特定の人種や民族への差別をあおるヘイトスピーチ(憎悪表現)をなくすための対策法が先月成立、3日施行された。それを背景にヘイトデモが中止に追い込まれるなど、悪質な行為への包囲網が強まっている。
ヘイトスピーチは、東京・新大久保や大阪・鶴橋などで一部団体がデモを繰り返したことで社会問題化した。法務省によると、昨年9月までの3年半に全国で1152件が確認されている。2013、14年のピーク時より減少傾向にあるとはいえ、今なお沈静化したとは言えないのが現状だ。国連人種差別撤廃委員会も、日本政府に対し法規制を働き掛けてきた。
対策法は「適法に日本に居住する日本以外の出身者や子孫」を対象に、差別意識を助長する目的で、著しく侮辱することなどを差別的言動と定義。こうした行為は「許されない」と明記し、国や自治体に相談体制の整備や、教育、啓発活動の充実を求めている。
ただ、憲法が保障する表現の自由との兼ね合いから、罰則や禁止規定を設けない理念法にとどまった。公権力が表現行為に介入する危険性を考えるとやむを得ない面もあろう。実効性を疑問視する声もあるが、差別根絶へと踏み出したことは大きな一歩だ。法制化を追い風に、一つ一つ実績を積み上げていきたい。
波及効果も既に表れている。対策法を受け、川崎市内で計画されていたヘイトデモに行政と司法が相次いで待ったをかけた。在日コリアンの排除を訴えてきた団体が集会の場所に予定していた公園の使用を、市は「差別的言動が行われる可能性が高い」として不許可とした。法の精神を具現化した行政判断の先例として、大きな意味を持つことになるだろう。
さらに、横浜地裁川崎支部は在日コリアンの男性が理事長を務める社会福祉法人の申し立てを受け、この団体に対し法人事務所の半径500メートル以内でデモ行為を禁止する仮処分決定を出した。決定はヘイトデモを「平穏に生活する人格権に対する違法な侵害行為」ととらえた上で、違法性が顕著なケースは「集会や表現の自由の保障の範囲外」と指摘。こうした判断を可能にしたのも、法の後押しがあってのことだ。
一方、罰則や禁止規定のない対策法ではヘイトデモを取り締まることはできない。このため警察庁は法施行を受けて、名誉毀損[きそん]罪や暴行罪など現行法を駆使して厳しく対処するよう各都道府県警に通達した。
川崎市から公園の使用を認められなかった団体は5日、会場を変更しデモを計画した。反対する市民は約600人に膨れ上がり、デモは中止に追い込まれた。法制化によって、差別的言動を許さないという社会的機運が高まることも期待したい。
差別は、他者への想像力の欠如から生まれる。対策法の趣旨を社会で共有し、いわれのない差別行為の根絶に向けて、息の長い取り組みが求められている。
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