35/197
第94話 少女達の進路
ミナト達が『クラーケン』の討伐に成功した、そのころ。
そのミナト達を……遠くから見ている、1人の男がいた。
「……これは驚きました。他人の手助けがあったとはいえ……地理的なものも含め、圧倒的に不利な条件下でありながら……まさか勝ってしまうとは」
先ほどまで、自分が乗っていた『オルトヘイム号』。
それを沈めるも、その直後にミナトの『アルマゲドンクラッシュ』によってその命を散らした巨怪を、望遠レンズ越しに見て……ひゅう、と、その男は口笛を吹いた。
「まさかあれほどの戦闘力を隠していたとは……やれやれ、人は見かけによらないものです。あそこで交戦を選択しなかったのは正しかったようですね」
怪物を倒した英雄を回収するため、軍艦がUターンしてクラーケンの亡骸のところへ戻ろうとしているのを目の端に見つつ……ウェスカーは、空間転移でその場を去った。
☆☆☆
さて、
クラーケンの撃破後、僕らはただ一隻残った軍艦に乗り、『チャウラ』に戻った。
そしてそこで、報告すべきこと全部を報告。
『オルトヘイム号』の発見と、幽霊船化の確認。
および、その沈没の確認。
『クラーケン』との遭遇・交戦そして撃破。
援軍(笑)の全滅。
そして、幽霊船にいた謎の男達……まあ、こんなとこだ。
当然ながら、大騒ぎになったけど……すでに解決してある、ってことも一緒に報告したからか、思ったほど混乱は大きくはならなかった。
シェーンとミュウちゃんは、心配かけたことを宿の店主に怒られながらも、無事だったことを喜ばれてた。町中の知り合い全員に。
いきなりいなくなったから、海賊にさらわれたんじゃないかとか思われてたらしい。
そして残る後処理は、関係者各位に任せることにした。
スウラさん達『軍』としては、海賊騒ぎのことなんかも含めて後始末色々あるだろうし……漁業関係者にしても、漁の自粛とか再会とか、そのへん決めなきゃいけないし。
それと、スウラさんに関してもう1つ。
無理矢理ついてきたとはいえ、仮にもスウラさんが要請した援軍のうち、4隻もが沈んじゃった件について、スウラさんの責任問題になったりしないか気になってたんだけど……予想外に、その心配は全く要らないらしかった。
どうも、僕らの出港後……その『英断(笑)』を下した基地のお偉いさんが、また小細工やらかしてたらしい。
『この作戦の全ては自分の立案であり独断専行である。スウラ・コーウェン以下士官各位には一切の責任は所在しない』と。
言葉だけ聴くと、何か問題があっても『責任は私がとる!』って言ってるいい上司みたく聞こえるんだけど……その実態は、上げた手柄を限りなく全て自分に帰結させるための方策だ。
ただし今回このセリフは、ホントに『責任は私が取る!』的な使われ方をすることになってしまった。
相手をなめ、状況を見ず、情報を軽視した結果として……独断専行で余計によこした軍艦が全て沈んでしまったために。
あわてて自衛策を取ろうとしたらしいけど、最早後の祭。
そのなんとかっていう上官さんは、本当にこの大失態の責任を1人で背負うことになったそうな。
まあ、そのおかげでスウラさんはほぼ完全に無罪放免、どころか、軍艦の上での戦いっぷりや指揮の適確さを多くの兵が目撃してたおかげで、株が上がったらしいから、友人としては万々歳なんだけどもね。
ともあれ、そんな感じで後処理は方々に任せられそうなので……僕らは、簡単に事情を聞かれた後、いつもみたいな感じで宿で休めることに。
本格的な事情聴取は、ナナさんとザリー、それに、最終決戦で出番が少なくてちょっと不完全燃焼気味っぽいシェリーさんが引き受けてくれたので、僕とエルク、それにアルバは宿で休めることになった。
僕はもちろんだけど……エルクもアルバも、長時間『サテライト』その他の魔法を継続して発動させ、アルバにいたっては最終決戦にも思いっきり前線で参加してたせいで、けっこうバカに出来ない疲労がたまっていたのである。
そして僕は例によって、『ダークジョーカー』の反動で全身筋肉痛。骨も痛い。
体内の魔力の混濁もやっぱり起こったので、回復も遅そうだ。
前よりはマシだけど、1日は安静にしてないとちょっとつらいかもだ。
というわけで、宿に着くなりベッドに倒れこみ……僕らは陥落。
普段は睡眠を必要としないアルバも、脳6つを同時に使った反動があるため、ぐっすり眠りについた。
僕は、寝る直前、姉さんの『パス』を内ポケットに入れて、魔力正常化の助けにした状態で寝ることにした。
その間の警備は、スウラさんが人員をよこしてくれるってことだったけど……アルバなら、多分寝てても危険を察知して起きるかも。
そういうわけだから、ひとまず、僕は……寝る。お休み。
☆☆☆
夜もふけた頃、
臨時の休暇をもらって、軍からの事情聴取に応じていた彼女達……ミュウとシェーンは、ようやく帰路についていた。
何ともいえない感情を、その胸の内に抱いて。
「……ひと区切り……だと思うか?」
「何がです?」
唐突に、視線も伴わずにシェーンが発した問いに、きょとんとしつつも足は止めずにミュウが聞き返した。
シェーンはそれにさらに、やはり足を止めずに返す。
「私とお前の目的、だ。最後の希望だと思っていた、オルトヘイム号で……私たちは出自に関する情報を得た。そして……これ以上は望めまい」
「そうですねー……まあ、私の情報は、あってないようなもんでしたけど」
「……っ! す、すまん、そんなつもりで言ったわけでは……」
「いいんですよ、シェーンちゃん、わかってますから。シェーンちゃんの過去だけでも、きちんとわかってよかったです」
「……ありがとう、ミュウ。まあ……わかった所で何が変わるわけでもない、普通の話だったがな。愛しあった男女の駆け落ちから悲劇の別れ……そんなところか」
ため息混じりに、シェーンは愚痴のようにそうこぼす。
別に彼女は、この結果に、事実に、何か不満があるわけではなかった。もともと、何か劇的な過去を、背景を期待していたわけでもないのだから。
ただ、それ以外の部分で衝撃の事実は1つ、判明していたが。
「……ミュウ」
「はい?」
「……私はな、この町を出ようと思う」
すこし間があったものの、
シェーンはそう、不自然なほど自然に、さらっと言った。内容的には、かなり大きな決断・報告と言っていいであろうそれを。
「……出自や、過去の経歴を苦にして……ではないですよね?」
「ああ。さっき聴取を待っている時に、店主達には私たちが隠していた過去を話したが……見事に気にされなかったからな」
「ええ。『たとえどんな過去があったって、あんた達は私達全員にとって娘みたいなもんだ』って、豪快な返事を頂きましたからねー……思わず泣きそうになりましたよ」
「奇遇だな、私もだ」
そんな会話を交わしつつも、2人は立ち止まるどころか、視線を交わすことすらしない。
「……料理人に、な。なろうと思う」
「ほー……シェーンちゃん、料理上手くなりましたもんね。どこ行っても即戦力でしょうけど……修行してゆくゆくは、お店でも出すおつもりで?」
「ああ。……この町は、確かに好きだ……けど、いつまでもあの人達に甘えているわけにはいかないだろう。実は、もともと考えていたことだ」
「いいですねー。就職したら教えてくださいね、売り上げに貢献しに行きますよ。シェーンちゃんの料理なら、どこで食べても間違いな……なんですかそれ?」
と、
そこでミュウは……シェーンが手に、見慣れないものを持っていることに気付いた。
それは、ロケットだった。
親しい相手の写真などを入れて、首から提げておくアクセサリー。
ただしこの世界には写真は無いので、小さな肖像画や似顔絵などを主に入れるのが一般的だ。
そして、シェーンが持っているそのロケットの中には……優しい顔で微笑む、1人の女性が描かれていた。
どことなくシェーンに似ている、紫の長い髪の、妙齢の女性。
「……絵ではあるが、やっと会えたよ……我が母に、な」
「それ、どこで?」
「ミナトからだ。祖父から投げ渡されたらしい……ナイフと一緒にな」
「……おじいさんなりの、孫娘への激励ですかねえ……よかったですね、シェーンちゃん」
「ああ……」
そう言ったきり、また会話が止まる。
足は止まらない。視線は……交わらない。
ただ黙々と、2人は、前だけ向いて歩く。
身長から来る足の長さの違いの分だけ、若干ミュウのほうが早足だ。
しばらくして、またシェーンが口を開いた。
「……ところで、ミュウはどうする? この町に残るのか?」
「おやおや? もしかして……ついてきて欲しいんですか?」
「いや、別にそういうわけでは……まあ、少しはそう思わなくもないが……違うさ。ただ……」
「ただ?」
「……なんとなく、お前もこの町を出て、どこか違う土地に行くことを考えているような気がして、な。少し、気になった」
ぴくっ、と、
少しだけミュウの眉が動いて反応したかと思うと、『ほほぉ』と感心したような声が彼女の口から出た。
「やっぱり長く一緒にいると、そういうこともあるんですかねぇ。私も実は、シェーンちゃんがそんなこと考えてるんじゃないかな、って思ってたんですよ」
「そうか……それでどうするんだ? お前は、料理に興味があるようには思えないから……商人にでもなるのか? それとも、本格的に占いでもやるつもりか?」
「……そうですねえ、一応、考えてる進路はあるんですが……」
☆☆☆
「魔法の勉強、ねえ」
「ええ。なので、それが出来そうな職場に転職したいと思ってるのですよ。無難に魔法学園か、軍の魔法研究部門か……色々調べてから決めるつもりです」
「ふーん……」
僕らが『クラーケン』を討伐してから、数日が過ぎた。
ゆっくり休んで体もバッチリ回復した僕は、何の気なしに散歩してたらばったり会ったミュウちゃんに、歩きながらそんな話を聞かされていた。
ミュウちゃんとシェーンは、どうやら、この町を出て行くことにしたらしい。
別に自分の生まれや育ちに負い目を感じたとかそういう感じじゃなくて、自分達で考えて決めたことなんだそうだ。
シェーンは料理人を目指すらしいけど、ミュウちゃんは……本格的に魔法の勉強を始めてみたいらしい。もともと前から、興味あったんだそうだ。
ただしその手段については、まだ考えてないらしい。
一応、色々ちまちま調べてたらしいけど……まだ十分な情報が集まってない。
っていうか、比較的田舎と言っていいこの港町じゃあ得られる情報にも限りがあったらしく、どういう手段をとって魔法を勉強するかは、まだ決めてないらしい。
それで、僕に何かあてがないかどうか聞きに来たらしいんだけど……何で僕?
「それはですねー……何だと思います、理由?」
「まさかの逆質問? んー……冒険者で色んなとこ行ってるから情報とか持ってると思った……とか?」
「なかなか鋭いですねー。まあ、それもあるんですが……」
お? 違うのかな?
「実は……コレなんですよ」
そう言って、彼女が僕の目の前に差し出したのは……水晶玉?
あ、もしかして……占い?
「ええ。水晶を覗き込んだら、色々と見えてくるものがありまして。それが……今まで見えてこなかったものなんですよ」
「……っていうと?」
「私の、魔法の勉強に関する展望なんですけどね? それを見てみたら……扉が見えるんですよ。鍵のかかった扉が。でもコレは、前からもともと見えてたんですが……」
うんうん。
「この間見てみたら……その扉のものらしき『鍵』を、お兄さんが持ってる、っていう光景が見えたんですよ」
「へー……でも僕、鍵なんて持ってないけど」
「ああそれはですね、所持品として持ってる、っていう意味じゃあないと思うのですよ、経験上。たぶん……その、鍵のかかった扉、すなわち私の人生における難題を解決するためのキーマンが、お兄さんなのです」
「あ、そういうこと……」
なるほど、やや抽象的だけども……占いっぽい解釈ではある気がする。
『鍵』と『扉』ねえ……でも……
「期待してきてくれたとこ悪いけど……そんな、魔法を教えてくれそうな人や施設なんかに、心当たりは……ない、かな」
「そうですかー……まあ、私もいきなりそんな、お兄さんに聞いて済むようなら虫が良すぎるとは思ってましたが……やはり残念、ですねえ」
「ごめんね、ミュウちゃん。まさか僕が教えるわけにも行かないしさあ……」
ぼそっ、と、
そんなことを言ったら、前を歩いてたミュウちゃんが、『え?』ってな感じで振り返ってこっちを見てきた。
「? どしたの?」
「お兄さん……魔法の指南、できるんですか?」
「僕? あーまあ、多少なり基礎的な知識は叩き込まれてるかな、母さ……師匠から」
一応僕、体質的に魔法が無理、って判明するまでは、普通に魔法使えるようになるために訓練してたし……その最中に、母さんから訓練方法とか色々教わった。
魔法に関する、基礎的な知識とかも。
放出系魔法を諦める選択をした頃には、かなり高レベルな応用魔法のレベルに片足突っ込むとこまで来ていた。当然……知識だけだけど。
それを応用して、エルクに魔法の指導してたわけだし。
「……!? じゃあ、エルクさんに魔法を教えたのは……」
「うん、僕。ああでも、冒険者だったっていうお母さんから、基本的なとこは学んでたみたいだったけどね? そこちょっと見てみて、これからどう訓練したらいいか、って考えて教えたくらいだよ。僕がしたことなんて」
「それ、十分に教師の仕事だと思うのですが……そうですか、お兄さんが……」
するとミュウちゃん、何か考え込んでしまった。
時折、ちらちらとこっちを見ては、『いや、でも……』『まさか、あのビジョンは……』とかいう声が聞こえてきたり。
……? 何を葛藤してんだろ?
「お兄さんって……」
「うん?」
「どう聞いたものか……あ、子供、好きですか?」
「嫌い」
「……あ、嫌いなんですか?」
「うん、嫌い。言う事聞かないし、ちょっと目話すと無茶苦茶なことやるし、わがまま言って他人困らすし、行動何するか全然予想つかないし、挙句の果てに、面倒なことになるって言ってんのにバカやって、他人を巻き込んでトラブル呼び起こす所とか、もーだめ。子供だからしかたない、って多少頭でわかってるんだけど、なんかだめ」
(……一部、あなたのお仲間の愚痴に似たような文言が含まれていた気がします……)
「? どしたの、ミュウちゃん」
「いえ、何でも……あ、お兄さんもしかして、子供そのものが嫌いなんじゃなくて……」
「うん。子供のそういう、めんどくさい部分が嫌いなんだよね」
「あー、なるほど……まあ、わからなくもないですね、そういうの。でも、そういうお兄さんだって、小さい頃は親御さんにそういう思いをさせていらしたのでは?」
んー、それは……ないと思うけど。
何せ、赤ん坊の頃から意識があったから、精神は完全にその頃から大人だし。
空腹とか生理現象以外では、別に僕ぎゃあぎゃあ泣いたりした覚えないし、はいはいやつかまり立ちの練習も自分でやったし、ワガママだって、ほとんど言った覚えは無い。
何せ、転生して最初の数年間、可能な限り情報集めることに、そして極力トラブルを起こさないことに腐心していた。反抗期なんてものも、当然なかったし。
子供らしくなさすぎたのか、母さんから若干怪訝な顔をされたことが何度かあるくらいだ。後で聞いたんだけど、他の兄弟は、赤ん坊の頃は普通に子供っぽかったらしいし。
でも……あれ? 何で僕が子供嫌いだ、って話になったんだっけ?
「えっとですね……なんだか話を聴いていると、魔法とかを教えるのが得意というか、好きそうだったので、てっきり子供好きなのかと」
「あ、そういうこと……ごめん、真逆。まあ、反抗しなくて物覚えがよくて根気強い子供なら、好きかもしれないけど」
「あー、絶対に教師になるのは無理な感じなんですねー……」
そゆこと。
物分かりが悪い、話を聴かない奴相手に根気強く学ばせられるほど、僕、気は長くない。
エルク達を相手に『先生』役をやれてるのは、彼女達が物分かりがよくて飲み込みも早いから。そして基本素直で、ツッコミ以外では僕に反発とかしないからである。
もちろん、独裁的な教育が楽しいわけじゃなく、結果として教育のいい部分だけを楽しむことが出来てるから、僕は楽しくやれてるのだ。
だから、根気や妥協その他が必要な普通の『教育』は、僕には向いてないし……それを必要とするであろう普通の子供の相手も僕には無理だと思う。
こればっかりはどうにもなる気がしない。前世からの性分だ。
逆に言えば、物分かりがよくていらだって反発とかしない、あと性格的に僕と相性がいい生徒なら、先生として指導に当たるのも歓迎なんだけど……あれ?
このタイミングで、そういう質問ってことは……もしかして……
「ミュウちゃんもしかして、僕から魔法教えてもらえるか……とか、ちらっと考えた?」
「ええ、一瞬。けど、さすがにそこまで迷惑をかけるのは考えられませんので、1秒で却下しました」
あっさり認め、そして同じくらいあっさり、諦めて自己完結した旨を僕に告げた。
「……一応聞いてみたいんだけど……なんで?」
「お兄さんは冒険者です。いつまでもこの町にとどまっていることはありません。まあ、この町を出るのは私も同じなのですが、お兄さんについていくわけにもいかないですしね」
ミュウちゃんいわく、
仮に自分が僕に魔法を教えてもらうとすれば、それは相応の期間および時間、僕と一緒にいて教えを請うということであり……完全な僕の『関係者』となるということ。
そして、冒険者の関係者になるということは、ギルド職員やその他各種施設の従業員などの例外を含め、個人的な交流を持つと周囲に認識されるという事。
もちろん、クエストにまで一緒に行動するエルクたちチームメーンバーと同列に考えられることは少ないだろうが……基本的に荒事が多い日常を送る冒険者、まきこまれるトラブルも結構多い。
実際僕も、たまにだけど絡まれたりすることはある。
僕の出世をねたんだものだったり、仕事上の競争で負けたことの逆恨みだったり、エルクたち美女軍団を狙ったものだったり、理由は様々だけど。
そんな時には、肉体言語が半ば容認されてるこの世界なので、遠慮せずに僕らも鉄拳制裁で終わらせてもらってんだけども……僕ら冒険者に関わるってことは、そういう荒事に巻き込まれる危険も多いってこととイコールなのだ。
「人よりは体力ある自信はありますが、せいぜい少しすばしっこい程度ですから……お兄さんや、その周りのエルクさん達みたいに、魔物や無法者相手に立ち回れたりはしないのですよ。一番弱いって自称するエルクさんですら、不良冒険者数人を数秒で叩きのめしてましたし……正直、同じ地平に立ってついていける気はしないのです」
「なるほど……って、あれ? 僕らがケンカしてる場面にミュウちゃんが居合わせたことなんて……ああ、猫モードか」
「はい、散歩中に何度かお兄さん達の勇姿を拝見させていただいてました。といっても、そのうちの9割シェリーさんが率先して殲滅してましたけども」
うん、戦闘を伴わないクエストだから、フラストレーションの発散に全力だったからね、あの人。
「ただ、何だか最近前より魔力方面で力を発揮できるようになった気がするんですよね……なんとなくですが」
「? そうなの?」
「ええ。ちょうど……クラーケン騒ぎを乗り越えてからですかね。人間、追い詰められると色んな力に目覚めるとか聞いたことありますが……もしかしたらそんな感じで、あれがきっかけで眠れる才能がこじ開けられた……なんて妄想を一瞬覚えてしまったくらいで」
へー……そんな、けっこう顕著に能力上がったんだ?
ホントに才能が覚醒したのかどうかは……わかんないけど。
ミュウちゃん自身、なんで前よりそんな風に感じるようになったのかはわかんないらしいしさ。
「ですがまあ、それを勘定に入れても、私がお兄さんについていくという選択肢は無いでしょうねー……特殊な魔法分野での補助は出来なくもないですが、荒事に関してほぼ全面的に実力不足で、依存する形になってしまいます、間違いなく」
「そう? ミュウちゃん、魔法の才能あるみたいだし、訓練すれば強くなると思うけど」
「そうかもしれませんが、そうなるまでは9割9分9厘依存しっぱなしになるのは確実ですから……正直、私にとっても魅力的な進路ではあるのですが、助けられっぱなしになるのがわかってる以上、やはりお兄さんと一緒に行くわけにはいかないのですよ」
そう、ちょっと残念そうに言うミュウちゃん。
大人だなあ……自分でもそうしたいとは思っても、互いの利益を考えて身を引く、っていう決断を、きっちり自分で下せるんだから。
普通なら、何かしら理由をつけてそれに目をつぶって、自分に都合のいい方向に持っていこうとしても不思議じゃないのに……。
ミュウちゃんなら難しくないだろう。みんな言ってたけど、頭いいんだし。
それに……僕らからの印象も、決して悪くないんだから。
「ていうか何気に僕、ミュウちゃんやシェーンさえよければ……一緒に冒険者やれないかな、とか思ってたんだけど。ホントに」
「え、そうなんですか?」
「うん。そう。ホントだよ?」
きょとん、と驚いたような、意外そうな顔をするミュウちゃん。驚きが先行しちゃってるのか、嬉しさなんかは見られない。残念。
しかし、すぐに『うーん』と考え込むようにして、
「それは……正直嬉しいんですが、冒険者としてはどうかと思いますよ、お兄さん」
と、嬉しいけどちょっと困ったような、微妙な表情で一言。
「……何で?」
「もうちょっと警戒心を持った方がいい、という意味ですよー」
そう言って、はあ、とため息をついてから、
「よい印象をもたれているのは、今言ったように嬉しいですが、つい先日まで知りもしなかった他人に気を許すのは、いくらなんでも感心できません、という意味です。仲間に入れてもいいと思ってもらえるほど、深く関わったわけでは無いでしょう? 私達」
「あー、そういうことね。まあ、それはわかるんだけどさ……」
確かにそうだろう。
だいぶ前に言ったと思うけど、冒険者は魔物と同じくらい人とも戦う。そんな中で、信頼できる『仲間』を見つけるのは簡単じゃない。
慎重に慎重を重ねて吟味し、選ぶ必要がある。
それを念頭に置いて考えれば、今回の僕みたいに、数週間付き合っただけのミュウちゃんを仲間に入れようと、いやそこまで行かなくとも、これからもプライベートでの付き合いを続けていこうなんて言い出すのは、軽率なのかもしれない。
……けど、
たとえ期間的に考えて短くても、冒険者として『仲間』になるのには信頼も実力も足りなくても、
そうしたいな、ってちょっとでも思うくらいの魅力は、ミュウちゃんには感じるのだ、僕は。
それは、容姿でも能力でもなく(その2つも魅力的だと思うけど)……
「……ねえ、ミュウちゃん」
「はい?」
話、いきなり変わるけど、
「ミュウちゃんって、最初から……シェーンを止めるつもりで、同行したんでしょ? 多分だけど……僕らを利用して」
「……! …………」
一瞬だけ、しかしはっきりと……彼女の顔に、驚きの色が浮かんだ。
そのまま沈黙。……肯定、と受け取っていいんだろうか。
一応、間違ってはいないと思うんだけど。
今回の、シェーンとミュウちゃんの密航は、船の上でも話したとおり、明らかに『無謀』、その一言に尽きるといっていいものだった。
シェーンは、自分でも言ってたとおり、一般人基準で考えればかなり戦える動きをしていた。ランクをつけるなら、D以上……CかBくらいはあげられるかもしれないレベル。
海賊時代の教育に加え、才能ってのもあるんだろうと思う。
しかし、いくらそれが一般人基準で強くても、船の中の構造を知ってたとしても、
『幽霊船』なんて気味の悪い、得体の知れないものに乗り込んで、無事に帰ってこられるはずがない。圧倒的に、実力が足りない。
おそらく、ミュウちゃんは最初止めたはずだ。できっこない、死ぬだけだろうからやめろ……と。
しかし、おそらくシェーンが聞かなかった。自分の出自に、どうしてそこまでこだわりがあったのか……は、わかんないけど。
なのでミュウちゃんは、作戦を変えた。
『そこまで言うなら私もついていきます』とか何とか言って同行し、一緒に船に乗り込んだ。
そしておそらく、その後、ひそかに僕らに接触して真実を伝え――どこまで伝えるつもりだったのかは知らないが――頼むつもりだった。シェーンを止めてほしい、と。
幽霊船は瘴気に包まれ、常人や瘴気耐性のない亜人では活動不可能。
さらに船の中は魔物の巣窟。
動けるとはいえ一般人。シェーンが生きて帰ってこれる保障なんてのはどこにもない……というより、その可能性なんてのは限りなくゼロに近いだろう。
だから、『侵入する前に』とめなければならない。
それも、物理的に。言っても聞かないから。
そしてミュウちゃんが出した結論は、手段は……おそらくは、僕を頼ること、だった。
折を見て僕の前に姿を現し、必要なら自分……クリーム子猫の正体を明かし、僕にシェーンを物理的に止めるよう頼もうとした、ってとこだろう。
僕の推理を説明している間、じっと静かにミュウちゃんは聴いていたけど……
「……お見事。100点ですよ、お兄さん」
ため息と共に、そんな言葉が返ってきた。
「シェーンちゃん、一度決めると何言っても聞きませんからね……私はもちろん、普通の大人じゃあ、腕力も何もかも足りなくて止められませんから。船を移動中に金縛りか何かで軍に捕まえさせてもよかったんですが……どうせならお兄さんに頼めば、捕獲後の色々な意味での保護まで任せても大丈夫そうだと思ったので」
「なるほどね……色々と考えてるじゃない。じゃあ、僕らが乗ってる艦に密航したのも、狙ってだったんだ」
「ええ。それに軍の人達じゃあ、人数がいても、隠密能力に優れるシェーンちゃんを相手にするには不安がありますが、お兄さんのチームのメンバーなら、一番弱いって自分で言ってらしたエルクさんでも、たぶんシェーンちゃんと互角以上に強いですからね。……利用するような真似して、すいませんでした」
「いいよ別に。結局何かする前に、僕らが自主的に動くことになったからさ」
「ですねえ……まさかあんなにあっさり気付かれるとは思いませんでしたよ。高レベルの冒険者というやつを、完璧に見誤ってました」
それも一緒にいるには実力不足だと痛感した理由の一つなんですが、と、自虐的に付け加えるミュウちゃん。
「もちろんシェーンちゃんも、お兄さん達の実力なら、見つかってもおかしくないと考えられるはずだったでしょうけど……どうしても知りたかったんでしょうね、彼女」
「自分のルーツが? それとも……お父さんと、あの夜の真実が?」
「両方でしょうね」
その時、さらっと言ってのけられたその一言が、なんだかあまりにも他人事っぽかったのでちょっと気になってたずねてみた。
「……船乗ってたときから割と気になってたんだけどさ……ミュウちゃんは?」
「?」
「ミュウちゃんは……なんか、そういうの気にしてない感じに見えたから。口では気になってるみたいに言ってたけどさ……態度とか見てると、なんとなく」
「おお、これまたご明察。まあ、気になるのはホントですけど……ぶっちゃけ、そこまでこだわって知りたいとも思ってないんですよね」
「へー、そうなの?」
「ええ。まあ昔は、気になって不安で不安でしかたない、って時期もあったんですが……」
昔ってのは、海賊船時代のことらしい。
けど、ある出来事をきっかけに、そんなに気にしなくなったんだとか。
ちょうど今みたいに、月の光が明るい夜のこと。
同じ感じで、シェーンに相談してたらしい。自分の得体が知れないことを。
だけどその時に、シェーンにあっさり言われたそうだ。
「『お前が何者かなどどうでもいい。少なくとも私は、お前が危険でないことは知っているし、多少変わっていたとしても、人間でなかったとしても気にしない。私にとって重要なのは……一緒にいて楽しいかどうかだ。私も……お前も、な』……今でもはっきり覚えてますよ」
「なるほど……他ならぬシェーンちゃんのお陰だったわけね」
「ええ。たった二言三言でしたけど、本当に救われました……ですから、まあ確かに友達として気軽に付き合ってますが、シェーンちゃんには本当に感謝してるんですよ」
「だから、止めようとした? 僕に頼んで」
「ええ」
「さっきのオウム返しになっちゃって悪いんだけど、そんなに簡単に信用してよかったの? 冒険者で腕が立つって言っても、知り合って間もないよ? 僕ら」
捕えるって言ったら、密航者……つまり、犯罪者の扱いになるわけでしょ?
冒険者って荒っぽいというか、容赦ない人も多い職業だし、そのへんの心配はしなかったんだろうか。
ましてシェーンは、美少女と言っていいくらいにはかわいい女の子。
罪人っていう社会的に弱い立場……しかも、軍艦の中っていうある種の密室だ。
よからぬことをたくらむ奴だって少なくない、とかは?
他にも、正式な依頼ってことで、べらぼうな報酬を要求されるとか。
「大丈夫ですよ。人を見る目はあるつもりですし……占いでも悪い結果は出ませんでしたから。それに、報酬要求なさるならなさるで、それは当然の権利です。もしそうなった時は、体を使ってでもお支払いするつもりでした」
「ちょ……友達思いはいいけど、自分のことは大切にしようよ。だめだって女の子が、そんな簡単に体とか言っちゃ」
「何をおっしゃいますかお兄さん。この貧相な体1つでAAAランクの冒険者の力を借りられるというのであれば、破格もいいとこなのですよ」
あっさりそんなことを言われた。
肝据わってるなあ……。大切な友達のためとはいえ、そんな何の迷いもなく。
タイプとしては……僕が今まで関わってきたどの人ともけっこう違うけど、ナナさんに近いか。自分にとって有利か不利かも度外視し、必要な時に必要な判断を迷いなく下せる。
自分にとって大切なもののために、真剣に、本気になれるタイプ。
こういう雰囲気もあって、僕の目にもすごく魅力的に映ったんだよね……。
「なので……あらためて言わせてくださいね、お兄さん。シェーンちゃんを助けてくれて……本当に、ありがとうございました。でも……」
一拍、
「残念ですが、私ではお兄さんの仲間になるには力不足です。とっても魅力的なお誘いではありますが……助けられてばかりのおんぶに抱っこでは、仲間とは呼べないかと」
そう、やんわりと……まだ話題に少し上った段階の、自分が僕と今後仲間になって一緒に行くという可能性を断った……が、
「……そっか。そりゃ残念だな…………でも……」
一拍、
「……これから先はともかく……今は守らせてくれるかな? とりあえず」
「……はい?」
……気付いたのは、つい今しがた。
ミュウちゃんが『残念ですが、私では』って言ってたあたりで、だ。
数日前の『あの時』といい……相変わらず、見事な隠密だ。また危うく、気付かない所だった。
けど……あいにくだったな。何があったかは知らないが、さっき一瞬だけ、気配を隠すのを失敗したのを、僕は見逃さずに気取った。
周囲に微細な魔粒子を散布して探ってみたら……それでもかなりギリギリだったけど、気づくことが出来た、ってわけだ。
「……?」
やはりというか、ミュウちゃんは気付いていないらしい。
……僕か、ミュウちゃんか……どっちが目当てで、いやそもそも何を目的に近寄ってきて隠れてたのかもわかんないけど、どうでもいいだろう。
「……いるのはわかってる。出てきたら? 僕口下手だし、呼びかけとか説得とか得意じゃないから……っていうか名前聞いてないから、どう呼んで話したらいいのかもわからん」
すると、
「これは失礼……そういえば名乗るのを忘れていましたね。ウェスカーと申します、どうぞ以後、お見知りおきを……」
そんなセリフと共に、
物陰から、あの時『オルトヘイム号』で会った白コートが現れ……恭しく、しかしわざとらしく一礼した。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。