2016-06-07

医者になって感じたこと

医学人類を次のステージへ連れて行っている

 俺は医学部に入る前は医学馬鹿にしていた。所詮基礎研究のほうが強いんだろと。医学なんて老人を長生きさせてるだけじゃないかと。

 ハッキリ言って、親が医者だし儲かるから医学部に入った。

 しかし、医学を学ぶにつれ、「これこそ人類の宝だ」と思うようになった。

 具体的には、高血圧対策のすごさ、ペストコレラエボラ対策なんかのすごさだ。人類の『禍』っていうと中二くさいが、人類が何万年何億年と苦しんできたものを一つ一つつぶしていっている。これはすごい。基礎研究人類が次のステージに行くのと等しい。

 でも、普通医者なんて単なる金儲けだろ?って思うかもしれないが、意外と学会なんかでは普通医者普通に薬やら治療法の効果についての論文だしているし、そういう研究が集まってしっかり人類の礎になってるのが感じ取れる。

 医学ってのは、天才だけのものじゃないってのがハッキリ分かる。優秀な奴らがチーム組んで数で押しまくって人類の禍に挑んでいる。その距離は決して遠くない。普通大学普通医者普通に結果出せるんだってハッキリと理解できた。

 単なるつまらない単純作業と変わらない人種なんかではない。人間として素晴らしい挑戦ができる権利を持っているんだなと感じられた。

 高血圧対策というと、ネタに思うかもしれないが、高血圧対策で減りまくる脳梗塞心筋梗塞の数を見たらビビルよ、いか効果があるか。

 今後は、ガンとか、ipsとかも加わってくるだろう。もうなんていうか、人類が金かけまくって正面から神と勝負してるんだよ。こんな分野なかなかないよ。

 自分人生、クソほども価値もないし、俺は世の中楽しめる能力ねーなと思ってたけど。自分人生を少しだけ生きようと思えるようになれた。

  

患者さんは患者さんらしくなるもんだ。

 患者さんを人間的に扱うことが大事だぞ!と親から教えられて育てられた。

 患者さんへ高級ホテル並みのサービスをすることってのは今後医者に求められるだろうし、地域医療需要に柔軟に対応した医者としての身の振りが大事だと考えていた。

 しかし、実際に注射なり点滴なり、問診なりすると、患者さんは人間的な振る舞いよりは患者的な振る舞いになる。

 そりゃまあそうなんだよね。だって警察に呼び止められて職質されたら、普段人格じゃなくて、職質されてる人の人格になるよね。

 そういう感じなんだなあと思った。

 俺は医療慣れしてるから、点滴痛かったらちょっと人間的に思っちゃうなー、なんで患者さん怒らないのかなーって最初は思ってたけどさ。

 これ本当に意外。でも、長期的に付き合えば一部の人はやっぱり人間的な反応するし、普通の人も後で冷静になって人間的な感情持つだろうし、やっぱサービス大事だね。

  

③いろんな人がいるもんだ。

 普通ではナカナカ知りえない側面から人間を知ることになるから。へー人間ってこんな感じなんだなーって驚くことも多い。

 生理周期や、病気についてなんて、友達でも話しないわけで。なぜその病気になったかの経緯を聞くと、「そういう風に考えたりするもんですかー」と面白い

 自分の知ってる物事も、他人から解釈すればこういうこともあるんだなーという驚きがある。

 ラーメン屋の人はラーメン屋からみた客を解釈するだろうが、医者ほど深いとは思えない。

 医者って、合法的に触れちゃいけない部分までその人を知るんだよなあと。

  

人間を体で解釈するようになった

 この人の血管はきれいだな。とか、MRIとかでこの人の内臓のつき方はなかなかアートだなとか。普通では見れない部分でその人の美醜を解釈するようになった。

 俺は昔いじめられたから、どーしても他人が好きになれないんだけど。それでも美人イケメンにはやっぱりリア充押しされて負けてしまう。それが悔しかったんだけど。

 イケメンに見えても、MRIが汚いとか。美人に見えても医学的筋力弱いとか。そういう欠点を見つけてやっぱり嫌いだなーと思えるようになった。

 他人と話しているときも、相手欠点を思い浮かべて冷静に話できるようになった。

 弱いのは俺だけじゃない。皆どこかしら弱いんだ。単に俺の弱いところが他人から指摘されやすいところだっただけで、他人も俺も奇形なんだ。そう思えるようになった。

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