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ダイジェスト版 第1話
自由奔放な女の子が書きたかったので……。
*書籍化に伴い、ダイジェスト化いたしました。 2015. 8. 25
そこは、何もない空間だった。
生と死の狭間の空間。
けれど、微睡みながら意識を漂わせるだけの者には、そんな事は分かる筈もない。
不意にそこに、少年の声が響いてきた。
『お目覚めかな? お姫様』
そんな、いかにもな胡散臭い台詞に、スッパリと無視を決める。
この気だるい微睡みが、一番心地よいのだ。わざわざ答えてやる義理もない。だが、その少年はうっとおしくも話し掛けてくる。
何やら、伝えなくてはならない事があるようだ。
仕方なく、睡眠学習を許した。
少年の語る言葉が、次第に記憶を呼び覚ましていく。
自身が十五才という若さで死ななければならなかった者だと思い出す。
生前の名前はーーサティア・ミュア・バトラール。
バトラール王国の第四王女だった。
そう、『だった』のだ。
サティアは、身内の最期を看取り、国を滅ぼした。そして、王族としての責任を負い、自らの命を断ったのだ。
この場には、最期の神判の為に留め置かれていた。
自らを天使だと言う少年ーーカランタは、そんなサティアに、ようやく神判を告げにやって来たのだ。
サティアは、己の罪の重さを理解している。
「ようやく罪を償えと言うのね。ふふっ、どんな地獄が待っているのかしら。さっさと堕としたらどう?」
そう言って、サティアが自棄になっているのも仕方がないだろう。
しかし、カランタが告げた言葉は、耳を疑うものだった。
『サティア姫。貴女の死は、遺された多くの者達に悼まれ、多くの祈りが捧げられました』
そんな事はあり得ない。
サティアは、民衆で組織された反乱軍に正体を隠して接触、協力し、多くの民を苦しめた王族の、惨めな最期を演出したのだ。
悼まれるなど、ましてや、祈りを捧げられるなどある筈がない。
そう思って、サティアは呆然とする。
それまでサティアにおちょくられ、邪険にされていたカランタは、仕返しのチャンスとばかりに、もう一つ、とっておきの事実を告げる。
『驚いたかい? 今では、君の物語があるんだよ?』
何だそれはっ。残らず焚書にしてくれるっ。
そんなサティアの心の叫びも虚しく、カランタは更に衝撃の言葉を告げた。
『君はそんな物語のお陰で、なんと神格化されましたっ。いまやあの世界で、なくてはならない〝断罪の女神〟と呼ばれて信仰されてるんだよ? 凄いでしょ?』
最初に言った奴は、どこのどいつだ⁉︎
死後にこのような辱めを受けるとは、いくら百戦錬磨のサティアにも、予想できなかった事だった。
そして、神判が下される。
『君に下された神判は、〝転生〟と言う事になりました』
とびきりの笑顔で告げるカランタ。
それも、聞けば、女神としてサティアの魂は、この五百五十年で祈りとして捧げられた絶大な力を得てしまったと言うのだ。
『その力を持って、あの世界にもう一度生まれ、世界を平穏に導いて欲しいんだ』
なんか大きな事言われた!
神の身勝手な神判に、サティアは再審要請をしたが、時既に遅く、光に包まれ出したサティアに、カランタが言葉を贈る。
『どうか良い人生を』
その言葉に、サティアは心から叫んだ。
「今度会ったらぶっ飛ばすっ!」
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
転生したサティアが、初めて耳にしたのは、仲睦まじい様子の父母の声だった。
「可愛い、可愛い〝ティア〟。沢山眠って、早く大きくおなり」
『ティア』と呼ばれた時、懐かしさが込み上げた。それは、サティアのかつての愛称だ。
赤ん坊である為に、未だ名付けられた名前は分からないが、今生の両親は、サティアを『ティア』と呼んであやした。
サティア改めーーティアは、順調に成長し、母の読み聞かせる本でこの五百五十年で変化した言葉や文字を習得していく。
言葉も発せられないもどかしさを感じていたある日。
大人の掌に乗る大きさの、五歳児ぐらいに見える無邪気な子どもの姿を目撃した。
「あ?」
「どうかしたのかしら?」
母には見えないらしいその子どもは、フワフワと宙を飛んでいる。
それは、〝精霊〟と呼ばれるものだった。
大気に揺れる陽炎のような軽そうなワンピースを纏い、そこから、小さな短い手足が覗く。三頭身ほどと胴も短く、とても可愛らしい。
ニコニコと絶えず笑みを浮かべ、ティアを見ていた。
精霊が見える者の事を、過去の世界では〝精霊術師〟と呼んで忌み嫌っていた。
これを思い出したティアは、バレれば、迫害の対象になるのかと思うと、気持ちが沈む。
しかし、赤ん坊である今の状況ではどうする事もできないと、一先ずはこの問題を先送りにする事にし、よろしくねと精霊を見つめた。
《ねっ》
◆◆◆◆◆
精霊との出会いから数日後、ティアの広いべビーベッドの傍には、人と変わらない大きさのお姉さん二人がいた。
彼女達は、風の精霊王と水の精霊王だ。ティアの存在を知った彼女達は、すすんで〝女神のベビーシッター〟をしてくれているのだ。
これは、未だ言葉を話せないティアには有り難いこと。精霊達には、心で思うだけで会話ができるのだ。
言葉の練習や、立ち上がり、歩く練習に付き合ってくれる精霊王達。
日が暮れる頃には、小さな精霊達を残して、窓から消えていく二人を、ティアは羨ましげに見送る。
《おさんぽしたい?》
外に出たいというティアの想いを感じ取った精霊がそう訊ねる。
うん。そんで走り回って、体力付けて、今度こそ冒険者になるの。
サティアであった時の母は、元凄腕の冒険者だった。
その影響で、体術も武術も、魔術も充分過ぎるほど修めていた。
だが、王族という身分が、冒険者になりたいというサティアの想いを叶えられないものにしていた。
自分の望む道を行く事ができる冒険者。それに、今もティアは憧れ続けている。
女神だからという理由ではなく、ティアは、ティア自身の力で世界を見て、世界を変えたいという想いを募らせていく。
二度と運命などに翻弄されたくはないのだ。
◆◆◆◆◆
真夜中。
ティアは袋の中で目を覚ました。
どうやら、誘拐されたらしい。
精霊達が袋の外で、犯人はヒゲもじゃの男二人だと知らせてくれる。
《たたかう?》
《たいじ?》
《もやす?》
燃やされてはいけない。それに、親玉も知りたいから精霊達には待機するようにお願いしておく。
やがて着いた場所で、依頼人らしき人物と落ち合う。彼らの目的は、ヒュースリー伯爵の子どもらしい。
更には、ティアの知らない事実を男は話した。
「伯爵の子は、じき十才になる息子のはずだっ」
息子? 何言ってんのこいつ。
しかし、思い当たる節はあった。だが、今はそんな事を考えている暇はないだろう。
ティアも、紛れもないヒュースリー伯爵の子どもなのだ。それに、兄がいたとして、それを誘拐しようとした奴らを野放しにはできない。
そこで、時間稼ぎと、犯人達を混乱させる為、ティアは盛大に泣き声を上げたのだった。
◆◆◆◆◆
その頃、ヒュースリー伯爵家では、家令のリジット・バーンズが、いち早くティアの不在に気づき、主人であり、ティアの今生の父であるフィスターク・ラトル・ヒュースリーに報告していた。
すぐさまフィスタークは、ティアの部屋へと飛び込んだ。
そこでは、彼の最愛の妻であるシアン・ヒュースリーが、自身のベッドから抜け出して座り込んでいた。
シアンは病弱だ。この日も、日が沈む前には辛そうにベッドに横になっていた。そんな体をおしてここまで駆け付けたのだろう。
フィスタークが抱き締めると、その体を震わせて泣き崩れた。
彼らは過去、何度もこんな思いに胸を潰されてきた。
ティアの兄は、その天使のような可愛らしい容姿から、乳母達に何度も誘拐されたのだ。
だからこそ、ティアには乳母をつけなかった。そして、ティアの存在自体を、秘匿してきたのだ。
フィスタークは、ティアを助ける為、数名の護衛と共に屋敷を飛び出した。
◆◆◆◆◆
腹式呼吸を使った見事なまでのティアの泣き声は、今や、小さな部屋を割らんばかりに響いていた。
ストレス発散を兼ねたティアの泣き声は、声量百%。涙二十%の嘘泣きだ。
さすがの男達も堪らず、ティアを処分しようと考える。
それならばと、待機させていた精霊達に、ティアはGOサインを出した。
《《《まかせてっ》》》
精霊達は竜巻を発生させ、屋根も吹き飛ばすと、三人の誘拐犯達を巻き込んで振り回す。
ティアは、いつの間にか現れた風の精霊王ーー風王によって抱きかかえられ、安全を確保されていた。
そこへ、フィスタークが駆け付ける。
風王は精霊王だけが可能という事で、精霊の姿を見る事ができない者にも姿が見えるようにして、フィスタークへ挨拶をした。
《この度の事、姫に怪我はありませんでしたが、大切な姫の部屋に無法者の侵入を赦すのはいかがなものかと》
そう風王は、若干黒い風を纏いながら、フィスタークを威圧する。
「はっ、今後ないようにいたします!」
そう言って、フィスタークは素早く風を切るようにして片手を額の前に掲げ、敬礼を決めたのだった。
◆◆◆◆◆
誘拐犯達は無事捕まったのだが、本当の黒幕は分からなかった。
彼らは、親玉だと思っていた者までもが、依頼人を知らなかったのだ。
しかし、風王の調べで、どうやらヒュースリー伯爵を快く思っていない貴族の仕業だろうと分かった。
貴族社会ではこれは仕方のない事。ティアも、これ以上の深入りは不要だとキリを付けた。
そうすると、一つ疑問が残った。
お兄様って、何処にいるのか分かる?
この質問に、風王は調べた事をまとめ、教えてくれた。
それによると、引退した前伯爵である、ティアの祖父母と田舎の別宅で暮らしていると言う。
何度も誘拐された為に、心に傷を負い、人間不信になってしまった兄。
リハビリを兼ねて、人の少ない田舎で暮らしていたのだ。
何はともあれ、とりあえず一件落着と、ティアは今回のこの話を心に留め置く事で、落ち着くのだった。
お読みいただきありがとうございます◎
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