中国の家電量販最大手、蘇寧雲商集団(江蘇省)が6日、イタリアの名門サッカークラブ「インテル・ミラノ」の買収を発表した。同じくイタリアの強豪ACミランを巡っては、ネット通販大手のアリババ集団や不動産大手の大連万達集団が食指を動かしているとされる。中国企業が買収で狙うのは海外でのブランド力に加え、購買力を高める中国の消費者に売れる強力なコンテンツだ。
「蘇寧はインテル買収により、世界で通用する『名刺』を手に入れる」。6日午後、南京市で開いた買収戦略の発表会で、蘇寧の張近東董事長は欧州でのブランド向上に野心を隠さなかった。
蘇寧は中国では家電量販最大手だが、海外ではほぼ無名の存在だ。同氏は今後、ネット通販などの事業を欧州や東南アジアでも水平展開する方針を明らかにした。
中国企業による欧州スポーツビジネスへの投資は「爆買い」の様相を呈している。
5月中旬には中国の投資家グループがACミラン買収で独占交渉に入った。投資家連合の候補にはアリババや万達のほか検索大手の百度集団など中国を代表する企業名がずらりと並ぶ。スペインリーグでは20チーム中、中国企業が出資など何らかの関係を持つクラブが16に達するとされる。
さらに5月末には、スポーツ放映権などを扱うイタリア系企業、エムピー・アンド・シルバを中国の動画配信企業などが買収したことが明らかになった。買収の対象はサッカーを中心にスポーツビジネス全般に広がっている。
中国では北京市の平均所得が年10万元(約160万円)を超えるなど中間所得層が増えており、「消費の対象が生活必需品から娯楽や余暇などに広がる」(蘇寧の張董事長)。中国国内では若者を中心に欧州サッカーリーグの熱狂的なファンも少なくない。各社は欧州リーグの動画ネット配信やグッズ販売など、サッカーが将来のキラーコンテンツになるとにらみ巨額投資に踏み切る。
中国では民間のビジネスにも国家の関与や影響力が大きい。蘇寧などの一連の投資も純粋な経営判断とは言い切れない側面もある。
「2050年までに中国のサッカーを世界一流にし、中国でワールドカップを開催する」。中国の国家発展改革委員会(発改委)は4月、サッカーの競争力強化へ向けた50年までの長期計画を発表した。20年までにサッカー場の数を現在の7倍の7万カ所に増やすなど、国を挙げて「サッカー強国」を目指している。
発改委は中国の経済運営を主導する中核組織。そのお墨付きを得たサッカーへの投資は、企業経営者にとっては「はずれ」の少ない低リスク案件だ。一方、中国では景気減速で幅広い分野でリストラが進み、すでに一部では政府を批判する失業者のデモも発生している。子供から大人までを熱中させるサッカーは、政府にとっても国民の批判をそらす格好の「コンテンツ」といえる。
一方の欧州。経営難に陥る強豪クラブにとって中国マネーは魅力だ。だが中国企業が相次ぎ地元チームを買収する状況は歓迎ムード一色ではないようだ。
6日、南京の記者会見場でイタリア人記者に聞くと「お金を出してくれるのは歓迎するが、地元チームがことごとく中国資本に取り込まれるのは寂しい」と複雑な表情をみせた。ACミランのオーナーで保有株の売却交渉を進める元首相のベルルスコーニ氏も過去に「できればイタリア企業に譲りたい」と発言している。
集客力や放映権が収益のカギを握るサッカービジネスはチームの「強さ」が全て。選手増強など中国マネーによるてこ入れ策が奏功しなければ、中国資本への批判が強まる恐れもある。
中国国内でも、国際サッカー連盟(FIFA)ランキングで81位、アジアで9番目に甘んじている現状が改善しなければ、国民の不満は高まりかねない。中国政府や企業の思いが複雑に絡み合う一連の買収攻勢。思い描いているゴールを決めるのは容易ではない。
南京(江蘇省)=小高航、大連=原島大介、ジュネーブ=原克彦