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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第9章 絶海の火山島

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第134話 謎多し、サンセスタ島

 

 探索2日目。
 今日も、未開の危険区域の探索任務は順調だ。

 降り積もった火山灰のおかげで、目に映るほとんどの地面が灰色とか黒色になってるけど……その火山灰や、そんな環境下でもたくましく育っている植物なんかのサンプルを採取し、調査チームの人達はせっせと忙しそう。

 この島の固有種らしき植物なんかが多いせいで、ひっきりなしに動いてるし。興味深い研究対象だってことだから、一応『嬉しい悲鳴』なんだろうけどね。

 そこ行くと、ただ周囲に気を配って、襲ってくる魔物を撃退するだけがお仕事の僕ら冒険者は楽でいいな……。

 まあこの仕事も、本来は未知の魔物たちとの戦闘すら覚悟しないといけない、かなり大変な仕事のはずなんだけど……今移動用に呼び出してる召喚獣オーグルライアを怖がってるのか、ほとんど魔物が襲ってこない。てか、出てこようともしない。

 野生の獣は、子育ての時期なんかの例外を除いて、自分より強い獣を襲うことは無い、って前に聞いたことあるけど……多分まさにそれが、今のこの状況だと思う。

 さっきから、魔物の気配『だけ』はするから。
 どれも、こっちの様子を少しうかがって、そのままどっか行っちゃうけど。

 ま……楽なのはいいことだよね。うん。

 午前中はずっとこんな感じで、ピクニック気分で楽しんでられたのはよかったんだけど……さすがに2日目ともなると、早くも僕の中には『飽き』が生まれ始めていた。

 見渡す限り黒灰色の世界。はっきり言って……地味。ビジュアルに華がない。

 加えて、さっき言ったとおりの理由で、魔物が頻繁に襲ってくるわけでもなければ……そのへんに面白い素材とかが転がってるわけでもないから、刺激が少ない。

 いやまあ……ここ最近の生活が楽しすぎたせいで余計にそう感じる部分もあるかもしれないけど、ね。

 何せ、1ヶ月ちょっと前まで、師匠クローナさんのとこで修業つけてもらいながら、ミシェル兄さんも交えて3人で色々と常識ぶっちぎった研究を続けたり、そこで生み出された新理論を実践したりしてたわけだし。

 具体的には……新しい魔法を作ったり、現在の市販品を軽く上回る性能の新魔法薬を作ったり、これまでこの世に存在しなかった新物質を作り出したり、それ使って武器や道具を作ったり、特殊な生態の魔物の完全養殖を成功させたり、『死霊術ネクロマンシー』を応用して死体や白骨をアンデッド化させる薬を作り出したり、魔力を携行可能な形で保存して必要な時に取り出して使える『魔力電池』を作ったり、品種改良を重ねて全く新しい魔法植物を作ったり、適当に遺伝子とか細胞とか色々弄くって混ぜ合わせて『合成獣キメラ』を作ったり……本当に楽しかったなあ。

 今更だけど、そんな感じの日々を刺激的で楽しく感じていた僕としては……こんな感じで変化も刺激もない日常は、休憩にはよくても『楽しむ』には向かない……ちょっと気づくのが遅かったかも。

 仕事とかで忙しくて疲れる日常を送ってると、いつまでも休憩してたいとか思っちゃうけど……いざいつまでも何もしなくていいようなことになると、逆に退屈に感じて、仕事したくなったり体を動かしたくなったりするのと同じかな。

「せめて、自分で色々調べたり実験したりするようなツアーならもうちょっと違ったのかもしれないけど……こういうクエストが微妙に人気ない理由がわかったかも」

「うーん……よかれと思って進めたんだけど、失敗だったかな? ごめんね」

 と、この依頼に参加する話を持ってきてくれたザリーが、少しばつが悪そうに言う。

 いや、別にいいんだけどね。ぜんぜん楽しくないわけじゃないし。
 ただ、思ったよりはっきり分業(調査するのは調査隊の人達、魔物の相手は僕ら冒険者)がされてて、僕は僕で色々やるつもりだったから肩透かし食らってるだけで……。

 それに、この依頼に参加したおかげで再会できた知り合いも何人かいるし。
 いや、まさかスウラさんやギーナちゃんはもちろんのこと、シェーンとも会えるとは思ってなかった。
 料理の腕は相変わらず見事なもんで、文句なしに美味しかった。
 『チャウラ』で作ってもらった料理はどれも海の幸だったから、それ以外の食材を使った料理は新鮮だったけど……さすがシェーン、見事に調理してみせていた。

 ま、そういうわけで……ちょっと期待とは違ったとはいえ、楽しめるところもそれなりにあるわけなので…………ん?

(……? 何だろ、アレ……)

 目の前に広がる灰色の風景。それを何の気なしに眺めていると……ふとその中の一点に、気になるものを見つけた。

 今、僕らが調査のために立ち寄っている場所……その近くに流れている川。
 その川岸、岩の影になっていてちょっと見えづらい位置に、一瞬何かキラリと光るものが見えた。

 ちょっと気になったし、どうせ暇だっだので、降りて見にいってみると……

「……何だコレ? 箱……?」

 
 ☆☆☆

 
「……金属の、箱?」

「……に、見えるよね、やっぱ」

「というより、それ以外に見えませんねー」

 その後、もうお昼だってことで、そのままそこで昼食になった。

 冷めてもおいしいように味付けが工夫されている、シェーン特性の弁当(人数分作ってもらった)を広げてみんなでつつきながら……さっき拾ったものを皆に見せてみたのだ。

 僕が川岸で拾ったのは……今、エルクとミュウちゃんが見たまんま言ったように、何の変哲もない金属の箱だった。

 銀色の直方体で、大きさは……カセットテープくらいだ。小さい。
 しかも、微妙にへこんだりして変形してるし、内外共にさび付いてるし、土とかついて汚れてるし……ぶっちゃけゴミにしか見えない。

 仮に僕が前世で……地球で、どこかの川岸にコレが落ちているのを見たとしても、『やれやれ、環境破壊はこんな身近でも起こっているんだなあ』くらいに考えて放っといただろう。だってゴミだから。

 しかし、そんなゴミを何でわざわざ拾ってきて皆に見せているのかというと……ちょっと気になるものを一緒に見つけたからだ。

 本体と蓋が一体になっている、パカッと開くタイプの箱なんだけど、その蓋に……

「あれ? コレって……『チラノース』の紋章?」

 そう。月(ちなみに三日月)と百合の花……こないだ船の上で見た、『チラノース』の軍艦の帆にも描いてあった紋章。
 なぜかそれが、箱の蓋に刻まれていたのだ。

 コレ見た時は、『チラノースの調査団の落し物とかかな?』と思ったんだけど……多分それは無いな、って次の瞬間思った。

 だってコレ、用途がどんなものであれ……明らかに使える状態じゃない。

 さっきも言ったけど、箱の内外が見事にさび付いてて、ちょっとものを入れておくのをためらってしまうような状態だ。食品はもちろん論外だけど、雑貨とかでも。
 古くなって使えなくなったから捨てられた、っていう感じの見た目である。

 今回の調査ツアーにコレを持ってきたとか、調査の際にコレを使ってた、ってことはまずないだろう。いくらでも性能のいい新品を用意できるはずだ。
 何に使うつもりだとしても、こんな古びたぼろい箱を持ってくるはずがない。

 だから、昨日来たチラノースの連中が持ち込んだもの、っていう可能性はないと思われるけど……じゃあコレなんでこんな所に落ちてたんだろう、って話。

 理由もなくだけど、ちょっと気になって持ってきて、みんなに見せてみたのだ。

「まあ……確かに、明らかに仕えなそうな道具を持ってくるとは考えにくいけど……そこまで気にするようなことでもないんじゃない?」

「うん、そうかもしれないけど……まあ、ちょっと気になっただけで」

「でしたら……ちょっと見てみましょうか?」

 するとナナが『ちょっとすいません』と僕から箱を受け取り、ルーペを使って調べ始めた。いや、そこまでしてもらわなくてもいいんだけど……

「……100年以上噴火が止まなかったとはいえ、その間全く調査に来る人間がいなかったわけではないはずです。数十年前に来たチラノースの人が落としたんじゃないですか?」

 と、ナナが見ている間にミュウが。なるほど、確かにそれはありえるか。

 噴火活動が活発で、火山灰が降り注ぐ中でも島を調べに来た勇気ある人たちがいた……とも考えられる。それが数十年前で、その時この箱を落としたんなら、こんな風にさびた状態で落ちててもおかしくないか。

 じゃあやっぱり、コレ別に何でもないな……と思ったら、箱を見ていたナナがふいに『ん?』と何かに気付いたような顔になった。あれ、どうかしたの?

「……いや、この箱……変わった素材使ってるんだな、と思いまして」

「素材?」

 ただの金属……見た目的にはステンレスか何かみたいに見えるけど、違うんだろうか?

「ええ。これ、合金ですけど……たぶん、『ミスリブル鋼』が使われてます」

「へえ……そりゃまた」

 と、ちょっと驚くザリー。え、何なのその金属? み、みす……えっと……

「『ミスリブル鋼』ですよ、ミナトさん」

「希少金属である『ミスリル』に近い性能の金属を人工的に作り出そうと研究されて生み出された合金でね? 値段は張るけどその分性能もよかったし、コンセプト通りミスリルよりは安価だったから、一昔前かなり重宝されてたらしいんだけど……」

 『けど』? 今は違うのかな?

「うん、ちょっと欠陥……というか、弱点があってね……」

「弱点?」

 聞けば、その『ミスリブル鋼』とは……今から四半世紀ほど前に、チラノースの研究機関によって新しく開発された合金らしい(ネーミングもしかして、『ミスリル』+『able(~のような)』で『ミスリブル』……かな?)。

 ミスリルほどじゃないけど高性能で、ミスリルよりも安価で大量に作れるため、その性能ゆえにどんどん需要が高まり、大量に生産されて広まっていった。

 武器にしてよし、防具にしてよし……さすがに生活雑貨にまで使えるほど安価じゃなかったようだけど。

 しかも、その製法をチラノースが公表しなかったため、ミスリブル鋼の市場はかの国の独占状態だったとか……いやまあ別にいいんだけどね。この世界独禁法とかないし。

 そのチラノースは、いずれは他の国も模倣に成功するだろうと、今のうちに売れるだけ売っておこうとばかりに、生産ラインをフル稼働させて作りまくったんだけど……その最中、ある欠陥が発覚したのである。

 それが……『魔力に触れると劣化が加速する』というもの。

 つまり、例えば『ミスリブル鋼』を使って作った武器や防具で、敵の魔法攻撃を受け止めたり、自分の魔力を纏わせたりした場合……それによってその武器の、というか、ミスリブル鋼そのものの寿命が短くなるというものだ。

 そこまで飛躍的に短くなるわけじゃないから、すぐには気付かれなかった欠点だけど……流通から何年かしてその性質は明らかになった。
 実際に使っている者達の声で、または、模倣しようと研究していた者達の報告で。

 しかもそれ、どうやらミスリブル鋼の『物質としての性質そのもの』の劣化であるらしく、加工しなおしても回復しなかった。
 例えば、剣を一旦溶かして打ちなおしても、性質としては脆くなったままだったのだ。

 それが判明してからは、当然ながら、需要はガクッと減った。

 武器・防具の材料として使われることはなくなり、他の用途……建材や装飾品、素材・薬品の保存容器などに用いるための発注も大幅にその量を減らした。

 そして必然的に、ミスリブル産業にかなりの重きを置いていたチラノースの経済は大打撃を受けて……このことも、チラノースのバブル崩壊の一因だって言われてるらしい。

「そんなわけで……今となってはその『ミスリブル鋼』は、使用用途にもよるけど、ほとんど需要のない金属になってしまっているんです。経済危機を乗り切るため、苦肉の策でチラノースが売りに出したミスリブル鋼の製法すら、買い叩かれた有様ですから」

「そりゃまた、短い栄華だったんだね……けど、そのわけあり金属がこの箱に?」

「ええ、使われてるみたいです。何でかは全くわかりませんけど……」

 言いながら、ナナが僕に箱を返そうとすると……

「どれ、ちょっと見せて」

「「あ」」

 横からにゅっと手が伸びてきて、それを掠め取った。

 そして、今度はその手の主……セレナ義姉さんが、さっきまでのナナみたいにその箱を色んな角度から見始めた。『ふーん』とか呟きながら。

 そのまま数秒ほど眺めて見てから、

「んー……コレ、チラノースの軍のミールケースに似てるわね」

 呟くように、そんなことを言う。

「『ミールケース』? 携帯食料か何か入れとく箱?」

「そそ、そういうの。デザインもそうだけど、エンブレムも入ってるし……多分間違いないんじゃないかしら? ただ、だいぶ古そうだけど」

 どうやら義姉さんは、元軍人な上、ギルドに就職後もたまに兄さん達の手伝いをしてただけあって、こういう方面の知識には明るいようだ。

 過去の記憶から、『一昔前のチラノース軍の携帯食料入れ』に似ている、という答えを引っ張り出して、簡単に説明までしてくれた。

「軍人って、かさばらせずに食料を、戦いを続けるに差し支えない量きちんと携行する必要があるから、主に携帯食料を持つのよ。それは知ってる?」

「うん」

「ならよし。それでさ、今でこそ、お菓子みたいな見た目で味も整ってる奴とか、錠剤タイプで水で飲むだけの簡単な奴とか、色々あるみたいだけど……昔の携帯食料って、見た目も質感も粘土みたいで食欲失せる上に、味もすっっっごくまずかったのよね……」

 それでも、スプーン1~2杯で1日分の必要カロリーを摂取できることから、かなり重宝されてたらしいんだけど……その粘土みたいな携帯食料をつめて戦場に持っていくために使われるのが、『ミールケース』であるらしい。

 お腹がすいたらそれをあけて、中にぎちぎちに詰まっている見た目が粘土の携帯食料をスプーンか何かで食べる……てなことを思い出して嫌な顔をする姉さん。
 ……そんなにまずいのか。逆に興味あるかも。

「やめときなさいミナト、世の中には知らない方が幸せなこともあるのよ。さて、話戻すけど……この箱、そのミールケースに似てんのよ。チラノース軍のそれも、10年以上前のモデルにね。今は使われてない……こともないけど、生産はされてないはずだわ」

「よくわかるね。形」

「形もそうだけど、何より材質よ。『ミスリブル鋼』を使ったミールケースなんて、そのころのチラノースくらいしか作ってなかったし」

「そりゃ、コストかかるどころじゃないですからね。防護用外套や投げナイフなんかの装備にならともかく、ミールケースに高価なミスリブル鋼を使うなんて普通しません。ていうか、それを考えると……コレ本当にミールケースでしょうか?」

「そこは間違いないと思うわよ? あの頃のチラノースは、こういうなんでもない装備にまでミスリブル鋼を使ってたから。多分、ただの見栄で」

 『経済成長で調子に乗ってた頃だったからねー』と若干飽きれる義姉さん。

 なるほどコレ、一昔前のチラノースの軍用装備なのか。今はもう使われてないタイプの……だとすると、余計に今回の調査団が持ってきた可能性はなくなったかな。

「でもその古いミールケースが、何でこんなとこに? やっぱり、昔のチラノースの軍が調査に来たときに落とした奴かな?」

「……いや、違うわね」

 すると、そうはっきり言い切ったかと思うと……義姉さんの顔が、ふいに真面目なものに変わった。眉間にしわもよって……目つきも若干鋭くなったような?

「どしたの義姉さん? 何か気になるところでもあった?」

「あった。ほら、ココ見て」

 言いながら義姉さんが指差したのは、蓋と本体をつないでいる金具の部分。
 そこをカパカパ動かしながら姉さんは、

「何年も前に捨てられてそれっきりだった箱なら……この部分だって、さびつくなり変形するなりして、動かなくなってるはずでしょ? 少なくとも、こんなふうにスムーズに動かせる状態なはずない。その他の部分のさびは、間違いなく経年劣化によるものだし」

「……つまり?」

「最近まで使われてた、ってことよ。この箱」

 ……余計にわからなくなったんだけど……。
 最近は使われてない、っていうか作られてないはずのものが、最近まで使われてたって? しかも、こんな状態で……。

 誰が、どうして、何でこんな所で……? 何か余計に気になることが増えたな。

 何でだろう。ただのゴミなのに……この箱が、何だか酷く不吉なものにみえるような気がする。
 まるで、この箱が……また何かトラブルが起こることを示唆しているような……

 ……考えすぎ、だといいけど。

 
 ☆☆☆

 
「ミナト殿……お休みの所申し訳ありません、少々お時間よろしいでしょうか?」

「少々、面倒なことが起こりそうでな……相談させてはもらえないだろうか?」

「嫌な予感が早くも現実になりそうな件」

「「は?」」

 いや、こっちの話。

 

 その日の夜、夕食後に外で涼んでいると、何やらいつにもまして真面目な表情になったギーナちゃんとスウラさんが来て……今のセリフである。

 どう考えても厄介ごとの気配しかしない……僕の勘もずいぶん当たるようになったもんだな。全然嬉しくないけど。

 しかし、ため息をつこうが状況は何も変わらないので、まずは話を聞いてみるとしよう。

「……実は、この島ですが……どうやら、我々以外にも何者かがいるようなのです」

「? 『チラノース』や『ジャスニア』……って意味じゃないんだよね」

「はい。そのどちらとも違う、得体の知れない連中であると、我々は見ています」

 ギーナちゃんによれば、今日この島を調べて回ったチームのうちのいくつかが、何やら妙な痕跡を見つけたらしいのだ。

 何日も前に使ったようなたき火の痕跡や、さび付いて使えなくなった、しかしそこまで古いものでもなさそうなナイフ、一度地面を掘り返して何かを埋めたような跡や、パッと見は獣道だが、よく見ると明らかに人の手で作られ、踏み固められ……何年も使われてきたと思しき、林の中の道……etc。

 どれもまるで、この島に誰かが……それも、かなり前から隠れ住んでいるかのような痕跡だという。それこそ、数年から十数年単位で。

 しかもそのうちのいくつかには、隠蔽しようとしたかのような措置・細工が施されていたこともあって、余計に怪しいというのだ。

「ふーん……2人の見立ては?」

「恥ずかしながらこれだけでは、何かがいるという事実以上のことは何とも……」

「まあそれでも、このような秘境魔境に居を構えているという時点で、そういう者がどんな素性かは限られるがな……世捨て人か、犯罪者か……そんなところだろう」

 あーなるほど。年がら年中火山灰が降り注いで、時たま噴火すら起こる危険区域に住むとなりゃ、そんなとこでしょーね。

 ……それだと世捨て人もなさそうじゃない? そういう仙人みたいな人って、俗世から離れるのはもちろんだけど……静かに自然の中で暮らしたいから山奥とかにこもるわけであって、こんな危険なとこに住みたいわけじゃないだろーし。
 まあ、修業の意味で過酷な環境にわざと身を置いてるとかはありそうだけどさ。

 けど、それ聞くとやっぱり思い出すのは……。

「ひょっとして……コレ、関係あるかな?」

「? 何ですか、ミナト殿?」

 ふと頭に疑問がよぎったので、一応持って帰って帯に収納していた、あの金属の箱を見せてみた……その時、

 
「おや? 先客がいましたか」

 
「「「!」」」

 ふいに、背後からそんな声が聞こえた。

 直前で気配に気付いた僕と違って、2人は声をかけられるまで、誰かが近づいていることに気付かなかったらしく……かなり驚きながらばっと振り向いていた。

 まあ僕も、ちょっとびっくりしたけど。殺気とかなかったせいで、タイミングとしては気付くのけっこう遅かったし。

 そこにいたのは……見覚えのある女性だった。
 セミロングの赤い髪に、チャイナドレスみたいな服。そして……あの印象的な、剣として接近戦にも使えそうな弓矢を背負っている。

「えっと、たしかチラノースの……」

「シン・セイランです。またお会いできましたな、『黒獅子』殿」

 チラノースの護衛、と聞いてスウラさんとギーナちゃんがびくっと反応しちゃってたけど、彼女……シン・セイランは別に気にする様子はない。

 警戒する視線もまた気にすることなく、すたすたとこっちに歩いてきたかと思うと……『隣、よろしいですかな?』と僕に聞いてきた。

 いきなりだったけど、断る理由もなかったから頷くと、彼女は僕の隣に腰を下ろす。

「ああ、警戒なさらずともよろしいですぞ? ただの日課の晩酌ですゆえ」

「晩酌?」

「ええ。仕事の後は、その日一番月がよく見える場所で月見酒、というのが私の楽しみでして、その場所探しの途中で通りがかったのです。よろしければどうです? 一献」

 持参してきたらしい酒の瓶――瓶っていうか徳利だ、珍しい――を掲げながらたずねてくるけど、お酒は苦手なので、ってことで断っておいた。

 すると、それは残念、とあまり残念がっていそうには聞こえないトーンで言うと、彼女は手酌で酒を飲み始めた。言っていた通り、月を肴に眺めながら。

 このあたりで、一応警戒していたスウラさんとギーナちゃんは、少し緊張を解き……僕を挟んで彼女とは反対側に腰を下ろした。

「おや、そちらのお二方は、どうやら軍人のご様子ですが……もしや、『黒獅子』殿のいい人ですかな?」

 と、2人の服装を見た彼女がからかうように言うと、スウラさんの顔色は変わらなかったが、ギーナちゃんがちょっと赤くなった。

「ははは、違いますよ。ただの知り合いです」

 そう返したら、今度はスウラさんが一瞬だけちょっと面白く無さそうな顔をして、ギーナちゃんはちょっとがっかりした。え、なぜ?

 それを見て……ってか、さっきから気になってたんだけど、

「あの……シン・セイランさん?」

「? 何です?」

「ちょっとへんなこと聞きますけど……お名前どっちですか? もしかして……『シン』じゃなくて『セイラン』の方ですか?」

「おや、そこに気付かれるとは珍しい……鋭いというか博識ですな、『黒獅子』殿。お察しの通り、私の生まれ故郷は、ネスティアなどとは名前と苗字の順番が逆でして。『セイラン』の方が名前なのですよ。どう呼んでいただいても結構ですが」

 あ、やっぱり?

 語感がちょっと独特、っていうかチャイニーズっぽい感じだったし、服装も持ち物も東洋風(前世的に)だったからもしかしてと思ったんだけど、そうだったみたいだ。
 よく見ると顔つきとかも、何だか東洋系に近い感じがするし……髪色は異世界だけど。

 ということは……地球の中国とか韓国みたいな、東洋の文化とかを持つ国か地域があって、そこの出身だったりするのかな?

「あ、やっぱり……それとすいません、『黒獅子』って呼ぶのできればご遠慮願いたいんですが……あんまり好きじゃないんで」

「そうですか、それは失礼。では……ミナト殿、と呼ばせていただきますかな」

「ええ、いいですよそれで」

 

 その後しばらく、セイランさんと普通に雑談して時間を潰していた。
 特に何も変わったことはなく、変わった話にもならず……お互いの簡単な自己紹介とか、冒険者生活はどんな感じかとか、ホントに何でもない、ただの雑談をしながら。

 この分だと……さっき言ってたとおり、ホントにたまたまここに通りがかって、たまたま僕らを見つけただけ、なのかな?
 てっきり、何か思惑があってわざわざ来たんだと思ってたんだけど。

 いやだって、『たまたま通りがかった』って表現を使うには、ここ場所的に無理があるから。

 思い出して欲しいんだけど……『ネスティア』の調査団が拠点として滞在してるのは、本島からちょっと離れた所にある離島なのである。

 一応、足場の悪さを我慢すれば、岩礁のおかげで『陸続き』になってはいるんだけど……本島からあるいてくるのはそれなりに大変な場所。
 そして、今僕らがいるのは……その離島の高台なのだ。拠点からは少し離れてるけど。

 AAAの冒険者なら、岩礁の足場の悪さ程度は問題にならないかもしれないけど……本島から、月見酒の場所を探してわざわざここに来ることなんてまずないから、十中八九何か目的があってここに来た、そして僕らに接触したんだと思ってた。

 偵察や、拠点への侵入、採取したサンプルの窃収……理由は色々考えられる。それをやろうとしてたのが、国の諜報部とかじゃなく冒険者、ってのが気になるけど。

 中でも警戒してたのが『ハニートラップ』だ。
 自分でも意識して警戒してたのに加え、ザリーにスウラさんに義姉さんと、いろんな人から前もって言われてたから。特に僕は気をつけろって。

 いわく、最初にあちらさんが威力業務妨害に来た時、向こうの想定外の巨大戦力=僕がいたことでプランが大幅に狂っただろうから、その排除のために誰よりもまず僕を先に狙う可能性があると。色仕掛けで篭絡するなり、隙を見て暗殺するなりたくらむだろうと。

 なので、それら全ての可能性を視野に入れて警戒しつつ雑談してたんだけど……確かに軽口で、こちらを軽くからかったりするようなことは言うものの、身を寄せてきたり何か行動を起こすようなこともなければ、言葉巧みに会話を誘導するそぶりもない。

 ……ホントに、ただの通りすがり? 雑談と交流だけが目的か……と思った頃、ふと思い出したようなそぶりと共に、セイランが『ああ』と切り出した。

「そういえばミナト殿、先ほど何やら、この島に我ら調査団以外の何物かがいた……というようなことを話していたようでしたな?」

 その言葉を聴いた途端……僕ら3人の警戒レベルが、ちょっとだけまた上がった。

 あれ、この人……聞いてたのか? 僕らの話。

「盗み聞きするつもりはなかったのですが、申し訳ない。人より少々耳がいいもので、近づいている時に聞こえてしまいまして……そこはお詫びいたします」

 そう言って、会釈程度に頭を下げるセイランさん。
 しかしその後すぐ、またしても思い出したようなリアクションと共に、

「……ああ、そういえば……今日、私も妙なものを見ましたな」

 今度はそんなことを、おもむろに口に出した。『妙なもの』?
 なんか、強引に話題を変えたっていうか、持って行ったみたいにも聞こえるけど……。

「チラノースの調査団に同行・護衛していた時のことなのですが……道中、何やら森が焼き払われた跡のようなものがありましたな。それも、かなり広い範囲で。川沿いに、しばらく上流に行ったあたりでしたか……」

「焼き払われた? ……火山の噴火の時に焼けたとかじゃなく、ですか? もしくは、雷でも落ちたとか、火を使う魔物の仕業とか」

「それはありませんな。燃やされたのはごく最近、それこそ昨日かそこらのようですから……魔物の仕業ならともかく、雷が落ちる程の暴風雨はここ最近なかったはずですし、火山活動は止まっていますからな。しかも、まるで線引きされた上できっちり消し止められたかのように、見事に狙った範囲だけが焼かれた様子でした。一瞬焼畑かと思ったほどで」

 ……それは確かに奇妙だな。
 そんな焼け方を、しかもごく最近焼けた痕跡でしているとしたら……明らかに人為的なものだろう。

 一体誰が……何のために……?

「……おっと、ついつい話し込んでしまいましたな……ではミナト殿、そちらのお二方、私はこのあたりで失礼を」

 と、セイランさんは切り出すと、徳利とお猪口をしまって立ち上がり、『では』と一言だけ告げてすたすたと歩き去った。
 出会いから去り際まで、最初から最後まで唐突な人だった。

 僕ら3人はしばらくその背中を目で追ってたけど……本当にチラノースの拠点に戻るつもりらしく、岩礁を渡って本島の方へと去っていった。

 ……いきなり現れて、雑談交えて言いたいこと言って、ちょっとだけ僕らをからかったと思ったら、さっさといなくなった……何がしたかったんだ本当?

 もしかしてホントにただ通りがかっただけなんじゃないか、ってくらいに何もなかった。

 ……ただ1つ、最後に口走っていた情報がちょっと気になったことをのぞいては。

 ひょっとしてあの人、こちらを探りにきたわけでも、ハニートラップかけに来たわけでもなく……

 
(……最後に言ってたことを、僕らに教えるのが目的だった……?)

 
 ……だとしても、わからないけどね……その理由も、何も。

 
 結局、その日は僕らも、その後すぐに基地に戻って……シェリーと義姉さんを筆頭に酒盛りで意気投合して騒いでいる冒険者達に絡まれないように、迅速に各自の部屋に戻った。

 
 
なかなかバトル編に入れない……あと1話か2話だとは思うんですが……
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