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第101-102話 紺碧の王女、黒を見初める
「えっと……今回は僕、悪くないよね?」
「っ……うん、ごめん……あんたは悪くない……そうね……」
と、目の前にいて、テーブルの上に置いてあった灰皿をつかみそうになったエルクが、震えながら搾り出した言葉がそんな言葉だった。
最近、エルクは僕から非常識な話を聴かされると、条件反射的にツッコミ(一般人なら致死レベルのやつ)を入れようとすることがままある。
その際の武器は話の非常識具合に応じて変化し、スリッパや平手で頭をすぱーん、とかだったりすることもあれば、灰皿でゴッ、だったり、椅子でドガッ、だったり、魔力で強化した足でドロップキックをズドォン、だったりもする。
もっともこのエルクの条件反射、僕以外が相手だったり、『非常識』が僕のせいじゃない場合には発動しない。普段は。
……けど、さすがに今回は衝撃が大きすぎてバグを起こしかけたようだ。
昼間のことを話しただけなんだけど……いや、いきなり国王様に会って、その国王様が時代劇の花形よろしく悪の親玉のアジトに乗り込んで大立ち回りしてそこに僕らもいっしょに参加しました、なんて体験談に『だけ』って言葉は使うべきじゃないな、うん。
いくら僕が普段から、エルクいわく『否常識』だとはいえ、あの国王様と比べられたら僕の方が常識人だっていう自信はある。
「いえ、ミナトさんと陛下の非常識の種類は違う気がしますが……もういいや、今日は私も疲れました……」
ナナさんもヘトヘトだ。
やれやれ、本当にとんでもないファーストコンタクトだったな。
隣のテーブルでは、ザリーとシェリーさん、それにミュウちゃんも……唖然とした表情でこっちを見つめ返していた。
ちなみにスウラさんは、僕らが戻る少し前に帰ったそうだ。
「いや~……会えなかったことを残念がるべきかしら?」
「いや、巻き込まれなかったことを安堵すべきではないでしょうか……」
「……そうよね。殺陣ってのは魅力的だけど、持久力ならミナト君についでこの中でNo.2のナナがああなってるとなると……疲労感尋常じゃ無さそうだし」
「いや、持久力と関係ある疲労じゃない気がするけど……まあ、いいかそのへんは。しかし、また大変な人物と知り合いになったねえ、ミナト君。会う前に余計な壁を取り払えてよかった、とでも考えとけばいいんじゃない? ポジティブにさ」
「取り払うにしても限度ってあると思う。いや、人柄そのものはホントに好ましい人だから、悪い気はしないんだけど……あーもう、何なんだろこの釈然としない感じ?」
「……初めてお兄さんを目にした人はだいたいそんな気分になってますよ?」
「「「ああ、確かに」」」
「……疲労困憊の僕にこれ以上追い討ちをかけないで……」
自業自得? 知らん。
おまけに別れ際に、『聞いていたより面白いな、君は。明日の正式な面談が実に楽しみだ。格式ばったものになってしまうのは申し訳ないが、よろしく頼むよ』なんて言われた。
……よろしくって何、よろしくって?
何をよろしくすればいいんですか、国王陛下?
するとエルクが気付いたように、
「ん? 明日? ミナト、謁見ってまだ先じゃなかった?」
「ああ、うん、そうだったんだけど……」
「明日ちょうど予定が空いたそうで……『こうして知り合ったことだし、どうせなら早い方がいいだろう』ということで、陛下直々に提案が。明日も特にやることは無い、と事前にこぼしてしまっていたもので、当然断れず……」
「あ、そうなんだ……でも、何でいきなり予定が?」
「今日しょっぴいた何とかって子爵と面会する予定だったんだとさ」
「ああ、そういうこと……」
その何とか子爵は、王様の代わりに取調官との面会が入ったけどね。丸一日ぶっ続けで。
しかし何というか……緊張はなくなったけど、不安度は上がった。中途半端に国王さまの人柄に触れたせいで。
確かにあの感じなら、無理難題吹っかけてきたり、無理矢理軍に取り込もうとしたりするようなことは無いかもしれない。姉さん達から聞いてた前評判どおり、いい人だったし。
……例えるなら、さっきまでは王様との謁見、『受験の面接』みたいな感じの緊張だったけど……今は『大してファンでもない大物芸能人と会う』みたいな感じかな。え、わかりにくい?
ただ、それでも国の頂点に立っている以上は、私情を切り捨てて何かしら交渉や勧誘なんかを持ちかけてくることもあるかもしれない。形式的にでも。
そうでなくとも、考えが読めない自分より偉い相手ってのはそれだけで怖いもんだし……嫌いじゃないけど相手にするだけで疲れるだろう、多分。
はぁ……
「だからそれがお兄さんが……」
「STOP、おーけーわかったもうわかった。わかったから言わないで。僕はもう疲れた寝る。アルバ、もし明日の朝僕起きれなかったら起こして」
――ぴーっ。
背中越しにエルクから『何頼んでんのよ』と突っ込みを受けながら、あらかじめ聞いていた僕の部屋に向かう。鍵は事前に貰ってあるので。
すると僕に続くように、
「私も、今日はもう寝ます……」
ナナさんも続く。手には、彼女の部屋の鍵。
そのまま僕ら2人……と、僕と同室で泊まるアルバ(on肩)は、お互いの疲労を労う言葉を二言三言かわしながら部屋へ。
部屋は別々であるため、1つ向こうの部屋が割り当てられてるナナさんと部屋の前で別れ、鍵でドアのロックを開けて……さも当然のように部屋に一緒に入ってこようとしたシェリーさんを押し返す。
疲れたから寝るって言ってんでしょうが。え、何、むしろチャンス? お生憎様、精神的疲労だからあなたを追い返すくらいの力は残ってます。
僕ら6人には全員個室が与えられてるので、自分の部屋に行くように言って彼女にはお引取り願う。
……同じ理由で、今日は久しぶりにエルクが隣にいない。
ちょっとさびしいな、とか思いながら、扉に鍵をかけ、アルバの止まり木を組み立ててベッドに倒れこんだ。
「……あー……やば、すぐ寝れる」
明日の謁見をちょっとだけ不安に思いながら、僕は目を閉じた。
☆☆☆
翌朝。
突然の予定変更にも関わらず、きっちり対応してくれたスウラさん。
ギーナちゃん以下、数人の兵隊さん達の付き添いで、僕らは、王城へと向かっていた。
メインストリートを送迎用に用意された馬車で通り、十数分でたどり着いたのは、巨大な門の前。
高さ、幅共に十数mあり、厚さも相当なものであろう門だ。
王城の門だけあって、細かな細工や彫り物なんかも随所にある。過度に煌びやかな装飾こそないけど、重厚感のみならず、どこか荘厳さをも感じ取ることが出来た。
そしてこの門、多分見掛け倒しじゃないんだろうな。
城って基本、住居であると同時に、『篭城戦』の際に使えるように、要塞的な役割を持たせて作るもんだから、この門の強度も相当なものなんだろうと思う。
見た感じ……金属っぽいけど、鉄じゃなさそうだし。
しかしまあ、今回この門は僕らを締め出す目的でここに聳え立っているわけじゃない。
むしろ招き入れられる側なんだし、感動もそぞろに、そろそろ中に入ることに……
「…………」
「…………」
……目があった。
何の気なしに、門の上の方を見上げてみたら……門の上に立っている『誰か』と目が合った。
さっきも、こんな感じで何の気なしに見上げたし、他のみんなも見上げてた……けど、その時はいなかったから、つい今しがた来た、ってことになるのか?
というか……誰なんだあれ?
「…………」
「…………」
相変わらず無言で僕のことを見下ろしてくるその人物は……おそらくは僕と同い年か少し年上であろう、女の子だった。
身長も僕と同じくらい。濃い藍色……青紫色、と言ってもいいかもしれない髪。まだ朝なので逆光がそれほどでもないため、顔もはっきり見える。
きりっとした気の強そうな目や逆ハの字の眉毛……美人と言っていい整った顔だ。若干、威圧感というか……威厳みたいなものを感じなくもない。
服装は、清楚さの中にも華やかさを醸し出す上手いつくりになっている、紫色を基調としたドレスだ。
……当然ながら下はスカート型になっているので、必然的に中が丸見えであるが、何やら離れていても感じ取れるその存在感や、こっちに向けられる視線の力強さのせいで、不思議とそっちに意識がいかない。
その目からは、距離にして十数mは離れてるというのに、意志の強さのようなものが伝わってくるようで……なんてことを考えてたら、
「……おい、そこの黒いの」
「へ?」
「「「え?」」」
唐突にその少女が、おそらくは僕にだろう、目をじっと見て合わせたまま声をかけてきた。
と同時に、僕の回りのみんな……兵の皆さんまで含めた全員が、今初めて門の上の彼女の存在に気付いたように、上を見上げて驚いていた。
え、今まで気がつかなかったの? あんな目立つ感じで立ってたのに?
その張本人はというと、みんなが困惑から立ち直るのを待つつもりはないらしく、さっきの『おい、そこの黒いの』の続きを、当然のように話し始めた。
「名前は何だ? ちなみに私はメルディアナという」
「……えっと……」
いきなり何、と言おうとして、すんでの所でやめた。
……タメ口はまずいかもな、うん。
ここは王城であって、門とはいえ彼女がいる所は立派に敷地内。
つまり彼女は、そこにいるだけの地位にいる人物、もしくはその血縁者か関係者……だとしたら、貴族もしくはそれに準ずるだけの権力者、ってことになる。
つまり、失礼な態度で接すると後々面倒かもしれない。いかに相手の態度がすでに失礼……を通り越して色々ぶっ飛んでいてもだ。
……と考えてたら、
「? 何だ、答えられぬのか? ちなみに私は『人に名前を尋ねるときはまず自分が名乗る』という常套句に乗っ取って貴様よりも先に名乗らせてもらったから、名前を聞くのに問題は発生しないはずだが」
催促と同時に、聞いてもないのに補足まで飛んできた。
てか『貴様』て。随分上から目線な呼び方だな……。
「あ、えっと……すいません。ミナト・キャドリーユといいます」
「……そうか。やはりお前が、か」
「え?」
「お父様から聞いていた。今日、お父様の昔なじみの息子が会いに来るとな」
相変わらず、ひらめくスカートの中の秘密の領域を隠そうともしないその少女……メルディアナという名の彼女は、淡々とそう……って待てよ?
この子、今何か気になること言ってなかったか?
『お父様』?
『会いに来る』?
え? ちょっと待って。
僕が今日ここに来たのは、ある人に(それも急遽日程を変更して)呼ばれたからで、しかもその人以外に誰かに会う予定はなかったはずだ。
つまりその『お父様』って……そしてそうなると、目の前にいるこの娘は……
と、そんな予想を、ようやく我に返ったらしいスウラさんが、慌てた声で見事に補完してくれた。
「めっ……め、メルディアナ殿下!? な、なぜそのような所に……あ、危のうございます、お降りください!」
………………。
殿下=王女様。
王女様=昨日のあの人の娘さん。
……ホントどうなってんだ、この国の王族。
必死で顔に出さないようにしつつ、心の中で呆れる僕の隣で……スウラさんは焦りと驚きを全面に押し出して慌てながら、門の上に仁王立ちの王女殿下に向かって叫んでいた。
「そ、そのような所に立つなどおやめください殿下! 落ちるようなことがあっては大変です! それに、その……で、殿下はドレスをお召しでしょう! 風でその、はためいて、中が見えて……こ、ここには男もおります!」
「ふむ……危ないという理由についてはわかるが、後者は納得いかんぞ? すると何か? スウラ・コーウェン大尉、貴様は私のスカートの中が人に見せるには醜いことになっているとでも言うつもりか?」
「なっ!? い、いえそのようなつもりは断じて……」
「冗談だ、本気にするな。しかしまあ、下着の1つや2つ見られた所で私は気にせんのだが、心配をかけるのは私の本意では無いな。貴様の言うとおり、降りるとしよう」
……なんか、昨日国王様見た時も似たようなこと思ったけど……またすごいキャラ濃いのが出てきたもんだ。
こんな短時間、たったこれだけのやりとりで、ここまで明確に型破りっぷりが露呈する人物も珍しいだろう。
その王女様は早口で言い切るなり、両足をそろえて膝を具グッとまげて体勢を低く……って、え? ちょ、彼女は何やってんの!? まさか!?
「――とぅっ!!」
そう、メルディアナ王女は鋭く、短く叫ぶと、勢いよく跳んでそのまま飛び降り…………たりすることはなく、
跳ぶと見せかけて、そのまま向こう側……下からは陰になってて見えない部分に消え高と思うと、カンカンカン……と、階段か何かを使っているらしい音が響いてきた。
あ、飛び降りるわけじゃなく、普通に降りてくるのね。
……何だったんだ、今の『とぅっ』は?
そして数十秒後、門の向こうで、
「メルディアナ王女殿下の、おな~「うるさい。長い。いらん。さっさと開けろ」……はい」
そんな露骨にやりたい放題な声が聞こえたかと思うと、重厚な城門が開き始めた。
……大丈夫かな? アナウンスの声(女)、若干泣きそうになってたっぽかったけど。
そして十数秒後、
馬車1台がらくらく通れるくらいの幅にまで開いたその扉から、彼女……メルディアナ王女様は、あらためて姿を現した。
つかつかとこっちに歩いてくる彼女は、僕らの数歩手前で止まると……先ほどと同じ仁王立ちに。しかも今度は、両腕は腰じゃなくて腕組みになっている。
「さて……先ほどは高い所から失礼した。ふむ……こうして同じ目線で立って見てみると、なんとなくわかるな。父上が面白がっていた理由も」
近くで見ると、さらにその……不思議な『存在感』とか『威厳』のようなものが、より鮮烈に感じられる気がする。
何より、この真っ直ぐ正面から見据えてくる目。貫くような鋭いまなざし。
『同じ目線で』とはよく言ったもので、身長の関係で、正面に立つとばっちり目が合うから、それが余計にわかってしまう。
さっきの独特な感じとのギャップもあって、思わずたじろぎそうな存在感を、そこに立っている少女は持っていた――
「ところで、先ほどは位置関係上お前からも私の下着は見えていたと思うのだが、それに関してリアクションか何かないのか?」
――と思ったらすぐにそんな空気をぶち壊してくるこの人の意図が読めない。
何でそんなとこを気にしてんのかもわかんなければ、こんな真顔で真剣に(?)ヘンな内容を尋ねてくる意味もわからない。
「ないのか? 自分で言うのもなんだが、見ていて不快になって黙るほど醜い体はしていないつもりだぞ? 一応私は、普段見えない部分にもいつ見られてもいいよう気を配ってきっちり色々な処理を「昼間から一体何を言ってるんですかあなたはっ!?」」
と、
メルディアナ王女の言葉をさえぎって。そんな鋭い声がその場に響いた。
同時に、門の向こうの兵士達がどよめく。
王女様のために、道の両脇に並んで整列して、いわゆる『花道』の準備してたっぽいけど、王女がガン無視でさっさと通過したためほったらかしだった彼らは……歩いてくるその声の主のために、慌てて道を開けていた。
その向こうから出てきたのは……1人の少女だった。
背丈はメルディアナ王女よりも少し低いくらいだけど……同じくらい整った容姿をしている。美少女と言っていい顔に、色白の肌。少し釣り上がり気味の、気の強そうな目までそっくりである。
ただ、髪の色は大きく違う。
メルディアナ王女が黒に近い藍色の髪なのに対し、ずんずんと近寄ってくるこちらの少女の髪は……長さこそ同じくらいだが、色は鮮やかなピンク色だった。
赤毛とか、光の当たり具合がどうとか、そんな理由で出る誤差の範囲内に明らかにない、どピンクである。……地毛の色かな、あれ?
だとしたら……相変わらずすごいな、異世界。
緑だの青だの赤だの色々見てきたけど、ピンクは初めて見た。慣れたと思ったけど、やっぱ驚くぞ正直。
そして、もう1つ。
「あっ、えー……レナリア王女殿下の、おな「お姉さま! またあなたは昼間から何を破廉恥な発言を堂々となさっているんですか! また!」……ぐすっ」
……性格も違うみたいだ。
こっちは、何というか……常識的?
というか、見た目の印象からもしかしてと思ってたけど……やっぱり姉妹か。
こっちの彼女も、王女様か。
……それと、アナウンスの人、今度こそ泣いてなかった?
それはそうと、名前をレナリアと言うらしい彼女は、僕らのことなど目に入っていないかのように、早足&大股で歩いてきて、メルディアナ王女の後ろに立つと、首だけで振り向いているその姉の肩をぐわし、とつかんで振り向かせた。
そしてそのまま、すごい剣幕で、
「お父様が昨日『明日面白い客が来る』とおっしゃっていたから、嫌な予感がしていたんです……今日は家庭教師の先生がいらっしゃるというのに、お姉さまが部屋にいないから探してみたら案の定! こんなところで一体何をしていらっしゃるんですか!?」
「見ての通りだ、親父殿の大切な客人が来るというので、出迎えに来ていた」
けろっとして答えるメルディアナ王女。何だこの温度差。
「そういうことは家来に任せればよろしいでしょう!?」
「何を言うかレナリア。こちらから呼んできてもらったのだ、出迎えるのはホストとして当然の礼節と言うべきだろう」
「そうかもしれませんが私達は王族です! そうそう簡単に出向いたり姿を見せたりしてはいけない立場なんですよ!? 礼節を重んじるにしても他の方法を取るべきです! というか、そんなこと言って本音はただお父様の話を聴いて興味があっただけでしょう!?」
「よくわかったな、100点だ」
「さらっと開き直らないで下さいああもう腹立つ! そして訂正が遅れてしまいましたが、またお父様のことを親父殿なんて呼び方を! 品がないといつも申し上げて……」
「わかったわかった……ん? あー……おい、ミナト・キャドリーユ」
「えっ!?」
と、
何の脈絡もなく、唐突に名前を呼ばれ、ちょっとドキッとする僕。え、何?
メルディアナ皇女が視線をこっちに向けたのにつられてか、レナリア王女もこっちを向いて……はっとしたように目を見開いた。
しかしその姉はそんな妹の様子は気にせずに、
「さっき私は、親父殿のことを何と呼んでいたかな?」
「えっ? あー……その、国王様のことですか?」
「そうだ」
「はあ……たしか、『お父様』と呼んでいたと思いますけど……」
「そうか、わかった、ありがとう。……さてレナリア、お父様「何のやり取りですか今の!?」……仕方ないだろう、さっき猫かぶってた時に何て呼んでたか忘れたんだから」
……いつまで続くんだ、この漫才?
すると、なんか姉に比べて目に見えて疲弊し始めた妹・レナリア皇女が、『ちょっとそっちで待っててください!』と姉を少し引き離し、自分は戻ってきて僕らに向き直った。
そして、少し荒くなっていた息を整えると、おほんと、咳払いをして、
「……あー……すまない、自己紹介が遅れた。私はレナリア。レナリア・ネストラクタス。この国の第三王女であり、この城に居を構えている。まずは今しがたの非礼を詫びよう」
「あ、いえ、そんな……恐縮です」
丁寧な口調で話す王女に対し、思わずかしこまってしまう。さっきまでの、昼寝中に尻尾を踏まれた猫みたいな勢いとはうってかわって、落ち着いた真摯な対応だったから。
詫びるといいつつ頭は下げなかったけど、王族である以上簡単に他者に頭を下げるわけには行かないんだろうし、そもそも別に気にしてなかったからいいか。
「そして……非常に不本意かつ屈辱的ではあるが、あそこにいるのが、第一王女メルディアナ・ネストラクタス……私の姉だ。このたびはあの愚物が失礼をした」
「おいレナリア、姉に向かって愚物とはなんだ」
「聞けば、お父様の大切な客人だとか。誤解しないで頂きたい、我々の国でああいった対応を規範としているわけではなく、あくまであの姉が残念なのだ」
妹、眉1つ動かさずにスルー。
そして弁明(?)するその言葉には、落ち着いた口調ながらも必死さがにじみ出ていたのは気のせいだろうか。
「可能ならばあらためて、王城に来て早々にこのような嫌な思いをさせてしまった詫びはさせてもらうつもりだ。だが1つ言わせてもらえるならば、あの姉のことは嫌いでも、この国のことは嫌いにならないでくれ」
身内に対してかなり辛辣な侘びが済むと、レナリア王女は手近にいた兵を呼び、僕らを案内するように言いつけて……最後に問題の姉の手を引いて王城へと戻っていった。
「おい放さんかレナリア、私にはまだ彼らを案内するという仕事が……」
「それは今他の者に申し付けましたのでご心配なく、さあ戻りますよお姉さま」
「やりかけたことを途中で投げ出すなど礼節に欠ける最たる行いではないか、お前私に恥をかかせる気か?」
「客人の前にお姉さまを置いておくとその数倍は恥をさらします。しかも色々と取り返しのつかない類のものを」
最後までそんな漫才を繰り広げながら去っていった姉妹の後姿を、僕以外言葉を発する暇もなかったエルク達と共に、僕は唖然として見送っていた。
☆☆☆
王城に来ていきなり、とんでもない勢いでボケとツッコミを繰り返す王女様2人に出会った僕らは、嵐のように去っていった彼女達を見送った後、
レナリア第三王女によって使わされた兵士の人に案内されて、待合室的な部屋に案内され……
――ガチャッ
「ここにいたかお前達、親父ど……お父様に会いに行くぞ、ついてこい」
……たと思ったらブーメランよろしく戻ってきた第一王女様に連れ出された。
別れてからまだ30分経ってないんですけど……てか、家庭教師の先生から勉強習うんじゃなかったの?
☆☆☆
広い廊下を、メルディアナ王女に案内してもらって歩く僕ら。
一応、僕ら『邪香猫』メンバーに加え、全員お目付け役としてスウラさんとギーナちゃんが一緒についている。
場所が場所な上にこの大人数だからしかたないけど……すごく目立っててあちこちからの視線が痛い。
……そして、なんか同情するような視線が中に結構混じってるのは、先頭を切ってずんずん歩いているこの第一王女様と無関係ではない気がする。間違いなく。
「父上は今、中庭で武芸の訓練中なのだ。絶対に邪魔して集中を乱すなと言われている」
「いやそれ今行っちゃまずいんじゃないですか!?」
「問題ない。突然たずねて声をかけられたくらいで集中を乱すようでは未熟者だからな。我が父上に限ってそのようなことはあるはずがない」
わあ、すごい暴論。
僕ら部外者のみならず、スウラさんとギーナちゃんまでもがその言葉に唖然とする。
しかしただ1人、頭を抱えて呆れる、という反応を示すものがいた。
まるで、この王女様はこういう人なんだと、よく知っているかのように。
……ああ、そっか。
ナナさんもとは……『王族直属護衛騎士団』だったもんね。
そういえば、今まで聞いてみたことなかったけど……王族の人達のことをよく知ってても不思議じゃないのか。『直属』なんてついてるくらいだから、一番近くで直接警護してたんだろうし。
すると、先頭を歩いていた王女様から、思いがけずそれを裏付けるような言葉が。
「そういえば……ナナ・シェリンクス? お前は以前、直属騎士団にいたのだったな? 私の個人の警護についたことは1度もなかったはずだが、よく覚えている」
「えっ? あ、はい……光栄です」
びっくりしていたナナさんだが、すぐに姿勢を整えて敬礼。今も時々見られる癖だ(こっちは狙ってだけど)。軍属時代の習慣なんだろう。
今着ているのは軍服じゃないけど、それでもやはり様になっている。
そして、『よく覚えている』と言ったメルディアナ皇女はというと、歩みを止めて振り返り、直接ナナさんを正面から見据えた。
「今は冒険者をやっているのか? 聴いた話だと、ミナト・キャドリーユと同じチームに所属しているらしいが」
「あ、いえ、チームに所属しているのは『外部協力者』という形でであって、冒険者ではありません。現在は、『マルラス商会』の方に籍を置いております」
「ほう! あの老舗商会にか……たしかあそこの商会の頭目は、うちのドレークの妹だったはずだな。まあ、それで優遇していると言う事は無いが、王宮としても一番の取引先とさせてもらっているところだ。ふむ、いい就職先を見つけたようで何よりだ」
「は、はい……」
「しかし、少し惜しい気もするがな……ドレークいわく、久々に……」
と、
続けて何か言おうとしていた雰囲気だったが……ふいに王女様、口をつぐんだ。
もっとも、
その理由は……僕もわかってるんだけどね、
この通路の、曲がり角の向こうから……それが近づいてきてる、ってことくらいは。
コツ、コツ……と、革靴の音を響かせながら、誰かが歩いてくる。
人数は複数……足音から推測するに、おそらく3人くらい。
そして次の瞬間、
僕と王女様の視線の先を、ちょうど全員が追って見たあたりで、その人物達は曲がり角の向こうから姿を現した。
王女様が来ることを察知してその口をつぐんだんであろう3人のうち……2人は、王宮内警備の兵士、っていう感じの見た目だった。
軍服を見る限りただの兵卒じゃなくて、かなり上等な役職だと思うけど。
もしかしたら、この人たちがさっきの話にも会った『直属騎士団』なのかもしれない。そう思うくらいに、たたずまいからも実力がわかる2人だ。
……そして、
仮にそうだと仮定すると……もう2つほど、確定する事実があるな。
1つは、おそらくこの人達は、家庭教師による勉強を抜け出してきた(という解釈で間違っていないであろう)王女様を連れ戻しに来たのだということ。
そしてもう1つ。
その2人を従える形で立っている、真ん中の1人が……誰なのかということだ。
ダンテ兄さん以上、ブルース兄さん以下。目算で大体180~190くらいの高身長。
白髪かと見間違いそうな、明るすぎる色のプラチナブロンドの髪をオールバックにして、後ろに流している。
年齢は……見た感じ50歳前後ってとこ。鋭い目と僅かな顎髭が特徴的な顔は、ベテランのハリウッドスターの中にも中々いないであろう、整って渋みのあるそれだった。彫りがやや深いが、それもまた味となって、厳格そうなダンディズムを醸し出している。
身にまとうは、両脇の2人よりも更に豪華、しかし品を損なうような過剰な装飾は無い軍服で……胸についている、勲章なのか階級証なのかよくわからないエンブレムは、細やかな装飾と豪華な飾りを有し、見た目でもかなりの地位にいることがわかる。
たたずまいに全く隙がなく、存在感は圧倒的。
数歩歩く姿を見ただけで、この人物が途轍もない使い手であるとわかった。
両脇の2人が『騎士団』であるとすると、それを率いているこの人はつまり……
「やはりここにいらっしゃいましたか、メルディアナ様」
「……ドレークか。やれやれ、思っていたより随分速く見つかったな」
……なるほど。
ため息をついている王女様の発言のおかげで、この人が誰なのかわかった。
といっても、普通に予想通りの人物だったわけだけども。
ドレーク・ルーテルス。
キャドリーユ家長男。僕の一番上の兄であり……ノエル姉さんいわく、兄弟最強の男。
そんなことを頭で考えたその瞬間に、一瞬だけ、そのドレーク兄さんと目があった。
もっとも向こうは、王女様の後ろに続いてきている数人の同行者達を、じろりと見渡しただけのようだったけども。
そして、再び王女様に視線を戻すと、
「レナリア様から話はうかがいました。お部屋に教材を取りに行って戻ってきてみると、メルディアナ様がいなくなっており、家庭教師の先生が部屋の隅で小さくなってさめざめと泣いていた、と」
どんな状況だよそれ?
いや、妹さんからドレーク兄さんに捜索依頼が出た所まではわかったけど……第一王女様、何してここまで来たんだ?
「その後、レナリア様は先生から、王族直属の家庭教師の職を辞したいと打診されたそうですが、一体何をなさったのかご説明いただけますでしょうか?」
「別に? ただ、諸事情で早く終わらせたかったのでな? 今日のために用意された問題を3分で全問解いて、自分なりの考察を述べた上で提出しただけだ。ついでに、いくつか問題の中に出題として問題がある部分があったので指摘しておいた」
……何してんのこの人?
「……先生はその結果、家庭教師としての自信をなくされたそうです」
「そうか。学者職を辞することがないようにだけ引き止めておいてくれ」
……何だ、この会話? なぜに慣れてる?
聞く限り、第一王女様がその優秀すぎる能力で、家庭教師の先生に自信喪失させた、ってことらしいけど……何だか初めてあったことじゃないかのような空気である。
てか、王女様の話を信じるなら、だけど……そんだけの能力があるのに、わざわざ家庭教師つける必要あるんだろうか? そもそも、家庭教師から何を教わってるんだ?
「家庭教師の件はこちらで処理しておきます。メルディアナ様、中庭で陛下がお待ちです。先の一件を報告した所、間もなく中庭に来るだろうと予想なさっていましたので」
「む……なるほど、さすが父上、私のことをよくわかっている。つまりお前は、私を迎えに来たわけか……父上の許可と共に」
「はい」
どうやら国王陛下、第一王女様が暴走して、僕らと一緒に中庭に来ることまで予想してたらしい。さすが父親と言うべきか、思考を理解してる。
「なお、中庭にはレナリア様もいらっしゃいますが、弁明の方はご自身でお願いします」
「わかった。やれやれ……頭が堅いから面倒なのだがな、あの妹は。自分で言うのもなんだが、見事に私や父上とは真逆の性格に育ったものだ」
「では、こちらへどうぞ。客人方も連れてくるようにとのことでした」
「ああ……だがドレーク」
と、王女様は、一瞬だけちらりとこっちを見て、
「『客人』などと他人行儀な物言いはふさわしくないのでは無いか? 話は聞いている。この者……ミナト・キャドリーユは、お前の弟なのだろう?」
そう、当たり前のように言った。
なんだ、知ってたのか。
まあ、王女様なんだし……部下であるドレーク兄さんの身内の情報くらいなら、知ってても不思議じゃないか。調べれば簡単にわかるだろう。
……もっとも、あの母親のことまで知っているかは……わかんないけども。
いや、あの母親、実力もそうだけど、どこの国かはわかんないけど王様とコネクションがあるような人だから……機密指定されててもおかしくないよな、情報とか。
それはそうと、その言葉を受けて……ドレーク兄さんもまた、視線を僕に向けた。
そのまま、一瞬、とは言わないまでも、ほんの短い時間だけ僕を見ていたかと思うと、
「……そうですが、急にそのような対応が出来るわけでもありません。お互いに今日が初対面なのですから」
「そうか。まあ、後で自己紹介くらいはしておけよ?」
「はい、そのつもりです。では、こちらへ」
再び視線を王女様に戻し、淡々と兄さんはそう述べる。
うん、まあ、確かに……今はまだほぼ他人といっていい間柄だしね、そんなもんだろう。
実際僕だって、こんな何一つ似ていない、しかも年齢的に考えれば親子って言った方がしっくりくるダンディがいきなり兄弟だなんて言われても、きっちり理解するのは難しいってもんだ。
……ってか、ドレーク兄さんってたしか実年齢150歳くらいなんだよね? 祖父母とか、曽祖父母とか、それ以上でもしっくり来るレベルじゃん。
まあ、こんなファンタジー世界とあんな非常識な母親が絡んでる時点でそんなこと考えても仕方ないので、別にいいけども。
そのドレーク兄さんは、手で『こちらへ』と向こうの通路を指し示す。
メルディアナ王女が歩き出すと、その数歩手前を先導するように歩き出した。
……なんだか、その背中が広く見えるのは……体格がよくて実際に広いのか、はたまた兄さんの存在感とか威厳とかがそう見せてるのか……どうでもいいか。
☆☆☆
数分歩いて到着したそこは、さっき聞かされたとおりの中庭……
………………中庭?
いや、まあ、中庭には違いないんだけど……広いとかいう以前に、ずいぶんとこう、独特な風景が広がっている気が……?
まあ、城の中庭だし、王女様が『武芸の訓練をしている』って言ってたから、もしかしたら訓練場とかがあるのかもしれない、とは思った。
実際に、訓練場はあった……けど、
そこで行われていたのは……剣術とかそういう訓練ではなかった。
いや、向こうの方に、剣術とかの訓練も出来そうな道場スペースもあったけど……今、王様がやってるのは……
「――ハイヤァッ!!」
――ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ……
――きりきりきり……ひゅん、どすっ!
(……流鏑馬?)
動きやすそうな稽古着(?)に着替え、馬に乗って疾駆しながら、道に沿って設置された的を弓矢で射抜く、国王陛下のお姿。
まごうことなき、流鏑馬の真っ最中である。
……どこまで時代劇なんだ、この人?
しかもその腕前たるや、百発百中。
全ての的のど真ん中を射抜いていき……最後の1つを貫いたその瞬間には、前世で好きだった某有名時代劇のBGMが勝手に頭の中で流れた。そのくらい見事だった。
今『控えおろう!』とか言われたら、ホントに控えてしまうかもしれないくらいには。
その王様は、僕らに気付くと、ぱかぱかと馬のひづめの音を立てながら、馬に乗ったままこっちに来て、僕らの目の前で馬を下りた。
直後に家来から受け取ったタオルで汗を拭きながら、
「このような格好で失礼する。何分、娘がこちらの都合というものを考えてくれんものでな。ドレーク、ご苦労だった」
「はっ」
短く言うと、兄さんは王様のそばに、方膝をついて頭を垂れた。
主君と家来、っていう関係がわかる構図。しかし、そのどちらも動きがいちいち洗練されてるので、芝居でも見ているかのように……いや、下手するとそれ以上に、何かこう、見ているだけで引き込まれそうなものを感じる光景だった。
……こういうのも、一種のカリスマって言うのかな?
「して、ドレーク。メルディアナはどこへ?」
「はっ、中庭に到着して間もなく、レナリア様が駆け寄っていらっしゃいまして、現在は……あのように」
そう言って兄さんは、中庭の端の方を手でそっと指し示す。
その先には……
「な・ん・で・お姉さまは大人しくしているという事ができないんですかっ!? しかもまた家庭教師の先生を再起不能にして! これで8人目ですよ!?」
「仕方がなかろう? 先ほどお前が言ったとおり、私の私的な興味が多分に含まれるのは否めんが、一度引き受けた仕事を途中で投げ出すなど私の矜持が許さんのだ。それに、出された課題はきちんと全部こなしたのだから文句はあるまい?」
「大ありです! お姉さまのせいで次々に家庭教師の先生方が自信喪失してしまってやめていくから、影では私たちが家庭教師をいびっているとかいう不名誉な噂が流れているんですよ!? 事実、最近は公募をかけても目に見えて集まりが悪くなっています!」
「そんな噂も気にせずに応募してくるくらいの気骨のあるやつでなければ、このメルディアナにものを教えることなどできんさ」
「開き直らないで下さい!」
……とまあ、こんな感じで、第三王女様が第一王女様にくってかかっていた。
……すごく見覚えある、というか、中身以外はほぼまるっきり同じもの、数十分前に見てるし。
「やれやれ……客人の前だというのに。見苦しいものを見せたな」
家来にタオルを渡しながら、王様は申し訳無さそうに言う。
そして、中空を眺めて、何か考えるようにすると、
「……あの分では、話がつくのに時間がかかるな。私はその間に着替えさせてもらうとしよう。汗の始末もせず、このような格好で客人と話すのも心苦しいからな。その間に……ドレーク、自己紹介でもして、色々と話しているといい。まだなのだろう?」
「はっ、ご配慮痛み入ります」
ドレーク兄さんが一礼するのを見届けると、国王様は家来にタオルを返……すのかと思ったら、そのままタオルを頭に巻いて歩いていった。どこまで庶民派なんだ?
それを待って、兄さんは立ち上がり……こっちへ振り向く。
そして今度は、はっきりと『僕を』見るために……自分より頭一つ小さい身長の僕の目の前に立って、見下ろす形で目を合わせた。
「……さて」
「?」
「……ブルース達に聞いていたより大きいな」
そう言って、ぽん、と僕の肩に手を置いた。
……たったそれだけなのに、なんか、よくわからない安心感をふと感じた。
別に励まされたわけでもなければ、笑いかけられてもいないのに。
これは、前世で……そう、父親に同じことをされた時のような……。
この感覚……そのくらい包容力とか、威厳みたいなものが満ち溢れている人なんだと受け止めるべきか……それとも、やっぱこの人を兄と思うのはちょっと色々無理があると受け止めるべきなのか……どっちでもいいな。
「何ぶん、私も新しい弟に会うのは80年ぶりだ。正直な所実感はわかんし、どう接すればいいのかもわからんが……楽にしてくれ」
「あ、うん……あ、えと、はい? ……敬語使った方がいい?」
「不要だ。まあ、陛下の前など、公の場ではその都度考えてもらうが……母上の方針でもある。口癖か何かでもなければ、普通に話してもらっていい」
「あ、そうなんだ。了解」
「うむ。……ああ、自己紹介からだったな。ドレーク・ルーテルスだ。ブルースやノエルから聞いているとは思うが、この国の騎士団の総帥をやっている」
「あ、うん。えと、ミナト・キャドリーユ。16歳。冒険者デビューして半年くらい。ランクはAAA……って、多分知ってるよね?」
「ああ」
やっぱり。
ブルース兄さんいわく、諜報部隊動かして僕のこと探ってたんだもんね。そりゃ知ってるわ、こんな普通のプロフィールくらい。
その後、僕に続く形で皆も自己紹介したけど、他の全員分のも把握してると見ていいんだろうな。
それに……把握以前に、顔見知りなのも1人いるわけだし。
エルク、シェリーさん、ザリーと続いて……この人の番になった時、
当然だけども、ドレーク兄さんの反応は今までとは違うものだった。
理由は明白。報告書類で知っているだけの、初対面の他人を相手にする時と……過去に自ら鍛え上げた、優秀な部下と再会した時との差だ。それだけだ。
「……久しぶりだな、シェリンクス。弟が世話になっているようだが……息災か?」
「はい、お久しぶりです、ドレーク総帥! 私のようなもののことを覚えていただいており、光栄です! 弟君には私のほうこそ目をかけていただいており……」
ナナさん。
数ヶ月前まで、直属騎士団の『副隊長』……つまりは、ドレーク兄さんの直属の部下だった人だ。
立場ゆえか、僕やエルク達とはまた違った種類の緊張を見せていた彼女は、びしっと軍隊仕込の敬礼を披露する。
その様子を見て、兄さんはどこか懐かしがるような目をした気がした。
「堅くならずともよい。すでに軍属でない以上、上司と部下という関係でもないのだからな。もっとも、お前は不幸な巡り会わせによって辞せざるを得なかった身……今からでも復隊を希望するなら便宜するが……」
「あ、いえ、それは……恐縮ですが、自分は今の立場も気に入っておりますので……」
「そうか。残念だが……お前になら弟をまかせるにも安心できると思うことにしよう。聞いている限りでは、色々と苦労をかけているようだが、よろしく頼む」
「はい!」
かつての上司……それも、立場的にも実力的にも雲の上だったであろうドレーク兄さんに、半ば認められているともとれる言葉をかけれもらえて嬉しかったようだ。
ますます背筋をぴんと伸ばして敬礼するナナさんの姿は……何だか、いいことをしてお父さんに褒めてもらえたことを嬉しがっている娘のようだった。
そして、その後のミュウちゃんの挨拶も終わると、兄さんはあらためて僕ら6人を見渡し……何事か考えながら『ふむ』などとつぶやいていた。
「聞いていた通り粒ぞろいのようだな。発展途上な者も何人かいるようだが……世事を抜きにして、全員まとめて軍にスカウトしてもいいレベルだ」
「そんなこともわかんの? 見ただけで」
「伊達にお前の10倍近く生きてはいないからな。もっとも……そうしてもムダだとわかっているがゆえに、止めておくが」
「それは何で?」
「ブルースから聞いているからだ。兄弟の中で、おそらく一番母上に似ているとな」
あれ、そうなの? 初耳。
聞けば、母さんは自分の人生、自分の自由にして楽しく生きることが信条だったため、どんな好条件で勧誘されても依頼以外での宮仕えはしなかった。
その母さんを慕って集まった仲間達も同様。『女楼蜘蛛』はそういう集団だった。
そして僕も、宮仕えはしたくないって前に公言したことあるし……僕と組んでるみんなで形作られるチーム『邪香猫』もまた、そういうチームだ、と兄さんは報告を受け取っているそうだ。
僕を中心に集まった、僕ありきのチームであり……僕がなびかない以上、宮仕えなんてもんを考えるとは思えないと。
それにそもそも、規則でがんじがらめに縛られるのが嫌いなシェリーさんや、多方面に色々と繋がりを持ってるザリーなんかは、そうでなくても軍属なんてお断りだろう。
可能性があるとすればナナさんだけだったけど……そのナナさんも、過去を振り返らず今の立場を楽しんでるし。
「そうなのか? 何だ、つまらん」
と、
唐突にそんな声が聞こえて振り向くと、ようやくお説教が終わったらしい第一王女が、腰に手を当ててこっちを覗き込むように立っていた。いつの間に?
その後ろには、若干息が荒い……まだ何か姉に対して言いたいことがありそうにもみえる第三王女が立ってる。しかしその姉、気にする様子はなし。
その姉ことメルディアナ王女は、ふりむいた僕の目を、真正面に回りこんでじろりと覗き込む。
顔が近くて、こっちからも王女様の青紫色の瞳がよく見える。その中に移った、僕の顔まで……鏡みたいに。
いきなりだったので、ちょっとのけぞってしまった僕に構わず、至近距離のまま、当然のように王女様は口を開いた。
「久々に見る澄んだ目であったし、実力もドレークの弟妹達のお墨付きなのであろう? 色々と無茶してでもスカウトしようと思っておったのだが……」
「……本人を前にして言います?」
「いや、むしろ本人の前だからこそ言うぞ私は」
……なんか、ホントに怖いもの無しな感じだな、この王女様。
怖いものが無い、っていうよりは、怖がらない、って感じだけど。
「と、いうわけだ。ミナト・キャドリーユ、知り合って早々ではあるが、国に仕官するつもりは無いか? まあ、冒険者とはだいぶ勝手も違うだろうが、兄や姉も居るし、意外となじむのも早……」
「ちょっ、お姉さま!? いきなり何を言い出すのですかっ!」
と、後ろから飛び掛ってきて姉(至近距離)を引き剥がすレナリア王女。なんだか、すごく焦ってるっぽい様子で、慌てて引っ張っていた。
「何だレナリア、いきなり。今私は割と本気で、この先のこの国の命運を左右しかねないヘッドハンティングをしている所なんだが」
「昨日お父様がおっしゃってたこともう忘れたんですか!? ドレークの弟であると同時に、お父様の大切なご友人のご子息だから、失礼のないようにって言われたでしょう!?」
「ああ、覚えているとも。だが、誘ってはいかんとは言われていないだろう? むしろ、君主やそれに連なる者としては、多少あざとく見られることになっても、有能な者は積極的に取り込もうとするべきなのではないか?」
「そうかもしれませんけど! まだ会って一時間と経っていないのに、いくらなんでも急すぎます! こういうことはもっと慎重にするべきであって……万が一今の段階で壁ができてしまったらどうするんですか!?」
あ、否定はしないんだ? したたかというか……さすが王女。
為政者の血を引く者として、そういう感性や価値観は一応共通してるみたいだ。
ただ、お姉さんが暴走気味だから苦労してるみたいだけど…………と、思ったら、
「問題ない。おそらくこやつは、下手に策を練って懐柔策に走るより、結果砕けることになっても正面から本音で話してぶつかった方が好まれるタイプだ」
(……お?)
何も考えずに暴走していると思われたお姉さんから、やや予想外な言葉が。
? 今のって……つまりどういう意味?
今の言葉に反応したのは、僕だけじゃなかったらしい。
横目で見てみると、エルクたち他のメンバーも、やや目を見開いて『ん?』って名感じで王女様(姉)に注目している。
「直接会ってみてわかった。私達を見る目に、戸惑いや緊張はあっても、欲や野心をまるで感じん。私達を、尊重する意味で『王女』として見てはいても、その向こう側にある富や権力に興味が向いていない証拠だ。加えて、前もって父上や諜報部隊から『価値観がやや独特』という話は聞いていたからな。総合的に判断して、貴族連中や商家の七光り共がやるような、出方をうかがったり過度におだてるような真似はかえって悪印象だろう」
「ゆえに、本音で……ですか?」
「そうだ。私自身、性格に難があるというのは自覚しているが、隠しきれるものでもないし隠すつもりもないからな。ならばいっそのこと、最初からこういう人物だと認識してもらった上で、裏を疑ったり余計な心労をかけずに本音で話せる関係の方がいい。少なくとも私はそう思えたし、同時にそう望んでいるが……いかがかな?」
と、そこで僕の方を振り向いて、じろりと眼力のある視線をこっちに向ける。
言っていることに感心している中のふいのことだったので、ちょっとびっくりしたけど……見返してみれば、その目はさっきまでと何も変わらない目だった。
変わらず力強く、真っ直ぐ僕を見据えてくる、自信たっぷりの目。
しかし、自分への陶酔とか、そういうものは微塵も感じない……澄んだ目だった。
さっきも思ったけど……不思議と、睨まれているに等しい迫力で見つめられても、嫌な感じがしない。むしろ、正面切って接してもらってるような気すらする。
もっとも、同じことを誰にやられてもそういう感想を一様に抱く、とは思えないけど……この王女様には、そういうカリスマみたいなのがあるのかもしれない。
「えっと、その……お見事です」
とりあえず、言う事言う事ほぼ当たってるので、そう返しておいた。
「ふむ……まあ、悪い印象は抱かれなかったようで何よりだ。と、いうわけだレナリア、今後は戯れの域を超えて腹を探るような真似はなしだ。可能な限り、本音と勢い重視で接しつつ、積極的にアピールを重ねながら、隙を見て勧誘していく。よいな?」
「……繰り返しになりますけど、そういうのって、普通本人がいない所でやりません?」
「問題ない。むしろ、我らの意図を知っていれば、意識してもらえる機会も増えるだろうし、少しでも我々のアピールに、ひいてはその先のこの国への仕官とそれによるメリットなどに少しでも興味を持つようなことになれば、儲けものだしな」
……これはまた……
やっぱり、なかなかの曲者のようだな……この王女様は。嫌な感じはしないけど。
たしか、王都に滞在するのは、2週間前後くらいだったはず……そのくらいで、用事は全部終わる、って言ってた。
正面切ってアピール&勧誘に来るって宣言されたから、隠れての絡め手なんかは心配しなくてよさそうだけど……これから2週間、アクティブ王女様の勧誘が続くのか。
……まあ、退屈はしなさそうだと考えることにしよう。
+注意+
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