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プロローグ その男、人気実況者につき(ダイジェスト版)
書籍版1巻部分(1章〜3章)の各話を約1/3以降ダイジェスト化しました(5/9)
背丈ほどの草木で覆い尽くされた湿地に立つ、ひとりの男が居た。
白銀に輝く長い髪を後ろで結い、同じく抜けるような純白の鎧を身にまとった男。
霞がかった湿地は、視界が悪く、湿った空気が相まって不快極まりない場所だったが、男は気にする様子もなく、無心のままその時を待っていた。
霧の向こうに居る、巨大な影が現れる時を。
空気が揺れる。
男が動く。
男が手を伸ばしたのは、背に背負った黒い鞘に納められた一振りの刀だ。
そして柄を握り、刃を解き放つ。
刀が持つ尖り互の目の刃紋は寒気がするほど美しく、とても現実のものとは思えない。
──そう、これは現実ではない。
その刀も、湿地も、草木も、そしてその不快感も──プログラムの命令により彼の脳が創りだした、ただのまやかし。
男は仮想現実世界「ドラゴンズクロンヌ」に立つ、ひとりのプレイヤーだった。
『抜いた!』
男の視界の端、ポップアップしたウインドウにメッセージが浮かぶ。
『おおっ、興奮してきた!』
さらに続けて表示されるメッセージにチラリと視線を送った男は視線を動かし、別のウインドウを表示させた。
メニュー、配信──
新しく表示されたウインドウには若干のタイムラグはあるものの、今男が見ている光景がそのまま映し出されていた。
「……よし、配信はオーケーだな」
男はひとりごちながら、ウインドウの脇に表示されているめまぐるしく増えていく数値に視線を移す。
視聴者数と書かれた数値はゆうに五桁を越え、未だ落ち着く気配は無い。
それは、男と視界を共有しているプレイヤーの数……つまり、数万のプレイヤーがこの男の「動画配信」を視聴していることを意味していた。
「それじゃあ、始めようか」
『おおお! 待ってましたっ!!』
男の声と同時に、男の動画配信を見ている視聴者のコメントに熱が入る。
『え、もしかしてこの戦いもその体力で挑むわけ?』
動画配信画面に映っている男の体力らしきゲージはほぼ底を突き、危険を示す赤色に光っている。
それはつまり、男がすでに危機的状況にあることを示すものだ。
「当然」
コメントにそう答える男には、減った体力を回復する様子は無い。
男はおもむろにいくつかの能力を発動させた。
受けたダメージを攻撃力に加算させる、クラス「侍」のスキル【金剛武芸】に、瀕死状態でステータスをブーストさせる【不屈】──
ばしゅう、と男の周りが赤く輝き、身体の奥底から力が湧き出てくるような高揚感が生まれる。
『マジか!』
『きたきたきたっ!』
『頑張れ!』
ざわめくメッセージウインドウ。
ぶわりと霞が揺れ、空気が恐怖した。
それは「敵」が来た証拠だった。
「……愚かなり小さき者よ」
霞の向こうから、地面を揺るがすような低く恐ろしい声が放たれた。
そして光る二つの赤い目──
空気を震わせ、霞を払いのけるように現れたのは巨大な漆黒の翼を持つドラゴンだった。
「しかしここまで辿りつけた事をとりあえずは褒めて」
「あ、スキップ」
ドラゴンの声を遮るように放たれた男の言葉に、時間が停止してしまったかのようにドラゴンの動きがぴたりと止まる。
『イベントシーンをスキップします』
無機質なデジタルボイスが放たれる。
そしてその声が消えたと同時に、耳をつんざくドラゴンの咆哮が周囲の霞を消し飛ばした。
漆黒の血族専用のスキル、【眷属の咆哮】──
数秒間、周囲のプレイヤーに気絶の状態異常を与える凶悪スキルだが、【聴覚遮断】スキルを持つ俺には効かない。
わずかに笑みを浮かべた男の左足が地面を蹴る。
ばしん、と足元のぬかるんだ泥土が空に舞い上がる。
それは瞬きほどの一瞬だったが、すでに男の姿はそこには無かった。
『月歩キタっ!!』
『かっけぇ!』
※以下ダイジェスト──
光の帯を連ねながら、男がドラゴンに襲いかかる。
ドラゴンが防御行動に移り、男を払いのけようとするが男は怯まない。
熱を帯びていく放送のメッセージウインドウ。
その時、ドラゴンの口から湿地の水分を全て蒸発させるかと思うほどの業火──予備動作無しの【ドラゴンブレス】が放たれた。流石に無理だったかとリスナーたちの間に落胆の色が広がる。
しかし、男は無事だった。
背に逃れた男は光の帯をまといながらドラゴンを翻弄する。
右に捻り、左に飛ぶ。
そして、頭部へと到達した男は愛刀を鞘へと収めると即座に抜刀する。
己の防御力をダメージに上乗せするスキル【乾坤一擲】──
六桁を超す凄まじいダメージを受けたドラゴンが断末魔の叫びを轟かせながら落下を始めた。
一刀の元にドラゴンを屠った白亜の鎧を着た男。
それが、このゲーム「ドラゴンズクロンヌ」の最強の一角と名高いモンスター、覇竜ドレイクを人気実況プレイヤーアランが斃した瞬間だった。

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