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Bグループの少年 作者:櫻井春輝

第二章 Bグループの少年とゴールドクラッシャー

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第五十四話~第五十五話 果て無き成長

 

 
 ビルを脱出した亮達は、ストプラの会場へと真っすぐに向かった。
 その会場は、瞬率いるチームがホームにしている店で、瞬は個室で亮を待っていたのである。
 亮が無遠慮にその部屋へ入ると、ギャルに囲まれた瞬と、ギャルとは毛色の違う女の子がいた。
 瞬は、亮の髪型を見て落ち着かないため、トイレに行って直して来いと告げると、亮は面倒くさく思いながら、渋々重い腰を上げ、一人席を立った。
 そこで瞬が三人娘に提案する。
「亮がいない間に聞かせろよ。どうやってあの亮を、俺の親友を落としたのか。代わりに俺も中学の時のあいつのことを話してやる。どうせ、あいつのことだから碌に中学の時の話は聞けてないんだろ? どうだ?」
「すごく……魅力的な提案ね、恵梨花?」
「うん……! 亮くんに聞いてみてもいつも『そんな話すような大したことないしな……』とか『別に普通だった』とか、あんまり話してくれないし」
 恵梨花が若干興奮したように言うと、瞬は腹を抱えて爆笑し始めた。
「はあっはっはっは! 大したことない! 普通だった! なんて嘘つきなんだ、あいつは! はっはっは!!」
 ソファーから笑い転げそうな瞬の横では、智子まで軽くぷっと噴き出して肩を震わせている。
「――はーいや、初っ端から笑かしてくれるぜ、じゃあ、取り引き成立ってことで、いいんだな?」
 瞬が目尻を拭いながら、ニヤリと三人娘に笑いかける。
 恵梨花と梓は顔を見合わせてから互いに頷いた。
「はい、お願いします――あ、今更だけど、私は藤本恵梨花っていいます」
「鈴木梓よ」
「……山岡咲」
「よし、聞いてるかもしれないが、俺は藤真瞬ふじましゅんだ。それと普通に話してくれ、亮の女と連れから敬語なんてたまらねえよ。同い年なんだろ?」
「ええ、高二よ」
 梓が答えると、瞬も頷いた。
「なら、尚更だ――亮はあんた達のことは名前で呼んでるんだな?」
「うん、そうだよ」
「なら、俺もそうさせてもらっていいかい? 苗字で呼んでも亮が反応しない可能性があるしな」
「ああ……」
 恵梨花と梓と、おまけに智子の声まで揃った。
 付き合いが長いだけあって、亮の名前を覚えない癖のことは当然承知しているのだろう。
「恵梨花のは流石に覚えてるでしょうけど……あたしと咲に関しては、確かに危ういかもしれないわね――ええ、構わないわ、名前で呼んでもらっても」
 瞬の提案は妥当なものだろう、梓は恵梨花と咲が頷くのを見て答えた。
「俺も瞬でいいからな。さて、じゃあ、先にそっちの話を――」
 瞬が言いかけたところで、梓が手を突き出して止める。
「その前にいいかしら?」
「なんだい? 梓、だったな?」
「ええ。話の前に確認したいのだけど……君がレックスのトーマで合ってるの?」
 すると瞬は目をパチパチとしばたたかせた。
「そうだが……聞いてなかったのか?」
 そうアッサリと告げられて、梓と恵梨花は揃ってため息を吐いた。
「彼からは聞いてないわ」
「うん、でも、聞いてみたよね。レックスのヘッドのトーマって、亮くんのお友達じゃないの? って」
「……あいつは何て?」
「瞬はトーマなんて名じゃねえから違うだろ、って。レックスも知らないように見えたよ」
 それを聞いて瞬は額に手を当て唸った。
「あいつは本当に……確かに、この部屋に来るやつの大半は俺をトーマとは呼ばないが……」
「そっか、ここに来るのは幹部ばかりだし、亮と話すのも瞬くん以外だと幹部が中心だしね。幹部はみんな瞬って呼ぶからか」
 智子が納得したように言うと、クスリと笑う。
 その笑みは梓が生徒会室で見慣れたもので、そのせいか梓はどこかホッとした。
「あいつの名前の覚えが悪いのはわかってたが、この部屋に来といて、レックスの名すら覚えて帰ってなかったとは……」
「それは流石に想定出来ないわね……でも、亮らしいけど」
 苦い顔をする瞬に智子が相槌を打つと、恵梨花が控えめに聞いた。
「あの……どうして、トーマって呼ばれてるの?」
「それは――」
「もしかして、苗字から?」
 瞬が答えようとしたところで、梓が尋ねた。
「ああ、そうだ。レックスを作って、メンバーが増え始めた頃の新入りの誰かが、俺の苗字を読み間違えてな。藤真ふじま藤真とうまと、それが伸びてトーマ。放っておいたらそれがチーム問わず広まってな、次第にチーム外じゃトーマの方が通るようになったから、別に嫌でもなかったし、チームの顔として名乗る時はトーマを名乗るようになったって訳だ」
「今じゃ、この街で一番有名な名前よね」
「俺が言うのもなんだが、そうだな。今となっては、それで良かったと思ってる。本名が広がるよりはいいだろうな」
 智子の言葉に瞬は苦笑して頷いた。
 先ほどから梓は気になっていたが、この二人は随分と親密だ。
 恵梨花もそう思っているのだろう、ウズウズと聞きたそうにしている。
 しかし、流石にここは我慢してもらおう。
 智子に関することは、亮が帰って来てからの方がいいだろう。
「レックスはこの街最大最強と聞いたのだけど……そのヘッドを本当にあなたが?」
 疑っている訳ではない、瞬を目の当たりにして色々と納得出来た。が、聞かずにはいれなかったのだ。
「ああ、そうだ。俺がこのレックスのヘッドだ」
「信じられないかもしれないけど、本当のことよ梓。それに瞬くんはお飾りでヘッドをやってる訳でもないの。レックスで一番強いからヘッドなのよ、名実共にね」
「……え、えーと、メンバーって年上ばかりなんじゃ?」
 恵梨花が戸惑いを浮かべて聞く。
「ああ、そうだな。メンバーの九割は年上になるな、同い年がいない訳でもないが、うちじゃ下っ端もいいところになる」
「だから必然的にトップの瞬くんと接することは少ないわね……どころか立ち上げ時のメンバーである幹部以外は瞬くんに対して敬語よ? 信じられる?」
 智子の苦笑混じりの言葉に、梓は同じ表情で頷いた。
「まあ、あたし達も亮くんを知ってますから。彼の親友と言われると、不思議と納得できます」
「そういえば、このお店入る時、亮くん、年上の人から敬語使われてたね」
「ああ、亮は瞬くんの親友だし……知ってると思うけど、滅茶苦茶強いからね。レックスの客分みたいに思われてるのもあって、そんな扱いされてるわね」
「この街じゃ強いやつほど尊敬されるからな……まあ、それだけで馬鹿だと、いつか身を滅ぼすがな」
 そう言ってふっと笑った時の瞬から、ピリっと空気を伝ってきた何かに梓は背筋を冷たくされた。
(……なるほど、この街の王、ね)
 しかし、それも一瞬のこと。瞬はすぐに、表情を変えて楽しげに恵梨花へ目を向けた。
「さて、俺のことはもういいだろ。亮とのことを――」
 梓はもう一度、待ったをかけた。
「もう一つだけ、聞かせてくれるかしら?」
「ほう? 時間も押してるが、それでも聞きたいことかい?」
「ええ。すぐに済むわ、先ほどあなたが恵梨花を亮くんの彼女だと思った……いえ、推測した根拠を聞きたいわ。さっきの恵梨花への確認の仕方から、この部屋での亮くんと恵梨花の接し方を見たからそう判断したようには見えなかったのよね、違う?」
 すると瞬は僅かに目を瞠らせると、声を立てて笑い始めた。
「はっはっは、なんだこの女は、チー子? 短い時間、一緒にいるだけで、何もかも見透かされるんじゃないかと思ってきたぜ」
「だからさっき言ったでしょ、この子は別格よ」
「なるほどな……梓、あんたがそう思ったのなら、それは確かに聞きたくなるかもな」
「では?」
 梓が身を乗り出して聞くと、瞬はニヤリと梓が狙った通りの答えを返してきた。
「ああ、亮の好みから判断したよ」
「それを是非、聞かせてもらいたいわ」
 梓は小悪魔の如く微笑んだ。
「え、え……? 亮くんの……好み!?」
「ええ、そうよ。恵梨花、しっかり聞いておきなさい」
「ええ!? 聞いても……いいの?」
 恵梨花は怖々と聞きたいような、聞きたくないような顔となるが、それでも聞かずにはいれない様子だ。
「なに、これはここだけの話――なら問題ないよな?」
 瞬は口の前に人差し指を立て片目を瞑って、茶目っ気に笑って見せる。
 非常に様になっていて、恵梨花のオーラに耐性が無ければ思わず見惚れそうになったところだったが、梓は短く頷いて同意を示す。恵梨花、咲、智子もだ。
「じゃあ、ざっくばらんに説明させてもらうとするか、ちょっと失礼な言い方するかもしれないが、そこは勘弁してもらうぞ」
「ええ、どうぞ」
「まず、あいつは綺麗系より可愛い系が好みだ、そしてロリの気もない。つまりこれだけで、恵梨花が筆頭に浮上する――が、勿論それだけで判断した訳じゃない」
「続けて」
 恵梨花が喉を鳴らすのを耳にしながら、梓は先を促す。
「そして可愛い系の中でも、超がつきそうな正統派。見た印象だが、芯もそれなりにしっかりしてそうで、フワフワポワポワしたようには見えない。気が強いところもあるんだろうが、滅多には表に出なさそうなところもポイントだ。体つきは細いが、細すぎることなく、ガリガリしていない。亮ならちょうどいい肉付き加減だと判断するだろう。もうこれだけで見た目は完全に亮の好みなんだが――極め付けがそれだ」
 瞬は恵梨花の体の一部をビシッと指差した。
「その服の上からでもわかる大きな胸――大き過ぎてお化けみたいなのは流石に顔を顰めてたこともあるが、恵梨花のはその範囲には入ってない――心配するな、そこから三カップ上がっても、亮なら十分に喜ぶ。もしくは少し下がったとしても、それでもまあ問題ないだろう。つまり総合すると、恵梨花は亮の好みのどストライクど真ん中もいいところ。いや、亮の好みそのものが服着てるようなもんだな――自信持っていいぞ」
 瞬が言い切ると、部屋に奇妙な静けさが舞い降りた。
 少しして、智子かぷっと噴き出し静かに肩を震わせ始めた。
 声を立てないよう口を抑えて我慢しているようだが、顔は真っ赤でついに限界を突破した。
「あははははは!! 瞬くん、それ本当!?」
「中学時代を一緒に過ごしたんだぞ、俺達は?」
 心外そうに言う瞬のその言葉には計り知れない信憑性があった。
「あはははははは!! マジだ! 本当なんだ!? あはははは!!」
 ソファーの上で笑い転げそうな智子のその笑いっぷりは、梓の記憶にないもので、梓の中の智子のイメージが少し崩れ始める。
「本当なの!? それ!?」
 そんな智子の様子など目に入ってないのか、すごい剣幕で恵梨花が瞬へ身を乗り出した。
「ん? ああ、自信持っていいぞ、あんたは間違いなく亮の好――」
「そっちじゃない!」
「……?」
「もうちょっと大きくなっても本当に大丈夫なの!? 三カップなら大丈夫なの!? ねえ、本当!?」
「あ、ああ……」
 恵梨花の形相の真剣さは相当で、その迫力はこの街の王をたじろかせたほどだ。
「恵梨花、あなた、まさか――」
 恵梨花の言葉から、梓は信じられない思いになる。
「――まさか、もう既にFの領域へ?」
 ついこないだまでDで、最近Eになったばかりのはず。恵梨花に内緒で亮に耳打ちしたのも記憶に新しい。
「――は!?」
 恵梨花が我に返り、しまったと言わんばかりの顔で梓に振り向く。
「そうなのね、なんてこと――あたしの予想成長曲線を大きく外すなんて」
「ち、違う! まだいってない! ギリギリE――ああ!?」
「そう……もうすぐFなのね、どっちにしても信じられないわ」
 梓はゆっくりと何度も首を横に振る。
「違うの! 最近ちょっと太っちゃって……!」
「? 何言ってるの、どこも太ったように見えないわよ。それに、普段から食べ過ぎないようにしてるのに、どうして太るなんてこと」
「だ、だって、亮くんと一緒にいると、その……亮くん、よく買い食いするし……」
「その付き合いで恵梨花も食べてしまうと……? でも、おかしいわね。本当に太ったようには……はっ!?」
「……全部、胸にいってる」
 咲が梓の気づいたことをボソッと言った。
「そんな馬鹿な……」
 一体どこまで、そしてどれだけの早さで成長をするというのか。
 唇を震わせて慄く梓を前に、瞬が冷静な考察を突きつける。
「……なるほど、もっともな話だな。亮と付き合って大きくなったのなら、これからどんどん大きくなる可能性が――」
「言わないで――!!」
 恵梨花は耳を閉じ目までギュッと瞑って、それ以上聞こうとしなかった。
 苦笑する瞬の隣で、智子が恵梨花へ手を振りながら声をかける。
「まあ、落ち着きなさいよ、恵梨花ちゃ――恵梨花でいい?」
「え、あ、はい」
「うん、恵梨花? 太った分が全部胸にいくなんて奇跡初めて聞いたけど、だからといっていくらなんでも今から三カップも上がるなんてことは流石にないでしょ」
「ほ、本当ですか!?」
 恵梨花は救いを見つけたような顔で智子に縋った。
「……多分」
 されど智子は視線を逸らして、そう答えた。
「ああああああ!?」
 再び絶望に突き落とされた恵梨花が両手で顔を覆って泣き崩れる。
「会長……恵梨花で遊ばないでください」
 一番恵梨花で遊んでいる梓が恵梨花を撫でながら言うと、智子は舌をペロッと出して悪戯っぽく笑う。
 この笑顔も生徒会室では見たことないもので、梓は戸惑わざるを得なかった。ただ、今の智子は非常に魅力的な女の子に見えて、それが何故だか嬉しくなった気持ちも確かにあった。
「ふふっ、ごめんなさいね、余りに可愛かったものだから」
「それは、よーくわかりますけど、亮くんとのことも関わってることですから、これ以上は――」
「はいはい、わかってるわよ。もうからかいません」
 宣誓するように片手を挙げて微笑む智子に、梓はつい苦笑を零した。
「まあ、仮に大きくなり過ぎたからといって嫌がる亮じゃねえよ。心配するな」
 諭すような瞬を、恵梨花が捨てられた子犬のように見上げる。
「ほ、本当に……?」
「ああ、俺を信じろ。それに好みが完全にマッチしたからといって簡単に惚れる亮じゃねえ、亮に惚れさせる何かをあんたは持ってるんだ、自信持って亮と付き合ってればいい」
「あ、ありがとう……」
「ああ、じゃあ、聞かせてくれるかい? あんたがどうやって亮を落としたのか――?」
 瞬はソファーにもたれ優雅に足を組み、話を聞く体勢を作って不敵に笑った。



「――それでね、私が階段から落ちて足を捻ったのに亮くんが気づいたら、亮くん何したと思う? 私のこと、こう抱き上げてくれて――きゃー!!」
 先ほどまでの落ち込みようはどこへやら、恵梨花が嬉々として亮とのことを話しまくる。
 出会った時のこと、その後教室に行ったこと、屋上でお昼を食べたこと、裏道を二人で帰ったこと、デートしたこと、映画を観て盛り上がったこと、お弁当を亮が残さず全部食べてくれたこと、その後少し避けられて悲しかったこと、亮の喧嘩を見たこと、絶交しようとした亮をビンタしたこと、告白されたこと、次の日大勢の前で告白し返したこと――と、瞬からしたらここまで聞ければ十分だった。
 亮が陥落する成り行きを聞きたかったのだから。
 しかしながら、亮とのことを大っぴらには学校で話せないことの反動か、恵梨花の話はまだまだ止まる気配がない。
「――それで保健室で亮くんが、私の足に丁寧に包帯巻いてくれてね――」
 球技大会のくだりが終わって更に口を開こうとしたところで、瞬は梓にアイコンタクトを送った。
(いい加減、止めてくれ)
(……そうね)
 今日初めて会った相手だというのに、梓は正確にメッセージを受け取れた。
 この調子で恵梨花に話させたら、瞬からの話を聞かないまま亮が帰ってくる恐れがある。
 いや、もういい加減帰ってきてもおかしくないだろう。
「恵梨花、そろそろいいんじゃない?」
「え、そ、そう……?」
 物足りなさそうな恵梨花が可愛くて抱きしめたくなったが、梓はぐっと我慢した。
「ええ、もう十分よ……瞬くんから亮くんの話、聞きたくないの?」
 それを聞くと、恵梨花はハッとなった。
「聞きたい!」
「……じゃあ、お願いするわ」
 梓が促すと、瞬は苦笑を浮かべて体を起こした。
「さて、じゃあ、何から話すか――」
「あ、その前に恵梨花の話を聞いて思ったことを聞かせて欲しいかしらね、親友の立場として」
「それもそうだな――まあ、亮がどう落とされたのかはよくわかった。あと、互いにベタ惚れだということも」
「え? そ、そう……?」
 嬉しそうに顔を赤らめる恵梨花に瞬は穏やかに微笑んだ。
「ああ、今日のあいつを最初見た時はちょっと驚いてな――話を聞いて納得がいった」
「それはどういう……?」
 梓の詳細を求める声に瞬は頷いた。
「そいつについても話す。まずは、恵梨花の話を聞いた俺の所感を言うと――そうさな、恵梨花は狙ってもいないのにも関わらず、亮を超効率で最速ルートを最短攻略した、ように思ったな」
「ふむ……詳しく」
「ああ、まず容姿が亮の好みとフルマッチ。それだけで好感度は高かっただろう。だが、さっきも言ったようにそれだけであいつは惚れない。高校に入った――いや中三の時からあいつは自分の中に壁を作っていたからな、尚更だ」
「……確かに、壁はあったわね」
 思い出しながら梓が相槌を打つ。
「ああ、だから亮に逃げられた次の日、教室まで行ったのは大正解だった訳だ。そこでグイグイ行かなけりゃ一週間も経った頃には亮の頭から恵梨花のことは綺麗サッパリ消えてただろうよ」
「……有り得るわね」
「その後も積極的に行ったのは勿論〇(マル)だ。そして決定的なのが、デートの日のことだろう」
「サイドポニー恵梨花の可愛さにやられたのね」
「それもあるだろうが、決定的要因にはなり得ない。心当たりあるんじゃないか、恵梨花?」
「……お弁当?」
「ああ、知ってると思うが亮は中三の時に両親を亡くしている……もう少しで二年か、早いな……。まあ、それだけの間、当然のことだが、亮はお袋さんの料理を食べていない。もちろん、弁当もだ。毎日毎日大きな弁当を拵えてもらってたんだが、それが無くなった喪失感はどれほどだったか……」
 痛ましそうに眉を寄せる瞬に、恵梨花は思わず聞いていた。
「あの、もしかして亮くんのお母さんのこと知って……?」
「ああ、良く知ってるよ、いい人だった。俺みたいな悪ガキだろうと、いつも歓迎してくれて、顔合わせれば、ご飯食べてく? ってしょっちゅう晩飯に呼んでもらったな。父子家庭で育ったとおるなんかは、亮のお袋さんの出した家庭料理に感動して、亮に会わなくてもお袋さんに会いに家に行くほど慕ってたぐらいだ。おっとりして、でもしっかりしていて、時に俺達を叱ったりして、そして綺麗な人で……本当にいい人だった」
 瞬の言葉には聞いてるこちらの胸が痛くなるほど、実感がこもっていた。
「そうだな、今思えば恵梨花、お前に――」
 何か言いかけたところで瞬は恵梨花を凝視すると、次第に驚いたように目を見開いた。
「わ、私が何……?」
 困惑する恵梨花の声に、瞬はハッとすると、途端に声を立てて笑い始めた。
「はあっはっはっは! なるほど、なるほどな!!」
 膝を叩いて一人納得したように何度も頷く瞬に訳がわからず、恵梨花は梓と顔を見合わせた。
「ど、どうしたの……?」
 恵梨花が尋ねると、瞬は笑いを噛み殺しながら首を横に振る。
「ああ、実は――いや、流石にこれはやめとくか、武士の情けだ。恩に着ろよ、亮」
 そう言って瞬はニヤリとすると、口を閉ざした。
 気になるが、聞いても答えてはくれないだろう。
「じゃあ、さっきの続きを言わせてもらおうか。亮は弁当を食えなくなった訳だが、無いものは仕方ない。ない生活に慣れるしかない。そして高校に入り、一年が経って弁当のない生活に慣れ切ったところで、不意打ちで恵梨花の弁当だ。相当響いただろう。恐らくだが、その時、亮の壁は崩れてしまったんじゃないか? ……恵梨花、何か兆候とかなかったか?」
「どういうこと?」
「弁当を出した時、もしくは食べた時、亮に何か変化は起こらなかったか? 変にテンション高かったり、おかしな言動をしたりとか」
 瞬が具体例を挙げると、恵梨花の目が盛大に泳ぎ始めた。
「えーと、あーと……そのー……」
 どうやら心当たりがあるらしい。
 梓は弁当を一緒に食べたことは聞いても、そこで何かがあったとは聞いていない。
「オーケー、わかった。何かあった訳だな」
 それは恵梨花の反応から明らかで、梓は後で聞こうと心に決めた。
「じゃあ、間違いないな、亮が作っていた壁はそこで崩れたんだろう。次の日から恵梨花を避け始めたことも含めると確定と考えていいだろう」
 亮自身が言っていた事と瞬が言っていることに違いはあるが、瞬の考えは恐らく亮の無意識下のことであるから齟齬があるのは仕方ないことだろう。
「そして壁が崩れた亮の前には、好みが完璧にマッチした女の子、その子に好意を向けられながら食べる手作り弁当、普通ならこれで決まるんだろう……だが、あいつは自身の壁の再構築にとりかかるために恵梨花を避け始めた……そんな時に喧嘩が起こって、亮のアレを見た、か」
「やっぱり君も知ってるのね」
「当たり前だ……しかし、さっき聞いた時も驚いたが、そのあいつを見てビンタだけでなく、蹴りまでくらわしただあ……?」
 瞬は噛みしめるように俯いてくっくと笑い始めたかと思えば、声を立てて愉快そうに笑ったのである。
「えーっと……?」
 人の口から言われたことで改めて恥ずかしくなったのだろう、頬を赤く染めて恵梨花が所在なさげに瞬を見ている。
「はっはっは! 信じられねえ! こんな女がいるなんてな!! 正に亮にピッタリだぜ!!」
「えーと、ありがとう……?」
「はー――ったく、面白すぎるぜ、今日は……」
 しみじみと首を横に振って瞬は続ける。
「これは間違いないな、恵梨花。お前がその時ビンタで吹き飛ばしたのは、殺気だけじゃない――壁だ。亮が再構築していた壁だ。それをもう修復不可能なレベルで叩き潰したんだ」
「う、うん……?」
 良くわかってなさそうな恵梨花の隣で、梓は当時のことを思い出して納得した。
 確かに亮はその時から三人娘への態度をガラリと変えた。名前で呼んでくれと言って。
「本当に納得いったぜ、亮が中三の時に作って、俺達には壊せなかった壁を最高のタイミングで最適な方法で、立て続けに壊したんだからな。おまけに胃袋まで掴まれて、そりゃあ惚れもするか」
 並べて聞くと、なるほど、納得のいく話である。
「だから、最速ルートを最短攻略?」
「ああ、それ以外にどう言える?」
「……確かに」
「そして恵梨花が壁を壊したからだろう。亮の雰囲気が変わって……いや、焦りが無くなっていて、今日あいつを見た時は驚いた」
「そういえば、さっきそんなこと言ってたわね……焦り?」
 亮が何かに焦っているような姿など、目立ちそうになった時ぐらいしか見ていない。
「ああ……両親が亡くなってから、な……」
 一瞬の間だったが、瞬の目に寂しげな気配が浮かんだように見えた。が、すぐに瞬は表情を改めてニヤリと笑って言ったのである。
「あと、亮が恵梨花に惚れた要因としてダメ押しの一つがある……俺の記憶が確かなら、だが」
「あら、何かしら?」
 梓が聞くと、瞬は恵梨花に目を向けた。
「恵梨花、苗字は藤本だったな?」
「え、うん」
「恵梨花のお袋さんは、料理研究家だったりするか? 料理教室を開いたりして――いや、してたことはあるか?」
「え!? 何で知ってるの!? 今もやってるけど……」
「やはりか」
 そして瞬は心底愉快そうに言ったのである。
「俺は運命なんて言葉は嫌いなんだが――今はそれを目の当たりにしてる気分だ」
「突然、何を言って――……! ちょっと、嘘でしょ!?」
 梓は瞬の話の流れから浮かんだ推測に愕然とした。
「嘘じゃない、亮のお袋さんが通っていた料理教室、恐らくそこだ」
「そこって、私のお母さんの……? 亮くんのお母さんが……? …………ええええええええ!?」
「亮のお袋さんがよく言ってた、料理教室の先生が可愛くて面白くて美人で、とても素敵な人だ藤本先生は――ってな」
 驚愕しきって放心したようにあんぐりと口を開く恵梨花に、瞬は楽しげに尋ねた。
「恵梨花、お前は料理を自分のお袋さんから習っている、そうだな?」
「そ、そう、だけど……」
「これがどういうことかわかるか?」
「え、えーっと……」
「亮のお袋さんの料理の先生と、恵梨花の料理の先生が同じ人ってことだ。だから恵梨花の料理は亮のお袋さんが作る料理の味付けと似ているはず――つまり、恵梨花、お前の作る料理は亮にとって正に文字通りお袋の味と言っても過言じゃなく、亮にとっては一番飢えている味ってことだ」
 これにはもう驚くしかない。
「そういえば、彼よく恵梨花の作るものは妙に口に合うって言ってたわ」
「……毎日三食食べたいって言ってた」
 梓と咲が思いだしたように言うと、瞬はしたりと頷いた。
「当たり前だ、亮にとってのお袋の味に限りなく近いものを作ってるんだからな。つまり、これ以上ないほど亮の胃袋をガッチリ掴める、いや、一発で掴んだってことだろう……こいつは料理だけの話じゃないが、こうも亮にとって有効で亮が欲している手を最良のやり方で出し続ける恵梨花と亮は何というか、出会うべくして出会ったような――」
「――正に運命の相手と言っても過言ではないわね」
 梓は呆然と、瞬の話を相応しい言葉で締めくくった。
「はー……なんかすごい話聞いた気分」
 黙って聞いていた智子が、感嘆した吐息と共に言う。
「亮くんのお母さんと私のお母さんが知り合いだった……?」
 恵梨花はまだショックから抜け切れていないようで、さっきの梓の言葉も耳に入っていなかっただろう。
 そこでテーブルの上にある瞬のスマフォから電子音が鳴る。瞬がスマフォを手にとって、目を落とすと眉を寄せた。
「もって後五分か、ちょっと話し過ぎたな――いや、もった方だな。空腹時の亮の足止めなんて」
「そういえば、余り亮くんの中学の時の話を聞けてないわね……それ以外の話も非常に興味深かったけど」
 実際、瞬から聞いたことはどれも新しい発見があり面白かった。が、亮の中学時代の話とは言えない。やはりそれも聞きたいところで、梓が気落ちを表すように眉をひそめると、瞬が改めるように口を開いた。
「仕方ない、時間も少ないことだし、こうするか――俺達の間にある亮の鉄板ネタ、その内からお題を三つ挙げる。その内の一つを選択しろ。それを話すことにしようか」
 そして瞬が人差し指を立て一つ目のお題を口にする前に、梓は恵梨花に呼びかけた。
「恵梨花、さっきの話で驚いてるのはわかるけど、しっかりしなさい」
「え、うん……あ、じゃあ、お願いします」
「よし、では一つ目――『亮、生徒会から災害に認定される』」
 梓と恵梨花の顔が「は?」と固まるが、瞬は構わず二本目の指を立てた。
「二つ目――『亮、学校からいじめをなくす』」
 今度は「ええ?」とこれでもかと眉を寄せる二人。瞬は三つめの指を立てた。
「三つめ――あ、これは亮というより、亮の親父さんがメインになるな……まあ、いいか。三つめ『亮、父を呼ばれてえらいことに』――さあ、どれを選ぶ?」
 瞬は憎たらしいほど爽やかな笑みで、究極の選択を迫ってきた。
「どうしよう、梓! どれも、なんか凄そうで……!」
「ええ、そしてどれも非常に気になって……聞きた過ぎるわ」
「時間が迫ってる、早く選択しないと、何も聞けなくなるぞ」
 瞬が二人の葛藤を楽しげに眺めながら急かしてくる。
「ああ、もう……! 恵梨花、あなたが選択しなさい、あなたの彼氏のことなんだから」
「ええ!? じゃあ、ええと、ええと…………二つ目で!」
 意を決したように恵梨花が叫ぶと、瞬は笑みを深くして頷いた。
「『亮、学校からいじめをなくす』の方だな、いい選択だ」
「そ、そうなの?」
 恵梨花がホッとしたように安堵の息を吐く。
「ああ、聞こえはいいが、中身が非常に残念で亮らしいところが最高にな」
「……」
 もしかしたら選択を間違えたかもしれない、そんな声が聞こえてきそうな顔で恵梨花は冷や汗を流す。しかし、どれを選んでも同じようなことになりそうで、間違えた選択とは決して言えないところがまた辛いところである。
「これもざっくばらんに話すか――確か、俺達が中学校二年の後期の頃か、俺と亮と徹、都に環奈の五人で学校から帰ってる時のことだ」
「あれ? 石黒くんと、茜ちゃんって子は? 一緒じゃなかったの?」
 思い出したように恵梨花が聞くと、瞬は面白がるように目を瞠った。
「良く知ってるな、その二人は確か生徒会の用事で残ってたはずだ」
「ああ、そういえば生徒会長だったって……」
「そうだ――で、その日、俺達はたまたま人通りの少ないところを歩いて帰っていてな、俺と都で亮を挟んで三人で雑談してて、後ろじゃ徹がアホな話を環奈に聞かせて二人で馬鹿みたいにケラケラ笑ってたっけな、そうしていたところで、ある物陰から喧嘩してるような音が聞こえて、俺達が目を向けると、そこでは同級生のしょうもない連中が複数で一人を囲んで殴る蹴るの――まあ、単純ないじめをしていた訳だ。それがわかって俺は速攻で興味を失くし、都と環奈は嫌なものを目撃したような顔になって、徹はつまらないものを見たように白けていたりと、まあ、ありきたりな反応で、亮は――」
「た、助けに行った……んだよね?」
 恵梨花が僅かばかりの期待を含んで自信なさげに聞くと、瞬はバッサリ切り捨てた。
「そんな訳ないだろ。いじめをしていたのも、されていたのも男だ。あいつは男は助けない」
「そ、そっかー……」
 恵梨花がやっぱり、と肩を落とした。
「でも、お題は『亮、学校からいじめをなくす』なのよね?」
 梓が改めて言うと、恵梨花は勢いよく顔を上げる。
「そうだよ! さっきは驚きが強くてボケっと聞いちゃってたけど、お題聞くとすごいことじゃない!」
 恵梨花が鼻息荒く言うと、瞬は憐れむような目をして首を横に振った。
「それは結果的な話であって……まあ、続きを聞けばわかる――その時の亮は不思議なものを見るように首を傾げていてな、それから少し不愉快そうに眉を寄せていたっけか。それがなんか気になった俺は、どうしたのか亮に聞いてみたが、『いや、別に……腹減ったし行こうぜ』と返ってきただけで、俺達はそのいじめの現場を見過ごして後にした」
「亮くんらしいけど、亮くんらしいけど……」
 恵梨花が複雑そうに頭を抱えて唸っている。構わずに瞬は口を動かす。
「そういえば、その際、いじめっ子どもが俺達に、いや正確に言うと俺と亮に気づいて、ビビってたが、俺達が何も言わずに立ち去ろうとしたら、すさまじくホッとしてたな。いじめられっ子は、もしかしてと希望に染めた顔を絶望に歪めていたがな」
 それはそうだろう。
「……本当にそのまま帰っちゃったの?」
 恵梨花がなんとも言えないように聞くと、瞬は肩を竦めた。
「ああ、別に暇つぶしにいじめっ子どもを蹴散らしてもよかったんだが、あいつらと喧嘩しても面白くなさそうだったしな」
 亮はお腹が空いたから、瞬はつまらないからその場を後にした訳で、二人がそのいじめに対し何も思っていないことがよくわかる。
「それから数日程経った頃か、その日は達也と茜も加えて俺達は七人で帰ってたんだが、また同じ現場に出くわした、やってることとやられてるやつも同じ面子のな」
「前と全く同じいじめをしているのを見たのね?」
「ああ、でもこっちには生徒会長をしている達也がいたからな、流石に立場的に見過ごせないからとあいつは仕方なさそうに連中に声をかけようとした――ところで、亮が待ったをかけた」
「さ、流石に二回目だから助けに行こうとしたんだよね!?」
 恵梨花の願望混じりの問いを、瞬はまたも切り捨てた。
「それも勿論違う、あいつはまた不可解で不愉快そうな顔をしていじめの現場を見ててな、達也が自分を止めた亮へ訝しげにどうしたのか聞いた。すると亮は達也へ徐にこう聞いた『なあ――あれって、楽しいのか?』とな。達也が何言ってんだこいつはって顔をしながらも律儀に答えてやる『そんなもの俺が知るか。けど、やられてる方はともかくやってる方は楽しくてやってるんじゃないか? そもそも低能の考えてることなど俺にわかるか、気になるなら自分であの社会のゴミ候補どもに聞いてこい』達也がいつもの調子でそう言うと、亮は少し悩むようにアゴに手を当てて考えてから『それもそうだな』と頷いて、俺達に先に帰ってていいぞと手を振って連中のとこへ向かった」
「そ、そう言って亮くん助けに行ったんだね!?」
 希望を捨てきれない恵梨花が縋るように聞くも、瞬はゆっくりと首を横に振り、恵梨花の最後の希望を投げ捨てた。
「もちろん、違う。そして話はここからが肝心でな――亮が何をするつもりなのかと、気になった俺達はその場で足を止めた。徹が楽しそうに『あいつまたなんかやる気やで、おもろなってきたー』なんて言う横で、茜は亮が何をやらかす気なのかと心配そうに達也へ『止めた方がいいんじゃ……?』と反対のことを言ったが、茜以外の俺達は亮を止める気などなく、野次馬を決め込んだ……茜も結局はそうしてたな」
 関西弁をそっくり真似することなく、台詞だけを言った感のある瞬の話だが、情景は良く見えてきて、梓はなんとなく亮の七人の立ち位置的なものを感じとれてきた。亮は恐らく、七人の中でも中心的立場なのだろう。
「そして、亮が近づいて来るのに気づいてビビるいじめっ子どもと、助けてくれるのかと希望に顔を輝かせるいじめられっ子。亮に何の用だと虚勢を張るいじめっ子どもに、亮はこう言った『それ、俺も混ぜさせてくれ』とな」
 訳がわからず、これでもかと眉を寄せる三人娘と智子に、瞬は思い出し笑いを浮かべながら続ける。
「そこにいた全員が何を言ってるのかわからなかった。状況的に見れば、亮がいじめに参加させろと言ってるようなんだが、意図がまったく見えなくてな。亮が弱いものいじめなど好んでしないやつなのを俺達はよく知ってるから余計にだ。ただ、まあ、亮はやっぱり何かやらかすだろうと、俺達は期待に胸を膨らせて黙って見ていた。いじめっ子どもも亮の意図がわからず警戒していたが、亮が『いや、だから、そのいじめを体験させてくれ』と連中に話すと、あいつらは亮が本気でそう言ってきてるのだとわかると途端にホッとして、笑顔で了承した。いじめられっ子は、亮がいじめっ子側に入ると察すると、死神を見たような顔になった」
「――あ! わかった、亮くんそう言っておいて、いじめられてた方に回って助けてあげたんじゃ!?」
 長く暗い道で光を見つけたように恵梨花が身を乗り出したが、それはやはりダメなフラグだった。
「いいや違う――いじめっ子達から快く了承を受けると、亮はいじめられっ子を見下ろし、徐に蹴りを一発叩き込んだ。数メートルは吹っ飛んだな……そして完全に力尽きて気を失ういじめられっ子に、亮の蹴りの容赦なさにドン引きするいじめっ子ども。『あいつ、とどめ刺しおったで……』と呆然とする徹同様の俺達」
「……」
 恵梨花の頬が完全に引き攣って、何も言えなくなっている。
「静まり返るその場で、亮が首を傾げてボソッと言った『やっぱり面白くねえな……』と、そしてドン引きしているいじめっ子に振り返ると『じゃあ、次はお前らな』と、連中を順番に蹴飛ばした。泣き叫びながらいじめっ子達がいきなり何するんだ! と亮に問い詰める。亮は再び首を傾げて『いや、だからさっき言ったろ、いじめを体験させてくれ』とな。確かに亮はそう言っていた。但し、誰をいじめるかは明言していない。だから亮はいじめられっ子の次にいじめっ子達をいじめ始めた。亮の言っていることがようやくわかったいじめっ子連中は、全員顔面蒼白になって、やめてくれ、助けてくれ、勘弁してくれと泣き叫んだ。だが、亮は『お前ら、演技上手いな』と、いじめっ子達が自分に気をきかせて、いじめられっ子の真似をしているのだと勘違いして笑いながら蹴り続けた。んなアホなと思うところだが、いじめっ子のその懇願はいじめられっ子がいじめっ子に言っていたのをついさっき聞いていたからな、無理もなくはない、と言っておこう」
「なんて恐ろしい……」
 智子が背筋を震わせてボソッと口にした。恵梨花はどこを見てるのか目が遠くなっている。
「そして、死屍累々と化したいじめっ子達に『じゃあ、交代するか』と亮はいじめられっ子に回ることを提案した。なるほど、いじめを体験するのなら、する方とされる方と両方の体験が必要だろう。公平な提案だったが、地に伏せながらいじめっ子達は、必死で首を横に振った。まあ、当たり前だな、亮が密かに災害に指定されたのは記憶に新しい。誰が好き好んで、そんなやつをいじめられるか」
「さ、災害に指定って……」
 恐らく一つ目の題目のことだろう。時系列的にこの話の前のことらしい。恵梨花が引きつった顔で呟いた。
「『本当にいいのか? 殴っていいんだぞ?』と何度も確認しては、いじめっ子達に丁寧に断られた亮は、一仕事終えた後のようにスッキリした顔で、いじめっ子をいじめ始めた辺りから爆笑していた俺達の元へ帰ってきた。都が一番に声をかけた、何故あんな真似をしたのか。そこから話を聞いてみると、どうやら亮はいじめをしているのを見ると、どうにも不愉快で目にするのも鬱陶しかったらしくてな、だから、やめろと言おうか考えたらしい。が、もしかしたら連中にはすごい楽しいことなのかもしれない。だとしたら居丈高にやめろと言うのはどうかと亮はちょっと悩んだらしい。誰だってその人にとっては楽しいことを、中身も知らずにやめろといわれることは我慢ならないからな、と。ならば体験してから言えばいいかとあいつは決断を下した」
「……だから、いじめを体験させろ、と?」
 もうどこから何を突っ込めばいいのかと呆れる梓の問いに、瞬は笑いを噛み殺しながら頷いた。
「その通り。そして達也がふと亮にいじめの体験の感想を聞いてみた。そしたら亮は『アレだな、いじめられっ子をいじめても全く面白くないな、けど――いじめっ子をいじめるのは結構楽しいかもしれん』と答えた。また爆笑する俺達の中で、達也だけはその亮の感想に眼鏡を光らせた。後日、達也は亮のその感想の後ろ半分におまけをつけて学校中に流した『亮はいじめっ子をいじめるのがマイブーム』とな。反応は劇的だった、覚えのあるやつは顔面蒼白、いじめの末に登校拒否者を出したやつは、いじめたやつの家まで行って、土下座して許しを請い、学校に来るよう懇願した、もういじめないからと、その日を境にいじめっ子といじめられっ子の立場が逆転した訳だ。そうして少なくとも、表面上いじめは無くなり、生徒会長の達也の功績が一つ増えることとなって、達也は教師達から深く感謝され、教師達に貸しを一つ増やした」
「え、石黒くんがなの?」
 恵梨花が正気に戻って思わず聞くと、瞬は微妙に納得いかないような顔で頷いた。
「ああ、まあ、そうなるのも無理のないところもあってな。達也は亮の幼馴染だけあって、亮を唯一コントロールできるやつだと教師達から覚えがよかったし、亮の尻拭いもよくやっていたからな。それに亮の感想を学校中に流して、いじめ根絶を狙ったのは実際にあいつだからな」
「へーえ……?」
 納得いったようで、首を傾げているのは、達也へのことでは無いだろう。
「なんか、聞けば聞くほど、亮くんが一番問題を起こしてるような気がするわね」
 梓がそのことを口にすると、瞬が食いついた。
「どういうことだい、そりゃ?」
「彼は中学校の時の友達が騒がしくて、それが嫌だから高校は別にしてるって言ってたのよね」
「ほう、なるほど……」
 瞬はくっくと低く笑った。
「確かに俺達は亮の周りで騒いで問題を起こしただろう。だが、数こそ俺達より少ないが、起こした問題の大きさで言えばぶっちぎりであいつだ」
「……なるほど」
 得心して梓は頷いた。周りが騒がしくとも、いざ起こった時の大きな問題の発生源は亮。非常に納得できてしまった。
「大体、こんなところだ。『亮、学校からいじめをなくす』の中身はな」
「なくしたのは石黒くんな気がするけど、でもこの話の主役は確かに彼だわ……言っていた通り、聞こえはいいけど、中身は非常に残念なものだったわ」
 梓が所感を述べると、恵梨花が複雑そうにため息を吐いた。
「亮くんのお話聞けたのは嬉しいんだけど……」
「もっと格好いいような話を聞きたかったか?」
「う……」
 面白がるような瞬に、恵梨花が図星をつかれて変な声を出す。
 からからと笑った瞬は、ふとスマフォに目を落として、意外そうに片眉を上げる。
「けっこう経ってるが持ってるな……話の途中で帰ってくるかと思ったが」
「そういえば、亮くん遅いね」
「うちのガールズが頑張ってるんだろう、空腹時の亮は『触るな、危険』だから、もう男は退避してるはずだ」
「完全に危険物の扱いじゃない、それ……」
「違うと思ってたのか?」
 瞬からニヤリと返され、思わず梓は二の句を継げられなかった。
「そうだな……あいつが戻ってくるまでもう少しだろう。ならそれまでの間、恵梨花が気になるだろうことを話すか」
「え!?」
「ああ、亮が中学校の時に女子からどう思われてたかなんて、どうだ」
「詳しくお願い」
 恵梨花の顔が一気に引き締まった。瞬がふっと笑みを零して話し出す。
「結論から言うと、亮はモテてたな」
「……やっぱり……」
 恵梨花が気難しげに唸る。
「知ってると思うが、あいつは女子には甘く、優しいところがあるからな。時にぶっ飛んだ行動をとったり、変なところを見せたりして引かれたりしたこともある亮だが、なんだかんだ強いことと、優しいこととで女子達の間での守ってくれそうな人ランキングのナンバーワンから落ちたことは無い。それに顔は普通に良いしな」
「すごーく良くわかる……けど!」
 恵梨花が葛藤を表すように頭を抱える。
「だがしかし、亮にその自覚は全くない」
「……変に鈍いところはあるけど、全く無いというのはどうしてかしら?」
 確かに亮はそういうところがある、最近は聞いてないが、恵梨花と自分じゃ不釣り合いだとよく口にしていた。
「都が亮にベッタリだったからな……都のことは知ってるか?」
「……知ってる、読モの都ちゃんだよね」
 ここで事前情報のない智子だけが目を丸くしたが、話の腰を折らないためか口を噤んだ。
「ああ、その都が常時と言っていいほど亮の横にいてな……読者モデルまでやってる学校一のと言っていい美少女である都がだ。そんな都がいつも一緒にいたせいで、亮に好意を持った女子はすっかり萎縮して、告白することすら諦める。だから亮は中学の時に誰からも告白されたことが無い。そしてこう言うのもなんだが、亮と良く一緒にいた俺や達也がよく告白されてたのを見てた亮は、それが全くない自分はモテないのだと結論付けた」
 なるほど、納得のいく話であるが、問題は亮の勘違いではない。
「……ええと……あの、都ちゃんはやっぱり……?」
 恵梨花がそう曖昧に聞くと、瞬は肩を竦めた。
「まあ、それは言わずもがなってな? それで何故二人が付き合っていなかったのかと言うと……亮が馬鹿なのと、都のタイミングの悪さってところか?」
「それって、どういう――」
 恵梨花が詳細を聞こうとすると、扉が荒々しく開かれた。
「――はー、なんなんだ、今日は」
 眼鏡を外し、見慣れない髪型をした亮が入ってきた。
(……写真で見たことはあるけど、本当に雰囲気がガラッと変わるわね)
 何気に、擬態解除した生の亮を見るのは初めての梓と咲である。
 この姿に見慣れていたら、あの眼鏡と髪型は確かに無いな、と思えてくる。
「悪い、待たせたな。なんかやたらと声かけられて――どうした?」
 亮の疑問の声は、瞬以外に向けられたものだ。初めての姿を、ジロジロと見てしまう梓と咲。顔を背けて肩を震わす智子、瞬に聞いていた話が話のために亮が入ってきて固まってしまった恵梨花。
「な、なんでもないよ」
 恵梨花が取り繕うように手を振ると、瞬がフォローした。
「ああ、別に何もない。強いて言えば、俺抜きのガールズトークが盛り上がってる時に、お前が入ってきて、つい驚いてしまっただけだ」
「ふうん? それなら悪いことしたか……? でも――」
 亮はそう言って、視線を合わそうとせず笑いを堪えている智子から瞬に目を合わせた。
「何話してたか知らねえが、内容によっては覚悟しろよ、瞬?」
 この状況で自分が噂されてないなど思っていないのだろう、その出所であると簡単に推測できる瞬に、亮は物騒な笑みを浮かべて告げたのである。

 
 
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