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緑広がる広大な渓谷が特徴的な五十一階層から攻略は進み、現在は五十四階層まで努たちは足を進めていた。エイミーは五十一階層での恒例行事である攫い鳥空中遊泳を自身の力で難なく乗り越え、フライの制御は問題なしとカミーユにお墨付きを受けた。
そして肝心の戦闘もエイミーはここ一週間じっとしていたわけではなかったのか、動きはそこまで鈍ってはいなかった。それにアタッカーとしての動きも努から見ては悪くない。エイミーは以前のように個々で狩りをするような動き方ではなく、出来る限り仲間と合わせて行動しようと動いているように努には見えた。
「コンバットクライ」
「プロテク、ヘイスト」
四匹の槍角鹿と三匹の草狼にガルムが赤い闘気を放つ。それに釣られて雄叫びを上げた七匹がプロテクの付与されたガルムに迫り、ヘイストをかけられたカミーユとエイミーが槍角鹿に迫る。
「そぉら!」
カミーユが大剣で槍角鹿の角を正面から受け止め、力任せにその角を叩き切る。痛覚のある角を折られて怯む槍角鹿。その喉元にエイミーがするりと入り込む。
双剣が柔らかい喉に突き刺さり、エイミーはぐっと捻る。ごぼごぼと血を流しながら槍角鹿は地面に伏した。
すぐにエイミーは遠距離スキルの双波斬を槍角鹿の背中へ飛ばして自身の方へと振り向かせる。
ガルムは二匹の槍角鹿の突きを大盾で受け止めるとシールドバッシュで二匹を弾き飛ばし、続く草狼の突進を三匹丸ごと受け止めた。唸り声を上げる草狼三匹と押し合いをしているガルム。
ガルムはその押し合いを放棄するように力を抜いて後ろに下がった。いきなり弱まった押し合いに驚いて前へよろめいた草狼の頭に、大盾の鋭利な下部分が突き刺さる。もう一匹の胴体を蹴り飛ばした彼はすぐに頭から大盾を抜いてまた構える。槍角鹿の突進を受け、少し身体を浮かせながらも耐えるガルム。
カミーユとエイミーはすぐに槍角鹿を二人がかりで瞬殺し、ガルムにまた飛びかかろうとしている草狼を撃破。ガルムが大盾で攻撃を防いでいる槍角鹿の後ろ足をカミーユの大剣が横から叩き折り、体勢を崩した槍角鹿にエイミーが飛びかかった。
「岩割刃」
槍角鹿の頭蓋を容易に貫いた双剣は脳を貫く。その致命的な一撃に倒れ伏して光の粒子を撒き散らした槍角鹿。
ガルムに攻撃するのを止めて後ろへ振り向いた槍角鹿は彼の大盾で頭を殴られ、笛のような悲鳴を上げて気絶した。カミーユが大剣でその頭を落とすと、槍角鹿は光の粒子を纏わせながら身体を消失させる。そしてポトリと落ちた無色の中魔石をエイミーが拾い上げた。
(暇だなぁ)
努は構えていた杖を下げて辺りを警戒しながらも心の中で呟く。
渓谷では景色の見通しが悪い分奇襲への警戒が必要だが、その分戦闘が長引かない限り連戦は起きにくい。ガルムが敵全員を引き付ける間にエイミーとカミーユが時には個々で、時には連携しつつもモンスターを素早く倒す。ガルムもそうそう崩れることはないので努が一、二回支援スキルをかける頃には戦闘が終了してしまっている。
(ん……。このペースだと時間的に峡谷入りして一階層更新したところで終わりくらいか。エイミーの肩慣らしに一、二戦挟んでるけど、いらなかったかもな)
エイミーとガルムが魔石を拾っては投げ渡してくるのを受け取りつつ、努はそんなことを考えながらも魔石をマジックバッグに収納していく。そしてフライで四人は浮かび上がって森を抜け、カミーユが先行して先んじて見つけている黒門を目指す。
今回はエイミーの最高階層を上げるためのダンジョン攻略なので、あまりモンスターを倒すことを意識していない。なので龍化させヘイストを最大限かけたカミーユに黒門を先に見つけて貰っている。
そして四人の連携を慣らすために一、二回戦ったらすぐフライで森を抜けて次の階層へ進むことになっていた。五十五階層までの渓谷で空を飛ぶモンスターは攫い鳥と、時偶出現するワイバーンくらいだ。なのでフライをきちんと使えるならば空中から黒門を探すと見つけやすい。
それを繰り返して昼過ぎには渓谷を難なく突破して五十六階層の峡谷に到着。遠くを見るように手の平を目の上に当てて切り立つ崖を眺めているエイミー。そんな彼女を横目に努は昼食の準備をし始めた。
大きいスライムマットを地面に敷いた努は、続いて折り畳み式の低い机を出した。そして地面に三脚のついた魔道具のコンロを設置する。火の魔石を下へ装着して無色の屑魔石をいくつか入れると、火の魔石が赤く光ってコンロから細長い火が立った。そこに網を乗せた後に作って貰ったポトフの入った鍋を置いて煮立つまで待つ。
カミーユとエイミーは努が支度する様子を眺めながらも、二人でスライムマットの感触を楽しむように体育座りでゆらゆらとしている。その様子を見て何だか二人は親子みたいだなと努は思いつつも、念のため辺りにモンスターがいないかどうか索敵してきて貰っていたガルムが帰ってきたのを確認する。
「見える範囲にはいなかった」
「そうですか。ありがとうございます」
「うむ、……いい匂いだ」
この前努がミシルへ冗談で口にしたことをまだ覚えているのか、ガルムはやたら努の料理を褒めるようになっている。まだ匂い立つほど煮立ってるかな、と努は内心思いつつも、無色の屑魔石をいくつかトングで取り出して火力を調整する。
低い机に皆の髪の色を目印に分けられているコップを置き、努はピッチャーに入った麦茶を注いだ。カミーユは赤、エイミーは白。ガルムは青の混じった黒色の髪なので藍色だ。自身の黒色のコップに麦茶を注いで一口飲んだ努は、鍋の中身をかき混ぜつつ皿を準備する。
今回のソリット社の謝罪で努の悪評はなりを潜め、彼が以前利用していた店からは様々な謝罪を受けた。それで宿屋とも和解したおかげで今後努が料理を作らなくとも、そこの料理番にお金を持って頼めば料理は作ってもらえる。別段料理が大好きなわけではない努は、朝早く起きるのを嫌ってポトフはその料理番にレシピを伝えて作って貰っていた。
具材の種類が多いポトフを努はお玉でかき混ぜて温め終わった。ガルムとカミーユが既に食器やパンの準備をしてくれていたので、努はお礼を言いつつも深皿にポトフを入れ始める。標高が高いせいか少し肌寒く感じる峡谷。そこで食べる暖かい食べ物はいつもより美味しく感じられるので、努は結構食事の時間を楽しみにしていた。
(登山部の秋山君が言ってたことはほんとだったんだなぁ)
大学で登山サークルに入っていた、やたら努を登山に誘ってきた友人の秋山。その男が山の上で食べるカップラーメンは美味い、と連呼していたことを思い出した努は、帰れたら一緒に行ってみようかなと思った。
食事の準備が整うとエイミーがうずうずした様子で座っている。努がどうぞというと彼女はパンをかじってポトフに入っているじゃがいもをスプーンで掬う。努も両手を合わせた後にポトフへ手を付けた。
見知った食材がこの世界には多いが中には努が見たことのない謎の食べ物も一定数存在する。そんな食材が少し入っているポトフに努はそれを食べてはびっくりしながらも食べ進めていく。
「うむ、やはりツトムの作るポトフは美味いな」
「久々に食べたけどやっぱり美味しい!」
「あはは……」
ガルムがそうぽつりと言うとエイミーもそれに賛同しながら食事を進める。努が気まずそうな笑みを浮かべていると、カミーユが二人を見て露骨に大きなため息をついた後にスプーンを机に置いた。
「ツトム。これは本当に君が作ったポトフなのか?」
「えぇ? そうでしょ?」
「具の量や種類がいきなり増えているし、何より塩の量が少し多い。今までの統一された味付けとは細かいところがまるで違う。恐らく他の者に作らせたのではないか?」
「……よくわかりましたね。そんな変わらないと思うんですけど」
カミーユの細かい指摘に努が驚きながらも味を確認するようにポトフを口にすると、彼女は自身の推察が当たっていことに安心してにっこりと笑った。横のエイミーは気まずそうに目を逸らしていて、ガルムは絶望したような顔で下を向いている。
「料理は私も自信があるからな」
「へぇー。凄いですね」
「ふふふ。今度は私が昼食を作ってこようか? 次回は私の家に来てマジックバッグに収納していくといい」
「お、本当ですか? それはありがたいですね」
「それなら私もポトフを作ってみようと思う。今度レシピを直接教えてくれないか?」
「えぇ。いいですよ」
お互いにこにことしながら料理話に花を咲かせている二人を見てエイミーは気に入らなそうにポトフを口にし、ガルムは謝るタイミングを失って若干目をおろおろとさせていた。
エイミーは料理をほとんどしたことがないので二人の会話に入れず、その苛立ちを表すかのようにすぐ食事を完食した。そして峡谷の様子を見てくると装備を整えて出て行ってしまった。
そのエイミーの様子を見てカミーユは若いなぁと思いながらも、食事を完食して食器の片付けを始める。努もその後完食して食器を水で流した後にマジックバッグに収納した。
それから十五分ほど小休憩を挟むことにした努は、何やら全力で辺りを走り回っていたエイミーを迎えて四人で話し合った。
「取り敢えず今のところは何も問題ないように自分は感じていますが、皆さんは何かありますか?」
「べっつにー? 私は無いかな?」
「私もないな」
「私もだ」
「……終わっちゃった。まぁ確かに順調そのものですしね」
努は三人の言葉にがっくりと肩を落とした。確かに渓谷での戦闘は何も問題なく進んでいるので反省することはなかった。一度連戦することはあったが難なく超えられたので峡谷でもあまり問題はないと努も感じている。
「そうですね……。エイミーは峡谷のモンスターは大体知ってますよね?」
「うん。一番台でいっぱい見てたからね。大体わかるよ」
「なら問題ないかな……。あ、ワイバーンの尻尾の麻痺毒には注意して下さいね。特にフライ時に食らうとフライの制御も出来なくなってしまうので、空中では出来るだけ食らわないようにして下さい」
「うん、わかったー」
「……まぁ後は実践で慣らしていきましょうか」
エイミーの気軽な受け答えに努は安心したように笑いながらもそう答えた。元々三人でも超えられたのだから、エイミーが加わったことによって負担は軽くなった。
話が終わりひんやりとしたスライムマットに寝転がった努は両手を上にして身体を伸ばした。その後努はエイミーにマットを撒かれて芋虫のようにされていた。
エリアルヒールをエリアヒールに修正
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