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第107話 災厄、再来
あたまの中に浮かんでいる、『サテライト』の地図。
そこに示しだされている、敵と思しき何者かの位置に……少しずつ近づいていく。
周りを警戒しつつも、彼らの存在や位置には気付いていないように装いつつ……近づける限界まで、大回りに。
で、僕らの接近を察知した敵さんが――僕らが自分に気付いてるとはおそらく思ってないけど――距離をとろうとするか、もしくは今のうちに更に王女様に接近しようと動いたタイミングで……
「ギーナちゃん! 今!」
「はい!」
ぐるっと方向転換し、一気にトップスピードで突っ込む。
「っ……!」
「何ッ!?」
幸運にも、敵さんも2人1組で動いてくれていたため、ギーナちゃんと2人で逃げる前に追いつき……拳を一発。
声を上げることも出来ないうちに、僕とギーナちゃんの攻撃でそれぞれダウンした。
一応、ダガーを構えて迎撃に入ろうとしたみたいだったけど、彼らがそれを振るうより僕らの拳の方が早かったので。
意識を失い、地面に倒れこむそいつらを見下ろして残心。
……よし、きちんと気絶してるな。
「よし……さっき先にやったのとあわせて、これで4人。一応、僕らはノルマ達成ってことで」
「はい、お疲れ様でした、ミナト殿。……他の方々は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫大丈夫、このくらいの敵なら、うちの連中は負けはないから」
実際、装備や隠密能力はたいしたもんだった。
気配や魔力を消したり、音を吸収して隠密能力を上げるマントとか、刃から毒がにじみ出てくるナイフとか持ってたし。不意打ちとかされたら、そりゃ脅威だろう。
けど……戦闘能力はそこまでじゃなかったんだよね。
ランクで言えば、いいとこBって感じ。
まあ、気付けないうちに殺されるからこそ厄介なんだろうけど……『サテライト』で位置とか丸わかりな僕らにしてみれば、完全にアドバンテージはこっちにあったし。
だから正直、影の護衛の人達がこいつらに消されたんだとしたら、やっぱり騎士団ほど戦闘能力は高くなかったのかな……とか思っちゃったんだけども。
もっとも、彼らがこいつらに消されたのか、いやそもそも消されたのかって部分自体も不明なわけだし……仮にそうだったとしても、何もできずにやられたとも限らない。
こいつらが最初から12人だったかもわからない。何人か減らしてたかもしれないし。
まあ、考えても答えが出そうに無い疑問なので、早々に切り上げたけども。
それよか僕は、ギーナちゃんに驚かされた。
実は彼女、『訓練生』になる以前は『警備隊』で活躍してたわけなんだけど……そこにいたころからすでに、頭1つ分も2つ分も抜きん出た実力を見せていたらしい。
討伐・逮捕任務はもちろん、護衛、救助、探索までけっこう何でもこなしており……今回みたいな感じの作戦行動も経験したことがあるとか。
そのせいだろう、彼女、緊張することもなく動きがかなりスムーズな感じで、僕としっかりタイミングその他もろもろあわせて作戦を遂行できたのだ。
もちろん、戦闘能力も言う事なし。
身にまとう空気は、ミッションに入った途端にプロフェッショナルのそれに。
一部の隙もない流れるような動きで、攻撃をかわし、カウンターで顎に一撃。以上。
同じように残心して気絶を確認し、その後でようやく息をつく。
その瞬間まで見せている、キリッとした表情とか強気なまなざしなんかは、彼女の無駄の無い動きとあいまって、かなり絵になる感じだった。
そのことを褒めたら……そっちの方が戸惑うらしく、真っ赤になって『まだ未熟者ですから!』ってテンパってた。
いや、何ていうか……かわいいなこの娘。
……あ、そうだ。
そういえば僕……ちょっとギーナちゃんに聞いてみたいことがあったんだっけ。
「……全員がつけている、この胸のエンブレムには見覚えがあります。王都でも最近危険視されている、新興の暗殺者集団の団員の証で……えっと、ミナト殿?」
「ん? ああ、ご、ごめん、ちょっと考え事しててさ……何だっけ?」
「ああいえ、大丈夫です。私から上層部に報告しておきますので。ただやはり、この者達の目的は王女様のようですね」
言いながらギーナちゃんが見てるのは、男の懐から取り出したと思しき、1枚の紙。
そこにはご丁寧にも、今回の「王女様暗殺計画」の細かい作戦内容が書いてあった。
……ナナさんやザリーから前に聴いた話だと、本物のプロはこういうものは残さず、作戦は頭の中に叩き込んでおくものらしいんだけど……実力はあっても、やっぱ駆け出しってことなんだろうか?
ま、情報源や証拠品としては十分なので、こっちとしてはありがたいんだけどもね。
さて、こいつは後で兵隊さんに引き渡すとして、だ。
縛って袋詰めにした暗殺者を肩から担いで歩きながら、さっき思い出した疑問をギーナちゃんに聞いてみることに。
「ところでさ、ギーナちゃん……1つ聞いてみていい?」
「はい? 何でしょう?」
「昨日の模擬戦でさ……」
と、昨日気になった例のことを聞いてみると、ギーナちゃん、はっとしたような、何か気まずそうな雰囲気を前面に押し出した雰囲気になってうつむいちゃって……え、何? 僕何かまずいこと聞いた?
会話が消える。何だこの空気!? 何が起きた!?
「あ、あの……ギーナ、さん?」
「は、はい!? え、あの……なんでさん付けに?」
「その、何ていうか……僕何かまずいこときいちゃいましたでしょうか?」
「しかも敬語!? あ、いやあの……な、何でもないんです、お気になさらず。その、えっと……あくまで、個人的なことですので……」
……地雷踏んだのは間違い無さそうだ。
あの現象も気にはなるけど、これ以上の詮索はしないほうがよさそう……。
しかも、どうやら今のであからさまに距離が出来てしまったらしい。
物理的な距離じゃないけど……会話は消えたまま戻らず、目を合わせてくれなくなった。
しかも、目に見えてさっきより落ち込んでる空気が伝わってくるし……さっきまで『任務中』ってことでまとっていた、凛とした空気もない。
……普段なら僕、会話の無い状態ってのも別に平気なんだけど、こういう気まずい状態ってのはかなりクるというか……
すると、
「あの……ミナト殿?」
「はいっ!?」
「ええと……私からも質問してよろしいでしょうか?」
と、目は見てくれないけれど、一応言葉は発してくれたギーナちゃん。
質問? 何だろ?
いや、この空気の打開につながるならこの際何でもいいんだけども……
「その……ミナト殿は確か、『闇』属性の魔力を扱うのがお得意だと聞きましたが」
「? そうだけど……それがどうかしたの?」
「抵抗はありませんでしたか? その……『闇』の魔力を使うことに。その、ミナト殿を否定する意味ではありませんが、『闇』といえば色々と厄介な部分もありますし……」
詳しく聞くと、こういうことのようだ。
僕も母さんから聞いていたけども、『闇』の魔力は、国の方針や宗教などによっては、邪悪な力だとか悪魔の残照だとか言われて、忌避されることもある。
現に僕も外に出てきてから、何度かそんな感じの同業者その他を見てきた。
幸いにも今んとこ、まだそれを理由にした面倒ごとなんかには巻き込まれたことはないけども。幸い、若干白い目で見られたことが数回あるだけだし、気にしなけりゃいい。
それでも、ギーナちゃん曰く、その力を使うことに何の抵抗も無いのか……ってことらしい。他人に拒否されるかもわからず、偏った見方をされたり噂が立つかもわからないのに、使うことにためらいはないのかと。
聞いてるうちに、さっきまでの気まずい空気がだんだん払拭されてきたのを感じ取れたので、少し気が楽になった。
しかも、それどころか……ギーナちゃんはさっきまでの落ち込み気味の雰囲気ではなくなり、なぜだか真剣みを帯びた表情に。
どうもギーナちゃん、話題づくりでもなんでもなく、なぜか割と本気でこの質問の内容と、その答えに興味があるらしい。何でだろ?
まるで、実際にそういう経験があるみたいな……
「ミナト殿は、怖くはないのですか? 他者から、人間ではない何かを見るような目で見られてしまい、その評価がずっと続いてしまうことが……」
「んー……まあ、怖くないってこたないけど、僕らみたいな職業だと、そういうのそこまで気にしてらんないかさらさ」
冒険者ってのは、基本、実力主義で危険と隣り合わせの職業だから、そこまで細かく気にしてはいられない。必要な時に、必要な力を振るうことが要求される。
それが出来なければ、最悪、命の危険だってある。
それに……個人的には、この力むしろ好きだし。
前世からどっちかっていうと、『光』より『闇』が好きだったし、正統派の真っ直ぐなヒーローより、清濁織り込んだダークヒーローの方が好きだったことも手伝ってるかも。
その結果嫌われたって……まあ、豆腐メンタルだから、平気とまでは言わないけど、必要経費ってことで割り切るべきもんだろう。
自分が気にせず、仲間にまで嫌われなけりゃそれでよしだ。
「……なるほど、やはり、お強いのですね」
「そんなんじゃないって。それに、さ。もしそれが原因で取り返しのつかないミスとかしちゃったら……死んでも死に切れないでしょ?」
「? と、申されますと?」
「これも、軍人とか冒険者とか関係ないんだけどさ……そういうことしてて一番まずい失敗って、もしそれがなかったら出なかった犠牲が出ることとかじゃない? 例えば、味方が自分をかばって怪我したりとか、死人が出たりとか」
「……!」
前にも言ったかもしれないけど、僕がこの職業でやっていく上で……というよりも、この異世界で生きていく上で、何よりも優先すると決めたことがある。
それは、後悔しない生き方をすること。
ギャンブル的な方法に出たり、小ざかしい真似をして結果取り返しのつかないミスをするくらいなら、いくらでもリスクを回避して確実な道を選び、実行する。
できれば、『必要な犠牲』なんて言葉とは無縁の人生を送りたいと思ってる。
例えば、襲ってきた盗賊を撃退したとしよう。
その時、殺すのはかわいそうだと思って盗賊を逃がした場合……その盗賊が後で自分の大切な人を殺した、なんていうことになるのは、物語によくある代表的な悲劇だ。
例えは他に、いくらでも思いつく。
自分の力を過信して無謀な敵に挑んだ結果、当然のごとく死んだとか、
正道から外れた邪道・違法なやり方で甘い汁をすすってたら、そこで致命的なミスを犯して、結果どうにもならずに破滅したとか、
ピンチな人がいたら、ヒーローっぽくギリギリのタイミングで助けた方が、カッコいいし印象もいいし、恩も売りやすい……なんて打算でタイミングをうかがってたら、うまいことその人たちが切り抜けちゃって出番がなくなったとか、逆に死んだとか、
そんな、文章にすると滑稽でバカみたいだけど、実際に起こったらと考えるとどれも洒落にならないような『失敗』。こういうのを極力避ける。
中途半端にやるなら、最初からやらない。やるならやるできっちり、徹底的に。
もし中途半端にやるなら、その結果どう転ぼうと別にどーでもいいような範囲でだけ。
大事なことであればあるほど、想定外の事態が起こったとき、最悪でも自分の力で取り返せないような事態にはならないようにする、それが僕の信条だ。
それが出来ない、しようとしないのが、僕の嫌いな『子供』なわけだし。
まあさすがに、最善を尽くしたけど防げなかったって人まで責める気はないけど。
しかし、だからってそれで諦めがつくことばかりじゃない。前にも言ったけど、僕はそういう失敗のせいで大切な人やものを失うのは絶対に嫌なので、そうならないためになら最善を尽くし、いくらでも非情になることにしている。
「本当に嫌になるような失敗をしたくないから、過去に悔いが残るようなやり方はしない。ま、そのせいで多少無鉄砲になっちゃうこともあるけど……それを理由に、ホントのホントに大切な場面で二の足を踏まないように気をつけてるだけだよ。だから……ギーナちゃん? どうしたの?」
と、
途中からギーナちゃんの声が聞こえなくなり、何だか考え込むようにしながら僕の話に聞き入っていたということに、今さら気付いた。
見れば、斜め下に視線を向けて黙りこくっている。
一瞬、また地雷踏んだか、と慌てそうになったけど……どうも違うようだ。
さっきみたいに落ち込んだ感じはしない。
けど真剣さは、臨戦態勢だった時といい勝負だ。
僕の話に、何か気になるところでもあったんだろうか。
「えっと……また何か変なこと言っちゃったかな?」
「え? あ、い、いえ、そうではないんです。ただ……自分にはやはり、思慮も覚悟も足りなかったのだな、と思い知らされまして……。でも、おかげで本当に大事なことを思い出せた気がします! ありがとうございました、ミナト殿!」
「……? まあ、よくわかんないけど……何か悩みが解決したんなら、何よりだね」
アドバイスした(らしい)僕自身よくわかってないんだけど、ギーナちゃん本人は何か吹っ切ったような顔になってるし、別にいいか。
立ち入って聞くようなことでもないし……と、思っていたその時、
(…………まただ)
さかのぼること数分前。
こいつらの接近に僕が気付くきっかけになった、あの感覚が……再び背筋を走った。
しかし、今も展開中の『サテライト』によると……
(……全員、始末するか気絶させてある……)
シェリーさん達の組も、ナナさん達の組も、それぞれ暗殺者の処理は済んでる。
処理っていうか……情報引き出し要員は僕が確保したので、あとは全員あの世に行ったようだけども。
範囲内に点在していた生体反応は、僕らを除けば、2つだけになっている。
その2つは、今僕が袋詰めにして担いで運んでいるこの2人(気絶中)だ。
あとは全部消えてるってことは……あんまり人数捕まえてもつれて帰るのが大変だから、証拠品だけ回収して死んでもらったってことだろう。
……しかし、だからこそ、
今もある、この感覚の正体が……わからない。
それに……だ。
何だか……ごく最近似たような感覚に襲われたような気もするんだよなあ……。
この、すごく希薄だけど、本能的にそこにいるのがわかるような感覚……まるで、野生の獣みたく巧妙に気配その他を消してるけど、かすかにわかる、って感じ。
(……やっぱ、暗殺者じゃなかったのかな? あの気配の主は……)
サテライトの探知に映っていない、しかし確かに感じる、謎の気配……放っておくには、ちょっとリスクがありすぎるな。
「ギーナちゃん、先行っててくんない? ちょっと調べたいことがあるから」
「え? あ、はい……あ、でしたらそれ、お持ちします。そのくらいなら大丈夫ですから」
「そう? じゃ、よろしく」
ギーナちゃんは僕から、暗殺者2人が入った袋を受け取るとそれを軽々とかついで、小走りで王女様の下へ向かった。
……魔力で強化してるからかもしれないけど、やっぱ力も人並み以上にあるんだな。
その背中を見送り、僕はあたりを探りながら動く。
……気配の他に手がかりが何もない状態で探すってのも新鮮だなとか考えつつ、木から木へ飛び移りながら探すこと数分。
少し前に風向きが変わったからか、風に乗って血の匂いが流れてきたのに気付いたので、そっちに行ってみると……そこには、
「……っ! おいおい、マジですか……」
☆☆☆
ミナトが、気配を頼りに周辺の探索を進め、『何か』を見つける、その少し前、
――ピピピピピピピピピィ―――ッ!!!
「「「!?」」」
上空から聞こえた、そんな甲高い鳴き声。
その声の主を、そしてその声の意味を知っているエルクは、はっとして上を見上げる。もちろん、『サテライト』は維持したままで。
ミナトが遊び半分でアルバに教えた、アラーム音(っぽい鳴き声)。
それが発せられるのは……外敵が近づいてきている時。
なおかつ、自分以外のものがそれに気付いていない時だ。
しかし、自分が展開している『サテライト』には反応はなく、そのことが一瞬彼女を困惑させる。今さっき、ミナト達『各個撃破部隊』からも、敵全滅の知らせが入り……そもそも彼女自身それを確認していたのだから。
が、一瞬間を置いてエルクは理由に思い当たり、すぐさま『チャンネル』を変える。
現在、周囲の人間を探知する仕組みにしていた『サテライト』を、人間ではなく魔物を探知するシステムのものに変換した瞬間……エルクは、アルバが鳴いた理由を知った。
範囲内に探知できる魔物の存在。そのうちの1つが、真っ直ぐにこちらに向かって進んできている。その種類までは……判別できないが。
と、どうやら今のアルバの鳴き声で警戒心を強めた老将・ザヴァルが、接近してくる気配をいち早く悟ったらしい。
王女に手で合図をすると彼女をかばうように立ち居地を変え、エルクが『サテライト』でその魔物の存在を探知した方向を見据える。
長年の経験からか……魔法を使っているエルクを除けばこの中の誰よりも早く、その存在を察知したようだ。
ザヴァルの様子を見て、何かいるのだと悟った騎士達や訓練生らも臨戦態勢に入る。
キザ男こと、テイラーとその子分たちもだ。若干腰が引けてはいるが、王女の目の前で無様な姿はさらせないとでも考えたのかもしれない。
「こちらの方角で間違いないかな、エルク殿」
「えっ? あ、はい……お見事です」
ふいにザヴァルにたずねられ、少し戸惑いつつも肯定するエルク。
「左様か。数や、何が来るかはおわかりになるか?」
「えっと、何が来るかはさすがにわかりませんけど……数は1匹です。あと、人間じゃなくて魔物だと思います」
「な、なんだたった一匹か? 驚かさないでくれたまえ、全く……」
と、テイラーがどうにか体裁をととのえようとしている姿には……当然ながら誰一人目もくれない。
エルクとザヴァルが指し示した方角に視線を向け、警戒している。
いかに魔物1匹だろうと、油断は許されないし、するつもりもない、という雰囲気が、騎士団の面々のまとう空気からは伝わってきていた。
「やれやれ、鬼が出るか蛇が出るか……殿下、くれぐれも我々より前にはお出になさいませんように」
「わかっている。まあ、安心してここで守られているとしよう……ザヴァル、貴様なら、例え本当に鬼が出ようとも負けることはあるまい」
「ふっふっふ……そうありたいものですが、何分私も歳ですからな」
きっちり警戒心は持ちつつも、そんな軽口を交わす王女と隊長。
周りの者たちの緊張を適度にほぐすため……なのかはわからないが、護衛対象である王女様に不安さが見られないという点は、多少なり彼らの負担を減らしたようだ。
……もっとも、
「メルディアナ殿下……たかが魔物1匹、猛将と名高きザヴァル殿のお手を煩わせるまでもありません。このテイラー・リンドールにお任せを、すぐに蹴散らしてきましょう」
このように、リラックスを通り越して調子に乗るのは論外だろうが。
相手が1匹だけ、しかも手練の暗殺者ではなく魔物であると知って、急に気が大きくなったようで、武器こそ手に持ってはいるが、騎士達のように警戒を心にすえてはおらず、完全に気を抜いている。
しかも、子分たちまでそれにならってしまうのだからたちが悪い。
その様子に呆れる王女だが……実は彼女もまた、そこまで深刻な事態とは考えていなかった。それどころか、騎士達もだ。
理由としては、ここが『狩場』であり……ここに出る魔物といえば、管理者によって間引きなどで調整されて残った、『手ごろに狩れる』ような魔物ばかりだからだ。
実質、メルディアナでも狩れるような魔物しかいない。
それならば、確かにザヴァルが出るような事態では到底ありえず……テイラーでも十分対処できる。
その認識が、エルクとミュウを除く全員に共通してあったため、今の軽口に対しても、せいぜい『まーたコイツはすぐ油断する……』程度のものだった。
しかし、別に任せても、確かにちゃんと狩れるだろう、と思っていたのだ。
……数秒後までは。
視線の先の茂みが音を立ててガサッと揺れ、全員の視線が注がれる中で姿をあらわしたその魔物を視界に捕えた、その瞬間、
「……う、そ……?」
エルクが絶句し、
「「……!?」」
ザヴァルが、メルディアナが、予想外の光景に驚き、眉を潜め……
「今だ、撃てェお前達っ!!」
「「「はいっ!!」」
テイラーとその子分たちが、あらかじめ準備していた魔法や弓矢を、その魔物に向けて斉射するという……最も愚かな手段をとった。とってしまった。
轟音と共に大将に殺到した攻撃は、炎と土埃を巻き上げて、その魔物の姿を一瞬で隠してしまうが……しとめた、もしくは深手を負わせたはずだと確信しているテイラーは、にやりと笑みを浮かべていた。
たった今自分が……最悪とも呼べる悪手を打ったとも知らずに。
「おいっ、敵の姿も出方も確認せず、合図もなく攻撃するバカがあるか!」
当然ながら、王女の叱責が飛ぶが、調子に乗っているキザ男は反省する様子もなく、王女をなだめるような『まあまあ』という仕草と共に猫なで声を発する始末。
「ご心配なく、殿下。まあ、確かに少々珍しいというか、見たことのない魔物でしたが……たった1匹ですよ。今トドメを刺しますので、少々お待ちを」
言うなり、子分達を引き連れ、剣を構えて駆け出すテイラーだが、彼はたった今、自分が言った言葉の中の、ある不安要素に気付いていないのだ。
『確かに少々珍しいというか、見たことのない魔物でしたが』
見たことがない魔物。
何度も来ているこの狩場で、魔物の種類も数もきちんと調整されているこの山で……見たことがない。
そして、こういう表現を使うということは……どんな魔物かも知らない。
王族も利用するこういった場所において、ありえないとは言えないまでも、あるべきではないイレギュラー。あったとすれば、当然何らかの理由がある。
今回の場合、他の土地から最近迷い込んだ魔物であるために『間引き』もされず追い出されることもなかった、と考えるのが妥当。
だとすれば、そのイレギュラーもまた、この狩場に普段いるような、簡単に狩れる魔物だとは限らないのだ。
それでも、一応は実力がある方の人物として分類できるテイラーであれば、よほど強力な魔物で無い限り何とかなっただろう。CからB程度の実力はあるのだから。
仮にテイラー達が無理でも、他にも実力者はいる。
騎士団の正規メンバー達はもちろん、隊長であるザヴァル、それに、今正にこちらに向かって走っているギーナもだ。
特にザヴァルは、老体とはいえ精鋭中の精鋭たる『直属騎士団』の隊長、数々の将兵から尊敬の念を集めるその実力は未だに健在であり、冒険者ならばAAAランクにも値する力を持つ。
それを踏まえれば、万に一つ、それらの戦力を持ってしても戦えないような敵でも来ない限り、実の所心配はさほど要らないのだ。
……今回の不運は、まさにその『万に一つ』が起こってしまったことなのだが。
――ヒュボッ
「――え?」
空を切る音と、間の抜けた声がその場に響く。
次の瞬間……土煙の向こうから高速で振るわれた『何か』によって、胴体から上と下が分離してしまった、テイラーとその子分たちが……自分の死にすら気付かぬうちに、ただの肉の塊と化し、その場に転がった。
その目に最早、光は宿っていなかった。
そして、今の攻撃と同時に発生した爆風により、土煙が晴れる。
一瞬のうちに、まるで蝿でも払うかのようにあっけなく6人もの人間の命が奪われたその光景に驚愕する一同の目の前に……その犯人が姿を現し、
その瞬間……見間違いであってほしいと願っていたエルクの希望が……粉々に砕け散った。
(……最、悪……)
ぺたっ、と、
ともすれば『ナーガ』の一件以来かもしれない弱弱しさで、エルクが腰を抜かして地面にへたりこみ、
今まで見たことのない彼女のその様子に、ミュウが驚き、
王女が、騎士団員たちが、ザヴァルが目を見張るその視線の先で……
目をぎらつかせ、
琥珀色に輝く爪を、角を煌かせ、
たった今、ひと振りで6人を真っ二つにした、血濡れの黒い尾をしならせ、
――ガァァアアアアッ!!!
自ら攻撃を仕掛けてきた愚か者達に対し、戦いの始まりを告げるかのように……
『ディアボロス・亜種』は、吼えた。
+注意+
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