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無職転生 - 蛇足編 - 作者:理不尽な孫の手

ウェディング・オブ・ノルン

1/26

1 「ノルンの嫁入り 前編」

 ビヘイリル王国の戦いから数ヶ月が経過した。

 ヒトガミはあれ以来、沈黙を保っており、敵の気配を感じられない日々が続いている。
 とはいえ、俺のやることは変わらない。
 80年後のラプラスとの決戦に備え、粛々と各地への根回しをしていくだけ……。

 なのだが、最近は自宅にいる事が多い。
 エリスとロキシーの妊娠が、同時期に発覚してしまったからだ

 やはりギースを倒したということでハメをはずしてしてしまったのが原因だろう。
 乱れた生活を送った結果だ。
 無論、結果そのものは喜ばしい。
 だが、しかし妊娠中は運命が弱まるのでヒトガミも狙いやすい、という話もある。
 俺も出来る限り、妊娠中の妻とは一緒にいたい。

 というわけで、久しぶりに家族との時間が取りつつ、
 各地に設置した傭兵団からの情報を整理したり、その情報を見つつオルステッドと今後どう動くかについて会議をしたりといった日々が続いている。

 そんな、ある日の事である。
 その日、俺はオルステッドと二人で、次に赴く国とその情報について打ち合わせをしていた。
 次の王国の次期国王はまだ幼いけど傑物なので、今のうちに声を掛けておいて後に活かそうとか、そんな話をしていたはずだ。

 オルステッドはその次期国王を落とす手段に対して明言せず、沈黙を保っていた。
 何らかの理由があってのことか、今回のループでその次期国王を落とすためのキーとなる人物がいないのか。
 はたまた、本来ならもっと遅いタイミングで声を掛けるので、現時点で確実に落とす方法が無いのか。
 なら、俺はどう動くべきか。
 俺はオルステッドから聞いたその人物の人物像のメモを見つつ、考えを巡らせていた。

 そんな時の事であった。

「ノルン・グレイラットを結婚させよう」
「い……?」

 唐突だった。
 オルステッドが唐突に沈黙を破り、頭のおかしな事を言い出したのだ。
 オルステッドに対する言葉遣いには特に気をつけている俺が、思わず「いきなり何イカレた事言ってんだお前?」なんて言葉が漏れそうになるほど、唐突だった。
 今は、傑物氏をどうやって落とすかを考えていた所である。
 それが、なんの脈絡もなくだ。

 と、そこで俺はふと考えた。
 いや、本当に脈絡がなかったのか、と。
 すると、一つの答えに辿り着いた。

「……政略結婚、ということですか」

 話の流れを考えるに、その傑物氏を落とすためにノルンを……という事になるのだろうか、と。

「政略というわけではないが、未来の事を考えると、な」
「それは……俺だけでは、ダメということでしょうか」

 しかしながら、悔しい事である。
 オルステッドは、俺が赴いてもその傑物とやらは口説き落とせない、と判断したということだ。
 いや、それはまだいい。
 俺も自分に自信があるというわけじゃない。
 その傑物氏を口説き落とす自信など無いのだ。
 その傑物氏がパウロの如き無類の女好きで、女をあてがわないとダメということなら、オルステッドの提案も納得できる。

 だとしても、だ。

 ノルンはダメだ。
 ノルンもいつかは結婚するだろうとは思う。
 だが、パウロが無類の女好きだったからって、ノルンを同類に渡すのはダメだ。
 ノルンの相手は、もっとこう、誠実な人物でなければならない。
 そして俺が認める人物でなければならない。
 どこの馬の骨ともわからん奴にノルンを渡すわけにはいかない。
 パウロに顔向けができない。
 どれだけ崇高な目的があろうとも、家族を切り捨てて先には進まんのだ。

「そうではない」
「では、なぜ?」
「ノルン・グレイラットの子には世話になった」
「世話……? つまり、ノルンがどうこうではなく、ノルンの子供に用があると?」
「用があるわけではない。今回のループでは、それほど重要でもなかろう」

 要領を得ない会話である。
 オルステッドの言葉に真意が読み取れないのは、今に始まったことではない。
 だが、今までのパターンから、彼が何を言わんとしているかはわかる。
 つまるところ、布石だ。
 ノルンの子供は重要ではないが、ひとまず昔のループで使えた事があるから、設置しておこう、みたいな。

「わかりました」

 俺は立ち上がった。
 座ったまま俺を見上げるオルステッドを、見下ろした。
 彼は今、ヘルメットをつけていない。相変わらず怖い顔をしているが、今はきっと俺の方が怖いだろう。

「もしどうしてもと言うのであれば、三日後の正午に北の森においでいただけますでしょうか」

 ノルン、安心してくれ。
 お前の貞操はこの俺が守る。
 例え相手がオルステッドであっても、俺は一歩も引きません。
 だからパウロ……俺に力を貸してくれ。
 願わくば、この強大な敵を打ち倒し、生きて帰るだけの力を。

「まて。お前は勘違いをしている」
「勘違い?」
「俺とて、幾度となく繰り返される200年の中で、思い入れのある奴は存在する。
 ノルン・グレイラットの子供もその一人だ。
 彼女には幾度となく助けられ、世話になった。
 ゆえに、出来ることなら、この世に生を授けてやりたいのだ。
 このままであれば、それは叶わぬだろうからな」

 確かに、ノルンに男っ気はない。
 卒業をしても相変わらず家にいる。
 家にはいるが、無職というわけではない。
 現在は学校のツテで入った魔術ギルドに入り、本部の事務員をしている。
 いわゆる、OLという奴だな。

 魔術ギルドには男も相当数いる。
 が、ノルンに男っ気は感じられない。
 休日ですら出かける事なく、ずっと家で子守や家事なんかを手伝ってくれたりしてるぐらいだ。
 学生時代も、特定の誰かと付き合っていたということはないようだ。
 いずれはノルンも、と思っていたが、正直、このまま結婚せずに一生を終えてしまいそうな雰囲気もある。

「……」

 この世界では、立場ある人間はお見合い婚が多いようだし、
 俺は中途半端だが、一応は立場というか、ツテとコネのある人間になってきただろう。
 となれば、この提案はそれほどおかしくないのだろうか。

「……いや、でも子供って、一人で作るものではないですし。
 相手が誰でも同じ人物が生まれるってわけじゃないでしょう?」

 一国の王なら、相手の立場としては十分だ。
 だが、俺は承知するつもりはない。
 実際この目で見て、どういう人物かを確かめるまでは。

「それとも、その、傑物・・とやらが本来のノルンの相手なんですか?」

 そう思いつつオルステッドを睨みつけると、彼は眉を潜めていた。
 相変わらず怖い顔である。
 だが、この顔には憶えがある。「いきなり何言ってんだお前?」って顔だ。
 そして、ハッとしたように眉尻を動かして、口を開いた。

「いや……すまん。その話とは関係ない」
「え?」
「別の話だ」

 別の話……。
 じゃあ、あれか。

「次の国の攻略じゃなくて、単純に、ノルンに結婚相手を見繕おうって話なんですか?」
「そうだ」

 そうなのか。
 なるほど、そうなのか。

「オルステッド様」
「なんだ」
「話を変える時は、『話は変わるが』とか『ところで』とか、そういう前置きをした方がいいと思うのです」
「そうだな。次から気をつけよう」

 と、場を整えた上で、俺は椅子に座り直した。


---


 気を取り直して、話を続ける。

「それで、ノルンの相手というのは誰なんですか?
 ノルンは毎回、その人物と結婚するんですよね?」
「ああ、俺の知る限り、ノルン・グレイラットの相手は決っている」

 ノルンの運命の相手か。
 幸せな奴だ。
 ただ生きているだけで、うちのノルンと結婚できるなんていう幸運が飛び込んでくるなんて。
 毎日を怠惰にのうのうと過ごしている奴だったら、拉致って鍛えなおしてやろう。
 スパルタだ。
 朝起きてから寝るまで、訓練に漬けてやる。
 はいとイエスとありがとうございますしか言えない体にしてやれば、浮気もすまい。
 指標としてはそうだな……ノルンの伴侶になりたければ、最低でもエリスにぶん殴られて気絶しない程度には――。


「ルイジェルド・スペルディアだ」


 思考が止まった。
 俺の頭のなかに、500年ほど生きたハゲ頭の戦士の顔が思い浮かんだ。
 いや、もうハゲではないのだったか。
 立派な緑の髪を生やした立派な男だ。

「二人の子供はスペルド族の最後の戦士となる。
 晩年、疫病で倒れたルイジェルドの意思を継ぎ、スペルド族の名誉を晴らすべく人族の側に立って魔族と戦い、ラプラスにトドメを刺す存在だ。
 重く、苦しく、誰にも認められず……。
 だが、今回はスペルド族は数多く生き残っている。
 あの子(・・・)が重い使命を背負う事は、恐らくあるまい」

 俺の思考が停止している間にも、オルステッドは滔々と語った。
 きっと、その子の一生を思い出しているのだろう。
 ラプラスを倒すとなれば、オルステッドとも協力関係にあったのかもしれない。
 となれば、なるほど、オルステッドがこういう提案をするのは、わからないでもない。

「……」

 だが、さて。
 今回は違う。
 俺がいる。転移事件もあった。
 今までのループでノルンとルイジェルドがどうやって仲を発展させたのかは知らないが、
 オルステッドの知っているラブストーリーへと発展はしていないのは間違いない。
 ノルン側にいきなり結婚話を持ちかけても、嫌だと突っぱねるかもしれない。
 何せ、歳の差500歳だ。
 ルイジェルドだって困惑だろう。

 ルイジェルドと血縁関係になれる、というのは俺としては決して嫌では無い。
 だが、やはりこうしたものは俺が決めてしまっていいものではない。
 うむ。

「……俺としては、ノルンの気持ちが大事かな、と思います」
「わかった。急ぐ話ではない」

 オルステッドはそう言って、頷いた。


---


 その後、以前までのループにおけるノルンの話を聞かせてもらった。

 俺がいない世界において、ノルンは冒険者となるらしい。
 歌を歌ったり、詩を書いたりしながら冒険をする、歌って踊れて戦える吟遊詩人で、似たような趣味を持つ者達とパーティを組んで、北方大地を旅していたそうだ。
 しかしながら、ノルンの剣術や魔術の腕前はお世辞にも優れているとは言えない。
 冒険者の基準でいっても、せいぜいB級止まり。
 なので、ある依頼をこなしている最中で、パーティは魔物の手によって全滅。
 ノルンも死にかけてしまう。

 そこに現れるのが我らがルイジェルド。
 迫り来る魔物をバッタバッタとなぎ倒し、ノルンを窮地から救い出す。
 そして、ノルンはそんなルイジェルドに一目惚れ。
 そのままスペルド族を探す旅をするルイジェルドについていき、ささやかながらアタックを開始。
 ルイジェルドは当初は相手をしていなかったらしいが、スペルド族が疫病で全滅していると知り、絶望に落ちる。
 ノルンはそんなルイジェルドを献身的に慰め、ルイジェルドもまたそんなノルンに絆されて、夫婦となる。
 ビヘイリル王国の片隅で暮らし始める二人。
 やがてノルンは、ルイジェルドとの間に子供を設け、ルイジェルドは他のスペルド族と同じく疫病に罹って死亡。
 残されたノルンは、責任を持って子供を育て、寿命でその一生を終える。
 寂しく切ない最後だと思うが、オルステッドいわく、ノルンは満足した死に顔だったそうだ。

 にわかには信じがたいラブストーリーだが、男女の間には何があっても不思議ではない。

 とはいえ、そんな流れのないノルンとルイジェルドをくっつけていいものだろうか。
 好きでもない相手とくっついて、ノルンは嬉しいのだろうか。
 ルイジェルドは受け入れるのだろうか。

「……」

 と、俺が一人で悩んだ所で意味はない。
 大切なのは、ノルンの気持ちである。
 男っ気のないノルンではあるが、年齢的にはいい歳である。
 そろそろ好きな男の一人や二人、恋の一つや二つはしていてもおかしくない。
 いや、俺が知らないだけで、実は付き合っている男がいるとかでも、おかしくはない。
 そして、ある日突然、家に連れてきて、言いやがるのだ「お義父さん、お嬢さんを俺にください」と。
 そして俺は言うのだ「誰がお義父さんだ」と。
 「俺は義兄さんだ」と……。

 話がそれた。
 ともかく、ノルンの気持ちを聞き出さなければいけないだろう。

 こういう時、俺が聞くのはよくない気がする。
 ノルンも俺に聞かれて教えてくれるとは思えない。
 なら、女同士の方がいい。
 でもアイシャはダメだ。
 アイシャに聞かせるのは、なんかよくない事になる気がする。

 となると、やはりシルフィか、あるいはロキシーか。
 ノルンは特にロキシーの事を尊敬しているようだし、ロキシーがいいか。

 尊敬という意味では、エリスでもいいだろう。
 エリスは長いこと、ノルンに剣を教えている。
 ノルンも学校を卒業した後は毎朝エリスと一緒にジョギングやら素振りやらをしている。
 ノルンがエリスを一目置いているのは、見ればわかる。

 だが、エリスのコマンド表に「それとなく聞く」という技があるとは思えない。
 やはりロキシーだ。
 いやまて、「それとなく聞く」のスキルレベルが高いのはシルフィか。
 尊敬とはまた少し意味合いが違うが、少なくともノルンはシルフィがこの家で一番偉いという認識を持っているようだし。

 いや、ここはいっそ三人に相談してみるか……。
 俺を含めた四人で相談して、誰が適任かを決めるのだ。
 シルフィやロキシーの意見もあったほうがいいだろう。
 まてまて、三人だけじゃなくて、リーリャとゼニスに言うべきか?

「……」

 俺はリビングのソファに座り、一人でそんな事を考えていたのだが……。
 そんな俺の目に、一人の女性の姿が飛び込んできた。

「あ」

 ノルンだ。
 ノルンがリビングへと入ってきたのだ。

「兄さん、ただいま」
「……おかえんなさい」

 こうして見ると、ノルンは何だかんだ言って美人に育った。
 顔立ちは若い頃のゼニスによく似ている。
 胸もでかいし、金髪はサラサラだ。
 学校でもモテてたんじゃなかろうか。

「……なんですか?」
「いや……あ、ノルン、お茶飲む?」
「頂きます」

 テーブル上にあるカップを一つ取り、ティーポットからとくとくと紅茶を注いで渡す。
 ノルンはそれを受け取ると、怪訝そうな顔をした。

「……冷めてますけど」
「えっ!」

 先ほどリーリャに淹れてもらったばかりなのに?
 そう思ってティーポットを触ると、確かに冷たかった。
 俺の手にあるカップも冷たい。
 どういう事だこれは。
 何者かの攻撃を受けたのか!?

「……あれ? そういえばノルン、今日はお仕事じゃなかったっけ?」
「今、帰ってきた所です」

 ふと窓の外を見ると、すでに時刻は夕暮れだった。
 オルステッドとの会議を終えて戻ってきて、リーリャのお茶をもらった時が昼下がりだったから、二時間ぐらいは経過したということか。

「ああ、ごめん、なんかボーっとしてたみたいだ」
「ボケるのはもっと歳を取ってからにしてください……私が新しいのを淹れてきますから。兄さんは待っててください」
「……あれ? 誰もいないの?」

 ついさっきまで、シルフィとエリスはいたはずだ。
 ロキシーはこの時間だとまだ帰ってきていないか。

「シルフィ姉さんとエリス姉さんは、私と入れ違いで子供たちを連れてお散歩に行きました。リーリャさんはお買い物です」
「……アイシャは?」
「知りません。まだ傭兵団の所にいるんじゃないですか?」

 そう言って、ノルンはティーポットを持って台所へと入っていった。
 しかし、そうか、誰もいないのか。
 俺と、ノルンだけだというのか……。

 ある種、お誂え向きと言えるシチュエーションといえるのではなかろうか。

 うん。
 周りくどいことをせず、正面から行くべきだったのだ。
 それでダメだったら、そこから次の手を撃つべきだ。
 それが、ノルンに対する誠実さというものではないだろうか。

 うん。うん。
 外堀を埋めてから話をされるというのは、ノルンだって嫌だろう。
 何せ、結婚する当人なのだから。
 まず、ノルンからだ。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」

 などと思っているうちに、ノルンが戻ってきて、紅茶の入ったティーカップを俺の前に置いた。
 俺はノルンが真正面に座るのを見届けて、カップの中身を啜った。

「ノルンは、お茶をいれるのが上手になったね」
「学校で習いましたから」
「リーリャさんにじゃなくて?」
「リーリャさんは……多分、教えてくれませんよ」

 お茶の淹れ方を教えてくれと言っても、そんなことは私がやると言うだろう、あの人は。

「でも、言えば、教えてくれるとは思うけどね」
「そうでしょうけど、せっかく学べる場があるのですから、そちらで学べばいいと思いました。それに、家では淹れる機会はありませんが、学校ではたくさんありましたし」
「それもそうか」

 生徒会で、寮の自室で。
 今は仕事場でもそうだろう。
 まあ、ノルンがそう選択したというだけのことだ。

「……」

 さて、軽快な会話で場が温まってきた所で、うまく切り出していきたい。
 なんて言うか。
 何から言うか。

「うー……ごほん、うぇっほん……」
「……」

 咳払いをすると、ノルンに怪訝そうな目で見られた。

「……何か、足りないものでもありましたか?」
「いや、違うのだ、うむ。紅茶は美味しいとも」

 言いつつ、湯気のたつ紅茶を一口飲み干す。
 特別に美味しいわけでもなく、また吐き出すほどまずいわけでもない。
 ノルンらしい、凡庸な淹れ方だ。
 良はとれるが優は取れない、そんな感じだ。
 つまり、美味しいのだ。
 それはさておき……。

「時に、ノルンよ、最近……どうだね?」
「どう、とは?」
「うむ、例えば仕事の方は、どうだね?」
「どうもこうも、普通ですよ。先輩に仕事を教えてもらいながら、それなりにやれていると思います。まぁ、アイシャだったら、ずっとうまくやるんでしょうけど」
「アイシャと比べるのはやめなさい」

 そう言うと、ノルンはこくりと頷いた。
 アイシャは別の仕事をしている。
 同じ仕事をしていないのなら、比べても良いことはない。

「で、その先輩というのは……あれかね? かっこいい系かね?」
「綺麗な方ですよ。兄さんも一度ぐらいは話したことあるんじゃないでしょうか。ほら、私が会長をやっていた時に副会長をしていた人です」
「……あの獣族のゴツイ子?」
「そっちじゃなくて、女性の方ですよ」

 そうか、女性の方だったか。
 なるほどね。
 名前も覚えちゃいないが、確かにそんなのもいた。
 そういえば、就職した時にそんな話を聞いた気もする。
 一緒の部署に入ったとかなんとか。

「そうか、女性か……男性の先輩はいないのかね?」
「そりゃ居ますよ」
「その男性の先輩は……かっこよかったりするのかね?」
「かっこいい人もいれば、そうじゃない人もいますよ」

 かっこいい人はいるらしい。
 そこは重要だ。

「兄さん、さっきから何が言いたいんですか?」
「落ち着きなさいノルン。結論を急ぐことじゃない」
「兄さんが落ち着いてないように見えるんですが」

 落ち着いているとも。
 俺はいつだってクールでクレバーでクリーンだ。
 CCCのルーデウスだ。
 決してクレイジーとかそんな単語は入っていない。

「時にだね、ノルン……コホン、例えばその、えーと、君は、そのかっこいい人を、かっこいいと思うのかね?」
「好きかどうかって事ですか?」
「好きなのかね?」

 ああ、しまった。
 つい、単刀直入に聞いてしまった。

「別に好きじゃないです」

 ええい、ままよ。

「じゃあ、好きな人はいるのかね?」
「…………いますよ」

 いるのか!
 いる、と答えるのか、今、この話の流れで!
 俺に対して、正直に。
 そう答えるのか!

「そ、そうか! いるのか、まぁ、ノルンもいい歳だからね。いるだろうね、何もおかしいことはないよ。うん」
「今の兄さんは明らかにおかしいですけどね」
「何をいうか」

 俺はおかしくなんかねぇ。
 おかしいのはこの世界だ。
 この世界が間違っているんだ。そうに違いねえ。

「で、どんな人なんだね、その好きな人というのは」
「……年上で」
「ほう」
「頼りになって」
「ほうほう」
「いつも私を守ってくれる人です」

 その三つの条件に当てはまるのは……。

「もしかして、俺?」
「寝ぼけてるんですか?」

 すいません。
 調子に乗りました。

「兄さんよりずっと年上で、いざという場面でもおたついたりせず、落ち着いた、貫禄のある人です」
「兄さんもね、最近はね、いざという場面でおたついたりしなくなってきたんだよ」
「自分の今さっきの態度を思い出して言ってください」

 ぐぬぬ……。
 しかし、そうか、俺よりずっと年上で、貫禄があるか、くそう……。

「ずっと……ってことは、俺よりも10年ぐらいは年上?」
「もっとです」
「……ノルンって意外と親父趣味だよね」
「親父趣味って……まぁ、年上が好きなのは認めますけど」

 もっとということは、20年以上は上だろう。
 となると、40代か50代。
 その上で貫禄があるとなると、やはり太り気味の方かもしれない。
 重心が下の方にあると、安定感と共に貫禄も出るもんだ。

「……」

 なんかこう、悪徳貿易会社の社長という肩書とか持ってそうな脂ぎった狸親父の顔が浮かんだぞ。
 年齢差のある交際を咎めるつもりはないが、どうみても援助交際にしか見えない絵面だ。
 認めんぞ、そんなの絶対認めんぞ。
 いやでも、その脂親父が思った以上に誠実な男であったのなら……年齢差なんてものは、あってないようなものだ。
 人を見かけでは判断すまい。

「まあ、叶わぬ恋だというのはわかっているつもりです」
「叶わないのか……妻帯者とか?」
「いえ……妻に先立たれてしまったと……」

 先立たれた。
 それとも、離婚したのかもしれない。
 三行半を突きつけられた、という可能性もある。

 ていうか、無理やり別のもので考えているけど、もしかして……。

「でも、私はちょっと、亡くなった奥さんに似てるそうです」

 ああ、なら、きっと違うな。
 流石に違うはずだ。
 彼はそんな事は言わない。

「それはまた、口説きの常套句だな」

 自分よりずっと若い子を捕まえて、妻に似ているときたら、そりゃもう口説きの常套句だろう。
 結婚を視野に入れるほどの存在です、と言ってるようなもんだ。
 いやまて、よくよく考えると、あんまり口説き文句っぽくないか?
 妻とは全然違う、君みたいな子と会ったのは初めてだ、みたいな方が口説き文句っぽいのだろうか。

「えっ……私、口説かれたんですか?」

 ノルンが若干赤くなった頬に手を当てていた。
 口説かれたのが嬉しいのか。
 そうか、向こうがじゃなくて、ノルンが好きなんだもんな。
 でもなノルンよ、騙されているという可能性もあるのだぞ。
 今、それを口にするとノルンと喧嘩になるだけなのは目に見えてるから言わないけど。

「ていうか、なんでいきなりそんな事を聞いてきたんですか?」
「え? いや、うん」
「何か理由があるんですよね」

 ノルンは俺の方を睨むように見ていた。
 ここまで正直に話したんだから、そっちも正直に話してください、って顔だ。
 俺もここまで正直に話してもらえるとは思っていなかった。
 それとなく、顔を見ながら、好きな人がいるか、いないかを確かめられるだけで良かったのだ。

「……今みたいな話を聞いた直後に、こういう事を言うのは気が引けるんだけど」
「はい」

 やや身を乗り出すと、ノルンが少しだけ頭を引いた。

「実はノルン、お前に縁談のような話が上がっていてね」

 ノルンはその言葉で、数秒ほど停止した。
 目を見開いて、口をへの字に結んで。
 俺を睨むように見てくる。

「縁談ですか……わかりました。お受けします」
「いや、わかっている。皆まで言うな、そういう事なら、なかった事にしよう」
「いえ、ですから、お受けします」

 ノルンを見る。
 我ながら怪訝そうな目をしているだろう。

「……お前、好きな人がいるんじゃないの?」
「それは、いいんです。どうせ叶わぬ恋ですし。
 うちは貴族ではないですが、兄さんは貴族みたいな立ち位置にいますし、いずれこういう話があるんじゃないかとは、知り合いからも言われていましたし。
 それに、兄さんが各国に顔つなぎをしていると聞いた時から、こうやって使われる事も想定していました」
「使うとか言うんじゃない。俺は、家族を道具にするつもりはない」

 と、やや強めの口調で言うと、ノルンはハッとして、頭を下げた。

「そうですね……すいません」

 素直なものである。

「ノルンが嫌だっていうなら、今回の話は無しだ」
「いえ……それは、別に嫌じゃありません。兄さんが私の所にまで話を持ってきたということは、お相手の人は決して悪い相手ではないんでしょう?」
「まぁ、ね」

 悪い相手ではない……と思う。
 ビヘイリル王国の戦いの時でも、仲良さそうに見えたし。
 ルイジェルドはどこからどこまでも誠実な男だ。
 いや、まあ、まだルイジェルドの了承は取ってないわけだけど。
 多分、うん。

「でも……そうですね。どうしても結婚したいというわけでも、したくないというわけでもありません。
 兄さんがそう言ってくださるなら、今回の話は無かった事にしていただけると、助かります。
 もちろん、先方がどうしてもと言うのなら、兄さんは私の事は気にせずに話を進めていただいても構いませんが……」

 ノルンはそう言って、俺から目を逸らした。
 やはり、結婚したいというわけではないらしい。
 俺の言うことなら従う、というだけなのだ。
 それは俺にとって都合はいいかもしれないが、ノルンにとっては、よくないだろう。

「いや、先方にはまだ話は通してないんだ。だから、大丈夫だよ」
「そうですか……ありがとうございます」

 ノルンがそう言うなら、オルステッドには悪いけど、この話はナシだ。

「……あ、ちなみに、どういう方だったんですか? どこかの王族の方とか? アスラ王国貴族の方とか?」
「王族でも貴族でもないけど……ノルンも知ってる人だよ」
「私の知っている人……? あ、もしかしてザノバ先輩とか?」
「あいつは結婚なんかしないと思うけどね」

 ザノバの事は置いとこう。
 あれだけラブラブ光線を発しているジュリとも、ましてジンジャーともくっつく気配がないし。
 あいつは人形と添い遂げるつもりなのだろう。

「ルイジェルドだよ」

 俺は相手の名前を告げる。

「……」

 気づいた時には、ノルンがテーブルの上に手を載せて、身を乗り出していた。
 真剣な顔だ。
 顔は真っ赤で、怒っているようにも見える。
 なんだろうか、何か気に障る事でも言っただろうか。

 ノルンもルイジェルドの事は尊敬しているようだし、やはりそういう対象ではないか。
 うん。ごめんよ、兄さんが間違っていたよ。

「ま、まぁ、流石にないよな。種族の違いはさておき、年齢差が大きすぎるし、お前だって――」
「兄さん、ぜひともその縁談、進めてください!」

 ノルンは俺の言葉を遮り、興奮と喜びの隠しきれていない声音で言った。


---


 結局のところ。
 あるいは、やっぱりというべきか。
 ノルンが好きな相手はルイジェルドだったらしい。
 小さい頃から、ずっと憧れていたらしい。

 小さい頃の憧れは、最近に至るまで恋心は育ち続け、ビヘイリル王国の一件で改めて思ったのだそうだ。
 この人が好きだ、と。
 しかし、ルイジェルドの過去を知っていたノルンは、自分など相手にされないと思い込み、当然のように恋心は押し隠して生きていこうと決めていたそうだ。

「わかった、お兄ちゃんに任せておきなさい」

 全てを聞いた俺は、そう胸を叩いて言った。
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