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第5章 ダイジェスト
俺とケルケイロは、墜落した地の底から、運よく、地上へと舞い戻ることが出来た。
――そう思っていた。
しかし、
「運がないってのはこういうことを言うんだろうな……」
そんな言葉が出てしまうのは、見上げた空に、絶望が浮かんでいるからだ。
俺とケルケイロを追いかけていた、あの竜が、そこにはいた。
一体、これからどうすべきかと、俺たちは相談する。
しかし、相談しながらも、すべきことはほとんど決まっていたと言ってもいい。
なにせ、逃げに逃げてのこの状況だ。
それに加えて、俺たちの疲労は限界に達している。
ここでまた、逃げ始めたとしても、おそらくはすぐに捕まって殺されてしまうだろう。
だから。
「……これは、もう、仕方ないだろう。戦うしか、ないな」
そう言った。
ケルケイロはその言葉に顔をひきつらせていたが、仕方がないという部分は同意のようである。
ただ、不安からか、尋ねてきた。
「勝算は……あるのか?」
実のところ、勝算はあった。
俺の感知能力はあの時代に磨かれて、かなり高い。
それは、今ここに近づいてきている者の存在を明確に教えていた。
つまり、それは、俺の友人、クリスタルウルフのユスタである。
そのことを説明すると、ケルケイロの顔にも赤みが差してきた。
俺の、魔物と友人などという話を信じてくれたのだ。
そして、俺たちは竜に相対する。
「死ぬんじゃねぇぞ、ジョン!」
ケルケイロがそう言い、俺も、
「さぁ、行くぞ!」
竜に向かって、そう叫んだ。
◆◇◆◇◆
もちろん、竜は、ただ決意やら覚悟やらがあれば簡単に勝てるような存在ではない。
しかし、俺たちに勝つ必要はないのだ。
あくまでも、竜に対抗できる存在が来るまで耐え抜けばいいのだ。
それくらいなら、なんとか出来るかもしれなかった。
それだけが、今の俺たちの希望だった。
魔法学院生と、貴族の少年一人で何が出来るのかという気もしないでもないが、俺には前世における研鑽がある。
血反吐を吐くまで訓練し、身に付けた、スルト流の剣術が。
俺はその体に刻まれた記憶にしたがい、剣を振るった。
すると、普通であれば傷を刻むことすら難しい竜の鱗に、俺の剣が刺さったのだ。
あの頃の研鑽はやはり、無駄ではなかったようだ。
しかし、
「ぐるあぁぁぁ!!」
今までどんな攻撃にも耐え抜いた鱗を、俺のような矮小な存在に傷つけられたことが竜のプライドを痛く刺激したようである。
それまで俺とケルケイロをまんべんなく攻撃していた竜の標的が、ふと俺に変わったのだ。
爪と牙の猛攻に、俺はたちまち防戦一方となる。
それでも致命傷は避けているが、このままではどうなるかわからない。
しかし耐え抜かなければならないのだ。
俺はケルケイロと軽口を飛ばし合いながら、死ぬ気で戦う。
ケルケイロも、俺を救おうと竜に向かっていった。
その中で、ケルケイロは俺に叫ぶ。
「これが最後かも知れねぇから、聞いておくけどよ、俺の妹とどういう関係だったんだ!?」
そう言えば、言ってなかったか、と思い出す。
確かに、これが最後かも知れないし、彼には言っておいてもいいだろうと、俺は叫んだ。
「お前の妹と俺は、前のときは……恋人だった!」
その言葉に、ケルケイロはそれこそ度肝を抜かれたという表情で驚いていたが、それと同時に面白く思ったようだ。
「こりゃあ、何が何でも帰らなきゃならねぇな!」
そう言って、力が抜けかけていた体に、再度力を入れて戦い始めたのだった。
◆◇◆◇◆
しかし、いくら俺たちが頑張ろうとも、相手は竜だ。
俺たちはとうとう、満身創痍となり、もはや一歩も動けない、そんな状況に陥った。
「ジョン、生きてるか?」
そんな掠れたケルケイロの言葉に、
「まだピンピンしてるさ……」
無理をして答えてみたが、限界はお互い、近い。
これ以上は……。
そう思った。
そして、竜の攻撃が迫って来た。
あぁ、これで終わりか。
そう思った瞬間、竜の攻撃は俺たちの直前で止められた。
何が起こったのか。
改めて目を凝らしてみてみると、そこにはクリスタルウルフの巨体が。
そして、その背に乗る、エリスの姿があった。
「あとでたっぷり感謝するんだね、このエリスと、クリスタルウルフのユスタにね!」
『その通りだな』
今となっては懐かしくすら感じる二人の声が、俺の耳に響いた。
◆◇◆◇◆
エリスは俺たちのポーションを与えてくれ、それによって従前の動きを取り戻すことが出来た。
さらに、二人はしばらくの間、竜と互角に戦った。
けれど、竜は二人に吐息を放った。
それくらいでやられる二人とは思わなかったが、しかし強力極まりない攻撃である。
実際、二人はそれで完全にやられはしなかったけれど、体の動きにかなりにぶりが出ていた。
このまま戦っても、竜を倒せるとは言い切れない。
これは、まずい、そう思った。
さらに竜は、弱い俺たちに標的を変えて向かってきた。
竜の、再度始まった猛攻に、俺たちはせっかく回復した体を、限界寸前まで痛めつけられ、地面に縫い付けられてしまった。
そして、竜の爪が俺の体に深々と突き刺さり、竜はそれから俺を思い切り投げ飛ばす。
そのとき、俺は頭の中で思った。
あぁ、ここで俺は死ぬのか、と。
こんなところで俺は死ぬのか、と。
しかし、まだやるべきことはあるのだ。
死ぬわけにはいかない。
それなのに俺はこんなところで死ぬのか。
同じ質問が自分の頭に浮かんだとき、ふと、声が聞こえてきた。
それは、懐かしい声。
◆◇◆◇◆
あきらめるの?
そんなこと、ぼくはぜったい、ゆるさない。
◆◇◆◇◆
次の瞬間、目に入ったのは、すべてが停止した状態だった。
竜、ケルケイロ、ユスタ、エリス。
その全てが止まっている。
その中で、奇妙な黒づくめの少女――ファレーナだけが微笑みながら浮いていた。
「やあ、ジョン。ひどい顔だね」
言われて、顔を顰めたくなる俺。
しかしそんな俺に、ファレーナは言う。
「いま、きみがしなければならないことはなんだい?」
そんなことは決まっていた。
竜を倒すことだ。
「そのためにひつようなのは?」
おまえのちからだ。
「だれのちからだって?」
お前の――お前の!
◆◇◆◇◆
体中に力がみなぎる気がした。
かっと目を開き、俺は叫んだ。
「ファレーナ!!」
「よんだかな?」
瞬間、漆黒の穴が中空に開き、そして彼女が現れる。
懐かしい気配を感じ、そして迫って来た竜の攻撃を、彼女の体からあふれる黒い靄が弾き返した。
「ジョン、だっしゅつ!」
そう言って、彼女は俺をその場から離脱させ、さらに俺に力を与えた。
久しぶりのことだ。
彼女には、俺に限界を超えた力を与える力がある。
しかし代わりに魂は蝕まれ、最後には廃人になるリスクがある。
おいそれと使える力ではないが、今は使うしかなかった。
そして、俺は彼女の力により、竜を押していく。
これは、魔法ではない。
竜からしてみれば、見たこともない奇妙な力だということになるだろう。
当然、対応策など存在しない。
エリスとユスタの協力を得て、俺はついに、竜の首を切り落とすことに成功する。
そして、ファレーナが尋ねた。
「たべて、いい?」
竜の魂を食べてもいいかということあろう。
それは以前からの約束である。
俺は、
「好きにしろよ……」
そう言って、意識を失った。
遠ざかる意識の向こうで、
「おいしいっ!」
そんな、ファレーナの声が聞こえていた。
◆◇◆◇◆
沈んだ意識の向こう側で、俺は夢を見ていた。
かつての夢だ。
王都が落ちてからあとの、権力争い。
その中で、ケルケイロの父であるフィニクス公爵ロドルフが、ナルスジャック伯爵、という敵対する貴族と言い争っていた。
王都を失った国王陛下がこれからどこに本拠を置くか、という争いで、ナルスジャック伯爵の方が優勢な感じであった。
その後、個人的に俺とケルケイロのところに来てくれたロドルフが、やはり、陛下はナルスジャック伯爵のところに行くだろうという見解を示した。
さらに、それに加えてお願いとして、自分と共に神都エルランに行ってくれないか、とも。
臨時政府をナルスジャック伯爵の領地に置くくらいならともかく、新たな王都とするためには神都エルランの認証が必要なため、そこを先に抑える必要があるからだという。
俺たちはそれに頷き、それからしばらくして、ロドルフと共に神都エルランに向かった。
神都エルランにつき、出迎えてくれたのはその最高責任者であるオリステラである。
しかし、その容姿はその地位に似合わない、幼い少年の姿だった。
おそらくは、見た目通りの年ではないのだろうと思われた。
ロドルフは彼と旧知の間柄らしく、親しい会話をし、さらに本題についても話した。
結果として、オリステラは神都が世俗の権力に屈さない、つまりはナルスジャック伯爵がいかに要請しても、かの領地を新たな王都として認証することはないと確約したのだった。
その後、オリステラは、俺たちをある場所に案内した。
そこは、神都の博物館のような場所で、一般信徒は入れないが、多くの歴史上の遺物があるのだということだった。
さらに、そこには一人の管理人の少女がいた。
彼女の名は、ミレイア・イドルワース。
彼女こそ、のちに聖女と呼ばれ、勇者たちとともに英雄としてあの戦いを終わりに導く一人である。
しかし、そのときの印象はそれほどでもない。
ただ、一緒にその場所に来たメルロがミレイアは美人だとしきりに言っていたくらいである。
彼女は神都の博物館の管理人であり、一つの剣について言い伝えを受け継ぐ人だった。
彼女はその剣が抜かれる時を待っているらしい。
オリステラもだ。
そして、俺は知っている。
その剣こそが、勇者がいずれ持つことになるものだということを。
当然だが、そのときの俺たちには抜くことが出来ず、オリステラとミレイアをがっかりさせる結果になってしまったのだった。
◆◇◆◇◆
それから、俺は夢から覚めた。
そこは魔の森の医務室で、ティアナがベッドの横にいた。
どうやら、ずっと看病してくれていたらしかった。
聞けば、ケルケイロたちも、みんな無事であるらしい。
よかった、と思った。
その後、ケルケイロやエリスたちにあったが、やはり何の問題もないようだった。
特にエリスは一番傷が深いはずなのにすでに感知しているかのような動きであった。
やはり、格が違うというのはこのことだと思わずにはいられなかった。
倒した竜の素材の分配についても話したが、これはフランダに譲ることにした。
彼の母親の治療のために必要なのだから、ある意味当然だ。
俺としても必要なのは竜の魂であり、その分はすでにファレーナが回収済みであるので問題なかった。
フランダは極端なくらいに感謝してくれ、そしてそのままケルケイロと共に王都に帰って行った。
俺たちも、研修はこれで終わりである。
王都に戻り、そして普段の授業に戻っていったのだった。
◆◇◆◇◆
それからの日々は矢のように過ぎていき、そして俺たち魔法学院生はついに、卒業間近を迎えた。
魔法学院を卒業するためには試験があり、そのために俺たちは神都エルランに向かった。
前世では訪ねたことのある都であるが、今世では初めてである。
しかし、そうはいっても街並みは変わらない。
歴史的な建造物や芸術品がひしめき合う、古都という感じであり、また懐かしい人――神都の長、オリステラも変わりがなかった。
ミレイアもいて、あの時と同じように、あの博物館を案内してくれた。
ただ、あのときと少し違うのは、あのとき抜けなかった勇者の剣が抜けてしまったことだろう。
何の間違いかと思えば、ファレーナによると俺の魂には勇者の魂の欠片のようなものがくっついているらしく、それのせいで抜けてしまったのだろう、ということだった。
また、博物館の中にはファレーナの良く知る武器があって、オリステラの許可のもと、俺に貸与されることが決まったのだった。
◆◇◆◇◆
そして、卒業試験が始まった。
一人ひとりが待合室から呼ばれて、どこかに向かっていく。
俺は最後の順番で、呼ばれて連れていかれた場所は、奥まったところにある部屋だった。
その中で、俺は過去に対面した。
かつての剣聖、ハキム・スルト。
彼が、あのときのままの姿で襲い掛かって来たのだ。
彼が、この時代にいるのは極めておかしいのに、しかし確かにいたのだ。
あのときようにあのときの剣を振るう彼に、俺は防戦一方となる。
彼は俺をひたすらに叩きのめし、俺の甘えを見抜いてもっと死ぬ気で挑めと叱った。
それはまさに彼の言う通りで、俺は今の時代で、いかに甘えているのかと悟らずにはいられなかった。
しかし、そんな戦いの中でも、彼は俺に親愛の情を示してくれ、叱咤激励をして、消えていった。
彼は、俺の少しの話を聞いただけで、自分がすでに死んでいること、そして大体の時代を言い当て、さらに今、自分がどこにいるのかを言って、誘いに行くように言った。
俺は彼の言葉を胸に深く刻み、これからも頑張っていかなければならないと気持ちを新たにした。
それから、俺は神都の神官からこの部屋の仕組みを教えられた。
実のところ、この部屋は小型の迷宮であり、自分がもっとも強いと考える存在が出現するのだという。
なるほど、俺は確かに魔王よりも何よりも、あの爺さんこそが最強だと思っている。
だからだろう。
神官は、あんな人物は見たことも聞いたこともないと不思議そうだったが、しかし剣術の冴えは確かに最強を名乗るにふさわしいと言ってくれた。
神都の神官は、武術の心得がある者がおおいらしく、そのためだという。
それから、部屋に一人の他の神官が入ってきて、神都が魔物に襲撃されていることを告げた。
それを聞いた俺は、神官と共に走り出したのだった。。

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