アスパラガス、イネ、トマト、果樹の養分量変化の謎に挑戦

リンの話は、つづきの文章ができていないので…。以前からアスパラガスのことを調べているのだが、調べれば調べるほど、アスパラガスはイネに似ている。両方とも単子葉植物の多年草で、どんどん分げつしながら株を大きくして栄養繁殖し、秋には種子繁殖もする。養分量についても似た反応がみられる。

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上の試験データは、アスパラガス栽培にたずさわる人はよく知っていると思うが、1982~83年に北海道中央農試で行われたアスパラガスの施肥試験である。表のように、茎葉がもっとも急生長している6月に窒素供給を中断すると、連続供給した標準区よりも茎葉の量はかなり少なくなるが、翌年の収穫量はむしろ多くなる。施肥配分も試験されており、春:夏=1:3のときがもっとも成績がよい。以来、今日にいたるまで、このデータが露地アスパラガス栽培の施肥基準になっている。しかし、どうして、茎葉がもっとも生長する時期に窒素を中断すると増収するのかは謎である。

暖地の稲作農家なら、これと似た話をすぐに思い浮かべるだろう。暖地の稲作では、密植して生育初期に窒素を多投すると、茎数が増えすぎて過繁茂になり、下位節間も伸びる。こうなると病害虫にすぐにやられるし、かんたんに倒伏して減収する。最近では、暖地の指導機関の多くは、疎植、晩植え、基肥減肥を奨励するようになっているのではないか。幸いなことに、アスパラガスは、北海道から九州まで春~秋に栽培されていて、寒地と暖地の両方の試験データがある。さらに、春先に貯蔵養分で生育する植物なので、地上部だけでなく、地下部の測定データもある(研究者の努力に感謝)。asukara2

上のデータは、1994~1995年に長崎県総農試で、2~3年生のアスパラガスで行われた試験である。地上部無機養分含有率(濃度)は、茎葉がもっとも生長する5~6月に、すべての養分が減少する。これは、イネでも見られる現象で、葉色診断すると、穂首分化期=第4節間伸長期のころに、葉の色が薄くなる。イネの場合は古来より「稲に三黄あり」のことわざさえ残っている。昔からこのような現象について、研究者たちは、「急速な生長に養分吸収が追いつかず、一時的に濃度が薄まる」と考えてきた。

しかし、表の右の地上部の1株当り無機養分含有量でみると、5月に養分量が減少している(カリは6月)。無機養分含有量というのは、絶対量であって濃度ではない。濃度=含有量÷現物重なので、生長期に現物重が急増するために、濃度が薄まったという話ならわからないこともないが、含有量そのものが減ることは説明がつかない。植物が生長するというのは、細胞分裂がさかんに行われて、身体組織が新しく作られるということだ。細胞を新しく作るには、エネルギーと材料が必要だ。光合成によってできた炭水化物がエネルギー源であり、炭水化物と根から吸い上げた窒素N、リンP、カルシウムCa、マグネシウムMgなどが組織の材料になる。なお、カリウムKは組織そのものを構成するわけではなく、細胞内浸透圧の維持、酵素機能の維持、膜電位形成に寄与していると考えられている。アスパラガス栽培では、茎葉がもっとも生長している時期に、組織形成の材料(無機養分)の総量が減るという、生物の代謝反応からはおよそ説明がつかない現象がおきている。

じつは、このような現象がおきるのは、アスパラガスやイネだけにとどまらない。昔から夏秋栽培のトマトやキュウリの篤農家たちは、苗の生長期に、しおれるほどかん水量を減らしたり、窒素を切らして、苗作りを行ってきた。そのほうが、病害虫に強く、夏季の樹勢低下がおきにくい株になる。また、1990年代に静岡県柑橘試験場の中間和光氏は、ミカンの施肥について、春先の施用ではなく、6月末と10月上旬に施用すると、貯蔵養分が増え、連年結果と品質向上につながると報告している。岩手大学の壽松木章氏も、リンゴ、モモの施肥時期について、新梢が伸びる春ではなくて、秋に基肥を施用したほうが、効果が高いことを指摘している。

私にとってこの問題は、30年近く頭を悩ませてきた難問であり、農家や研究者に話を聞いたり、文献を調べても、納得できる答えを得られたことがない。とくに研究者からは、「篤農家の特殊な技術」として片付けられることがほとんどで、今後も、研究者が、この問題に取り組むことはあまり考えられない。死ぬまで待っていても、誰も解明してくれそうにない。死ぬまで待つくらいなら、自分で一から考えることにした。

アスパラガス、イネ、トマト、果樹などに共通するのは、これらは「涼しい気候」または「弱い日照」を好むC3植物であるということだ。イネは高温の熱帯・亜熱帯の植物だが、野生のイネ属植物は、森林の中の日光があまりあたらない水際に生息している(参照:「自然スズメノテッポウ野草緑肥米」はどうです?)。イネの光飽和点はアスパラガスと同じ4~5万ルクスである。トマトは南米の日照が強い赤道付近の原産で、光飽和点は7万ルクスだが、冷涼な高山地帯に分布しており、昼温25~28℃、夜温15℃程度の涼しい気候を好む。リンゴ、モモなどバラ科の落葉果樹も、涼しい気候を好み、光飽和点は4万ルクスだ。柑橘類は亜熱帯地方の原産だが、もともと森の中の日陰に育つ植物であり、光飽和点は3~5万ルクスである。すなわち、これらの植物の特異な養分量の変化は、「涼しい気候」または「弱い日照」を好むというところにポイントがあるはずだ。

まず、植物のあらゆる生理反応は、すべて合理的かつ効率的に仕組まれているということを前提にする。植物は、自分が生息している環境で、生存にもっとも効率がよい反応をとらなければ、ライバル植物との競争に敗れて、とっくに絶滅しているはずだ。被子植物が2億年も生きているのならば、現在まで生き残っている植物種は、きわめて合理的かつ効率的な生き物ばかりであるに違いない。

植物が生存する上で必要なものは、資源物質とエネルギーである。自己を作る物質と、物質を変化させるためのエネルギーがなければ生存できない。ただ、作物の場合は、資源物質のO、C、H、N、P、K、Ca、Mgなどは、環境と人間から十分に与えられるので、作物の競争力=生育力を左右するのはエネルギーである。エネルギーは、植物工場でない限り、すべて太陽の光エネルギーに依存している。この光エネルギーをもとに、植物の生理反応を考えることにする。

1年間の時間変化をt、光エネルギー量の光合成利用分をeとすると、アスパラガスが萌芽してから枯れるまでの期間に利用する時間当たりエネルギー量は以下の式で表される。

e(t)=h(1-cost)                  t0≦t≦t3

アスパラガスは、イネと同じ多年草で、春に発芽して茎葉と根を伸ばし、秋に地上部は枯れるが、地下の根株が休眠して越冬する。翌春に休眠から目覚めて萌芽し、茎葉を繁茂する。このサイクルを繰り返して、根株を大きくしながら、二十年くらい生息する。地下部は、地下茎、貯蔵根、吸収根にわかれ、太い貯蔵根で養分貯蔵を行い、細い吸収根で養分吸収を行う。

植物は資源とエネルギーをめぐって激しく競争し、日光のエネルギーを効率よく最大限に利用した種がライバルに勝って生き残ることができる。植物は、光合成によって同化産物(炭水化物)を合成し、同化産物をもとに樹体を形成する。日光がもっとも強い時期に、樹体をもっとも大きくして、エネルギーを少しでも多く集めるのが合理的だ。同化量は太陽からのエネルギー量に比例し、植物の地上部生育量は同化量に比例する。すなわち、地上部生育量はエネルギー量に比例する。根から地上部へ水と無機養分が供給され、地上部から根に、同化産物が供給される。地上部が大きいほど根も大きくなるので、地上部生育量(現物重)uと吸収根生育量(現物重)rは比例する。貯蔵部蓄積量(現物重)sは、地上部と吸収根の生育がもっともさかんなときにゼロになり、地上部と吸収根の生育量がゼロになったときに最高になるのがもっとも合理的である。

なお、1年の生育終了時に、セルロース、ヘミセルロース、リグニンなどでできた茎などが残るが、これらは一旦合成されると元の糖にもどすことはできず、ライバル植物にも共通にかかるコストと考えて無視する。樹木では、これらは木質として蓄積されるが、大きさが安定している条件で考える。

各部の生育量を時間で微分すれば、生育速度vが求まり、生育速度を微分すれば生育加速度aが求まる。植物の生育力gは、代謝量mと生育加速度aの積に比例する。常温帯では、代謝量mは温度qに比例し、温度qは光エネルギー量eに比例するので、代謝量mはエネルギー量eに比例する。なお、代謝量mは、養分、O2などにも左右されるが、これらは過不足なく供給される条件で考えて無視する。

植物の体の大部分は水なので、植物が生長するときに、もっとも多く必要とする物質は水である。また、土壌中から水を吸収するときに、水と一緒に養分も吸収する。水を外界から効率よく体内に取り込むには、樹体の養分濃度を高くするのが合理的だ。一般に植物は旺盛に生長する生育初期ほど養分濃度が高いので、養分濃度は生育力と比例していると考えられる。樹体の中で多い無機養分はカリウムと窒素だが、窒素は組織合成に使われる養分なので、ここでは窒素の養分量で考える。生育力gはマイナスの値をとることがあるが、窒素養分濃度cは常にプラスの値をとるので、窒素養分濃度cは、生育力g+kに比例する(kは定数)。窒素養分量nは、窒素養分濃度c×現物量で計算できる。貯蔵部蓄積量sは翌年に繰り越されて、当年の植物の生長には使用されないので、窒素施肥量fは、全体の窒素養分量nから貯蔵部窒素養分量nsを引いて、土壌からの流亡量dを足したものにほぼ等しくなる(若年株ではf>n-ns+d)。以上の数式と図を以下に示す。

エネルギー量曲線に基づく養分量モデル

多年草(春~秋作、イネ、トマト、アスパラガス、果樹など)

光エネルギー量(利用量)e

e=h(1-cost)                                    t0≦t≦t3

地上部生育量(現物重)u

u=hu(1-cost)                                 t0≦t≦t3

地上部生育速度vu

vu=du/dt=hu・sint                        t0≦t≦t3

地上部生育加速度au

au=dvu/dt=hu・cost                       t0≦t≦t2

吸収根生育量(現物重)r

r=hr(1-cost)                                   t0≦t≦t3

吸収根生育速度vr

vr=dr/dt=hr・sint                           t0≦t≦t3

吸収根生育加速度ar

ar= dvr/dt=hr・cost                         t0≦t≦t2

貯蔵部蓄積量(現物重)s

s=hs(1-cost((t-t1)/2))                   t0≦t≦t3

貯蔵部蓄積速度vs

vs=ds/dt=1/2・hs・sin((t-t1)/2)                  0≦t≦t3

貯蔵部蓄積加速度as

as=dvs/dt=1/4・hs・cos((t-t1)/2)                0≦t≦t3

生育力g、代謝量m、生育加速度a、温度q、光エネルギーe、定数k。常温帯で

g∝m・a

m∝q、q∝e

ゆえに

g∝a・e

g=k・a・e

g u=k・au・e=ku・cost・(1-cost)

g r=k・ar・e=kr・cost・(1-cost)

g s=k・as・e=ks・cos((t-t1)/2)・(1-cost)

窒素養分濃度c

c∝(g+k)

cu=ku1・cost・(1-cost)+ku2

cr=kr1・cost・(1-cost)+kr2

cs=ks1・cos((t-t1)/2)・(1-cost) +ks2

※8k1>k2だと養分不足、8k1<k2だと養分過剰

部位窒素養分量nu、nr、ns

nu=cu・u=(ku1・cost・(1-cost)+ku2)・hu(1-cost)

nr=cr・r=(kr1・cost・(1-cost)+kr2)・hr(1-cost)

ns=cs・s=(ks1・cos((t-t1)/2)・(1-cost) +ks2)・hs(1-cost((t-t1)/2))

全身窒素養分量n

n=nu+nr+ns

窒素施肥量f、流亡量d

f≒n-ns+d          (若年株ではf> n-ns+d)

総窒素施肥料F

F=∫fdt

図23-1

図23-2

図23-3

図23-4

図23-5

これが、合理的かつ効率的な、多年草作物の生育量と養分量のモデルである。養分量の時間変化を見ると、きわめてスムーズな曲線を描いている。これは、土壌中の有機物が微生物に分解され、無機養分が発現するパターンとほぼ一致しており、自然界の土壌の養分供給と矛盾がない。(つづく、次回が本番)

参考文献

多賀辰義、1989、アスパラガス畑の肥培管理の合理化に関する研究

井上勝広、1996、半促成長期どりアスパラガスの養分動態、長崎県総合農林試験場研究報告

本田進一郎、2016、プロにまなぶ アスパラガスのつくり方、電子園芸BOOK社

プロにまなぶ アスパラガスのつくり方
電子園芸BOOK社 (2016-06-04)

投稿者: jcmswordp

著述、企画、編集。農家が教えるシリーズ(農文協)など

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