挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第7章 王都大波乱滞在記

42/197

第103-105話 健康診断と訓練所の一幕

 


第一皇女という台風が中庭を去って、その十数分後、

僕らはあらためて王様に呼ばれ、今度こそ『謁見』に臨んでいた。

と言っても、玉座に座った王様に跪いてお言葉を頂戴する、なんていう形式じゃなく……応接室でふっかふかのソファーに座って対談する、っていう形だったけど。

おそらく事前に調べたんだろう、テーブルについた瞬間に飲み物が出てきたんだけど……メンバー各自の目の前に、それぞれの好物が出てきた。
例えば、紅茶が好きではない僕の目の前には、フルーツ系のジュースが、って感じで。

「さて……来た時といい先ほどといい、うちの娘が騒がせたな。まあ、楽にしてくれ」

そう言って自分も楽にしてソファに座る王様は、ファンタジーの中で王様とか偉い人が着るような豪華な服ではなく、ちょっと豪華な部屋着、って感じの服装だった。

そのせいだろうか、王様、威圧感を伴わずに上手いこと威厳とかおおらかさだけを保ったたたずまいである。
自分も侍女に紅茶持ってこさせて飲んでるし、極力緊張感を取り払った空間だ。

といっても、普段は『謁見』はきちんと玉座の間&超豪華服というお決まりのセットでやってるらしいんだけど、今回が特別なんだそうだ。

「玉座などというものは、威嚇や喧伝を前提とした、腹黒い外交の時に使うものだ。今回の話し合いにはそういったものを持ち込みたくないからな。空気が緩み気味なのは確かに否定できんが、余が客人の相手をしていれば、それだけで立派な『謁見』というものさ」

理由としては、僕の母さんとは昔なじみだったから、別に偉そうにしたくもないってことと、王様自身もともとそういうスタイルが嫌いだってこと、そして、

「そもそも、昨日あのような出会いとやり取りをしておるのだ。今更あのような、見てくれだけムダに豪華な椅子に座ったところで、威厳も何もないだろう?」

「いやあ……そんなことないと思いますけど」

昨日の印象どおり、フランクな感じの人だ。
威張った感じがしない……というか、王族ということに微塵も選民意識的なものを持っていない、って感じだな。

まあ、元騎士団の婿養子だからなのかもしれないけど……それでも、王族の結婚相手に選ばれてるくらいなんだから、貴族とかそれなりの身分だろうとは思うんだけど。
後で聞いてみたらわかるかな。無論、本人じゃなくて、兄さんあたりに。


その後の『謁見』は、懸念していたような強引な勧誘なんかはなく、普通に世間話というか、主に母さん関係の話題での談笑みたいなものだった。

聞いてた通り、母さんの古い知り合いで、若い頃に母さんに世話になった、っていう関係のようだ。

ただし、『古い知り合い』といっても、一般的に言うような、幼馴染とか昔なじみの仲間とか、そういう感じではなかった。……ある意味じゃ、それにも違いないんだけど。


どういう意味かというと、
この王様は純粋な『人間』で、母さんは200歳を超える『夢魔族』であり……そこから来る年齢差を考えるとわかる。
今現在、この王様が御年58歳だってことを加えて考えるともっとわかりやすい。

つまり……ていうか、もう事実を率直に言った方がわかりやすいな。


うちの母さんは、この王様……アーバレオン国王陛下どころか、その4代前からこの国の王族と親しかったらしい。
その頃は……『女楼蜘蛛』として、だけど。


そして陛下のことも、子供の頃から知っているらしい。
婿入り前、陛下はかなり高い地位にいる貴族の出だったらしい(やっぱりそうだったのか)んだけど、その家の人と母さんが仲良かったからだそうだ。

現に陛下自身、子供の頃すでに今と変わらない姿だった母さんに、普通に子ども扱いされてかわいがられながら育ったらしい。
ぐりぐり頭撫でられたり、冒険譚聞かされたり……ごくまれにだけど、稽古をつけてもらったこともあるとか。

だから陛下にとって母さんは、『昔なじみ』といっても、幼馴染とかそういう関係じゃなく、『小さい頃から面倒を見てもらってる人』……親戚のおばさんとか学校の先生とか、むしろそれに近い見識であり、実の所けっこう頭が上がらない人であるらしい。

そして同じ理由で、ドレーク兄さん、アクィラ姉さんも、部下ではあれどそんな感じの間柄らしい。2人そろって『ハイエルフ族』であるらしいこの人達は、3つほど前の王様の代からすでに王家に仕えていたという。

こと、ドレーク兄さんに関しては……アーバレオン陛下自身、騎士団時代に部下としてさんざんしごかれたらしく、結婚・即位後もしばらく、立場を心の中で整理するのに相当苦労したらしい。

そりゃそうだ。最近まで雲の上の人だった超達人が、結婚して身分が変わったとはいえ、自分を守る部下になったんだから。

そんなわけだから、基本『暴れん坊』で現場主義な王様も、ドレーク兄さんの忠告なんかはきっちり聞くらしい。

しかしすごいな、この国の王族と僕んちの、関わりの深さ。
……ていうかむしろ、根深さ。


☆☆☆


謁見を終えた、その数十分後。僕らは、宿に帰ってきていた。

そこで僕は、昨日も会ったダンテ兄さんに、今日もまた会っていた。
しかも兄さん、今日は偶然じゃなく、きちんと僕に用事があって尋ねてきたらしい。

で、その用事が何なのかと言うと、だ。


「健康診断?」

「そ。お前のな」

向かいの椅子に座る兄さんはスケジュール帳らしき手帳をぱらぱらとめくりながら、普通にそう答えた。

「……えっと、どういう意味? なんか、ギルド加盟初年者はどっかで受けて結果提出するようにとか、そういう規則でもあるの?」

ちらっ、と、
隣に座っているエルクに視線を送る。

が、『そんなん知らん』とばかりに横に首を振るエルク。
その後ろに立っている、ザリーとシェリーさんも、心当たりないみたいだ。

「んあ? いや、違う違う、そうじゃなく、あくまでも例えっつーか……あーもう、はっきり言った方が早えーか。ミナト、お前の体について色々調べないといけねえことがあってな? それで、一度きちっと検査しようってことになったんだよ」

「……余計に説明になってないけど……あ、もしかして『夢魔』の力と関係ある?」

「あるけど、それだけじゃねえ。ブルースの兄貴から聞いたんだよ。お前のフィジカルが、普通の人間はもちろん、夢魔族でもありえねえレベルだって。んで、感心通り越して不安になる部分が多分に出てきたから……このお医者さんの出番ってわけだ」

腕組みをして『えっへん』って感じに胸をそらすダンテ兄さん。
身にまとうは、白衣。……意外と様になってるな、やっぱ。

でも……そこまで異常視されるほど、僕、異常かな?

いやまあ、一般基準で考えれば、数tの魔物の体を普通に持ち上げて振り回せる膂力も、斬れない燃えない溶けない3拍子そろった耐久力も、そりゃ異常だろう。

けど、それはあくまで一般基準であり……同じ母親から生まれた兄弟の中に一騎当千がごろごろいる『キャドリーユ』の枠内においては、そんなもの普通である。

前述の膂力や耐久力だってそうだろう。現に僕の目の前にいるこの人は……氷の上とはいえ、船一隻をずるずると引っ張っていけるだけのとんでもない腕力の持ち主だ。

そこへいくと、僕の身体能力なんて……と、思ったら、

「いや、問題はそこじゃない。お前の体の『性質』についてだ」

と、ダンテ兄さん。え、どゆこと?

すると隣のエルクが、

「あんたの体の防御力のことじゃないのことじゃないの? 斬れない燃えない溶けない、っていうアレ。十分異常でしょ?」

「だけじゃない。まあそれも十分異常だが……ブルースの兄貴が注目したのは、お前の体のとんでもない『親魔力性』だ。あの場じゃ指摘しなかったがな」

「……ってーと?」

「あー、そこからか。んー……例えば、シェリー嬢ちゃん」

「え?」

と、なぜかダンテ兄さんは、僕の斜め後ろに立っていたシェリーさんに声をかけた。

急に声をかけられてきょとんとしているシェリーさんに、次に飛んだのはこんな質問。

「お嬢ちゃんは、火属性の魔法が得意だったよな? 炎を矢や弾にして飛ばしたり……剣に纏わせて炎の斬撃にして攻撃できるだろ?」

「ええ、そうだけど、それが何か?」

「じゃあ、それを……腕に纏わせることはできるか? 例えば、それで敵を殴って攻撃するために……炎のパンチだな、言ってみれば」

「まあ、できるわよ?」

「……そうか、じゃあ……」

そこで、ダンテ兄さんは一拍おいて、

「……それを、剣にに纏わせる時や、炎でそのまま攻撃する時と同じだけのエネルギー……すなわち破壊力をこめて、同じように出来るか?」

そう、聞いた。

するとシェリーさんは、ぴくっと眉毛を動かし、ちょっと困ったような顔で答えた。

「……できるわけないじゃない。そんなことしたら、攻撃の前に私の腕が焼け落ちちゃうわよ」

「だよなあ? 自分で起こした炎だから、ある程度融通がきくとはいえ、ちゃんと熱いもんなぁ?」

「そうよ。だから、炎を腕に纏わせて攻撃するんなら、剣とかにまとわせる時よりだいぶパワーダウンさせないと……って、何なのこの質問?」

「次、ザリー」

ダンテ兄さんは、シェリーさんの質問には答えずに、続いてザリーを指名し……またしても、同じようなことを聞いた。

「お前、砂系得意だよな? 攻撃魔法に使うときとおなじエネルギーの砂を、拳にこめて殴れるか?」

「……同じく無理だね。腕が削れる。デチューンしないと」

「ナナちゃん……」

「水ですか? 無理です」

「私も無理」

先手を売ってぴしゃりと言い切る、ナナさんとエルク。
2人とも、水や風を自分の体にこめてフルパワー攻撃なんて無理、と。

……なるほど、兄さんが言いたいことがなんとなくわかった。

「フィジカルが弱いミュウちゃんなんかは言わずもがな……とまあ、こんな感じなわけだ。生身の肉体である異常、武器への付与や放出技と同じだけのパワーを肉体にこめて攻撃するなんてのは、不可能だ…………普通は、な」

そして、
そこでダンテ兄さん……だけじゃなく、全員の視線が僕に向く。

理由? 明白だ。

「……フルパワーですけど、何か?」

母さんの訓練の賜物ですけど? ……と、続けようとしたら、横からエルクがかっさらっていった。

「でもダンテさん? それが『異常性』なら……ミナトに関して言えば別に不思議じゃないんじゃないですか? まあ、この性質自体異常なのは否定できませんけど、こいつの体の頑丈さが理由なんでしょうし……それは問題じゃないんですよね?」

「それは、体の『外側』に限った話だ。ブルースの兄貴によれば、こいつの『マジックアーツ』は、体の『内側』でまで魔力を変質・充填して攻撃してる」

「「「内側!?」」」

聞いた途端、驚いた様子で、僕以外の全員が聞き返した。
そして、僕の方を……信じられないものを見るような目で見てくる。え、何突然?

「いや、そりゃそうでしょ……ミナト君。体の内側で魔力を変質させて充填って……体の中でたき火してるのと同じだよ?」

「え、何それ!?」

なんかすごい物騒なこと言われたんだけど?

え? いや、体に魔力充填して強化しての戦闘くらい、僕に限らず……『邪香猫』メンバーなら、ミュウちゃん以外全員やってるでしょ?
ってか、何ならそろそろミュウちゃんも覚える時期だよ。

するとダンテ兄さんが、

「そりゃ『変質』させる前の、純粋な魔力の話だ。その状態なら武器なり肉体なりにこめて強化するのは容易いが……炎や冷気、電気に『変質』させたもんだとそうはいかねえ。もともとそれらは、体に有害なもんだからな」

「……まあ、普通の肉体に火なんかつけたら火傷するし、冷気当てたら凍るか凍傷、電気なら感電……どれも、最悪死ぬよね」

「加えて、肉体ってのはそれそのものが魔力変質に対しての阻害剤だ。体の内側で魔力を変質させようとしたり、体外で変質させた魔力を体内で使おうとしても、肉体が邪魔になってまず不可能。無理にやろうとすればそれこそ、体の中でたき火してる状態になる……が、お前はそうなっていない」

そこで僕に向けられたダンテ兄さんの視線は……なんだか、睨まれてるようでちょっと怖かった。

「熱や冷気、電撃……それらに変質させた魔力によるマイナスの影響をお前は受けてない。しかもそれだけでなく、体内でいとも容易く魔力を変質させ、それを肉体に阻害されずに運用している……魔力を扱って戦うに際し、お前は肉体がまるで邪魔をしていない」

「……それって、そんなに異常なの?」

「あたりめーだボケ。仮にもしお前の『マジックアーツ』を普通の人間が使ってみろ、体の中で魔力が暴発……よくて全治数ヶ月、悪くて一瞬で爆死だ」

「ちょっ……あんたそんな危ない戦い方してたの!?」

これには、最近『僕=非常識』で何でもかんでも解決させることに慣れてきたエルクもショックを受けた様子で、すごい勢いで振り返っていた。
そして、肩をぐわしっ、とつかんでガクガクゆする。ちょ……待ってってば!

「いや、ちょ、エルク、待っ……いや! そんなことない……っていうか、そんな自覚なかったっていうか、そんなはずは……そんなことないと思……う?」

「不確か過ぎて全然安心できないですけど?」

ミュウちゃん、静かに。

とりあえず、心配してくれてるエルクをなだめてから、

「……おっほん。魔力とか体内とか阻害云々はわかったよ、ダンテ兄さん。けどさ……そんなに危険だったり、無茶な戦い方だったんなら、母さんに止められてるはずじゃない? 僕、修行時代から普通にコレ使って戦ってたよ?」

うちの母さんは、僕が使う魔法を全部(洋館出発時点で)把握してる。
その上で、禁止する魔法はきっちり禁止している。12年前の暴発事故の件がまだ尾を引いていることもあり、フリーダムな母さんでもそのへんはかなり厳格だったはず。

しかし、この『マジックアーツ』は、禁止されていないし……なんなら母さんも使ってたくらいだよ? 僕に許可とって、マネして。

「……そこなんだ、問題は。お袋はお前の『マジックアーツ』を、そしてそれに耐えるお前のその肉体を、容認していた。それはつまり……そこにあるきちんとした理由を理解していたからだ。つまり……」

「つまり?」


「その秘密は、お前が使っている……お袋から、兄弟だろうと関係なく他言を禁じられている何かの魔法にある……と俺は思っている」

「……!」


……ああ、なるほど。
問題は……『エレメンタルブラッド』か。

まあ、考えてみれば……とんでもない魔法だもんな。

肉体を細胞レベルで強化し、打撃・斬撃・魔法・毒物……その他あらゆる攻撃に対して非常識なまでの耐性を持たせる。
同時に、普通の身体強化じゃ考えられない程のパワーアップを可能にする。

回復力は小さな傷なら数秒で完治させるほどで、病気とも無縁。内臓機能すらも強化でき、感覚器官も獣以上に鋭敏になる。

挙句の果てに、葉緑素など、通常は人間が持ち得ない器官の再現すら可能にする。

そして言われてみれば、たしかに僕は『マジックアーツ』で戦うに際し、魔力の運用や充填、その反動といった面で、『エレメンタルブラッド』の恩恵も多分に受けている。
体内で、当然のように魔力を操作・変質させるという形で。

……まあ、『EB』のおかげで可能なんだとはうすうすわかってたけど……そこまでとんでもない技法だったとは。てっきり、『魔粒子』のおかげで僕の体、他人より多少融通利くようになってるのかと思ってた。

さて、そんな風なことを、おそらくそこそこの時間沈黙して考えてたんであろう僕に、ダンテ兄さんが真面目なトーンで語りかけてきた。

「……ミナト。一応沈黙を肯定と仮定して聞かせてもらうんだが……その謎の魔法、どういうもんなのか、俺達に教えちゃくれねーか? その方が、お医者さんとしてもお前の体の検査をするのに好都合なんだが」

「……その『体』の検査ってさ、結局何を調べるの? 今の話から、普通の健康診断じゃないってことはわかったけど……具体的な検査項目とかさ」

「……簡単に言えば、お前がどの程度、普通の人間から逸脱してるかの検査だよ。お前が隠してる謎の魔法……その影響によって、お前の肉体そのものが、人間の本来のそれから『変質』してしまってるか、してるとしたらどの程度か……それを調べる」

「いやそんな、人を改造人間みたいに……」

「や、それあんたが意識してないだけで、結構的を射てる例えだと思うわよ」

「だよね……葉緑素まで作っちゃってるもんね、体の中で」

「てかそういえば、こないだ『クラーケン』の時、足にとんでもない魔力こめてえぐいくらいの見た目の赤黒いエネルギー纏ってたわよね? よくよく考えりゃアレも……」

「私、軍属時代に一通りの知識は修めたんですが、ミナトさんの魔法理論は今だに謎だらけですし……それを使うミナトさんご本人も含めて」

「……あー、新入りの私だけが不思議に思ってたわけじゃなかったんですね、お兄さんの非常識っぷりは」

……みんなきらいだ。

涙は心の中で流しつつ、説明も聞けたところで、さっきの兄さんの問いに対して返答を。

「それでさ、兄さん。僕のこの……あー、兄さんいわく『謎の魔法』だけどもさ、まあ、僕としては兄さんもみんなも信頼してるんだけど……母さんから止められてるから、やっぱ。内容、教えちゃっていいもんかどうか……」

「他言しないように徹底してもか? 無論、まねして好奇心で使ったりしないって約束するが……」

「母さん基準がどの程度までならOKかって確認してないしね……。まあ、聞いたからって普通の人が真似できるようなもんでもないんだけど……」

「名前だけでもダメなの?」

「おいおいエルクちゃん、名前だけじゃさすがにこっちも聞いても意味ねーぞ?」

「んー、多分それもだめ。『名は体を表す』って奴でさ……勘のいい人なら、技名聞いただけでどんな魔法か……少なくとも、何がキーアイテムになってるかはわかっちゃうし。まあでも……」

「でも?」

「健康診断なら……その過程で、どういう魔法なのかぐらいはわかるかもしんないよ?」

『健康診断』……その一旦として、血液を調べれば……多分だけど、その中に大量の魔力が混入してるってことは、もしかしたらわかるかもしれない。
無論、この世界の先端医療技術がどの程度のもんかわかんないけど。

そこから、血液中に『魔粒子』を乗せて、全身を細胞レベルで強化するっていう、『エレメンタルブラッド』の本質にたどり着くことは可能……かもしれない。

「……なるほど。体を調べればわかる類のことなんだな?」

「……ご想像にお任せします」

余計なことは言わない。返事はコレで十分……のはず。

あんまり調子に乗ってしゃべろうとしたり、相手のいうことにいちいち反応したりすると……ないとは思うけど、誘導尋問に引っかかりかねない。

引っかからなきゃいいと甘く見るなかれ、キャッチセールスとか保険屋さんとか、そういう人の話術ってすごいよ? 前世知識だけど。

まあ、それはともかく……そういう、あくまでも必要な『検査』でわかっちゃったとかなら……直接ばらしてはいないんだから、セーフだよね? 母さん。
兄さんなら、きちんと秘密は守ってくれるだろうし。

と、
柄にも無いシリアス空気が僕と兄さんの間で醸し出されていると……ふと、シェリーさんが思いついたように言った。

「……ねえねえ、ミナト君の『体』のことなら、エルクちゃんが一番よく知ってるんじゃないの?」

「は? 私?」

「うん。だってホラ、最近は3日に1日くらいのペースで……」

「「ぶほっ!?」」

吹き出す僕とエルク。

ちょっ……いきなり何!? この空気完全無視か!?

「なっ……ちょっと!? 突然何を言い出してんのよこの色目女!?」

「えー? だってホントのことでしょう? 未だにこのメンバーの中でミナト君のおてつきになってるのはエルクちゃんだけなんだもん、エルクちゃんに聞くしかないじゃない。ホントなら私が答えたいとこだけど、いくら色目つかっても振り向いてくれないしー」

「あんたはこんな時まで何を言い出すのよ!? 今こいつ珍しく結構真面目な感じで話ししてんでしょうが!」

エルク、顔真っ赤。
これで相手が僕だと、ツッコミの武器にに灰皿持ち出して振りかぶるんだけど……シェリーさんに対してそれはないようだ。ほっ。

それはそうと……ホントに何言い出すんだよ。
エルクじゃないけど、多分僕の方も耳まで真っ赤になってるよ……顔熱い。

……いくら、ホントのことだっていってもさ。

「やれやれ、仲のいいこって……まあいいか。そんじゃミナト、いつ検査するかだが……明日でいいか?」

「いいけど……どこで?」

「王城の敷地の中に、ウィルの研究所ラボがあるんだ、そこでやる。門番には話つけとくから……あー、昼前ごろに来てくれ」

「王城の中? へー、ウィル兄さん宮仕えなんだ……ってか、病院とかでやるんじゃないの? 医者だってからには、ダンテ兄さんも病院勤務なんでしょ?」

「検査内容が特殊すぎるからな、普通の病院……いや、俺んとこの病院は普通って言える規模でもねーんだが……ともかく、そこらの病院にある設備じゃ計測不可能なの。だから、ウィルのラボの機材とか薬品とか借りてやるってわけ」

「……なるほど」

納得。

兄弟の顔合わせや、王様との謁見だけにしちゃあ、2週間っていうこの滞在期間はちょっとばかり長いと思ってたけど……なるほどね、そういう予定もあったのか。

……まあ、いい機会だ。
自分としては、自分の体のことはわかってるつもりだけど……わかってないことがあってもおかしくないだろう。

この際、とことん調べてもらってみるか。
病気とかは別に見つからないと思うけど……もしかしたら、今よりも上のステージに行くためのヒント的なものが、何かあるかもしれないし。

「今より上って……お前、まだ強くなりたいのかよ。どこまで行く気だ?」

「どこまでも。とりあえず行けるとこまで」

「……そんなんだから方々から心配されんのよ、バカ」


☆☆☆


所変わって、王城。
その中の一室。軍や政治の高官のみが使用を許される会議室。

侵入者感知や防音魔法など、秘密漏洩を防ぐための措置が完璧なまでにほどこされたその部屋。本日、そこで円卓を囲んでいるのは……『王国軍』の頂点に立つ者たちだった。

王国軍の『大将』や『中将』といった将官クラスに加え、騎士団の団長クラス、魔法院軍事関連部門の高官、

さらには、王国騎士団総帥であるドレークに、魔法大臣アクィラ、そして王国軍『元帥』……すなわち全軍を統べる総大将までもがそこにいる。

白く、長い髭と、禿げ上がった頭……しかし、同じ毛色の間ゆえの向こうから見える鋭い眼光は、その老躯が積み上げてきた数十年の人生と、今なお健在であるその実力から来る貫禄を秘めていた。

王国軍元帥、ゲイルザック・デュラン。
ドレーク、アクィラと並び、王国三大実力者とまで言われる、歴戦の勇士である。

そして極め付けに、この国の頂点……国王、アーバレオン・ネストラクタス。

冗談のように豪華な面子がそろった、しかしそれゆえに、途轍もなく重大な議題があるのだと容易に想像のつく光景。

室内に警備はいない。彼らがそろっているこの部屋こそが、この城で間違いなく一番安全な部屋だからだ。今更、凡百の兵士を置く必要性などどこにも無い。

そもそも、普通の兵士や武人では、そこにいて呼吸をしているのも厳しいのではないかという圧迫感と緊張感。それらが充満した部屋での会議は……

「そろったようだな。では、これより会議を始める」

「待てメルディアナ、呼ばれてもいないお前がなぜここにいる」

そんな、国王陛下直々のツッコミから始まった。



情報の秘匿および偏見の排除のため、軍部の高官だけを集めて、参加を希望する貴族達すらきっぱり切り捨てて開催されることとなった、今宵の会議。

なぜかそこに、呼ばれてもいない第一王女・メルディアナがいたというこの事態は、まだ始まってもいない会議を盛大に躓かせた。

「なぜ私は参加できないのですか、お父様。自画自賛になりますが、いずれこの国の将来を担って立つ者として、今のうちから軍務に触れておくことは必要なはずです」

「常識を考えろ、メルディアナ。言っていることは間違ってはいないが、限度というものがある。触れるべき範囲、そして触れるべきではない範囲……それがわからんほどお前は愚かではなかろう」

「父上の口から『常識』という言葉が出てきたことに激しく違和感を感じますが流します。おっしゃることはわかりますが、父上、私もいつまでも物知らずの小娘ではありません。国政の一端に携わるだけの知識はあると自負しております」

隣り合った椅子に座った親子――ただしこの国の頂点に立っている、という前置きがつく――の言い合いに頭を抱える重鎮達。

ある者は軋轢にならないか、とハラハラしながら、またある者は『またか』と呆れた様子で……とまあ、態度に差はあるが。

もっとも、当の本人達は気付いていないし、仮に気付いたとしても気にしないだろうが。

「それはわかっている。お前はこの国の法典を一字一句残さず丸暗記しているし、自学自習によって過去の政策・判例等も学び、それらを教えるために私が用意した家庭教師の存在意義をはるか彼方に投げ捨てた。しかしだとしても、人にはわきまえるべき『領分』というものが存在する」

「王族である私は、軍務や政務に必要以上に関わるべきではないと? 納得できません。能力があるのなら王族だろうと何だろうと見合った場所で使うべきです。そもそも……」

と、第一王女はそこで一拍おいて、


「それを言ったら、お父上だってこの会議に呼ばれていないでしょう」


「私はいいのだ。参加しても」

「なぜです」

「私が王だからだ」


会議室の全員がひそかに胸の中に抱えていた思いは、メルディアナ王女の口によって、王へと直接突きつけられ……何気に今日一番な暴論で叩き落された。

その光景に、部屋の中にいる者ほぼ全員がため息をついたことを、誰が責められようか。



その後、延々と十分あまりに渡って続けられた親子の会話は、最終的に人生のなんたるかにまで及んだ末、一日の長ゆえか、父が娘を説き伏せる形で一応は決着し……

「ならばいつか必ず、私はあなたを超えてみせます。親父殿」

「面白い、楽しみに待っているぞメルディアナ。まずは私への呼び方を一つに統一してから出直すがいい」

そんな、一体全体どういう過程をたどったのかという理解に苦しむ会話と共にメルディアナは退場し……しかしアーバレオンは退場しなかった。

「さて……遅らせてすまなかったな、始めようか」

「「「…………」」」

今度こそ、異議を唱えられるものはいなかった。

「……えー……では、本日の議題は、以前より問題視されてきた、例の闇組織の件です。皆様、お手元の資料の1枚目裏をご覧下さい」

何かを悟ったような表情と共に、今回の会議の進行役と思しき男が言った。

それを聞き、国王を含む全員が、配られた資料に目を落とす。

「以前より随所で存在がほのめかされてきたものの、尻尾をつかむには至らなかったこの謎の組織ですが……どうやら途轍もなく巨大な組織のようです。違法奴隷の売買や禁止薬物の取り扱い、さらには秘匿情報の売買など活動は多岐に渡っており、このネスティアのみならず、いくつもの国でその存在および暗躍が確認されています。最近より活動が活発になりつつあるこの組織ですが、今回明らかになったその名称は……」



「……『ダモクレス財団』、か……」



先ほどまでの親子喧嘩の余韻を感じさせない、いたって真面目な顔と声音で、紙面に書かれたその組織の名称を、王は小声で読み上げた。


☆☆☆


明けて翌日。

ダンテ兄さんから、僕の体についての『懸念』を聞かされ、
そのことについて調べるため、王宮の中にあるウィル兄さんのラボを訪問。

こんな感じの、全体的に全時代的な技術の異世界だし、『研究所』ってもんがどんな感じなのか、予想つかなかったけど……思っていたよりは近代的、って感じかな。

機械類は……さすがに無いようだったけど、そこまでいかなくとも、『絡繰からくり』とかそういうレベルのものならところどころに置いてあった。

あと、見た目は『機械』に近いけど、おそらくは『マジックアイテム』なんだろうな、って感じのものも。

そこで、前世にもあったような、聴診器その他による検査に始まり……なんかよくわかんないマジックアイテムによる検査、前世と同じように注射器を使った血液検査に、髪の毛一本抜いてよくわかんない魔法薬に溶かしての……

……あー、結論、
結局よくわかんないので専門家に一任しました。

まあ、その結果が出るまでには、ウィル兄さんとダンテ兄さんによる考察なんかも含めて数日かかるそうなので、王都滞在しながらのんびり待つけどもね。



……と、思ったその数分後、
新たなトラブル……というか、面倒事が待っていたのである。


☆☆☆


僕が『検査』に行っているその間、
必然的にやることがなくて暇になるエルク達は、思い思いに時間を潰すことになっていた。

全員、一応王城立ち入りの許可はもらっているものの、どこにでも自由に立ち入っていい訳じゃないので、まとまって動いてるんだけどもね。

そして今日は、ザリー以外の4人が王城内……その敷地内に設けられた、警備兵や騎士団員のための『訓練場』にいる。

きっかけは、軍属時代のナナさんを覚えていた、後輩団員がいたことだった。

ウィル兄さんの案内で、ラボに向かって王城を歩いている時に遭遇したその団員達は、当事からかなりの実力者だったナナさんに憧れていたこともあり、実家の没落という形で団を去ったにもかかわらず、ナナさんを避けるような様子は微塵もなかった。

逆に、また軍に戻ってきてほしいとさえ言ってたくらいだ。

その時もナナさんは、今の生活が気に入ってるからって、昨日ドレーク兄さんに聞かれた時と同じように断った。残念そうにしつつも、後輩達は聞き入れていた様子。

が、それならせめて……ってことで、後輩達が提案してきたのが、許可さえ出れば一般人でも利用できる訓練施設を使っての、『稽古を付けてほしい』との申し出。

それくらいならいいか、ってことで、暇だったエルクたちも一緒になり、ナナさんの後輩達と一緒に訓練場にやってきて……そこで、ある種の合同訓練を開始したそうだ。

ちなみに、ザリーは今日最初から別行動。情報屋だし、王都にきたらきたでやることがあるんだろう。


毎日毎日自主練を積み重ね、腕を磨いているだけあり……エルク達の実力はかなりのものになっている。

ナナさんは軍属時代のやり方なのか、自分よりレベルが下の人達を、一対一もしくは一対複数で相手をして戦っている。

武器はいつも通りの『ワルサー』だけど、きちんと手加減して。

同じく、こちらは嬉々として戦いの場に立っているシェリーさん。
訓練所備え付けの模造刀に持ち替え、接近戦タイプの人達を主に相手している。

最近、野盗や魔物相手の戦闘はそこそこあったけど、張り合いのある相手との戦いは、僕らチームメイトをのぞいて無かったからか……すごく楽しそうだ。

そして残るエルクも、2人ほど楽勝で……って感じじゃないけど、かなり安定した戦いを見せている。こちらも、刃を潰した訓練用のダガーで。

つい数ヶ月前までEランクだったとは到底思えない動き。訓練された正規兵と、互角以上に渡り合えていて……適確に隙をついて攻撃を叩き込んでいる。

他2人と違い、多対一はやってないけど、それでも十分その凄さはわかる感じだ。

そんな3人と一緒に稽古しているのは、男女混合で訓練をしている、ナナさんの後輩達。

大きく分けて2種類。純粋に向上心や憧れから戦いに参加するしている者と……もう1つ、
戦いの中、偶然を装ってナナさん達にちょっとボディタッチとかできたらいいな、なんていう邪な目的を胸に秘めている者たちだ。……どこにでもいるんだな、そういうの。

そしてもっと驚いたのは……その邪な感じの人たちが、男だけじゃなく、女もいたってこと。え、何、軍ってそういう趣味の方々もいるわけ?

……しかし、だ。
その方々は……そんなダメな目的を念頭に置いて戦うほどの余裕は、この訓練にはないということを、すぐに悟る、というか思い知ることになった。体で。

結果、あっという間にやられてすごすご引っ込んで、早々と真面目な方々に順番を明け渡している、というのが現状だ。

ちなみに今の話は、訓練には参加せず、ベンチで見学しているミュウちゃんから聞かせてもらった話である。




「あ、あのっ……ミナト様って、あなたのことですよね?」

「へ?」

訓練場に到着した後、ミュウちゃんと一緒になってベンチで見学してたら……おそるおそる、って感じで近づいてきた、女の子の兵士から、そんなことを訪ねられた。

唐突だったので、何だろうと思いつつ視線をそっちに向けると……おそらく発言したのであろう、先頭に立っている少女の後ろにも、男女入り混じった若い兵士さん達が数人いて……同じく、おそるおそる、って感じの空気を醸し出していた。

? 何だろ、この集団? 僕に用事があるみたいだけど……ミナト『様』?

「す、すいません、いきなりこんな……わ、私達、コーウェン教官からあなたのことをよく聞かせていただいておりまして……」

「コーウェン教官? ……ああ、スウラさんか」

「は、はい、スウラ・コーウェン大尉です! 今、私達特別訓練兵の教官をしていただいているんです。それで、その……ミナト・キャドリーユ様ですよね?」

目に見えて緊張しているその娘達は、再び僕の名前を確認。
相変わらず声が裏返り気味。心なしか……顔も赤いし汗もかいてる。大丈夫か?

「そうですけど……それが何か?」

「は、はい、あの……も、もしよろしければ、稽古をつけていただけないでしょうか?」

「は?」

……聞いてみると、つまりこういうことらしい。

スウラさんはここ数週間、教官としてここの『特別訓練兵』たちを指導している。

その『特別訓練兵』ってのは、どうやらエリートの候補生みたいな感じの人達……将来を期待されている、秀才達のことのようだ。前世風に言えば、特待生、って感じか。

後で聞いたんだけど、ナナさんも『特別訓練生』を経て直属騎士団に入ったんだとか。
しかもナナさんの場合、その優秀すぎる成績で、飛び級気味に普通よりも短い期間で訓練期間終了させたそうだ。すごいなホントに。

その訓練の中で、スウラさんが今までの経験なんかを雑談っぽく話したりする場面があるんだけど……その随所に出てくるのが、僕の名前だったらしい。

しかも、決まって危機的状況に現れ、スウラさんやその部下の兵士の皆さんを助け、強大な敵をことごとく打ち倒した、っていう、ヒーローっぽい感じで。

一番最近の『チャウラ』の一件で、推定Sランクともされている海の怪物『クラーケン』を、数人で協力したとはいえ、最終的にとんでもない威力の超大技でトドメをさした、ってことまで伝わっていて……その結果、僕という存在が彼らの脳内に深く刻まれていた。

その超大物(彼らの認識で)が、別な用事のついでとはいえ、自分たちが訓練している訓練場に現れた……ってことで、向上心豊かな彼らは、声をかけることにした、と。

今ちょうどナナさんたちがやってるみたく、模擬戦の相手してもらえないか、ってことで。

「勝手な頼みなのは承知してるんですが……もしよろしければ、お願いできませんか?」

「ん~、そう言われても……」

「おや、乗り気じゃないようですね、お兄さん?」

と、意外そうなミュウちゃん。

「ん、まあね。別に嫌ってわけじゃないんだけど……」

「で、でしたら是非! 出来る範囲でお礼もさせていただきますので!」

「お礼?」

「ああ、ナナさん達にも言ってましたね。たしか、お昼ご馳走するとかなんとか……いいんじゃないですか? お兄さん、受けてあげても」

「んー……まあ、別にいいんだけど……」

僕としても……正直、興味をそそられる申し出である。
訓練生とはいえ、正規の軍隊を相手に戦闘経験をつめる機会なんてのはそうそうないし、今までスウラさん達と任務に当たった時も、守ることはあっても戦うことはほとんどなかった。

戦う姿は間近で何度か見てたけど、やっぱり盗賊や魔物なんかとは違い、統率されたチームワークと考えられた戦術は、戦いとして洗練されたものである印象だった。

僕は別に戦闘狂でもなんでもないけど、戦いとしてはいい経験がつめるかも、とは思ってた。
……似たような戦い方をするナナさんが身内にいるにはいるけど、集団となるとまた違うだろうし。

まあ気になるところといえば……僕の闘い方って、所詮雑な我流だからなあ。
彼らが期待してる『稽古』なんて大層なものになるかはわかんないんだだけど……まあ、それでもよければ受けようかな。

……と、思った矢先、

「邪魔だ君達、どきたまえ」

と、
集団の向こうから、そんな声が聞こえたかと思うと……その訓練生たちが一様にはっとしたような表情になった後、

後ろの方から、さっきまでとは別な感じのざわつきが起き、それに伴って、まるで道を明けるかのように、人垣がさっと左右に割れた。

それが、実際に道を開けていたのだと気付いたのは、2秒後、
その向こうから、何だか偉そうな感じの『訓練生(?)』達が現れた時だった。

偉そうといっても、服が豪華なわけでも、きらびやかな装飾品をつけてるわけでもない。統一された規格なんだろう、他の訓練生達とほぼ同じだ。

が、そうでなくても……子分よろしく他の『訓練生』数人を従えて、偉そうにふんぞり返ってニヤつきながら歩いてくれば……そりゃ偉そうに見えるってもんだろう。

頭の後ろに金髪を撫で付けているその優男は、『しっしっ』とでも効果音がつきそうな具合に手を振りながら、他の訓練生達をどかしてこっちにあるいてくる。見下すような視線をあちこちに振りまきながら、つかつかと。

その目で睨まれた他の訓練生達は、戸惑う者、嫌そうにする者、様々だったが……皆一様にあわてて道を開ける。これまた一様に、誰一人好意的な表情を浮かべることなく。

そんな様子を見て僕は、ナナさんから以前、『騎士団には貴族の令息や令嬢が、経歴に箔をつけるために所属することもある』と聞かされたのを思い出していた。

軍隊でもイメージとしては優雅な感じの、式典の際の警備や、儀仗兵なんかとしても駆り出されることのある『騎士団』。

軍人や冒険者に対し、総じて『野蛮人』というイメージを持っている人が少なくないらしい貴族の皆さんも……唯一、自分も所属してみたいと考えるらしい。

もっとも、そういう人達の心にあるのは、式典なんかの場で華々しく任務についている図だけで……戦うイメージなんてもってない人がほとんど。
現実を知らないままに志願したはいいものの、訓練の段階でついていけなくなってリタイアしたり、逆切れして速攻で除隊させられたり……そういうパターンが多いらしい。

ナナさんがいた『直属騎士団』は、出自も何も関係なく、実力によって選ばれた超エリートだけが在籍する部隊だけど……その下の普通の『騎士団』には、そういう動機が不純な奴も結構いるみたいだ、って、聞きながら思ってたっけ。

けど逆に、貴族の出で騎士団に入り、そこでリタイアせずにやれている者は、それすなわち、肩書きに伴った本物の実力を持っているってことになる。
小さい頃から英才教育で育てられた奴とかは、そこに至ることもあるらしい。

そしておそらく、今まさに歩いてくるこいつは、多分そういう部類なんだろう。
態度は普通に偉そうだけど、一応それなりに実力はあるみたいだ。歩き方に軸がある。

ナナさんやシェリーさんといった、きちんと訓練された武を持つ人達と付き合うようになってから、なんとなく……僕にも、歩き方やたたずまいでつわものを判別するってことが出来るようになりつつあるので……隠そうとしていなければ、そのへんもわかる。

その二枚目は、僕から数歩離れたくらいの位置で立ち止まると、口角をさらに上げて、初っ端から得意げに話し始めた。

「やあ、君だね? 今のこの城に賓客として呼ばれている、最近話題の冒険者というのは」

うん、見事に上から目線。予想したまんまだ。

「……たぶん、そうだと思いますけど。どちらさま?」

「おやおや、自己紹介が必要か。一応これでも、この王都じゃ知らないものがいないくらいには有名である自身があったんだが……ふふっ、まあ、どこの出ともわからない田舎者くんじゃあ仕方ないね」

いうと同時に、取り巻き連中からくすくす、とかいう笑い声が聞こえてくる。
視線は、こちらも同じく見下し気味。無知をあざ笑っているのがよーく伝わってくる。

「よしたまえ君達、笑っちゃかわいそうだよ。さて、冒険者君……私はリンドール家の長男、テイラー。この王城の特別訓練生の6席の銘を与えられている。もっとも、すぐに首席となり、知らない方が恥ずかしくなる名前だから、きちんと記憶しておきたまえ」

大体この辺で、なんかめんどくさい奴に目付けられたな、と僕は認識していた。

……僕の勝手なイメージかもしれないけど、こういう鼻にかけたような言い方で見下してくる奴って、言動・行動ともにろくなのいなさそうなんだよなー……。

冒険者の中にも、エリートぶって周りを見下しているのとか結構いて、時々絡まれたりするし。我が『邪香猫』は、かわいい女の子が多いもので。

まあ、冒険者なら肉体言語が通用するから対処には苦労しないんだけど……さてさて、この場合はどうあしらうのが果たして正解なんだか。

「はあ……ご丁寧にどうも」

「いやいや、無知な者を諭すのも上に立つ者の役目さ、気にすることはないよ」

「さすがはテイラー様、お心が広いのですね」

「ええ。さすが、ゆくゆくは騎士団総帥の地位に座るお方」

「おい貴様、テイラー様がわざわざ名乗ってくださったんだぞ、さっさとお前も名乗れ!」

取り巻き1、2、3が媚売ったり喚いたり。
それで悦に浸ってる感じになってるのも手伝って、このテイラーとかいう訓練生、この数秒で一気に小物感が増した。

まあ、無視するわけにもいかないので、適当に名乗っておく。

すると二枚目、じゃあ本題だとばかりにパン、と手を打ち鳴らし、相変わらずの見下し視線で僕を見据えると、

「さてミナトとやら、人生の先輩として、人生経験に乏しい君に、ひとつ忠告させてもらおうかな。いいかい、人というのは、成功が続くとどうしても調子に乗ってしまう生き物なんだ。聞けば、君は僅か数ヶ月でどんどん出世というものを体験したらしいじゃないか。成績としては素晴らしいが……それであまり自信過剰になってはいけないよ?」

……藪から棒に何?

「人生に置いて成功する秘訣とはね、過大評価も過小評価もせず、自分に見合った評価を常に心に置いておくことなんだ……わかるかな?」

「ええ、まあ」

「そう思うだろう? けど、君は多分わかっていない。調子に乗って、必ず身を滅ぼしてしまうに違いない……」

「はい?」

どういう意味?

「君は、自分ではわかった気になっているけど、本当はわかっていないのさ。だから、いつか調子に乗って失敗してしまうだろう。けど、君のように将来有望な若者がそんなことになってしまうのは、先輩として心苦しい。そこで提案なんだが……」

一拍おいて、

「私と勝負しないかい?」

「……何で?」

ホントに……なんでそうなる?
さっきから文脈から何からいろいろおかしい。何で、僕の身を押し売り気味に心配した挙句、そんな風に勝負申し込んできてるんだあんたは?

「貴様、無礼な!」

「いいんだよ、ラッツ」

と、思わず使ってしまったタメ口に取り巻きが反応するも、寛大さを見せてテイラーがそれをとどめていた。……おそらくは、自分に酔いながら。

「わからないか……それも仕方ない。いいかい? 調子に乗っている者を正すには、それ以上の力と正しい心を持つ者の刃が最も効果的なんだ。模擬戦の中で、私なら君に教えてやれる。君の思い上がりを……そして、君が目指すべき強者の姿というものをね」

……なるほど、大体わかった。

つまり、そこそこ自分の力に自身があるコイツの目的は……今何かと有名になってる僕を叩きのめして悦に浸ることか、有名な冒険者を下したことによる名声を得るか、そのどっちかってわけか……いや、どっちもかも。

と思ったら、もっとわかりやすい下心が次のセリフで見えた。

「その方がいいだろう? 何せ君には、付き従う美しい女性があんなにいるようだからね」

「はい?」

ちらっ、と、

キザ男が視線を向けた先には……訓練生達との模擬戦を一時中断し、休憩タイムに入りながらこっちを見ている、エルク、シェリーさん、ナナさんの3人が。

その3人を見て、またにやりと笑うキザ。

「君の部下なんだろう、彼女達は? あまりに可憐だったから、せっかくだしもてなして差し上げようと思って、先ほどお茶に誘ったんだけどね……断られてしまった。その時に、彼女らのリーダーである君の話を聴いたのさ」

「はあ」

「彼女達から信頼されているようで何よりだよ。けど、同時に心配になってね、今言ったことが。だから彼女達のためにも、僕が先輩として一肌脱ごうと思ったのだよ」

……ああ、これか、目的。

エルクたちを誘ったけど断られた。その際に……多分シェリーさんあたりじゃないかな、断る時に何かの話で僕の名前が出て……こいつは腹いせに僕を叩こうとしてる。もっともらしい理由をつけて。
あわよくば、それで自分を見直させてあらためて誘おうとか考えてもいるかも。

「そういうわけだ、いい考えだろう? もしよければ、ここで会ったのも何かの縁だ、後であらためてお茶会に誘わせてもらえないかな? ああもちろん、君は来なくていいから」

「……なんで?」

「敗者が勝者のもとに、仲間と一緒に赴くなんて惨めで恥ずかしいだろう?」

けっこうストレートに自分の欲望を吐露し始めてることに気付いてないのかな、こいつ。

すでに不快な感じにしか見えない、ニヤニヤした笑みをそのままに……『もちろん受けるだろう?』的な視線を向けてくるキザ男。

おそらく、自信で溢れてるんであろうその脳内には、僕を倒し、今まで僕を慕っていたエルクたちが自分に鞍替えしてちやほやされる図まで浮かんでるんだろう。そして、その後のお茶会や……あわよくばその先、もっと親交を深める所まで。

考え方や目的はだいぶ違うけど……そういや前にもいたな、他人を組み込んで勝手なシナリオ作って、その通りになると思ってる正義バカが。

心根だけは一応正義だったアレとは違い、こっちは100%我欲だけど(だからって何がいいとかマシってこともないが)。

ともあれ、結論から言えば、そんな面倒なことに付き合う必要も義理もないわけで。

ちらっと視線をやると、エルクたちも普通に迷惑そうな顔してるし、こういう奴には関わらない、相手にしないのが一番。……関わらないって点ではもう手遅れだけど、アプローチ向こうから、しかも前情報ない段階で来たから仕方ないだろう。

さて、受けると信じて疑ってないこの優男に、どう断ろうか……と考えていた、その時、


「よいではないか、受けてやれば」


「「「!?」」」

と、
よく通る、そしてかなり聞き覚えのある声が訓練場に響き渡り……全員の視線がそっちに向けられる。

そこには……

「め、メルディアナ殿下っ!?」

取り乱して変な声を上げてしまったキザ男。
しかし無理もない。相手が相手だ。

たった今名前を呼ばれた彼女……メルディアナ王女は、昨日とはまた違ったドレスを身にまとい、全員の視線を浴びながら、しかしそれを気にする様子もなくつかつかとこっちに歩いてくる。

驚きで全員言葉がでないままに、彼女は僕とキザ男から数歩という距離まで歩いてきて……そこで、言葉を失っていたキザ男が再起動した。

慌てて体裁を整えようと、

「……お、おほん。こ、これはこれは王女殿下、ご機嫌麗しゅう……このテイラー・リンドール、このようなところでお目にかかれるとは光栄で「長い」……は?」

……相変わらず平気で色々ぶっ壊す王女様である。
空気読む気、ゼロ。都合に合わせる気、皆無。

その皇女様はと言うと、再び動作不良に陥ったキザと目を合わせることなく、僕の肩にぽん、と手を置いてしゃべりだした。

「ちょうどいい時にちょうどいい所で会ったな、ミナト。お前に用があった」

「……何でしょ?」

「ヘッドハンティングするに当たって、一度お前の実力というものをこの目で見てみたいのだ。ひとつ、模擬戦を行ってみせてはくれんか?」

「……あの、ヘッドハンティング自体お受けした記憶がないんですが」

「それはわかっている。ただの実力の確認だ。もしお前が強ければ……」

「強ければ?」

「より熱が入る。私に」

イコール僕が面倒になるんですね、わかります。

と、ここでキザ男、再々起動。

「お、王女殿下!? あ、あの……今、何と? この者をスカウトなさるとおっしゃっていたように聞こえたのですが……」

「ああ、そう言ったぞ? 実力いかんで決めるがな」

どのくらい熱を入れるか決めるんですね、それもわかります。

すると、キザ男の頭はその言葉を都合のいいように解釈したらしい。
意外と早く落ち着きを取り戻し、『なるほど』とでも言いたげに頷いている。

「左様でしたか……ふむ、ミナトとやら、君は本当に運がいいね。この状況……私の申し出は正に渡りに船じゃないか。しかも、メルディアナ殿下がご覧になるとなれば、これはもう御前試合も同然だ。お互い正々堂々、全力を尽くして戦おうじゃないか!」

王女様の言葉を最大限都合のいいように解釈し、さらに自分に都合のいいように状況を持っていったテイラーは、そう一気に言いきった。まるで、話し合った末の結論であるかのように。

王女様の名前を大義名分にして、僕が受けなきゃおかしい感じの空気に。

しかも、目的は全く違えど、王女様は実際に僕の戦いを見たがっているわけで……どうやら、極めて面倒だけど、この勝負受けるしかないようだ。

と、ため息をつきそうなくらいに僕がうんざりしてたら、ふと視界の端に、王女様が何やら奇妙なことをしているのが見えた。

得意げに話すキザでも、うんざりしている僕でもなく……休憩しているナナさん達に視線を向け、ぱくぱくと声を出さずに口を動かしている。

そして、
その先にいる3人のうち……ナナさんが、何やら真剣な表情でそれをじっと見ていた。

それが数秒続いたかと思うと、今度はナナさんがエルクに何か耳打ち。
うんうん、とエルクが頷いたかと思うと、エルクは視線を僕に向け、

『ミナト、聞こえる?』

念話を飛ばしてきた。

『どしたの、エルク?』

『王女様から伝言、っていうか、指示らしいわよ。『こいつで貴様の力量を測れるとは思っていない。さっさと終わらせろ』……だってさ』

……なるほど、そーでしたか。

つまりさっきの謎の口パク……唇の動きで伝言内容を伝えてたんだ。
そして、どうやら読唇術をも会得しているらしいナナさんが、それを読み取って……エルクに伝えた。後はエルクが僕に直接伝えれば、指令完了、ってわけだ。

ちらっと目をやると、腕組みで仁王立ちしているメルディアナ王女が……ちょうど、キザ男からは見えない位置で、僕に対して直接、指でサインを追加していた。

まず、指を3本立てて、
そして今度は、親指だけを立てて手を握り、そのまま親指をぴっと下に向けて振る。

それを、もう1度繰り返す。……ふむ。

……『3秒で』『殺れ』かな?

とりあえず、サムズアップで返しておいたら、満足そうな笑みが返ってきた。


☆☆☆


訓練場。
いつもは、何人、何十人もの向上心溢れる『訓練生』たちが、互いに競い合い、武術を磨き上げている場所。

しかし今そこに立っているのは、たった2人だけ。

1人は僕。
そしてもう1人は、さっき突っかかってきたキザ男。

「ふぅ……まさか、メルディアナ殿下の御前での戦いになってしまうとは、さすがに予定外だ。でも、ふふっ、ちょうどいいかな。いずれはあのお方の隣に立つことになるんだから……今日この時にまずは、僕の勇姿をごらん頂くとしよう」

「それって、さっき言ってた理由でですか?」

たしかさっき、ゆくゆくは『騎士団総帥』になるとかなんとか寝言聞いた気がする。

騎士団の総帥……それってつまり、ドレーク兄さんの後継者になるって意味だよね? あんたが? ……100%無理でしょ。

「ああ、それもあるが……我がリンドール家は公爵家だ。これから華々しい業績を打ち立てていけば……ふふっ、王家のやんごとなき血筋に加わることだってありうるのさ。言ってみれば、未来の姉か、もしくは妻の前で武勇を見せるに等しい……」

「……はあ」

……野心が一級品なのはわかった。

ナナさんから、位の高い貴族は王族の結婚相手になることもある、って聞いたことがある。実際、今の王様は婿養子で、そういう経歴らしいし。
たしか家が公爵家で……騎士団から引き抜かれて結婚したんだっけか。

それに倣おうとしてるのか、はたまた単に自分の野心その他が導き出した人生設計なのかは知らないが、こいつは将来、相当な出世をする気でいるらしい。

騎士団でどんどん手柄を立てて、『騎士団総帥』になる。
そしてそこで更に功績を重ね、ゆくゆくは王族と結婚……そしてあわよくば、国王。

あそこにいるメルディアナ王女をして、未来の妻か姉と言ってのけた。彼女と結婚できれば妻だし、その妹……レナリア王女との結婚なら姉か。

間にもう1人、次女がいるはずなんだけど……そういやまだ会ってないし、名前も聞いてないな……ま、いいか、後でナナさんにでも聞こ。

さて、
あらゆる意味でどうでもいいキザ男の将来設計は放っといて……そろそろ始まるな。

相手も一応それを悟っているようで、先ほど取り巻きから受け取っていた、模擬戦用の剣を鞘から抜いた。刃を潰した、訓練用の模造刀を。

「さて……ミナト、この戦いの結果がどうなろうと、君は恥じることは無いよ。どれだけ悔しくても、惨めでも……それを糧にして、乗り越えて前に進めばいいんだから。大丈夫……今日一晩くらいなら、男が枕をぬらしても、彼女達も大目に見てくれるさ」

……まあ聞き流すとして。

審判役は、メルディアナ王女が即決で適当に決めた……先ほど僕に『稽古をつけてください!』って言ってきた女の子だ。

その子が、フィールドの縁に立ち、僕とテイラーの双方に準備はいいか聞いてくる。
それに対し、僕もテイラーも了承。

テイラーはその時、またキザったらしく審判の女の子にウインクなんか飛ばしてた。

それで自分の味方になるとでも思ったのか、はたまた普通に色目使っただけなのかはわからないし、騎士団の中にはソレで落ちる娘ももしかしたらいるのかもしれない。
が……この娘は違ったようで、迷惑そうな顔で口元をヒクつかせていた。

「そ、それでは……両者、騎士の誇りにかけて、尋常な勝負をなさいますように……始めっ!」

と、
彼女が言った瞬間、キザ男ははこっちに向けて駆け出していた。

顔には、先ほどまでと同じ……戦う前から根拠もなしに勝利を確信した、ニヤニヤとした笑みを貼り付けたままで。

けど、訓練生6席……上から6番目ってのは、別に誇張でもなんでもなかったようだ。
なかなか踏み込みは素早いし、切りつける軌道もかなり鋭くて無駄が無い。長い年月をかけて訓練され、鍛え上げられた武術、って感じがする。

どこか教科書どおりっていうか、堅苦しい動きに見えなくもないけど……それでも、そんじょそこらのにわか冒険者や一平卒の軍人なんかじゃ、対応できない腕だ。訓練生の中でかなり上位に位置する実力だっていうのも、うなずける。


……けど、


「はぁぁーっ!!」

「ほっ、と」

――ゴキン

「あがっ!?」


やっぱ、大口叩いてくれた理想からは程遠い……って点に変わりは無いな。


威勢よく切り込んできたその一撃を、横に一歩ずらしてかわし……すれ違いざまに、軽く顎に一発叩き込む。

鈍い音と短い悲鳴がして……キザ男は、突っ込んできた勢いそのままに、顔からずべーっと崩れ落ちた。受身も取れず、かなり無様な感じに。
まあ……気絶してたし、無理ないけど。


☆☆☆


「さて……貴様達に問おう、訓練生諸君。今の、たった2秒ほどの戦いにおいてだが……ミナト・キャドリーユの拳を目で追えた者、挙手せよ」

慌てた取り巻き達に運ばれ、訓練場からキザが退場した直後、
空いたフィールドに当然のようにつかつかと歩み出て、観客(訓練生)達を前に王女様が言い放ったのが、そんなセリフだった。

皆、一瞬ドキッとしたように身を震わせたが、そのうち、ちらほらと手を挙げる者が現れ始めた。

人数としては……数人。
内、自信持って挙げられてる人は、さらにその半分ぐらいだ。

その中に……よく見ると、灰色の髪の毛の、見覚えのある顔もいたけども。

その様子を見て王女様は、感心するでも嘆息するでもなく、

「……見えた者は、その目を誇るがいい。だが見えなかった者も落胆することはない、今出来ぬのなら、鍛錬を重ねて見える域に至ればいいだけの話だ。そして、両者共に、この戦いでわかったと思うが……貴様らは等しく未熟だ!」

「「「!!」」」

大声で、そういい切った。

「だが少なくとも今は、それを恥じる必要は無い。『訓練生』たる貴様らの仕事は、不断の努力によって、一刻も早くその域を脱することにある! だが……現状を全てと見て満足し、惰眠をむさぼることを選んだ者の末路は……今しがた見たとおりだ」

「「「…………」」」

「席位を持っていようが『訓練生』は『訓練生』、未熟だからこそここにいる、それを忘れてはならない! 弱さから目を背けた瞬間、人の進歩は止まる。自分は不完全だと、未熟だと自覚し、その上でそれらを潰していくことに腐心せよ! 忘れるな、今お前達が背中を見ている強者達は、間違いなくその道のりを乗り越えてきた存在だ!! それが面倒だろうと、時間がかかろうと、貴様らがいずれ得るべき『強さ』は、その先にある!!」

静まり返る訓練生達。言葉を発するものはいない。

しかし……王女様からの、やや乱暴な、しかし熱意の確かにこもった激励を受け取った結果であろう。強い意思っていうものが、ほとんどの者たちの目に見て取れた。

さっきの、僕を踏み台にする気まんまんだったキザ男を、逆利用。
見事に、キザ男を踏み台にして……ここにいる訓練生達に火をつけた。

この王女様、やっぱりただの気分屋じゃないな。

さっきは眺めるだけだった彼女は、さっきとは明らかに目の色を変えた訓練生達を前に……今度は満足そうにうんうん、と頷いた。

「……面構えが変わったようだな、結構」

鋭い、といってもいい、王女のつり気味の目。
先ほどまでであれば、キッと見られたらひるんでしまっていたかもしれない訓練生達はしかし、何らかの自覚を持った現れなのか、1人として目を背けずにその視線を受け止めている。

心の中では、素直に感心してるのか……それともこれは『計算どおり』なのか。

どっちにしろ、この王女様はやっぱりかなりのやり手なんだってことと……あのキザ男も少しは役に立った、って結論でいいか、まあ、うん。

すると王女様、ふっと笑みを崩していつもの顔に戻り、再び訓練生達を見渡して、

「さて、それはそうと貴様達、私がここに来た目的だが……ミナト・キャドリーユが訓練場に向かったと聞いてな、実力を見るいい機会だと思って脱走してきたのだ」

……最後の部分はあえて突っ込まないとして。

しかし、と王女様、今度は眉間にしわを寄せ、こころもち不満そうな表情になって続ける。

「相手がアレでは、わかる実力もわからん……ミナト、もうあと何回か、他の誰かと戦ってみてはくれんか?」

「え、またですか?」

「ああ。別によかろう? もともと貴様、戦いそのものは好きでなくとも、その中で何かを学べて、成長につながるような戦いなら『経験』として割と好きなようだし」

「……あの、昨日から思ってたんですけど……何でそんなズバズバ当てられるんですか?」

僕、それらに関する情報一言もしゃべってないんですけど。
少なくとも、この王女様の前で……どころか、この王都に来てからも。

「なんとなくだ、気にするな」

えー。

「それよりも、だ。元々貴様、こやつらから模擬戦申し込まれておっただろう? それをいっそ受けてやれば、こやつらの訓練にもなるし、私は貴様の実力がわかるし、貴様も……まあ、何かしら得るものはあるだろう。冒険者の、ましてや駆け出しなら、盗賊や魔物を相手にすることはあっても、訓練された兵を相手にした戦闘経験はそうあるまい?」

ああ……なるほど、そういう考え方もあるか。

確かに、盗賊や金持ちの私兵、時には同業者まで……冒険者になってから、色んな対人戦の経験を積む機会があった。

名前が売れてきてからは、僕を倒して名を上げようとか、商売の邪魔されて腹立つとか、一緒にいる女が美人だとか、色んな理由で難癖つけて襲われたし。
まあ、全部返り討ちにしたけど。

しかし確かに、軍隊がやるような、本格的できちんとした訓練を積んだような敵と戦ったことはあんまり無いな。
『花の谷』の漁師共、『トロン』の私兵、『チャウラ』の海賊……どれも、戦闘力はそれなりだったけど、動きなんかは割と雑多なもんだったし。

でも今、僕の目の前にずらっと並んでる数十人の若者達(って言っても僕より年上の人も結構多いんだけど)は、正規の軍隊として厳しい訓練を受け、一対一から集団戦に至るまで、色々な戦術を勉強している方々。

確かに、今までとは一味変わった経験が出来るかもしれない。
そう言われると、興味ある。

「……それにあんた、いつかそういう人達相手に戦うことになりそうな気もするわよね」

「あ、それ言えてるー。さすがエルクちゃん」

「正規軍相手にですか? ……否定できないのがミナトさんの怖い所ですよね」

そこ、うるさい。

さっきまでの模擬戦で乱れた息がすでに整っている3人……エルク、シェリーさん、ナナさんは、ミュウちゃんと合流してベンチに座り、完全に見物モードである。

そして、

「よし貴様達! 今日はこれから、AAAランク冒険者・ミナトとの特別模擬戦闘訓練を行う! 滅多に無い機会だ、総員少しでも多くのことを学べるよう努力せよ!!」

「「「はっ!!」」」

僕の返事なんぞ待たんとばかりにさっさと訓練生各位への説明に入ってる第一王女様。目線で『えー』な僕の心中を表現してみるも、こっちを一瞥もしない。

……やっぱこの娘、わりと暴君かもしんない。


☆☆☆


結論から言うと、
たしかに、正規の騎士団印……の訓練生の皆さんとの訓練は、かなり有意義な時間だった。

予想通りって言っちゃなんだけど、そこまで強い奴はいなかったけど、それでも、いつも相手にしてるゴロツキ連中や盗賊なんかよりもよっぽど強かったし。

訓練生相手の模擬戦は、一対一と多対一の両方のパターンで行った(半ば強制)。

そこで露骨に感じたのが、連携が取れてたり立ち直りが早かったりと、基礎をしっかり鍛え上げてるからこそ可能になる動き。

随所に見られるそれが、彼らが普段からそれだけ勤勉に努力を積み重ねて強くなってきたんだ、ってことを雄弁に物語っていた。

……感心すると同時に、つくづく思う。
あのキザ男は、本当にここで彼らと一緒に修行していたんだろうか、と。

いや、確かに実力はあったけども……その他の部分が色々足りなすぎだったしなあ。

しかしまあ『訓練生』とはいえ、将来のエリートと期待されているだけのことはある。ここにいる人達全員、軒並みDからCくらいの実力は確実に持ってるし。
言っちゃなんだけど、『真紅の森』でスウラさんが率いてた兵隊達よりも強い。

多分この中には、将来Aランクかそれ以上のところにまで手が届くような人も混じっているんだろう。今はまだつぼみだけど……いつか花を咲かせる準備をしながら。
戦ってる中で、そういうのがけっこうよくわかった。

そして、

その筆頭格が……今、僕の目の前に立っている。


灰色の髪に薄褐色の肌、そして、真面目な表情になると気の強そうにキリッとする目が特徴的な彼女、

特別訓練生『第3席』ギーナ・シュガークが。


「はぁあっ!!」

「おっと」

ぶおんっ、と、

空を切り裂くような轟音を立てて、ギーナちゃんの拳が唸る。
目にも留まらぬ速さと、おそらくはそのへんの魔物なら一撃で殺せる威力を伴って。

横に一歩ずれてその一撃をかわした僕のところに、今度は追撃の回し蹴りが飛んでくる。
これまた、細目の木なら幹をべキッとへし折れそうな勢いだ。

1つ1つの動作に無駄がなく、次の動作へのシフトも迅速。隙も当然少なく、その分速さと威力がかなり強化されてる感じ。

冒険者にしたら、Aランクくらいにもなりそうな戦闘力だ。
もともとあったであろう才能に、騎士団式の厳しい訓練が合わさった結果だろう。

その結果が、彼女の『第3席』という肩書きに如実に現れている。
事実、さっきのキザ男(6席だったっけ?)よりよっぽど強い感じするもん。……精神面でも圧倒的に大人だから、ってものあるかもしれないけど。

そしてもう1つわかったこと。
一昨日町で一緒に歩いた時からそうかなとは思ってたんだけど、彼女やっぱり、僕と同じく戦闘スタイルが『徒手空拳』のようだ。

訓練生達の中で唯一武器を持たず、鉄製の手甲と脚甲のみを装備。
その状態で、シャドーボクシングの要領でウォームアップして待ってたから、そうかなとは思ってたけども。

そして実際に戦ってみると、予想以上に洗練された動きに驚かされた。

僕自身徒手空拳使いだからよくわかる。ギーナちゃんの動きは、基本の反復練習を怠らず繰り返し、長い年月をかけて無駄な動きを削ぎ落としたそれだ。

型通り、って言えば確かにそうなんだけど、僕や母さんみたいないかにも我流って感じの格闘術とはまた違った凄みを、戦闘中の一挙手一投足から感じる。
町で戦った後の時、全然本気じゃなかったんだ。

大したもんだ、この年齢で。
……いや、僕と1コしか違わないんだけどね? その……精神的に? 前世とあわせれば、僕もう30超えてるし。

……精神的には肉体年齢より下かもだけど。

互いにバックステップで距離をとる僕とギーナちゃん。

試合開始直後からずっと張り詰めた緊張感を、そして集中力を維持している彼女。その目には一点の曇りもなく、構えには相変わらず隙がない。

それでいて、普通の奴がうかつに近づけば一撃で、それこそ食らったことを気付くかも怪しいほど素早く意識を叩き落されること間違いなし。本気のギーナちゃんの周囲の気圏には、そんな感じのプレッシャーが漂っている。

それとは対照的に、僕は構えすら我流なので、比べると圧倒的に隙は多いんだけど……それすらもカバーできる動きが出来るように叩き込まれてるので問題なし。

そしてそのことは、待ってる間の見学や、さっきまでの数分の手合わせの中でギーナちゃんもわかっているんだろう、うかつには踏み込んで来ない。

「しっかし、やっぱレベル高いねえ……」

「? ここの訓練生が、ですか?」

「それもあるけど、特にギーナちゃんの体術。普通に魔物とか素手で一撃でしょ?」

急に褒めたからか、びっくりしてちょっと顔が赤くなるギーナちゃん。あ、今の少しかわいい。

「え、ええまあ、ある程度までなら……お褒めいただき光栄です。ですが……」

「ですが?」

「……実際に戦ってみてわかりました。ミナト殿もやはり、お強いですね」

「ん、ありがと」

簡単に答えて、構えなおす。
それが合図になったかのように、ギーナちゃんも素早く呼吸を整えて……踏み込んできた。

慎重ではあるけど、そうなりすぎて守りに徹する形になるつもりは無いらしい。隙があればそれを見つけて、隙がなければ無理矢理作り出そうと、積極的に攻めてくる。

……なんか、昔の自分を見てるみたいだ。
母さんっていう、未だに足元にも及ばない相手に、しかし怖がって守ってばっかりじゃ何の解決にもならないからって、とにかくせめて突破口を見つけようとがむしゃらだった、あの頃の僕を。

……っと、昔をしみじみ思い出すのはこのぐらいにして、集中集中。

フェイントを織り交ぜて繰り出され、僕の顔の横3cmをぎゅん、と勢いよく通過するギーナちゃんの拳。

最初のうちに比べて明らかに威力が上がっている=遠慮がなくなっている。
岩くらいなら砕けそうな威力だ。常人ならよくて粉砕骨折、悪くて即死だろう。

そんな大口径ライフルみたいな威力の拳が、1秒と間をおかずラッシュで襲ってくるけど、僕はそれを全て受けるかかわす。さすがに至近距離での連打全部をかわすのは無理。

まあ、普通は受け止めるのも無理な威力なんだろうけども。

事実、目の端に映る観客(訓練生)達の顔は、おそらくギーナちゃんの本気の拳の威力を知っているからだろう、それを手で容易く受け止めている僕の防御に対し、驚きを隠しきれない様子だった。

一方、僕の実力を知っているエルクたちはむしろ、ギーナちゃんの動きの鋭さや力強さに感心している様子だった。

職業柄、色んな所で戦闘を行う機会があるのが冒険者。目の前に実力者がいれば、注意深く見てしまうのは仕方ないとも言える。

目で見て相手の実力をきっちり判断し、自分が太刀打ちできるか推し量らなければいけない。それが出来なければ、強敵との安易な戦闘=死……に直結するわけだから。

現在Aに近いBランクのエルクの目には、そんな真剣さが浮かんでいる。

ナナさんはまた違った感じで、何ていうか……順調に育っている後輩を見て嬉しく思う先輩みたいな感じの、感心と喜びが混じった目だった。
まあ、実際そうなんだけどね。OGだし。

……で、危険なのはシェリーさんだ。
真剣さと同時に、獲物を見つけた肉食獣みたいな歓喜と興奮、期待が眼光からにじみ出ている。この戦闘狂……完璧にロックオンしやがったな、この将来有望な拳闘少女に。

最後にミュウちゃんは……じっと見てるのはみんなと同じだけど、相変わらず眠そうな目なのでよくわからん。

そんな様々な視線が見つめる中で、試合も終盤に。

最適な間合いを保って連打を繰り出していたギーナちゃんだけども、僕が攻めに転じようかと思って、後ろに片足引いて地面を踏みしめた瞬間、直感的に危険を察知したのか、隙が会ったにも関わらず後ろに跳んで退いた。

しかし、そのくらいじゃあ逃げ切れない。
僕もさっきのギーナちゃん同様素早く踏み込み、一瞬で間合いをつめる。

「……っ!!」

ギーナちゃん、腕を顔の前で×の字に組んで防御し……0.5秒後、そこに僕の正拳突きがヒット。

……が、予想外に軽かったその衝撃に、それがトラップだったと気付いて、はっとする。

その驚きが如実に現れたその表情は、次の瞬間わき腹に叩き込まれた、僕の本命の掌底で苦悶のそれに変わる。
腹部から上半身にかけて衝撃が突き抜けるように叩き込まれ、普通ならまず気絶確定の一撃で。

「がっ……は……!」

さっきまでの他の試合で、何人かの訓練生を気絶させてきたこの技だけど……この少女はやはりその程度じゃなかったらしい。歯を食いしばって苦しそうに耐えてはいるものの、意識ははっきりしている。

それでも隙だらけなのに変わりは無いので、延髄に手刀一発で決着……と思ったら、なんとギーナちゃんから予想外の反撃が。

勢いよく体をひねって横に避けると、構えも何もせず、体当たりよろしくそのまま突っ込んできた。

これはさすがに予想してなかったので避け切れず、もう片方――さっき囮の正拳突きを打った方――腕でとっさにガードしようとしたら、

当たる直前、ギーナちゃんは肩を引き、頭を前に出し、あろうことかそこでいきなり跳んだ。
その結果、どうなったかというと……


――ガスッ!! と、

「あがっ!?」

「「「んなっ!?」」」


見事な頭突きが、完全に不意を突かれた僕の顔面にクリーンヒットした。

しかも、とっさに出したにしては、きっちり体重も乗ってて踏み込みも力強く、勢いのあったそれが直撃し、完全な不意打ちだったこともあり、小さくだがのけぞってしまう。

けど……それとは別な理由で、僕は少し戸惑っていた。

(……今の頭突き、は……?)

彼女の額が鼻の頭に直撃する形で、キレイに入ったヘッドバッド。

不意打ちだったのはもちろんだけど、それとは別に今の一撃、何だか、よくわからない妙な感じがしたような……?
威力もそうだけど、感触、というか……何だ、この違和感?

と、一瞬僕の思考が横道にそれたその瞬間を彼女は見逃さず、のけぞっている僕とすれ違うように前に踏み込み、僕の背後に回る。
そして直後、後ろから、ぶぉん、と唸るような風の音が聞こえた。

驚いて振り向いた僕の視界に一瞬だけ、飛びまわし蹴りを放ったギーナちゃんの姿が見えて、

その直後、
必殺の一撃が、吸い込まれるように僕の顎に叩き込まれた。


☆☆☆


まあ、その後普通に勝ったけども。

顎にあんな強烈な蹴りが入ったら、普通なら一発で脳震盪起こして気絶だろうけど……僕の場合、あのくらいなら脳はほぼ揺れないので。

それに加え、空中技の大弱点、次の行動に移りづらい、ってのが災いしたのである。

ヒットの直後……普通に意識のあった僕は、『油断するなんて僕もやっぱまだまだだなあ』なんて反省しつつ、顎の位置に浮いてた彼女の足をがしっとつかみ、

全力の蹴りが顎にクリーンヒットしたことで、さすがに気絶したと思って油断してたらしいギーナちゃんの『えっ!?』て驚愕の声を聞きながら……そのまま足をつかんで、彼女を上空に投げ上げる。

「……!? ――!? きゃぁああ―――っ!!?」

結構全力で投げたので、上空数十mまで飛翔したギーナちゃんは……さすがに結構な驚きと恐怖に襲われたらしく、年相応の女の子らしい悲鳴と共に落ちてきた。

そのタイミングにあわせて……『風』の魔力をこめた拳を、寸止めになるように上に向けて打つ。

発生した暴風がクッション代わりになり、ギャラリーやギーナちゃん自身が予想したであろう、飛び降り自殺的な大惨事にはならず、数秒間を置いて地面に降り立った。
さすがに上手く着地は出来なかったようで、お尻からだったけど。



で、それから数分後。

「やりすぎ」

「あいたっ」

びしっ、と、
エルクの手刀が僕の脳天にヒット。はい……反省してます。とっさだったのでつい……

今、ギーナちゃんの怪我の手当てを済ませて、休憩タイムってことで皆で談笑してる所だ。

面子は、いつもの『邪香猫』メンバー(ザリーはいないが)と一緒に、

「やはり、レベルの違いを痛感しますね……完敗どころの話ですらありませんでした。そもそも、勝負になっていた気がしないです」

「そう? いやーまあ、ちょっとだけギーナちゃんより長くやってるしね、多分」

「……ミナト殿、私と同い年ですよね? 私、6つの頃から村にあった道場に通いだしたんですが……」

「あ、やっぱり。僕始めたの5つの頃だよ」

「……それでも、たった1年のキャリアの差で、あそこまで酷い違いは出ないんじゃないかと……」

「そこは気にしちゃダメよ。こいつはいつも……っていうか、最初からこうだから。いちいち反応してたって疲れるだけよ?」

「そ、そうなんですか……それで皆さん、落ち着いていらっしゃるんですか?」

と、ギーナちゃん。なんだか、額にでっかいマンガ汗が見える。

けどまあ確かに、その反応もわかるっちゃわかる。
さっきの蹴りが僕に全然聞いてなかった時も、ギーナちゃんのノーロープ逆バンジーの時も、邪香猫一同、全然動揺してなかったからなあ……。

「まあ、アレよりすごいの結構見てるしね」

「はい、ミナトさんに常識が当てはまらないのはいつものことですから。気絶させようと思ったら、それこそ……うん、Aランクの魔物を一撃でしとめられるレベルの威力は必要でしょうね」

「いえいえ、多分それじゃ足りないですよー? ほら、『クラーケン』の時、明らかにそんなもんじゃない威力の一撃貰っても気絶しなかったじゃないですか」

「いや、あれは『ダークジョーカー』だったからで、普通の状態だったらもっと……っと、ごめんごめん、内輪だけで盛り上がっちゃった。置き去りにしちゃったよね」

「……いえ、とりあえずミナト殿の実力はあんなものじゃないというのはわかった気がしますので、いいです。……はあ、全然本気じゃなかったんですね」

脱力し、落ち込むギーナちゃん。
そしてそれを見て、なぜか『うんうん』と頷く『邪香猫』の女性陣。

まるで、かつて同じ思いを味わったかのように。
……うん、わかってるんだけども。

「まあでも、先ほどの試合は私も拝見させてもらいましたが……十分すぎるほどお強いと思いますよ? ギーナさんは」

と、ナナさんの講評。

それを聞いて、脱力状態から一気に覚醒するギーナちゃん。
当然か。ナナさんは元『直属騎士団』の副隊長。彼女にとっては大先輩なわけだから。

そのナナさんも、どこか後輩にアドバイスをする先輩みたいな空気やまなざしで、聞く姿勢に入ったギーナちゃんと正面から向き合う。

「まあ、ミナトさんの肉体強度云々は言うだけ無駄だと思うので置いておきますが……率直な感想を述べさせていただければ、本当にギーナさんは優秀だと思いますよ? 一昨日町でその戦闘を拝見した時から思っていましたが、ここまでとは」

「あ、ありがとうございます……お褒めいただき、光栄です」

「スピードやパワー、持久力や集中力といった基礎能力はもちろん、重心の取り方や踏み込みの勢いも言う事無しです。隙も少なく、基礎訓練をどれだけ真剣に、濃い密度でやっていたかがうかがい知れるようでした。欲を言えば、相手の動きをもっと正確に把握した上で……」

うん、うん……と、食い入るような感じでナナさんの話を聴いているギーナちゃん。
何だか、このひたむきで一生懸命な姿勢には、今までに無いタイプの魅力を感じる。

基本僕の周り、自由人ばっかりだし……スウラさん以外は。

ギーナちゃんみたいな、いわば『忠犬』とでも言えそうな真面目さ・真っ直ぐさを前面に押し出しているような人は、何というか、新鮮だ。

というか、今思い出したんだけど……こういうのって、生前の日本人的な価値観によくマッチしてる気がする。
真面目さや謙虚さ、相手への敬意を常に心にすえて持ってる感じが。

もっとも、職業やら世界観やら、その他色んなものが当然のごとく異世界要素なせいで今まで気付けなかっただけでなく、今もこれを『日本的』と言い切るには抵抗あるけど。
大和撫子……って感じなわけじゃあ、決してないし。あくまでも『感じ』なのだ。

それはそうと、

ナナさんの講評が、ギーナちゃんが僕の隙を見事について頭突きと飛びまわし蹴りのコンボを叩き込んだ部分に差し掛かった所で、ふと、僕の頭にある疑問が浮かんだ。
浮かんだというか、思い出した。

あの頭突き。そして、その直後の回し蹴り。
その2つの攻撃から感じた、ある違和感についてだ。

食らった時、それまでの攻撃とは明らかに違う感触が、鼻の頭や顎から伝わってきた。
あの2つの攻撃だけ……何だか明らかに『硬かった』のだ。

例えるなら、それまでの攻撃を普通のパンチとするなら、あの2発は、手の中に石でも握りこんで殴ったみたいな感じだった。
明らかに、攻撃の向こうに、石や金属みたいな『硬さ』が隠れていた。

そして、脚甲を足に装備してた蹴りだけじゃなく、頭突きでもそれを感じたことから……たぶん、装備によるものじゃないと思うんだよな……。

だとすれば、ギーナちゃんの魔法とか技能、ってことになるけど……と、思考にふけっていたら、とんとん、と後ろから肩をたたかれた。

振り返ると……当然のように隣に座っているメルディアナ王女がそこに。

あの……そこさっきまでエルク座ってませんでした?

「さすがだな、ミナト・キャドリーユ。まあ、訓練生程度では相手にならないかもしれんとは思っていたが、あのような攻撃をまともに食らってなお無傷とは、タフネスも想像以上だ。期待しているぞ、未来の直属騎士団5番隊隊長」

いきなり現れて勝手に就職させんで下さい。

「何だ、嫌か? まあ、勢いで言った部分はあるが、貴様なら早くて2、3年後にはそのくらいになれると思うぞ? 実力は足りているだろうしな」

「申し訳ないですけど……昨日お断りした通りです。というか……直属騎士団って4番隊まででしたよね?」

「問題ない、私の親衛隊としておや……父上にごねて新たに作る」

問題ないことないでしょ、それ。

またうっかり『親父殿』といいそうになった王女様が、相変わらずの暴君っぷりを発揮していると、ふと、王女様の目が宙を泳ぎ、思い出したように言った。

「そうだミナト、ならばこの話はひとまずおいていて……明日、暇か?」

「はい?」

ま、特に予定ないけど……何だろ?




+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ