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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第9章 絶海の火山島

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第136話 急展開

 

 襲撃未遂の翌日、僕らネスティアの調査団は、ちょっと予定を変更して動いていた。

 昨日休みだった僕らは、今日調査団の人達の護衛の当番で、今日は別なチームが休みになるはずだったんだけど、そのチームにも今日引き続き護衛を務めてもらう。なので今日休みのチームは無しだ。

 そして、そのお陰で体が空いた僕らは、スウラさん達の頼みで、この島の調査のために動くことになった。
 おそらくはまだ居るであろう、旧チラノース軍の暗部の連中の残党探しに。

 セレナ義姉さんによれば、『シンデレラ』の加工を1から10まで行うのであれば、とても携行可能な設備だけでは不可能だそうであり……もっと大掛かりな器具が、そしてそれらを隠してあるアジトがどこかにあるはずだ、とのこと。

 それらを見つければ、今いる捕虜達とあわせて更に強力な証拠になるということで、今日から僕らはそのために動くことになったのだ。

 
 それで、今日早速調査に乗り出している。

 メンバーは、『邪香猫』の6人に加え、義姉さん、スウラさん、ギーナちゃん……とまあ、見事に顔見知りがそろった9人。

 このメンバーなら、ちょっとやそっと危険な連中が奇襲してきても十分対応可能だろうし。

 加えて、この仕事は本来『火山島の調査』であるこのクエストから厳密には外れた内容なので、他の冒険者に頼むと追加の報酬を要求されたりする可能性も多分にあるわけなんだけども、そこは僕らはスウラさんの知り合いであるわけなので問題なし。

 ただ1人、こういう仕事上のやりとりには極力私情を挟まない主義のエルクがちょっと難色を示したけど、結局はスウラさんに対し『貸し一つ』ということで折り合いがついた。

 で、今日のその仕事なんだけども、
 開始早々、具体的には拠点を出て歩き始めてから10分後には、僕ら9人はその場所にたどり着いていた。

 おそらくは、例の連中がアジトとして使っていたんであろう、おおきな洞窟に。

 場所は島のかなり奥地である上、地形や植生など色々な理由で発見されにくい場所。
 なおかつ風通しもよく、生活スペースとしては、快適とはいえないまでも割と好条件と言っていい天然の休憩スペースだ。

 そして、奥地とは言っても……僕らレベルならちょっと急げば10分で到達できる範囲である。
 普段は調査隊の人たちが一緒だけど、今日はいつもの調子で動けるので。

 ミュウとスウラさん、そしてエルクは、自分自身の機動力ではちょっとだけ他のメンバーに劣るので、ミュウの召喚獣のうちの1匹『ワイバーン』に乗って移動。

 他の面子は、素の移動族度が十分早いので大丈夫だった。普通の冒険者や兵士じゃついてくることも出来ない速さで島を疾駆し、あっという間に到着したわけである。

 で、中を調べてみれば、出るわ出るわ、よくわかんない……けどおそらくは重要なんであろう証拠品の数々。

 どれも、もう古くなってさびたりして使えなくなったんであろうものばかりだ――おそらくまだ使える器具は今持ち歩いてるんだろう――けど、パッと見でも、おそらく薬の調合に使う類の器具がいくつもあった。

 師匠の所で、マジックアイテム作りの授業の時に、一緒に魔法薬の作り方なんかも習ったからわかる。

 最後に使った後に洗わなかったからなのか、はたまた長年使ってたからこびりついたのかはわかんないけど、薬を作る段階でついたんであろう汚れが多数見受けられた。
 おそらくコレを調べれば『シンデレラ』の痕跡が出てくるだろう。

 どうやらこのアジトに戻るつもりはなかったようで、けっこう重要そうな証拠物件がいくつも無造作に放置されてたため、ありがたく全部回収させていただく。

 一応1つずつ別々の小袋に分けた上で、それらをさらに、師匠にもらった収納アイテムになっている大きな布袋にぽいぽいと放り込んでいく。これで持ち運びも問題なし。

 襲撃や罠の可能性もあり、それなりに危険だったはずのイレギュラーな任務はしかし、たったの十数分で全ての証拠を回収し終わって、あっさり完了した。

 あとはまあ、この洞窟内に他に隠し倉庫とか、他の証拠がないかどうか確認するくらいでOKだろう。さっさと済ませて船に戻って、あとは専門家に……と言いたいところだけど、もう1つやることがあった。

 洞窟を出て、外の空気を吸い込んで深呼吸しながら大きく伸びをする……と見せかけて、一気に重心を前に移して『リニアラン』で地面を蹴る。

 そして一瞬にして……先ほどから物陰に隠れてこちらの様子をうかがっていた人物の元へ跳び、その背後を取ると、

「こんちは。いい天気だね」

「……ええ、確かにそうですな」

 驚きつつも、そう返してくれたのは……探索初日とその翌日に会った、『チラノース』勢の冒険者の女性……シン・セイランさんだった。

 一瞬飛びすさって逃げようとしたようだけど……無理そうだと悟ったのか、諦めて力を抜くと、隠れていた大きな木にもたれかかって楽にしていた。

 
 ☆☆☆

 
「……つまり、セイランさんは別に僕らに敵意があるわけじゃなくて、ただ純粋にこの島の調査のための『護衛』と、あとは威力外交のためのネームバリューとして雇われただけだ、ってこと? 今隠れてみてたのも、別に奇襲するつもりでも何でもなかったと」

「そういうことです。まあ、いきなりでは信じてもらえないかもしれませぬが」

 観念して出てきてくれたセイランさんに、何で隠れて覗き見なんかしてたのかって率直に聞いてみたところ、回答はそんな感じだった。

 彼女が隠れてたことは、エルクの『サテライト』で最初から知ってたので――『誰が』隠れてるのかまではわかんなかったけど――別に奇襲のつもりだったとしても成功しなかっただろうけど、そういうつもりではなかったようだ。

 僕らとしては、ここにある証拠品の数々は言ってみれば、『チラノース』の黒い部分の1つ、『シンデレラ密造』が事実であるという証拠であり、刺客でもなんでも使って証拠品強奪&口封じに来る可能性があると思って用心してた。

 なので『サテライト』は、拠点を出発した瞬間から発動してたのである。

 だが、察知できた曲者は1人だけ……このセイランさんだけだった。
 しかし、それもそのはず、

「『チラノース』の奴ら、未だにこの洞窟を発見することすら出来ておりませんからな。加えて、このあたりのエリアを調査する予定は明後日以降までなかった。もし現れるとしても、それ以降になる可能性が高い」

「へー……そうなの? なんか、自分の陣営のこととはいえ、またやけに内部情報っぽいもんに精通してるね」

「それはまあもちろん、調べましたからな。連中の資料を盗み見るなどして」

 あっさりとそんなことを言うセイランさん。

 ……なんだかますますわからなくなってきたな。彼女の立ち居地が。

 てっきり、いざって時に他国に対する口封じなんかも目的の一つにした雇われ方をしたんだと思ってたけど、今聞いた彼女の言葉を信じるなら、どうもそれは違うらしい。

 いやまあ、鵜呑みにするつもりは無いけどね。
 彼女が嘘をついてる可能性もあれば、彼女にそういうつもりがなくても、チラノースの連中はそういうつもりでいる、って可能性もあるし。

 『ここまで関わってしまったんだから、我々に協力して事態を隠蔽しなければお前も罪人として手配されるぞ』って脅すとか、手はいくつか思い浮かぶし。

 しかし仮にセイランさんの言葉が真実であるならば、彼女はいわゆる『獅子身中の虫』……っていうような立ち居地になるんだろうか?
 味方のふりをしてチラノースの内部にもぐりこみ、内側から情報を盗んだり色々やって食い破る……とかを目的とした。

 それはそれで、彼女が何のためにそんなことをしているのかって疑問が出てくるけど。

「……その真贋はひとまず置いておくとして、先ほどから我々にやけに協力的だな? 一体あなたの目的は何なのだ?」

 と、スウラさん。僕らと談笑する時とは違う、隙のない軍人の目になって問いかける。

「何、そこまで大した理由は何も。興味本位と報酬目当てで受けてみた依頼が、予想外に迷惑な火の粉が降りかかってきそうな依頼だったため、いざという時に私だけでも無事にやり過ごせるように動いているだけのこと。証拠集めも情報提供もそのためです」

「わが身大事の日和見主義……ってわけ? その割には、露骨にチラノースに害になるように……っていうか、私達に味方する感じで動いてる気がするけど」

「おや、武力衝突になる可能性が否定できない中、Sランク1人にAAAランク3人を擁する陣営に味方するのが何か不思議ですかな? 加えてそんな状況下、そもそも人道的に問題がある行いをしている陣営に味方したいと思うわけもないでしょう」

「こないだの夜、僕らに『焼かれた場所』の情報を教えてくれたのも、その一環?」

「その通り。私の予想ですが、おそらくあそこは、『シンデレラ』の栽培に使う違法植物を育てていた畑だったのでしょう。植物そのものはすでに焼かれておりましたが、発見者に疑念を抱かせるには十分だと思い、密告したというわけです」

 さらさらと、一度もつっかえずに話を続けるセイランさん。
 顔色なんかにも変化は一切なく、嘘を言ってる感じは無いけど……なんというか、それがかえって怪しい。あらかじめ練習していた台本を読んでるみたいで。

 なんかこの人、もともと人前に出て話すのに慣れてるみたいな感じがあるんだよね……大人数に見られてても全然緊張しないタイプで、嘘ついても顔色とかに全然表れない、みたいな。

 前世知識だけど、そういう人って実際いるらしいし……人によっては嘘発見器すら欺くらしい。あれって脈拍その他で調べるから、呼吸するような感覚で嘘をつける、演技が出来る人の場合、バイタルもほぼ変化しないから見破れない、っていう。

 目の前にいるこの女性からは、なんだかそんな印象を受けるのだ。事実、武器を取り上げられた状態で、味方とはいえない複数人に囲まれたこの状況下、冷や汗一つかかず、呼吸一つ乱さずに平然としてるし。

「まあ、かなり突拍子もないことを言っているのは自覚していますゆえ、すぐには信じて下さらずとも結構。それはそうと、私のことはこのまま解放なさらないほうがよろしいのでは? 独自に動いて色々なことを不自然なほどに知っている不穏分子ですからな」

「? 望んで我らの捕虜になるとでも言うのか?」

「現状もはやチラノースは詰んだも同然。はっきり言って、これ以上チラノースにいても私に得になる部分が微塵もありませんからな。であれば、不穏分子を逃がすのは避けたいであろうあなた方と利害も一致しますし、そうするのが得策というものでしょう。まだいくつか提供できる情報もありますし……ネスティアには司法取引制度もありましたな」

「……まるで最初からそのつもりだったみたいな口ぶりね。それに、司法取引制度のこともよく知ってるみたいだし……本当にただの勤勉な冒険者か疑わしくなるわね」

「ふふっ、褒め言葉です。私を捕虜とするならば、理由が必要でしょう。そうですな……非番でこの島をうろついていた私は、たまたまあなた方と遭遇して、獲物……何かしらの素材などの取り合いになり、刃を交えた末に敗北……というのはいかがです? 私は多少なり戦闘狂の気があるという噂も一部にあるようですし、不自然ではないかと」

 しれっとしてそんな提案をしてくるセイランさん。

 ……なんかこのままいくと、何もかも彼女の思い通りの方向に進んでいきそうだ。口調からして明らかに、『こうなったらこうするつもり』って自分の中で組み立ててたプランを実行に移そうとしてるようだし。それが本意か不本意かはともかくとして。

 それは当然癪なんだけど……一方で、彼女が提案するそれが、この場では一番言い方法だ、っていうのもまた事実だから困る。

 確かに彼女をこのまま自由にするのはちょっとまずいし、できることなら確保しておきたい。色んな理由で得体が知れない彼女に、自由に動いて欲しくは無い。

 しかし、それには理由が必要なのもまた事実……そしてそれは、ただこの場で偶然会ったとか、変な情報を知っていたとかいうものじゃちと弱く……後々問題にならないためには、無難な所で彼女にも口裏を合わせてもらうのが一番いい。お互いのために。

 本当に、彼女の提案が一番丸く収まる手段なんだよな……繰り返すけど、癪なことに。

「……人生の先輩として忠告しとくけどさ、露悪的な物言いも程ほどにしないと、必要以上に理不尽な仕打ちを受けることにつながりかねないわよ? あんたが交渉のために会う人と会う人が全員、理性的・合理的な対応をしてくれるわけじゃないんだから」

「ご忠告痛み入ります。何、その時はその時です……せいぜい慰み者にされる程度で済みましょう。口封じに殺されるよりはよほどいい……特に、今回のように、到底逃げおおせられないような戦力が相手方にいる場合は、ね」

 そう言って、ちらりと僕の方に視線を向け、またニヤリと笑うセイランさん。

 その後結局、もう少しだけ話した後、彼女の提案を呑むことになった。

 扱いとしては、彼女は武装全解除および女性兵による身体検査の上、要人捕虜用の部屋に軟禁。もたらされた情報は、真贋を確認の上、必要ならば司法取引をした上で釈放……ということになった。

 拘束・軟禁の理由は、さっき彼女が言ったとおりで、僕らの調査行為を妨害したことによるもの。多分だけど、向こうは彼女の戦力を惜しみつつも、『非番の日の行動にまで我々は責任を感知しない』とか何とか言って切り捨てるだろうから、問題ない。

 そして、彼女を拘束する理由である調査妨害およびこちらへの攻撃行為……その事実自体はでまかせなので、どうとでも処理できる。形だけの司法取引でチャラにしてもいいし、僕らが『気にしてないから』って言うだけでもぶっちゃけ十分だと思う。

 おそらくこの対応も、彼女の想定内なんだろうけど……今はまずは、大人しくその通りに動いてやることにしよう。感情で行動して逆にまずいことになるのも、バカらしいし。

 
「……ところでさ、シン・セイランさん?」

「うん? 何ですかな、ギルド職員の方?」

「いや、変なこと聞くけどさあ……あんたと私、前にどこかで会ったこと、ない? 何か私、微妙に見覚えあるような気がするんだけど……」

「はて……私は心当たりは特にありませぬが……」

「そう? んー……私の勘違いかしら……?」

 
 帰り道、そんな会話がセレナ義姉さんとセイランさんの間で交わされてたのが、ちょっと気になったけど……まあいいか。

 
「……んー、でも確かに見覚えが……いつだったかなー……? たしか、12年前……あ、いや、20年前だったかしら?」

 ……義姉さんの記憶力に疑問も感じるし。

 いや、12年前(じゅうにねんまえ)20年前(にじゅうねんまえ)ってあんた、ひらがなに直しでもしない限り結構遠いんですけど。

 ていうかその2つで言ったら、多分『12年前』の方じゃないかな? 『20年前』だったら、セイランさん赤ん坊か相当小さい頃になっちゃうだろうし。まあ、面影からそう感じとってる可能性もあるけど。

「……ん? 60年前だったかしら?」

「いや、明らかに生まれてないでしょ、セイランさんの歳じゃ」

 うん。気にするのやめよう。ムダだ多分。

 
 ☆☆☆

 
 その後、僕らは仕事も終わったということで、捕虜として彼女を連れて拠点に戻ることになったわけだけど……その途中、彼女からついでみたいに教えられた情報があったので、その確認のために寄り道をした。

 どうやら、この島に潜んでいた旧チラノース軍の裏部隊は、僕らが昨日ひっとらえた11人で全員というわけじゃなかったらしく、残りの何人かが、またわかりにくい場所にある洞窟で途方に暮れているという。

 そいつらももう泳がせておく意味も特にないということで、帰りに回収=拘束していこう、というわけでそこに寄ったんだけど……そこに広がっていたのは、予想外の光景だった。

 僕達のみならず……セイランさんにとっても。

 セイランさんに案内されて到着した洞窟。
 本当にわかりにくい場所に会ったその洞窟の中には……確かに、何人かの男たちがいた。服装から見て、昨日の連中と仲間じゃないか、っていう感じのが。

 ただし、そいつら全員……すでに屍になってたけど。

 洞窟の中は血の海で、かなりスプラッタな光景が広がっている。
 首と胴体が離れてる死体や、肩口から袈裟懸けに斬られてる死体、脳天から股間までを一直線に斬られて真っ二つな死体……とまあ、死に方は様々。

 しかし全員一撃で殺されてる。鋭利な刃物か何かで斬りつけられて。

 見る限り、魔物じゃなく人間の手によるものだろう、コレは。
 それも、切り口の状態なんかから見て……やったのは達人レベルの使い手だ。

 あんまり直視したくないけど、我慢して見てみると、死体の切り口はどれもほぼ平面。
 つまり……恐ろしい切れ味の刀剣で、スパッと斬られてる。切断面同士を上手くつなげたら、もしかしたら切れてるってわからないかもしれない。

「えっと……まさかとは思うけど、セイランさん」

「先に申し上げて起きますと……もちろん、私ではありませんぞ」

 とのこと。

 多分だけど……嘘は言ってない、かな。
 ここ入った瞬間本気でびっくりしてたし。まあ、演技って可能性もあるけど。

 それはそうと、空気がこもって換気なんかも当然されてないから、洞窟内で血の匂いが酷いことになってて……ちょっと視覚的にはなんとか我慢できても、嗅覚的にアウトだ。

 とりあえず、死体の回収は兵士の皆さんに後で頼んでおくとして……さっさと拠点に戻ろう。
 この惨状を作り出した『何者か』が、まだこの近くに潜んでる可能性もあるし、ね。

 ……しかし、一体誰の仕業だろうか、ホントに。

 気になることに、争った形跡がほぼないんだよな……繰り返しになるけど、全員見事に一撃で殺されてた。それもきちんと、斬れば死ぬところを狙って。

 ……いやまあ、あんだけずんばらりんと斬られてれば、割とどこ斬っても死ぬっちゃ死ぬだろーけども。それがたとえば腕でも、失血死ってもんがあるわけだし。

 それはともかく、『争った痕跡もなく』『適確に急所を狙って』『一撃で』殺してたってことはつまり……犯人は最初から皆殺し決定の上で剣を振るった、ってことだろう。

 可能性としては、暗部たる彼らの口封じを狙っている(と思われる)チラノースの連中が一番クロか。ちょうどAAA級の巨大戦力もつれてきてるし、やろうと思えばやれる……のかな?

 一応、あの……なんとかって中将さんの武器、剣っぽかったから。

 でも……それにしたって、争った形跡がほぼ皆無なのは……一撃、一瞬でしとめたといってもちょっと変だな。抵抗しなかった、もしくはできなかった、ってことだもんな。

 いくら達人っていっても、全く反撃する暇を与えずに一瞬で全員をしとめるって……できるもんなんだろうか?
 狙撃とかの手段がある平野とかならともかく、こんな閉鎖的な場所で。

 チラノースには特に追われてる自覚があるであろう連中なんだから、中将さんが来たりしたら大騒ぎになるだろーに……何か妙だな、ここらへん。

(……とはいうものの、考えても答えは出そうにないし……さっさと帰るか)

 気にはなったものの、どれだけ考えても確固たる解答を導き出せる保証がない以上、今考えるべきことじゃないだろう。今はさっさと、少しでも事態を前に進ませるべく、この妙に生意気というか態度の大きな捕虜さんを連行することにしよう。

 一応、こいつらの死体も証拠っちゃ証拠なので、野良魔物とかに食い荒らされてもよろしくない。

 ジャンケンで負けたギーナちゃんを見張りに残して――ごめん、気持ちはわかるけど皆ここに残ったりしたくないのは同じなんだ。なるべく早く回収役の兵士さん達よこすから許して……――迅速に船に戻ることになった。

 
 ☆☆☆

 
 その日の夕食の席でスウラさんから、目を覚ました捕虜達……旧チラノース軍の裏の部隊の方々への尋問の結果として聞き出せた情報の一部を聞けた。

 大方は予想通り。彼らは極秘に『シンデレラ』の研究・生産を行っていた、思いっきり違法な組織の構成員で、その黒幕はチラノース政府だった。
 チラノースの裏の収入源として、シンデレラを密造していたらしい。

 もっとも、チラノースという国そのものが作り出した組織なのか、そのお偉いさんの誰かが秘密裏に結成させた組織なのか、そのルーツ自体は不明だそうだ。

 何せ、組織の歴史は古く、まだチラノースが東西2つの国に分かれていたころから存在していたらしいから。

 それでも、間違いなくチラノースはその存在を知りながら摘発することなく活動を黙認し……おそらくは賄賂か何かを受け取っていたのだろう。今も昔も。
 いや、地下組織なんだから賄賂っていうよりは……上納金、って言うべきだろうか。

 1国に統合された後も裏で存在し続け、チラノースという国の闇の収入源の1つとして機能し続けたそうだ。

 しかし、あるときを境に研究が遅々として進まなくなり、常に最高・最先端の品質を誇ることで人気だったチラノース産の『シンデレラ』は、品質おいて他の密造ルートの品に追いつかれ始めた。

 密造ルートそのものが多くないから、そこまで収益に変動はなかったものの、やはり全く減少しないかと問われればそれは否であり、それに伴って上納金の額も減り始め……チラノース政府はいい顔をしなくなり、待遇も悪くなり始めた。

 それに逆ギレ気味に嫌悪感・不満感を抱き始めた彼らは、このまま行ってもいずれ切り捨てられるだけだろうと、政府と縁を切って独立することを決意。

 全ての研究データに加え、知られるとヤバいチラノース政府の機密情報その他まで大量に持ち出してとんずらした。

 当然、政府は慌てると共に激怒し、裏の暗殺部隊なんかを動かして口封じに動いた。

 その際、かなり本気で裏切り者皆殺しにあたったらしく、脱走当初数十人いた連中は、半分以上が逃げる間に殺され、最終的にこの島に流れ着いたそうだ。

 といっても、狙ってここに来たんじゃなくて、逃げ続けて海に出て遭難し、漂流の結果流れ着いたのがこの島だった、って感じらしいけどね。

 でまあ、火山活動と魔物によって守られる『危険区域』であるこのサンセスタ島までは、さすがにチラノース軍も追ってこなかったため、彼らはここで暮らしていたそうだ。

 船が大破して外に出られなくなり、ここで暮らす以外に選択肢がなかったとも言うが。

 無論、洞窟内とはいえ危険区域に居を構えるんだから、その生活は決して安全なものではなく……更に人数は減ったそうだ。
 あるものは火山由来の自然災害で、またある者は魔物に襲われて……etc。

 そして今回、外部からの調査団が来たことで、見つかる危険と脱出できる希望が一度にやってきた彼らは、再びアルマンド大陸に戻るための大勝負に出て……失敗したと。

 いやまあ、『連行』って形でよければ帰れるけどね? うん。

 
 ……とまあ、ここまでがスウラさんが、さっき尋問部屋に行って担当の兵士から簡単に聞いた事柄らしい。更に詳しい情報を聞くため、尋問は今後も続けるそうだ。

「やれやれ……ただの犯罪組織だったら、殴って潰してはいおしまい、って感じでも大丈夫だったのに……国が絡んでるとなると、やっぱそうは行かないかな?」

「まずい、だろうな。やはり、ネスティア本国の外交部門に連絡して指示を仰がねば。明らかに、今回の調査に同行してもらった外交担当者の判断できる領分を超えている」

「でもさあ、どーせその国、切り捨てちゃうんじゃないの? まさか、自国と裏組織との間につながりがありましたー、なんて認めるわけもないし。だったら、ここで私達でぶっ潰しちゃっても別に問題ないんじゃない?」

 眉間にしわを寄せるスウラさんに、こちらは対照的にそこまで問題を深刻視していないシェリーがそう言う。
 なるほど、結果が同じことを考えれば、一応筋は通ってるようだけど……。

「それがそう簡単にはいかないのよねー、国同士のやり取りって。特に、腹芸が得意な狸ジジイ共が多分に絡んでくるような案件では」

 そこにNOの答えを出したのは、セレナ義姉さんだった。

 何か嫌な記憶でも思い出しているかのように、眉間にややしわをよせて中空を眺め、グラスの酒を一気に飲み干しながら説明してくれる。

「裏組織そのものとの関わりは当然否定するでしょうけど、その件でつかまったのが軍人、って所が厄介なのよ。何か難癖つけてこっちに干渉してく理由になりかねないから」

「理由って、例えば?」

「そうね……まあ極端なことを言えば、裏組織の件以外の何かを理由に据え置けばいいだけの話だから……適当な案件をでっちあげて、捕まった軍人のうち何人かがそれにかかわってて、事情聴取したいから引き渡せ、とか」

 うわっ、何それ。めんどくさっ。

 だから政治って嫌いなのよね、と……どうやら本当に何かしらの思い出をまぶたの裏に映しているらしい義姉さんは、おかわりの酒をまたしてもぐびっと飲み干す。
 軍人時代に何かあったのかな、政治がらみでうんざりするような何かが。

 性格からして細かいこと嫌いそうな義姉さんだし、さぞ嫌だったろうな、そういうの。

「そういやスウラさん、さっき話に出てきた……彼らが逃げ出す時に持ち出したっていう、チラノースの内部情報って見つかったの?」

「いや、それが……」

 と、スウラさんが言いかけたその時、

 
「す……スウラ大尉! た、大変です! チラ……」

 
 ――ドゴォォォオオン!!!

 
 1人の兵士が食堂に飛び込んできたと思ったら、次の瞬間凄まじい轟音が響き渡り……基地全体が揺れたように感じた。

 ……え、何?

 
 ☆☆☆

 
 とりあえず緊急事態なのは確かなようなので、移動しながら兵士さん(今飛び込んできた人)の説明を聞くことに。

 それによると、つい今しがた、唐突に『チラノース』の調査団の人達が、しかも何十人もの武装した兵士と、初日の威力交渉の時につれていたAAAランクの2人を伴って拠点に訪ねてきたのだという。

 それだけでも十分驚きなのに、それに加えて例の小太りの『チラノース』代表の人が、またとんでもないことをこっちに要求してきた。

 
『先立ってこちらの調査基地に、我々の国の軍に所属している兵士が捕われたと聞きました。ですが調べた所、彼らはわが国の軍の部隊の中でも機密情報を多く取り扱う部門に所属していた者たち……わが国の機密情報の漏洩につながる危険があるため、外交官として直ちに彼らの身柄、ならびに押収品全ての引渡しを要請いたします』

 
 と、開き直ったかのように偉そうに上から目線でそう言ってきた。

 無論そんなことを認められるはずもなく、その上で『今こちらの責任者を呼ぶ』と言って、門番をしていた兵士がスウラさん達上官に取り次ごうとしたところ……

 
『そうですか、ではやむを得ませんな……我々はわが国の機密情報の漏洩防止および不当に拘束された捕虜の奪還のため、武力をもって対応させていただきます』

 
 言うなり、部下の兵士達に命じて……なんと強引に扉を破って基地内に突入しようとしてきたというのである。

 慌てて兵士達は、内部に設置されていた扉を閉めて防衛に徹する構えを取ったけど……さっきの轟音からして、その扉も破られてしまった可能性が高い……と、兵士の報告。

 つまりまとめると、今この基地は、情報漏えいの防止――どんだけ後ろ暗い秘密を持ち出されたんだか――と、『シンデレラ』関連の証拠隠滅を目的とした『チラノース』の連中によって襲撃を受けてるわけね……。

 ……いや、いきなり何だその状況っ!?

「くっ、まさかこれほど強引な手に出るとは……さすがに予想外だ。保管庫と捕虜収容スペースを守らねば……」

 と、無理もないけど焦った様子のスウラさん。

 保管庫には、今回の調査で手に入れたサンプルや調査データ、それに連中から応酬した証拠品なんかがしまってある。

 そして、捕虜収容スペースには言わずもがな……彼らの身柄がある。
 彼らを見つけたら、チラノースの連中、奪還するのか……それとも『口封じ』するのか。

「もし後者だとしたら、その罪も必然的に我々に擦り付けられるのだろうな……そしてそれを大義名分にして今後の外交交渉を、という腹積もりか」

「もちろん、生き証人となる我々のことも始末した上で、でしょうね。やむを得ず反撃したなどと言い訳するつもりでしょうが……くっ、どこまでも腐っている!」

 スウラさんに続き、ギーナちゃんも苛立ちを隠そうともせうにそう吐き捨てる。
 おおむね当たってると見ていいだろうな、今の2人の予想。

 事態を把握した直後、エルクに頼んで『サテライト』を展開した結果……予想通り、防衛用の中扉が破られて、基地内にチラノースの兵士が侵入してきていた。

 まだ問題の2つのエリアには到達してないけど、時間の問題だろう。

 と、なれば……こちらとしても、とる対応は1つしかない。

 
「ちょーどいい……いい加減体がなまってたとこだ。皆、久々に暴れるよ」

「「「了解」」」

 
 陰湿な上に面倒くさい国ぐるみの陰謀はもうたくさん。こういうわかりやすい展開の方が、物騒でも僕らには合ってると言っていい。

 目には目を、歯には歯を。
 武力行使には武力行使を、口封じには口封じを。遠慮なくやらせてもらおう。

 師匠の所で腕を磨き上げた『新生・邪香猫』……その『否常識』加減、とくとご覧あれ。

 
 
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