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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第7章 王都大波乱滞在記

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第106話 狩場に漂う暗雲

 

 ――ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ

 軽快な蹄の音を響かせて、荒野を疾駆する馬。
 乗っているのは、アクティブさで定評のある第一王女様である。

 彼女は今、趣味である遠乗りと兼ねた、狩りをするために馬を駆っている。

 その後ろには、彼女およびその姉妹、そして父親の懐刀……精鋭と名高い『王族直属護衛騎士団』が、護衛としてついてきている。
 さらにその隣に並ぶ、もしくは後ろに続く形でついてきているのは、王女が私的に誘った猟友達その他。

 それとなぜか、ギーナちゃんやキザ男など、『訓練生』も数名ついてきている。

 ……で、その隣を普通に自分の足で走っているのが、僕。

 
 ……この状況は何なのかというと、話は昨日、訓練所で王女様に声をかけられたあの時にまでさかのぼる。

 
 ☆☆☆

 
 『明日暇か』と聞かれた後、その理由を聞いた。
 何かと言うと、狩りに付き合ってほしい、というものだった。

 やりすぎなまでに活発かつ行動的な性格として知られるメルディアナ王女は、どうやら狩りが趣味であるらしい。

 城の中でお茶会なんかしたり、本なんか持ち寄って読んだりするのが普通の貴族の過ごし方であるらしいんだけども、この人はそんなもんつまらんと鼻で笑う。
 暇を見つけては馬を駆り、近隣の狩猟場に行って狩りに興じるそうだ。

 ちなみに王女様、狩りが好きなだけあって体力はかなりある。
 というか、戦闘力がかなりある。

 物好きというか個性的な性格は小さい頃からだったらしく、勇猛に戦う騎士たちの姿に憧れて、無理言ってその訓練に参加させてもらっていたらしい。

 しかも、その姿に感心した王様(元騎士)が、面白がって暇を見つけて訓練なんかつけてたわけで……

 その結果、騎士団レベルとは言えないまでも、王族や貴族としては破格とも言っていいフィジカルを身につけており、身体能力だけなら冒険者ランクでCにも値するらしいから驚きだ。

 もともと才能があったんだろうとか、さすがはあの王様のご息女だとか、色々言われているそうだ。

 もちろん、乱暴だとかはしたないとか言って、快く思わない人もいるらしいけど。主に、冒険者や軍人を『野蛮人』でひとくくりにするような人とかが特にうるさいらしい。
 礼儀ただしく常識人である妹と比べられることもしばしばだそうだ。

 さて、話がそれた。今言ったとおり、その王女様の趣味は狩りなわけだけど、もちろん王女様1人で『狩場』なんて危ない場所に行かせてもらえるわけもない。

 『狩場』っていうのは、その名の通り、貴族や王族が趣味で狩りを楽しむために魔物を放し、繁殖や個体数調整を行って整えられたハンティング用のエリアである。

 とはいえ危険であることに変わりは無いため、それなりの腕を持つ護衛を、それなりの数きっちりつれて行くのが当然である。

 当然それは、メルディアナ王女も同じである。活発なお姫様を育てた、おおらかな性格の国王様も、さすがに護衛無しで、自分の実力で狩りに行くのを許したりはしないし……王女様自身、自分の実力の限界や、王都の外の危険性なんかはきちんと理解していた。

 なのでいつも今回のように、『直属騎士団』を護衛につけて連れて行くらしい。

 それに加えて、貴族の中でもメルディアナ王女と仲がよかったり、狩り友達である連中も一緒に行くことも多いそうだ。……それ相応の体力がある人に限られるけども。

 王族と親交を深めようと参加を希望するものは多くいたらしいが……必然的に、不摂生なメタボ貴族や運動神経の欠片も無いヒョロ貴族はアウトなわけだ。

 さて、だいぶ前置きが長くなったけども、
 その、護衛の騎士団や貴族仲間も一緒に行く『狩り』に、今回僕らも誘われたのだ。

 冒険者を同行させるのは初めてだが、普段見ることのない戦い方をする者達と狩りに興じるのも面白そうだし、安全面でも貢献してくれそうだから、と。

 さらに王女様からは、『お前の兄の許可はすでにもらってあるぞ?』とのお言葉。
 この場合の兄って言えば、ほぼ間違いなくドレーク兄さんなんだろうけど……なら問題ない、のかな?

 まあ、護衛の戦力が増える、って意味で単純に考えられたんだろうし……ブルース兄さんあたりにでも僕のことは聞いたのか、一応信頼もされているようだ。そして僕は、その信頼を裏切るつもりも微塵も無い。

 なので、それならOKです、と返事を返し、王女様はたいそう喜んでくれた。

 その後、帰りがけに偶然ドレーク兄さんと会ったので、一応ホントにそういう話になってるのか確認を取ってみたけど、本当だった。

 その時一緒に、さっきのお姫様の狩り好きの話や、行く時には『直属騎士団』が丸々1隊一緒に行くので、護衛の戦力にあまり心配はいらない、とも聞いた。

 さらに、王女様にも内緒で、影から隠れて護衛している連中もいるそうだ。忍者?
 過保護……では決して無いといえるだろう。仮にも一国の王族が、危険区域に出向くんだから。

 一番いいのは『行かない』ことなんだろうけどね。ま、元も子もないけど。

 
 ☆☆☆

 
 さて、今正にその狩場に向かってる所なんだけども、僕のばかげた身体能力のことを報告で聞いていた王女様が、見てみたいって言ってきたので……馬での移動も空き始めていた僕は、気分転換と準備運動をかねて自走することに。

 案の定というか、馬に併走する脚力を持続させる僕を見て、あっけに取られる護衛兵や狩り仲間の皆さん。

 そして王女様は、彼らのぽかんとした顔と、ホントに馬の速さで走ってる僕(まだ余裕)を見て、愉快そうにしていた。

 なお、今日はザリーも一緒にいる『邪香猫』メンバーは、新入りのミュウちゃんも含めてほぼ無反応。この程度はすでに慣れっこなのである。

 せいぜい、驚く兵隊さん達を見て『あー、わかるわかる』『昔は私もそうだったなあ』なんていう感じの遠い目をするくらいのもんだ。

「しかし、見れば見るほど、聞けば聞くほどとんでもないな、貴様。本当に人間か? 獣人族でもない限り、そんなに走れる奴など私もそうそう知らんぞ?」

「だと思います。というか、一応いるんですね、知ってる中に」

「大部分が貴様の血縁だがな」

 ……さいですか。

「まあ、見たのはもう随分前になるが……ドレークは馬を余裕で置き去りにしていたし、アクィラの奴は魔法で飛ぶからな。貴様の血縁以外だと……せいぜい2、3人か。ザヴァル、お前は出来るか?」

 そう王女様が尋ねたのは、彼女の横……僕の反対側を(馬で)併走している、ザヴァル、と呼ばれた渋い顔のオジサマである。

 しかし決して中年太りではなく、ガチムチに近い筋肉質なボディを持ち、それを軍服に包んでいる。胸のエンブレムは結構豪華で、かなりの高官であることがうかがえる。

 短い白髪と鋭い目、髪と同色の、整えられた口ひげと眉毛が特徴的な、存在感・威圧感バリバリのスーパーなオジサマだ。

 ザヴァル・ベルーゼン。王族直属護衛騎士団4番隊隊長。軍人としてこの国に仕えて半世紀にもなるという古老にして、幾多の戦場で敵を打ち倒し、暗殺者や襲撃者から王族を守りぬき、そして一番多く第一王女様の『狩り』に同行してきた人らしい。

 そしてその老練の隊長殿は、王女様からいきなり振られた話にも戸惑うことなく、軽く会釈を返すと共に落ち着いて答えていた。

「いえ……この老いぼれにはさすがに厳しいというものです、殿下。数秒ならばともかく、このように何分、何十分と走り続けるのは、やはり無理かと……軍の中でも、できるものなどごくごく限られてくるでしょう」

「なるほど、やはりか……ならもし軍に入ってくれれば、かなりの戦力になるな?」

「私は直接、昨日行われたという訓練を見ていないので、断定は出来ませんが……推測でよろしいのであれば、是でしょう。ですが、仮に入ったとしても、まだお若い様子。力だけでは渡っていけない世界です、学ぶべきことはやはり多いでしょうな」

「なるほどな。やはり、入るなら早い方がいいそうだぞ?」

 まだ言いますか、あんたわ。

 懲りずに今日も勧誘してくる王女様は、どうやらこの『狩り』で、直属騎士団の面々と共に、昨日見定め切れなかった僕の実力を詳しく見るつもりらしい……っていう予想を、昨日宿に帰ってからナナさんとザリーに聞かされた。

 しかも、今朝出発前にそれとなく聞こうとしたら……聞く前に向こうからぶっちゃけられた。
 人材獲得にとことん貪欲。困ったもんだ。

 まあ……真っ向からきてくれる分、水面下でこそこそ何かされるより、わかりやすいし色々と助かる。面倒なだけでなく、イライラするしね、そういうのだと。

 もっとも本人曰く、この『真正面から交渉する』っていうのも、僕の性格を分析した結果から考えた作戦らしいんだけど……それ僕に知らせちゃってよかったんだろうか。

 すると、

「おっほん!!」

 と、わざとらしい咳払いが斜め後ろから。

 チラッと視線だけ向けると――んなことしなくても誰がいるかはわかってるんだけども――そこには、馬に乗って駆けている、昨日のキザ男……名前なんだっけ?
 まあいいや、昨日のキザ男がいた。

 英才教育とやらのおかげで、一応体力も実力もそれなりにはあるこいつは、おどろいたことに王女様の猟友の1人でもあるらしい。

 人格的には問題ありだけども、一応体力面での実力はあるということで、こういった狩りには一緒によく参加しているそうだ。
 王女様も、一応将来有望ではあるから、ということで許容しているとか。

「王女様、お戯れはおよし下さいませ。ドレーク総帥の弟君という出自には確かに私も驚かされましたが、だからといって国で要職につけるわけでもありません」

「? なぜそう思う、テイラー・リンドール」

「ドレーク総帥の血縁とはいえ、彼自身は爵位も何も持たない、ただの冒険者です。加えてドレーク総帥は、公務におけるあらゆる扱いにかかり、自らの血縁を、それそのものを理由に優遇することは一切無いと明言なさっていました。であれば当然かと」

 ふーん、そうなのか。

 まあ、当然っちゃ当然か……うち、兄弟多いし。兄さんとの血縁で優遇されるんなら、ブルース兄さんに、ノエル姉さんに、ダンテ兄さんにウィル兄さんに……相当な人数がえこひいきされるだろう。それを防ぐための文言ってわけだ。

 それを考えれば、血縁だろうと僕を要職につけることなんて出来ない、というキザ男の主張は、正しいといえば正しい。

 が、王女様は、何だそんなことか、とでも言いたげな目をして、

「そんなことは私も知っている。確かに、ドレークの血縁だからという理由で特別扱いすることなど、王女である私にも出来ん。やろうとしても父上に止められるしな」

「でしょう? であれば……」

「が……しかし、だ。別にドレークは、えこひいきはしないと言っただけで、『職に就く』ということまで禁じてはおらんぞ? 個人の実力で、な」

「はい?」

「今ザヴァルも言っておったろう、ミナトにはどの道経験が足りんと。しかし裏を返せば、経験をきっちり積めばモノになるということだ。そしてそういう順当な出世ならば、ドレークも感知する所ではない。アクィラなどがいい例だ。そもそも私も、それだけを理由に最初から要職に就けるつもりなど毛頭ないからな」

「で、では……そのような手順を踏んで、ゆくゆくは彼を騎士団に迎えると?」

「そうしたいのは山々だが、いかんせん本人が首を縦にふらんでな……」

 その答えを聞いて、なんかあからさまにホッとしているキザ男。
 そして、こっちを見て薄ら笑いを浮かべる。何に安心してるんだか知らないけど……また露骨なことで。

 ところで、
 今日呼ばれてなかったはずのどうしてコイツがここにいるのかというと……またテンプレというか、野心とか下心とか色々むき出しな事情だった。

 今日王女様が誘っていて、一緒に狩りに行くはずだった貴族の狩り仲間(伯爵家)が、突然都合が悪くて来られなくなり……代わりに、同じく狩り仲間(公爵家)であるこのキザ男が来たらしい。

 集合場所にきたときに王女様が露骨に不満そうに眉をひそめたことにも気付かず、今日はお日柄もよく狩り日和だだの、都合が悪くなった彼も忙しいそうだからお気を悪くなさらずだのくっちゃべって、その場の空気を悪くしていた。

 聞けば、急に仕事が入って家族総出でそれにかからなきゃいけなくなったらしい。もっと偉い家からの命令で断れなかったそうだ。
 ……どうせコイツである。

 まあ、もともと猟友ではあるし、その参加できなくなった貴族の面子ってものもあるので、こいつの参加をまあいいかと認めた王女様だけど、やっぱりうっとうしそうにしているのは確かなようだ。

「それはそうとミナト・キャドリーユ、もう貴様がとんでもないのはわかったから、馬に乗ってくれて構わんぞ?」

「わかりました」

 許可が下りたので、速度を調整し……ザリーの駆る馬の横につける。
 そして、ぴょん、とその場でジャンプし、馬の背に飛び乗って……そのまま座らずに立つ。直立不動で、バランスとって。

 王女様からは面白そうな目で、他の護衛の人達からは、変わり者を見るような目で見られてるけど、気にしない。バランス感覚のトレーニングにもなって一石二鳥だし。

 ちなみに、他の『邪香猫』メンバーは、王宮から貸してもらった馬3頭に、シェリーさんとエルク、ナナさんとミュウちゃん、という組み合わせで乗っている。
 残る1頭にザリーと僕。さっきまでもこの姿勢で乗ってた。

 で、アルバは、その横を普通に飛んでます。

「しっかし、揺れる馬上で器用に立ってるわねあんた。座んないの?」

「いや、野郎に抱きついて乗る趣味ないからさ」

「ははは……ごめんねミナト君、色気の無い同乗者で」

「いやいやザリー、助かってるよ。僕馬乗れないからさ。まあ、僕が手綱握ってエルクに後ろからくっついてもらう、っていう夢シチュエーションが出来ないのは残念だけど」

「あんたねえ……まあ、それは私もちょっと残念だけど」

「お、久々のデレ?」

「うっさい!」

「いーなーエルクちゃん、ミナト君にそんな風に言ってもらえて。ねえミナトくーん、女の子との相乗りをご希望なら、ここにもっと無防備な娘がいるんだけどー?」

「逆にこっちが襲われそうだからやめとくー、馬上じゃ逃げ場ないし」

「あーん、いけずぅ」

 そんな、通常運転のおバカな会話を繰り広げつつ、目的地へ向かっています。

 ちなみに今の会話に、ナナさんとミュウちゃんが入ってこなかったのは……少し離れた位置を、今日の護衛の『直属騎士団』の副隊長さんと併走してるから。

 名前をアイバーというらしい副隊長さんは、軍属時代のナナさんの同期だそうで、思い出話に花を咲かせてる。楽しそうに話してるので、邪魔しないことにしたのだ。

 そして一緒に乗ってるミュウちゃんは……ただいま夢の中。
 しかも、紐でナナさんと自分の体を固定してるので、落ちる心配もなし。周到だ。

 さて、王女様の話だと、目的地につくまであと40分ってとこか……本でも読もうかな。

 王都に来てから書店で買った奴をベルトに収納しといたのは、正解だったと思う。
 取り出して、しおりを挟んだ所から読み始めた。読み終わるころには、つくだろう。

 と、ふいにエルクが、

「……ミナト」

「何?」

「あんたさ……馬車とか、自分が何もしなくていい乗り物とかに乗ったり、道案内してもらったりすると、完全にその人に任せて自分は何も考えず放っとくタイプでしょ?」

「んー……確かにそうかも」

 まあ、周りに敵がいないかとか、案内してる人が不意打ちで襲ってこないかとか警戒したりはするけども。

 でも、いきなりどうして?

「いや、だから道覚えないんじゃないか……って思って」

 …………

 黙って本を閉じましたが何か?

 
 ☆☆☆

 
 狩場に到着したのは、少し遅くなってその50分くらい後だった。

 天啓を聞いたような気がして、一念発起して道を覚えてみようとした僕の努力はやぱりムダだったものの……問題なく到着したそこは、一見すると普通の山。

 しかしその実態は、この王国に代々受け継がれてきた王族専用の狩場であり、専門の機関によってハンティングを楽しめるように環境が調整されているフィールドだそうだ。

 具体的には、Dランク以下の魔物が出現しない上、随所に休憩所などが設けられており、定期的にそこに保存食などが補給される。騎士団の1隊でも連れて行けば、護衛として十分。守られながら狩りを楽しめる、というわけだ。

 王女様が3年前から愛用している狩場で、最近物足りなくなってきたらしいんだけども、だからって他の場所で狩りをさせてはもらえないので我慢しているとか。

 近くに建てられていた厩舎に馬を預けて、各自で柔軟なんかの準備体操を。

 手首をぷらぷらと振って動かしながら、王女様が、

「まあ、貴様達のような高ランクの冒険者には、ただ退屈なだけかもしれんが……この地域にしかいない魔物もいるはずだ。遠足だと思って楽しんでくれ」

「では、参りましょう」

 と、先導して歩いていくザヴァルさん。
 そのまま僕らも続いて、林間の散歩コースみたいな道に入っていく。

 どうやらこの『狩り』というのは、闇雲に山歩きをしながら獲物をさがす、って感じのものじゃないらしい。
 歩きながら、ナナさんに教えてもらった。

 この山には、散歩コースみたいに、狩猟をするための『順路』なるものがあるらしい。

 さっきも言った専門の人達によって整備されてるその道は――山道の雰囲気を崩さないように、『整備しすぎない』ようにしているらしいけど――この山にいくつかある、魔物が出やすいポイントの近くを通るように作られている。

 なので、その道に沿って山歩きをしながら、そういったポイントが近づいてくると、気を引き締め……何か出てくればそれをしとめ、出てこなければ少し道から外れて草むらや木立に入り、手ごろな魔物を見つけてしとめる、って感じだそうだ。

 聞いてみると、狩りは狩りだけど……なんか、初心者用の魔物討伐訓練みたいな感じもするな。獲物そのものが直接、じゃなくても、そのポイントが用意されてるあたりとか。
 しかも護衛までついてる。言ってみれば、接待プレーみたいなもんだ。

 まあ、安全って意味じゃいいのかもしれないけど……こりゃ確かに飽きるだろうな。特に、才能ある人とかは、割と早いうちに。

 現に王女様も、最近はこの安全圏が確保された狩りに飽きつつあるらしいし。

 

 ……しかし、

 
 その退屈な、しかし何よりありがたいものでもある『平穏』が……そう長く続かないことを、
 この時、まだ誰も予想できていなかった。

 
 ☆☆☆

 
(……なるほど、こりゃ飽きるわ)

 『順路』である林道を、1時間弱ほど歩いた頃だった。

 やはりというか、王女様は『狩り』をそこまで楽しんでいるようには見えなかった。
 以前は楽しかったんだろうけど、慣れてきて、冷めた目で見てみると……かなり地味だってことに気付いたんだろう。

 『騎士』だった自分の父親が、この『狩り』を好んでいない理由も、その頃悟ったに違いない。

 それなりに整備された道で、何人もの護衛に守られ、限りなく100%に近い安全を確保された状況下のこの『狩り』と、本職の冒険者や騎士がやるような『狩り』……盗賊の摘発や魔物の討伐は大きく違う。

 魔物をしとめるたびにキザ男達から上がるおべんちゃら満歳の歓声も完全に聞き流し状態。その顔からは、微塵の達成感も感じ取れない。

 しかし、いくら破天荒な王女様でも、自分の立場はわかっている。確立されている安全を切り崩してまでスリルを追及することは許されない身分だってことは。

 だからこそ、達成感に欠けるだのなんだのってぶーたれる程度で我慢してるんだろう。

 たまに、同行してる僕らに『次は貴様がやってみせよ』って言ってくることもある。

 その時に僕らがやる、思い思いの狩り方(戦い方)を見て、うらやましそうにしてるけど……そこで『自分もやりたい』とは言い出さない分、やっぱりこの人は、肝心要な部分はちゃんと大人のようだ。

 開始前、普通に歩けば1時間半から2時間弱で一周終わる、って聞いてたから、もうそろそろ半分は過ぎた頃かな……とか思っていた、

 ……その時、

 
「……ん?」

 
 音が聞こえたわけでも、視界の端で何かが動いたわけでもない。
 五感という名のセンサーに、反応はなかった。

 が、
 やはりというか……それ以外の、非常に不確かな部分が、僕の中で警鐘を鳴らしていた。

 それ以外に根拠はないもんだから、何がまずいのかとか、どう危ないのかなんてのも、僕自身も全くわかんないんだけど……何ていうか、看過できない『寒気』がした。

 この感じは、前にも感じたことがある。
 第六感以外の根拠がないのに、この感覚を無視したら絶対にとんでもないことになりそうな……そんな予感。

 過去に何度かあるんだけど、代表的なのは、洋館での修行中。
 母さんとの模擬戦の中で……母さんが、前触れもなくとんでもない攻撃を繰り出そうとしてる時に。何回かあった。

 その時に、この感覚に従って回避行動を取ってたおかげで、直径数十mのクレーターを作るようなパンチや、湖を沸騰させるような熱線から逃れられた過去があるわけで……。

 他にも、強敵との戦いのときや、強力・厄介な攻撃が飛んできそうな時etc……

 そんな経験も手伝って、僕はこの感覚にそれなりに信頼を置いてるんだけど……今回のコレは、一体どこから来てるんだろうか……?

「? ミナト殿、どうかなさったか?」

 僕の様子がおかしいことに気付いたのか、同じように周囲を警戒していたザヴァルさんが尋ねてきた。……こっちは何も気付いてないようだけど。

 ザヴァルさんの言葉で、ついてきていた他の人達も僕に視線を向ける。

「おや、どうしたのかな、ミナト殿? トイレにでも行きたくなっ「空気を読まん発言は控えろ、テイラー・リンドール」……し、失礼しました」

 どこぞのバカが軽口で茶化そうとしてぴしゃりと言われてたのはともかく……彼らも含め、やっぱり何かに気付いてるのは僕だけみたいだ。

 ……いや、訂正。
 僕の肩に止まってるこいつも、何かに気付いたみたいだ。

 僕の肩をつかむ足の指の力が、若干強くなり……眼も首も両方動かして、きょろきょろと周囲を見回しているアルバ。
 外敵に気付いた時にこいつが見せるその仕草を見て、『邪香猫』一同にも緊張が。

 全自動危険察知マシーンでもあるこいつが、僕よりも気づくのが遅かった点が少し気になるけど……まず何が起こってるのかを把握するのが先だ。
 何せ今僕らは、絶対に傷つけるわけにはいかない護衛対象と一緒にいる。

 そしてどうやら、僕らの様子を見て、やはり何かあるのか、と気付いたらしい。

 静かに、しかし完全にさっきまでとは別物の空気をまとうザヴァルさんの目に、老練の猛将と言っていい鋭い輝きが宿った。

「……どうか、なさったかな?」

「……はっきりとは言えないんですが、何か妙な気配がします。エルク、アルバ」

「了解」

 ――ぴーっ!

 これだけで言いたいことを察してくれた1人と1羽は、すぐさま『サテライト』の用意をする体制に入った。

 最近は、低空飛行でもかなり広範囲をカバーできるまでに成長したアルバの術式が作動し、それにエルクが感覚をリンクさせる。
 そこにさらに僕や、他のメンバーもリンクして、範囲内の状況を把握すると……。

「……やっぱりか。3人?」

「数える限りで、そうね」

 『サテライト』の範囲内に、僕ら一行以外の人間の反応があった。
 全部で1、2……やっぱり3人だな。それも、かなり遠くに。

 だけど、そこに待ったをかけたのは、頼れる元騎士団のこの方。

「いえ、この配置だと……多分3人じゃありませんね。もっと仲間がいると思われます」

「反応は3人しか出てないわよ?」

「距離を置いて範囲外から、さらに来ている可能性があります。策敵範囲を広げてください、正確に把握しないと、多方向からの襲撃や波状攻撃の危険性があります」

 と、ナナさんの冷静な分析が入った所で、その仮説を裏付けるように、『サテライト』の範囲外から新たに2人、何者かの反応が。
 しかも、ゆっくりと、しかし確実に……真っ直ぐこっちに向かって進んできている。

「了解。アルバ、探知半径全開にして」

 エルクとアルバの連携技である『マジックサテライト』。
 範囲内の敵を探知したり、範囲内で濃密かつ迅速な情報のやり取りをしたりも魔法なんだけども……この技の『範囲』、実は『目的』によって有効範囲が変わる。

 例えば、ただ単に念話をつなげたいだけとか、かなり離れてる相手とも多人数念話をしたいとかなら、その有効範囲は半径十数kmというかなりの広範囲になる。

 そこにプラスして、『視覚共有』とかをしようとすると、すこし狭まるけど……そこまで大きな差はない。『チャウラ』で海賊船を探す時とか、コレを使ったわけだ。

 しかし、魔物とか生命体を『探知』しようとしたり、細かい地形まできっちり知ろうとすると、かなり範囲が狭まってくる。

 例えば今回使うような、範囲内の人間や魔物の配置を把握する場合だと……半径400~500mがせいぜいだ。今んとこは。

 もっとも、『ダークジョーカー』とか、アルバの脳を複数同時に使うとか、その制限を多少とっぱらう方法は色々とあるんだけど……今回はそこまではしなくていいかな。

 アルバを高く飛ばし、限界まで範囲を広げると……敵はけっこう多いことがわかった。

 全部で12人。統率された動きや、森の中とはいえかなり完成度の高い隠密能力を見るに……それなりの手練と見ていいだろう。ザリーには負けるけど。

 簡潔にそのことを伝えると、ザヴァルさんは眉をぴくっ、と動かしたものの、取り乱したりはせず、すぐさま周囲の様子を伺う。

「……申し訳ないが、我々には感じとれんようだ。距離はいかほどかな?」

「一番近いので150m弱まで来てます。遠い奴で、400m台後半かと」

「地形を上手く使い、見つからないように近づいてきていますね。かなり隠密能力の高い集団です……プロでしょう。隠密系のマジックアイテムも使っている可能性もあるかと」

 と、ナナさんの補足。

 その話を聴いて、ザヴァルさんはまゆをひそめ……さっと手で部下達に指示を出す。
 それだけで『騎士団』の面々は、隊長が言いたいことを察し、配置につく。

 2秒もしないうちに、王女様を守る陣形が見事に完成した。

 ……ギーナちゃんたちや、キザ男達まではその陣形に守られてないけど。

 そのキザ男達は、突然訪れた事態の急変具合に戸惑ってるけど……それを完全に無視して、こちらは微塵も取り乱していない王女様が、毅然とした態度でザヴァルさんに問う。

「ザヴァル、今日は確かお前達騎士団の他に、隠れて私を陰から守る者がいるのではなかったか?」

「はっ、隠密部隊より4名派遣されているはずですが……ミナト殿?」

「この魔法では、そこまで詳しく識別することは出来ないんですが……動きからして、それらしいのは策敵範囲内にはいないですね」

「……12人もの不審者。見逃すとは考えづらいな……やられたか」

 眉間にしわを寄せる王女様だけども、取り乱した様子は依然としてなし。
 むしろ、対応を促すようにザヴァルさんにキッと視線を送ってるし……そしてザヴァルさんもそれに答え、力強く頷いていた。

 しかし一方で、今のセリフに動揺を隠せない人もいた。

「っ!? お、王都の精鋭部隊が!? だ、大丈夫なのですか、ざ、ザヴァル殿!?」

「取り乱すなバカ者、余計に危険を招くだけだ。ザヴァル、この場合どうするのが賢い? 指示をくれ。私は守られやすいように動くぞ」

 キザ男をぴしゃりと一喝しつつ、動じずに、しかしきっちり『守られる』ということを考えつつ指示を仰ぐ王女様。さすが、今求められることがきっちりわかっている。

「ありがとうございます、殿下。通常ならば、殿下を守りつつ山を抜けるか、部隊を二分し、片方が殿下を守りつつもう片方が敵を各個撃破していくやり方があります。が……」

「が?」

 するとザヴァルさん、王女様の問いかけるような視線には答えず、僕らの方に視線を飛ばしてきた。
 ……言いたいことは、大体予想がつく。

「ミナト殿……少し頼まれてはくれまいか? もちろん、報酬は出す」

「『各個撃破』の役割の方ですか?」

「そうだ」

 通常なら、護衛している部隊を2つに分けて行う、攻撃と防御の同時進行作戦。

 しかし今日は、騎士団だけでなく……その他の戦力も一緒にいる。
 僕ら『邪香猫』や、キザ男とその取り巻きたち、そしてギーナちゃんたち訓練生組が。

 こっちに『攻撃役』を任せれば、自分達『騎士団』は王女様を守る役目に専念できるわけだ。

 彼らにとって、自分達の命を張ってでも王女様を守ることこそが最優先すべき使命であり、そのためにはこれが最善の手。決して楽しようとか、危険を押し付けようとかしてるわけじゃない。

 むしろ、暗殺者が相手なら、毒でも何でも使って王女様を殺しに来るだろう。そんな一撃必殺上等な攻撃から彼女を守る、そっちの方が危険度も高いと思われるし。

 ……だから彼らは、

「そ、そうだお前達! こういう時こそお前達『冒険者』の出番だろう! きっちり戦って、わ、我々を守りたまえ!」

 ……この、初めての、訓練とは違う『実戦』の空気に恐々としているキザ男とは違うのだ。断じて。根本から。全く。

 その後、手短に済ませた作戦会議の末……防衛メンバーと攻撃メンバーを次のように設定し、速やかに作戦行動に移った。

 
 ・王女様防衛メンバー
 直属騎士団一同(副隊長除く)
 エルク、アルバ、ミュウ
 キザ男と仲間達
 (動かれるとかえって邪魔なので)
 訓練生一同

 ・各個撃破メンバー(2人1組)
 ミナト、ギーナ組
 シェリー、アイバー組
 ザリー、ナナ組

 
 じゃ、1組あたりノルマ4人ってことで……行きますか。

 

 ……にしても、
 さっきの寒気……こいつらのせいなのかな?

 
 
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