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第109話 『エクシア』
今回、書き終わってみて、大変なことに気付きました……
……主人公、丸々1話出てきてない……番外編ってわけでもないんですけど……ま、まあ、こんなこともあるでしょう。たまには。
そんな第109話ですが、どうぞ。
「……ッシ!!」
横一文字に振るわれる長剣。
飛び掛ってきた、『狩場』の魔物である巨大な蟷螂の魔物『マンティス』をとらえたその一撃は、少しの手ごたえをザヴァルの手に残し、通り抜ける。
一瞬後、体が上下2つに別れたマンティスは崩れ落ち、しかし油断せずにザヴァルはその頭を足で踏み抜いた。
足の下で蟷螂の頭がつぶれてはじけ、重厚なブーツがその体液で汚れた。
しかし、正しい判断である。魔物の中には、体の組織の損傷具合によっては死んだ後もしばらく動き続けるものがおり、油断は出来ないからだ。特に昆虫系にはそれが多い。
守るべき主……王女の敵をまた一匹排除できたことに安堵しつつ、やはりうずくのか、胸の傷を抑えるザヴァル。
その傷だが、すでに血は止まっている。先ほど、乱雑に振りかけた魔法薬と、アルバ&ミュウによってかけられた回復魔法のおかげで大部ましになっているのだ。
あとはそこに、ザヴァル自身の魔力で筋肉を肥大させ、それによって無理矢理止血するという途轍もない荒業、というよりも力技を組み合わせた結果だ。
完治には程遠いが、この程度の戦いならほぼ問題なくこなせる程度まで力は戻っている。
「っ! 大丈夫ですか、隊長! やはり傷が……」
「構うな、アイバー! 今は戦いの最中だぞ、敵を倒すことに集中しろ!」
「それはわかっていますが……」
「ならばさっさと視線を前に戻せ。訓練生や退役した元同僚に遅れをとるようでは、直属騎士団の副隊長の名が泣くぞ。私の心配なら不要だ……お前に心配されるほど弱ってはおらん、見くびるな」
その言葉に、彼の元で副隊長を務める金髪の青年……アイバー・アロンガインは、まだ何か言いたそうな様子だったが、おそらく隊長であるザヴァルの、コレと決めたら貫き通す性格を鑑みてだろう、彼を信じて視線を戻す。
それを見届けたザヴァルは、同様に周囲で戦って王女を守っている……しかし軍人ではない者たちにも視線を向けた。
次々寄ってくる魔物たちに対し、まるで物の数では無いとばかりにそれら全てを一蹴している、冒険者達を。
「よっ、と」
飛び掛ってくる獣を、片手でひゅん、と振るった剣で斬り伏せるシェリー。
首元に沿って刃が走り、頚動脈と頚椎を切断された獣は、慣性の法則にしたがってそのまま空中を少し行った後、力なく墜落して息絶えた。
その死骸を向かってくる別の魔物に向けて蹴飛ばしてけん制し……今度はそれごと貫いてしとめる。やや苛烈に見える戦い方でシェリーは、2匹目もしとめた。
しかし当のシェリーは、何やら退屈そうな、面白くなさそうな表情を顔に貼り付けており……魔物たちに対しても、やる気のなさげな視線を向けていた。
周囲にいる彼女のチームメンバー達は、当然その理由を悟っているが……今更確認するまでもないため口にはしない。
『狩場』の魔物が、戦闘狂である彼女には退屈すぎるほど弱いからであるなどとは。
「……不謹慎かもしれないけど、やっぱ弱すぎるわよね」
「自分で言ってちゃ世話ないわよね」
「は?」
台無しである。
がっくし、という感じで首でうなだれるエルク。『邪香猫』のツッコミ筆頭たる彼女のリアクションは、いつも適確だった。
その彼女も、1秒後には再起動し、ダガーを構えて刃に魔力を流す。
緑色に発光した水晶の刃が次の瞬間振るわれ、ジグザグな軌道を描いて接近してきていたコウモリのような魔物の翼を切り落とした。
「でもエルクちゃん、あいつの咆哮、間近で食らったのよね? 鼓膜とか大丈夫? 休んでなくて平気?」
「このくらいなら私達だけでも十分対応できますから、休んでてくださってもいいんですよ?」
と、シェリーに続いてナナが、『ワルサー』で空中から襲いくる魔物を片っ端から迎撃し、打ち落とすどころか消滅させながら聞いてくる。
正確無比な射撃を続けながら、視線は敵から外さずに。器用なものである。
魔力さえあれば弾切れは無い彼女の前に、大小あわせてすでに30を超える魔物が消し飛んでいた。
「ありがと。でも大丈夫、このくらいなら十分動けるから。それに……アレ食らったときとっさに障壁魔法使ったから、少しはマシだったし」
「それを破って攻撃を届かせたわけだからすごいよねー……エルクちゃんが無事なのはわかったけど、あのトカゲもますます油断ならないのもわかったか」
そういうザリーの数歩先の地面には、先ほどまで瑞々しい……というか液体そのものの体を持っていたスライムたちが、『核』だけになって転がっていた。
ザリーの、範囲内の全てから水分を奪って干からびさせる、ミナト印の『否常識魔法』の1つ、『ドライカーペット』が炸裂した結果である。
酸性の体液がなくなって何も出来なくなったスライムの核は、次の瞬間他の魔物に踏み潰され、あっけなく崩れ去った。
「ま、アレはミナト君に任せるしかないんだし、こっちに集中しましょ……っと、新手が来たわね」
シェリーの視線の先には、数体まとまった集団になってこっちに走ってくる、豚の顔を持つ人型の魔物……『オーク』がいた。
『ゴブリン』よりも上位であり、すばしっこさを除けば全ての身体能力がそれを上回る存在である『オーク』は、ゴブリンと同様に徒党を組んで狩りをする魔物だ。
棍棒や剣などの簡単な武器を使って人間などを襲い、食料を奪う。また、これもゴブリンと同様、人間など他の種族と交尾して子供を産ませたりもする。
醜悪な外見とあいまって、ゴブリン以上に嫌われている魔物である。
その一団が、ブヒィィィ、と正に豚らしい鳴き声を上げ、獲物を前に興奮し、唾液を撒き散らしてどすどすと走ってくる。
男女問わず、見ていて気分のいい光景ではないため、さっさと片付けよう……と、全員が思った瞬間、それを一足早く実行に移した者がいた。
走ってくるオークの横から襲いかかったのは……体が骨だけの大型魚。
かなりのスピードで空中を泳ぎ、すれ違いざまに肩の肉を食いちぎった。
悲鳴を上げるオークにさらに別の魚が襲い掛かり、今度は喉元を食いちぎられる。盛大に噴き出した返り血で魚の体を赤く染め……あえなくオークは絶命した。
その様子に驚く他のオークたち。
何匹かが怒り、仲間の仇とばかりに骨魚に襲い掛かるが……ランク『E』のオークと、ランク『B』のネクロフィッシュとでは、その差は歴然だった。瞬く間に急所を食いちぎられ、血の海を形成しながら骸と化していく。
恐れをなし、その場を離れようとした何匹かがいたが……今度はそこに『スクウィード』のイカ墨の魔力砲が炸裂。
その威力に肢体をはじけ飛ばせながら、オークたちは木立の向こうに肉片となって噴き飛んでいった。
あっけにとられる中、エルクがポツリと言った。
「……えげつなっ」
「私もそう思いますが……まあ、倒せたから良しとしましょう。ね?」
たった今オーク達を虐殺した魔物たちの主である、ミュウ。
彼女は今、メルディアナ王女と共に、残る1体の召喚獣『アーマードクラム』の開いた殻の中に座っている。
この『アーマードクラム』であるが、実はこの貝の魔物、体の周囲にバリア効果のある魔力のエネルギーフィールドを発生させており、殻を閉じなくとも高い防御力を誇る。
C程度の魔物の攻撃なら、ほとんど遮断できてしまうほどだ。その力場と貝殻の強度とで、『アーマードクラム』は鉄壁を誇っている。
そこにミュウは、肩の上のアルバに手伝ってもらってかけた障壁を重ねがけすることで強化し、巨大弓すら防ぐ強度を実現しており、流れ弾気味に飛んできた魔法や砂礫、戦闘の余波程度なら完璧に防いでしまっている。
絶対的な能力では他に劣るものの、攻撃と防御の両方を見事に両立させているミュウは、防衛戦というこの局面において非常に優秀だった。
しかも、肩の上のアルバが常に回復魔法を周囲に発動させているため……エルク同様、至近距離で咆哮を受けて一時は気絶寸前の状態だった彼女であるが、今は冷静に物事を考えながら魔法を行使できるまでに回復していた。
そのアルバはと言うと、固定砲台となり、障壁を部分的に解除し、折を見て魔力砲撃で近づいてくる魔物を消し飛ばしていた。
そしてもう1人、
結果的にではあるが、ミナトに代わる形で前衛として戦っているのが……
「はぁぁあああ――――っ!!!」
拳が唸り、『ベア』の骨が砕けて吹き飛んでいく。
蹴りが振りぬかれ、『コング』の首がへし折れてその場に崩れ落ちる。
普通の人間としては規格外もいいところである、『徒手空拳』という戦い方で……ギーナ・シュガークは、迫り来る魔物たちを全滅させていた。
シェリーらとほぼ同時刻にここに合流し、説明を受けて参戦した彼女が……どこか肩の荷が下りたような、すがすがしさを感じる表情になっていたのは、その場にいたほぼ全員にとって印象的だった。
緊張もほぐれていたように見えたからして、余計に。
「……確か彼女、賊討伐の時にミナト君と組んでたんだよね? 何かあったのかな?」
「何かって何? ナニ?」
「シェリーさん、王女殿下の御前です、発言には気をつけてください。ミナトさんのことですから、大方……何かアドバイスでもしてあげたのでは? ほら、たまにミナトさん、素で核心突いたりしますし」
「あー、確かにそういうとこありますねー。かくいう私も、そんな感じでお兄さんに魅力を感じましたから。シェリーさんみたく恋愛感情でなく、何かこう……兄妹、みたいな感じではありますが」
「私ゃまたあのバカがまた暴走するような事態にならなきゃなんでもいいわ……」
『邪香猫』各員が思い思いの感想を口走る中で、
「……妙だな」
と、
音量は小さいが、不思議とよく通る声で、貝の上のメルディアナ王女が呟いた。
その言葉に反応したのは、隣にいて、防御約であるため比較的おしゃべるなどの余裕があるミュウだった。
「妙、と申されますと?」
「……この狩場に、オークはいないはずだ。私も、見たことは無い」
「? そうなのですか?」
「ああ。それどころか、狩場に出没するやいなや、真っ先に『管理者』によって駆除される魔物だ。それが……なぜここにいる?」
「そういえば、おかしいですね……王族御用達の狩場にオークとは……」
と、ナナも続けて言う。さらにギーナも、無言ではあるが『そういえば確かに』といった風な表情になっていた。
その理由は、『狩場』というものが、あくまで人間――王族や貴族など――が、ハンティングを『楽しむ』ために整備されるがゆえのものだ。
狩場では、犬や鹿、熊のような、総じて動物系の外見の魔物が、主に狩りの『獲物』として放されている。あとは、それらのエサになる獲物などが。
そういったものを狩る方が、より達成感があると共に、忌避感もないからだ。
しかし逆に、『ゴブリン』や『オーク』といった人間に姿の近い魔物や、アンデッド系のような醜悪な外見の魔物は、獲物として好まれない。人型であるために狩る時に独特の感覚があるし、そもそも見た目が醜悪であるものを貴族や王族は見たがらない。
おまけに『オーク』などは、人間の女性を襲って奴隷にし、交尾して妊娠させて子供を産ませることもあり……そういった点からも特に嫌われている。
そういった魔物を殺すことで快感を感じる趣味の貴族などは例外であるが、基本的にそのような魔物は貴族や王族の視界に入れることすらはばかられる。ゆえに狩場には存在を許さず、もしも住み着いたりした場合は巣ごと駆除する。
そんなオークが、この狩場にいるというのは、明らかにおかしいというわけだ。
メルディアナ王女は、なぜそうなったかという可能性を頭の中で探っている。
狩場の『調整』は定期的に行われる。前回ここを管理者たちが『調整』したのは、おおよそ半月前。
つまりこのオーク達は、それから今までの僅かな間にここに来た、というわけだ。
しかしオークは本来、一度巣を作るとそこから動くことはあまりない。
山の洞窟などを住処にして群れで生活するのだが、そこから引っ越したりすることはほとんどないのだ。生活の基点をその巣に置き、狩りや略奪などで生活を維持し……その洞窟で一生を終える。天敵が出たり、環境が悪化したりと、やむをえない事情が無い限り。
そう考えた所で、王女の脳裏に1つ、思い当たることがあった。
「……そういえば最近、この近くの山で地震があったらしいな。土砂崩れなどを伴う、それなりの規模のものだったと聞く」
「? 最近の地震って……ウォルカの近くで起こったあれですか?」
「いや、もっとずっと最近……そうだな、ほんの1週間と少し程度以前のものだ。王都はさほど揺れなかったし、ウォルカは全く影響はなかったようだがな。しかしよもやこのオークたち……その地震で一部が崩落したという、あの山から流れてきたのか?」
「なるほど、環境の悪化……というか、巣が丸ごと崩れたのかもしれませんね。だから、新たな居住地を求めて流れている最中、この山にたどり着いた、と……」
「……と、いうことは、アレらもそういう理由でここにいるのかしら?」
と、シェリーが言ったのに反応して、全員が彼女と同じ方向を見て……絶句。
そこには、明らかに今までの魔物とはレベル違いの魔物がいた。
こちらに向かってのっしのっしと歩いてくる、2体の魔物。
1体は、大きさ4mにもなろうかという巨体の、毛むくじゃらの人型の魔物。ふっさふさの毛の向こうに見える目は赤く、獰猛さが垣間見える。
もう1体は更に特徴的だ。全身の毛皮が群青色をしている熊だった。
体も大きく……隣の巨人ほどではないが、2~3mはありそうである。
どちらも明らかにシェリー達を『獲物』として見ており……今にも襲いかかってきそうである。
その正体を、シェリーとナナが知っていた。
「……あの毛むくじゃらは『ビッグフット』ね。見た目どおりのパワータイプの魔物だけど、動きも俊敏だって聞いたことがあるわ。熊は……」
「たぶん『グリジェルベア』でしょう。闇の魔力を持つ、凶暴で残虐な魔物。どちらもAランクで、その中でもかなり凶悪な種……見るのは初めてです」
「私だって見るの初めてよ……で、どっちがどっちを相手にすればいいかしら?」
「いえ、『どれ』を『だれ』が相手をする、と言った方がいいのではないでしょうか」
そう言ってナナがちらりと上を見ると……泣きっ面に鉢とでもいうようなタイミングで、上空で巨大な魔物が羽ばたき、影を落とした。
一瞬鳥のように見えたが、そうではない。鋭い嘴やカギヅメを持ってはいるが、人間のような手足があり、翼は背中から生えている。鋭い目からは、凶暴さが見て取れるようだった。
「うっそ……『ガルーダ』!? AAランクじゃない……どうなってんのこの森ホントに」
「なんか最近、こんなんばっか……」
シェリーが驚愕し、エルクが落胆するその横で……静かに決意を固める者が1人。
その気配を感じ取ったのは、ザヴァルだった。
また別の方角から来る魔物を相手にしていたザヴァルは、Aランク……の中でも上位に位置する魔物2匹に、AAランクの飛行能力を有する魔物という事態に際し、自分が動くことを考えたのだ。
万全の状態のザヴァルならば、AAAに匹敵するその実力でもって、3体同時に相手にしても数分もあれば倒せる敵だ。
しかし今は、ディアボロスの攻撃により……全身各所に大小の傷が数多く刻まれており、勝率は決して余裕な数値ではない。
特に胸の傷は深刻で、応急処置は施したとはいえ、早めに正しい処置を施さないと、悪化したり、後遺症が残ってしまう可能性が否定できない。全体的に、無理は禁物な体だ。
それでも、自分が出るべきだと頭で決断し、エルクかザリーと場所を変わってもらって前線に出ようかとしていた時……それを感じ取ったのだ。
静かに呼吸を整え……覚悟を決めるギーナの、静謐な気配を。
「……シェリー殿、ナナ先輩」
「「?」」
そのことに彼女が気付いたかどうかはわからないが……ギーナはふいに口を開き、自分と同じく前衛に出て戦っている2人に呼びかけた。
「? なあに、ギーナちゃん?」
「はい、お2人は確かAAランクだとうかがいました……であれば、ガルーダの相手をお願いできないでしょうか? 残る2匹は……私が何とかします」
「「「!?」」」
その言葉に、ナナとシェリーのみならず……その場にいた全員が驚愕した。
今彼女の口から出た言葉が、あまりにもとんでもないものだったからだ。……無謀、と言う意味で。
一介の『訓練生』でしかないギーナ。その実力は、せいぜいがBランク程度。
そんな彼女が、Aランクである2体の魔物を1度に相手にする、などと言ったことに、一同、動揺を隠せない。
実力的なこともそうだが、それ以上に彼女の性格が原因だ。
真面目で誠実、そして冷静さと慎重さを併せ持っているということは、付き合いの浅いシェリー達でもわかる。そんな彼女にしては……今の発言は不自然なまでに軽率だ。
しばしあっけに取られた後、諭すような口調でナナが口を開いた。
「……ギーナさん? やる気が出るのはわかりますが……言葉は冷静に選びましょう。あの2匹はあなたが……」
「いえ、大丈夫です。私が足止めします。それよりも……三次元的な動きができ、戦闘能力も危険なガルーダを、可及的速やかに討伐しなければ、被害が拡大します。こちらには、動けない人員もいますから」
「……本気で言っているんですか?」
すぅっ、と、ナナの目が僅かに細められる。
その眼光からは……出来の悪い部下を叱責するような、冷ややかな圧力が感じられる。
しかしそれでも、ギーナは引かなかった。
ナナの言いたいことは、おそらく伝わっているであろうにも関わらず。
「あなたに、あの2匹が倒せると?」
「倒……しきるのは無理かもしれません。しかし、お2人がガルーダと戦っている間、引きつけて時間稼ぎをすることは出来ます。都合のいい話ですが、もしよろしければその後、お2人と共に2匹を片付けられればと思います」
「……討伐に際し、私達の手を借りることを前提にしているのは構いません。しかし、まだ『訓練生』に過ぎないあなたの実力では、あの2匹を同時に相手にすれば1分と待たずにひき肉にされますよ?」
ナナが口に出していった叱責は、この場の全員が思っている、もっともな見解だった。
いくらギーナが、女だてらに魔物相手に徒手空拳で戦えるだけの膂力と格闘能力を持っているとはいえ、Aランク2匹同時はさすがに無謀以外の何物でもない、と。
しかしギーナは、そのナナに力強い視線を返し……引くつもりがないことを、その目で雄弁に語っていた。
「……何か、秘策でもあるのですか?」
「ええ。秘策というか……隠し玉ですが」
言うなり、ギーナは目を閉じ……精神を集中させる。
すると彼女の体から、大量の魔力が溢れてくるのを、その場にいた全員が感じ、驚愕した。
今まで彼女から感じ取れた魔力とは桁が違う。その圧迫感たるや、エルクやザリー、ナナすらも越え……『ネガエルフ』であるシェリーに迫るほど。
驚くナナだが、同時に落胆もしていた。
たしかに驚くべき魔力だが、これがAランクを相手にする秘策足りうるかと問われれば……否と言わざるを得ない。
見ていた感じでは、彼女は魔力は抑えていても、格闘に関しては全力だったように見えた。あのレベルの動きでは……いかにこの膨大な魔力で体を強化できても、死ぬのが数分伸びるだけだ。
魔力の扱いもお粗末。発展途上なのだろう。
この魔力を十全に使い、Aランクを相手にして戦えるようになるには……まだしばらく修行が必要なのは明らかだった。
もっとも、死を前提にして肉の壁となる覚悟で戦うというのなら、今彼女が言ったこともできなくはないかもしれないが、それでも……と、ナナが考えた次の瞬間、
その魔力の増大が頭の隅に追いやられるほどの驚愕が、目の前で起きた。
魔力の渦の中心に立っていた、ギーナ。
その体が、一瞬にして変化したのだ。
引き締まっているものの、各所に女性らしい体の丸みを残した、やや浅黒い肌と、短めの灰色の髪が特徴的だった彼女の体は……
まるで、銀メッキで全体をコーティングした像のような、全身から金属光沢を放つ異様な姿に変わっていたのだ。
「「「……!!!?」」」
色以外の容姿は変わっていない。体型も、顔つきも、目つきも、髪型も。
ついでに言えば、着ている服や鎧の色も変わっていない。
変わっているのは、彼女の生身の体の色だけ。
肌も、髪も、目も、爪も……全てが光沢を帯びた銀色になっているのだ。
わけがわからない、という視線を全員が向ける中……いち早くその理由の分析に乗り出し……解明したのは、メルディアナ王女だった。
「自動人形……魔法生命体……いや、違うな。まさか……『エクシア族』か?」
「……! はい、その通りです、殿下……隠していて、申し訳ありませんでした」
こころなしか、少しうつむき気味の表情になるギーナ。
そしてその返答に、知識として『エクシア族』というものを知っているザヴァルとナナはハッとして、目の前の光景を、そして彼女の自信のわけを納得した。
『エクシア族』
ミュウの『ケルビム族』と同じく、古代の亜人種族の1つ。
その特異性は、『全身の性質を別の物質に変化させる』というものである。
通常、水やたんぱく質その他で肉体が構成されいている人間であるが、エクシア族は能力発動によって、全身を全く別の物質からなる『肉(?)体』に変化させられるのだ。
それも、通常の物質よりも遥かに高い能力を持たせて。
例を示せば……ギーナ・シュガーク。
彼女は、全身を『金属』に変換できる。
その状態の彼女の体は、人間の肉体のしなやかさ・瑞々しさを残していながらにして、その硬度は金剛石を、その強度はチタン合金を超える。
おまけに重量が増えるわけでもない上、人間のしなやかさはきっちり残っているため、強い圧力に負けて砕けたりするようなこともないのだ。
さらには、この状態になった『エクシア族』は、その体の『親魔力性』が全種族中最高であり、ほぼ負担も阻害もなくして魔法を行使できる。
『身体強化』などの出力も上がるため、必然的に身体能力その他が大幅に上昇する。
ゆえに、
「はぁぁああっ!!」
――ゴッ、と音を立てて、
彼女の飛び蹴りがビッグフットのこめかみに炸裂し、それによってビッグフットに膝をつかせるようなことがこうして起こっても……何ら不思議ではないのだ。
体をひねってギーナが上手く着地した所に、その瞬間を狙って待っていたかのようなタイミングで飛び掛ってくるグリジェルベア。
しかし、強靭な前足での、しかも爪を使った一撃を……ギーナは苦もなく受け止めた。
そしてそのまま懐に入り、体重の乗った肘をみぞおちに叩き込む。
肋骨を砕きかねない威力の一撃にたたらをふむ熊はしかし、お返しとばかりに、バックステップで下がられる前に、ギーナの腕に噛みついた。
中型~大型の魔物の、鱗や甲殻に覆われた強靭な肉体すら容易く食いちぎり、咀嚼して腹に収めることが可能な牙と顎だ。普通の人間の肉体なら、そこに肉も骨もないかのごとく、あっけなくバツン、と食いちぎられたであろう……が、
その攻撃を受けてなお、ギーナの、文字通り鋼の肉体には、傷1つつかなかった。
戸惑う熊のこめかみに叩き込まれたギーナの拳。その衝撃が頭を貫き、たまらず牙を離したグリジェルベアは、大きく引いた。
それを追おうとして、背後でビッグフットが立ち上がる気配を感じ取ったギーナは、再び構えなおし、2匹の攻撃に対応する準備を整える。
……そうしながら、ギーナは、少しだけ不安になっていた。
今更ながら……本当に、この力を人前で使ってよかったのかと。
ギーナは、この力を持っていることを……自分が『エクシア族』であることをひた隠しにしていた。
理由は、どこにでもある、いたって単純明快。
人というのは、自分と異なるものを異端視し、排除しようとする生き物だからだ。
ミナトの前世風に言うならば、幼い頃、彼女はいつも『いじめ』の被害を受けていた。
戦災孤児を集めた孤児院で育った彼女は、その力の存在により、いつも孤独だった。
今ほど上手く力を制御できず、感情の高ぶりなどでよく能力が発動していたからだ。
守り、育むことが役目であるはずの施設の職員達もだ。虐げこそしなかったが、ギーナと極力関わろうとしなかった。会話も最小限で、目もあわせなかった。
そのころから真面目だったギーナが、自分で本を読んだりして学習に励んだために、学力や常識などにおいて周囲に遅れずに成長したのは幸運だった。
心を痛めつつも、どこにも何も異常をきたすことなく成長できたのは本当に幸運だった。
そんな中、彼女の人生の転期は、唐突に訪れた。
彼女がいた孤児院が、盗賊の一団に襲われ……買い物に出ていたギーナ以外の全員が殺され、施設の金品が根こそぎ奪われたのだ。
唯一生き残ったギーナは、報告を受けてそこを訪れた、ネスティア王国の軍に保護され、王都に連れ帰られて別な孤児院に入った。
そしてそこに入ってから、成長して軍に入り、今の『特別訓練生』になるまで……彼女は誰にもその『能力』のことを話さず生きてきた。
ただ、使い方を忘れるのが怖かったので、隠れて練習してはいたし……反射的に、肉体の一部を硬質化させたりという形で使ってしまうことはあったが。
ミナトとの訓練でもそれが起こり……それこそが、ミナトが彼女の打撃から感じた違和感の正体だった。
しかし今日、実に6年ぶりに……人前でこの力を使った。
その胸にあったのは、ミナトに言われた言葉。
『本当に嫌になるような失敗をしたくないから、過去に悔いが残るようなやり方はしない。ま、そのせいで多少無鉄砲になっちゃうこともあるけど……それを理由に、ホントのホントに大切な場面で二の足を踏まないように気をつけてるだけだよ』
自分は今、幸せである。
孤児院で仲良く話せる友達も出来たし、軍に入隊してからは共に戦える仲間が出来た。
尊敬できる上司も、互いに練磨しあえる好敵手たちも。
孤児院時代を考えれば、奇跡とも言える時間を今、過ごしている。
それらは全て……ギーナが過去を、自分を隠して手に入れたものだった。
しかし、その幸せを……同じように、自分を隠すことによって失ってしまう時がくるのではないか。
もしいつか来るとすれば、その時は……今と似たような状況なのではないか。
そう、いやな考えが頭をよぎっていたギーナは……未来を守るために、覚悟を決め、本当の意味での自分自身を今日、解放した。
本当の本気を人前で発揮し、戦っている。
しかし脳裏には、昔の孤児院時代の、子供達や職員の冷ややかな目がちらつき……否が応にも彼女を不安にさせる。
この姿を見せたことで、守る以前に……今まで自分のそばにいてくれた者たちが、離れていってしまうのではないか、と。
そんな不安に抗いきれず、戦いの中、エルクたちがいる方に視線を向けたギーナが目にした光景は……
「……っ、よし、だいぶ回復してきた……皆、『サテライト』やるわよ! 一瞬違和感くるかもだけど手止めないでね!」
「まってましたエルクちゃん! よし、これで策敵が格段に楽になるね……アルバくんもよろしく!」
――ぴーっ!
「ああもう飛んでばっかでうっとおしいわねアイツ! ナナ、そっち行ったわよ! もう羽根消し飛ばしたりして打ち落とせない? そしたら地上で戦えるわ」
「無理ですよ……動きが速くて、発動に時間のかかる大技は当たらないんです。それに、当てられるなら頭に打ち込みますよ、そっちの方が早いし」
「それじゃ私が戦えないじゃない!」
「やっぱりそれが本音ですか……あ、そっち行きました」
「よぉーし来い鳥人間ん!!」
……これでもかと言うほどに平常運転だった。
(……あれ? 何か、予想と違う……)
きょとんとするギーナの心中を察したのか、ミュウが、諭すかのように静かで穏やかな口調で、
「……大丈夫ですよ、ギーナさん。まあ、確かに驚きはしましたが、私達は最早、いきなり体の色がぎんぎらぎんになって強くなった程度で異端視するほど、か細い神経は通ってないですから」
その際なぜか、ミュウの目が何か遠い目になっていたような、失った昔を懐かしむようなものになっていたことが、ギーナには不思議だった。
その理由を彼女が知るのは、まだしばらく後である。
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