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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第9章 絶海の火山島

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第143話 今更な妙案…?

 

「……というわけで、こちらが今回の騒動の報告になりまーっす」

「ご苦労様、セレナちゃん。うんうん、君って昔から『やれば出来る子』なんだよねえ……ただ、どーしようもなく周りに頼るのが上手くなっちゃったけど」

「褒められてるんだか貶されてるんだかわかんないですけどあえて流しますね。あ、そうだアイリーンさん、今回マジでヤバいバトルに巻き込まれたんですけど、危険手当に色とかついちゃったりしませんか?」

 自らが作成した『報告書』をぱらぱらと流し読みする上司に、物怖じすることなく報酬の水増しを要求するセレナは、ソファに腰掛けてリラックスしながら、テーブルの上の茶菓子を遠慮なくぱくついていた。

 その様子を見て、やれやれ、とため息をつくアイリーン。
 もっとも、気にしている様子は別にない。むしろ面白がってみているようにも見える。

「血はつながってないはずなのに、君を見てるとリリンを思い出すよ……類は友を呼ぶ、とでも言うのかな。ホント、君もたいがい大物だよね」

「そりゃもう、伊達にキャドリーユ家嫁入り・婿入り組最強の座に君臨してませんから……ってか今のも褒められてないですよね?」

「まあね」

 アイリーンはアイリーンでお茶請けの菓子をつまんでほおばり、それから数秒後、簡単にだが読み終えた報告書を机に置いた。

「しかしまあ……君んとこの末の弟君は行く先々でトラブルに巻き込まれるねえ」

「一緒にそれに巻き込まれる方はたまったもんじゃないですよ。けどまあ、ミナトの実力があったから、あの規模の戦いでここまで被害が少なくて済んだのも事実、何も文句なんていうつもりはありません。むしろ、義姉としては誇らしいです……性格以外は」

「性格に関しちゃ、僕も君も人のこと言えないけどね」

「それはそうですけど、さすがにアレよりはましですって……何ですかあの自重ってもんをはるか彼方に投げ捨てた才能の塊は? あれ危険度で言ったら今の時点ではまだしも、将来的には確実にお義母さんとタメ張るレベルになりますよ?」

 言いながら、今度はセレナがため息をつく。

 その脳内には、サンセスタ島での戦いの中で嫌が応にも見せつけられまくった、ミナトお得意の『否常識』の数々が思い出されていた。

 本人が持っている脅威の戦闘能力や、聞いたこともないような機能をいくつも備えているその装備はもちろんのこと、

 思いつくままに開発し体系化、そして一切躊躇せず仲間たちにばら撒いた(むしろ押し付けた)といういくつもの『否常識魔法』。
 その中には、既存の常識をいくつか平気でぶち破っているものも少なくない。

 さらには、師匠である『冥王』クローナの指導の下で技術を身につけ、自らの手で作成したという武器やマジックアイテムの数々。流通させたらかなり大変なことになりそうなものもちらほらと。

 そして極めつけは、あの浮遊戦艦である。兵装・設備・設計思想や魔法機構……全てにおいて常識を木っ端微塵に破壊している。
 中でも度肝を抜かれたのはやはり、Sランクの魔物すら打ち倒した『荷電粒子砲』だ。

 セレナを含めそれを目にした者達は、最早驚き方すらわからなくなる始末だった。

 なおその際、スウラ他、割とそういった現場を見慣れている者たちから、『諦めると楽ですよ?』という悲しい励ましがあったりする。

「わかったろ? 彼がどういう人間なのか……多少腕が立つだけの普通の職員じゃ、1回か2回彼らに同行しただけで潰れちゃうからね。君くらい強くて図太くないと」

「そこはかとなくバカにされてるのも一緒に察しましたけど……まあいいです。というか、むしろ他人に任せられないですアレは。志願書出してでも引き続き私が担当します」

 ため息交じりではあったが、セレナはそうはっきりと言い切った。

「あれ、自分から引き受けてくれるのかい? こりゃ助かるなあ」

「白々しい……どうせこうなることもあなたの思い通りだったくせに」

 わざと意外そうなリアクションをとるアイリーンに対し、セレナが向けた視線は冷めたものだった。半目に開かれた双眸に、エルクに負けず劣らず見事なジト目が見える。

 もっとも、別に起こったり苛立ったりはしていないようだが。

 しかしその反応に、アイリーンはむしろ安心したような笑みを返していた。

「……まあ、ね。君はなんだかんだ言って、君達兄弟の中で一番面倒見がいい娘だから。ひとつよろしく頼むよ、あの自他共に認める問題児のことをさ」

「……ま、がんばってみますよ。大切な義弟ですからね」

 セレナの顔には、少し赤みがさしていた。照れているのか、視線がしばし宙を泳ぐ。

 滑稽ともかわいらしいともとれるその仕草に、くすりと笑うアイリーンだった。

 
 ☆☆☆

 
 ちょうど同じ頃……某国某所。
 どこともわからない建物の部屋で、数人の男女が円卓についていた。

 証明用のロウソクで照らされたその室内には、ウェスカー、ドロシー、バスク、セイランの4人に加え、数名の男女が他にいる。

 卓には紅茶とケーキが出されているが、それに手をつけている者は半分もいない。

 実力者が複数人揃った時によく見られる、威圧感とも緊張感ともいえる張り詰めた空気が部屋に漂っている中……ノックの音と共に、その部屋の扉が開かれた。

「全員、揃っているようですね……感心、感心」

 そんな声と共に入ってきたのは、1人の紳士だった。

 タキシードを思わせる黒のマントつき礼服に身を包み、頭には同色のシルクハット。靴は黒の革靴。闇のように漆黒のそれらに、手袋とワイシャツの白色がよく映える。

 手には黒のステッキを持ち、背筋を伸ばし整った歩き方でつかつかと円卓に近づいてくるその姿は、育ちのよい貴人を思わせる。

 年のころは、見た目からはまだ若いように見える。20代後半といったところか。
 整った顔立ちをしていて、髭などは生えていない。美男子と呼んでいい容姿だ。

 が、その謎の紳士は一見してわかる異質な点があった。

 それは……肌の色。
 肌色や褐色といったよくある色ではなく……彼の肌は、真っ白だった。

 色白などというレベルではなく、蝋人形か何かのような純白。赤みがさしている様子などは微塵もない、およそ人の肌の色としてはありえないような『白』だった。

 加えて髪色は黒、瞳は何と血のような真紅であり、その異質さが際立っている。

 謎の紳士は真っ直ぐ円卓まで歩いていき、他の面々と同様にそこについた。

 それを待って、卓についていた者たち全員が動作をそろえて一礼する。
 それだけで彼らの関係性……上下の立ち居地というものがおおよそわかる光景だった。

「楽にして下さって結構ですよ、皆さん。遅くなって申し訳ありませんでしたね」

「ありがとうございます。お勤めご苦労様です……総裁」

 全員を代表してドロシーがそう述べると、『総裁』と呼ばれた紳士は薄く微笑み、タイミングを見計らっていたメイドが今持ってきたばかりの紅茶に口をつけた。

「あなたがたの方こそ、遠くまで任務ご苦労様でした。ただ……報告によれば、予想外のハプニングにより、完遂とまではいかなかったようですね」

「は……面目次第もございません。処分は如何様にも」

 ウェスカーがそう返すが、『総裁』は笑みを崩すことなく、

「構いませんよウェスカー。優先順位第一位の目的であった機密資料は手に入ったとのことですしね。それに、相手も悪かった……報告書は読みました。あれだけの戦力を相手にして、全員が五体満足で帰ってこれたのです。それ以上は望めないでしょう」

「ですが……」

「まあしかし、任務としては『どちらかと言えば成功』ですが、全くのお咎めなしというのも確かに難しい……あなた達にはこの後、少々過酷な任務についてもらうことになりそうですので、そのつもりでいてください。以上です」

 そう言って、『総裁』は口角を少しだけ上げて笑う。

 これ以上何も言うつもりがないことを悟り、ウェスカーはそれならばと素直にその決定を受け入れる構えを取り、席に座りなおした。

 バスクとセイランは、処罰がほぼなかったことに安堵したものの、プロ意識なのかそれを極力表に出すことはなく、同じように座りなおして息をつく程度にとどめていた。

「しかし……いよいよ無視できなくなってきましたね。元々そこらの有象無象と同じまま終わるとは思っていませんでしたが、わずかな間にこの成長とは……やはり『キャドリーユ』ということですか。化け物ですねえ、相変わらずあの一族は」

「討伐・暗殺対象リストに追加しますか?」

「それには及びません。敵に回すと厄介ですが、見たところ『敵対』さえしなければ問題はなさそうです……ウェスカーは確か何度も彼と遭遇していますが、戦いにならなければ普通に話せる相手だったと聞いていますしね。それに……」

 そこで一拍置き、『総裁』は目を僅かに細めて続ける。

「彼は……我々『ダモクレス財団』の存在の主たる目的(・・・・・)から見て、有意の人材です。こちらの作戦行動よりも優先するということはないにせよ、殺したくはない……。彼は……これから先の世界において、紛れもなく必要な人間でしょうからね……」

 意味深な響きを持たせて、そう言い切った。

 そのまま沈黙に入ったのを確認し、ドロシーが口を開いた。

「……では、ミナト・キャドリーユおよび『邪香猫』の構成員達に関しては、敵対勢力としてみなすことはせず、これまで同様の対処をとることとして……議事に入ります。皆様、お手元の資料をご覧下さいませ」

 その言葉と共に、卓についている全員が、手元にあらかじめ配られていたらしい会議資料を手に取り、ぱらぱらとめくりだす。

 周囲の者たちと同じように、ウェスカーもまた、資料に目を通し始めていた。

 今しがた話題になった……火山島で死闘を繰り広げた相手であるミナトのことを、頭の片隅に思い浮かべ、

(……『総裁』の決定に異論はない……この先、敵対して戦うようなことがなければそれでよし。しかし、もしもまた戦いになれば、その時は…………私も『本気』を出す必要があるでしょうね……)

 そんなことをふと考えたが、一瞬後には会議に集中するためにその懸念を脳の奥へとしまいこんでいた。

 
 ☆☆☆

 
 結局……休暇を楽しみに行ったつもりが、全然楽しめなかった。

 まあ、最初のうちはよかった。懐かしい面々とも再会できたし、楽しくおしゃべりなんかして過ごせた。
 任務も、ちょっと退屈だったけどそれなりに楽しんでやれた。

 けど、あのチラノースの連中の絡んだ面倒ごとその他が発生してから、雲行きが怪しくなってきて、次々に面倒ごとが起こって……

 で、しまいにはあの『ダモクレス』まで巻き込んだ三つ巴バトルである。
 しかし……予想しちゃいたけどホントに大変だったな。ウェスカーの奴の相手は。

 攻撃力は僕とタメ張るレベル。スピードも互角。
 防御力と耐久力、持久力は僕が上。
 射程距離や攻撃のバリエーションなんかは向こうが上。

 中でも『召喚術』はやっぱり厄介だった……単純に敵の頭数が増えるんだから。それも、対処方法なんかも全く違うのがいくつもわらわらと。
 固体ごとの戦闘力もまちまちだけど……全部AAランク以上だったっけな。

 おまけに、最後の最後には地震やら噴火やらで任務ごと強制終了になっちゃったり……と、ここまで考えた所で、ふと僕の頭をよぎるものがあった。

(また、『地震』か……)

 なんか最近、地震に出くわしたり、その話を聞くことがやけに多い気がする。

 最初のは洋館を出てすぐ、エルクに出会った頃だ。最近地震が起こった、って聞いた。

 『ナーガの迷宮』であのボス蛇を、『リトラス山』では崖崩れを起こさせてアルバを目覚めさせるきっかけになった地震だ。

 次は、ちょっと間は開くけど……王都に行った時。王女様に連れられて行った狩場で、あの黒トカゲとの戦いの後に襲ってきた地震。土砂崩れとかで大変だったっけ。

 ……ああ、そういやその前に、あの狩場の近くで別な地震が起こってたって話を王女様がしてたっけな。

 そしてこないだの、サンセスタを再度噴火させた地震。

 僕が把握してるだけでも、それなりの規模の地震がもう4回もおきている。

 僕の前世……『地震大国』とまで言われていた日本であれば、体感されないものも含めれば、年間その何倍、何十倍もの地震が起こっている。
 けど、山崩れを起こすほどの規模の地震なんて、そうあるもんじゃない。

 そもそも、前にエルクが『地震なんて珍しい』的なことを話してたのを聞いた覚えがあるから、ここアルマンド大陸でも地震なんてそう頻繁におこるもんじゃないと思われる。

 そんな自然現象が、この決して長くない期間に4回、か。
 発生場所がばらばらな上、その規模を考えると……頻発どころじゃない気が。

 果たして偶然時期が重なっただけなのか、それとも……

「あら何、眉間にしわなんかよせちゃって。また何か悪巧みかしら?」

 すると、そんな声と共に……シャワー室の扉が開いて、中からバスタオル姿のエルクが出てきた。メガネは装着済みである。

 あ、言ってなかったけど……今僕がいるここは、『オルトヘイム号』の僕の部屋である。

 『ウォルカ』に帰還後、『バミューダ亭』の後にお世話になる宿が結局決まらなかった僕らは、当初は半分冗談だったアイデアを採用し――といっても、あくまで『暫定』だけども――このオルトヘイム号を拠点として使っている。

 ウォルカから少しはなれた所を流れている川の上流の、人気のない湖に浮かべて。

 船員全員分の個室はあるので、各自その部屋を使って生活してるわけだけど……エルクの場合、僕の部屋で過ごしたり、泊まっていくことも多い。
 今もそんな感じで、僕の部屋の風呂を借りて汗を流していた所だ。

 そのエルクはバスタオル姿のまま、ソファに座っている僕の隣に腰を下ろすと……その手に持っていた小瓶を差し出してきた。

「ごめん、またお願いできる? コレ」

「ん? ああ、OK。いいよ」

 そう言って僕は、エルクが差し出してきた塗り薬のビンを受け取り、蓋を開ける。
 その中には、打ち身や筋肉痛に効くジェル状の塗り薬が。

 前にも言ったと思うけど、治癒の魔法を使うと傷なんかを速く直せる代わりに、『超回復』が起こりづらいため筋肉なんかの発達が遅い。こうやってきちんと薬や休養、自然治癒力に頼っての回復が、戦闘力はともかく肉体を成長させる重要なプロセスなのである。

 その塗り薬を僕が指先につけている間に、エルクはバスタオルをはらりと解いて背中……自分が手が届かない範囲を僕に向ける。

 細身で色白のきれいな背中に、よーく見るとわかる薄い色のアザを発見。

 いくら見慣れているとはいえ、いつ何度見ても十分に魅惑的かつ刺激的な色白の裸体にぐっとくる男の本能を抑えつつ、その部分とその周辺に薬を塗りこんでいく。
 ほどなくして、患部がほんのり熱を帯び始めたのを確認。薬が効き始めた証拠だ。

 僕が『終わったよ』と伝えると、エルクはバスタオルを巻き直し、そのまますたすたと歩いて衣装ケースの棚の引き出しを開けた。
 そしてその中から、女物の上下の下着を取り出す。さらに別の段からは部屋着を。

 ……繰り返しになるが、彼女はよくこの部屋に宿泊していく。なので、この部屋の衣装ケースには、僕のだけじゃなくてエルクの服も何セットか常備してあるのだ。

 それらを一式取り出したエルクは、僕の目の前でタオルを取り去って全裸になると、そのまま恥ずかしがる様子もなく服を着始めた。

 ま、別にいいんだけどね。裸ぐらい今更だし。
 ……ただまあ……男の性として、視線が釘付けになるのは勘弁してもらいたいけど。

 数十秒ほどでゆったりした部屋着姿になると、再びエルクは僕の隣に腰掛け、楽な姿勢になってリラックスし始める。

「くつろいでんねー、遠慮なく、他人の部屋で」

「あら、迷惑だった?」

「全然。むしろ、そのままこっちに『こてん』って来てくれると更に嬉しいかも」

「あらそう。じゃせっかくだし、部屋の主のリクエストに応えてあげるわ」

 すると有言実行。そのままこっちに体を倒して、こてん、とエルクの頭が僕の肩に乗っかった。

 女の子特有のいいにおいと、今さっき使ったんであろうシャンプーおよびボディソープの匂いが僕の鼻をくすぐる。あー、幸せ……落ち着く。

 おそらくだらけた感じの表情になっているであろう僕を見て、『やれやれ』とでも言いたげなためいきをつくエルクは、ふと思いついたように、

「そういえばさ……休暇のつもりで火山島に遊びに行ったのが結局騒動に巻き込まれちゃったわけだけど、どうすんの? このまま復帰する? それとも今度こそ息抜きする?」

「あー、ちょうどそれも考えてたんだよね……」

 結局休めなかったし。
 クエストのついでに休もうとしたのがまずかったんだろうか? でも、そのくらいじゃないと僕らに安息の地は最早ないというか……

 羽を伸ばすだけが目的なら、クエストも休んでどこか観光地にでも行けばいい。

 けど、僕の敵は『多忙』ではなく『野次馬』。観光地に行こうが、この容姿で気づかれてしまうため、遊ぶことは出来ても安息を得ることは出来ない。
 いや、遊ぶことさえ満足に出来ない可能性が大だな。

 まあ、服は変えればいいし、その気になれば僕は体組織の色素を操作して髪の長さや色、瞳の色も変えられるので変装するのは朝飯前なんだけど……変装して休暇過ごすってなんかやだし、最近は僕以外の面子も有名になってきてる。

 ホント、どこ行って休めばいいんだろう……。

 僕が今日もう何度目かになるため息をついていると、その様子を見かねたか、はたまた頭の斜め上で辛気臭い音がするのがいやだったのか、『気分転換に何か飲みましょ』とエルクがテーブルの上に置いてあったハンドベルをちりん、とならした。

 するとその数十秒後、

 
「はいはーい、何でしょーかご主人様っ♪ ……って、あら? お邪魔だった?」

 
 ハイテンションでおなじみの茶髪のポニーテール娘が入ってきた。

「別に。つか、こっちが呼んだんだからそんな状況なわけないでしょうが。全く……職場が変わってもあんたのテンションは変わんないのね、ターニャ」

「まーね。それでお姉さま、何か用?」

 おなじみのエプロンをつけたターニャちゃんは、人懐っこくイタズラっぽい笑みを顔に貼り付けたまま、しかし背筋を伸ばして真面目に話を聞く姿勢に入った。

 何で彼女がこの船にいるかっていうと、結局ターニャちゃんは僕ら『邪香猫』が雇用することになったからである。家政婦として。

 暫定的な拠点としてこの『オルトヘイム号』を使うことになったわけだけど、この船の管理とか整備とかをするには、僕ら『邪香猫』とセレナ義姉さんの合計7人だけじゃ、どう考えても人数が足りない。

 当たり前だ、普通この規模の帆船なんてのは、本来専用のドックで、十数人規模で管理維持を行うもんなんだから。

 いくら僕がやりたい放題やってオーバーテクノロジーが満載されてて、普通よりも遥かに管理が楽だって言っても、さすがに7人は厳しい。しかもその7人は、ドック職員とかじゃないわけで、専門的な技術なんてもんはないし。

 更に言えば、今まで僕らは宿屋を利用してた。
 それはつまり、炊事・洗濯・掃除の全てを、お金を払うことで宿の職員さんにやってもらっていたということである。自分達専用の拠点……『我が家』に住むなら、それらも自分達でやらなければならなくなる。

 ダメな思考であることを承知で言おう……ぶっちゃけ面倒である。

 依頼から帰ってきて疲れてそういうことを出来ない、なんてシチュエーションも考えられるし……ってことで、家政婦の必要性が割と浮き彫りになったわけである。

 それを踏まえた上で話し合った結果、僕ら『邪香猫』は2人、家の中のことを任せる人員を雇うことにした。

 1人は、今目の前にいるこのターニャちゃんである。

 今まで『バミューダ亭』でお世話になってたから僕ら全員よく知ってるけど、彼女の家事スキルはかなり高い。

 早起きも得意だし、掃除もあの宿の全ての部屋をほぼ1人でやってたってこともあり、かなり手際がよく迅速。洗濯もまた同様だ。

 ただ、さすがに空間歪曲も使っててかなり広いこの船を1人に任せるのはどうかな、って聞いてみたんだけど、彼女いわくこのくらいなら全然平気だという。

 何でも、冒険者ってのは宿屋の備品だろうがベッドだろうがかなり乱雑に使う人が多いらしく、それらの再整頓からベッドメイクまでやるのも日々の業務のうち。

 ソファやカーペットは、疲れて帰ってきた冒険者がそのまま寝転んで泥や汗まみれになったりもするし、床の掃除とかもそれらの汚れを相手にする。時には……宿に娼婦その他を連れ込んで色々やった後そのまんまのシーツとかを処理したりもするとか。

 ……最後の例を出す時に、僕とエルクに対して向けるターニャちゃんの笑みが意味ありげなものだったのはおいといて、

 そんな宿で家事全般を担っていたターニャちゃんからすれば、一部例外を除けばかなり使い方が丁寧な上に、もともと汚れにくい特殊素材を使ってるこの船での家政婦仕事は、広さをデメリットと考えてもかなり楽だそうだ。

 ……『一部例外』が何かって? 聞くな。

 なので、そんな自信満々なターニャちゃんを先日から雇って、この船の中の家事全般を担当してもらっているのである。

 そしてもう1人。
 厨房主任およびその他雑務担当(ターニャちゃんの手伝い)として、シェーンにもこの船に来てもらうことになっている。

 もともと『カーンネール海賊団』……というかこの『オルトヘイム号』で雑用その他の海賊見習いをやっていただけあり、彼女の家事スキルは高い。加えて、船の整備その他扱いにも精通している。海の上を航海する時とか頼りになりそうだ。

 さらに、料理の腕は僕らはもちろんのこと、キーラ姉さんも認めるレベル。

 ターニャちゃんとお互いに手伝いあいながらこの船の家事全般を任せるのに、これほどうってつけの人材もいないだろうってことでスカウトしてみたら、OKがもらえたのだ。

 理由としては、色んなところを旅して色々な料理にめぐり合いたいから、らしい。
 王都で吸収できるスキルはもう存分に吸収しつくしたらしいので、もともとそろそろ拠点を移すつもりだったんだそうだ。

 それだけなら普通に旅の料理人でもやってればいいんだろうけど、このご時勢、女の子が1人旅するにはちょっと物騒である。護衛を雇うにもお金がかかるし。

 だったら、色んな所を旅できるであろう上に、気心が知れてる仲間が一緒にいて安心できるこの職場で働いてみるのもいいかも、と思ったそうだ。

 それともう1つ、根拠は無いけど……僕らと一緒に旅をすれば、自分も少しは鍛えられて今より強く慣れるかも、っていう思惑もあるらしい。向上心豊かなことだ。

 ……お望みなら強くしてあげるよ? 『否常識魔法』という名の反則技で……ふふふ。

 
 ……さて、それはそうと、

「喉渇いたから、ちょっと飲み物でももらおうかと思って呼んだの。ほら、こないだ買ってきた紅茶があったでしょ? アレ淹れてくれないかしら」

「かしこまりましたー。えっと、見たとこお風呂上りだし……アイスティーでいい? あ、それとミナトさん紅茶苦手だよね? コーヒーか何かにする?」

「うん、お願い。僕のもアイスで頼むよ。あ、でもブラックは嫌だから……」

「いつも通りミルクとシロップで甘くして、だよね。りょーかいっ!」

 びしっ、と敬礼してから部屋を後にするターニャちゃんを見送る。
 うんうん、よく働いてくれてるなー、頼もしい限りだ。

 最初は何ていうか、雇ってるとはいえ知り合いで仲のいい女の子を家政婦として顎で使うのに抵抗あったりもしたんだけど……それを遠まわしに言ったら『や、雇用関係ってそういうもんでしょ』ってちょっと呆れられたっけ。

 なお、彼女には雇用契約を結ぶ際、この『オルトヘイム号』で働くのに便利なマジックアイテムをいくつか貸与していたりする。

 その1つが、この船の各部屋に置いてある『呼び鈴』の『子器』だ。

 この『オルトヘイム号』のほとんど全ての部屋には、さっきエルクも使っていた、家政婦である彼女を呼ぶためのハンドベルが置いてあるんだけど、それを鳴らすと、ターニャちゃんの持ってる『子器』が鳴って、どの部屋で呼んでるかわかるのだ。

 どこにいても迅速に彼女にきてもらえるようにってことで作ったアイテムである。

「しかしまあ、見事になじんでるね、ターニャちゃん」

「ホントよね。まあ、人見知りも緊張も元々しない娘だから心配はしてなかったけど……この異常な職場に素早く適応できるあたりはさすがだわ。まるで自分の家みたいにくつろいで楽しみながら働いてるもの」

「異常て……まあ、否定できないけど……ん?」

 そこまで言って、ふと思いついた。今のエルクの言葉を聞いて。

「……家、か。それもありかな……?」

 ……盲点だったな。それは思いつかなかった。

 でも……『ゆっくりくつろぎたい』んであれば、これも立派に選択肢の一つとして考えていいんじゃなかろうか。
 普通に……というか、前世の価値観的にもあてはめられるくらいだし。

「? どうしたの、ミナト?」

「いや、今思いついたんだけどさ……」

 一拍、

 
「久々に、実家に帰ってゆっくりするのもありかな、って」

 
 懐かしき『グラドエルの樹海』の洋館に、さ。

 
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