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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第8章 トライアングル・デスペラード

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第120話 『邪香猫』魔改造計画・後編

どうも、更新遅くなりましてすいません。和尚です。
いや、今年度末だからか、ここんとこ仕事が鬼忙しくて……連休もあってないようなもんでした。

お待たせして申し訳ありません。第120話、どうぞ。
  

 訓練初日、その午後。
 意外にも、懸念してたデスマーチ的な事態にはならず……その日の午後は、まるまるお休みだった。明日に向けて休んで、疲れを取れと。

 というのも、どうやら午前のあのひたすらバトル強行軍は、僕らの動きや使える魔法、とっさの判断力なんかを実戦の中で見極めるためのものだったらしく……明日からは、また違った感じの訓練メニューを組んで、本格的に鍛えていくとのこと。

 ただしそれらはいずれも、午前中に言ったとおり、きちんと『実戦』の中で行っていく……とのことだったので、安心なんて出来ないんだけどもね。

 

 そして、その午後……夕方になるちょっと前ぐらいの時間。
 なぜか僕は、クローナさんに呼び出され、メイドさんの案内で部屋に行った。

 そして、部屋に入ってソファに座らされた次の瞬間、

「小僧、俺の目を見ろ」

「へ? 目って何……」

 そんなことを言われた直後、
 視界がぐらっと歪んで、めまいがして……気がついたときには、

 

 僕は、大きなベッドの上に……全裸で転がされてて、

 その上に……同じく全裸のクローナさんが馬乗りになっていた。

 

「……あの、これ一体、どういう状況ですかね……?」

「ん? 意識あるのか、さすがだな……ああ気にすんな、すぐ終わるから」

「無理ですよ! え、ちょ、何が始まるんですか? 何されるんですか僕? 何しようとしてるんですかクローナさん!? ねえ、ちょっと!?」

 そんな僕の叫びを、クローナさんは全く聞く様子がない。

 しかも、特に縛られたりしていないにも関わらず……僕の手足、どころか体ほぼ全体が全く動かず、自由に動くのは首から上だけ。

 その状態で、僕のちょうどお腹の上辺りにぽすっとクローナさんが座ってるもんだから、じかにその柔らかい肌の感触とかが伝わってきて……い、いくらなんでもコレは……

 傍から見たら、インモラルなことこの上ない……このあと2人に何が起こると思うかって第三者に聞こうもんなら、白眼視と共に100人が100人同じ答えを返すだろう。

 クローナさんはというと、そんな僕の心中など察しもせず、僕の腕とか、腹とか、首筋とか太ももとかをぺたぺたと触って、『けっこういい体してんのな』などと言う始末。
 そのたびに、体の各所に手のひらのやわらかい感触を感じるもんだから……。

 思春期男子を悶死させる気なんだろうか、この全裸吸血鬼は。

 そして、おそらく顔が真っ赤になってるであろう僕に構わず、クローナさんは、その、色が白く、指が細くてキレイな手を、僕の胸の上にとんっ、と置いた……次の瞬間。

 

 ――どずっ、と、

 クローナさんの手が……胸板を貫いて一気に、僕の体内に手首の辺りまで沈み込んだ。

 

 ……は?

 ……え? え!? えぇええ!?

「ぅぇえええぇぇええええ!? ちょ、な、え、何、ええぇえええっ!?」

「だぁぁあああ!! うるっせーなさっきから! すぐ終わるから静かにしてろって言ってんだろうがこのバカガキ!!」

「無理ですよ今度こそ!! え、何コレ!? ホントに何してんですかクローナさん!?」

「見りゃわかんだろーが! 依頼されたとおりテメーの体の検査してやってんだよ!」

 見てもわかんねーよ絶対!!

 さっきまで真っ赤だった僕の顔は、おそらく今は真っ青になっていることだろう。
 胸板のど真ん中から体の中に突き刺さるクローナさんの手。その感触は……体の中に異物が入ってるっていう超弩級の違和感となって、ありありと感じられた。

 特に痛みは無いし、血も出ないけど。皮膚や筋肉を通り抜けて入ってる、って感じだ。

 しかもそれ、僕の体の中で絶えず動かされてて、色んなとこ弄くられてるっていうか触られてるような……

「触診ってあるだろ? あれの親戚みてーなもんだよ。『幻想空間』でなら、体の情報は100%反映されるし、俺の解析術式でほぼ全ての情報を読み取れるからな」

 当たり前のようにそんなことを言ってくるクローナさん。

 相変わらず僕も彼女も全裸だけど、この数秒の間に、いやらしいこと考えて興奮するだけの心の余裕なんて全くなくなった。
 生きたまま体の中に手つっこまれて色々触られるって、一体どんな不思議経験……

「……って、あれ? 『幻想空間』?」

「何だ、気付いてなかったのか? さっき俺と目合わせたろ? その時に、お前の精神をここにつれてきたんだよ」

 『幻想空間』って……精神世界っていうか、心の中の世界っていうか……ファンタジーだと比較的おなじみの、あんな感じのアレかここ?

 あ、じゃあもしかして、知らない間に僕が服全部剥ぎ取られてたのとか、手足が動かないのとかも……そのせいなのかな?

「そういうこった。体調べんのに服なんかあっても邪魔だろ」

「……クローナさんの服は?」

「面倒だから構成しなかった」

 ……さいですか。

「つか、ホントはお前、検査してる間もずっと麻酔よろしく寝てるように設定してたはずなんだけどな。ったく、夢魔ってのは精神攻撃耐性やっぱ高けーわ。目合わせて引き込む時もけっこう抵抗感あったし」

「はあ……じゃ、体が動かないのはそれ――ぁうっ!?」

「おっと、悪りぃ。……背骨かコレは、じゃ、これが多分胃袋で……」

 話しながらもクローナさんは、僕の体の中で手を動かし続け――てか、いつの間にか両手入ってるよ――さっきから、触られるような握られるような違和感が、絶え間なく僕の体内を襲っている。

「……これって、僕の内臓とか触って調べてるんですか?」

「その周辺の筋肉組織とか、骨とか、神経なんかもな。ああ、あと、触るだけじゃねーぞ? 触診が終わったら、実際に取り出して目で見るとかして調べるからな」

「……はい?」

 え? 何言った今この人? 『取り出』して……『見る』!?
 取り出すって……どうやって!?

「そりゃお前、普通に切って取り出すけども……」

「僕この後生きたまま解剖されるんですか!?」

「痛みはねーはずだし、幻想世界ここでならいくら切っても死なねーよ。何なら……ちっと面倒だが、感覚も消してやる。2時間くらいで全部終わるから、黙って待っとけ。全てはお前自身の高い精神攻撃耐性のせいでお前が眠れねーのが悪い」

「…………はーい……」

 何だか、反論する気力もなくなった僕は……あきらめてそのしばらくの間、体の内外で生きたまま内臓を弄くられ続けるという、全然嬉しくないどころかトラウマになりそうな、未知の感触に身をゆだねることにした。

 ま、まあ2時間くらいお腹の中いじられてれば終わるんだ。
 痛みがあるわけでもないし、必死で気にしないようにして我慢してればなんとか……

「ついでに言っとくと、眼球とか脳とか舌とか●●●(ピ――)とかも調べるから、体中満遍なく切り刻んで、その後更に薬品検査とかもやらせてもらうつもりだが……」

「………………」

「……捨てられた子犬みたいな目でこっち見んな」

 
 結局その後、クローナさんのお情けで……切開する前にワンクッション置いてもらった。

 具体的には、切開の直前、クローナさんは僕を一旦『幻想空間』から開放した。
 そして、現実の世界に意識を戻させた後、そこで生身の僕に、ある薬品を飲ませた。

 飲むと一瞬で意識が混濁し、精神が酷く無防備な状態になるっていう凶悪な薬だ。しかも分類としては猛毒で、普通の人が飲むと、1時間足らずで死ぬらしい。
 ……尋問と口封じが一度に出来る自白剤みたいなもんか? 怖いなおい。

 常人なら、水で100倍に希釈したものを数滴でも十分に効く(そして死ぬ)んだけど……僕には中々効かなかったので、最終的に原液をジョッキで2杯も飲む羽目になった。

 しかもその毒、味が酷くて……いやまて、コレは言い方が正しくないな。
 苦いとか辛いとかだったらまだよかったんだけど……あれは『味』ですらなかったし。

 前世で食べたことのある、強力眠気覚まし用のガムとか飴、あの味だ。
 食べると口の中がス―ッとして、めっちゃ寒くなって……その状態で水とか飲むと悶絶しそうなくらい冷たく感じるアレだ。

 それをジョッキ2杯という、これ自体も苦行のような救済措置をどうにか完遂した僕は、その次の瞬間クローナさんにまた『精神世界』に引きずり込まれ……目が覚めた時には、全てが終わっていて、僕は部屋のベッドで寝ていた。
 どうやら上手く『眠れた』ようだ……ほっ。

 ……眠ってる間に僕の体は、精神世界でとはいえ、バラバラもズタズタも通り越して、量り売りが出来るくらいに細かく切り刻まれたんだろうけど……ま、気にしない方向で。

 
 ☆☆☆

 
 その翌日からも、訓練は……やっぱりというか、ひたすら実戦の中で行われた。

 ただまあ、何も考えずに戦うだけ、っていうのは最初だけで、一応、伸ばす能力とか、その手段とかも考えた上での訓練なんだけど、クローナさんの最初の宣言どおり、そのほぼ全てが実戦の中で行われる。

 基礎を確認するにも、実戦の中。

 問題がある動きなんかを矯正するのも、実戦の中。

 新しい技能を学ぶにも、概要を簡単に聞いてちょっと練習して、すぐ実戦。

 予習も復習も、兎にも角にも全部実戦。

 『訓練場』の魔物擬態システムによる魔物は、最大でAAAランクのものまで用意できるという話――どうも、あのタイルの材料になった魔物がそれ以上のレベルだから可能らしい。どんだけ強いスライムだって話だ――な上、その種類も実に多種多様。

 なので……その時々の目的に合った相手を用意できるわけである。

 魔法の訓練をしたければ、魔法しか効かない魔物を、

 素早い動きを鍛えたければ、動きの素早い魔物を、

 正確に攻撃する動作を磨きたければ、弱点が、もしくは体が小さい魔物を、

 各自が鍛えるべき様々な条件やスキルを考えて、それに必要な訓練と、それが出来る相手をチョイスして戦う。そして、お目当ての技能が身につくまで何度でも繰り返す、という内容で訓練を続ける。

 ちょうど学校の時間割みたいに、1~2時間ごとに区切って練習を続けることで、疲労回復と集中力の持続なんかも考慮した上でメニューが組まれてるあたり……クローナさん、指導者としても本当に優秀なんだと思う。

 最初はついていくだけでひいこら言ってた僕らも、徐々に慣れてきたというか……戦闘スキルが上がってきている実感がある。

 加えて、彼女が用意してくれたこの稽古着がまた特殊だった。

 どうやらただの稽古着じゃなく、彼女がシルキーに作らせたオリジナルらしいこの服は、僕が普段着てるあの服同様、冗談みたいな頑丈さを誇る上に……彼女の合図一つで僕らの動きに様々なリミットを施す拘束具に早変わりする。
 重くなったり、魔法を使いづらくなったり、音が聞こえづらくなったり……etc。

 中でも特殊なのは、魔力を『拡散』させる、っていう効果だった。

 通常僕らは、武器なり拳なり、手のひらなりに魔力を集めて、そこで直接充填したり変化させたり、って感じで『魔法』を使う。

 ただその時、完全に無駄なく魔力を使えているわけじゃなく……その周辺、腕とかにも魔力が集まったりして、余分なものとして使われずに空中に霧散しちゃうことも多々ある。

 身体強化の魔法とかだともっと顕著だし、説明するにもやりやすい。
 体全体を強化する場合……体にめぐらせる魔力が100だとすると、そのうち70を強化に使えてるけど、30は有効利用しきれなくて空中に消えていってるとか、そんな感じ。

 どちらも、魔法、というか魔力を上手く使えない初心者に特に多い。

 僕らが着てるジャージには、それをわざと促進させる効果があり……そのせいで、魔力を集めてる部分やその周辺はもちろん、油断してると体全体から、気付かないうちに魔力が漏れ出したり……なんてことに。

 なので、気をつけないとすぐに魔力的な意味でのスタミナ切れになってしまう。
 意識して、魔力を散らさないように制御することが必要なのだ。

 『トロン』では魔力を『使う』方法を学んだけど、ここで学ぶ、魔力を『使わない』方法の学習は、新鮮にしてかなりハードなものだ。まあ、やりがいあるけど。

 おまけにそのジャージを、僕らは訓練の時どころか、休んでる時も寝る時も着ているように言われている。お風呂入る時以外、ずっとだ。

 まあ、休んでる時とかには魔力なんて使わないから、『拡散』に関してはいいんだけど……訓練2日目から服の『重さ』が操作され、ウエイトつけてるみたいな重さがデフォルトになったので、鍛えられるとわかっててもちょっとつらい。

 やれやれ……前途多難だな、ここでの特訓は……

 

 そして、その特訓と時を同じくして始まったのが、午後の訓練終了後……学校で言えば放課後にあたる時間帯において始まった、クローナさんによる魔法分野の講義である。

 これは自由参加、というかほぼ完全に僕のために開催される講義なんだけど、今まで聞いたことも無い魔法理論やら、かつて開発された斬新な術式やら、色んなものを選んでクローナさんが教えてくれる。

 ただし、そこに『初心者にもわかりやすく』という概念は無いため、一定以上の魔法関連学問の知識と、それ以上に内容理解のための想像力・理解力などを要する。

 クローナさんはそれを最低限の解説だけで行うため、最初は興味本位で参加していたエルクやザリーなんかは即リタイアしていた。

 ナナさんやミュウちゃんは、勤勉さが幸いして、かなり苦しいながらもついていっているけど……わからないことの方が多いらしい。

 シェリーさんはどうやら得意・不得意が極端らしく、感覚で理解できる所はすんなり入るようだけど、複雑な理論の理解を求められる所は完全にアウトだった。

 そして僕的には、実はこれが超楽しい。

 前世で高校生だったころは、学校の世界史の授業が半ばお経か子守唄にしか聞こえなかった僕だけど……クローナさんの講義は、未知なる魔法分野の知識がそこかしこに溢れかえっているため、眠くなるなんてありえない感じだ。

 シェリーさんが『暗号』と呼ぶそれらを脳内に吸収していくのが、楽しいし嬉しいし面白い。

 今まで培ってきた知識まで一緒になって一気に輝き出し、使ってくれと頭の中で叫びだしている。近い未来、色々と我慢できなくなる可能性が今から感じられた。

 そして、そんな僕を見てクローナさんがまた嬉しそうにしていて……嬉々としてもっと難しい内容の専門書やら論文やらを持ってくる。
 そして僕がもっとやる気を出し……とまあループ。深夜までその講義が続く。

 そしてその講義の中で、僕もクローナさんも思いついた端からアイデアを出したりして、既存の魔法の改良やら新しいオリジナル魔法やらの作成に着手したりもする。
 そのまま勢いづいて、訓練場に直行して試しうちしたりも。

 ……そんな僕らを見て、エルクが頭を抱えること数多なんだけど……ごめん、無視。

 
 そんな感じで、僕ら『邪香猫』は、クローナさんの邸宅での毎日を送っています。

 
 ☆☆☆

 
 ミナト達がクローナの邸宅に泊り込みで、特訓の日々を送るようになってから……しばらく経った。

 苦難の連続ではあれど、それに見合った成果がメキメキと体に、実感できるほどに現れてきている『邪香猫』の面々。

 その女性陣は……今日の訓練を終え、邸宅備え付けの大浴場で疲れを癒していた。

「あぁ~……気持ちいい! やっぱり大きなお風呂っていいわね、疲れが取れる感じがするわ~……」

「こら、シェリー。湯船には体洗ってから入りなさいって」

「固いこと言わないの、エルクちゃん。ここのお湯、温泉……どころか『霊泉』なんでしょ? 平気よこのくらい」

 湯船に肩まで使って脱力するシェリーは、そんなことを言いながら、手で湯をすくってバシャバシャと顔を洗い、汗を洗い流していた。

 そんなシェリーに呆れながら、エルクや他のメンバーは、一応軽く体を洗って汗を流してから湯船に浸かっていた。

 ちょうどいい温度の湯から、暖かさが肌を介して体の芯までしみこんでくるような感覚。それが全身に広がり……驚くほどの速さで疲れが取れ、体が癒えていく。

 何も知らなければ、温泉であることによる薬効か、精神のリラックス効果か何かかとも思ってしまいそうなところだが……実際は違うことを、彼女達はクローナから直接聞いて知っていた。

 この温泉は、地下数百mからひいているものだが……ただの温泉ではない。
 魔力が多量に溶け込んだ、『霊泉』と呼ばれる種類のそれなのである。

 簡単に、ミナトががよく使うような言い回しで説明すれば……『霊泉』とは、ゲームなどによくある、入るだけで全てのステータスが回復する魔法の泉のようなものだ。
 なお、別に暖かい必要は無い。冷たくても見た目が泉なら『霊泉』と呼称する。

 これは特別。温泉であり『霊泉』なのだ。

 湯に溶け込み、調和している魔力が、肉体のみならず精神や、体内の魔力にまで作用し……凄まじい速度で傷や疲労を回復させる。薬湯と同じであり……一応飲んでも効果がある。

 クローナがここに居を構えている理由のひとつがコレである。初日に嬉々として自慢してきたのだ。

 エルク達の心の中に、『この人意外と子供っぽいとこあるな』という認識が生まれた瞬間だった。

 その『霊泉』によって、1日の疲れを洗い流し、明日への憂いを断っているところである彼女達は、しばし無言だったが……ふと、シェリーが思いついたように沈黙を破った。

「そういえば皆、前々から気になってたから、この際聞いておきたいんだけど」

「? どしたのよ」

「あのさ……この中で、ぶっちゃけミナト君のこと好きな人って何人いる?」

 その言葉に……エルク、ナナ、ミュウの3名はきょとんとする。
 再び場を支配する沈黙。

 今度それを破ったのは、エルク。

「えっと、それ……どういう意味で?」

「いや、どういう意味って……そりゃもちろん、愛してるとか、抱かれたいとか、そういう感じ。もっと具体的に……そうね、男性として魅力を感じてて、男と女の関係に……」

「わかった、もういい、わかった。あんたが言うと生々しいわ」

「生々しいって何よー、コレ以外に言い方ないし、エルクちゃんが説明してって言ってきたんでしょうが」

 ぷくーっ、と頬を膨らませて反論するシェリーに、エルクは『子供か』というツッコミを心の中でしつつ、ふと周りを見てみると……虚空に視線を泳がせながら、割と真面目に考えているナナとミュウが目に入った。

「んー……そうですねえ、確かにまあ、ミナトさんには……人間としてはもちろん、異性として魅力を感じたりもしますね。上手く言えませんけど」

「私もですねー。もっとも、今までそういう色恋ごとと呼べるものに触れたことがありませんので、何とも言えないのですが……お兄さんは、魅力的だと思います」

「ふーん……。エルクちゃん……は聞くまでもないか」

「かもね」

 ふいにミナトとの仲を茶化されると赤くなるエルクだが、ある程度クッションと呼べるようなものがあれば平気らしい。
 シェリーにミナトと親密な中にあると断定されても、今回は動揺しなかった。

 それを見てなぜか面白く無さそうにするシェリーは、湯気が立ち上って結露が出来ている天井を見上げて、『あーぁ』とため息混じりに呟く。

「かくいう私もさあ、冒険者として尊敬してるのはもちろん、ミナト君のことは1人の女として大好きだし、再三アプローチしてるのに、全然振り向いてくれないのよねー。あまり考えたくないんだけど……もしかして私、眼中にないとかかしら?」

「違うと思うわよ? 何ていうかアイツ……あんたのそのアプローチ、だっけ? 社交辞令とか、ちょっと過激なスキンシップぐらいにしか捕えてないみたいだし」

「え? それを眼中に無い、っていうんじゃありません?」

「いや違う。アレ鈍感なだけ。告白とかするなら、多分あいつ……相当ストレートでわかりやすく、かつ本気だってことを説得力を伴わせて全面に押し出して言わないと、冗談とか社交辞令だって勘違いするもの」

「何ですかそのめんどくさい精神構造?」

 見事なジト目をエルクに向けてたずねるミュウ。

 それを受け、エルクはこちらもジト目で何もない空中を睨み――普段はこの視線の先にはミナトがいるわけである――声音に呆れを滲ませる。

「早い話あいつ、謙虚通り越して自己評価が低すぎんのよ、恋愛面で。自分みたいなのが女の子にもてるはずが無いって、心のどこかで思ってんの。ちやほやされたり、言い寄ってくる人がいるのは、全部自分の実力とかランクを見ての社交辞令とかだって」

 一番長く、一番近くで彼を見てきたがゆえか、エルクの彼に対する評価は適切だった。

 そのエルクすら知らないことではあるが、前世では結局享年に至るまで『彼女いない歴=年齢』だったミナトは、女性の好意というものに対して酷く鈍感である。

 自分に向けられている好意が、『友達』という関係と意識に基づいたものか、それとも恋愛感情が絡んだものかという区別がつかないどころか、自動的に全て『友達』意識によるものだと勝手に解釈する。

 心の奥底に、『自分に恋する女の子なんてそういるもんじゃないでしょ』という、悲しさ漂う先入観が根付いているために。
 ゆえに、彼は自分への好意に気付かない。

 実は今まで、仕事で知り合ったりした冒険者や傭兵の中には、異性としてミナトに好意を寄せ、それをアピールしてきた女性もいたのだが……全て『友達』レベルのちょっかいだと思われ、誰一人としてミナトにそれを気付かれることはなかったのである。

 そしてエルクの予想通り、シェリーのケースも正にそれだった。

 シェリーのことを一応、仲間として、友達として好意的に思っているミナトだが……彼女のことを『ちょっぴり大胆な女の人』と認識しているミナトは、その『アプローチ』を完全に、友達づきあいの中のちょっと大胆で刺激的なちょっかい、程度に認識している。

 ナナが言った『言ってくれれば夜のお世話もしますよ?』や、ミュウの『いざとなれば体でお支払いするつもりでしたし』なども……一応その意思や覚悟は汲み取りつつも、そこに自分への恋愛的な好意などは、見出すどころか予想してもいなかった。

 ……と、そんな見解をエルクの口から聞いて……シェリーはしばし唖然としていた。

 が、数秒後に再起動したかと思うと、ぐぬぬぬ……と唸るような声を喉の奥から絞り出し、いきなりその場に立ち上がる。

 その表情は、一応笑っているのだが……何かを決意したようなものになっていた。

 バシャァッ、と派手に湯が跳ねて、近くにいてそれがかかってしまったエルクが迷惑そうにしていた。

「ふふ……ふふふふ……てっきり照れちゃって踏み切れないでいるとか、もしくは一途にエルクちゃんを好いてるから遠慮してるんだと思ってたけど……まさか『気付いてない』とは予想外だったわね……このシェリー・サクソン、一生の不覚……」

「……シェリーさん、怖いですよ」

 ミュウのそんな声が、彼女に届いたかどうかは疑問である。

「ありがとね、正妻ことエルクちゃん。おかげでよぉぉぉくわかったわ……私の思い人は、もっと直球でぶつかっていかないと視界にも入れてくれない、ってわけね……」

「……まあ、間違ってはいないわね」

 全裸で湯船に仁王立ちし、体から湯を滴らせているシェリーは……風呂の湯気とは別に、やる気や熱気がオーラにでもなって立ち上っていそうに見えた。

「上等じゃない……信条にそぐわないから渋ってるとか、何か理由があって拒んでるんだと思ってたけど、違うとわかったなら話は早いわ! 我らが鈍感リーダーに現状を正しく認識させて、すぐにでもに男女比1:4のハーレム作ってやろうじゃないの!」

「あ、何気に私達入ってますね」

「ですねー。まあ私は別に……嫌じゃないですけど」

「私もまあ、ミナトさんさえよければ、って感じですかね。恩もありますし……それとは別に、ミナトさんのことはホントに魅力的だと思ってますし」

「あっそ。まあ、恩返しとかそういうの理由にするとアイツ渋るから……それなら大丈夫なんじゃない?」

 自分が初めてミナトに思いを告げた夜のことを思い出して、エルクはぽつりと言った。

 すると、どうやら1人でエキサイトしていたわけではなく、きっちりと会話を聞いていた様子であるシェリーは、ぎらりと目を光らせた。

「ふっふっふ……決まりね。ここにいる4人全員ヒロイン決定よ! さぁ皆でミナト君の心をばっちり射止めてハーレム作って幸せになってハッピーエンドといきましょう!」

「……女性が言ってるとは思えない内容のセリフですね……」

「ていうか私は別に、お兄さんの妻になりたいわけじゃないんですけど……。求められたら応じてもいいかなとは思ってますが、今のままでも楽しいですし……」

「あ、私もです。今の秘書とか事務員っぽい立ち居地も気に入ってますから、ミナトさんの負担を増やしてまで無理にとは……」

「甘いわよ2人とも。そんなんだから彼は自分の正確な魅力ってもんを……」

 そんな会話が繰り広げられる中、

 エルクは、ふと何かを思いついたような、思い出したような仕草と共に……何か考え込み始めた。

「どうかしたの、エルクちゃん?」

 熱弁の途中でそれに気付いたらしいシェリーが、何の気なしに声をかけた。

「ん? ああ、ごめん、ボーっとしてた。いや、今あんたが言った『ヒロイン』だの『ハッピーエンド』だのって聞いて、ちょっと思い出したことがあってさ」

「? 思い出したって……何を?」

「うん、ミナトが他人の好意に気付かない理由みたいなもんが、そういえばもう1つあったかも……って。えっと……『デイドリーマー』の話、あんたらにしたことあったっけ?」

「「「……?」」」

 
 ☆☆☆

 
 それから数分。

「なるほど、ね……まるで、物語の世界を見るみたいな感じ、ってわけか……」

「言われてみれば……確かにお兄さん、そういう所、あるかもですねえ」

 エルクがしたのは、とある思い出話だ。

 ミナトと、出会って間もない頃のこと。
 その時の彼はまるで、この世界全てを、1つの物語か何かのように捕えている気がする、という感想を抱いたという話。

 同時に、エルクの真剣な思いをミナトが正しく受け止め、親密な関係がスタートすると共に……彼がそのフィルターを少しだけ取り払うことに成功した一件の記憶だった。

 それを聞いて……シェリー、ナナ、ミュウの3人は、どこか納得できるものがあるのを心の中で感じていた。

「そういえば、王都にいた頃もよく見かけましたね、そういう人……。強大な権力を持ってる貴族とかに多いんですが、半ば何でも出来るばかりにかりそめの全能感で色々とダメになって、最終的に破滅する……まあ、騎士団ではそういうのを持ってる人は、一番最初に徹底的に矯正されるんですけど」

「どうやって?」

「世の中は自分を中心に回ってなんかいない、ってことを心身を問わず徹底的に教え込むんです。上には上がいて、思い通りにならないことなんていくらでもあるって。こと武力に関しては……ドレーク総帥や直属クラスがいるので、あっという間でしたね。放っといても勝手に挫折して……そこから這い上がるか、消えていくか、って感じで」

 容易に想像できるな、と、ナナ以外の3人は思った。

 『狩場』の一件で、その『直属騎士団』の、そしてそれを統べる『団長』クラスの実力を目の当たりにしているがために。

 温室育ちのお坊ちゃまやお嬢様はもちろん、英才教育で鍛えられたそれであっても、天賦の才と不断の努力を併せ持った最強部隊に触れれば、自分が井の中の蛙だと知るだろう。

 が、それを考えると、ナナはだからこそ引っかかるものがあることに気付いた。

「……でもミナトさんって、そういうの特にないですよね? 別に全能感で調子に乗ってるわけでもないですし、むしろ謙虚っていうか……」

「まあ、全能感持っててもおかしくない強さではありますけど……それ以上の強さの人が周りにいますしね。今も1つ屋根の下に、片手であしらわれるくらいの生ける伝説が」

「『グラドエルの樹海』を出る前も、自分のお母さんに徹底的にしごかれてたらしいしね。けど……」

「けど?」

「……やっぱり未だに、アイツどこかそういう見方してる気がするのよね……。もちろん、そんな気がする、ってだけで……根拠もなければ理由もわからないんだけど」

「……でも、エルクちゃんが言ってるってことは……そうなのかもね。今んとこ、その最強の『お母さん』を除けば、ミナト君の一番の理解者だし……」

 ミナトに『前世の記憶』などというものがあるなどとは、さすがに想像もついていない彼女達には……やはりいくら考えても、答えの出ない問いだった。

 ……そして、

 彼女達が今後、未だにミナトの中に存在する『デイドリーマー』という名のフィルターを取り払うために、どのような形で関わっていくのかも……まだ、誰も知らない。

 

「でもさあ、こんな女湯でこんな話してて……それを男湯に入ってるミナト君が全部聞いてたとかいうことになったら、さすがに笑えないわよね」

「何、その小噺のオチみたいなの。大丈夫よ、ミナトなら今頃、クローナさんの講義聴いてる最中でしょ」

「わかってるってそれは。もしそうだったら面白いな、って話よ」

「ていうか……なんで個人の邸宅で男湯と女湯があるのかしら?」

「いや、別に『男湯』と『女湯』ってわけじゃないみたいですよ? クローナさんが築城の時、湧き上がってくる温泉の量の関係で2つにわけて浴室を作ったからだそうで。普段はその日の気分で、2つある大浴場のうちどちらを使うか決めてるみたいでした」

「ただ、私達『邪香猫』が泊まる間は、男女両方いるわけだから、分けといたほうがいいってことで、最初にクローナさんとお兄さんが相談して区別してただけでした。ちなみに、男湯(仮)はまたこことは趣が違うデザインのお風呂みたいですね、聴いた話だと」

「そうなの? ぜひそっちにも入ってみたいわね、あとで交渉して交換……いやまてよ、むしろそれを利用してお風呂を間違えて入る混浴ハプニングなんてのも……」

「アホ」

「でも……ミナトさんってすごいお風呂短いですよね。最短で5分以内ですよ?」

「最近じゃ、私達が訓練の疲れで動けない間に自分だけお風呂行って、私達が入る頃にはすでに上がっちゃってるわよね……で、その後すぐ書庫に直行して講義でしょ?」

「最初は私達のこと待ってくれてましたけど……少しでも早く長く講義を聴こうと思って我慢できなくなったみたいですねえ。まあ、別に構いませんけど」

「ていうか、どうやったらあそこまで短い時間でお風呂済ませられるのかしら? 丁寧に洗ってないの? 一緒に入ったことがあるエルクちゃん、そこんとこどう?」

「や、そういうわけでもないんだけど、最低限のことしかしないっていうか……ほぼ無言のまま頭洗って体洗って、軽く湯船に浸かってすぐ出ちゃうのよね。あくまでお風呂は体を洗う場であって、よっぽど疲れでもしてない限り、ゆっくりしようとか、入浴を楽しもうって気は無いみたい。あとはホラ、髪も短いから時間かかんないし」

「えー、それって人生損してない? っていうか、お風呂の中でいちゃいちゃしたりしなかったの?」

「損してるかどうかは個人の主観だし、いちゃいちゃとか言うなっての平然と! ……まあしたりしなかったりまちまちっていうか……ごにょごにょ」

「エルクさーん、お惚気が割とはっきり聞こえてますー」

「うん、これはやっぱり私たちは結託すべきね! 4人一緒になればお風呂でミナト君にイロイロしつつ楽しく入浴するなんてことも可能に……」

「あんたは結局そこに帰結すんのかい!」

 

「……ミナト君はいなくても、僕は男湯に入ってるんだけどなあ……」

 貸し切り状態の男湯を堪能している、そんなザリーの独り言を聞き届ける者は……誰もいなかった。

 

 
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