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第121話 『黄泉の柱』
「……よーい……ド(ザッ)ン……よし上出来」
「エルク、タイムは?」
「こんなん測れるわけないでしょうがァ!!」
飛んでくるエルクのチョップ。
僕の新魔法『リニアラン』の実験をしている所だ。
これまで僕が……というか、魔法使いや魔力持ちの戦士とかが、高速移動に使う技能といえば、足に魔力を溜めて強化し、その脚力でもって高速でダッシュするというもの。
そこに、普通の魔力でなく『風』の魔力を使えばもっと速くなる。実際、僕はこのやり方で、戦闘の際の高速移動を行っていた。
しかし……今回新しく完成させたこの技は、その更に上を行く。
足に『風』の魔力をこめて加速する点は従来と同じだけど……そこに更に、『土』と『雷』の魔力を別口で充填する。それを使って電磁力を起こし、更に加速。
更に更に、体には微弱な『風』の魔力を纏わせてバランサー代わりに。あまりのスピードで体制を崩さないようにする。
準備完了。あとは、合図と同時に……それらをいっせいに発動させれば……おおよそ十数mの距離を一瞬で踏破できる、超高速移動術の完成である。
傍目から見ると、速すぎていきなり消えたようにも見えるため……最初に見たとき、エルクは僕が空間転移か何かを会得したのかと勘違いしてたくらいだ。
当然、100m走か何かのようにタイムなんか測ったりできるわけもなく……それゆえに、冒頭のエルクのツッコミが引き起こされたわけである。
まあ、『ドン』言い終わる前にゴールについてたらそりゃあ、ね……でも……
「ん、だいぶ慣れてきたみてーだな。さっきよりちょっとだけ速くなった」
普通に目で終えてる人もいます。
うん、まあ、こっちがおかしいんだけどね? 間違いなく。
とまあ、ここ数日はこんな感じで……『講義』の末に生み出された新魔法や改良魔法を訓練の合間にお披露目したりして、気分転換なんかも図りながら訓練を進めてるわけだ。
……一部、それによって余計に心労が溜まってる人もいるけど。
「うーっし、んじゃミナト、今日中にとりあえず『ニトロバースト』と『リボーン』、『エレメンタルアメーバ』と『プラズマウォーリアー』あたりの調整も終わらせておくか」
「あ、どうせだから『マジックポイズン』と『マジックウイルス』……あと『カメレオン』と『パンデミック・デス』あたりもやっときませんか師匠? どれも時間かかりそうですし……さわりだけでも、って感じで」
「ちょっと待ったぁ!! あんたらこの短期間にどんだけ魔法作ってんのよ!? てか、『師匠』て……呼び方変わってるし!?」
これらごくごく一部だけど、って言ったらエルク卒倒するかな。
そして、ああ呼び方? うん、昨日の夜から『師匠』です。
なぜって……クローナさんは僕にとって尊敬すべき師匠そのものだからです。以上。
☆☆☆
そんな感じでさらにしばらく過ぎたある日、
僕らは、今日の訓練を始める前に……師匠から今日は、各自が今まで鍛え上げてきた能力をテストする旨を知らされた。
と同時に、師匠がぱちんと指を鳴らした……次の瞬間、
「「「……!!?」」」
僕ら6人は同時に、その身に起こった異変に……そしてその正体にも気付いた。
何のことは無い、師匠が僕らに『枷』をかけてた……ってだけの話だ。
師匠特製のジャージ。それに編みこまれた……訓練の時とかに作動する、重力増加や魔力拡散といったトレーニング補助用術式。
どうやらそれら、この訓練の日々の間……常に発動し、僕らに負荷をかけていたようだ。
気付かないように、徐々にそのレベルを上げていって……使うウェイトを日に日に重くするような感じでだ。
思えば、ほんの少しずつではあるけど、体が重いような、魔力のコントロールに苦労するような感覚は毎日あったのだ。それ自体には、僕ら全員気付いていた。
しかし、その時はさすがに『霊泉』でも完全には疲れが抜けないのかと思っていた。
けど実際は、着ている間どころか、入浴のために脱いでも、しばらくの間は着ていた者に様々な負荷を与え続けるという、高度かつ巧妙な魔法が編みこまれたこのジャージにより……僕らは四六時中ウェイトトレーニングをさせられている状態だったのだ。
体は重くなるわ、魔力は拡散するわ、感覚器官は鈍くなるわ……という、マイナス系ステータス異常のオンパレード。
それらが……師匠の指パッチンで今、解除され……僕らは、今の自分の体の真のスペックを目の当たりにすることになった。
「さて……説明は要らなそうだな。んじゃ、一旦お前ら着替えて来い。お前らの……勝負服にな」
そう言って、クローナさんが指さした先には……冒険者ライフの中で僕らが愛用し、その身を包んできた……黒と、緑と、橙色と、赤と、藍色と、黄色の服が……シルキーメイドたちによって完璧に清潔かつメンテナンスされた状態で、たたんで置いてあった。
☆☆☆
一言で言えば……必然にして予想通りの結末。
ザリーは……ヤギの頭に毛むくじゃら+筋骨隆々の体を持つ悪魔『バルログ』を砂嵐の砲弾で粉砕し、
ミュウちゃんは……大きさ4mはあろう岩石の巨人『ロックゴーレム』を、覚えたてでありながら見事に使いこなしてる風の魔法でバラバラに斬りおろし、
ナナさんは……風の魔力を纏い、鯨すら捕食するといわれる巨鳥の魔物『シムルグ』を、高速で飛んでいるにも関わらず1発もはずさずに魔力弾打ち込んで蜂の巣にして、
シェリーさんは……魔法使うわブレス吐くわで、龍族に匹敵する強さを持つとも言われるワニ『ドラゴンアリゲーター』を、火炎耐性の鱗ぶち抜いて一刀両断し、
そしてエルクは……かつてトラウマ級の体験をした懐かしの『ナーガ』を、風魔法で攪乱してふっ飛ばして、自慢のダガーで見事に急所をついて倒していた。
稽古着のリミッターによって知らない間に鍛え上げられていた僕らの地力。
それを開放した結果が……それぞれ、今までならそれなりに苦戦した、もしくは勝てなかったであろう魔物を相手に……ここまで圧倒的に戦えるっていう力になって現れたわけだ。
フィジカルの鍛錬や、ひたすらたたかってたことによる経験のおかげももちろんあるだろうけど……やはり一番大きいのは、『魔力拡散』のバッドステータスのおかげで、魔力を使った攻撃にさらに爆発力が増したことだろうと思う。
師匠曰く、魔法攻撃と魔力の効率的な運用の関係を……水を使って日を消す際のプロセス各種に例えるとわかりやすいってことで、説明してもらえた。
燃えている1本のロウソクの火を消すときに、水をどうやって運ぶか。
例えば、手を受け皿の形にして水を救って運び、火を消す。
まあ、消えるだろうけど……手の隙間から水がこぼれるだろうし、運べる水の量も少ない。決して、効率的とはいえない方法だ。
これを、ひしゃくやバケツを遣ってえるようにして、運べる水の量を増やして効率を上げる……これが言ってみれば、『トロン』でやった『魔力コンロトール』の修行。
一度に使える魔力を上げたり、それをこぼさず扱えるようにして、魔法の威力を上げる。
それに対して、『魔力拡散』の修行は、ちょっと毛色が違う。方法そのものの質を上げることを重点的に行うものだからだ。
イメージとしては、そうだな……家庭用のホースに、途中にいくつも穴が開いているような感じ。
一応、蛇口から送られた水はホースの中を通って出口から出てくるけど、その途中にある穴から多少なり水が漏れるから、穴が無い場合に比べて勢いは弱まるし、水の量も少なくなる。
『魔力拡散』の克服訓練……すなわち『必要ないところからムダに魔力を流出させない』という訓練は、この出口から出てくる水の勢いを保たせる訓練だ。
しかも、このホースに開いた穴をふさがずに、という条件付きで。
そのこころは、ホースの内側にもう1本、直径の一回り小さなホースを通し、実質的にそのホースを使って放水するというもの。
そうすれば、穴が開いてるのはあくまで『外側』のホースで、実際に使ってる『内側』のホースとは何も関係ないから、水の勢いも量も保たれる。
それどころか、ホースの直径が小さくなった分、水圧も上がってより遠くに水が届くなど、他のメリットも出てくるし……勢いが強くなりすぎて困ることがあるなら、元栓を締めるなり、シャワーヘッドか何か出口に付けておくなりすれば問題ない。
そして師匠はそれらに加え……途中からさらに『元栓』を締める……つまりは使える魔力量を制限するバッドステータスまでかけてたため、僕らは魔力を引き出したり、その引き出せた限られた魔力で戦うのまで上手くなった。
で、それらを解除してホントの本気を出せるようになった結果がさっきのアレ。
ちなみに、これで修行は『半ば』。ここからさらに磨き上げるって言うんだから驚き。
今回のコレは……言ってみれば中間テスト。
『トロン』の時は、全員が冒険者ランクが1つ上がるほどの躍進を見せたけど……今回もそれに近い、もしくはそれ以上の実力アップが期待できそうである。
とくに現時点でも伸び率目覚ましいのは、エルクとミュウちゃんである。
現在Bランクのエルクだけど、Aランクのはずの『ナーガ』を、慎重にやりつつも倒してたし……ミュウちゃんも魔法の威力・種類ともに爆発的な成長ぶりだ。
『トロン』で学んだ僕含めた4人と、騎士団で似たようなことを学んだナナさんと違い、ミュウちゃんは『魔力コントロール』の修行してないんだけど……どうやら『ケルビム』はもともと魔力・魔法の扱いが上手いせいか、それもかっ飛ばして成長したみたい。
いやはや……この5人がさらに躍進するっていうと……僕が言うのも何だけど、どこまで行くのかホントにわかんないな。
特にシェリーやナナさんさんなんか、そろそろ洋館出たばかりのころの僕とどっこいくらいの所まで強くなってるんじゃないかってレベルだしさ。子供の『ディアボロス』程度になら勝っちゃいそうだ。……亜種だったらわからんけど。
……ところで師匠?
僕の中間テストは?
「お前のは特別コースだ。今からちょっと出かけるぞ」
え、外出?
☆☆☆
拝啓、エルク。
僕は今……ダンジョンに来ています。
……意味がわからない? じゃあ説明しよう。
どうやら僕用の『中間テスト』は、師匠が特別メニューで行うことを決めていたらしく……それにふさわしい場所に連れて行くと言われ、着替えて荷物を纏めた段階で外に連れ出された。
持ち物はいつものリュックと、スペアの手甲・脚甲。あとは、アルバ。
ああ、実はコイツも、僕らみたくびっちりじゃないけど、一応特訓してたんだよね。
その内容はいたって単純。
その1、魔力たっぷりの食事を毎日食べる。
その2、僕らと一日中一緒にいる。
以上。これだけ。
……それが意味することは……
魔力のこもった草花や、『霊泉』をも使って作られた、普通の人が食べたら魔力に酔って逆に体壊すような食事を吸収して血肉に変え、
僕ら『邪香猫』がいろんな魔法や技能を駆使しながら戦うところを間近で観察して、
『擬態』で作り出された魔物がいろんな魔法や技能を使うところも間近で観察して、
さらに僕や師匠が新しい魔法を作って使うところも、間近で観察して、
あと、たまに僕らの訓練に混ざって、擬態魔物――ただし、アルバにしてみれば完全に射的の的役以外の何物でもない――を、新しく覚えた魔法の練習代として木っ端微塵にしたりして練習……みたいなことをここんとこ繰り返してただけだ。
それだけ。それだけだけど……僕&師匠特製の魔法をコレでもかってほどに吸収したコイツの手遅れ感、推して知るべし。
ともかく、最近出番が少なかったコイツも一緒に連れて、僕は今回師匠の指示で、中間テストとして……とあるダンジョンに挑むことになった。
今現在、目の前にその入り口をあけている……『黄泉の柱』という名のそれに。
見た目はただの古びた遺跡、って感じだけど……このダンジョンは地下に広がっている。それも、ハンパない深さまで。
イメージとしては……地下に向かってドでかい塔が逆方向に立ってて、その入り口だけが地上にあるような感じなんだとか。師匠曰く。
で、僕の課題は……このダンジョンを、途中立ちはだかる数多の魔物を倒して攻略し。最下層でのみ採取できる、とある素材を取ってくること。
その素材なんだけど……どうやら僕の装備の改良に必要らしい。
今までの戦いでの装備の消耗具合を見るに、ただ修理してもまたすぐに使えなくなると判断した師匠は、自分の弟子になったことのお祝いもかねて、思い切って超バージョンアップさせたものを作ってくれるそうなのだ。僕の注文なんかも色々取り入れて。
そのことに深く感謝しつつ……僕はこのテストを受け入れた。
聞けばこのダンジョン、危険度はなんと『グラドエルの樹海』や『暗黒山脈』をも上回るAAA。この大陸全体でも1、2を争う危険区域らしい。
……師匠なら、ちょっと買い物に行く感覚で行って帰ってこれるらしいけど。
ただ、難易度的にも僕のテストにちょうどいいので、仲間のうちで唯一僕と一緒にこのレベルのダンジョンに潜っても大丈夫だと思われるアルバと一緒に入ることになった。
ちなみにここには、師匠のペットである『リヴァイアサン』……名前を『ロギア』というらしいそいつに乗せてもらってきた。空飛んで。
『じゃ、がんばれよ』の一言と共に飛び去った師匠は、10日後――最悪でもこのくらいあれば踏破できるだろうっていう目安らしい――に迎えに来るらしいので、その前に全部済ませるべく、僕はダンジョンに入っていった。
順調に進めば、2、3日で最下層にたどり着けるらしいし……往復で6日くらいか。
迷うかも知れないけど、その時は……アルバに頼ろう。
☆☆☆
ゲームとかなら、ダンジョンには階層ごとにボスがいて、それを倒しながらだんだん下の階に進んでいく、って感じになるわけだけど……当然、現実のダンジョンにはそんなものはない。
ただし、ダンジョンに住み着いた魔物の中には……漂う濃密な魔力の影響で突然変異したりして強力な力を手にし、その階層を牛耳っている……まさしくボスみたいなのが現れることもあるらしい。
無論、階層ごとに必ずいるなんてことは無いし、別に出会わなくても下に下に下りていけば進める。
まあ、魔物に出くわすたびに襲われるから、決して楽な道中じゃないけども。
逃げるってのも別に可能っちゃ可能だけど……師匠が出発前に『せっかくだから魔物の素材とか取ったらコレに入れて持ち帰れ』ってことで収納袋くれたので、よさそうな素材の魔物とか、落ちてたマジックアイテムとかは拾って回収しつつ行ってる。
それとこのダンジョン、意外にも中は広い上、迷わせるような『迷宮』ちっくな構造をしていなかったことに地味に驚いた。
ほとんど一本道に近く、細い通路や分かれ道なんかはない。小部屋なんかもほぼ無い。
まあその代わりに、身を隠す所が少なくて魔物に見つかりやすいけど。
そしてその広さゆえか……屋内に出てくる種類だとはちょっと考えづらい、大型な魔物も普通に現れたりした。
しかしまあ……さすが危険度AAA。出現する敵もなかなか手ごわい奴ばかりだ。
中には、『樹海』の奴らがかわいく見えるレベルのもいる。
胴体の太さが2~3mにもなる、『ナーガ』以上に巨大な蛇『ニーズヘッグ』。
魔法で超常現象を起こし、それを操って攻撃してくる亡霊『サイコゴースト』。
巨体に凄まじいパワーとタフネスを兼ね備え、棍棒を振り回す『トロル』。
全身がミスリル(ただし純度に難あり)で作られた魔法生物『ミスリルゴーレム』。
牛頭人身の強力な鬼『ミノタウロス』……etc。
Aランクより下の敵が出てこないという、ただの地獄。から、上はAAAランクまで、多種多様な魔物が生息していて襲ってくるため、修行にはうってつけだといえる場所だった。
ジャージのリミッターから開放され、いつもの装備で絶好調な僕は、全部に楽勝……というわけには行かなかったけども、ほとんど傷らしい傷を負うこともなく、どんどん下層へと進んでいくことが出来ていた。
……っていうか、何気に『EB』のレベルも上がってるなコレ? 前までより力が出るし体も軽い。防御力も上がってて……たまに防ぎ損ねた攻撃が当たってもろくに怪我しなかったし。
おまけにこっちにはアルバがいるので、ハンパな防御力の魔物なら、僕の肩の上のこいつが飛ばす魔力弾や破壊光線で消し飛んじゃうのである。
とまあ、そんな感じで魔物を倒し、素材を回収し、ついでにマジックアイテムなんかも見つけ次第回収しながら潜っていった。
途中何度か、ボス……もとい、『突然変異』と思しき強力なモンスターにも出くわした。
師匠の特訓でも戦った、目見ると死ぬ――僕は平気だったけど――邪眼を持つ上、膂力や敏捷性も何気に危険な、首の長い牛の魔物、『カトブレパス』。
冗談みたいな速さで動き、両前足の鋭い鎌を振り回して岩だろうが何だろうが切り刻む、体長2m超で紫の体色の凶悪なカマキリ、『ヘルマンティス』。
強力な闇の魔力を体内に蓄え、それを凝縮したブレスを放ったり、魔法まで使って攻撃して来る漆黒の孔雀、『インフェルノピーコック』、
そして……体中を覆う鱗に、力強く羽ばたく翼、鋭い牙や爪を持ち、口からは炎のブレスを吐き出す……あまりにも有名な魔物。ご存知『ドラゴン』までも。
いずれもランクAAA。軍の一個連隊が全滅しかねないレベル。
しかし、そいつら以上に手ごわいのが……今正に戦っている魔物だったりする。
全長3mにもなろうかという、それなりの巨体。しかし、それを感じさせない俊敏さで動き……壁に天井に、縦横無尽に走り、跳び回る。
その力強い踏み込みは、石の床にヒビを入れるレベルで……膂力も尋常じゃない。
体を包むは、真紅の毛並みと黒い縞模様。凶悪なほどに鋭い爪と、数十cmはある2本の長い牙を備えた……サーベルタイガーを思わせる恐ろしい外見。
血走った目には……およそ理性と呼べるようなものを感じない。
その名も『ソレイユタイガー』。別名を『太陽の虎』とまで言われる魔物だ。
☆☆☆
床を蹴り、矢のような速度で迫る『ソレイユタイガー』。
生半可な使い手なら、己の敗北を悟る間もなく、その牙で食い殺されて肉塊になる、凶悪な噛みつきを……こともなげに体をひねって避けるミナト。
すれ違いざまにその巨体に2、3発の拳を叩き込む。
が、それで僅かに体制を崩したものの……そこまで大きなダメージになったようすはない。猫科の猛獣特有の柔軟さと身軽さをフルに発揮して、ソレイユタイガーは危なげなく着地してみせた。
そしてすぐさま獲物……ミナトを視界に捕らえ、再び突撃する。
しかし、真っ直ぐは跳ばず……途中で床を蹴って壁に跳び、方向を変えて飛び掛っていった。一瞬でミナトの視界から消え、横の死角を狙って食らいつく。
が、並の人間の動体視力では追えないその速度も……やはりミナトを相手取るには甘い。
バックステップでまたしてもその射線から逃れ、血肉を渇望する虎の牙は2度目の空振りを喫することとなった。
先ほどと同じように、すぐさま体勢を立て直してミナトに向き直る虎。
しかし飛び掛るよりも前に……今度はミナトが、その虎の視界から一瞬にして消えた。
「やっぱ相手より速く動けるってのは、それだけで結構なアドバンテージだ……ね!」
そんな声が、虎の頭上から振ってくる。
そこには、『リニアラン』の超高速移動によって跳躍し、天井に足をついているミナトがいたが……それを虎が見上げるより先に、ミナトは動いた。
天井を蹴って勢いよく落下し、背骨を粉砕する勢いで膝蹴りを叩き込む……が、
「お?」
打撃点から伝わってくるその感触から……ミナトは、虎の背骨が健在であることを悟った。分厚い毛皮と強靭な筋肉が、予想外の防御力を発揮している。
それでもやはり巨大だったらしい衝撃に、一瞬だけ体を硬直させていた『ソレイユタイガー』は……次の瞬間、その殺意みなぎる目を背中のミナトに向けた。
そして次の瞬間、凄まじい勢いで横の壁に跳び……すぐにその壁を蹴って舞い戻る。
狙いはミナトの横っ腹。そこをめがけて、今度は鋭い爪で襲い掛かる。
一方のミナトは、今まで膝蹴りを食らわせていた『ソレイユタイガー』の上に乗っていた形だったため、いきなり足場を失った形である。
体はまだ空中にあり……足が地面についていない以上は『リニアラン』も使えない。
が、
「残念……『スカイラン』」
足の裏に『風』の魔力をこめて噴射し、その反動で……まるで空気を蹴ったかのように、ミナトはその場から飛び退る。
数歩後ろの地面にミナトが着地するのと、3度目の空振りを喫したソレイユタイガーが着地するのは同時だった。
何度も何度も自分の爪と牙を逃れた人間に対し、ソレイユタイガーは怒りと憎悪に満ちた視線を向けると、直後、
すぅぅぅうう……と、大きく息を吸い込む。
それを察知したミナトは、素早く横に飛び……その瞬間、
ソレイユタイガーの口から、灼熱の炎が噴き出し……今までミナトがいた位置を舐めるように焼き尽くした。
途轍もない高温なのだろう。石の床が赤熱し、たちまち触れることもできない状態になる。熱が伝播したのか、直接炎が当たっていない部分までもそうなってしまった。
ミナトの体は炎に焼かれても平気ではあるが……限度というものは確かにある。
調子に乗らない、過信しない、危ない橋は渡らない……それらを守って堅実に生きていくことの重要さを知っているミナトは、それを十分な距離をとって避け、ダメージを回避した。
しかも、炎を吐いている虎は今……横ががら空きだった。
その隙を見逃さず、ミナトは床を蹴る。
1テンポ遅れて獲物が横に避けたことに気付いた虎は、射程内全てを焼き尽くさんばかりの勢いで、炎を吐きながら振り返ろうとするが……『リニアラン』で接敵したミナトの速度にはかなわない。
ミナトは再び虎の背に乗り……今度はその脳天に踵落としを叩き込む。
鈍い音と共に、虎の頭は顎から石床に叩きつけられ……その拍子に口が閉じたため、火炎の噴出も止まった。
そこからさらにミナトは……体の構造上、牙も前足も、後ろ足も届かないように、虎の巨体を背中を下にして担ぐように持ち上げると、
「アルバ! 僕の周りに『オキシゲン・ロスト』! 致死レベルで10分くらい!」
――ぴーっ!!
今の今まで、離れた所にいた相棒にそう指示して……自分は息を止めた。
同時に、ミナトの髪に『魔緑素』が精製され、緑色の光を放ち始める。
そこで酸素が作られ、体中に回り始め……ミナトが呼吸を必要としなくなったと同時に、アルバが発動させた、空間内の酸素を一時的に奪う魔法『オキシゲン・ロスト』によって、ミナトの周囲の空気が極度の酸素欠乏状態になる。
その結果……ミナトと違い、呼吸による酸素の補給が出来なくなったソレイユタイガーは、目に見えて苦しみ、もがき出す。
しかし、しっかりとミナトに抱え上げられているため……動くことも不可能。
苦し紛れに火炎の息を吐き出そうにも……燃やすための酸素がなく、それすら不可能だった。
……そのまま数分。
呼吸という生命活動の要を奪われたソレイユタイガーは……ついに力尽き、動かなくなった。
ミナトは油断せず、トラが絶命したことをきっちり確認した上で地面に下ろし……ジェスチャーでアルバに魔法の解除を指示。
酸素が戻った空間で、ゆっくりと深呼吸する。
そして、最早二度とその目に光を宿すことはなくなったソレイユタイガーに……最後に苦しませてしまったことを少しだけ詫びつつ、合掌。
その後……その死体を丸ごと、クローナから譲り受けた袋に入れた。
ソレイユタイガーの圧倒的なまでの攻撃力と防御力を目にし、おそらくこの虎の素材はかなり有用だと判断し、可能な限り損傷させずに持ち帰ろうというミナトの思惑は、こうして見事に成功。
毛皮も爪も牙も、ほぼ完全な状態の死骸を回収して、ミナトとアルバはさらに先を目指し、激闘の熱気覚めやらぬその部屋を後にした。
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