米大統領選 世界の懸念と向き合え
米国の2大政党がこれほど揺れたのも珍しい。
米国時間の7日、カリフォルニアなど6州で予備選・党員集会が行われ、2月から続いた大統領候補者選びは実質的に終了した。
民主党は首都ワシントンの予備選を残しているが、同党のクリントン前国務長官と共和党の実業家、トランプ氏は大州カリフォルニアでも勝利し、必要な代議員を得て大統領選の候補となることが確定した。
だが、民主党はサンダース上院議員が7月の党大会まで戦うと宣言、共和党は主流派とトランプ氏の分裂修復が進んでおらず、どちらも挙党態勢とはほど遠い状況だ。
民主・共和とも流動化
異例の事態と言うべきである。候補者を選ぶ過程で党内が割れることは珍しくないが、大統領候補選びが終われば党内の融和と団結が進むのが通例だった。
だが、今回はサンダース氏の支持者の一部がクリントン氏ではなくトランプ氏に投票するとみられ、民主党支持層の流動化が進んでいる。
クリントン氏が女性初の大統領候補に確定したのは歴史的なことである。ただ、各種世論調査では6割前後の人が同氏とトランプ氏を嫌っている。特に若者らは、大統領夫人や上院議員、国務長官の経歴を持つクリントン氏を既得権益の擁護者として敵視、敬遠する傾向がある。
社会格差が深刻化する中、奨学金を返済できず、学歴にふさわしい職も得られず、アメリカンドリームは過去の話と絶望する若者たちは、政治経験が豊富なクリントン氏よりも、民主社会主義者を自任するサンダース氏に引かれる傾向がある。政治の安定よりも社会の根本的な是正を求めているのだろう。
共和党の支持基盤も流動化した。トランプ氏の乱暴な言動に困惑した共和党主流派は、他の同党候補にテコ入れしてトランプ氏の勢いを止めようとした。その試みがことごとく失敗したのは、もはや既成の政治には任せられないという機運が高まっていることを示していよう。
とはいえ、党大会で採択する党政策綱領に、(1)不法移民流入を防ぐためメキシコ国境に壁を造って建設費を同国に払わせる(2)日本などに米軍駐留経費を全額要求する(3)イスラム教徒の入国を全面拒否する−−などと、トランプ氏の主張をそのまま盛り込むのは難しい。
党としてどう対応するか。対処を誤れば有権者の離反も予想されるだけに、米国の保守政治を担ってきた共和党の重大な岐路である。
また、クリントン氏を支持する共和党員、トランプ氏を支持する民主党員が相次ぎ、2大政党を支える“岩盤”がひび割れたり崩壊したりすることも想定外ではなさそうだ。
こうした政治状況が出現した背景には、政治に対する米国民の不満があろう。米国では国民の生活が苦しくなった時など、内向きで孤立主義的な動きが頭をもたげる。
1996年の予備選では共和党の政治評論家、パット・ブキャナン氏が「不法移民対策としてメキシコ国境にバリケードを設け、北米自由貿易協定(NAFTA)から脱退してカナダ国境を閉鎖せよ」と訴えた。トランプ氏とそっくりな主張だ。
トランプ・リスクは重大
イラクとアフガニスタンでの戦争で衰弱した米国が、種々の問題に悩んでいるのは分かる。だが、米国史に照らしても、孤立主義に解決を求めるのは危険だ。トランプ氏のように同盟国・友好国からカネを搾り取ろうとすれば仲間を失い、結局は米国民に不利益をもたらすからだ。
同氏は北大西洋条約機構(NATO)の加盟国にも軍事負担の増大を求めている。だが、欧州などのNATO加盟国はアフガン攻撃に伴って国際治安支援部隊を組織し、自国兵士の犠牲者を出して米国を支援してきたことを忘れてはなるまい。
トランプ氏は日米安保や日本の基地提供の意味も理解していないようだ。同盟国の貢献を軽視し、米軍駐留経費を「用心棒代」としか見ないのは言語道断であり、米国の世界戦略としても問題だ。安定した国際秩序を保てなければ、米国自身の利益も安全も維持できない。
そもそも今日の国際秩序は米国主導で形成された。それを一方的に壊すのは身勝手と言うしかなく、その先に待っているのは混乱である。
トランプ氏は、温室効果ガス削減目標の新たな国際枠組み「パリ協定」の批准を拒否する構えだ。同氏が大統領になった時のリスクは計り知れない。世界が同氏の言動を憂慮し、米国と世界の行く末を案じていることを自覚してほしい。
共和党の候補者選びは口汚い舌戦が目立ったが、本選でもクリントン氏が国務長官時代に私的なメールアドレスを使った問題、「トランプ大学」をめぐる問題などで非難・中傷合戦も予想されよう。
だが、世界にはイスラム過激派とテロの拡大、北朝鮮の核開発やウクライナ、南シナ海をめぐる対立も含めて重大な問題が山積している。本選では、米国が関与してきたそれらの問題の解決策を語ってほしい。それこそ大統領候補としての器の大きさを示す本道である。