ミュウ、義姉さん、シェリー、ナナ、そしてエルクである。
 こうしてみると、ここの実力から来る疲弊具合って奴がよくわかる気がするな。

 まだAもしくはAAくらいの実力のザリーやエルク、ミュウは、僕らがサポートしながらだったとはいえ、かなりの消耗。やっぱAランク以上の怪物共が跋扈する危険地帯はまだまだきついようだ。

 対して、シェリー、ナナ、義姉さんと言ったAAA以上の超手練は、疲れこそ見えるものの、そこまでぎりぎりといった感じじゃない。

 このへんは地力の差だろうな……エルクたちだって弱いわけじゃ絶対にないけど、この『グラドエルの樹海』を少人数で突っ切って突破するなんていう非常識極まりない強行軍に耐えられるかどうかは、完全に個人の総合的な実力次第だ。

 それも、『弱いか強いか』じゃなく、『超強いかそうでないか』、ってレベルだし。

 逆に考えれば、誰にしても疲弊しつつも切り抜けられるだけの実力はあるんだから、修業場所としては悪くないっていう……

「こーら、非常識な思考やめ、義弟」

「あたっ」

 ぽかっ、と僕の頭のてっぺんに軽く姉さんのゲンコツが当たる。

「ここには羽を伸ばしに来たんでしょうが……まったく、クローナさんやテーガンさんじゃないんだから、すぐに修業とか研究とかに結び付けるのやめなさい。ワーカホリックは嫁さんに愛想つかされるわよ?」

「あたた……そのテーガンさんってのが誰なのかは知らないけど、エルクに愛想かされたらショック死するかもしんないから肝に銘じるよ……」

「だってさ、愛されてるわねエルクちゃん」

「はいはいどーも……」

 肉体的にも精神的にも皆さん疲れてるようなので、さっさと入りましょーかね。

 
 ☆☆☆

 
 結論から言おう。やっぱ実家は落ち着く。

 それがたとえ、敷地から一歩出たとたんに何かしらの魔物が襲ってきてもおかしくない危険地帯にあっても、立地の関係上食料庫内の食料がほとんどぜんぶ魔物関連の肉や葉物でも、ふと窓の外を見ると重機級の大きさの獣型モンスターが闊歩してたりしても……やっぱ実家は落ち着くもののようだ。

 まあ、結界魔法のおかげであいつらこの屋敷に近づいてこないし、入ろうとしても入れないしね。

「だからさ、ターニャちゃん。せっかく晴れたいい日なんだから、カーテンというカーテン全部閉めるのやめない? 気が滅入っちゃうよ」

「ごめんミナトさん……給仕中とか掃除中に、見たこともないような凶悪な見た目の魔物が視界に入って、いちいち心臓が止まりそうになるの……お願い、勘弁して」

 一応、営業スマイルを崩していないのはプロ根性なのだろうが……何か雰囲気的に、ターニャちゃんの背後に縦線効果が見えるほどに、彼女は精神的に疲弊していた。

 やっぱり冒険者宿屋の従業員やって他と入っても、そこではせいぜい言葉の上で荒っぽい話を聴いたりする程度。さすがにその目でAランク相当の魔物(しかも生きてる)を見るのはきつかったようだ。

「いや、自信はあったんだよ……これでも同年代の中では胆力ある方だったし、仕事柄冒険者の人達の生々しい血とか傷みる機会もあったからさ。けど……」

「けど?」

「ミナトさんの実家だー、って感激しながらふと窓の外を見たら、角生えたでっかい熊が、でっかい怪鳥をバラバラに引き裂いておいしそうに食べてるのを見ちゃって……」

 ……それはひどい。

 聞く限り、結構グロい光景な上、純粋にそりゃ魔物のレベル的にも恐ろしいだろう。

 あんなレベルの食物連鎖が平然と起こってる森の中に自分がいるんだ、と認識した一般人……その心中押して知るべし、か。

「角の生えた熊……まさか、『鬼熊』か? 小さな村1つなら1匹で瞬く間に壊滅させるレベルの危険度の魔物だと聞いたことがあるが……」

「……あの、ミナトさん、何度も聞いちゃって悪いんだけどさ……この家、ホンッッッットに、安全なんだよね? あの熊が襲ってきたりしないよね!?」

 シェーンの追い討ち的な補足により、更に不安感と恐怖感が増してしまったらしいターニャちゃんが泣きそうな顔で確認してくる。大丈夫大丈夫、ホントにあいつらここに入れないから。

「あ、何ならアレ狩ってこよっか? けっこう美味しいよ?」

「……やはり食料扱いなのか」

「他にも色々いるよ? でっかい鶏とか、でっかいゴリラとか、でっかいサルとか、でっかい狼とか、でっかいワニとか……植物なら、自生してる直径2mの巨大キャベツとか、寄生した樹の栄養全部吸い取って身をつけるリンゴとか」

「まともな食材がない……くっ、私に調理できるか……!?」

「毎日ゲテモノ料理とかそういう食卓になりませんように……」

 失礼な。ちゃんと見た目も美味しい肉ばっかりだよ……解体さえしちゃえば。

「まあ、私は比較的魔物や戦いも見慣れている。そういった光景やこういう状況もそこまで忌避するようなこともない……多分。厨房主任としては、きちんと普通に食える食材さえ入れてくれれば文句は無い。料理して皿の上に載せさせてもらう」

「そうこなくっちゃ。じゃ手始めに『ロースター』でも狩ってきますかね」

「へ? ろ、『ロースター』!? 超高級肉じゃない、ミナトさんアレいるのこの森!?」

「うん。おいしーよねアレ、一時期ハマって毎日食べてた」

 虫(系の魔物)とか食料が豊富だから、けっこうな数が群れで住んでるんだよねあの鶏。
 それこそ、適度に間引かないと大繁殖して森の外に溢れて出ちゃうくらいの数が。

 それを聞いたターニャちゃんが、

「……そういえば、何年かに一度、ネスティアの南の方で『ロースター』の大発生が起こることがある、って聞いたことあるなぁ……高級肉が大量に手に入るビッグチャンスだから一攫千金を狙う冒険者がこぞって狩りに行く、不定期のお祭り行事だ、って」

「あー……それ多分、この森からあぶれた奴らだね」

 そんなお祭り的な行事になるんだ、溢れると。

 まあ、ロースターのランクはA……そこらの冒険者じゃ手も足も出ず、そのせいでさらに希少価値がついて値段が上がる高級食材になってるわけだから、無理もないか。

 この森じゃあ、樹が少ない平野を選んで散歩すれば割と簡単に出会える魔物なんだけど。

「いや、ぶっちゃけ出会えても返り討ちにあう確率のが高いでしょ普通は……しかしまあ、色んな意味で非常識な森だねーここ、なんかもう一週回って落ち着いてきちゃったよ」

「そりゃよかった。じゃ、今夜はその『ロースター』を狩ってきましょーかね。というわけでシェーン、調理頼める?」

「了解だ。さすがに狼や龍を持ち込まれたらどうしようかと思って身構えていたのだが……熊や鶏、最悪猪やワニくらいなら何とかなる。もってこい」

 おう、頼もしい。

 話がまとまった(?)所で、おそらく疲れて部屋で休んでるであろうエルクたちのことはターニャちゃんに任せて、僕とアルバは今夜の夕食調達のための狩りに出た。

 さて……せっかくシェーンがやる気出してくれたんだ、空回りにならないように、『ロースター』はもちろん飛びっきりの食材をそろえなくっちゃね!

 
 ☆☆☆

 
 同時刻。
 所変わって、ここはネスティア王国王都・ネフリム。

 王城の食堂……それもただの食堂ではなく、王族専用の食卓だ。

 その卓についている者たちは皆、その高貴な身分にふさわしい服装で、上品な手つきで皿の上の料理を口に運んでいる。

 ネスティア王国国王・アーバレオン。
 第一王女・メルディアナ。
 第三王女・レナリア。

 若くして他界してしまった王妃と、とある事情で王城を留守にしている第二王女を除いた、今この城にいる王族全員が一堂に会しているこの場で、皿の上の料理を一足先に片付けたメルディアナが、タイミングを見計らっていたかのように口を開いた。

「……時に親父殿」

「お姉さま、口調」

 ぴしゃりと注意したものの、スルーされる第三王女・レナリア。
 しかしこれも悲しきかないつものこと。

 レナリアはため息をつきつつジト目で姉を睨むが、それを更にスルーしてメルディアナは父・アーバレオンに問いかけた。

「先だって『サンセスタ島』で、山の向こうのあの国がまたバカなちょっかいをかけてきたと聞いたのですが」

 彼女が問いかけた『山の向こうのあの国』とは、言わずもがな『チラノース』である。

 『ネスティア』と『チラノース』の国境付近には、かの有名なAAランクの危険区域『暗黒山脈』が走っているのだ。鍛え上げられた軍隊でも全滅しかねない苛酷な環境と強力生ものが住み、さらにあの『女楼蜘蛛』のクローナが居を構える魔境。

 当然そこは事実上の通行不可能区域であり、どういう目的を取るにせよ、ネスティアとチラノースを行き来するには、多くの場合そこを大きく迂回しなければならない。

 数百キロにわたって連なるその山々を『迂回』。当然言うほど簡単ではない。場合によっては、直進するよりも十数倍長い時間がかかる。

 ゆえにネスティアとチラノースの国交は、政治的・経済的ないずれの面で見てもほとんどない。手紙一つ出すのも一苦労なのだから当然ではあるが。

 そういった厄介な国境のない国であれば、それなりに国交を持つ機会もあるのだが、逆に厄介なちょっかいを頻繁に出されたりと問題になったりすることも多いため、結果的に見ればそれなりに助かっているといえなくもない。

 今現在、ネスティアにはチラノースとの国交を重要視して保たなければならない理由は特にないからだ。

 そんな国が今回、『サンセスタ島』で盛大に喧嘩を売ってきた上、こちらの軍に死者数名を含む犠牲者が出ているという報告は、すでにメルディアナらの耳にも届いていた。

 威力外交どころか、直接的な武力行使に打って出てきた上に、そこに第三勢力たる『ダモクレス財団』までもが参戦して大混戦になった、と。

「幸いにも、こちら側の陣営に『偶然』『相当な手練』がいたおかげで、被害はその程度で済んだとのことですし、被害の全てがかの国の者たちによるものではないとのことですが……今回の件はさすがに感化できる段階にはありますまい」

「……それに関しては私も同意権です、父上。すでに外交部門が動いていることとは思いますが、どういった対処をなさるおつもりですか」

 話題そのものは、メルディアナのみならずレナリアもまた興味関心を持っていた事柄だったこともあり、食卓……というよりこの親子の間には珍しく、シリアスといってもいい緊張感のある空気が漂った。

 国王・アーバレオンは、口の中で噛んでいた肉をワインで飲み下すと、普段の砕けた態度ではなく、玉座に座る時の凛とした目つきになる。

「レナリアの予想の通り、すでに外交部門が動いている。チラノースへは此度の一件に対しての責任者の処罰や賠償請求を盛り込んで公式に抗議するのはもちろん、周辺各国に手を回して糾弾する用意を整えている所だ。一両日中には実行されるだろう」

 それを聞いて、娘2人は驚いていた。
 内容に、ではない。その対応の早さにだ。

 各国と連携しての公式な抗議や、責任追及・賠償請求についてはおそらく行われるだろうと睨んではいたが、事件が起こった時期から考えても、対応は早くてもまだ先の話だと考えていた。

 周辺各国への手回しをも進めるとなれば、なおさらである。

 すでに事件発生から数週間が経ってはいるが、それでも国家間の案件を処理する速度としてはこれは異常な早さだった。

 もっとも、その疑問はすぐに解消されることとなる。
 娘達の顔色からそれを読み取った父親によって。

「何、簡単な話だ。調査隊が『否常識』なほど早く帰ってきた上に、その時点で完璧な報告書が作成されていたから、こちらとしても早く動けた。それだけだ」

(……ああ、なるほど。ここでも『奴ら』か)

 瞬時に納得させられたメルディアナの脳裏には、ここ最近ご執心の黒髪黒目の冒険者の姿が思い描かれていた。

「聞けば、空飛ぶ船に乗って王都近くまで送ってもらったそうだ。しかも、船内は揺れも少なく快適だったために、負傷している兵士達の治療もスムーズに進んだ上、自らも体を十分休めた上で報告書の作成に集中できた……と、報告書に書いてあった」

「ふむ、相変わらずの『否常識』ですな……ますます欲しくなった」

「そ、空飛ぶ船、ですか……それはまた途轍もないものを……」

 さりげなく、と言うにはあまりに唐突かつ衝撃的に割り込んできたとんでもない情報に、レナリアの顔が引きつり、メルディアナの目はきらーん、と光ったが、最早慣れたのか気にならないのか、スルーして国王が続ける。

「ともかくそのおかげで、こちらとしては先手を取る形でチラノースを糾弾することができそうだ。加えて向こうは今回、正規軍の『中将』をカードとして動かしているし、彼らが持ち帰ってきた証拠や捕虜の証言もある。お得意の責任逃れにも限度があるだろう」

「とぼけた態度やトカゲの尻尾切りはあの国のお家芸ですからね……」

「それと『逆切れ』も、ですな。むしろ注意すべきはそっちではないでしょうか? 確かチラノースの兵士に加え、外交部門の人間を何人か捕虜にしていると聞きました」

「いいがかりをつけて逆にこちらの非を糾弾してくる可能性、か。それも考慮しておかなければならんな。もっとも、さすがに戦争を起こそうとまでは向こうも考えてはいるまいが……」

「それでも、責任の所在をあいまいにしたり、ペナルティを減らすための口実にするくらいは平気でやりそうですな、あの北の狸共は」

 嫌悪感を隠そうともせずに、メルディアナはそうこぼした。

 意外なことに、レナリアも同様の反応を見せている。中空を睨みつけ、眉間にしわを寄せて苦言を呈していた。

「ありえますね……捕虜の拘束は不当だとか、こちらが仕掛けた証拠がないとか、色々と言ってきそうです。以前にも似たようなことがあったと記録で読んだ覚えもありますし……くっ、あの恥知らず共め!」

「連中が恥知らずなのは今に始まったことでは無いだろう、レナリア。2国を合併しての建国以来……というか、その建国時にさえ、色々と後ろ暗いことをしたという話だしな…」

「ともあれ結論としては……チラノースが言い逃れをするのに必要なだけの準備を整える前に糾弾と制裁をきっちり突きつける、という方向性で決まりでしょうね」

「わが国の優秀な外交部門であれば、わざわざ伝えずともその方向で進めるだろう……ところで話は変わるが親父殿」

 『また口調!』というレナリアの指摘を再びスルーして、メルディアナはもう1つの気になっていた事柄について、再び父に尋ねる。

「これらの騒動を帰結させるために現地にて尽力してくれた者たちに対する褒美などの対処については、何かすでに決めたことはおありか?」

「……ふっ、メルディアナ、相変わらずぶれんなお前は。やはりというか、彼らにご執心というわけか」

「無論ですとも。此度の一件で奴らの能力の高さや底知れぬ可能性というものが更に知れるところとなりました。最早彼らを召抱えんがための努力を、このメルディアナのライフワークにしてもいいのではないかと思えている有様です。手始めに、此度の一件における恩賞という面から再度爵位進呈のアプローチをかけてはと……」

「……脅迫だけはやめてくださいね、お姉さま……」

 すっかりいつもの調子を取り戻し、生き生きとしてミナト達『邪香猫』の召抱え作戦を話す姉の、娘の姿に、父親は苦笑し、妹は呆れるのだった。

 結局最終的に、今回の剣に対して、国からミナト達への報酬は『オルトヘイム号』借用の契約報酬とは別に、前回同様に金貨や冒険者生活に有用なマジックアイテムを進呈し、そのついでにまた勧誘も行うことで決定したのだが……

 

 ある理由により、その褒美の進呈がかなり後の方まで延期になるどころか、内容の見直しをも迫られる事態にまでなるということを……この時はまだ、誰も知らなかった。

 

 
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