島田荘司さん、50作目の「御手洗潔シリーズ」に「隔世の感があります」
本格ミステリーの第一人者として知られる島田荘司さん(67)の代表作「御手洗潔シリーズ」が、このほど発売された「屋上の道化たち」(講談社、2160円)で通算50作目を迎えた。1981年の作家デビュー作「占星術殺人事件」以降、ファンに愛され続けているシリーズは、どのようにして生まれたのか。そして、「探偵ミタライの事件簿 星籠(せいろ)の海」(公開中)として初の映画化もされた今後を聞いた。
天才脳科学者でありながら、エキセントリックな性格で周囲の空気を読めない探偵・御手洗潔(みたらい・きよし)。その御手洗が唯一といってもいいほど心を開き、頼りにする作家・石岡和己を「相棒」に、不可思議な事件を解決に導くシリーズが、35年にして50作に到達した。
「自分では全く気にしていなかったし、編集者も知らなかった。映画を宣伝する時になって、映画会社の方が気付いてくれたみたいで。だから、特に感慨というものはありません。ただ、昔の作品を振り返ると隔世の感がありますね」
「占星術―」が2014年に英ガーディアン紙の「密室ミステリートップ10」で第2位を獲得するなど、現在では国内のみならず海外にもファンは多い。とはいえ、デビュー当時は周囲から白い目で見られていた。
「松本清張さんが社会派作品を書き、ようやくミステリーのイメージが上がってきていた。そこに、私が戦前のミステリーのような“見せ物小屋的な”作品を書いたので。(編集者からは)『こんなのを書いちゃいけない』と言われました」
2作目の「斜め屋敷の犯罪」(82年11月)から、3作目の短編集「御手洗潔の挨拶」(87年10月)までの5年間はシリーズから離れ、別の主人公の作品を書いた。その後はコンスタントに発刊されている。
シリーズの魅力の一つは、到底思い付かないような奇想天外なトリック。それらは一体、どのようにして生み出されているのだろうか。
「トリックやアイデアというのは『新作を書こう』と思って、その都度、発想していたら無理なんです。そこで必要なのがアイデアリスト。いいものか悪いものか分からなくても、客観的に見られるように、とにかく書いておく。悪いものでも、幾つか束ねるといいものに生まれ変わることもあるんです」
「屋上の道化たち」は、全く自殺する気のない男女が、その銀行ビルの屋上に上がると次々と飛び降りて死んでしまう―という事件に、御手洗が挑戦する。
「今回は、10年ほど前にリストに書いた『女子トイレに間違って入った男が、出るに出られなくなって窓から隣のビルに飛び移る』というアイデアから始まりました。そこから一気に膨らませた。ちなみに、私も間違って女子トイレに入ってしまった経験はありますが、その時は『どうもスイマセン』と言って出て行きましたが…」(笑い)
当初、担当者からは「(400字詰め原稿用紙で)250枚くらいあれば」と言われていたそうだが、完成してみれば800枚近くの大作となった。
島田さん自身と同じ1948年生まれと設定されている御手洗は現在、67歳。スウェーデンのウプサラ大学で脳科学者として活躍していることになっている。これまでも作品の設定は年代順ではないので過去に戻るのも可能だが、50作もあることで「問題」も生じているという。
「前後関係を考えながら年表に事件をはめ込んでいくと、場所がなくなってしまうんです。御手洗と石岡が、いつも事件に遭遇しているのもおかしいじゃないですか。『屋上の道化たち』は、ちょうどポッカリ空いていた1981年の事件なんですが。だから、御手洗をそろそろ海外から帰国させないといけないかな、とも思っています」
◆島田 荘司(しまだ・そうじ)1948年10月12日、広島県福山市生まれ。67歳。武蔵野美大卒業後、イラストレーター、ライター、ミュージシャンとして活動。30歳の時に小説を書き始める。80年の第26回江戸川乱歩賞の最終候補作となった「占星術のマジック」を改題した「占星術殺人事件」で81年にデビュー。代表作は「御手洗潔シリーズ」のほか、「吉敷竹史シリーズ」など。日本の本格ミステリーの第一人者として綾辻行人、歌野晶午らを発掘。2008年、第12回ミステリー文学大賞を受賞。