『池上彰・森達也のこれだけは知っておきたいマスコミの大問題』(2015)
【トピック】
①池上彰氏、意外と硬派である
② この二人、対談の相性が実に良い(池上氏の“受け巧者”ぶりを差し引いても)
TVではいつも笑顔を絶やさず、人のいいとっつあんにしか見えない池上氏ですが、森氏の人物評を待つまでもなく、本書を通じて
やるな!このとっつあん!
と唸らされる部分が多々あります。
例えば民主党が政権から脱落した2012年12月の総選挙。スタジオとの中継で持論を(例の調子で一方的に)述べる石原慎太郎日本維新の会代表(当時)に、「そんなことを言うから暴走老人と言われるんですよ」と池上が言い放ったとき、僕もテレビの前にいた。当然ながら石原は「失敬だ」と激怒する。でも少し間を置いてから再び繋いだ中継で、「さっきは映像と音がずれていたので、あなたとは知らずに怒鳴って失礼した」と開口一番に謝罪する石原を軽くいなしてから、中継終了後に「相手によって態度を変えるんですね」とぽろりと言う。
あるいは大勝が確定した安倍晋三首相に対して、「憲法改正に向けて、これから一歩一歩進んでいくということですね」と中継終了間際に素早く質問する。もう残り時間はない。安倍は思わず「そういうことですね」とうなずき、してやったりとばかりに池上が「わかりました。ありがとうございました」と宣言した瞬間に中継は終わる。
したたかですねえ、とっつあん。
最後の最後で視聴者に印象づける演出の仕方。相手の力量、頭の回転を見込して問いを投げかける絶妙のタイミング。手練れのTVマンの恐ろしさ。
しかし森氏は、こうした大向こうを唸らせる池上氏の立ち居振る舞いよりも、もっと地道なところに池上氏の本質があると言います。
党首や候補者への私のインタビューは、ジャーナリストとして当然のことをしたまでで、これに関する評価は面映ゆいものがあります。(中略)私の質問に対する政治家各氏の反応はさまざまでした。怒り出す人、論点をずらして反論を試みる人、他党の例を出して誤魔化そうとする人、絶句する人・・・。期せずして政治家の性格やレベルが浮き彫りになりました。こうしたインタビューが評価されるということは、逆に言えば、これまでの政治番組や選挙特番が、政治家に対して、厳しい質問をしてこなかっただけなのではないでしょうか。
「当選おめでとうございます。いまのお気持ちは?」レベルの質問をしていては、政治家の答えも容易に予想できます。聞かずもがなの質問。それでは「いい質問」ではないのです。
予定調和に終始するなら、メディアなんていらない。
そんな池上氏の啖呵が聞えてきそうな自己評価ですね。
この池上氏の自己評価への、森氏のコメント。
相変わらず語調は優しい。にこにこと微笑む表情が見えるようだ。でも書いていることはこれ以上ないほどに辛辣だ。そして本質を突いている。ただしその切っ先の方向は、常に為政者とメディアだ。つまり強者。
お二人とも非常に容姿から年齢が分かりにくいので補足しておきますと、池上氏が1950年、森氏が1956年の生まれ。
ちなみに昨年から急速に、池上氏へのコミットが増えだした佐藤優氏は1960年ですから、池上氏と同い年生まれなのでした。なるほど。根っこは同じ硬骨漢で、しかもタメだった訳ですね。それは意気投合しますわ。いかん脱線注意。
硬骨漢ぶりではひけを取らない森氏が相手ですので、対談は自ずと両者のマスコミ観と、その現状を確認しあう方向に収束していきます。興味深い話がポンポン飛び出して、まさにスイングしまくりです。
池上 あるいは逆に、戦争を人気取りのために利用しなかったマスコミもあります。1982年にフォークランド紛争があったときのBBCです。アルゼンチンがフォークランド諸島を占領したといって、イギリス軍がフォークランドのアルゼンチン軍を攻撃した。これをBBCは「イギリス軍対アルゼンチン軍」と報道していた。そうしたら議会にBBCの会長が呼び出されて、保守系の議員から、「なんで〈我が軍〉と言わないのか?なんで〈イギリス軍〉なんて他人行儀な言い方をするのか?〈我が軍〉と言うべきだ」と追及されました。それに対してBBCの会長はなんと言ったか?彼はきっぱりと、「愛国心について、あなたからお説教される筋合いはない」と答弁しました。かっこええと思いました。マスコミとして毅然としていますね。
長野県松本市出身の池上氏も、思わず関西弁になっています。
BBCは公共放送であっても、国営放送ではない。そう言ってしまえばそれまでですが、これは今のNHKにとっては強烈な皮肉ですね。支離滅裂な発言を繰り返す籾井会長の、メディアとしての当事者意識の低さ。かっこ悪いもんなあ、籾井会長。
同じような文脈の発言が森氏からもあります。
森 戦場ではないけれど、ホワイトハウス担当の女性名物記者がいましたね。けっこうなおばあちゃんになるまでずっとホワイトハウスを担当した人、ヘレン・トーマスでしたっけ?彼女はプレス会議の際にブッシュ大統領に対して、「あなたが決断したイラク侵攻は数千人に及ぶアメリカ人とイラク人に死を招き、アメリカ人とイラク人に一生涯にわたる傷を負わせました。(侵攻に当たり)提示されたすべての理由が真実でなかったことはすでに判明しています」と述べてから、「私の質問は、あなたはいったいなぜ戦争をしたかったのか、ということです」と迫っています。・・・震えるほど格好いいです。
権力への抑止性。弱者への加害性。マスコミに内在する二面性についても、両者の見解は極めて近しいものがあります。
池上 なくなって初めて、新聞というのは「民主主義のインフラ」だったのだということがわかってきました。
森 「新聞をなくして政府を残すべきか、政府をなくして新聞を残すべきか、そのどちらかを選ばなければならないとしたら、私はためらうことなく後者を選ぶだろう」と言ったのは第三代大統領のトマス・ジェファーソンです。
最後に恒例?の森節(もりぶし)を一発。
メディアはもっと負い目を持つべきなんです。こんな仕事、エリートでも何でもない。人の不幸を飯の種にしていると、ときおり思い出すべきです。誰かがきっと傷ついているとたまには思うべきです。見方によってはとても卑しい仕事なのだと胸に刻むべきです。
しかも凄まじい加害を及ぼす場合もある。アメリカではイラク戦争の際に、ブッシュ政権の大量破壊兵器をめぐるデマゴーグに結果的にはメディアが加担して、その帰結として何万人もの人が死んでいます。(中略)
でもこれを言い換えれば、何万人もの人の命を救うこともメディアにはできるわけです。そういう仕事です。だから・・・二転三転するようだけれど、胸を張ってほしいとも思います。負い目を持ちながら胸を張るべき仕事です。
いや、あなたも震えるほどかっこええです。
舌鋒鋭いマスコミ論がバシバシ飛び出してくる本書。
マスコミへの興味の有無に関わらず、若い人には是非読んで欲しいと思います。
中学生ならばちょっと背伸びして。高校生なら、せめてこのぐらいの本は普通に読めるようになってくれい。
「かんたん解説」の池上さんだぞっ!
以上 ふにやんま