72/197
第135話 襲撃と『シンデレラ』
あれから数日は、何事もなく過ぎた。
一応みんなには、これこれこういうことがあってこんな話を聴いた、って報告はしておいたけど……その時セイランさんは特に何も仕掛けてこなかったし、その後も別に追加的な接触をしてくる様子もなかったので、そこまで深く気にはしなかった。
……それよりも気になることがいくつか、数日の調査の中でさらに出てきたから……って理由もあるけど。
あの日以降、連日……いくつも見つかるようになったのだ。
調査2日目に各所で見つかったような、妙な痕跡が。
食べ物のゴミを埋めて処分したような跡、使用感はあるが相当古いロープ、さらには、最近まで誰かが住んでいたと思しき洞穴……etc。
中でも気になったのは、セイランさんに聞かされたのがちょっと気になって、次の日ギーナちゃんと一緒に見に行ってみた、その『焼き払われた』場所。
ローテーションで、ちょうど僕ら休みの日で退屈だったしね。
で、セイランさんが言ってたとおり川ぞいに上流に行ってみると、確かにそういう感じの場所があった。
つい最近、この部分を燃やしたような感じ……それでいて、延焼しないようにきっちりあるラインを境に消し止められてる。
その形たるや、きれいに長方形。ホントに畑か何かみたいだ……これを人為的なものじゃないと考えられるやつがいたら、そいつは眼科か脳外科を受診すべきだろう。
その時のことを思い出しながら、シェーン特製の海鮮スペシャルシチューをパンにつけて食べる。うん、美味。暇つぶしに素潜りで鯨狩ってきた甲斐があった。
持って帰った時、『邪香猫』メンバー他、僕を知る人以外には超驚かれたけど。
魔力持ちの魔物だから、アルバにとってもご馳走だしね。おまけで獲ってきたイソギンチャクみたいな魔物(こいつも魔力持ち)を付け合せに、満足そうにつっついてる。
そんな食卓を、仲のいいメンバー……『邪香猫』6人に加え、スウラさんとギーナちゃん、セレナ義姉さん、そしてシフトが偶然休憩に入ったシェーンと一緒に囲んでいる。
「にしても……やはり少々気になるな。こうも連日のように手がかりが見つかると……」
「例の、この島に何者かが潜んでいる可能性、ですか?」
と、スウラさんとギーナちゃん。
さっきまでの談笑が、話題が1つ終わって途切れたタイミングで、ふと思い出したようにそう口にした。
その新たな話題に、食事の手をある者は止め、ある者は食べながら(僕こっち)耳を傾ける。
「島を調べれば調べるほど……というよりも、調べなくとも散策しているだけで色々な痕跡が見つかるからな。わかりにくいものもわかりやすいものも混ざっているが……ここまでそろうと、いよいよ懸念が現実を帯びてくる」
「やはり……何かがいるのでしょうか、この島に」
「わからん。その『何か』を直接見たという報告は今のところないからな……よほど上手く隠れているのか……まあ、こちらが本格的に探そうとしていないということもあるが」
「あくまで僕らの主目的は、この島そのものの『調査』ですもんね」
言いながら、配膳係の人を呼び止めてシチューのおかわりを要求。あ、どうせまたおかわりするからもっと大きい皿で持ってきて。
「わざわざ気にすることじゃないかもしれないけど……さすがに気味悪いわよね。もしホントにいるとしたら……何者かしら?」
「こないだスウラさんが当たりつけてたよね? 仙人か犯罪者だって」
「いや、仙人とまでは言っていないが……」
あ、世捨て人だっけ? でもどっちも似たようなもんじゃない?
「どちらにしろ得体が知れないという意味では同じですねー……でも、別に今のところ実害も特に出ていませんし、気にしなくていいのでは?」
「そうですね。気になるのはわかりますが、まさかそっちに人員を割いて調べてみるわけにも行きませんし……まあ、シフトで休みの日にやるなら別ですけど」
と、ミュウとナナ。まあ、それもそうかもしんないけど……
「……逆に考えれば、実害が出てからじゃ遅い……っていう見方もできるけどね。隠れてるのが犯罪者とかだったら、特に」
とまあ、ザリーのこの意見も一理あるわけなんだよね。
やっぱりというか、全く気にせずにいるってわけにはいかない……かな? 警戒くらいは一応しておいた方がいいかも。
今んとこ何も起こってないとはいえ、こうまでたくさん痕跡が見つかるとなれば、何かいるのはほぼ確定なんだろうし……
そしてそいつらは、隠れてて出てこない。ってことは、少なくとも僕らと交流を持ち、友好的に接しようとするような集団じゃあないだろうと予想もつくわけで……
まあそれでも、無視するなら無視するで構わないんだけどね……最後までそのまま、何もしないでくれれば。こっちに危害とか加えることなく、ずっと隠れ続けててくれれば。
頼むからホント、面倒ごとだけは起こらないで、無事に終わってほしいけど……。
調査日程残り半分ちょっと。さあ果たしてどうなるやら。
☆☆☆
「……くそ、もう食料もそろそろやばいぞ」
「食料はまだいいだろう。食えそうな魚や鳥でも見繕えばどうにでもなる。それより問題は……」
「ああ……連中、どんどん奥の方にまで入ってきやがる。しかも、いくつも痕跡まで見つかっちまってるし……」
ミナト達が開戦シチューに舌鼓を打っているのと時を同じくして……ここはまた別の場所。
ジャスニアやチラノースの調査団とも違う、この島に潜んでいる『何者か』のアジトだ。
そこは、狭い洞窟の中だった。
入り口の付近には草木が生い茂り、日の光が入ってくるのを妨げている。さらには時間帯も手伝って薄暗く……自然光だけでは互いの顔も見えない状態。
そんな洞窟で、魔法によって火をともすカンテラで明かりを確保し……十数人の男たちが、狭苦しいのを我慢して息を潜めていた。
数日前、3カ国の調査団が来たあの日よりも、数週間前、火山活動がやんだ日よりも、はるか前から……故あって彼らはこの『サンセスタ島』で暮らしてきた。
火山活動によって外界と隔絶していたこの島で、長い長い時を過ごしてきた。
しかし、その数百年にわたって続いた火山活動は、ごく最近突然止まり……それを皮切りにこの島には何十人、何百人もの来訪者が訪れ始めた。
この島に人が……否、船がくる。それ自体は、彼らも望んでいたことだった。
しかし、だからと言って見つかるわけにはいかない身の上を、彼らは持っていた。
慌てて彼らは島の奥へ奥へと、長くこの島で、危険と隣り合わせながらも上手く暮らしてきたがゆえに知っている、外部から見つかりにくい場所に拠点を移し……自分達の存在を示しそうなものを、可能な限り処分した。
自分たちが『何者であるか』。
そして自分達がここで『何をしていたか』。
絶対に暴かれてはいけない2つの問いの答えを……隠すために。
しかし、その努力もむなしく……来訪者達は、彼らをあざ笑うかのように、しかも時に意図すらすることなく『痕跡』を目にし、疑念を深めていく……。
加えて、調査が進むにつれ、どんどん島の奥へ奥へ……すなわち、彼らが隠れている領域へと進んでいく行動範囲。
いくら痕跡を極力残さずに、隠れて生活しているといっても限度がある。動けば草を踏んで跡が残るし、野生の魔物を狩って食べても、骨など食べ残しは出る。それを処分しなければならない。
おまけに、彼らはその『目的』ゆえ、持ち歩かなければならない『荷物』もかなり多く……純粋な手間や時間はもちろん、動くに際して目立ってしまう可能性を考えれば、引越しなどを簡単に出来る状態ではない……それも、彼らの焦りに拍車をかけた。
「まずいぞ……これ以上奥に入ってこられると、さすがに痕跡を隠しきれない。見つかるのはもう、時間の問題だ」
「ああ……それに、ネスティアやジャスニアはともかく、チラノースは完全に俺達を探すつもりで探索を進めてやがるからな……どうする? もう時間は無いぞ?」
焦りと苛立ち。両方の感情がこめられた声で、洞窟の男たちは話し合う。
務めて冷静になろうとはしつつも、本当ならこのような話し合いに費やす時間すら惜しい、とでもいわんばかりの態度のものがほとんどだった。
それが、隠蔽工作を始めたいからか、はたまた、彼らの『目的』を達成するために時間を使いたいからなのかは……わからないが。
「……隠れ続けるのが不可能な以上、選択肢はほぼ2つに限られるな。1つ目は……どれかの国に保護を求めるか」
「却下だな。そりゃ保護じゃなくて逮捕の間違いだ。俺達がやっていたことを知って、迎え入れてくれる国なんてねえし……あったとしても、まともな国じゃねえ」
「だな。しかしそうなると自然、もう1つの選択肢だが……」
男たちの1人がそう口にした瞬間……一段上の緊張感がその場を席巻した。
ある者は呼吸がやや荒くなり、またある者はごくりと喉を鳴らし、またある者は一筋の汗が頬を伝って流れ落ちた。
そんな空気の中で、皆の緊張を察して一度は口を閉じた男が、再び……
「この島を出て、別な場所へ逃げるしかない。それも、きちんとした移動手段を確保した上でだ。俺達の荷物を考えれば、な。そして、そのためには……」
そして、付け足す形で……はっきりと言い切った。
「……いずれかの調査団の船を奪って逃げるしか、ない」
☆☆☆
その日もまた、いつもと同じように過ぎていくのだろうと、誰もが思っていた。
朝目覚めた冒険者たちや調査員たちがが、食事を取って身支度をして、準備のできた者からその日の調査予定のルートを確認し、拠点を出発していく。
それを、今日拠点内での事務や雑務担当のメンバーや、今日護衛当番でない冒険者たちが見送り……そこからは穏やかな時間に。
すでに得られたサンプルなどの現地での分析や、様々な薬品を使った簡単な実験……主に国の技術者達によって行われるそういった実験や調査、分析作業はあるが、その他は事実上の休暇のような時間を過ごす。
岩礁のせいで実質的に陸続きとはいえ、『本島の陸地』としてではなく『海の上の島』という表現が使えるくらいには『離島』であるこの島に、ネスティアの調査団の拠点はある。
そのおかげで、島の魔物たちはほとんどここにやってくることは無い上、海岸からの距離もあるため、海の魔物に襲われることもほぼない。
なので、見張り役の兵士達も割とやることがなく、周囲の警戒こそ行っていれど、この拠点を守るために外敵と戦うなどということはほとんど……というか、数日前に調査が始まってから今まで、片手の指で足りる回数しかなかった。
しかも、その時には暇をもてあました冒険者達(非番)が自発的に手伝ってくれるため、特に苦労らしい苦労もなく事態は解決してしまったのだ。
そんな日々にだんだんと慣れ始めている見張りたちが守る基地のある小島に……しかし今日は、想定外の来訪者たちが上陸してきていた。
海岸の岩場……見張りたちから死角になる位置を通って、見つからないように彼らは動いている。
それぞれ、剣や手斧、ナイフなどで武装した上で、だ。
それは紛れもなく、一昨日の晩、洞窟の中で『島から出るために船を奪う』という計画について話し合っていた、あの男たちだった。
今正に、夜を徹して話し合って組み立てたあの計画を実行に移そうとしているのだ。
彼らはこの小島に、昨晩、闇にまぎれて上陸し……今まで岩場の影で息を潜めていた。
夜のうちにやってきたのは、もちろん発見されるリスクを少なくするため。
そして今まで隠れていたのは……冒険者たちが調査に出ることで、必然的に拠点や船の守りが手薄になるのを待っていたためだ。
男たちの人数は全部で11人。
全員が戦闘の心得があるとはいえ、決して多いとはいえない人数だ。
それに対して、各国の調査団には正規軍や護衛冒険者が一緒にいる。それも、何十人も。
加えて、調査員などの非戦闘要員も、戦えないとはいえムダに多い。
人質などにするならともかく、手近にある武器や侵入者用の設備を手に抵抗されれば、それなりに厄介だし、先に述べた軍や冒険者に人質が効くとも限らない。
かといって、それらと全く戦うことなく船を奪うことなど不可能であるというもの事実……となれば、彼らの行動の選択肢は自然と『奇襲』に絞られた。
慎重にタイミングを見極め……拠点や船の近くにいる人員が、ひいては戦闘要員が最も少なくなる、船を強奪できる可能性が一番高くなるその時を見計らって、一気に攻める。
そして、邪魔者は殺すなり船から落とすなりして、無効が事態を把握しきるよりも目的を完遂……船を動かして外海へ逃げる。これが、彼らの計画だった。
そして、そのターゲットに、他の二国ではなく『ネスティア』の調査団を選んだことにも、きちんと理由があった。
襲う対象としては、まず最初に『チラノース』は論外だった。
彼らはある事情――彼らの身元、目的、その他にかかるものだ――により、自分たちがかの国によってすでに存在を認識されていると確信していた。
そしてチラノースはおそらく、この島の調査と並行して、自分達を探しているだろうと、むしろ自分達を探すことこそが本命の目的ではないかと思っていた。
その可能性が高い以上、チラノースの調査団は相応の戦力をきちんとつれてきているはずであるし、襲撃も予想されている可能性が高い。
船を襲っても、そこに強大な戦力が配置されていて返り討ちにされるかもしれない。
ゆえに、彼らの攻撃目標からは除外され……残るは『ネスティア』と『ジャスニア』。
そしてこの2つから、彼らは『ネスティア』を選んだ。
理由はいくつかあるが……一番はネスティアが他の二国とは違い、『拠点』を持っていたからだ。
チラノースとジャスニアの調査団は、乗ってきた軍艦に寝泊りし、そこを拠点としていた。採取したサンプルなどもそこに運び込んでおり、『拠点=船』である。
それに対してネスティアの場合は、『船』と『拠点』が別々であり……寝泊りもサンプルの保管も、主に陸地に作った『拠点』の方にて行っている。
そしてその両方に警備を置いている。
必然的に、2つに分けなければいけない分、1つ1つの守りは手薄になってしまう上、寝泊りする場はあくまで『拠点』の方なのだから、おそらく船にいるのは警備のための兵士だけだろうと、男たちは予想した。
他の2国よりも船の警備が手薄であり、容易く奪えるだろう……そう考え、最終的にネスティアの船を奪うことに決めたのだ。
狭苦しくとも、ある程度暖かく安全だった洞窟を出て、昨晩は暗闇の中、夜の寒さに耐えながら決行のときを待っていた彼らは、岩の間を素早く駆け抜けていく。
そして、予想通り少数の護衛が配備されているのみであるネスティアの軍艦を視界に捕えた……次の瞬間、
――ぴぃーっ!
「「「!?」」」
そんな甲高くかわいらしい、しかし不吉な謎の鳴き声を聞いた次の瞬間、
ほんの一瞬、脳の奥が途轍もなく重い感覚を味わった彼らは……しかし何か反応できたわけでもなく、たちまちその意識を闇に沈め、全員そろってその場に倒れ伏した。
……不運と言う他は無い。
彼らが襲撃を決行したその日は……『ネスティア』の調査団が雇った冒険者達のうち、最も敵に回してはいけない者たちが『非番』で拠点に残って休んでいる日だったのだ。
まあもっとも……彼らを排除したのは、そのチームの人員ではなく、マスコットとでも呼ぶべき1羽の鳥だったのだが。
☆☆☆
――さて、
シフトで回ってきたお休みの日、朝ごはんを食べた後にエルクの膝枕でだらけていると、エルクの肩の上に乗っていたアルバが何かに気付いたような仕草を見せて。
その後、急に外に飛んでいったから何事かと思ったら……何だか岩場の影に、こないだ教えたばかり、というか『作った』ばかりの否常識魔法『ダークスリーパー』を放射していたので、一体何だと思ってスウラさんに許可とって兵士さん何人か借りて確認に行ったら……そこで不審者が一網打尽にされていました、という話。
なるほど、こいつらに気付いて、か。
さすがアルバ、相変わらずデタラメな策敵能力である。
ただ眠らせる魔法じゃなく、相手の脳に『闇』のエネルギー波で干渉してドでかい負荷をかけて精神を無防備にすることで術をより強力にした、『睡眠』状態というよりは『昏睡』状態に叩き落す併用型戦闘補助魔法……それが『ダークスリーパー』である。
強力な代わりに、目覚めた後しばらく二日酔いみたいに頭痛とかに悩まされるっていう副作用があるんだけど……ま、いっか。敵だし(多分。船襲おうとしてたっぽいし)。
とりあえず、頑丈な縄を用意してもらって縛り上げたそいつらは、身柄は兵士さん達に任せた。軍艦だけあって簡易的な牢獄もあるので、そこに入れておくそうだ。
目覚めたら、担当の人が尋問してそいつらから話を聞く予定だってさ。何者かとか、目的は何なのかとか。
……が、
それを待たずして……僕らは知ることになった。
昼前ごろ、神妙な顔で休憩室をたずねて来た、スウラさんとギーナちゃん――彼らから没収した所持品や装備品の検分を行っていたらしい――によって。
検分の結果判明した、彼らの正体や目的、
そして、それらにかかる特大の『厄介事』の存在を……。
部屋に集まっている(というか最初から皆部屋でくつろいでたから当然何だけども)、僕ら『邪香猫』メンバー全員の目の前で、スウラさんとギーナちゃんは机の上に、さっき捕縛した不審者連中の所持品のうちのいくつかを並べた。
500mlペットボトル大の水筒や、若干さびているが鋭く砥がれたサバイバルナイフ、携行に適した細いロープに、応急処置用の様々な薬が一式入った携帯用薬箱。
見たところ、何の変哲もないサバイバル用品であり、冒険者とか軍人なら普通に自前で持っている、もしくは部隊で支給されているありふれた品々。
それなりに大きな町や村なら、割とどこででも買い揃えられるものばかりだ。
これら全てに……『チラノース』の紋章が刻まれている、という点を除けば、だが。
水筒やナイフ、薬箱はもちろん……ロープにすら、端っこの部分に編みこまれる形でちっちゃく描かれていた。三日月と百合の花が。
……どゆこと、これ?
「チラノースの土産物屋さんで作ってる品々……ってわけじゃないよね?」
「いやあ、あの自己主張というか、自尊心が強いお国柄なら、やっても不思議じゃない感じはあるけど……」
そんな風に軽口交じりで、若干呆れつつ僕らが話していると、
「……なるほどねー……私には読めてきたわよ? あの連中の正体って奴がね」
僕の後ろから覗き込むように見ていたセレナ義姉さんが、唐突にそう言った。
その顔からは、いつもの軽い感じの笑みはなりを潜め……おそらく、昔軍人だった時代によく部下の前で見せていたんであろう、真剣な表情になっている。
義姉さんはおもむろに、卓上に置いてある水筒の1つを手に取ると、
「……昔、軍の極秘任務であの国の連中と小競り合いしたことがあるんだけど、その時に見たものと似てるわ。おそらくコレ、チラノースの正規軍の隊員に配布される装備ね」
「チラノース軍の装備?」
「多分ね。微妙に私が知ってる奴とデザインや材質が違うようだけど……まあ、私が知ってるのは何十年も前の連中の装備だし、そりゃデザインの1つや2つ変わるでしょ」
元とはいえ、プロの軍人だった経歴を持つ義姉さんが言い切るなら、おそらくその予想は正しいんだろう。
それを、あの不審者たちが持ってたっていうことは……
「あの人達、チラノースの軍人ってこと?」
「多分、ね。服装はそれっぽくなかったけど」
「軍服じゃなくて作業着でしたもんね。それに、何かやたらボロボロじゃありませんでした? あの人達の服」
と、思い出したようにミュウが言う。それに続く形でギーナちゃんも、
「確かにそうでしたね。連行していたときにその姿をよく見たからわかるんですが、服やその他の装備ももかなりボロボロで……まるで、同じものを代えずに、手入れもせずに数年も続けて使っていたかのような状態でした。少々気になりましたね……」
「レンジャー任務にでもついていたということか? しかし、奴らをチラノースの工作員か何かだと仮定すると……奴らがこの島に来たのは我々とおなし3日前だ。たったそれだけの期間でここまで装備が損耗するというのは、いくらなんでも考えにくいが……」
整理すれば整理するほどわけがわからなくなっていくこの状況に、みんな頭の上に『?』を浮かべていたけど……それを聞いていた義姉さんはというと、対照的に、何かを納得したような顔になっていった。
それと並行して、『まさか……』なんて呟いたり、眉間にしわがよったり、あんまりいい予感がしない想像を頭の中に描いているとわかる感じにもなってたけど。
「? 隊ちょ……失礼しました、セレナさん、また何かわかったんですか?」
と、ナナ。
昔の癖で、たまに義姉さんを『隊長』と呼んでしまいそうになる彼女もまた、義姉さんの表情の変化に気付いていたようだ。
義姉さんはそれには応えず、並べられた所持品を見渡すと……その中の1つ、携帯電話くらいの大きさの小箱を手にとって、スウラさんにたずねた。
「……この箱、中身は調べた?」
「いえそれが、鍵がかかっているのか、変形しているのか……開けることが出来ませんでしたので、中身は……」
「あらそう……ねえ、誰か針金か何か持ってない?」
「あ、それなら僕が。ちょっと貸してもらえます?」
と、ザリーが義姉さんから小箱を受け取りながら、腰のポーチから何やら多用途ドライバーみたいなものを取り出し……それを、小箱の鍵穴に突っ込んでカチャカチャと。
いじること十数秒……ガチャリ、といかにもな音が。
「おお、さすが情報屋」
「何が『さすが』なのかはわかんないけどありがとう。はいコレ」
言いつつザリーは箱の蓋を空け、全員に見える位置に置いた。
それを覗き込むと……その中には、白っぽい色をした、半透明の石みたいなものが入っていた。
大きさは、親指の先くらい。指2本でつまめるサイズ。
その欠片らしきものもいくつか一緒に入ってたけど……何だろうコレ?
昔、地学の授業で標本を見たことがある、石英とかに似てるようだけど……
すると、ほぼ全員が『何だコレ?』な反応の中、唯一その正体に気付いたのは……これも年の功なのか、またしても義姉さんだった。
気付いた、というか……『予想が当たった』みたいな顔だけど。
「……義姉さん、コレ何だかわかる?」
「わかるわよー? というか、ナナやスウラちゃんやギーナちゃん、それにザリー君も知ってると思うわ。職業柄、ほぼ確実に」
「そ、そうなんですか? で、ですがその、不勉強で申し訳ありません……一応よく見たのですが、私には何だか皆目検討も……」
しかし、びっくりした後に申し訳無さそうにするギーナちゃん。どうやら知らないようだ。
今一緒に名前が出た他の3人も、似たような反応を返している。
すると姉さんは、ああ、と何かに気付いたように、
「ま、ある意味無理もないわね……あなたたちが知ってるのは多分、コレを更に加工した後の状態……粉末だから」
「粉末、ですか?」
「ええ。コレ……『シンデレラ』よ」
「「「!?」」」
今度は、困惑の代わりに驚愕が走った。
しかも、さっきの4人だけじゃなく……エルクやシェリーまでもだ。どうやら、彼女達もその『シンデレラ』なるものについて知ってたらしい。
全員目を丸くして、驚きに表情筋を引きつらせて……エルクやナナなんかは口に手を当てて驚いている。
その反応を見て、義姉さんは『あら、何だあなた達も知ってたのね』と感心していた。
そして、それを知らなかったために『?』な反応のままである僕とミュウなんだけども、それに気付いたらしいナナが、簡単に説明してくれた。
『シンデレラ』
これはただの通称というか俗称で、正式名称はもうちょっと長い上に複雑らしいんだけど、普通にこうよばれているらしいので僕もこっちを使うことにする。
そして、コレが一体何なのかって話なんだけど、一言でズバリ言えば……『覚せい剤』だ。
発見、開発されてた当初は、戦場で兵士の恐怖感や倦怠感を取り去ったり、精神を高揚させて士気を上げたりする目的で、主に軍とかで使われていた。
そのうち民間にも広まり、半ば合法ドラッグみたいな感じで一部で話題になり始めたんだけど……程なくして、分類的には麻薬であることが発覚、依存性など危険性が指摘されはじめ、表社会からはキレイに駆逐されてなくなった。
だがしかし、地球でもそうだったけれども、ドラッグなんてのは表で出回らなくとも裏でいくらでも出回るもんである。
善良な人間や警察権力からは目の仇にされる『違法薬物』となりつつも、密造、密輸という形で、『シンデレラ』は今の時代に至るまで作られ、流通し続けた。
その違法な人気の息の長さの理由の1つが、純度の高いものを摂取すると、一時的に精神力そのものをブーストさせるような効果があり……その状態で魔法なんかを使うと、通常よりいくらか強力な魔法を発動させられる、というものがある。
精神を高揚させる作用の強化版みたいなもんだと考えられてるけど、当然その作用は一時的なもの。
薬が切れれば失われる上、反動も大きく心身ともに大きな負荷がかかる。しかも、薬の純度が高ければ高いほど、それの進行が早く、大きくなっていくと来ている。
文面にするとこんなにわかりやすい危険度なのに、こういうヤバイ薬に手を出す輩は、悲しいことにこの世界にも決して少なくない数いる。
使い続ければ心も体もボロボロになるって知っていながらそれを使い、一時的な快楽の代償としてその身を破滅させる人が。
そして、そんな人達に『シンデレラ』を売りさばく者、売るためのそれを作る者もまた当然いるわけだけど……ここらへんでナナさんの説明が中断して、セレナ義姉さんが説明役に切り替わった。
それによると、姉さんが軍を引退するその間際の時期……こんな噂があったらしい。
当事、経済成長を果たして調子に乗っていた『チラノース』……その一部勢力が、更なる利益を出すために、何やら裏で黒い商売を始めたらしい、と。
そしてその数年後、チラノースの経済が停滞し始めたと思ったら、今度はその状態を何とかするために、黒い商売に一層力を入れ始めたらしい、と。
……なんだその凄まじい噂。
まさかその国……国軍を裏で動かして専門機関作って、違法薬物作って売って利益を上げてたわけ……?
「そういうことね。まあもっとも、国を挙げてのプロジェクトだったのか、一部のお偉いさんの暴走なのかはわかんないけど。そして多分、こいつらがその『裏の専門機関』なんだろうけど、何だってこんな島にいるのかまでは……私にもわかんないわね」
「……予想はつくけどね。ここまで来ると」
「どんな?」
「そりゃまあ……存在が邪魔になって部隊ごと消されそうになって逃げてきたとか、作ってるうちに自分達でそのうまみを独占したくなって逃げ出したとか……」
「ありがちですが、可能性は高いですね……もしかしたら、その両方かも知れません」
まとめるとつまり、こういうことか……?
この人達の正体は……チラノース帝国の暗部の人間。
政府もしくはお偉いさんの指示を受けて、闇の収入源として『シンデレラ』を密造し、ブラックマーケットで売りさばくための組織の構成員達。
しかし、何らかの理由で離反し逃げ出した、言わば脱走兵。
何の目的でかはわからないけど、この島に潜伏していた。
そして、これまた何でかはわかんないけど……この島に来ても、あいかわらず『シンデレラ』を作り続けていた、と。
「何にせよ……こいつらがチラノース軍の脱走兵だとしたら、色々と面倒ね。外交的にも、状況的にも。ひょっとしたら、今回のチラノースの連中の目的、こいつらの探索と捕獲……もしくは抹殺とかあったりするかも知れないわね……」
「……連中が過剰なまでに戦力を充実させている理由になりますね……」
……なんか、色んな悪い予想がどんどん出てくるんだけど……
正当防衛(?)といっても、捕らえたのは他国の兵士……国際法とか捕虜引渡し条約とか、想像しただけでめちゃくちゃ面倒くさそうなんだけど……
……まさかとは思うけど、これ以上ひどいことにならないよね?
具体的には、そのー……今来てるチラノースの連中とひと悶着あるような……
連中が連れてきた戦力が、こっちに向くような……口封じ、とかいうフレーズが浮かぶような事態になるような……
……なんか、今ので露骨にフラグが立ったような……あー、気が滅入る。考えるのもうこれでやめやめ!
……でももう1つだけ。
「あのさ、義姉さん」
「ん、何?」
「あいつらだけどさ……仮にチラノースの脱走兵だと仮定して、脱走したのいつごろなのかな?」
「? そうね……装備の状態や規格の新しさからすると、最近じゃない? 多分数ヶ月か、長くても数年以内だと思うけど……なんで?」
「ほら、こないだ僕が拾ったミールケースあるでしょ? あれもひょっとして、この人達が落とした奴かと思ったんだけど……数ヶ月や数年じゃ違うかな?」
「あー、違うわねそりゃ多分。昨日も言ったけど、あのミールケースが作られて使われてたのは20年以上前だし。連行した奴ら割と若かったし、仮にもこの島危険区域なんだから、そんなに長い間この島でサバイバルして生き延びてるのはさすがに無理でしょ」
「……だよね……」
……じゃ、何だったんだろう、アレは……?
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。