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フィル③
やっぱりだった、と告げるヘイスの言葉。
その場にいた面々はその言葉に強い興味を引かれたのは言うまでも無く、ヘイスがそのまま語るのに任せて話を聞き始めた。
それによれば、やはり、コウや僕が推論した通り、カレンの魔力触媒を盗んだらしいその人物はロランのサロンに所属していた者であった。
事実としては、その人物はついこの間まではロランのサロンに籍を置いていたのだが、カレンの魔力触媒を手に入れた後、すぐにロランのサロンを辞して他のサロンに所属を移したのだと言う。
つまり初めから辞めるつもりでロランのサロンに所属していた、ということらしい。
「よくそんなやり方で入り込めたな」
テッドが呆れたようにそう呟いたのは、普通、貴族のサロンの派閥と言うのはそう簡単に移れるものではないからだ。
それぞれの派閥には多くの貴族子女が所属していて、敵対していたり協力関係にあったりとかなり複雑な関係を築いている。
そのため、「入れてくれ」「はいわかりました」では済まない面倒臭さがそこにはある。
けれどロランのサロンについてはその辺りの常識が少し異なるらしい。
ヘイスが言う。
「確かに貴族のサロンを渡り歩くのは――僕を除いて、非常に難しいことなんだけど、ロランのサロンだけは別なのさ」
その台詞にテッドが首を傾げて「と言うと?」と訪ねる。
ヘイスはふぁさり、と自分の髪を掻き上げて続けた。
「盟主のロラン、彼がかなり大らかな性格をしている関係で、来る者拒まず去る者追わずのサロン運営を行っているんだよ。本来ならあまり好ましくないのだけど、どのサロンにも属せない貴族子女とか、他のサロンから追い出された貴族子女とか、いわゆる厄介者の身の置き場と言うのは結構問題らしくてね。そういう部分を一手に引き受けることによって、彼はそのやり方で他のサロンとは大きく敵対しないでやっていけているんだ。とは言え、だからこそと言うべきか、他のサロンに喧嘩を売るような者も少なくないのが問題なんだけど、そういうところの処理も非常にうまくてね。ロランは学院に追及されてもどうにかできる逃げ道を常に確保しているある意味でかなり有能な人物という訳だ」
仲間外れになった貴族子女を集めてサロンをやっている、の辺りではなんとなく慈愛に満ちているのか、と思わせたロランであるが、根回しや保身がうまいという辺りはある意味で最も貴族的な人物とも感じさせた。
カレンとカサルシィ家の令嬢との一件についても、ロランは理屈では何が起こっても自分にまでは追及がやってこない方策を立てたうえでサロンに所属する貴族子女に決闘をさせている。
学院は個人主義的な場所であるから、仮にそのときにカサルシィ家の令嬢が大けがを負ったり、究極、死亡していたとしても、実際に決闘を行った本人たちまでで追及は止まっただろうと考えられるあたり、悪質であるとも言えた。
なんとも評価に迷う人物であるが、平民であるカレンに対して高圧的だったり、貴族であることを笠に着た態度に出たりせず、終始、友人のように接していた辺り、本質的には悪人ではないのだろう。
敵対しない限りは、問題なさそうな人物に思え、その点についてはヘイスも同感のようだった。
彼は頷いて言う。
「僕もそう思う。だからロランのサロンには簡単に入り込めたし、事情を聞くのも容易かった、というわけだね。その中で明らかになったのが、さっき言った一人の貴族子女の話だが、事情を聞いたあと、控えめにサロンを辞することを告げたときも、ロランは特に引き留めたりはせずに、それどころかまた来たくなったらいつでも来るといいとまで言ったからね。彼とは仲良くしておいてもいいかもしれないとすら思った……と、それはいいとして、カレンの魔力触媒を奪った者についてだ。僕はそのあと、その人物が所属するサロンにも行ってみたのさ。そこで僕は驚いたね」
どうしてだと思う?
そう、聞かれて僕は首を傾げる。
それは、あまりヘイスが驚いているとき、と言う事態を上手く想像することができないからだ。
たとえば、ジョンにジョンの魔法を教えてもらったときや、あの村の森の中で彼の友人だと言う巨大な魔物に出会った時には、それはもう驚いたのだが、魔法学院と言う空間で出会うものについて、いわばほとんど予想できるものについて、彼が驚くと言うことがあるのだろうかと思ってしまう。
そんな僕の逡巡を理解したのか、ヘイスはふっと笑って答えた。
「そんなに難しいことじゃなかったんだけど。……そのサロンはロランのサロンと同様に、上級生が盟主を務めている、何の変哲もないサロンだったんだけどね、そこには言わずと知れた僕らの学年の首席であらせられるフラー=エルミステール殿がいらっしゃったからさ」
その言葉に、テッドも僕も目を見開く。
フラー=エルミステールと言えば、ジョンと同じクラスに所属している貴族であり、今年最優秀でこの学院に入学した存在である。
少なくとも、僕らの学年で彼の事を知らない者はいないし、僕もテッドも当然知っていた。
ヘイスは続ける。
「もちろん、フラーがいた、ただそれだけじゃ驚きやしない。彼は貴族だから、どこかのサロンに属しているのは普通のことさ。ところが問題は、彼が噂のその人物、カレンから触媒を奪った人物と親しげに話していて、その内容が『うまくいったのか?』『それはもちろん』なんていう物凄くお粗末な会話をしていたからだよ」
「……どうやってそんな話が聞ける位置まで近づいたのか聞きたいところなんだけど」
僕がそうやってジト目でヘイスを見ると、彼は「それは企業秘密」と笑って答えなかった。
サロンに入ったことそれ自体もどうやったことか謎だが、そこまでフラーに近づいて彼に何も言われないと言うのもまた謎である。
ヘイスにはそういう、不思議な特技があったが、どうやってそんなことを実現しているのか聞いても応えてくれたことは一度もない。
これからも応えてくれないのだろうが、もしそこに何かタネがあるなら知りたいと深く思った。
とは言え、今はそんなことを追及している場合ではない。
カレンの触媒が今どこにあるのか、それは僕らで果たして取り戻すことができるのか。
その点が問題なのである。
僕がそれについて尋ねると、ヘイスは答えた。
「あぁ、それはもちろん。フラーに近づいた彼、窃盗の実行犯たる貴族の名前はアナイシトス・ターミアという少年だったんだけど、彼がフラーに語るには今、カレンの触媒は彼の実家にあるらしい。寮に置いておかないのはばれるとまずいと理解しているからだろうね」
その言葉に、僕は絶望的なものを覚えた。
貴族の実家と言ったら、それは領地のことである。
つまり、そこに送られてしまっているという事は、もはや取り戻すのがほとんど不可能な状況にあるという事に他ならない。
しかしヘイスは、はっと気づいたかのように言った。
「おっとすまない……言葉足らずだった。アナイシトスの……と言うか、ターミア家の実家、と言ってもそれは領地のことじゃないよ。ターミア家は王都に一件、家を持っていてね。今彼のお父上は王都での用事があるためにそこに滞在されているそうなんだが、カレンの魔力触媒もそこにあるのだという話だよ。つまり……僕らがやるべきことは」
その先に続く言葉が分からないわけがない。
それはつまり、相当危ない橋を渡るほかないという事だ。
けれど、あの魔力触媒は、僕らにとって本当に、命の次に大事なものといってもいい、大切な贈り物だ。
それを奪われたカレンの心情は慮ってあまりあるもので、魔力触媒を取り返すために多少の危ない橋を渡ることも、それが必要なら決してできない決断ではない。
だから、僕は言った。
「人の家に忍び込むなんて……僕はやったことないけど、ここにはそういうことのプロたちがいっぱいいるからね。あてにさせてもらうよ」
続いて、テッドが言う。
「タロス村では何度もやったからな……任せておくといいぜ。フィル、お前の家にも何度か忍び込んで、寝てるお前を驚かせたりしたもんだ……懐かしいな」
言われて、確かにそんなこともあったなと思い出す。
村では大体の人間が知り合いであり、そこには悪人と呼べるべき性格の人間はいない、というのが共通認識であって、もし仮にいてもジョンの父親アレンという強大な武力的威嚇が存在する関係で犯罪など起こりようがないというところもあり、戸締り、というものに対して気を遣っていなかった。
そのため、人の家に忍び込む、というのは非常に簡単であり、そのことを利用してテッドやコウたちはよくそんなことをしていた。
ターゲットになった人物は数知れずだが、男の子だけしかやらなかったあたり、彼らなりのルールがあったのだろう。
今となってはいい思い出であり、僕も恨みなど抱いていないから、テッドの言葉に対して笑うことができる。
ただ、今回忍び込まなければならないのは貴族の屋敷だ。
村のぼろい家とは警備のレベルが違う。
だからこそ、村にいたときのように簡単にそれが成功するとは考えるべきではない。
「忍び込むには相当な情報収集と計画が必要だけど、大丈夫かな?」
フィルが懸念を口にすると、コウが笑った。
「おいおい、俺たちを嘗めるなよ……ヘイス」
言われて、ヘイスが前に出てばさり、と何かを取り出して近くにある机の上に広げた。
それを見て、僕は驚く。
「これは……家の間取り図?」
「あぁ……ちょっとした伝手で手に入れた。王都にあるターミア家、まさにその家の詳細について描かれた地図がここにある。これで忍び込めなかったらそれこそ嘘だ」
ヘイスがそう言って笑った。
一体どうやったらこんなものを手に入れられるのか、と聞きたいところだが、やはり聞いても応えてくれそうもなさそうだ。
ただ、これがあることは、今回の計画にとってまず間違いなくプラスである。
だからこそ、僕は言った。
「……これで成功間違いなしだね。頑張ろうか、みんな」
そんな僕の言葉に全員が迷いなく頷く辺り、頼もしくもあり、また心配にもなる。
彼らは失敗したとき何が起こるのか理解しているのだろうか。
そんな風に思うからだ。
けれど、僕も、そして彼らも、王都、そして魔法学院に入り、貴族と平民の違いと言うものを肌で知った。
そこから考えると、今回のことは危ない橋どころではなく、ことによっては死刑になる可能性もあると理解できないはずがない。
だから、覚悟してみんなこんなことを言っているのだろう。
その決意に、覚悟に、この計画は必ず成功させなければならないと心に決め、それから僕たちは細かな実行計画を練り始めることにしたのだった。

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