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ロマン様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2016年 6月 8日(水)12時55分30秒
  初期段階で誤解を受けながら、最後まで誠実にご投稿を続けて頂きまして誠にありがとうございました。
大変でしたね。
自分も最初は心配になりましたが、投稿を読み続けてゆくうちに、真摯に自分の問題として54年問題に向き合うロマン様の姿に、心から尊敬の念を抱いています。
また、多くの問題提議をして頂き、心から感謝しています。

自分が54年問題の追及を始めたのが、「誰が先生を辞任させたのか」事実を知りたかったからです。
54年問題に関する多くの文証を集め、思索を重ねながら事実を追及する中で、多くの壁にぶつかりました。

その壁の一つが、ロマン様のご投稿の中にありました。

>私は、北條元会長が例え伝聞や書籍に書かれた立派な理事長、弟子であったとしても、最終的に裏切ってしまった事実、変節の中に昭和54年問題の本質があると見ていました。<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48796

なぜ、聖教新聞や学会機関誌で讃えられている最高幹部が、池田先生を裏切るのだろうか?

このことについて、正木氏の言葉が自分にとって一番納得できました。
『54年問題の本質とは、師匠をどう見たか、どうとらえたか、弟子の側の問題です。』と。

その言葉は重く、自分自身に常にこのように問いかけるようになったのです。
「自分自身は、今この瞬間、池田先生をどう見ているのか、どのようにとらえているのか?」です。
このことは、全ての学会員に当てはまる問題ですね。

多くの会員が「永遠の師匠」と答えるでしょう。
ならば、「ふるまい」はいかにあるべきか?

多くの方々の意見を聞き、多くの資料を元に思索する中で最終的に掴めたことは、
「池田先生さえ裏切らなければ、怖いものは何もない」ということでした。
先生は変わりません、変わるのは弟子ですね。
当時の最高幹部も、今の最高幹部も、言葉とふるまいの中に「恩」があるか否かを基準に、自分の目で判断するようにしています。

「恩」があるからこそ、先生を裏切れない。
「恩」を忘れた幹部は、時流に流されゆくのみです。


~~~~~~~~~~~~
正木理事長指導(2009年1月)


 数年前から池田先生は54年の勇退の問題についてかなりストレートに触れられるように
なりました。皆さんもお気づきだと思います。本来であればきっと活字にはならないだろ
うなと思われるそういう54年問題に触れたご指導が、もう夏の最高協議会そして本部幹部
会のスピーチ等で活字にまでなってまいりました。私は何故、今、先生がこの54年問題に
触れられるのか、そのことの意味を自分なりに解りたい、こう思ってそのことを考え続け
て参りました。(中略)
 そう考えていたとき、本年の年頭の最初の随筆で先生は重大なことを述べられました。
54年問題という言葉は一つも出てきません。そして当然ながら勇退という言葉も出て行き
ません。しかし、皆さんも覚えおられると思うんですが、今年最初の随筆に地涌の菩薩に
ついて先生が触れられた箇所があったのであります。
 もう一度、皆さん是非読み直していただきたいと思います。何故地涌の菩薩が出現した
か、又地涌の菩薩の出現の意味とは何であったか。それを先生はこう言われております。
「釈尊という大師匠は、彼らが漫然と決めつけていたような、小さな存在ではない。永遠
の生命力を具えた、桁違いの仏なのだ。その師匠の真の実像を、久遠の弟子である地涌の
菩薩たちが電撃的に示していったのである。それは、「師匠はこんなものだ」という思い
上がりや慢心、「自分はこれまで十分、戦ってきた」という惰性や傲りなど......弟子た
ちの抜きがたい胸中の限界を打破した。そして、もっと偉大な、もっと尊高な力に気づか
せ、さらに、元初の師弟の誓いに目を覚まさせていったのだ」(聖教2009年1月6日付
『人間世紀の光』上)
とこうありました。
 私はこの随筆を読んだ瞬間に、ある意味でこれこそが54年問題の本質だったのだと気づ
きました。次元はもちろん違いますが、皆さん今の先生のご指導で気づかれたように、あ
の地涌の菩薩の出現の意味はさまざまな多面性があるわけですが、一つ言えることは、そ
れまで声聞の弟子たちは、釈尊のことをこの世で修行を積んで初めて悟りを開いた始成正
覚の仏としかみておりませんでした。しかし、我々の師匠はそんなものではないと地涌の
菩薩は宣言をしました。久遠の本仏なのだということを地涌の菩薩は宣言をしました。
 あの54年問題の本質とは、師匠をどう見たか、どうとらえたか、弟子の側の問題です。
先生をただ三番目の会長としかみない、歴代の会長の一人としかみない。そういう弟子の
師匠をとらえる視点。もし池田先生が学会永遠の魂であり永遠の師匠であるととらえたら、
あんな対応になっていただろうか。こう私は思います。まさに年頭最初の随筆で先生が
このことを言われた意味、それはまさに54年問題の本質ではなかったかと。
 そう考えれば、もう側近にいた誰かが悪いなどという浅薄なとらえ方で、人の責任に
押しつけて澄ました顔をしているような問題ではない。自分自身もまさにその一人では
ないか、先生が言われる不肖の弟子、師を守りきれなかった弟子の 自分も一人だと猛
反省をして立ち上がらなかったら先生が今指導されている意味がない。私はそう思います。
 

カラシ蓮根様 阿蘇の情報ありがとうございます

 投稿者:JACK  投稿日:2016年 6月 8日(水)12時46分55秒
  たぶんJAKEは私の事かと思いましたので。

熊本は数年前に、大雨による洪水で熊本市内も大変なことになりましたね。
水前寺公園のあたりの映像、今でもはっきり覚えています。
今回も地震の後に、大雨が降り、地盤は尚更危険になったのではと心配しています。
阿蘇はそんなことになっているのですね…。

私も、私の両親も、祖父母も、曾祖父母も、それぞれ大きな災害を経験しました。
幸い、あまり大きな被害にはなりませんでしたが、経験がありますから、今回の熊本や大分、宮崎の地震は他人事にはとても思えません。
熊本から地理的に離れた私でも心配になりますから、現地で生活されている方達は、心配どころの話ではないですよね…。
カラシ蓮根様の叫び、胸を揺さぶられます。

ちなみに「SGI?」とのお尋ねですが、私は全くの国産会員です(^^;)
紛らわしくて申し訳ありません。
国籍も遺伝子も間違いなく日本なのですが、たまに見た目から、外国人の遺伝子が入っているのではと言われることがあります。
考え方は、周囲の評価を聞くと、あまり日本人らしくないようです。

カラシ蓮根様の言葉、とても心に残ります。
 

西田のまことが炎上チュウw

 投稿者:ひろし&よしひで  投稿日:2016年 6月 8日(水)12時26分44秒
  http://saigaijyouhou.com/blog-entry-11878.html  

(無題)

 投稿者:-Q-  投稿日:2016年 6月 8日(水)12時26分16秒
  NSA元理事長のウィリアムス氏といえば、この投稿にある2枚目の写真で、北條氏と向かい合っている後ろ姿の人物がそうでしょう。↓

http://6027.teacup.com/situation/bbs/46516
 

W元理事長?②

 投稿者:感性  投稿日:2016年 6月 8日(水)12時13分42秒
編集済
  >(無題)   投稿者:あきらか   投稿日:2016年 6月 8日(水)11時16分17秒

情報ありがとうございます。

まず先の書き込みで貞永氏の下のお名前は靖さんと記しましたが正しくは昌靖さんですね。ここに
訂正いたします。

各コメント、単語の意味を検索しながら頑張って読んでみました。
動画発信者によると貞永氏の脱会説等は現SGIリーダーたちの捏造としているようですが、
それに反駁するコメントも複数見受けられます。

発信者による日本で公明に投票しない会員へのストーカー的対処の言及はいささか突飛で真実性に
欠けるところもあるとも思われますが、いずれにせよ各コメントだけでは現SGI執行部をめぐった
対立状況が存在することはこそはなんとなくわかるものの、貞永氏の晩年での行動はいまだ私には
見えてきません。

新・人間革命の改定版で同氏に言及した箇所が削られたとの仰せですが、これは日本の
ウェブ上でも出回っている情報です。ただし私が見た限りでは例の「れいな」なるハンネも持つ
宗門信者がアンチ掲示板に記した発信ですね。
ttp://9315.teacup.com/jijinewsnichiren/bbs/2156

よって削除の真偽を現時点で確認する気力はありませんが、宗門側を除くどなたかで既に
御存知の方がいらっしゃれば御教示していただければありがたいと思います。


陽光様、了解です   投稿者:感性   投稿日:2016年 6月 8日(水)07時44分18秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48825
W元理事長?   投稿者:感性   投稿日:2016年 6月 8日(水)07時12分27秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48823
 

(無題)

 投稿者:あきらか  投稿日:2016年 6月 8日(水)11時16分17秒
  感性様

ジョージ貞永ウィリアムス、アメリカ初代理事長について検索したら、こういうのがユーチューブに出ていました。
https://www.youtube.com/watch?v=hN96d-uCp78

安らかに亡くなったそうですが、たぶん新人間革命の改定版では、彼についての部分は削られていたと記憶していましたが、、、。
間違っていたらすみません。

あとコメントの欄のメンバー達の声を聴くと、アメリカの以前からの状況も推測できるかもしれませんね。
 

おはようごさいます。熊本の敗れ口のしじさんです。

 投稿者:カラシ蓮根メール  投稿日:2016年 6月 8日(水)11時11分55秒
  今日はえらい天気がよかけんラジオば聞き流ら公園で散歩しよったらおれんところの先駆長さんとばったり公園であったです。元々が阿蘇の人間じゃつたけん、阿蘇は地震はどげゃんじやったか聞いたですよ。
阿蘇は何年か前、大雨がふってから洪水で水びたしになってしばらくたってこの地震ですたい。阿蘇にある
白菊会館は水害でダメになったけんまた安全な場所に建て直しなはったとです。近所の人間も学会員さんもじじさんもばばさんも若かママさんもみんな避難ばしよったて。議員秋野公造さんにゃ一番先に阿蘇に動きよらしたのは本震の15日に阿蘇の旅館に泊まっとらしたけん動けなはったてですたい。阿蘇の人達は因習ば深か中で地道に内外とはず活動ばしよらしたけん。だけん
諸天ば動いたて俺はおもったです。原田くんや谷川くんも阿蘇の人達ばみならわんとできんばいた。おなごと遊んで酒ば飲みよる場合じゃなかとよ!村八分して
いじめよる場合じゃなかとよ!もう阿蘇の旅館やら店やら太か道路が復旧がおそかけん観光客が減ってたいがにゃおおごつしとるてですたい。阿蘇の人間にゃ
死活問題でもあるとたい。そっでも1からF活動ばしょるてですたい。このままじゃ阿蘇の学会員さんが
可哀想か。新しか白菊講堂がたつ前に古か白菊講堂の時に池田先生がきなはった時に池田先生はベンチに横になりこぎゃんいいなはったてですたい。「阿蘇の人達はこんな寒い中で生活をしているんだなぁ。」
池田先生のその慈悲ば忘れたら会長さんでも職員幹部さんでん弟子じゃなか!
その池田先生の心ばどうか思い出してはいよ。
池田先生の「お父さんを大切にお母さんを大切に」
その心ば思い出してはいよ。池田先生の「おばあちゃん長生きするんだよ。」
その心ば思い出してはいよ。池田先生の「お父さんがいない人は私をお父さんだと思いなさい」その心ば思い出してはいよ。
創価学園生でグレてカツアゲばして退学した生徒に
相談にのって5千円ばあげてまともになるまで激励ばした池田先生のその心ば
思い出してはいよ。
案外おばちゃんさん
身近な若もんば大切にしてくださいまっせ。案外おばちさんみたいな人が本当に青年を大切にする人です。JAKAさんな英語の名前だけんSGIの人じゃろか?分かりやすか言葉でじじさにもわかる言葉でありがとうじゃんじゃん伝えてくださいまっせチョキおじいちゃん
 

池田先生のスピーチに学ぶ【広宣流布は対話から、対話の重要性、初代牧口先生が着目したデューイの対話の哲学】

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 6月 8日(水)11時10分38秒
編集済
  宿坊の掲示板に青年部世代が増えてきました。
そこで4半世紀前のものですが池田先生のスピーチを全4回に分けて紹介します。対話の重要性など、昨今の学会状況を鑑みてのことです。(次回は本日午後の予定)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

【池田大作全集74巻】
創立六十周年祝賀の青年部記念幹部会 (1990年4月20日)より~(1/4)

■これからは諸君の時代、堂々たる先駆の前進を

   めざす二十一世紀は近い。いよいよ、青年部の諸君が広布の前面に立ち、みずからの手で本格的な成長と拡大の歴史を築く時である。
恩師戸田先生はかつて、次の和歌を詠まれた。

  旗もちて
    先がけせよと
      教えしを
  事ある秋に
      夢な忘れそ

   ″広宣流布の先駆の使命を絶対に忘れてはならない″との恩師の思いは、これまで一時たりとも私の心から離れたことはない。青年時代から今日まで、弟子としてひとたび誓ったことは、必ず実現し、すべてに先駆を切ってきたつもりである。

   これからは諸君の時代である。今夜は全国で二十万人の若きリーダーが集った。この記念幹部会を出発として、堂々たる先駆の前進を期待してやまない。(拍手)

   また先ほど、見事な演奏と独唱を披露してくださった女子部のピアノ部長、バイオリン部長、声楽部長の皆さま、本当にありがとう(拍手)。一つの道を志す人間として、″真剣勝負″の思いで唱題に励み、練習を重ねてこられた努力の結晶が、本日の演奏に光っている。″魂″の輝きがある。

また青年部の記念の集いにさいして、ピアノ部長らの代表の皆さまにすばらしい演奏をお願いしたいと思う。(拍手)

■「対話」のなかにこそ広布の脈動

  日蓮大聖人が、早くから門下であった富木常忍に与えられた御抄は数多い。そのなかで、現在まで残っているうちもっとも古いとされるお手紙には、次のように仰せである。

  「よるまゐり候はんと存候。ゆうさりとりのときばかりに給ふべく候。又御はたり候て法門をも御だんぎあるべく候」(『昭和新定日蓮大聖人御書』)
――富木常忍のところへ夜にうかがいたいと思います。迎えに来てくださる方は夕方の酉の刻(ほぼ午後五時から七時)ぐらいに、お願いしたいと思います。また、あなたも、こちら(大聖人の所)においでくださって、法門を御談義いたしましょう――と。

   このお手紙は、建長五年(一二五三年)すなわち立教開宗の年の十二月にしたためられたと推測される。この年、大聖人は御年三十二歳であられた。建長六年ごろの帰依といわれる富木常忍が、この時すでに大聖人の門下となっていたかどうかは明らかではない。

   しかし、御文の内容から拝されるように、大聖人は、御自ら相手の所へ足を運ばれ、また相手をご自身の所へ招かれながら、法門の談義、対話を呼びかけておられる。この、労をいとわぬ大慈大悲の御振る舞いこそ、末法万年にわたる広宣流布の活動の″源″ともなるものであり、私どもの進める対話運動の″原点″として深く拝してまいりたい。

   また、訪問の時間などについても、具体的にしておられる。富木常忍の所では、何人かが法門を聞くために寄り集まったのであろうか。現在、私どもが座談会等に集いあっている時間帯とも重なるかもしれない。

   いずれにせよ、広布の現場とは、″一人の人″のために足を運び、膝と膝をつきあわせての真摯な対話を行うなかにあることを忘れてはならない。

   人を会合に集め、上からの″伝達″や″押し付け″でこと足れりとするのは、錯覚である。

   諸君はそうした権威や形式の幹部になってはならない。あくまでも大聖人の門下として、御本仏の御振る舞いを″鑑″と拝しながらの日々の実践でありたい。

   戸田先生は、折伏を実践する意義と、その功徳について「凡夫が大聖人のお使いとなるのであるから、吾人(われわれ)は凡夫だが、その生命には大聖人の生命が脈々とうってきて、いいしれない偉大な生命力が涌出する」と言われていた。

   弘教を行ずる人には、無限の力と情熱と知恵がわかないはずがないのである。これ以上の歓喜はない。

   ところで、「対話」を重視した哲学者の一人にアメリカのデューイ(一八五九年~一九五二年)がいる。彼の哲学を「話し合いの哲学」という人もおり、アメリカの「プラグマティズム」を代表する哲学者であった。

■対話を重視したデューイの哲学

   「プラグマ」とは行動・実務を意味するギリシャ語を語源とする。つまり、プラグマティズムは「行動の哲学」また「生活の哲学」「経験の哲学」等の意義をもっている。

   彼は約半世紀にわたってアメリカの哲学・教育をリードしてきた人物である。初代会長の牧口先生は『創価教育学体系』で、このデューイの教育哲学にも注目されていた。

   また恩師戸田先生もよく述懐されていた。″太平洋戦争において、アメリカはデューイの哲学を基礎とし、日本は国家神道をよりどころとしていた。勝負は物量だけの問題ではなく、すでにこのことによって戦う前に決まっていた″と。

   ちなみに牧口先生の著『創価教育学体系』が英訳され、昨年、アメリカのアイオワ州立大学から出版されたが、アメリカの教育界に大きな反響を広げている。(=一九九六年七月現在、英語版に加えて、ポルトガル語版、ベトナム語版、フランス語版が発刊されている)

   私たちは、本当にすばらしい初代会長を持ったことに誇りをおぼえる。

   ハーバード大学の教育哲学研究所長のバーノン・ハワード博士は同書を読んで、″牧口先生の教育学説の根底には、経験とヒューマニズムに根ざした知恵が脈打つ″と深い共感を寄せていた。そのなかで、同所長は、牧口先生が戦前の一九二〇年代の日本で、すでにアメリカのデューイの哲学・人物に注目していた先見性を、高く評価している。

   デューイは″デモクラシー(民主主義)は「対話」から始まる″と述べている。そして″デモクラシーはたんなる政治の形態ではない。自由で豊かな「対話」に満ちた生活のあり方である″と主張した。

   命令や強制や独善ではない。「対話」こそ民主主義の根幹をなすものである。「対話」「座談会」を活動の基本としてきた学会の先見性が、ここにもある。

   デューイは、その「対話」のなかでも、地域に根ざした話し言葉による知性の交流を重視していた。これは、このほど発足した青年部の大学校のめざしているものの一つといえよう。

彼はまた
「伝達もされず、共有もされず、表現において再生もされない思想は独白にすぎない。そして、独白は半端で不完全な思考にすぎない」(『現代政治の基礎――公衆とその諸問題』阿部斎訳、みすず書房)と、社会に波動をおよぼさない思想の偏頗さ、無力さを喝破した。
(続く)
 

伽藍創価佛教を目指す創価の権力者さま方

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 6月 8日(水)11時09分14秒
  先生は、御本尊根本、御書根本の創価学会を目指していました。目的は学会員の人間革命であり幸福です。そのための折伏弘教であり、広宣流布だったのではありませんか?

先生の指導の先には、最高幹部とか会館とか『広宣流布の手段』となるものが、未来には必要なくなると言う考え方だと私は思っていました。だから、このポジショニングを失う者は、先生を怖れ始めた。会館が不要になり学会職員が不要になり、最高幹部を祭り上げるピラミッド組織が必要なくなる。

だから、広宣流布する必要は無い。明確な敵(日本共産党やら遠藤文書撒き散らす会員、反安保で勝手に署名する学会員)を徹底的に叩き、一致団結を図る。誰の為?会員の為?

伽藍創価佛教で未来永劫、財務で飯喰らってお気楽・極楽な創価貴族の生活がしたい最高幹部さま方のためです(-_-)

先生の志向した広宣流布なんてダメ!そんなことしたら、失業して乞食になっちゃう。だから指導改竄、会員にはお花畑信仰を勧めて、折伏弘教も教えません。公明選挙が広宣流布みたいですね(-_-)
 

グレンラガン

 投稿者:革命こそ蘇生  投稿日:2016年 6月 8日(水)10時17分4秒
  「俺の信じるお前を信じろ」
そんな感じ。
 

アット

 投稿者:革命こそ蘇生  投稿日:2016年 6月 8日(水)10時08分28秒
  日蓮大聖人@蘭夢様

「三世諸仏総勘文教相廃立(総勘文抄)」と
「法華経の智慧」とは
我らが身にあたる一大事なり。
もって識(し)るなり。
大生命の大躍動なり。


コモンセンス@螺髪様

今後の展開期待しておきます。
安い誘導は使わないで下さいね。
 

香りを見る?糞タレ黄金勝負パンツ論!

 投稿者:イケディアンの住人(正義の獅子同盟)  投稿日:2016年 6月 8日(水)10時02分19秒
  現場会員には、何でこんな聖教新聞になってしまったのか?何でこんな選挙の戦い方を旧態然としてやっているのか?会長・主任副会長コンビが選挙区でもない処をウロつき、回っているのか?
目で見える糞タレ勝負パンツの香りですね\(^o^)/未来にどんな臭派を創価学会に作るのか?その分派活動を良く見ていきましょう。

真面な現場会員に詫び状書かしたり、査問したりした幹部は、その分派活動が原因で生命枯れ始めた未来には自分に降りかかり、惨めな最期を迎えて来世は野犬(ノラ)になりますよ。
 

軍事依存経済

 投稿者:Newtype  投稿日:2016年 6月 8日(水)09時31分36秒
  軍事産業で経済活性化はかると、そこから抜けでる
のは容易でない。なんでもアメリカの後追いすれば
いいというものではない。アメリカ追従以外に選択
肢はないのか?

くらた共子? @kuratatomoko

戦争法で商機拡大とはこれいかに。経済界が戦争法成立を絶賛するとは情けなや。経団連は戦争法強行の直前に軍事産業の育成・強化を目指す提言を発表し、武器輸出を「国家戦略として推進すべきである」と強調している。安部首相の「経済優先」は戦争法と一体の軍事依存経済ということだ。

 

太ちゃん殿

 投稿者:-Q-  投稿日:2016年 6月 8日(水)08時33分57秒
  応答いただきありがとうございます。了解しました。それならば安心です。
おそらく勝てる(または原告の主張に沿うような和解に持ち込める)訴訟だと思いますので、今後の経緯に注目したいと思います。
 

同志の歌さまおはようございます。

 投稿者:ビィマラキルティー(正義の獅子同盟)メール  投稿日:2016年 6月 8日(水)08時27分17秒
  昨日は地区リーダーをやっている友人が夜中に訪ねてきました。

次々と降りてくる選挙の打ち出しとFの報告に苦しんでいる部員さんの話に耳を
傾けられないと。

悩みに悩んでいました。 以前に遠藤文書や天狗を
渡し語ってはいたがなんとなくしか友人は理解ができずじまいだったので

この際と思い友人の悩みに耳を傾けながら今、創価学会執行部が陥っている状態を噛んで含めるように対話をしたら友人は理解をし、「部員さんに苦痛を与えるようなことは間違っている!お前に話て楽になった。」と

友人なりに納得をしてくれました。
「これからは苦しんでいる人の為に法の為に時間を割くことがよっぽどくだらないF活動より価値的だ。その方が池田先生が喜ばれるんだ。」 帰りにそういったら
友人は「本当に楽になったよ。これからはそうする」
清々しく帰った友人の顔は安堵の表情でした。 同志の歌様、あなたから学ばせてもらった勇気は「触発」され私の

対話の「原動力」になっております。
 

-Q-さんへ

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 6月 8日(水)08時10分6秒
  懇談会で言っておられましたが、不当解雇ということで裁判で争ってる最中だそうです。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

JACKさんの投稿を読んで思ったこと

 投稿者:-Q-  投稿日:2016年 6月 8日(水)07時46分31秒
編集済
  元職員の三氏の退職理由が、本当に宗教法人創価学会の就業規則に基づく懲戒解雇であるとするなら、解雇権の濫用である可能性が相当に高いと思われる。解雇の時期や細かな経緯についてはよくわからないのだが、今からでも遅くないので労働法に精通した弁護士等に相談し、労働基準監督署に訴え出ることも考慮されたらいかがだろうか。

三氏が今なお解雇は受け入れがたいと感じていて、かつ「横暴な雇用主」と戦う意思を失っていないのであれば、解雇撤回を求める裁判上の権利に時効はないはずであるからだ。

 

陽光様、了解です

 投稿者:感性  投稿日:2016年 6月 8日(水)07時44分18秒
編集済
  >感性様   投稿者:陽光メール   投稿日:2016年 6月 8日(水)07時33分35秒

御返信、ありがとうございます。
了解です。おっしゃる前理事長永●氏がMR. GEORGE M. WILLIAMS(貞永靖)氏でないこと
を確認いたしました。

また多分、米国創価学会の活動家でいらっしゃる貴方様が同氏の脱会云云と言う事を
御存知ないということは、かの脱会説はガセネタであると理解しようと思います。

故貞永氏についての御人柄や、信心、さまざまなエピソード等は内部メディア記事や伝え聞きしか
存じ上げませんが、御逝去されたことは知りませんでした。
心よりご冥福をお祈りいたします。
 

感性様

 投稿者:陽光メール  投稿日:2016年 6月 8日(水)07時33分35秒
  W元理事長と言うのは、NSA時代のMR. GEORGE M. WILLIAMSの事ですね。
脱会云云と言う事は私は知りませんが、彼は数年前に逝去されています。
 

W元理事長?

 投稿者:感性  投稿日:2016年 6月 8日(水)07時12分27秒
  >問答無用 対話なき処分 32    投稿者:陽光メール   投稿日:2016年 6月 7日(火)10時44分38秒
以下引用
そして、前理事長永●氏が口火を切った。「陽光は幹部批判をして分派活動しているんだ」「これは異体同心を破る者で破和合僧の者である」「陽光は危険人物で宿坊の掲示板に88回も投稿して、幹部を批判・誹謗し、悪口を言っている」「宿坊の掲示板は、非常に危険な掲示板である」「陽光は宿坊の掲示板で悪い縁に触れて信心がおかしくなった」等々、盛んに宿坊の掲示板の名前を前理事長は10数回繰り返したのだった。組織をバックに権力を持った大幹部達が力のない一人のメンバーを総攻撃するのだ。これはパワハラともイジメとも言える。思えば、滑稽な話ではあるが、異常とも異様ともいえる雰囲気が醸し出された会合とも言える。
引用以上

おっしゃる前理事長永●氏は一瞬、かの高名なW元理事長(Wは米国名)かと思いましたが、
同元理事長なら伏字中の永の位置が違いますかね。

またweb上ではW元理事長は近年、脱会されたとの情報もありますが、秋谷脱会説と同様に
ガセネタであることを望みますが、実際はどうなのでしょうか?

秋谷脱会説の背景は?   投稿者:感性   投稿日:2015年11月 8日(日)00時31分18秒
http://6027.teacup.com/situation/bbs/33971
 

わが友に贈る 2016年6月8日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2016年 6月 8日(水)07時06分38秒
  「長の一念」が
組織の勢いを決める。
皆が心軽やかに
生き生きと進めるよう
名指揮を頼む!
 

強要罪

 投稿者:感性  投稿日:2016年 6月 8日(水)06時35分26秒
編集済
  >現在の詫び状は54年問題に。   投稿者:大石小石   投稿日:2016年 6月 8日(水)01時16分6秒

現在は強要罪事案は当時と比べるとはるかに検挙しやすくなっています。
後で「あれは強要で言わされた、書かされた」等と被害届をだせば官憲としても動かざるを
えないのではないでしょうか。もっとも与党勢力への手心があれば話は別ですが、もはや
警察もそんな見え透いた情実は受け付けないでしょう。

昔の感覚で詫び状とかを取ろうとすれば幹部の個人責任だけではすまない事態も起こって
くるでしょうね。
恐々謹言
 

堕落幹部

 投稿者:堕落幹部  投稿日:2016年 6月 8日(水)05時47分23秒
  堕落幹部登場は
会員が幹部や議員にへこへこした結果だ。
会合では、幹部は下座に座らせたらよい。

 

題目流布、本尊流布、次に来るもの

 投稿者:蘭夢  投稿日:2016年 6月 8日(水)01時26分36秒
  我らは大聖人の顕わされた一閻浮提総与の大御本尊を信じ奉る。
信じ奉るがゆえに遠離塔寺の難に耐え、三類の強敵と闘う。
三類の強敵と闘う難をもって、天下に正義を示す。
これ、仏意仏勅なるがゆえの理なり。法華経の心なり。
仏意仏勅なれば、法華経の行者の末流疑わざるか。
末流ならば、我ら胸中に師弟不二あり。
師弟不二ならば、大御本尊、我らが胸中に厳然と輝くなり。
これこそ、正に知るべし、教主釈尊より付属されし正法なり。

南無妙法蓮華経のお題目の流布は、既にほぼ広まれり。
時に、本尊流布も、学会草創期より、既にほぼ広まれり。
今、なんぞ、三類の強敵あるや。
これ、仏の念じ奉る祈りなり。
仏の祈る一念とは、衆生の成仏なり。
曼荼羅御本尊、既にほぼ広まれり。
されど、御本尊と衆生、師匠と弟子、仏界と9界。
未だ、断絶す。
御本尊と境智冥合。師弟不二。十界互具。
三類の強敵の所以は一切衆生の生命の奥底にこの理を開かんが為なり。
今時の大悪は、一切衆生の最後の盲目を払わんが為の大善の瑞相なり。

曼荼羅御本尊とは、盲目の凡夫に仏の姿を知らしめんがために顕わすなり。
御本尊とは、仏の生命なり、仏の生命とは師匠の生命なり。
大聖人の生命なり。
御本尊に南無妙法蓮華経日蓮とは是なり。
御本尊と大聖人と自身が、まったくもって同一と悟らせんが為の仏の慈悲なり。

さぁ、既に地涌の誓いを思い出せし者は、胸中の師と共に不二の舞を舞え。
全ての人々の生命に宝塔を打ち建て広げ行くのだ。
 

現在の詫び状は54年問題に。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 6月 8日(水)01時16分6秒
  当時、跳ね上がりの坊主を査問し吊るし上げをした際にとった手法が「詫び状」その場で書かせるか学会本部に呼び出し、本人および役僧と連れ立って出頭させた。
形だけの詫び状なら、受け取りを拒否。書き直しを命じたと記録に残っている。
しかし形勢が不利になるや今度は逆にその詫び状やら査問をした当事者と認識され「御僧侶さま」たち坊主たちから吊るし上げをくらう羽目になる。野崎、上田、原田ら伸一会はその急先鋒とにらまれ、北条会長体制になったときに表の会合や新聞に出ることは一時期なくなった。北条会長が亡くなり秋谷体制になって第二次宗門問題勃発前夜からボチボチと表舞台に。
最近現下の会内で査問豊作とばかり詫び状提出までやってしまうのは、その時の記憶、勝利感と達成感が忘れられない快楽にちかいものだったと推察される。一度失敗した手法が復活させることに成果をあげたいとの執念、怨念には感慨深いものがある。しかも今度は詫び状の宛先が自分達執行部さま?宛になってるのも意味があり成る程と私は頷ける。また今回も失敗に終わるだろうが。
仏のみぞ知るだろうなと…
 

これから。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時40分58秒
  会内派閥を一度は築いたかに見えた丹治副会長の業績?。
それを裏で仕切っていた谷川やヒロシ。第一庶務まで利用してきた。
丹治副会長はある席で酔っ払い、携帯から「おい、八尋!」と電話しかけ、それをその中の1人が慌てて制したというからね。
さて、これから少しずつ、そのあたりも含めいろいろ書いていきます。
何分にも長文は苦手なんで。許してつかぁさい。
 

螺髪さんへ

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時29分14秒
  ありがとうございます
なるべく気をつけてはいるのですがf^^;
言って頂けると助かります
こういうのは自覚が難しいものなのかなf--;

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

詫び状なるもの。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時22分5秒
  各地で行われている「査問」。
音声まで録って、その内容を本部裏局に逐一報告。
裏局はそれを基に次の査問、取り調べ内容を具体的に指示。
各地の県幹部、方面幹部はその指示を忠実に実行してるだけ。どんなに功績があろうが役職があろうが既に処分は決定済みなのに。
なのにわざわざ詫び状なるものを書かせ、提出させてるとの話を聞く。誰宛の詫び状なのか?
いとおかし状態。
 

螺髪 様

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時13分48秒
  承知いたしました。
>確証もないのに推論に推論を重ねることは止した方がいいという意味です。
仰る通りです。ここで様々な文献や当時の雑誌、先生の指導を紐解くのは「真実」をより鮮明にするためだと思います。

ただ最後に気になりましたので。
池田先生と北條元会長のお二人の心と言われますが、我々は池田先生の心を我が心としていくべきで、北條元会長の心は、先生を辞任させた事実から汲み取るべきかと存じます。

いずれにしましても、新たなステージに突入ということで。
 

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時06分42秒
編集済
   信濃町の人びと さん

 同じ人かどうかは別にして、そういうことです。
 まだまだ道半ば。油断も、憶測も、夢想もなくして、今まで以上に御健闘をお願いいたします。愚妙な嵐も乗り越えて。行き過ぎがあったら、またご警告ください。



 

北条文書ってのがありました。

 投稿者:大石小石  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時02分23秒
  報告先がなぜか空欄の北条報告書なるものが存在してます。傲慢になった宗門、日達上人をするどく糾弾しています。ネットでも閲覧できますよ。
竹岡、原田報告書では千葉在住坊主の査問状況をきめ細かく、更には録音テープまで録ってます。のちに日達系妙観会から「吊るし上げである」指摘されてます。
日顕は当時、教学部長でしたがその吊るし上げの場に同席し、幹部から土下座しろとの恫喝に猊下の弟子だからそれは勘弁してほしいと懇願してます。原田会長も一度は竹岡を切ったようですが秋谷復活と一緒でどうやら昔の血が騒いでるようですね(笑)
54年問題は、戸田門下生であった小泉、辻、和泉、北条らの理事長経験者、および原田、野崎らの伸一会が宗門の権威権力と、どう向き合ったか。そこから読みとかなければなりません。民音職員だった松本某らの反逆も追い風にした、会長辞任。
 

さるお方

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 6月 8日(水)00時00分28秒
  なるほど、ある人物が浮かびました。(笑)
そして、螺髪さんの立ち位置もです。
しかし、それは私の妄想かもしれません。

私の妄想が正しければ、次のステージにてスペクタルな展開があるかもしれません。
しかし、それも不確定な話。
現時点では、コモンセンス様の論考と、そこから派生した多様な意見はすべて妄想かもしれません。

一旦、手仕舞いがよいでしょうね。
 

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時53分34秒
   あーなるほど、ロマンさんは【功績】などという美化されたものでは決してないの意味ですか。
 それをこれをコモンセンスさんは【功績】と見ておられると。
 これは、先生と北條さんの「お二人の心」というところですから、正確には余人が挟めることではないというのが私の見方です。そいう見方があってもいいのではないかと。とにかく、凝り固まった、確証もないのに推論に推論を重ねることは止した方がいいという意味です。もっとも、コモンセンスさんの主張がどこまで確証に基づくものかの論証も必要なのでしょうが。

 ご本人もまた、と言っておられますし、この辺でやめにしませんか。




 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時37分15秒
  今晩は
皆様、ありがとうございました
おやすみなさい
 

(無題)

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時32分15秒
編集済
  螺髪 様

先ほどの私の質問にお答えいただいておりませんよ~。
コモンセンス様は明確に【功績】とおっしゃっていますから、その言葉どおり北條理事長は善いことをしたーと受け取れます。
この立ち位置はかなり重要かと存じますが。

《追記》
>「先生の心を汲んで」「先生を思いはからって」という意味ですね。
いえ、そのような前向きの意味ではありません。形上は形上です。きつく言いますと、「とりあえず役職につけとけ」ー池田先生に対する想いやりなど一切ないでしょう。
 

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時25分21秒
  >池田先生を師と慕う学会員の方々の怒りを逸らすために形上作ったものとの認識ですが<

 「形上」というのがどこまでの意味なのか、いまひとつですが、とにかく「先生の心を汲んで」「先生を思いはからって」という意味ですね。それで納得します。言葉は難しい(笑い)。



 

リヴィン・オン・ア・プレイヤ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時24分18秒
  6・4横浜には学会員さん以外の方も何人か来ていました。タイトルが『安保法制について考える会』で、小林節教授が来ると言うのですから、そりゃそうでしょう。ある人は「幸せの黄色いリボン・プロジェクト」活動のため、「自民党議員ゼロをめざして」というビラまで作って配布していました。
ところが話が学会のことばかりで、安保法制については殆ど触れない。(笑)期待外れと気づきながらも、くじけずに「(学会員の)皆さんは今後どのような選挙活動をされるのか教えて下さい」と、懇談会では質問するが、誰もまともに答えようとしない。(笑)ほぼ学会の座談会のノリで、活動報告や組織問題の研究発表が続く。かわいそうに。(笑)

そんななか、元職員御三方の中から一人、節さんの「国民怒りの声」比例区で出馬する方向で計画が進められていたことが明かされました。
しかし、土壇場で節さんに連絡し、出馬を取り消すことになったそうです。この判断を私は正しかったと思います。御三方はこれまでもハードなスケジュールで闘って来られましたが、もし本当に議員になってしまったらどうする?

「池田先生の創価学会奪還」に向けるエネルギーが削がれてしまう。これでは何を目指して闘っているのか、焦点がぼやけてしまう。
私は実は、誰か人気者でも立てない限り「国民怒りの声」は100万票程度で、節さん一人が通ればいいところだろうと見ています。社民党が1議席なのですから。
そこで、「落選前提」で御三方から誰かが出馬して、選挙のフリをして、ただ「現創価学会・公明党の変質=池田先生の指導との真逆化」を全国的に訴えたら、と思っていました。
この問題、また御三方の存在を、全国の学会員の殆どは知らない。それを知らしめていくために、参院選を利用できたらいいなと思っていました。全部、討幕への手段です。
しかし、やはり正攻法で行った方がいいのでしょうね。

これまで、御三方もある種、「事の本質」から離れない程度に近くにある安保法制を利用、乗っかるように取り組んで来ましたが、この参院選が終わったら戦略を練り直す必要があるように思います。
このことは、“見た目に分かり易い闘争動機を持つ”御三方と並走するように、ある種ゲリラ的に闘って来た宿坊も同様の立場にあるように思います。

これまで御三方だけをクローズアップして見て来ましたが、座談会に行って気づくことは、3人以外にも除名されて人生をかけて闘っている川崎の同志がいるということです。
(勝手に『川崎エイト』とでも呼びましょうか。ロゴマークはこんな感じ? “KAWASAKI∞”)

彼ら8人は長期戦を覚悟しているようですが、「池田先生の創価学会奪還」は「一宗が滅びるのを嘆くのではない。一国が滅びるの恐れるのである」から少しでも早く達成したいものです。ただ……小林節先生も言われていたように、頭突きはやめて、現組織を捨てるという方向もあるのかも知れません。
(断っておきますが、今、私はこれを煽る気はありません。冷静に受け止めて下さい。今は私はこれを議論する気はありません。)

“とにかく上手く行きますように そう祈ってる 手を繋いで頑張ろう”
“ウソじゃない きっと乗り越えられるって そう祈りながら頑張ろう”
“今あるものを大事にしなきゃ そんなつもりがあってもなくても”
“命がけで生きていかなきゃ そうするしかない時は”
(『リヴィン・オン・ア・プレイヤ』ボン・ジョヴィ
https://www.youtube.com/watch?v=lDK9QqIzhwk
 

笑止千万

 投稿者:南虎(正義の師子同盟)メール  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時23分57秒
  池田先生が何故、人間革命を始め莫大な量のご指導を文字に残されたのか?

それは、我見で解釈をせず、先生が言われた通り、書かれた通り、余事を交えずストレートに
誰もが等しく受け入れられるため。

先生が、師弟違背の反逆者として北條氏を断罪した。これは明々白々。

それに余事を交え、我見妄想で、北條氏を擁護する輩も、同じく師弟違背の反逆者なり!!!!




 

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時18分32秒
  「追伸」
 SaySaySayさん、ありがとうございます。
 SaySaySayさんの投稿、今後の研鑽のために保存しておきました。「振動」の根源をもっと追及すると面白いでしょうね。 仏法の理解も、そうした積極的な展開がないと民衆から離れていってしまうと、挑戦しています。いいんですよ、十年後、二十年後の人たちが「ええ、この時代にこんな見方を!?」と思ってもらえるだけでも。川田洋一さんが確か、池田先生は200年後、300年後を見ているといってましたね。



 

螺髪 様

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時13分53秒
  >「一切ないわけです」とはどこに一切ないのでしょうか。「聖教新聞には」と思うのですが…。

【功績】などという美化されたものでは決してないという意味です。
名誉会長の創設=会長以上の役職はないので、池田先生を師と慕う学会員の方々の怒りを逸らすために形上作ったものとの認識ですが、螺髪 様はどのような認識ですか?
 

いま帰宅しました

 投稿者:長門峡  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時04分33秒
  唱題参加します!  

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月 7日(火)23時01分51秒
   ロマンさん、ここのところを正確にお願いします。
>ましてや、『名誉会長を創設したことが功績』などということは、一切ないわけです<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48796

 「一切ないわけです」とはどこに一切ないのでしょうか。「聖教新聞には」と思うのですが…。


 信濃町の人びと さん
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48797
 「名誉会長の役職が功績」――これは、それを知る人の位置ということではないですか。
 「さる方?誰と思っていたのか興味があります」――それはネットでは申し上げられません。
 皆さんと同じように「最終的に先生を護れ切れなかった」というのは同じ見方です。あるいは、それも許されない状況だったかもしれません。そう、厳しく見ないでください(笑い)。
 そうそう、信濃町の人びとさんにはいい評価をして頂いて、お礼も言っていませんでした。ありがとうございます。でも私は、単なる市井(しせい)の求学者です。信濃町の人びとさんこそ、論客です。

 

同盟題目

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時54分24秒
  23時から開始します。よろしくお願いします。
池田先生のご健康を祈ります。
 

北条残機か?

 投稿者:八尋みのる  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時53分2秒
  以前にグリグリさんが宗門残機の論を発表されましたね~

池田先生の秋谷罵倒は、秋谷学会に毒された
秋谷残機を切るためにかな~なんて

敢えて池田先生が行われたんだなぁ~と個人的に合点がいっていたのです

いやはや、北条残機がまだいたとはねー

発迹顕本って、このあたりの残機を断ち切らないと駄目じゃないですかね~
 

54年問題とは師弟問題である

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時42分14秒
  螺髪様
さる方?誰と思っていたのか興味があります。

しかし、名誉会長の役職が功績とは呆れて言葉を失います。
池田先生を否定していると思いました。

なぜなら、池田先生は辞めさせられた。引きずり降ろされた。会長辞任を厳しい表現で切り捨てておられるからです。

言葉を大切にされているなら、池田先生の当時の心情をお分かりいただけるはずです。
そこに、過去の功績がどうであれ、北条さんに師弟はなかったんです。だから、池田先生は師弟が学会の根本中の根本である。と繰り返し指導されてきたのです。

54年問題とは、師弟を問う事件ではないですか。
 

『勇退と名誉会長』という仕立てられたストーリー

 投稿者:ロマン  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時28分40秒
  コモンセンス様の結論に当惑している北條派とされるロマンでございます。
そもそも論ですが、北條派と揶揄された方へー

コモンセンス様と元々立ち位置が違うのです。
私は、北條元会長が例え伝聞や書籍に書かれた立派な理事長、弟子であったとしても、最終的に裏切ってしまった事実、変節の中に昭和54年問題の本質があると見ていました。

しかしながら、コモンセンス様は北條理事長は最後まで師匠を護り切ったという結論。
ましてや、『名誉会長を創設したことが功績』などということは、一切ないわけです。

会長辞任時に、聖教新聞で使われていた「勇退」と「名誉会長」という言葉はセットなのです。「池田先生自ら勇退された」というストーリーの元、勇退という言葉を巧みに使いながら、〝弟子の手によって名誉会長になっていただいた〟というストーリーにしたのですから。

以前、虹と創価家族様もあげられていましたが、村尾行一氏の言葉が思い起こされます。

「最後に少し、厳しいことを申します。創価学会に僧侶はいらない、と私が公言し出したのは昭和43年ころです。学会は、宗門問題が発生したとき、池田先生を、いわゆる“勇退”させたのです。そもそも“勇退”などと表現すること自体、私は腹が立ちます。“勇退”とは罪の痛みを感じなくさせる麻酔薬的表現なのです。
 当時、私は会友でもなかったのですが、牧口先生を師と仰ぎ、そして池田先生を尊敬していましたから、激怒しました。
 戸田先生は牧口先生の身楯(たて)、つまり自分を師を守る楯として闘われました。池田先生も戸田先生の身楯となって闘われました。
 逆に宗門を切り捨てるだけの力量がなかった当時の学会員の、池田先生は身楯となって、つまり、師のほうが反対に弟子の身楯となって、一身に宗門の攻撃を引き受けられたのです。」
http://6027.teacup.com/situation/bbs/35109

この点を共通認識にしなければ、絶対に総括はできないと強く思います。

結論が出ましたので、新しいステージに移りましょう。
 

コモンセンス=偏見のコレクション

 投稿者:JACK  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時25分54秒
  かのアインシュタイン博士がこんな言葉を残しています。

Common sense is the collection of prejudices acquired by age 18.


意味:常識(Common sense)とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

偏見のコレクション!合点がいきました。
 

(無題)

 投稿者:螺髪  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時19分29秒
  >私の問題提起に対し、思いがけなく、さまざまなご意見を頂きました。大半がご批判ばかりなのもビックリですが、……(投稿者:コモンセンス   投稿日:2016年 6月 7日(火)21時12分25秒 )<
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48785

 皆さん、そうですか…。
 私は、この投稿をずっと、さる方の投稿だと見ていました。皆さんもご存知のさる方です。だから賛同したのです。グリグリさんの講義を実践している人とも言ったのです。
 「違和感」は、あまりにも卑近な話題に終始して問題の本質に向かわないことを憂慮したのではないでしょうか。「そんな甘いものじゃない」との声が響いてくるようでした。これは、あくまでも、私の印象ですよ。それは、イケディアンさんが解きほぐそうとしていたものと一致すると思っています。だから、失礼ながら「イケディアンさんまでも」と申し上げました。イケディアンさんは「闘争人」です。だから申し上げました。
 また、時を待ちましょう…。


 ああ、太ちゃんさん、私が非難を浴びてる時にフォローして頂いたからいうのではないですが、誰かさんが言いていました、この板に居る意味のある方ですね。
 随分と文章がすっきりしてきたのですが、時たま、まだ昔の癖が出ます。
「言葉遊びではなく、日々を希望の持てる日常にしてね?」→「言葉遊びではなく、日々、希望の持てる日常にしてね?」
「この信仰はぜんぜん力がありますから。       」→この信仰は間違いなく力がありますから。「ぜんぜん」は否定語。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/48786

 一回、どこか、メモ帳などに書く方がいいかも。それに、「それと」とか「というか」とかの「接続詞」はなくした方がいいかもしれませんね。何人もの原稿を見てきた人間として、ちょっとお小言。


 

まぁまぁf^^;

 投稿者:太ちゃん  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時15分0秒
  んと、個人的に「思うもの」は人それぞれなんじゃないでしょうか。
僕にしたって、「思ってるもの」をみんな言ってるわけじゃないですよ。
ただ、言葉にした時点で「うまくいかなくなるもの」というのはあるでしょうね。

それもそのはずで、普通の人生が歩みにくいから宗教をするのが普通と感じるんです。
世間一般では、宗教と言っても冠婚葬祭などの、形を借りるぐらいのものでしょうから。
時間を割いてまでやろうとするのですから、たいがいは「人には言いにくいもの」をそれぞれ抱えながらがむしろ宿命なのでしょうね。

コモンセンスさん、僕もけっこうキツイことを言ったけど。
僕の中での池田先生は、たぶんだけど『自分で思ってるのはいいから、自分が幸福を掴む信心をしてね?』という感じのことを話されるように思いますよ。

んと、ストレートに言ってしまうと、北条氏のことがどうこうよりも、コモンセンスさんご自身の幸福が大切、そう池田先生は判断されるのではないか、そう感じられるんです。

http://www.geocities.jp/bosatu2015/ 

 

案外おばちゃん様 ありがとうございます

 投稿者:JACK  投稿日:2016年 6月 7日(火)22時12分57秒
  お蔭様で、予定より短い期間で、なんとか皆様に会の内容をお伝えすることができ、非常にほっとしています。

発表される内容が非常に衝撃的で、最初の横浜開催から驚きが止まりません。


>片方の眼は獲物を射るような厳しい眼で、もう片方の眼はものすごく優しい眼で・・・。

闘将の眼と慈愛の眼、あんな眼差しを持てる弟子になりたいと思いました。
 

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