文献抄録イオン飲料多飲による脚気の1歳児
更新日: 2009年4月1日
著者 | 武本環美、花井敏男、鎌田綾、権藤健二郎(福岡市立こども病院小児神経科) |
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掲載誌 | 日本小児科学会誌 112(11):p.1710-1712, 2008 |
【要旨】食思不振で発症し、診断までに時間を要した脚気(かっけ)の症例報告。
【詳細】症例は1歳8か月の女児。
- 主訴:食思不振、嘔吐、運動の退行。
- 家族歴:特記すべきことなし。
- 既往歴:出生時は異常なし。4か月頃から粉ミルクを与えると嘔吐していた。成長や発達は順調で、1歳半健診では肥満傾向といわれた。
- 現病歴:1歳6か月時に水痘に催患した。その後、食思不振(食欲がない)と嘔吐が長く続いたため、数日おきに3か所の医療機関を不定期に受診した。医師から飲水可能であれば輸液(点滴)の必要はなく、食べられるものを食べさせてよいと言われ、イオン飲料を主に与えていた。しかし、食思不振は持続し、多い時には1日1リットル以上のイオン飲料を飲み、ほとんど固形物を摂取できないまま経過した。約1か月後には笑顔がなくなり、歩行、立位、坐位も順に不能となった(歩く、立つ、坐ることができなくなった)ため、子ども病院小児神経科を受診した。
- 入院時:身長、体重は正常範囲で、体温、心拍、血圧など異常なし。顔貌は無欲様、不機嫌で抱っこと臥位を好み、発語は少なく、嗄声を認めた。意識障害はなく、脳神経系も異常なし。悪心嘔吐(気持ちがわるくて吐く)の他、膝反射消失(膝を曲げ、膝のすぐ下をハンマーでたたく検査で膝が伸びない)、下肢優位の筋力低下、足底(足の裏)の感覚異常を認めた。立位はとれず、坐位もふらつき、這うこともできなかった。
- 検査所見:血液や尿の検査は正常で、明らかな脱水を認めなかった。軽度の牛乳アレルギーを認めた。血清Vit B1(ビタミンB1)が低下していたため、脚気と診断した。頭部や心臓の検査は正常。
- 経過:症状の経過と腱反射消失から脚気を疑い、イオン飲料の摂取を中止し、採血後、直ちにビタミンB群混合剤投与を開始。速やかに症状は改善し、6日目に退院。栄養指導を行い、偏食が改善したことを確認し、2か月後にビタミン剤の内服を中止。その後の発達は正常で、腫反射は退院後約半年して出現した。
【考察】
脚気は末梢神経障害を主症状とするビタミンB1欠乏症で、日本でも明治時代には死因の半数を占めていたが、病態が明らかになって栄養状態も改善したため、現在ではまれである。ところが、現在でも誤った栄養法により脚気が容易に発生しうること、初期症状は非特異的な胃腸炎様(食思不振と嘔吐)であることが再認識された。
ビタミンB1は炭水化物代謝において補酵素として作用するため、炭水化物の過剰摂取、甲状腺機能充進、発熱等により必要量は増加し、水溶性であるため下痢、利尿剤投与、透析等で喪失される。ビタミンB1が数週間欠乏すると疲労、無感情、易刺激性、抑うつ、傾眠、食思不振、悪心などの初期症状が出現する。欠乏が持続すれば、刺痛を伴う末梢神経炎、灼熱感、深部腕反射低下、振動覚消失、うっ血性心不全、嗄声などを認め、適切な治療を受けなければ、昏睡、死亡に至ることもある。
この例は、適切な診断や栄養指導を受けていない牛乳アレルギーがあり、食べた後に嘔吐や下痢をすることが多く、タンパク質を避けて白米とふりかけ、パンと牛乳代わりのジュースを好むという偏った食生活であった。精白米やパンには少量のビタミンB1が含まれているが、この児の好んだイオン飲料と乳幼児用の果汁にはビタミンB1は含まれていなかった。炭水化物100kcalの代謝には、0.035mgのビタミンB1が必要とされているため、炭水化物の摂取量に対しビタミンB1が不足し、乳児期からビタミンの欠乏が起こりやすい状態だった。水痘感染に伴う食思不振と下痢によるビタミンB1喪失に加え、イオン飲料の過剰摂取によるビタミンB1必要量の急激な増加から欠乏状態が進行したと思われる。
さらに、脚気の初期症状としての食思不振や嘔吐が出現しても、複数の医療機関を継続せずに受診したため、胃腸炎と診断されて水分補給を指示された。親はイオン飲料が体に良いという思いこみがあり、イオン飲料に偏った経口摂取を継続して末梢神経症状を呈するに至ったと考えられる。
最近5年間に国内で報告されたビタミンB1欠乏症の小児例は10例。乳幼児が多い。男女差はなく、基礎疾患としてはアトピー性皮膚炎
、食物アレルギー、著しい偏食など。10例中6例ではイオン飲料の多飲が悪化要因。症状は嘔吐、末梢神経炎、脚気心、肺高血圧症など多彩で重篤な症例もあり。清涼飲水の多飲による脚気心の幼児例のほか、イオン飲料を常用して半年で嘔吐が始まり、脚気心による心不全を来たして死亡した1歳10か月女児もいた。
イオン飲料に関連した脚気は重篤な経過をとる可能性がある。嘔吐、食思不振、活気のなさなどがビタミンB1欠乏症の初期症状であることが周知されていない。
【結語】
- 現在でも、イオン飲料多飲など誤った栄養方法により、容易に脚気が発症しうる。
- 脚気は重篤な経過を取ることがあり、乳幼児の持続的な食思不振や歩行障害の鑑別診断として、現在でも重要な疾患である。
(専門用語を一般的な表現で説明するなど、医学的な正確さよりもわかりやすさを優先してあります。)