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Bグループの少年 作者:櫻井春輝

第三章 Bグループの少年と藤本家

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プロローグ

お待たせしました
 

 
「ただいまー」
 恵梨花は先ほど自宅の玄関を通った時にも言った言葉を、自分の部屋に入った時にも思わず口にしてしまった。
 それな常にないことで、何故だろうと恵梨花は小首を傾げたが、その疑問はすぐに氷解した。
 ただ一日しか空けてないにも関わらず、妙に久しぶりに感じたからだろう。
 自分の部屋というのは、その人の一番落ち着く場所と言っても過言ではなく、つまりは日常の象徴と言える。
 部屋に入って久しく感じたということはそれだけ、空けたその一日が日常とはかけ離れていたということなのだろう――泉座で過ごした一日というのは。
 今の時間帯は夕方を過ぎたところである。
 朝方になって、少しばかり亮が睡眠をとってから、瞬、智子や啓子と共にブランチをいただくと、軽く片づけに参加してから一同は解散した。
 それから恵梨花は名残惜しく亮と別れると、咲、梓と共に梓の家へ向かった。着替えの荷物が置いてあるからだ。
 梓の家につき服を着替えると、三人娘は紅茶と茶菓子をいただきながらゆったりと過ごした。
 初めて行く夜の泉座、慣れない環境で過ごした一晩と、後半は楽しかったものの、如何せん緊張の連続だったので、体は思った以上に疲れていた。
 そうして、休んでいると夕方も間近、恵梨花と咲は梓に見送られて慌てて帰途についたのである。
「はーっ……」
 恵梨花は自分の部屋に帰ってきて気が抜けたのと疲労感から、ベッドへボスンと身を投げ出した。
 その際に軋んだベッドの揺れが妙に心地よく、恵梨花は枕に顔を埋めながら目を閉じた。
(……本当に色んなことがあった一日だったな……)
 それを昨日から、何度思ったことか。
 泉座に行く前から狙いをつけられ初っ端から罠にハメられ、一時はどうなることかと、心胆寒からしめられた。
 罠だとわかってからは、ゴールドクラッシャーの捜索もどうなることかと途方に暮れそうになったり、更には親友と彼氏を自分が巻き込んでしまったと思った時は、絶望感に押しつぶされそうになり、泣きそうになった。
 そんな時に発破をかけてくれたのが、彼氏である亮のデコピンだった。
 その時の痛みを思い出して恵梨花は思わず額を擦った。と言っても、痛み自体はそう大したことは無い。後を引くこともなく、すぐ治まったものだ。
 冗談でも亮が恵梨花をはたいたり、殴ったりしたことが無かったため、ひどく驚いたが、肝心なのはそのことでは無い。
 額に衝撃が走った後、亮が怒ったような呆れたような顔で何か言いかけたが、ギャングの声にかき消されて聞こえなかった。が、何を言おうとしたのかは、その前のデコピンを通して伝わっていた。
「……『俺がいるのにそんなくだらねえ心配するな、シャキッとしろ』……だよね、亮くん」
 ふふっと微笑む恵梨花。
 そんな亮の心強い喝と親友達の怒った顔から勇気をもらい、恵梨花は乃恵美に立ち向かえたのだ。
 にしても、亮がいなかったらどうなっていたのかと、身震いが止まらなくなる。
 そもそも前提条件として、亮がいなければとても夜の泉座へ三人娘だけで行く選択なんてなかっただろうが、それでも考えてしまうし、そしてその恐怖に比例して亮への感謝が大きくなる。
 更なる前提条件として、亮が噂に疎くなければ泉座へ行く必要すらも無かったのだが、それはそれだ。
 完璧な人間などいない。
 それに恵梨花からしたら、亮のそれは愛すべき欠点のように思えてしまうのだ。
 ともあれ、亮は三人娘を体を張って無傷で守り抜いた。
 それが一番大事なことだろう。
 梓もそう言って、自分がゴールドクラッシャーだと知らなかった亮を許した。
 そう、ゴールドクラッシャーだ。
 姉を救った恩人がこんな身近にいたなど、どうして想像できよう。
 衝撃が大き過ぎて、恵梨花が呆然自失となったのも当たり前のことだろう。
 それも姉を助けた人だからというだけの衝撃だけでもない。
 恵梨花も初めて、会った時に助けられているし、そして恵梨花の知らない所で亮が自分を守っているということにもなんとなく気づいている。そして幼馴染の郷田も亮に迷いを晴らしてもらっているし、昨日は親友を含めて守ってもらったばかりだ。
 自身と、そして身近な大切な人間と、一体どれだけ亮に助けてもらっているのだろう。
 それに改めて気づくと、知らずの内に涙が出ていて、亮を困らせてしまった。
 恵梨花自身も何故、涙が出たのかわからず困惑したものだ。
 感謝の気持ちが大き過ぎるから、というのが理由としては一番だろうか。それだけではない気もする。考えてもよくわからなかったが、ひとまずは亮への感謝の気持ちを忘れなければいいだろうと恵梨花は結論づけた。
「本当に亮くんに助けてもらってばっかりだ、私……」
 思わず苦笑と共に零れる。
 亮には自分も助けられていると否定されたが、とてもそうは思えず、恵梨花はうつ伏せているにも関わらず、枕に向けてため息を吐いた。
(落ち込んでも仕方ないか、少しずつ返していけばいいよね……亮くんが困ったりしたら)
 そう、恵梨花は今朝方、屋上で亮にそう宣言したばかりなのだ。
(でも、そんな時来るのかな……?)
 いまいち、亮がそう困る事態を想像出来ない。
 しかしながら困っている亮を見たことはあるのだ。
 しかも、亮をそうさせたのは他ならぬ恵梨花である。
 目立ちたくない亮に近寄り、注目を浴びせてしまい、亮はあの時、確かに困っていた。
 こう考えると複雑な思いになるが、こればっかりは仕方ないと思ってもらうしかないだろう。
 すると他には思い浮かばず、どうしたものかと恵梨花が困ってしまう。
(あーダメダメ……)
 恵梨花は枕に埋めた顔をブンブンと左右に振る。
 亮が困っていないなら、それはそれでいいことなのだ。困ることにならないかと期待するのは身勝手すぎる考えだ。
(とにかく、待つんじゃなくて、亮くんが困ったりしたら全力で助ける。それでいっか……)
 とりあえず、夜明けの時、亮に言った事を忘れなければいいだろう。
「……」
 そう、今日の夜明けのことだ。
 亮に宣言した時のことを思い返そうとしても、どうにも上手くいかない。何故なら、その数分後により強烈な思いでができ、朝からずっとそのことが頭から離れないためだ。
 今も、いや、一人になった今はよりそのことが強くなり、目を閉じると、その時の朝陽に照らされた亮の顔が目の前に浮かんでくるようで、恵梨花の顔が、耳が、瞬時に赤くなっていく。
 それが何なのかと言えば勿論――
(亮くんと…………キスしちゃった…………!!)
 その時の感触は今でも残っていて、ハッキリと思い出せる。そして恵梨花はうつ伏せでいるにも関わらず、無理矢理顔を両手で覆った。
(キャーーー!!)
 嬉しさが爆発しているのか、恥ずかしさが強いのか――いや、両方だろう。
 高ぶった気持ちは恵梨花の体の制御を取り払ったように、足をバタつかせ、体はベッドの上をグルングルンと転がし悶えさせた。
 とても、人には見せられない痴態だろう。
 だが、ここは恵梨花の部屋で、恵梨花以外は誰もいないから問題ない――
「……何してるの、ハナ」
 突然聞こえた声にピタッと止まり、恐る恐る顔を覆っていた両手を下にスライドさせ目を露にする恵梨花。
 すると見えたのは、扉を開けたところで立ち止まり、どこか腰が引けている様子の雪奈せつなであった。
「ユ、ユキ姉……な、なんでそこに? え? あれ、ノックは?」
「ノックしたけど反応しないし……イヤホンで音楽でも聞いてるのかと思って、開けたんだけど……その、ごめんなさい」
 非常に申し訳なさそうに謝罪の言葉を告げる雪奈だが、それはある意味、恵梨花に追い打ちをかけているのと同じようなもので、恵梨花の頬が引きつる。
「う、ううん……えっと、いつからそこに……?」
「……ハナが、そのベッドで転がり始める直前ぐらい……」
 恵梨花にノックの音の記憶はまるで無いが、姉がそんな嘘を吐く理由も無いのはわかっている。
 つまり、亮との思い出に浸り過ぎて、耳に入らなかったのだろう。
「そ、そっか……」
 笑って誤魔化そうとした恵梨花だが、それがどこか引きつっていると自覚出来た。
「うん……」
「……」
「……」
 気まずい沈黙が流れる。
 再び追及される前にと、恵梨花から先に口を開いた。
「と、ところで、ユキ姉、何か用事?」
「あ、そ、それね、お母さんが晩御飯の支度手伝ってって呼んでるわよ?」
「あ、うん、わかった」
「はい、じゃあ、伝えたからね」
 そして部屋から出ようとした雪奈を、恵梨花は呼び止めた。
「あ、ちょっと、待って、ユキ姉」
「ん、なに?」
「えっと……次の週末の土曜なんだけど、ユキ姉、用事ある?」
「次の土曜? ……その日は午前に大学で用事あるから、午後は空いてるけど……なに、買い物一緒に行く?」
 恵梨花は雪奈と服の趣味が合い、よく二人で買い物に行くことがあるため、姉はそう当りをつけたのだ。
「ううん、買い物じゃなくて……」
「? じゃあ、なにかしら?」
「えっと……うん、後でお母さんにも話すけど、出来たらそのまま予定開けておいてくれる?」
「? いいわよ」
 理由を話さなくとも、快く了承してくれた雪奈に恵梨花はホッと安堵の息を吐く。
「うん、じゃあ、お願い」

◇◆◇◆◇◆◇

 夕食を終えて暫くしてのこと、リビングで母と姉がお茶を手にまったりしているところへ、恵梨花はそっと顔を出し、辺りを見回した。
「どうしたの、ハナ?」
 恵梨花の不審な行動にいち早く気づいた母、華恵かえが声をかける。
「うん……ツキはお風呂入ってるんだよね?」
 今からする話は姉と母にしか聞かれたくないため、恵梨花はの所在を改めて確認したのである。
「そうよ、もうちょっとしたら出てくるんじゃない?」
 母の回答に、恵梨花は「よし」と内心でガッツポーズをとる。
「お父さんとお兄ちゃんはあっちで晩酌中だよね? ちょっと、お母さんとユキ姉に話があるんだけど……」
「あら、何かしら? ユキ、ハナにもお茶入れたげなさい」
「はあい」
 雪奈が恵梨花のカップを取り出して、お茶を注いでくれるのを横目に恵梨花は、雪奈の隣に腰を落とした。
「ありがと、ユキ姉」
「どういたしまして……話って、さっき言ってた?」
「うん、そう……ねえ、お母さんって次の土曜は家にいるよね?」
「ええ、いるわよ」
「午後なんだけど、お父さんは仕事でお兄ちゃんとツキは部活でいないよね?」
「? ええ、確かそうだったけど……」
 母が不思議な様子で頷くと、雪奈は何かに勘付いたのか「あ」と声を上げた。
「もしかして、ハナ、彼氏連れて来るの?」
 雪奈がからかうような笑みを浮かべると、華恵は目を丸くした。
「まあ、本当に?」
「う、うん……」
 恵梨花は照れ臭くなり俯きがちに頷いた。
「そっかそっか、それで私とお母さんがいることを確認したってことは……紹介してくれるのね?」
「そ、そのつもりなんだけど……家にいてくれる?」
「もちろん、楽しみだわ」
 ご機嫌な様子で雪奈が快諾すると、華恵はおっとり微笑んだ。
「お母さんも楽しみだわ、ハナの大食漢の彼氏にようやく会えそうで」
「だ、大食漢って…………うん、否定できない……!」
 恵梨花が毎日大量の弁当を拵え、誰が食べてるかなど家族の全員が把握している。
「ふふっ、成長期の男の子なんだから食べ過ぎるぐらいでいいのよ」
 華恵がそう言うと、雪奈は苦笑した。
「にしても、いつもいつもすごい量だと思うけどね」
「いいのよ、昔から大食いの男の人に悪い人はいないってよく聞くしね」
「うーん……案外そうかも」
 雪奈が首を傾げつつも頷くと、恵梨花も苦笑した。
「で、でも、亮くんは本当に悪い人なんかじゃないからね」
「ハナが選んだ人だもの、そこは心配していないわ」
「そうね」
 華恵と雪奈が相槌を打つと、恵梨花はホッとした。
「それにしても、急にどうしたの? 確かに前に紹介してとは言ったけど、わざわざこうやって私とお母さんに前もって断ってきて」
「ああ、うん、ちょっとね……お母さんとユキ姉には、どうしても会ってもらいたくて」
「ふうん?」
「何か事情でもあるの?」
「うん、そんなとこ」
 母の問いに、恵梨花はここで明言するのは避けた。
 正直に言っても信じてもらえるか疑わしい。なので雪奈には前情報無しに会ってもらいたい。
 記憶が確かなら会えば気づくはずだし、だけでなく恵梨花自身の悪戯心もちょびっとある。
 ニッコリする恵梨花に、雪奈は小首を傾げ、華恵は楽しみだと言わんばかりに微笑んだ。
「……で、もう一回確認するけど、お父さんとお兄ちゃんは、その日は家にいないよね?」
「ええ、そのはずよ……でも、そうね。念のために、また確認しておきましょう」
「……ああ、確かにお父さんとお兄ちゃんがいたら面倒なことになりそうだもんね。ハナが彼氏連れてくるなんてこと」
 恵梨花は真面目な顔で頷いた。
 重度のシスコンで、それも特に恵梨花には甘い兄はきっと誰を連れてきても難癖をつけてくるだろうし、娘達を溺愛している父もきっといい顔はしないだろう。
 ただ、それも亮がゴールドクラッシャーだと知らなかった場合の話だ。
 亮がそうだと知ったら、恐らく態度は急変するだろう。だから、その前に亮に会わせたい気持ちがあるものの、その場合、面倒な事態に発展する未来しか見えないから悩ましいところだ。
 恵梨花の結論としては、まず母と姉に紹介した後に、この二人を亮の完全な味方となってもらう。それから、恵梨花の彼氏として紹介するか、ゴールドクラッシャーとして紹介するか、どちらを先にするか母、姉の二人と相談をする。
 正直なところ、亮がゴールドクラッシャーでなければ、父と兄の二人に紹介するという選択肢は結婚前・・・まで無かっただろうと恵梨花は考えていた。
 ただ、父も兄も雪奈の恩人であるゴールドクラッシャーには是非とも会ってお礼をしたいと、強く願っているのを恵梨花は知っているし、共感も出来る。
 だから気は進まないが、父と兄にもいずれは亮を紹介しなくてはいけない。
(亮くんにはごめんだけど……)
 内心で深くため息を吐く。
 どうにも亮に迷惑をかけてばかりな気がして、落ち込みそうになった。
「お父さんもお兄ちゃんも困ったものね……あ、ツキはどうするの? あの子にはまたの機会に?」
 雪奈は頬杖を突いて恵梨花に目を向ける。
「えっと、ツキは……ちょっとややこしくなりそうだから、今回は秘密にしとこっかなって」
「ああ……黙っていられるか心配だものね」
 同意するように雪奈は頷いた。
「そうね……仲間外れするようでツキには悪いけど、これに関しては当日まで黙ってた方がよさそうね」
 頬に手を当てて華恵まで同意する辺り、末妹の口の軽さが窺える。
「うん、だからツキには、またの機会にってことで今回は黙っててね?」
 恵梨花が念を押すと、母と姉は苦笑しながら了承した。
 と、そこへ、リビングの扉が開かれ、三人の肩がビクッと震える。
「はー、サッパリしたー! お母さん、牛乳まだあったよねー?」
 現れたのは噂をしていた当人で、藤本家の末っ子、美月みづきである。
 恵梨花より二つ年下の中学三年生で、姉二人に比べたら少し小柄だが、姉二人と同様に母の美貌をしっかりと受け継いでいて、その上に活発さがよく伝わってくる顔立ちだ。
 ショートパンツにタンクトップ姿で風呂上りの美月はバスタオルを肩にかけ、にぱっとした笑みを向けてきた。
「え、ええ、あるわよ」
 していた話が話なだけに、僅かばかり動揺しながら母は答えた。
 恵梨花は雪奈とアイコンタクトを交わした。
(聞かれてないよね……?)
(多分……)
 冷蔵庫から出した牛乳をコップに入れ、それを腰に手を当てゴクゴクと一気飲みする美月を窺う姉二人。
「ぷはーっ! 風呂上りはやっぱりこれだね!」
 風呂上りの火照った顔を幸せそうにする美月の様子から、恐らく聞かれてないだろうと姉の二人は頷き合った。
「ん? ねえ、三人で何話してたのー?」
 美月が更にもう一杯牛乳を注ぎながら尋ねてきて、母は首を横に振った。
「別になんてこと話してないわよ?」
「そうそう。それよりツキ、ちゃんと髪はドライヤーで乾かしなさい」
「そうだよ、ツキ。乾かさずに寝るから朝いっつもすごいことになるんだよ? いつも起きるのギリギリなのに」
 姉二人から小言を受けて、美月は「うへえ」と苦い顔をする。
「わかったって、後でやるよー」
「ちゃんとやりなさいよ、もう暑いからって油断してると風邪引くんだから」
「はいはーい」
 投げやりな返事をして、飲み終えたコップを台所へと片づける美月に、母が用事を頼む。
「あ、ツキ、そこに置いてあるおつまみ、お父さんのとこに持っていってくれる?」
「わかったー」
 美月は盆を持って、姉二人の小言から逃げるように父と兄が晩酌する部屋へバタバタと去って行った。
「……聞かれてないよね?」
 恵梨花が改めて問うと、母は困ったように微笑んだ。
「恐らくね」
「……だと、いいけど……」

◇◆◇◆◇◆◇

「痛た……」
「大丈夫、父さん?」
 痛そうに腰へ手を当てる父に、藤本家の長男、純貴が気遣う声を出す。
「ああ、少ししたら治まる……」
「いい加減、病院行ったら……?」
「そのつもりだが、如何せん時間に都合がつかなくてな……」
 相変わらずの父の答えに、純貴じゅんきはため息を吐いた。
「そう言っていて、いきなり倒れて動けなくなるとか勘弁してくれよ、父さん」
「わかってる、近い内に行くから、そう言うな純貴」
「はあ……ほら、コップ」
 そう言って、純貴が瓶ビールを父へ傾けると、父はコップを差し出した。
「ああ」
 そうして父が純貴に次ぎ返していると、襖が開けられて美月が盆を片手に入ってきた。
「はい、お母さんからだよー」
「お、きたきた」
 父も純貴も好物のだし巻き卵がきて、揃って相好を崩す父と息子。
 早速とばかりに箸でつまんで、ビールで流し込む純貴。
「ああ、上手い!」
「うむ、やはり母さんの作る卵焼きは最高だな」
「お兄ちゃん、私も一口!」
 そう言って口をアーンと開ける美月に、純貴は微笑ましい顔で、妹の口へ卵焼きを入れてやる。
「んー」
 上機嫌に口の中のものを咀嚼した美月は、飲み下してから父と兄へ改まった顔を向けた。
「ところで、お父さん、お兄ちゃん」
「どうした美月?」
「なんだ、ツキ、その顔は?」
 真面目に問い返す父と、からかうような笑みを向ける兄に、末妹はこう切り出した。
「――ハナ姉が、お父さんとお兄ちゃんがいない時を見計らって、彼氏をこの家に連れてくるようです」
「なんだと!?」
「ハナの……彼氏だと!?」
 一気に剣呑な空気を発する父と兄に、美月はニンマリとする。
「はい、そうです」
「しかも、私がいない時か」
「俺もか」
「うん、そうみたい。お母さんとお姉ちゃんだけに紹介するみたいだよ」
「馬鹿な、真っ先に私に紹介するべきだろう」
「いや、父さん、ハナの彼氏は俺が先に見極めさせてよ」
 憤慨する父に、物騒な気配を漂わせる兄を前に美月は怯むことなくニコニコと笑顔のままだ。
「それはいつなんだ? 知ってるのか、美月は?」
「知らないとは言わないよな、ツキ? 知ってなくても聞いてくるよな?」
 問い詰めてくる男二人に、美月は笑みを深めた。
「いつか知ってるよ?」
「うむ、流石は美月だ」
「でかしたぞ、ツキ! ――で、いつなんだ、それは?」
「うん、じゃあ――」
 物騒な笑みを浮かべる父と兄へ、美月はニッコリとしながら手を差し出した。
「――お小遣い、ちょーだい?」
 こうして、恵梨花は妹に売られたのである。

 
 
前半はベッドの上でジタバタする恵梨花を書きたかっただけですが……なにか?

次回の更新は、来週辺りかと……

活動報告にて、今月発売の書籍六巻とコミカライズBグループの少年Xのコミック一巻について、そして、書籍化に伴うダイジェストについて記しておりますので、ご覧くださいませ。
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