全米で最も称賛される女性といえば、米国民の多くはヒラリー・クリントン氏を挙げる。主要世論調査はここ14年間連続でそんな結果を出してきた。

 それだけにここまで苦戦になるとは誰も予想できなかった。米2大政党の一つ、民主党の大統領候補争いは、クリントン氏が指名獲得を確実にした。

 女性が主要政党の候補になるのは初めてとなる。初のアフリカ系大統領になったオバマ氏に続く女性の候補指名は、米社会に残る様々な差別の根絶へ向けた一歩として歓迎したい。

 ただ、米社会の価値観の多様化は加速しており、もはやこれで米世論が高揚する雰囲気ではない。むしろ、指名を争ったバーニー・サンダース氏との5カ月に及ぶ接戦でクリントン氏は政治的な脆弱(ぜいじゃく)さを露呈した。

 大統領夫人、上院議員、国務長官。輝かしい経歴をもちながら、なぜ、多くの州の予備選や党員集会で敗北したのか。

 そこに、今の米国民が抱える悩みと問題意識が凝縮されている。苦戦の原因を学んでこそ、11月の大統領選への論戦を有意義なものにできるだろう。

 サンダース氏は「最低賃金の引き上げ」や「公立大学の無償化」など、貧困や格差の是正に力点を置いた。政策の実現性はともかく、ここまで支持を得たことは、社会の不平等に怒る国民の多さを反映している。

 サンダース人気が物語った、もう一つは政治不信だろう。ウォール街に代表される財界と政治の癒着や、ワシントンの既得権益の中に安住する政治家らに対する大衆の不満が噴出したのも今回の指名争いの特徴だ。

 その意味では、もう一つの主要政党・共和党のトランプ現象も同じ流れにある。実業家のトランプ氏は、財界を含め誰からも干渉されず、政治経験がないことが、とりわけ低・中所得層からの人気を押し上げた。

 中間層から脱落する人々や、希望を見いだせない若い世代の不満の蓄積は、米国だけでなく、グローバル経済の下で格差が広がる先進国すべてに通じる現象でもある。

 政治と市民との間に広がる亀裂をどう修復し、格差社会の中の憎悪や対立をどう克服するか。誰であれ米国の次のリーダーが直面する難題である。

 クリントン氏は「突き破れない天井はない」と、女性としての勝利を祝った。その誇りは当然にしても、米国の指導者としての資質が問われるのは、これからだ。国民と世界の声に耳を澄ませて、米政治を立てなおす指針を描いてほしい。