東京都知事としての資質への疑念や都政への不信感が、これで解消できたと舛添要一知事は思っているのだろうか。

 都議会の代表質問と一般質問が終わった。都民が聞きたかったのは、さまざまな公私混同の道義的責任などを、調査報告書をまとめた弁護士ではなく、舛添氏自身はどう考えているのかという点だっただろう。「自分の言葉で語って」と都議たちは何度も促した。

 しかし舛添氏は、判で押したような「反省」を繰り返した。弁護士らには語ったはずの詳細な事実や、具体的な改善策を尋ねられても答えを避けた。

 それなのに「このように説明責任を果たしていくことで信頼を回復したい」と言うのでは、開き直りにしか聞こえない。

 「都議会こそが都民の代表」と繰り返していたはずが、こんな答弁ぶりでは議会軽視の姿勢も問われるべきだろう。

 舛添氏は、何が問題なのかも認識していないのではないか。

 公金を含む政治資金の一部を私生活に流用したとすれば、納税者に対する背信である。その上に説明責任を果たさない混乱が都政の停滞を招いている。

 これで知事続投の意欲を示されても都民は納得できまい。

 代表質問の前日に公表された報告書は、家族同伴のホテル宿泊費や、飲食費・美術品代などの一部を「不適切」と認定した。その重みを舛添氏は深刻に受け止めねばならない。

 報告書からは、政治資金をめぐる意識が透けて見える。例えば、そば打ちの本を買ったことについて「そばを打ちながら政治談義をしたこともあり、政治活動に役立っている」と述べたという。時代小説の購入は「江戸時代の風俗研究のため」。

 生活のすべてが政治であるといわんばかりだ。舛添氏は報告書を「厳しい」指摘というが、ふつうの市民感覚から見れば、そうとは言えない。

 多くの「書」の購入について報告書は「趣味と政治家としての実利・実益を兼ね備えている」ので問題なしとした。上海で買ったシルクの中国服は「書道の際に着ると筆をスムーズに滑らせることができる」という舛添氏の説明を、「具体的で説得力がある」と評した。

 適切とされたこれらの支出を今後も続ける気なのか。都議から求められた「身を切る決断」をどう考えるのか。舛添氏は正面から語らねばならない。

 都議会には、審理を尽くす責任がある。来週にも見込まれる総務委員会での集中審議で、きちんと追及すべきだ。