新しい瀬戸内法 理念転換で豊かな海へ
毎日新聞
瀬戸内海環境保全特別措置法(瀬戸内法)が議員立法で改正され、今年10月に施行された。公害などで「死にひんした海」だった瀬戸内海をきれいにする目的で1973年にできた水質規制中心の法律を抜本的に見直し、「豊かな海」にするために大きく転換する。
改正法は、「海のゆりかご」と呼ばれる藻場・干潟の再生、海底や海岸のゴミ除去、生態系の保全のほか、沿岸地域の生活にかかわってきた文化的景観の保護もうたう。こうした多様な施策を湾や灘(なだ)など海域の状況に応じて策定し、取り組むために行政や漁業者、住民らによる協議会作りを求めた。これらを府県ごとの計画の土台とするという。
法の趣旨を転換させた背景には、赤潮などを招いてきた「富栄養化」の状態から、多様な水産資源が育たない「貧栄養化」の海に様変わりしたことがある。
川の上流にダムができ、河川の護岸も整備され、森林や田園地帯の土に含まれる栄養分が海に流れなくなったことや、開発による藻場・干潟の減少が影響している。また各地に下水処理場が整備され、生活排水に含まれるリンや窒素などが海に供給されなくなったとの指摘もある。リンや窒素は、海の生態系の下層に位置する植物プランクトンの生育に欠かせない栄養素だ。
この結果、瀬戸内海での漁獲高は82年の約46万トンをピークに減り続け、最近は20万トンを切る水準で推移している。漁業者からは、カレイなどの底ものが取れず魚種が少なくなった、ノリの色づきが悪いといった声が聞かれる。どの浅瀬にもいたアサリの漁獲はピークの100分の1以下に落ち込んでいる。瀬戸内海はいまや「貧しい海」になりつつあるとも言える。
豊かな瀬戸内海にするには、幅広い取り組みが不可欠になる。改正法は、取り組みの理念として「里海」の考え方を打ち出した。
里海とは、人手が入ることで水産資源の多様性や生産性が高まり、生態系も維持されている海である。沿岸の漁業者や住民だけでなく、都市から訪れて海を利用する釣り人や観光客、その海に注ぐ川の流域に暮らす人、上流の森林にかかわる人の力も必要になるだろう。
ハードルは高いかもしれないが、里海を合言葉に地域や立場を超えた交流が生まれ、地域づくりのアイデアや種が育ちそうだ。それが人やにぎわいの好循環につながり、新たな可能性も広げるだろう。
瀬戸内海の景観と水産資源、そこに息づいてきた暮らしは日本の大きな資産でもある。これからの動きに注目していきたい。