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第117話 『悪夢』の真相と惨劇の記憶
「……漠然とした問いになるのは承知で聞くぞ、リリン。……何があった?」
場所は、『グラドエルの樹海』の中の洋館の一室。
普段は、リリンとミナトが一緒に寝る寝室として使われている部屋。
今は、魔法によって室内は徹底的に殺菌消毒され、医療機関にも劣らない清潔な空間と化している。
部屋には、全部で3人の人物がいた。
1人は白衣を着て立っていて、2人はベッドに横になっている。
そして、横になっている2人のうち1人……リリンは、上体を起こしており、立っているクローナから、そう問いかけられていた。
問い詰めるような、きつい口調で放たれたその言葉を受けて、リリンは、いつもの陽気さや元気さを感じさせない、弱弱しい声と態度で答えた。
「……ちょっとね、バカやっちゃったのよ。私も……この子も」
リリンは体中に包帯や脱脂綿など、痛々しい治療のあとがある。その姿からは、かつて……否、今現在もこの世界で『最強』の名をほしいままにしている『夜王』の力強さは、欠片も感じられない。
そのリリンが、ふと視線を向けた先には……もう1人の重症患者の姿。
一昨日、自らが考えた無茶苦茶な内容の『テスト』によって実力を測ろうとした結果、予想外にも程がある事態を引き起こした息子……ミナトの姿。
その体には、リリン以上に治療のあとが多く見受けられた。単純な数だけでなく、症状の深刻さという意味でも。
体中に包帯が巻かれ、何箇所にも点滴の管が取り付けられている。口には、人工呼吸器と思しきものも装着されていた。さらに、骨折患者がつけるようなギプスが両手両足に、そしてその他にも、おそらくは医療用のものであろうマジックアイテムがいたる所に。
頑張れば自力で歩くことも可能そうに見えるリリンに対し、ミナトはどう見ても、現代日本ならば即集中治療室行き・面会謝絶間違いなしの超のつく重傷。
素人目にも一見してそうわかるほどにボロボロな、その痛ましい姿を見て、リリンは下唇を噛んだ。こみ上げてくる嗚咽をこらえるかのように。
「……言っとくけど、慰めてはやれねーぞ。今回のコレ、1から10までてめーの自業自得だからな、このバカ親が」
「わかってるわよ、そのくらい」
「こんなトラウマになってもおかしくねえテスト、しかも自分のことを世界で一番好いてくれてる子供のその心を利用する形でけしかけたんだ、言い訳なんざきかねーわな」
「……わかってるって言ってるでしょ。それでクローナ、この子の怪我……治る?」
「安心しろ、治るよ。ただまあ、時間はかかるがな。普通なら全治3年。が、このガキの生命力なら……この俺が全力でやって、1ヶ月半ってとこか。後遺症も無い」
「そっか……よかった」
少しだけホッとした表情を見せたリリン。
それを横から見ていたクローナは、呆れとも安堵とも取れるようなため息をついた後、手に持っていた資料――どうやらカルテの類のようだ――をパラパラとめくり、話を続ける。
「じゃ、あらためて聞こーか、リリン。さっさと吐け、てめー主催のバカなテストの最中に、どんな不測の事態が起こってこんな大惨事になった?」
その問いに、リリンは名残惜しそうな仕草を見せつつ、ミナトから視線をはずし……特に何を見ることもなく、うつむくようにして、語り始めた。
クローナの目にはそれが……ミナトの顔を見ながら話すのはつらいのだろうか、というようにも見えた。
☆☆☆
リリンが異変に気付いたのは、ミナトが『硫化水素』のガスを体から噴出しながら戦いを始めた……その数十秒後だった。
ミナト同様『エレメンタルブラッド』を体得しているリリンは、やはり毒というものに強力な耐性があり、硫化水素だろうと吸っても気分を害する程度の影響しかない。
そしてそれは、リリン自身も把握している。
しかし、その時リリンの体には……様々な異常が現れ始めていた。
最初は、わずかな手足の痺れから始まったそれは、わずかながらも息苦しさを覚えたり、目が霞むという所にまで至る。
それが、体の動きが明らかに悪くなる、魔力のコントロールが上手く行かなくなる、という段階にまで来たことで、リリンはその事態の深刻さに冷や汗を流し始めた。
前述のこともあり、毒によるものとは考えにくかったが……だとすると、と考えると……答えはおのずと1つに絞られた。
(この子、まさかまだ何かやってる……!?)
リリンは知らなかった。気付けなかった。
ミナトが発動していた魔法『サタンポイズン』。
その技の正体が、体内で加工し、魔力そのものに極めて高い『毒性』と『感染性』を持たせた、凶悪な『汚染魔力』を放出することによる広域殺戮魔法であるということに。
そして、それに体を侵された結果、魔力を使って行うあらゆる事柄が上手くできなくなるばかりか、その状態の魔力を体内に宿しておくことそのものが、凶悪な病魔に体を蝕まれていくに等しい最悪の状況であるということに。
言うなればこの状態は、魔力のガンのようなものなのだから。
ゆえに、リリンの体からは動きの切れがみるみる失われ、身体強化も含めて魔法が上手く使えなくなり、仕舞いには体中に激痛が走るまでになっていった。
必然、攻撃をさばききることが難しくなり……激情に任せて襲いかかってくる『ダークジョーカー』状態のミナトの攻撃にさらされる。
愛する母を痛めつけた怨敵を葬らんとする、執念の猛攻。
拳が、足が、肘が、膝が、自分の命を狙って繰り出される。
その状況下で、リリンは確かに感じていた。
200年をゆうに越える人生の中で、片手の指にも満たない回数しか感じたことの無い……『命の危機』というものを。
リリン自身の、もともとの防御力や耐久力もあり、打撃攻撃によるダメージだけならそこまでではないと頭と体ではわかっていながらも……無意識下で、第六感とも呼ぶべき部分が凄まじく警報をならしており、明らかにこのまま放置していてはならない事態が、自分の体の中で進行していることを、彼女は悟っていた。
むしろ、頭と体ででも『それ』を感じるようになってしまえば……その時にはもう、手遅れである気すらする。
異常事態に、その精神には戸惑いが生まれ、一刻も早くこの『テスト』をやめるべきだと気がついた所で……リリンはさらに、驚くべきものを目にする。
現在、リリン自身は戸惑いもあって防戦一方だった。ミナトへの攻撃など、ほとんどヒットしていないにも関わらず……目の前で、ミナトが吐血した。
それまでを振り返ってみても、内蔵にダメージが行って吐血に至るような攻撃など、入れた覚えは無い。
そして直後、リリンは、ミナトが一瞬だけ猛攻の手を休めたその瞬間、その手足が僅かに震えているのに気付いた。
今まで、激しく動くがゆえに気づくことが出来なかったが。
その瞬間リリンは、恐ろしい事実に気付く。
(この子……制御しきれてなくて、自分でもこの『毒』のダメージを食らってる!? しかも、吐血するほど深刻なダメージになってるなんて!)
劣勢とは別な理由で青ざめた彼女の予想は、見事に当たっていた。
何しろ、彼女自身は知る由もないものの……実の所この魔法、ミナト自身も使うのは初めてである。
というか正確には、『急遽今考えて今形にした魔法』なのである。
ミナトは、リリンとかわした『約束』をきちんと守っていた。
ミナトが魔法を開発するに際して……母の監督・指導無しに行われたものは、あれ以来1つもない。
しかしさすがに、頭の中だけでうすぼんやりとイメージだけ考えていて、全く形にもしていなかった魔法についてまでは、彼女に相談していなかったのだ。
いずれはするつもりだったのかもわからないが、少なくともこの時点ではまだ。
ぶっつけ本番、と呼ぶのもおこがましいほどの無茶であり無謀。
制御の『せ』の字もない。反動、というか副作用をモロに受けるのも、ある意味当然だった。
愕然とした彼女の脳裏に、様々な思いがよぎる。
ミナトがこれほど強力・危険な魔法を編み出したことへの驚愕。
何としても自分の仇を討ち、守ろうとしてくれていることへの、不謹慎な喜び。
自分の身を省みない、自爆にも等しい技を使ったことによる、怒り。
しかし、それを責める資格など自分にはないという、自己嫌悪。
むしろ、彼をここまで追い込んでしまった自分への叱責と罪悪感。
なぜこんなことになってしまったのかという、戸惑いと後悔。
それらが一度に頭の中に噴出した結果、リリンの思考回路はほんの数秒間だけ停止し……その隙を、ミナトは見逃さなかった。
一瞬後、
どんっ、という衝撃と共に……ミナトがリリンに抱きついてきた。正面から、首に手を回して、決してはなさないと言わんばかりにきつく、力いっぱい。
しかし、愛情表現の抱擁ではない。
リリンが幻覚によって『不審者』に容姿を偽装している今、それはありえないからだ。
驚きと共に更なる戸惑いを感じたリリンは……次の瞬間、ミナトの体内に、凄まじい魔力が渦巻くのを感じ、背筋が寒くなった。
確かにミナトの体内で、しかし明らかにミナトが制御できないレベルで膨れ上がる、破壊的なまでの魔力。
脳裏によみがえるのは……昔ミナトが冗談で言って、自分がチョップで突っ込みを入れた……しかし、論理的には十分可能といえてしまう、最悪の魔法。
自分の体をタンク代わりにし、許容限界を大きく超えた魔力を、圧縮に圧縮を重ねて溜め込み……接敵した状態で点火・暴発させるという、道連れ前提の大技。
――『自爆』。
それを悟った瞬間、リリンの手はとっさに動いていた。
右手を手刀の形にして、魔力を流して強化し……ミナトの術式が完成するより早く、
「この……バカァァァァアア!!!」
ミナトに向けたものか、はたまた自分に向けたものか……叫んだ本人すらよくわからなかった。
その叫びと共に放たれた貫手は、ミナトの体に突き刺さり……ミナトの腹部を貫通して背中側に抜ける。
そしてそこに溜め込まれていた、ミナトの体どころか、この周辺をまるごと木っ端微塵にできるほどの魔力のほとんどをそこから噴出させて逃がし、外に向けて暴発させた。
……直接そこで暴発させたことによる、膨大な魔力衝撃の反動を腕に受けながら。
一瞬後、ズボォッ、と生々しい音を立てて、おびただしい出血と共に手が抜かれる。
リリンは、魔力制御が上手くできない段階で受けた、その少なくないダメージに歯を食いしばり……腹に大穴を開けたミナトは、力尽きてその場に崩れ落ちた。
我が子を抱え、負傷した体を引きずるように洋館に戻ったリリンが、ストークを呼び、クローナの元へ殴り書きの手紙を届けさせ……全速力で駆けつけたクローナが2人の治療に入ったのが、そのしばし後のことである。
☆☆☆
短くない時間をかけて、一部始終をリリンの口から聞いたクローナは……納得すると同時に、呆れた様子でカルテにペンを走らせた。
「なるほど、な……お前らの体内におぞましいレベルの魔力混濁があったり、お前の右腕がズタボロになってたり、ガキの腹にドでかい風穴が開いてた理由はそういうわけか」
確認するように呟いた後、クローナは更に、
「……あえて言わせて貰うぞ、リリン。テメーはバカだ」
「……うん、わかってる」
クローナが吐き捨てるように言ったその言葉に、リリンはこれといった感情もこもっていない声で返した。先ほどからうつむいたまま、口以外を全く動かさずに。
そんなことには構わず、クローナは……部屋の隅から引っ張ってきた椅子に腰掛け、厳しい目つきのまま、かつての冒険者仲間に向き直る。
「テメーは言うまでもなく知ってたんだよな? このガキが、自分のことを大好きだってことをよ?」
「……うん」
「それを利用してテメーは、こいつをあえて逆上させるために芝居を打った」
「……うん」
「じゃその時考え付いてもおかしくねーんじゃねーか? 大好きな大好きなママを酷い目にあわせた奴を殺すために、コイツが自己犠牲の大勝負に出てもおかしくねえ、って」
「………………」
「考慮した上でやったんなら言語道断だし、できなかったってんならそれはそれで母親として、指導者として大いに問題ありだよなこのボケ。そもそも俺が知る限り、お前は自分の子供にそんな内容のおかしいテスト課すようなバカじゃなかったはずだが……」
「……期待、しすぎちゃったのかもね」
ぽつり、と、
クローナの言葉が僅かな間途切れた所に滑り込むように、リリンは呟くように言った。
その顔には、まるで自嘲するかのような笑みが浮かんでいる。
それを見て、そして今の言葉を効いて、クローナの眉間にしわが寄る。
「何を期待したってんだテメーは、こんな小さなガキに。あ? 逆上しながらも冷静さを失わず、格上の敵を相手に最善の戦いをする精神力と判断力があるとでも思ったか?」
「……うん、そう思っちゃったの」
「……あのな、俺は子供なんぞ育てたことはねーが、そんな熟達した冒険者でもねー限り持ってねえようなもんを14のガキに期待できるかってことぐらいわかる……」
「そうよね……普通そうよね」
クローナの言葉をさえぎり、割り込むような形で言ったリリン。
表情は先程から変わっていないが……かけている毛布をつかんで握り締めている手が、震えているのがわかった。
「この子の本当の実力を試すための手段なら、確かに他にもいくつかあったわ。でも……もしかしたらこの子なら、こんな普通じゃない状況でも……普通の子供なら絶対にアウトなこんな設定でも、大丈夫なんじゃないか、って思っちゃったのよ」
「……本気かよ。何を根拠に?」
淡々と、しかし思いつきでなく、本心で言葉を搾り出しているリリンの話を聴いて……怒りやあきれを通り越して不思議にすら思えてきたクローナは、疑問符を頭に浮かべながら、隣のベッドに寝かせているミナトに目をやった。
どこからどう見ても普通の子供である。特別な所など、どこにも無いように見えた。
確かに……リリンから今しがた聞いた『エレメンタルブラッド』なる魔法の影響で、普通では考えられない肉体強度や親魔力性を持ってはいたが、それでも、圧倒的に人生経験に難のある子供であることに変わりは無い。
何より、今まで25人もの息子・娘を育ててきたリリンであれば、そんなことは考えるまでもなくわかるはずだ。
にも関わらず、なぜリリンが判断を誤ったのか、クローナが測りかねていると……リリンはクローナの視線の先を追うように、自分も、再びミナトへ視線を向けて、
「……この子ね、すごく頭いいのよ。物分かりも早いし、教えた覚えの無い知識もいつの間にか自力で覚えたり、考え出したりして、自分のものにしてたりするの」
「……よかったじゃねーか、優秀な息子で」
「うん……でもさ、ホントに優秀すぎるっていうか……今まで私が育てたどの子よりも、飛びぬけて成長が早い気がするの。駄々もこねなかったし、夜泣きもほとんどなかった。難しい課題を出しても、最後には私の期待を超えた結果を出しちゃう。まるで……見た目は子供だけど、中身が最初から大人なんじゃないか、ってくらいに」
だからって気味悪いとか思わなかったけどね、と付け足すリリンの話を、先ほどまでよりもやや落ち着いたような様子で、クローナは聞いていた。
特に肯定も、否定も、合いの手で返したりはしなかったが。
「だからかな……この子はいつでも、私の期待に応えてくれる子なんだ……って、いつの間にか思ってたのかもしれない。情けないことにね」
「母の惨状に激怒して、その後敵討ちのために戦って、冷静さを失わずに、今まで学んだことをしっかり活かして、自分が望む達人の戦い方をしてくれるだろう……ってか?」
「うん。……そんなバカなことあるわけない、って、どうしてわからなかったんだろ」
わが子を見つめるリリンの目には、愛しさと同時に、申し訳なさのようなものが滲み出しているようにも見えた。
「……確かに。子育てってもんを知らねえ、子供に理想を押し付ける親が陥りがちな失敗だな……そして、ベテランのお前には無縁のはずだ」
「もちろん、この子のせいにしようなんてこれっぽっちも思ってないわ。調子に乗っちゃったのは、間違いなく私だもの。むしろ、真っ直ぐ育ってくれたことに感謝しなきゃ」
「夜泣きや駄々はまあ、個人差だとしても……背伸びしてたのかも知れねーな。それこそ、大好きなお母さんに喜んで、褒めてほしくて、よ」
視線の先で安らかな寝顔で眠っているミナトの胸が、規則正しいリズムで上下しているのを見ながら、リリンはこれからどうすべきか考えていた。
少なくとも、まずは『子育て』というものに対する見識から改めなければいけないだろう、と、最初に頭に思い浮かべて。
そんな親子をクローナは、困ったものを見るような目で交互に見つつ、ため息をついて再びカルテにペンを走らせた。
☆☆☆
「――ってわけだ」
「……重いですね」
「まーな」
はい、回想終わり。
決して短くない時間にわたって語られた、クローナさんのお話。
その衝撃的にも程がある内容に、僕ら一同唖然としていた。
同時に……ここんとこ僕の頭に引っかかっていたいくつかの疑問が氷解していくのを感じた。
随分前にエルクに言われて頭に何か引っかかった『毒魔法』。
記憶を消される前に、僕はやっぱり完成させてたんだ。
最近頻繁に僕を悩ませてた『悪夢』。
あれは、消された記憶がフラッシュバックしてたものだった。
そしてそれについて考えたり、思い出そうとした時、心の中で起きた拒否反応。
母親が酷い目にあったり、自分が死に掛けた記憶なんて……普通に黒歴史だろう。
クローナさんによると、この記憶封印の魔法をかけたのは母さんであり……その間の僕の記憶は、当たり障りのないものに修繕されているはずだとのこと。
さらに言えば、その時僕が『魔力汚染』した樹海の一角は、感染の拡大などの不測の事態を防ぐため、母さんがストークに頼んで焼き尽くし、更地にしたそうだ。
そしてそこはなんと、僕の記憶の中でもかなり鮮烈に残っている……『僕の成長に喜んでハイになった母さんが調子に乗って、とんでもない威力の魔法を使ったせいで消し飛んだ』っていう内容に記憶を書き換えてあるそうだ。
あの記憶偽モノなのか……全然気付かなかった。
さすが母さん、欠片も違和感残さず記憶の改ざんをやってのけるとは……底知れない。
しかしその記憶改ざんは、被施術者の精神攻撃耐性によっては経年で劣化したりする他、強力な『闇』の魔力・魔法にさらされることによってほつれが生じることがあるらしい。
クローナさんの見立てでは、おそらく原因は2つ。
僕の『夢魔』の精神攻撃耐性と……『ダークジョーカー』。
過剰なまでに強力な『闇』の魔力を全身にめぐらせるアレの影響が僕の精神の奥深くにまで届き、母さんの記憶操作を少しずつほつれさせていった可能性があるという。
そういえば……僕が『悪夢』を見るようになったのは、『花の谷』での戦いで『ダークジョーカー』を使ってからだっけ。アレが引き金だったのか。
あれ以前にも、修行の中で『ダークジョーカー』は何度か使ったけど、その都度、もしくは定期的に母さんが記憶を改ざんしなおしてたと考えれば、洋館を出て初めて『ダークジョーカー』を使ったあの時から悪夢を見始めたことに納得はいく。
その後も、幽霊船の一件や、ディアボロスとの再戦で使った後は、『悪夢』を見る頻度が増えていったし……間違いないな、これは。
いやしかし……普通こういうこと聞かされたら、自分の中に偽者の記憶と、忘れた本物の記憶があるってことでパニックとか不安定になりそうなもんだけど……意外と冷静だな、僕。
まあ、内容が突拍子もなさ過ぎて処理が追いつかないだけかも知んないけども。
「っていうか、その話僕にしちゃってよかったんですか? 秘密にしときたかったから記憶封印したんですよね?」
「いや、どっちかっつーと俺は隠しとくのに反対でな? ばらしちまった方がいいんじゃねーかと思ってたんだよ。ほら、根本的な解決になってねーじゃんどの道?」
クローナさん曰くところによると、
母さんが僕の記憶を消した思惑は2つ。
1つは、僕に精神的な負担をかけないようにするため。
そしてもう1つは、危険なオリジナル魔法を存在からなかったことにするため。
まあ、どっちも一応その重要性は、聞いて理解できるものがあるっちゃあある。
しかしクローナさん曰く……2つ目の危険な魔法の存在云々に関しては、根本的な解決になっていない以上、さして意味のあるものでは無いとの見解。
そもそも、僕が考えた魔法である以上、また必要に迫られたりとか何らかのきっかけがあれば、いつかまた『思いつく』だろう、とのこと。
記憶が戻るとか、そういうのとは別口で……1から考え出すだろう、と。
それならばいっそ、きちんとその魔法の危険性を考えさせ、理解させたうえで自主的に封印させた方がいい、とクローナさんは考えているそうである。
それに、残る『精神的な負担』に関してだって……『いつまでもそのショックから逃げなきゃいけないくらい精神が弱いままってこともねーだろうし』、と。
会って話してみて、過去の経験も踏まえて……僕がどういう人間か一応把握したクローナさんは、今の僕になら、話してもショックでおかしくなったりはしないと思ったんだそうだ。
「見た感じ、性格的には前に会ったときと何ら変わってねえみてーだしな。あの時も、色々戸惑いつつも最後にはきちんと受け入れてたし……つか正直、あの記憶改ざん自体要らなかったんじゃねーかって今でも思ってんだよ俺は。……で、どうだ?」
「どう、って?」
「事実を聞いてみて、感想。自己嫌悪とか、罪悪感とか、どーしようもねえ感じで出てきたりしてるか?」
「いや、あんまし」
あっさり答える僕、平常運転。
まあ、確かにいきなりそんな事実聞かされて戸惑ったし、相変わらず何をやってんだあの母親は、とか思ったりしたけども……そこまで深刻な精神状態にはなっていない。
もちろん、その時僕が作ったっていう危険な魔法――クローナさんから『聞いた』だけで、思い出してはいないんだけど――については、きちんとその危険性を鑑みておくつもりだし、うかつに使ったりなんてするつもりも無い。
……必要に迫られれば、その時はわからんけど。
いやまあ、だからって自爆なんてもん、よっぽど差し迫った時でもなきゃ使わない、っていうか一生使いたくないけどもね。ちゃんと天寿を全うして天国に行きたい。
とんでもない内容のテストを開催してくれた母さんには、会ったら文句の1つや2つくらいは言うかもしんないけど……別にそんなに腹立てたりもしてないし。僕。
予想外にこの事実を冷静に受け止めてる自分に、僕自身ちょっと驚いてるけど……そもそも聞かされただけで、記憶戻ってないから、客観的に落ち着いて見れてるのかも。
記憶にないってことは、感情を伴った思い出もないってことだから。
……ただ、1つ……
「ま、それでいいよ。確かに暴走してたのは事実だが……お前くらいの年齢のガキのこと考えれば無理ねーしな。完全にリリンの奴が勇み足した結果だ」
「……はい」
「何だ今の間?」
……いや、その部分あってるんです……。
まさか言うわけにはいかないけど……実際僕、ホントに前世持ちの転生チャイルドだったからなあ。
母さんの感想、ズバリ当たってるんだよなあ……。
確かに、調子に乗ってるとか勇み足とか、そういう部分は母さんにはあったんだろうけど……そう思いかねない様々な要素もあったわけだし。主に僕の普段の生活態度から。
そういう意味じゃ、この事件の責任は、ほんのちょっとくらいは僕にもあるのかも?
「……ま、お前が自分で反省する分にはいいけどよ、あまり筋違いなとこで思いつめるな。そういうことにならないように、ってのもあってアイツ記憶いじってたんだしな」
「んー……わかりました、がんばります」
「十分だ。じゃ、この話は終わりでいいな。おーい、お前ら!」
そう言うと、クローナさんは唐突に、ぱんぱん、と手を叩いた。
すると、その音に応える形でドアが開き……部屋に数人のメイドさんが入ってきた。
……全員、半透明である。
聞くところによると、どうやらこの人(?)達……『シルキー』っていう精霊種の魔物らしい。『ドライアド』とかの親戚みたいな感じだろうか?
かなり特殊な魔物で、気に入った人間の家に住み着いて家事とかをやったりするっていう、家政婦的な役割を担ってくれる種族なんだそうだ。何それ素敵。
ランクはDで……何か昔お世話になったとかで、集団でクローナさんの屋敷に仕えてるらしい。詳しい事情は知らないけど。
その『シルキー』のメイドさん達がそろったのを一瞥すると、クローナさんは再度僕らに向き直る。
「しょーがねえから今日は泊めてやる。ここはてめーらみてーな軟弱な連中が野宿できるほど平和な土地じゃねーしな。もっとも……」
と、そこでクローナさんは、ソファに座ってにこにこと笑っているアイリーンさんをじろりと睨んで、
「最初からそのつもりだったんだろーがな……」
「いやあ悪いねえ、突然押しかけちゃったのにお泊りまでさせてもらうことになっちゃってさ。感謝してるぜ親友」
「てめーは野宿でも問題ねーだろ? テント貸すから外で寝てもらってもいいぜ?」
「あっはっは、冗談きついぜクローナ。せっかくほら、久しぶりに酒でも一緒に飲もうかと思って、いいの持ってきたんだからさ」
そう言うと、アイリーンさんはいつものポーチに手をいれ、高そうなワインのビンをすっと取り出した。
「けっ、相変わらずだな、リリンほどじゃねーがちゃっかりしてやがる。おいメイド共、こいつらを部屋に案内してやれ、部屋割は適当でいい」
……母さんほどじゃないんだ……。
若干脱力しつつ、僕らはメイドさん達に案内されて応接間を出て、それぞれ今晩お世話になる部屋に……っと、その前に。
「クローナさん、ここペット可ですか? 見ての通り連れいるんですけど」
と一応、籠に入ってる状態のアルバをよく見えるように持って聞いておく。
「あ? おー、ネヴァーリデスか、珍しいな。別にいいぞ。ただ、逃げ出してそのへんちらかさねーようにだけ言っとけ。ああ、そいつに限ったことじゃねえけど……お前ら全員その辺うかつに触んなよ? インテリアで置いてある壷がヤバいマジックアイテムだったりするから」
……なんて屋敷だ。
とりあえず、部屋から極力出なければ問題ないかな、とか、エルクと部屋近いといいな、なんてことを考えつつ、僕らはメイドさん達の後に続いて歩いていった。
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