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第4章ダイジェスト
懐かしい過去の夢を、俺は――ジョン・セリアスは見た。
それはかつての、前世の夢だった。
その中で、俺はケルケイロと、そしてもう二人の友人と馬車に乗っていて、楽しげに会話をしていた。
明晰夢というわけではなく、何が起こったのかよくわかっていない俺に、二人の友人、メルロとヒルティスは笑った。
軽薄そうな金髪の若者、メルロは、相も変わらず適当な雰囲気で、
「僕の顔がそんなに珍しいの?」
と微笑み、反対に至って真面目そうな、刀剣のような雰囲気を漂わせた長髪の東方の若者、ヒルティスはそんなメルロをいさめているのかからかっているのかよくわからないノリで話しかけていた。
ヒルティスは俺に対して、
「ジョンは悪運が強いから、どんなところでも生き残りそうだ」
と夢の中にしては鋭いことを言った。
確かに俺は前世でなぜか生き残る。
最後まで。
最終的には死んでしまうわけだが、ここにいるメンバーの中では最も長生き、と言っていいだろう。
そんな俺の悪運の強さを、彼は見抜いていたのかもしれない。
確かにそうだ、と笑う他のメンバーたちに向かって、俺は彼らを、
「絶対に二度とは死なせない」
と言い、そしてその幸せな夢は覚めたのだった。
◇◆◇◆◇
目が覚めると、そこは洞窟の中のように思えた。
ケルケイロが俺のことを見つめていて、どうやら二人して竜の追撃から生き残ったらしいということが分かる。
「上を見てみろよ」
ケルケイロがそう言ったので、言われた通りにすれば、遥か頭上の高いところに穴が開いていて、どうやらあそこから落ちてきたらしいこともわかった。
その割には怪我をしていない俺たちであったが、その理由はすぐに知れた。
どこかからふわりと、一人の少女が空中に現れて、
「そこ、については、ニコが説明、して、あげる」
とのたまったからだ。
こんなところにいったい何が現れたのかと一瞬驚いたが、驚きはあくまで一瞬のことだった。
それが何なのかわからない俺ではない。
こいつはどう見ても、ファレーナの仲間で、ケルケイロとなんらかの理由によって契約してしまったことが分かった。
その段階までいってしまったら、もうこいつらと関わるなと言うのは無意味だ。
こいつらは契約する時点で魂を持っていく。
後は反対に何かしてくれるのが基本なので、うまく利用するのが最善なのは明らかだったからだ。
ケルケイロ自身はそれほど悪いものとは思っていないらしい。
もちろん、あの契約時の痛みは味わったようで、どこか一回り成長したというか、大人の諦めを身に着けたように感じられるのが少し悲しかった。
それから、ケルケイロは出口について語った。
どこからどう見ても出口などなさそうな地下である俺たちのいるこの場所だが、驚いたことに何かよくわからない扉があるらしかった。
そこに二人で行き、そして扉を開くと、それが何なのかはっきりする。
「こいつはもしかして……」
そうつぶやいた俺に、ケルケイロは笑って断言する。
「あぁ、迷宮だ」
◇◆◇◆◇
なぜこんなところにそんなものがあるのかはわからなかったが、魔の森、という存在についての謎が一つ解けたことは確かだ。
迷宮が地下にあるから、魔の森はこれほどまでに巨大で濃密な魔力の占める空間として存在し続けられるのだと。
そしてそのことが今の俺たちにとって救いとなるのかもしれなかった。
迷宮は、複数の出入り口があることが多く、この扉から中に入り、他の出口を探すことによってこの地下から脱出することも可能かもしれないからだ。
俺たちは迷宮の中に飛び込んだ。
しかし、不思議なことにそこは建造物ではなく、むしろ外の景色と思しき光景が広がっていた。
森のほとりに広がる草原、といった雰囲気で、空気も外のもののように感じられたのだ。
実際、人もいて、俺たちはしばらく歩いた直後に商人を名乗る男ハンジに出会った。
警戒もしたが、どう見ても人間であるし、さらに言うなら食事までごちそうになって俺たちはすっかり警戒を解いた。
彼の語るところによれば歩けば村や町もあるという。
ハンジの護衛をしながら、元いた場所――魔の森の砦――を目指さないかという提案に、俺たちは乗ることにしたのだった。
◇◆◇◆◇
実際、その護衛は楽しく、いろいろなことがあって退屈はしなかった。
しかし、その中で俺たちは、というか俺は疑念を感じる出来事に遭遇した。
と言ってもハンジに対する疑いとかそういうことではない。
そうではなく、ここは果たして本当に外なのか、という疑問だ。
俺たちはその日、ハンジの提案によって他の商人たちとその護衛と一緒に一つの馬車に同情したのだが、その護衛がすこぶる驚きの存在だったのか。
初めは深くフードをかぶっていたからわからなかったらがそれが外れた時、現れた顔は、どこからどう見ても、メルロとヒルティス――つまりは俺のかつての友人たちだったのである。
しかも、年齢は今の俺たちよりかなり上だ。
十六、七前後なのではないだろうか。
つまり、仮にここにこの二人がいることがおかしくないとしても、年齢の面でそれは否定されるというわけだ。
どういうことだ――。
そう思いつつも、しかし再会は嬉しい。
疑問はとりあえず後に置き、俺は彼らとの交流を楽しむことにした。
途中、馬車が魔物に襲われて修理が必要になるほどに破壊される事態が発生したが、問題なく対処できた。
とはいえ、馬車の損壊は小さなものではなく、街によって修理することになった。
街で俺たちは自分たちの存在を魔の森に伝えてもらえるように頼んだが、おそらくはこれは無駄になるだろうと、想っていた。
なにせ、ここにはメルロとヒルティスがいる。
ここが普通の空間である、と考えるのはどう考えても間違いだと思わずにはいられなかった。
◇◆◇◆◇
あの扉は迷宮ではなく外につながっていた――。
実際にその推測が間違っていると知れたのはしばらくしてからのことだった。
ある夜、俺の枕元にファレーナの同類であるニコが現れて、ここが迷宮の中であることを告げたからだ。
「忘れてはいけない、ここは迷宮の中……」
と不気味に語る彼女にいくらか聞きたいこともあったが、彼女はあくまでケルケイロと契約しており、俺の話などまともに聞きやしない。
ともかく、ここでしばらく過ごしていれば出られることだけ言った彼女の言葉を俺は心に留めた。
ケルケイロにそれを言うべきか迷ったが、ニコも伝えたくないからこそ俺にだけ言ったのだろう。
その理由は、ケルケイロに処理しきれるか、いくつも疑問を抱えたままこの事態に対処するのは集中力が欠けるのではないか、という判断があったものと思われたが、本当のところはニコにしかわからない。
ただ、特にケルケイロに今言わなくてもいいだろうと思った俺は、すべては迷宮を出てから説明しようと考え、そしてそのままここを“外”として扱いながら過ごすことに決めた。
しかし、そうなると、街で軍の詰所に行き、魔の森の砦に連絡をと頼んだことが無駄になってしまったが、それはまぁいいだろう。
仕方のないことだと諦め、俺はその日は眠った。
◇◆◇◆◇
次の日、メルロとヒルティスが俺たちを仕事に誘った。
各組合などから傭兵やら何やらに依頼が出されることがあるのだが、国の兵士はそう言った依頼を率先して受けることが多い。
報酬も魅力的であるし、いい訓練にもなるからだ。
どうしたものかと思ったが、ケルケイロが、
「受けようぜ!」
と妙に乗り気だし、馬車の修理中で俺たちは暇だった。
一緒に過ごせるのも楽しいし、俺はそれに同意した。
ただ、その依頼が意外なことに一筋縄ではいかなかったのだ。
ただの魔物討伐かと思っていた依頼だったが、その親玉はなんと魔人だったのだ。
多くの魔物を組織的に操る魔人は、露出度の高い服装の女で、かなりの実力者だった。
魔術を無詠唱で放ち、その身体能力は人間をはるかに凌駕する。
しかしそれでも俺たちが勝つことが出来たのは、俺たちの力、というよりは、この迷宮の作用によるところだろう。
ニコの話によれば、この迷宮は攻略者に無理を強いることがないらしい。
メルロとヒルティスの力がかなり助けになったのだが、それもまた、迷宮の意図するところで、つまりはお助けキャラのようなものだったらしい。
魔人の女を倒すと、俺たちの姿はメルロたちからは消えていくように見えたらしく、心配されたが、
「また、いつか」
と俺が言うと安心したらしい。
何か理由があると察してくれたようだ。
同じく別れの言葉を言って、再会を約束したのだった。
◇◆◇◆◇
気づくと、俺たちは石造りの殺風景な部屋の中にいた。
まさに迷宮の一室、と言われると納得のいくような場所で、次の瞬間現れたニコによればまさにその通りの場所のようだ。
というか、今まで俺たちがいた場所もまた、間違いなく迷宮であり、その中の部屋の一つだったという事実も彼女の口から語られた。
この迷宮は“追憶の迷宮”と呼ばれる特殊な迷宮で、人の記憶をもとに迷宮内部が生成される特殊なものなのだという。
全三室で構成され、それぞれ、“想起”“契機”“運命”と呼ばれる部屋に分かれ、部屋の名前通りの記憶が再生、再構成されることになるらしい。
一部屋目は“想起”であり、人の記憶の浅いところを迷宮が勝手にさらい、様々な出来事を生成し見せる部屋だということだった。
俺もケルケイロも驚いたが、しかしその説明には納得できるところがあり、さらにそれが事実だとするとあと二部屋で抜けられるというのは朗報と言えた。
出口もあるようであり、部屋ではとにかく時間を過ごしていれば抜けられるという。
その説明がどこまで正しいのかは疑問だが、ニコに俺たちをことさらにだます理由はない。
信じてもいいだろう。
ただ、ニコの説明によると俺とケルケイロ、どちらの記憶が再生されてもおかしくはないはずだが、俺のものになってしまったのはおそらく、強い記憶が俺のものの方だったからだろう。
ケルケイロも一般人と比べれば貴族としてかなり濃密な体験をしていることは間違いないだろうが、それでもあの戦乱の時代を生き抜いた俺と比べれば大したものではない。
だから俺の方が再生されたのだ。
ケルケイロは自分の記憶が再生されなかったことに残念がったが、これは迷宮の好みの問題で俺のせいではない。
仕方がないと、俺たちは次の部屋に向かうことにした。
少し急ぎ気味なのは、俺たちは早く戻らなければならないからだ。
簡単な記憶が待っているとはとても思えなかったが、しかし立ち止まっているわけにはいかないのだ。
勇気を出して、俺たちは次の扉――“契機”の部屋の扉を開いたのだった。
◇◆◇◆◇
そこは火炎と悲鳴の入り混じった酷い場所だった。
「こ、ここは……!?」
焦るケルケイロに俺は、
「ここは王都だ。あのときの……」
そうつぶやいた。
細かい説明をしてもよかったが、とりあえず俺はそれを後回しにして走り出す。
それからしばらくして、王都の兵士詰所にたどり着いた。
そこにはメルロがいて、その場で忙しげに働いていた。
「ジョンとケルケイロ!?」
彼は俺たちの顔の出現に驚いたようだが、再会を喜んでくれた。
それから、事情はあまり尋ねずに、一緒にこの苦境を乗り越えようと言い、それから俺たちに持ち場の指示を出す。
ヒルティスや、それにこの時代の俺とケルケイロについても話したが、ここにはいないらしく、会えなかった。
残念に思いつつも、仕方のないことだ。
俺たちはメルロと励まし合いながら、その場所を後にした。
俺たちの持ち場は王都から脱出する人々の護衛だ。
もっとも王都から生き残りやすいルートであり、かつ同じくらいに危険な持ち場だが、俺たちに否やはない。
多くの魔人の魔術に驚きながらも、俺たちはその場所で戦った。
しかし、そんな中、一人の子供が周囲の混乱に心を押しつぶされたその場から逃げだした。
「坊や!?」
母親の悲鳴が聞こえた。
しかし、彼女に子供を追いかける体力はない。
俺とケルケイロにはそれがあったが、これは所詮幻想、幻に過ぎないのだ。
本来なら追いかけるべきではないはずだが、ケルケイロが、
「……俺は、追いかけたい」
と強い意志を示した。
彼にも譲れないものがあるのだろう。
たとえ幻だと分かっていても、見捨てることは出来ないと、そういうことのようで、俺はそれを非難することは出来ずに、彼の提案に乗った。
走り抜ける子供は子供とも思えないほど早く、複雑に入り組んだ路地裏を迷わずに進んでいく。
俺たちは汗だくになりながらも、子供を見失わずに追いかけた。
そしてたどり着いたその場所には、驚くべきことに、俺がいた。
しっかりと大人になり、兵士となった俺だ。
彼は一人の老いた魔人と対面しながら戦っていた。
しかし驚くべきことは、それではない。
彼の背後に見え隠れする、影の方だ。
それはどう見てもファレーナのそれで、この時代には契約していないはずなのに奇妙な話だった。
俺が高位魔人とまともに戦えるはずもないのに、十分に打ち合っているのは彼女の力のお蔭らしかった。
このとき、こういうことがあったなど、俺には記憶がなかったが、かつて王都が崩壊したときの記憶はあいまいだ。
ただ剣を振っていた――それだけの記憶しか、俺にはなかった。
だから、もしかしたらこういうことがあったとしても、おかしくはなかったかもしれない。
それからしばらくして、俺は老魔人に勝利してしまった。
俺とケルケイロの方も、一人の少女型の低位魔人と戦い勝利したが、老魔人と比べればその強さには雲泥の差があった。
老魔人を倒した大人の俺は、それから正気に戻った。
背後にいたはずのファレーナも消え、不思議そうな顔をしており、彼が高位魔人を倒したのだと言っても信じようともしない。
まぁ、当たり前の話で、特にそこのところを追及しようとは俺は思わなかった。
しばらくして、その場にヒルティスが現れ、彼もまた俺たちとの再会を喜んでくれた。
俺たちの素性は彼によって保障され、俺たちがかつてメルロとヒルティスが一緒に魔人を倒した魔法学院生だと知った大人の俺もまた喜んでくれた。
それから、俺たちは彼らと共に王都を脱出する列に戻ろうとしたのだが、その瞬間、またしてもそれは起こった。
俺たちの姿が、消失していくのだ。
大人の俺や、ヒルティスから見れば消失でしかないそれは、しかし俺たちから見れば、転移に近いだろう。
元の、あの殺風景な部屋に戻るのだ。
それをヒルティスは魔法学院の技術力による転移か何かだと解釈し、
「またか」
と納得してくれた。
ヒルティスがそんな風に慌てないので、大人の俺も深刻な事態だとは思わなかったらしく、
「また会えるか」
と声をかけてくれた。
俺は、
「また、いつかどこかで」
といつか言ったようなことをいい、そして彼らと再度、俺たちは分かれたのだった。
◇◆◇◆◇
再度、殺風景な部屋に戻った俺たちは、改めてニコに迷宮の概要を聞いた。
それによれば、この迷宮は後の方になっていくにつれ、もともとの記憶に忠実になっていくらしい。
また、部屋を出る条件は、ボスモンスターを倒すこと、記憶の核心を見ることだという。
納得した俺たちは、そして最後の部屋“運命”に向かった。
◇◆◇◆◇
そこはまさに、“運命”の名にふさわしい場所だった。
俺はそこを、すべての始まりだと認識している。
何もかもが終わり、そして始まった場所。
運命の場所。
そこは、かつての俺の死に場所。
そう、魔族の本拠地、魔王城だった。
そこでの出来事は、まさにあのときの繰り返しだった。
勇者が光り輝く剣で魔王を倒し、その場にいる兵士たちは歓喜に染まる。
そして一瞬油断した俺が魔人に刺され、倒れた。
その瞬間、俺は死んだと思っていたが、これにはすこし続きがあったらしい。
ナコルルや勇者が俺の回復のために貴重なポーションを使ったり、治癒術師などを呼んだりして尽力してくれたことが分かった。
しかし、結末は何も変わらない。
俺はその場で死に、そして次のところへと旅立っていったのだった。
◇◆◇◆◇
ボスモンスターに当たるオカマ口調の魔人も倒した。
それに加えて、俺の死を見ることが第三の部屋脱出の条件だったしく、俺たちは迷宮の殺風景な部屋に帰ってきた。
ケルケイロは見たものに混乱を隠せないようで、俺は最後の部屋が終わったし、外に出るにしても多少の休憩も必要だろうと、ついでにすべてを説明することにした。
ケルケイロは驚いてはいたが、ここまでの三部屋でだいたいの予想は立てていたらしい、
納得して、頷いてくれた。
そして、俺たちはとうとう脱出を迎える。
最後の扉は今までのものより重厚で、それらしいものだった。
それを開くと、扉の向こう側には確かに魔の森の、地上の景色が広がっていた。
しかし、それだけならともかく、上からぼたりぼたりと水滴が降ってくるのに俺たちは気づいた。
「……なんだ?」
怪訝に思って見上げたケルケイロ、そして俺の目に入ってきたのは、俺たちを迷宮の底へと突き落とした犯人。
性悪な爬虫類である、竜そのものであった。

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