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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第6章 幽霊船と大海賊の秘宝

34/197

第90~93話 海の決戦

 

 強い。

 それが、僕、ナナさん、シェリーさん、そしてシェーンが『オルトヘイム号』に乗り込み……内部の敵と戦っていく中で感じた、率直な感想だった。

 これまで2隻の『幽霊船』を相手にして戦ってきたが……今繰り広げられているのは、その戦いがてんで退屈なものに思えるほどの激戦といっていい。

 兵士の数だけで言えば、今までの幽霊船と大差ない。
 しかし、その質が全く桁違いなのだ。

 『ネクロノミコン』で読んだし、実際にこれまで出てきたからわかんだけども、普通の幽霊船に出てくる魔物は、下位のアンデッドモンスターである。

 例としては、動く骸骨兵士『スケルトン』、まだ肉のついた動く死体『ゾンビ』なんかの有名どころに加え、黒いローブを着て鎌を持ったガイコツ『デス』や、実体を持たない幽霊の魔物『ゴースト』なんかがせいぜいだ。ランクにして、FからDってとこだろう。

 が、このオルトヘイム号には……それらの1つも2つも上のレベルの奴らがわんさかいた。

 金属の鎧に身を包んだ首なし騎士『デュラハン』、
 甲冑で武装したガイコツ『スケルトンナイト』、
 『ゴースト』の上位種で、魔術をもつかいこなす亡霊『ファントム』、

 挙句の果てに……

「ちょっ……何で!? 何で海賊船で『キョンシー』出んの!? なんか違くない!?」

 僕は今……顔にお札を張られ、キレのある体術で猛襲してくる死者を相手取っていた。

 ていうか、ホントに何でこいつが海賊船に出るわけ!? キョンシーってこう……なんか、中国的な、大きな館とかで出てくるような印象あるんだけど気のせい!?

 そしてちょっと向こうでは、シェリーさんとナナさんが、手が六本生えてる異形のガイコツと、『グリンデロー』より2まわりほど大きな体と黒ずんだ鱗を持つ半漁人を、それぞれ相手にしていた。

「これはっ……ちょっと新感覚ね、手が自分より多い相手ってのも!」

「言ってる場合ですか? にしても……『キョンシー』に『オーバースケルトン』に『ハイグリンデロー』……生前が実力者だったことを鑑みても、明らかに異常ですこの船! ほとんど全部ランクBかAで、それ以下の魔物の方が少ないとか……そしてミナトさんの言うとおり、一部明らかに場違いな魔物も混じってます!」

「た、確かに昔、船には東洋出身の乗組員もいたが……」

 焦りのにじんだ声でそう答えるシェーンは、僕らが担当してるよりは弱い魔物を処理しつつ、強い魔物に当たって怪我したりしないように立ち回っていた。

 当事者兼案内役として連れてきたけど……さっきから襲撃が激しくて、案内してもらうどこをじゃない。

 そして断言しよう。
 援軍(笑)、絶対役に立たない。さっき見てた程度の錬度じゃ……全軍で攻め入ろうと、1時間かけないで全滅する。

 何せ、BランクやAランクの魔物が跋扈する魔窟だ。急遽かき集めた、一山いくらの軍隊なんて、時間稼ぎ程度しか出来ないだろう。

 そして、全滅したその軍隊が、時間がたつとこの瘴気に当てられてゾンビに……なられたんじゃたまらない。

 なので、その旨を念話(『サテライト』および『オープンチャンネル』発動済み)でスウラさんに伝えた。
 この船に雑兵はよこすな、少数精鋭で決めないと逆に厄介だから、と。

 なので、僕とシェリーさんとナナさん、そして案内役のシェーンで進んでるんだけど……質と物量が両立したアンデッド軍団が壁になってて、かなり面倒だ。

 ……時間はかけてらんないんだよな……。
 何せ、僕とシェリーさんはよくても、ナナさんとシェーンは、今かかってる『浄化』の魔法が解けたら瘴気の影響を受けるようになっちゃう。時間は有限だ。

 さて、どうしたもんか……と、思ってたその時、

 
『お困りですか~、お兄さん?』

 
 そんな間延びした声が聞こえた瞬間……通路内でひしめきあっていたアンデッド軍団が、ぴたりと動きを止めた。

 まるで、金縛りにでもあったみたいに……『金縛り』?

 それって……

『早くお願いしますねー、ちょっとこの数は数秒も止めてられませんのでー……』

『……わかった、ありがとミュウちゃん』

「ナナさん、今がチャンス。フォーメーション『ランチャー』」

「! は、はい……わかりました!」

 言うなり、事前に決めておいた合図というか合言葉を理解したナナさんが……足を肩幅に開き、『ワルサー』を構える。
 そしてその手に、僕がそっと手を添えると同時に……『他者強化』を発動。

 その瞬間、
 僕の魔力がナナさんを介して、ナナさんが発動しようとしている魔法に注がれていく。

 最近開発した術式と、ナナさんが軍属時代に使っていた魔法の応用。他人の魔力を使って大きな一撃をドカンと繰り出す補助系技……『魔力供給』。

 つまり今ナナさんは、僕の魔力を使って、本来の自分の魔力だけでは使えないような威力の魔法を使おうとしているわけだ。

 しかしこの『魔力供給』、自分の本来の実力に合わない力を使うため、その反動がかなり大きいっていう弱点があるんだけど……その部分を、僕が『他者強化』を使うことでカバーし、反動どころかポテンシャルそのものを強化してるので全く問題なし。

 と、いうわけで……

「……魔力充填完了、行きます! 『100連装・ウォーターランチャー』!!」

『あんたそれホントに作ったんかい!!』

 念話の向こうからエルクのツッコミが聞こえてきたのは聞き流しつつ。
 僕とナナさんで構えた『ワルサー』の銃口から……どう見ても口径合ってない、直径1mになろうかという水の弾丸が雨あられと発射され、通路にいた魔物を半分くらい一気に消しとばした。

 よし、眺めよくなったな……水の余波で、残りの半分もたたら踏んでるし。

 ……けど、その前に、だ。

「……そこっ!!」

 びしぃっ、と、
 ナナさんの『ワルサー』に添えていた手を離し、すぐに僕は、斜め後ろの棚の影を指さした。

 すると一瞬後……そこの物陰から、ひょこっと……

 ……クリーム子猫が、観念したようにとことこと出てきて……素早く僕の肩の上に乗っかった。

「……何をしてんの、ミュウちゃん?」

「いやあ、待っていろとは言われたものの……やっぱり気になっちゃいまして」

 
 ☆☆☆

 
 残り半分を片付けながら、事情を聞いたところによると。

 非戦闘員とはいえ、自分も当事者であり……自分の出自に関する情報を知りたいのは、シェーンだけでなく、自分も同じ。

 任せろとは言われたし、それを信じもしたものの……やはりじっとしていられない。
 だから、『認識阻害』の魔法で姿を隠し、僕らが敵全滅させて安全になった通路を、とことこ歩いてきた……と。

 そして、

 邪魔にはならないようにしてるから、一緒に行かせてほしい、と、
 彼女には珍しく、猫の姿ながらも真剣に頭を下げて懇願してきた。

 そんな彼女の姿を見て、何か感じるものがあったのか、

「……私からも……」

「ん?」

「私からも……頼めないだろうか? 私も含めて、あなたがたにとっては足手まといなのはわかっているが……ミュウも、同行させてはもらえないか? 必要なら、こいつの分は私がカバーするし……その他にも、出来ることがあれば何でも……」

「ん~……まあ、邪魔にならないようにとは言いますが……少々辛辣なことを言うようですが、庇護対象が増えたというだけで、私達にとっては戦力ダウンなのですが……」

 と、戦略的見地(?)からの、言葉通りナナさんの辛辣な意見。

 確かに……体小さくてそこまで邪魔にならないとはいえ、ミュウちゃんの戦闘の実力は普通の冒険者ほどもない。

 意外にも、一般人より体力はあるし、猫に変身できる能力が関わってるのかは知らないが、かなり敏捷性もあるらしい。
 けど、それにしたって……それだけだ。腕力も、耐久力も、持久力も乏しい。

 それ以外の彼女の長所といえば、せいぜい……

 
 ……まてよ?

 
 もしかして……この状況、使えるんじゃないか?

「……ねえ、ミュウちゃん? ちょっといいかな?」

「はい、何でしょう? あ、対価でしたら私の体ぐらいまでならお支払いできますよ?」

「違うし、真面目な内容だから割と。あのさミュウちゃん、今ナナさんとシェーンにかけてる『浄化』の魔法って、武器とかに付与することも出来るんだよね?」

「? そうですが……お兄さん達には必要無さそうに見えましたよ? そりゃかければ強力でしょうが……それ無しでも、普通に一撃一撃で相手倒してましたよね?」

「そうなんだけど……じゃあさ、『コレ』に『浄化』付与することってできる?」

「コレって何……!」

 言おうとして……ミュウちゃん、気付いたらしい。
 自分の体の中に入ってきた……『魔粒子』の感触に。

「……多分、出来ると思います。というか、純粋な魔力に近い『物質』っていう、魔力を付与するには都合がいいおかしな物体ですから……むしろ上手くできるかと」

「ほー……言ってもいないのによくわかるね、そんなことまで」

 よしよし、何にせよ……出来るならちょうどいい。

 試してみようじゃないか……僕の新技と一緒に。
 上手く行けば……ここでの戦闘が、すこぶる楽になる。

 

 ……その数分後。

 そこには……

 
 ドラゴンのブレスよろしく、口から白い炎を吐き出して吹きつけ……行く先々のアンデッドどもを根こそぎ焼き払い&浄化していく僕の姿が。

 
「……え、何? ホント……何?」

 唖然としてそれを見ている、斜め後ろにいるシェリーさん他3名。

 うん、説明しよう。

 
 これは、僕が前々から『遠距離』という、僕の戦闘における弱点を克服するために考えていたオリジナル魔法の1つに……さっきのやり取りの後に行われた、ミュウちゃんの『浄化』の付与を組み合わせたものだ。

 そもそもの発端は、僕が『樹海』にいた頃、母さんにつれてってもらった先で戦った、なんとかっていうドラゴン型の魔物を相手取った時のことだった。

 当事から、自分の攻撃の射程距離の短さにネックを感じていた僕は、上空から炎を吐いてくるそいつの攻撃を見て、ふと思った。

 コイツ今……火、吐いてるな。
 けどこれ、魔法じゃないよな、と。

 そしてはっとした。思いついた。

 僕が放出系の魔法を上手く使えないのは……大外での魔力の感応・コントロールが上手くできない体質だからだ。

 それはつまり言ってみれば、魔法を体の外で作って、それを上手くコントロールして発射・攻撃までもっていく過程が上手くできないってこと。その途中、コントロールしきれずに暴発するのだ。

 
 ……だったら、

 体の『中』で魔法を作ってから、それを上手いこと放出することが出来れば……後は勝手に前に、上手いこと飛んでいくように出来ないだろうか?

 
 つまり、発想の転換。言葉の言い換え。

 魔法を作ってから『思い通りに飛ばす』のではなく……最初から『思い通りに飛ぶように』魔法を作ってしまえばいい。
 放っといても真っ直ぐ飛ぶような、そういうものにしておけばいい。

 例えばドラゴンのブレスは、例外もあるけど、体内で作った可燃性の液体やガスを、圧力をかけるなりなんなりして勢いをつけて、火炎の息として放つ、という形らしい。

 それをまねて……可燃液や可燃ガスの変わりに、燃えやすい『火』の魔粒子を使おうと考えて誕生したのが、この技『ドラゴンブレス』。

 長らく、理論だけで上手く行かなくて実用化には至らなかった技なんだけど――吐き出すと同時に暴発するんだコレが――こないだの姉さんたちの修行で、魔力コントロールが上手くなったおかげで、使えるようになった。

 そして今回のコレは、そこに『光』の魔粒子も混ぜて……さらにそれに、ミュウちゃんに『浄化』の魔法を付与してもらった特別製だ。

 それによって生み出された白い炎は、触れた途端に高熱と浄化魔法の両方の力でアンデッドどもを焼き払い、浄化する。
 しかも同時に、凪いだその空間の瘴気をもほぼ浄化してしまう便利技だ。

 この幽霊船内部を探索する上で、これほど便利な技もないだろう。

 
 ……だから、

 
『……ごめん。そいつ……バカなの』

 
 ……エルクの、悲しみと切なさと申し訳なさのこもった念話(一斉送信)なんて、気にしない。

 
 ☆☆☆

 
 そんな感じで、一気に楽になった幽霊退治をこなしつつ、シェリーさんとナナさんにはうちもらしの始末だけをお願いして、シェーンの案内で奥へ奥へと進んでいくと、

 船の……一番奥。
 ゲームとかだと、大概ラスボスが鎮座してそうな部屋に入ると……そいつはいた。

 海賊の、いかにも『船長です』って感じの、独特な帽子。
 竹の長い、軍服にも似たデザインの……しかしどこか荒々しさも一緒に感じる上着。
 腰にはサーベルを挿し、骨だけなのにこころなしか力強さすら感じる、その姿。

 こいつか、『幽霊船』特有の特殊かつ強力なアンデッド……『ゴーストキャプテン』。

 そして、おそらくは……シェーンの祖父、ゼペッド・カーンネール。
 数年前に死んだ彼の死体が、魔力と瘴気によって魔物となったもの。

 もう、人間だった頃の心など残っていないんだろう。眼窩の中に、ぎらりと光る、しかしどこか無機質な『目』が見えて、こちらを睨んでいる。

「……爺様……!」

 複雑な感情を滲ませて、ポツリとシェーンがつぶやく。
 それに反応したのか、はたまた単に侵入者を撃退すべく動き出したのかはわからないが……ゼペッドもとい、『ゴーストキャプテン』は、腰のサーベルを抜く。

 ……こいつを『ゼペッド』って呼ぶのは、今はやめよう。
 シェーンの思い出の中のおじいさんと、目の前のこの怪物を同一視するのは、なんていうか……違う気がする。

 それにしても……

「……AA、ってとこかな」

「ですね。さすが、この船の親玉……本来、幽霊船の『ゴーストキャプテン』はランクA前後のはずなんですが……これも、この船を包む異常な瘴気の影響でしょうか?」

「私やミナト君でもうっかりすると酔っちゃいそうな濃密さだもんね……。で、どうするのミナト君? 一応そのガイコツ、シェーンちゃんのおじいさんらしいけど……」

 と、シェリーさん。
 少し考えて、僕は……

「……悪いけど……消す」

 はっきり、そう言った。

「多分こいつ、放っといたら……見境なく僕らを襲うと思う。記憶とか、人格とか残ってるようには見えないから。そうなったら最悪、自分の手で孫娘を……シェーンを傷つけることにもなりかねないでしょ? 僕だったら……そんなの、絶対嫌だし」

 だから、
 そうなる前に……魔物として処理する。

 そうした方が、シェーンにとっても……彼にとっても、いいと思う。
 きっと、そう望んでくれるんじゃないかな……と、勝手に思う。

 根拠なんて何もない。ただ、もし彼の人格が残っていたら、身内を傷つけることをよしとするか……って考えて、勝手に僕が代わりに結論出しただけだ。

 だから、もしかしたら……おじいさんはホントはそんなこと、望んでないのかもしれないし……終わった後、シェーンからうらまれるかもしれない。

 それでも……コレ以外の選択肢を選ぶわけには行かないんだ。

 だから、もう僕は……この結論で自己完結することに決めて、

 次の瞬間、

 
 疾風のように鋭く踏み込んできた『ゴーストキャプテン』が……一番先頭にいた僕にむかってサーベルを振り下ろしてきて、

 しかし僕は、それを持ってる手の手首の部分に、腕をしならせて裏拳を叩き込んだ。

 バキィッ、と乾いた音を立てて、その手首が砕け散って、その先の手で握っていた大きなサーベルが、床に落ちた。

 驚いたように一瞬動きを止めた『ゴーストキャプテン』だが、直後に反撃に移るべく、無事なもう片方の腕を振りかざし……爪を立てて引っかくように振り下ろした。

 引っかきといっても、瘴気と魔力のこもったスケルトンの手で、指でやられたりしたら……結構な威力だ。まともに食らったりしたら、痛いじゃすまない。引き裂かれ、肉が抉り取られてもおかしくないし……そこから穢れた魔力に汚染されることだってありうる。

 ……しかしそれは、一般人基準での話。

 残念ながら、その引っかきは僕には通用せず……本来はそこから深々とえぐり裂くはずだった僕の肩口に当たって……薄皮一枚切ることもできずに止まり、

 それと交差する形で僕が放った……さっきミュウちゃんに頼んで『浄化』をかけてもらった『光』の魔粒子がたっぷりこめられた拳が、『ゴーストキャプテン』の肋骨を粉砕して突き刺さっていた。

「あら、最初から本気なんだ、ミナト君? いつもなら、いい機会だからって必殺技のテストとか始めるとこなのに」

「……まあ、基準がちょっと微妙かもだけど……僕も一応『不謹慎』って言葉くらいは知ってるから」

 言いながら、突き刺した手から『光』の魔粒子を、さっきは口から吹いてた『白い炎』にのせて……手を燃え上がらせる要領で開放し、その体内を内側から浄化の炎で焼き尽くした。

 体の中から瘴気を消されていく『ゴーストキャプテン』、その体のあちこちから煙が上がり、体を包んでいた瘴気が散っていく。

 ……こんなもんか、後は勝手に成仏……もとい、浄化しきって瘴気も完全に散って、普通のガイコツに戻るだろう。
 ……今まで無茶して動いてきた分、寿命は長いとは限らず……もしかしたら普通の骨に戻った瞬間、塵になって消えちゃう可能性もあるけど……ね。

 筋肉も何もない、骨だけの体を支えていた『瘴気』という力を失い、文字通り崩れ落ちるガイコツを、僕は……なんともいえない気持ちで見ていた。

 
 ☆☆☆

 
 船内で今まで繰り広げてきた戦いからすれば、だいぶあっけなかったボス戦を終えて、数分。

 シェーンは少しの間、その『船長室』で、昔に、そして祖父の死に向き合った後……行動に移った。彼女とミュウちゃんが求める『情報』を探すために。

 といっても、どうやら最初からめぼしはつけていたらしい。
 シェーンは、部屋にある棚や机の引き出しなんかには目もくれず……壁に飾ってある、この船の『海賊旗』の所に行くと……それをはがした。

 そして、その下から現れた木の壁の、板と板の隙間に、腰に挿していたナイフをガッと入れて、力任せに引き剥がすと、

「「「!」」」

 その下から……壁に埋め込まれる形で隠れていた、金庫らしき重厚な扉が現れた。

「……年月が経っていたから心配だったが……無事だったか」

「それ、もしかして……隠し金庫ってやつ?」

「ああ。コレの存在は……私と祖父と、ミュウしか知らない。もっとも、祖父から直接聞いた私と違い……ミュウの場合は、猫になっての盗み聞きだが」

「……シェーンちゃんのお父様には? 跡取りの予定だった方にも、教えていなかったのですか?」

「そのようだ。理由は……知らないが」

 言いながら、感情を顔に出さずに、ダイヤル式の鍵をいじるシェーン。ジィィィ……と無機質な音の響く中、時折聞こえる『カチッ』という音が、一歩一歩、開錠に近づいていることを知らせている。

 その様子を、ミュウちゃんは後ろから見ている。
 今はちなみに、人間の姿に戻っている。

 こちらは、きょろきょろと周りを見回してるけども……こっちはこっちで何か探してるのかな?

 と、

「……ミナトさん、ちょっといいですか?」

 ふいに、ナナさんのそんな声が聞こえたのでふりむくと……いつになく真面目な顔の……仕事モードのナナさんがそこにいて、ゆかにしゃがみこんでいた。

 そして、床や机なんかに、ちらちらと視線を向けて、何やら考え事をしている風に見える。……どしたの?

「……ミナトさん、この部屋……というか、この船……変です」

 そして、藪から棒にそんなことを。変?

「変って……何が?」

「これ、見てください。足跡です。それも……革靴の」

 そう言って床を指差すナナさん。
 確かにそこには、誇りまみれの床に割とわかりやすく足跡が……革靴?

 ……あれ? おかしいな。
 この船に乗ってるのは……というか、この部屋にいるのは、僕ら5人だけのはず。まあ、アンデッドを除けば、だけど。

 そして僕らのうち、革靴なんて動きにくい靴をはいてる者は……1人もいない。

 じゃあ、アンデッドの足跡? ……いや、それもないだろう。
 アンデッドかしてる連中は、もともと海賊だった連中だ。マフィアならまだしも、海賊が革靴はいて船に乗ってるなんて考えづらい。

 現に、今目の前で崩れ、倒れているこの『ゴーストキャプテン』は、頑丈そうな革製のブーツを履いている。
 『革』の靴、って意味では同じでも……革靴とは程遠い一品だ。

 ナナさんもそれは承知しているらしい。いくらなんでも見間違えはしない、と、首を横に振る。

「それ以前に、この部屋に見られる足跡は全部で8種類。ホコリを踏み荒らした形跡があるので、いずれもごく最近のものです。そのうち5つは私達のもので、1つは船長さんのものですが……」

 何気に全員の靴底の形を把握・記憶してるナナさんに感心しつつ、

 5つが僕らで、1つが『ゴーストキャプテン』ってことは……

「残り2つは……別の誰かの、ってこと?」

「ええ。それも、間違いなくごくごく最近できたものです。ほこりをかぶっていませんから。それに……机や戸棚の取っ手なんかの部分で、ホコリが一部取れていました。おそらく……最近誰かがさわったためかと」

「……つまり……」

「つまりこの船に、誰かが侵入した……ということです。ごく最近か、あるいは……」

 と、ナナさんか鑑識よろしく現場分析を行っていたその時、

 
 ――ガチャリ!

 
「……開いたぞ!」

 振り向くと、そこには……結構重いのか、それとも経年劣化で鉄錆か何かが出来てるせいで開きづらいのか、けっこう苦労して扉を引っ張っているシェーンがいた。

 その中には……金貨や宝石といった、まさに『隠し財宝』って感じの宝物がわんさか。

 こりゃすごいな……『トロン』の時の地下迷宮の財宝ほどじゃないけど、その半分くらいはあるかも。
 調度品とかそれっぽいものもあるし……売ったら結構な金額になるだろうな。

 しかし、シェーンはそれらには目もくれず、金庫の中に手を突っ込んでガチャガチャとあさると……数秒後、何かを見つけて引っ張り出した。

 金貨数枚を無造作に床に落としながら引っ張り出されたそれは……

「本? いえ……航海日誌、ですか?」

「そうだ。毎日欠かさずつけていた、祖父の宝だ……この1冊に、祖父が知りうる限りのこの海の知識が、祖父の、半世紀近くにわたる海賊人生の全てが詰まっている」

「これ一冊に? そんなページ数があるようには見えないけど……あ、もしかして、ページ数が増える魔法で加工されてたりするの?」

「よく知っているな……その通りだ」

 言いながら、シェーンは本を開く。

「祖父は、豪快で解放的な人でな……あまり秘密を作らない性格だった。しかし、これを開くことは、祖父以外には誰一人許されていなかった。この船でただ1つの機密文書……それが、この航海日誌だ。もし、我々の出自が記されているとすれば……」

 言いながら、彼女はそれを机の上に、軽くホコリを払ってから置いた。

 そして、それを開く。
 後ろから……興味本位で僕らが覗き込むことも気にしないで。

 ……気にしないなら、このまま読ませてもらおうかな?

 
「……全部読んでいると時間がかかりすぎるな。最初の方から順に……しかし、飛ばし飛ばしで読もう」

 
 そしてここで、
 僕らは、知ることになる。

 この『オルトヘイム号』の……そして、『カーンネール海賊団』の、真実を。

 
 ☆☆☆

 『
 ゼペッド・カーンネール 航海日誌

 ○月○日
 今日が、俺の海賊人生の船出だ。
 今までの、屋敷の中だけの貴族としての暮らしは、確かに安全だった。何一つ、とまでは言わないまでも、不自由なんかは何らなかったといっていい。
 だが、俺はそんな人生望まない。荒波を自分で乗り越えてこそ、生きている実感がある。
 前に、町で襲ってきた悪漢を、持っていたククリナイフで返り討ちにした時、それを実感した。俺は、自分に降りかかる困難には自分で打ち勝っていきたい。そうしてこそ、胸を張って人生を生きていけるのだ、と。
 さらばだ、充足感のない退屈な人生よ。俺は今から、海賊になる。

 ☆☆☆

 ○月×日
 海賊見習いとして、身分を隠して船に乗ってから2週間。
 日々の生活は、昔とは比べ物にならないほど厳しい。下っ端である俺に、先輩の海賊達が遠慮する道理なんてないからだ。飯もまずいし、寝ても疲れが取れず、あちこち痛い。
 けど、それでいい。この困難が、下積み時代があってこそ、俺は成長できるんだ。苦難のない人生なんて張り合いがないし、途中で死んだら俺はそこまでの男だっただけだ。

 ☆☆☆

 ×月△日
 実家のカーンネール家が取り潰しになったらしい。
 何があったのかは知らないが、今の俺には関係のないことだ。
 家から持ち出したククリナイフに刻まれた紋章を見て、少し懐かしくはなったが、それだけだ。別に、気にもならないし、帰りたいとも思わない。

 ☆☆☆

 ×月○日
 6年もの間、世話になった海賊船の船長が、今日、病気で死んだ。
 残された者達は、それぞれの人生を生きていく。海賊を辞めるもの、続けるもの……数多いるが、俺は続けることにした。自分の海賊団を立ち上げるのだ。
 この6年で、俺にも後輩と呼べる連中が出来た。そのうちの何人かは、俺についてきてくれるそうだ。嬉しいね、金でも権力でもなく、信頼と実績で勝ち取った部下だ。
 今日は……今日くらいは、船長を偲ぼう。明日から、船出だ。

 ☆☆☆

 △月△日
 俺の首に懸賞金がかかったらしい。海賊になって10年、初めてのことだ。
 嬉しいのと、不安なのと……なんというか、微妙な感情が入り混じってるな。けど、自分で生きると決めた道だ。進んでやろうじゃないか。
 つい最近、嫁も貰ったんだしな……しかし何度も思うが、こんな無法者を好きになってくれるとは、奇特な趣味の女もいたものだ。
 まあ、権力と金しか頭にない社交会の女共よりは、100倍魅力的だがな。たとえそれが、亜人……マーマン族であっても。2人の出会いが、互いに剣を構えた殺し合いだったとしてもだ。着飾ることしか出来ない女共より、よっぽどいいだろう。はっはっは。

 ☆☆☆

 &月&日
 こんな俺も、とうとう父親になった。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい! 今日は最高の日だ、嬉しい! これ以外何も言いたくない! 名前は明日考えよう、今日は宴だ!! さあ、騒ぐぞ野郎共! だが、産後で弱ってる女房に迷惑をかけるような奴はこの手でぶん殴るからな、適度に騒げ。

 ☆☆☆

 ○月☆日
 息子も今年で18になる。月日がたつのが、最近早く感じるな、俺も年を取ったか。
 そんな息子が、今日、いきなり嫁を連れてきたのには驚いた。
 よく見れば……ここ数ヶ月の間、俺達が拠点にしていた港町の、町外れの酒場の看板娘だ。しかもすでに、腹にはせがれの子供がいるらしい。手の早いことだ。
 酒飲みでろくでなしの親父のせいで、家が借金まみれになり、身売りさせられかけて……父親を指して逃げてきたと、その途中借金取りの奴隷商人に襲われたとき、せがれに助けられたと。……内気なせがれがそこまでするとは、よほどほれ込んでいると見える。
 腕は細いし体も強くは無さそうだが……せがれと添い遂げたいという意思、そしてそのためになら海賊船にでも乗ってやるという覚悟を、その瞳に感じた。合格だ。

 ☆☆☆

 ×月$日
 海賊になって、もう30年。俺ももうすぐ50だ。時が流れるのは早いものだ。
 今じゃすっかり俺達の海賊団は有名になった。この広い海で最悪の軍団なんて呼ばれることもある。そのせいで、賞金稼ぎやら冒険者やらやってくるが、宿命だろう。
 先日孫・シェーンも生まれたし、充実した人生だ。
 ただ1つ気がかりなのは……どうも俺のせがれは、海賊稼業が好きでは無いらしい。陰に隠れて文句をいっている様子を、時々見る。貴族に生まれたかった、と。そしてどうやら……嫁との出会いも、その愚痴を慰めてもらったことが発端だったようだ。
 ……思い返せば、この海に出てきたのは、俺のわがままだ。そこに、否応無しにせがれを巻き込んでしまった形になる。今になって、少しだけ……申し訳ない。
 今後、せがれがどういう気持ちで、どういう人生を歩むのか、少し心配だ。

 ☆☆☆

 ×月%日
 俺の義理の娘が……せがれの嫁が死んだ。
 嵐の中、窓が壊れて船から落ちて、そのまま戻らなかった。以前から外れやすくなっていて、修理しろと何度も船大工に言っていた窓だった。
 それを聞いて、せがれは何の迷いもなくその船大工を殺した。八つ裂きにして海に捨てていた。……あそこまで憤怒と憎しみに支配されたせがれの目を見たのは、初めてだ。
 ……その後からずっと、せがれは部屋にこもっている。俺の嫁も、去年、病気でこの世を去ったから……その悲しみはわかる。立ち直ってくれるといいが……。

 ☆☆☆

 &月%日
 今日は、面白い拾い物をした。なんと果敢にも、俺達の船に食料を盗みに入ってきた、小さな娘だ。それも、かわいそうなくらいにやせ細った、今にも倒れそうな。
 話を聴いてみると、これから襲う予定の村にある孤児院の出のようだ。子供と言うタダ同然の労働力を使いつつ、横領で財産をたんまり溜め込んでいるらしい。いいことを聞いた。遠慮なく襲わせてもらうとしよう。
 娘については……中々に度胸の座っている奴だった。死を悟ってなおそれを受け入れ、堂々としている。気に入ったので下働きとしてシェーンに面倒を見させることにした。
 名前はミュウ。もしかすると、将来化けるかもしれないな。

 ☆☆☆

 ○月●日
 シェーンとミュウが、思いのほか意気投合して仲良くなった。嬉しい誤算だ、これでただの荒くれ者にでなく、きちんと女らしさや明るさなんてものも失わず育つだろう。
 襲った孤児院で偶然見つけた資料によれば、そこの経営者の親類の冒険者が拾った子供で、引き取るあてもないということでつれてこられたそうだ。ということは……その親類に拾われた時点で、もう捨て子だったわけか。かわいそうに、つらかっただろうな。親に捨てられた挙句、預けられたのは最悪の施設、か。案外……これからこの船で暮らす数年無いし数十年の方が、楽しい思い出として残るかもしれない。

 ☆☆☆

 #月●日
 最近、せがれの様子がおかしい。
 数年をかけて、嫁の死から立ち直ってくれたのは嬉しいが……何やら、今まで奴にはなかった『覚悟』や『野心』のようなものを感じる。
 海賊としては頼もしくも思うのだが……時折それらが、俺達に向けられているような気がするのは気のせいだと思いたい。一体、奴は何を覚悟しつつあるのだろう……?

 ☆☆☆

 ☆月☆日
 シェーンは、海賊稼業をそれなりに楽しんでいるようだ。人殺しの経験はまだだし、その際に色々と壁にぶつかるのだろうが……乗り越えるだろう。ミュウも船の仕事をだいぶ覚えて、2人で船の2大清涼剤になりつつある。またまた嬉しい誤算だ。
 しかし、最近は嬉しいことばかりではない。せがれが最近、妙な連中と関わり始めたらしい。どうも、闇の商人のようだ。最近、せがれが調達してくる武器がやけに質のいいものが、しかも安価で出回ってくると思ったら……そんな連中を見つけてたのか。
 それだけなら嬉しいことなんだが、俺の長年の勘がいっている。警戒すべきだ、と。
 まあ、せがれにはジョローアのせがれを補佐につけてるし、大丈夫だとは思うが……

 ☆☆☆

 ●月★日
 とうとう、恐れていたことが起きてしまった。せがれの奴、水面下でこんな計画を進めていたとは。
 奴は新入りの団員たちを何人も買収し、クーデターをたくらんでいた。しかも、それは自分が船長になるためじゃない……俺達を王国軍に売り渡すことで、自分達だけは身分の保障と、安定した生活を手に入れるためだ。そう、軍の汚職高官どもと密約を……。
 平穏な暮らしへの憧れが、嫁の死が、ここまでせがれを追い詰めていたのか……。
 しかも、驚愕だったのは……何があっても俺の味方だと思っていた、ジョローアのせがれまでもが組していたことだ。そして、あれほどの牙を隠していたこと……不意打ちだったとはいえ、俺にここまでの傷を負わせるとは……。
 数十分後には、軍艦の艦隊が、せがれ達と共に襲ってくるだろう……これまでか。ならば、せめて孫……シェーンだけでも逃がさねば……!

 ☆☆☆

 (日付なし)
 おそらく、これがこの日誌最後のページになるだろう。
 あの日、俺の船のクルーのほとんどは、戦いの中で死んだ。古参の者、まだ新入りの部下、みんな、軍の総攻撃に死んでいった。

 しかし、あの日の騒乱はそこで終わらなかった。
 てっきり俺も、数分後には軍の手にかかって死ぬと思っていたが……その前に、状況は予想外すぎる変化を遂げた。

 まさかあのタイミングで、あんな化け物が現れるなんて、思わなかった。その化け物に……俺の船も、軍の船も、全てが襲われた。『オルトヘイム号』も致命傷を負った。数十分後には、沈むだろう。俺と共に。それがなくとも……俺も、ジョローアのせがれに受けた腹の傷がもとで死ぬだろうが。さあ、溺死とどっちが先に来るかな。
 しかし……『クラーケン』とは。噂には何度も聞いていたが、まさか死に際に奴に、海で最悪の化け物に出会えるとは、思ってもみなかった。ある意味幸運かもな。

 しかしそんなことより……この事実を、誰にも伝えられず死んでいく俺自身が悔しい。
 せがれは、俺を騙していた。しかしせがれも騙されていた……いや、上手いこと乗せられて、操られていたのだ。奴に……ジョローアのせがれに。あいつが全ての黒幕だった。アイツは、軍に、そして最近関係していた、あの闇の商会に取り入るために……俺達全てを犠牲にして……

 だめだ、もう、手が動かない。無念だ、事実を知りながら、俺は何も出来ずに死んでいく。すでに足はほとんど動かない、ここでペンを走らせることしかできない。
 書き終わったら、これを金庫に入れて封印しよう。そうすれば、水も入るまい。

 もしこれが、後々誰かの目に入るようなことがあれば……見知らぬ誰かよ、1つ頼みたい。もしあなたが、将来、シェーンという名の少女にであうことがあれば……伝えてくれないか。
 『お前は、精一杯生きてくれ。後悔のない人生を、胸を張れる死を目指して生きてくれ。ろくでなしの祖父ですまなかった』と、伝えてくれないか。

 』

 
 ☆☆☆

 
 ゼペッドさんの最後の言葉を読み終えたあと……場を沈黙が支配した。

 結論から言って、僕らが探してた、2人の出自については……半分わかった、ってとこかな。

 シェーンの出自は……何のことは無い、普通だ。いや、普通じゃないかもしれないけど……特に特別な所なんかは無い。祖母が……ゼペッドさんの奥さんがマーマン族だったってこと以外は。

 そして、彼女……ミュウちゃんの方は……残念ながら、何もわからなかった。
 彼女自身も覚えていた『孤児院』の、それ以前の記録は……何もなかった。

 もともと捨て子で、冒険者に保護されたってこと以外は書かれてなかった。

 まあ、それとは別に気になる記述もあったけどね……特に、最後の方に。

 もっとも、僕らに直接関係することじゃないけど……シェーンも言ってた『あの夜』のクーデターの影に、黒幕がいたこととか、その後、船が『クラーケン』とかいう化け物に襲われてたこととか……。

 色々と衝撃の事実……それも、当人である彼女にとってはかなり大きいであろうそれが一度に明らかになったもんだから、声かけられずに戸惑っていると、

「……真実、なのか……これは……?」

「さあ、どうなんでしょう……? 確かめようがないのでなんともいえませんが……いや、衝撃の事実だらけですね……シェーンちゃんのおじいさんの、この遺言は」

 額にたらりと汗を流しているシェーンと、顔色に変化はないものの、内心では一応驚いているらしいミュウちゃん。

 口調こそ冷静だが……何度も目を文面に走らせて読み返しているあたり、本当に驚いているのだろうとわかる。

「まあ、色々と気になる事実がおまけで明らかになりましたが……この日誌の内容を信じるのであれば、当初の目的はほぼ達成、といっていいかもしれませんねー。シェーンちゃんの出自は大体わかりましたし……私の出自に関しては、このように記述されているのであれば……これ以上の手がかりは船にはないでしょう」

「そっか……あれ、そういえば、もう1人手がかりを持ってるかもしれない人に心当たりあったんだよね? その人の部屋にはもう行かないの?」

 するとミュウちゃんとシェーンは、なぜかそろってぴくっ、と反応して、

「……ああ、行かなくていいだろう」

「というより……この記述を見る限り、行っても何も残っていないでしょうし……それに、はたして『あの人』を信頼していいものかどうか、今更ながら不安になってきました……」

 ……? どゆこと?

 おそらく、僕……だけじゃなく、シェリーさんやナナさんの顔にも、わかりやすく疑問が表れてたんだろう。

 ミュウちゃんは、僕らに見えるように……日誌の最後のページの文面の、ある一部分を指差して、

「いや、それがですね……この人なんですよ。ちょっと前まで、私とシェーンちゃんが信頼してた人って」

 その、ちっちゃくてかわいい指の先にあった名前は……ああ、なるほど。

 そうなのか……それなら確かに、部屋に行っても何も残ってない可能性高いな。『あの日』の前にあらかた引き払っちゃってると考えるのが自然だし……そもそも、信頼ってとこから色々と考え直す必要が出てくる。

 ならやっぱり、今日はこれまでで……

 

「あれあれ? なんだ知らなかったなー、そんなとこに隠し金庫あったんだ?」

 

「「「!?」」」

 唐突に、何の前触れもなく、
 さっき、僕らが入ってきた、部屋の入り口付近から……そんな、軽い感じの声がした。

 驚いて僕らが振り向くと、
 そこには……1人の男が、扉に寄りかかるような格好で、腕を組んで立っていた。

 なんというか、特徴的な格好だ。テンガロンハットに近い黒い帽子に、赤いジャケット。重厚な革のベルトが巻かれた腰には、大き目のサーベルを挿している。
 革製のこれまた頑丈そうなブーツに、腕には金のブレスレット。

 ……偏見かもしれないけど、ファンタジーマンガに出てくる『海賊』って感じの、やや派手な、しかし動きを阻害しない程度にはきちんと考えられた服装だ。

 イケメン、といっていいであろう、整ったその顔に……にやにやと、さわやかな、しかしどことなく、何かたくらんでそうな笑みを貼り付けている。

 そして、
 この男を視界に入れた瞬間……シェーンとミュウちゃんの目が見開かれ、わかりやすく動揺をその顔に表した。

 ……どうやら、知っているようだ。こんな場所(幽霊船の最深部)にいきなり現れた、間違いなく一般人なんかじゃないであろう、この男を。

 しかも、

「いやいや、あのじいさんも用心深いねえ……まさかこんなもん作ってたとは。船の図面にもなかったし、それなりに信頼されてたはずなのに、何も聞かされてなかったよ、俺」

 ……こんなセリフが出てくるあたり……こいつの正体ってもんも、限定され始めるわけで。

 そして、その予想は……次の瞬間に交わされた会話で、正解だと決定付けられることになった。

 

「ま、一応挨拶しとこうか。久しぶりだね、お嬢、それにミュウちゃんも。2人とも、大っきくなったねー♪」

「……久しぶりだな、バスク……バスク・ジョローア!」


 バスク・ジョローア……おそらくは、日誌にあった『ジョローアのせがれ』。

 やっぱり……今正にその存在を知った、あの夜の『裏切り者』か。

 
 ☆☆☆

 
 自慢になっちゃうんだけども、僕は耳がいいし、鼻もいいし、目もいい。

 だから、隠れたりして誰かが近づいてきたりしても、わかる。野生の獣レベルの隠遁でも、音や匂いを完全に消すことが出来ない以上、それはわかる。

 実際、隙を見て金目の物を奪おうとする盗賊や、ろくでなし冒険者、そしてそれら以上の見事な待ち伏せをする魔物なんかにもきっちり気付いてきた。

 そんな僕が、誰かの接近に気付けないというのは……大きく分けて、2パターン。

 1つは、いわゆるお約束。
 何かに夢中になって集中してた結果、話を聴いてなくてツッコミくらったり、それがもとで後々の大失敗につながったりとか、そういうパターン。

 何度かあるその経験だけど……大抵はエルクだ。

 そしてもう1つは……相手がそれだけの実力者だった場合。
 アイリーンさんとか、姉さんとか、テレサさんとか……そういう人が、意識して完全に気配を消して近づいてきた場合、僕でも気付けない。

 今回の場合……この男は、どうやら後者のようだ。

 もっとも、こいつが自分から声を出す直前……少し違和感を感じるぐらいの隙はあった。
 だから多分、あの人達ほどの実力は無いと思う。

 それでも、自然体に見えるこのたたずまいでも……全くと言っていいほど隙を見せず、そこに構えていられるのは、相応の力を持っている証拠だ。

 仮に隙を見て、もしくは強行突破でこの部屋を出て逃げようとしても……難しいだろう。入り口をふさぐように立ってるのには、そういう意図も当然あるんだろうし。

 にやにやとした笑みからは、考えてることを読み取りづらい。
 どうしたもんかと悩む僕の横で……その、元・信頼できる知り合いに向けて、敵意バリバリのシェーンが歯軋りをするのが聞こえた。

 「んー? その様子だと……船長の日誌に書かれてたのかな? 俺があの日、何したかとか、そのへん」

 言いながら肩をすくめる、そんな男……バスクの仕草は、シェーンを更にいらだたせた様子。挑発する意図があったのかは、不明。

 「……その態度からすると、祖父が書き残したこれらは真実のようだな、バスク……!」

 「ま、ね。やれやれ、その日誌どこにもないから、てっきりあの夜の騒ぎでなくしたのかと思ってたけど……そんな、俺ですら存在を知らない隠し金庫に入れてあったとは。知ってたらそれきちんと処分したのになあ……さっきこの部屋、ガサ入れした時に」

 ……なるほど。
 さっきナナさんが言ってた、この部屋に最近人が出入りした形跡がある、って言葉の真相はコレか。引き出しやら何やら色々開けて調べたのは、こいつだったわけだ。

 ……けど、足跡はもう1つあったはず。
 つまり……もう1人、いる。おそらくは、こいつの仲間が。

 「答えろ、バスク……なぜだ、なぜ船長を……祖父を、裏切った……!?」

 が、まずこの人が気の済むまで質問……というか詰問したそうな雰囲気だし、下手にこっちが『気付いている』ことを明かしても相手に対応されるかもしれないので、保留。

 シェーンはというと、気迫、というか最早殺気といってもいいプレッシャーをバスクに向けているが……その当人はどこ吹く風。微塵も応えていない様子だ。

 むしろ、自分に向けられるそのさっきを楽しんでいるようにすら見えるから、たちが悪い。

 「くくっ、すごい剣幕だねえ、お嬢。女の子がそんな顔するもんじゃないよ? せっかくかわいいんだから」

 「答えろ!!」

 「おお、怖っ。安心してよ、そんな怒鳴らなくても答えるからさ。えーと、俺が船長を見限った理由だっけ? ……日誌に書いてなかったかい?」

 「一応ありましたよー? 今の地位も何もかも全部捨てて、当事ひいきにしていた『闇の商会』とやらに取り入るために、裏切って売り渡した……と」

 「あら? 何だ、説明要らないじゃん、知ってんだし」

 「『その』理由を話せと言った! なぜ……なぜそこまでして、その『商会』とやらに興味こだわったのだ! 長年苦楽を共にしてきた仲間を……裏切り、売るほどに!!」

 シェーンが激情に任せた勢いそのままにそう言い放った瞬間、なぜかバスクは、ぴくっと反応して……口論に、一瞬の間が空いた。
 まあ、さっきまでが矢継ぎ早過ぎた印象もあるにはあるけど。

 バスクは、シェーンとミュウちゃん……かたや激昂、かたや冷静と、大局と言っていい精神状態の2人を見比べて軽く笑いながら、

 「やれやれ、おっかないなあ……少しは丸くなったかと思ってたのに、より苛烈になっちゃってんじゃない? はいはいわかった、『その』理由ね。理由は簡単、このままあのじいさん……船長についていっても、未来がなかっただろうからさ」

 「……何……!?」

 しれっと、そう言った。当然のように。

 「どういう……意味だ?」

 「そのまんまの意味さ。たしかに船長……大海賊・ゼペッドは偉大だった。幾度も死線を潜り抜け、敵の海賊船や正規軍の軍艦と激戦を繰り広げること幾百戦。今でもなお、海に生きる者にとっては、その名は畏怖あるいは恐怖の象徴だ。でも……」

 そこで間を置いて、

 「物事ってのはその実、いつまでもかわらずあり続けられるものじゃあない。ゼペッド・カーンネールの時代は、もうそろそろ終わろうとしていた」

 「何?」

 「もともと、彼の全盛期は30代後半から50代初頭。それ以降、だんだんと力は衰えてきていた……彼個人の実力的にも、船の勢力的にも。まあでも、別に不思議じゃない……ゼペッドは純粋な人間だったし、極めて正常な老衰の進行だったと言っていい。そして、本来ならそのタイミングで後継者に色んなものの譲渡を行うんだけど……」

 そこで一拍、

 「その様子だと……日誌で呼んだんじゃない? その息子……副船長ティーズが、海賊が嫌いだった、ってことを、さ」

 「……ああ、そう書いてあった」

 「でしょ? そして副船長には、実力もやる気も、言っちゃ悪いけどカリスマもなかった。あの当事はまだ船長が現役だったからよかったけど、代替わりが可能な状況じゃなかった。そもそも本人乗り気じゃないしね……そんな船に、未来があると思う?」

 「それはっ……」

 「悪いけど俺は、いずれ空中分解するのが目に見えてる船と心中する気はなかったし……そこに、ちょうどいい儲け話が来たから、乗り換えただけだ……それに、さ」

 そこで一拍置くや、少し考えるようなそぶりを見せて、

 「言っといてなんだけど、コレ、そんなに驚くことでもないっしょ? どうするかはともかく、割と俺以外にもそう思ってた連中多そうだったし。特に新参の連中には。……ミュウちゃんも気付いてたんじゃない? そのころから頭、よかったもんね」

 「……! そうなのか、ミュウ?」

 「……副船長さんの人柄や性格を鑑みて、船の将来を不安がる人たちがいるのは、うすうす。それでもあの時は船長さんが、持ち前のリーダーシップで引っ張って行ってましたし、乗組員の皆さんもそれを信じていましたから……あまり心配はしていませんでした」

 「信頼、ねえ……大昔のネームバリューに頼った盲信、の間違いだと思うけど。いずれにせよ、代替わりの瞬間、もしくはその後の僅かな期間で、2代目を見限るであろう人には大勢心当たりあったよ、俺。時が来れば、さっさと君らの前から消えてったと思う」

 「ならばなぜ貴様もそうしなかった! 祖父の船が、海賊団が気に入らなかったのなら、勝手に消えればよかっただろうが! そうすれば……」

 「すんなり抜けられたと思う? 無理だよ絶対。俺がもともと、船でどういう地位にいたか知ってるっしょ? 副船長の補佐だよ、補佐。内部事情も知ってるし、そもそも船長、俺と副船長に2人3脚で次の世代任せるつもりで、周囲もそれで納得してたんだから。あ、ちなみにさっきの俺の離反予想、俺が協力してもなお、って前提だから」

 「……なるほど。船長さんが全幅の信頼を置くだけの能力を持つあなたが全面的に副船長さんをサポートすると考えても、あなたにとって魅力的だと思えるほどの力は残らなかっただろう、と」

 「そうそう。そんなことあのじいさんもわかってたはずなのに、その上で息子と苦楽を共にしろって言うんだよ、ぞっとするっしょ? 逃げようにも地位が邪魔。まあ、もともと信頼されようと振舞ってきた結果の産物だから、ある意味自業自得なんだけど……それならいっそ、出世のカードにしちゃえば、全部一気に解決できてお得かな、と」

 「……それだけの計画を、水面下で進めてきたわけですか……あの頃から思ってはいましたが、つくづく有能ですね、あなたは」

 
 『……そんなに有能だったの? この人』

 ちょっと気になって、念話でミュウちゃんに聞いてみた。

 ミュウちゃんは、いきなりのことだったにも関わらず……表情や態度に動揺なんかを微塵も見せずに答えてくれた。

 『ええ、それはもう。簡単に言えば、文武両道。剣の腕も一流で、海賊団の中でも1、2を争うほどでしたし……それ以上に、知略方面にも明るく、家計簿から戦場での戦略まで何でもござれ。軍師も武将も1人でこなせる逸材、というところですねー』

 『……言っちゃ悪いけど、分不相応、ってとこかな?』

 『まあ、客観的な評価をつけるなら、そうですねー。実際、あのまま船長さんが死んだりして代替わりしていたら……バスクさん1人で保っているような海賊団になっていたかもしれませんし……』

 そりゃまた、すごい人だったんだなあ……普通に。

 それなりに野心もあるようだし……名より実を取る、そして目的のためならどこまでもきっちりドライになれるタイプの人間。

 そして聞く限り……おそらくは、無用なプライドなんかも持ち合わせていない。目的達成のために手段を選ばず、感情も織り込まないで、どこまでも『最善』を求めて動く。

 ……多分だけど、敵に回すと一番厄介なタイプの人間だろう。

 
 念話でそんなことを話している間に、シェーンとバスクの言い争いは……というか、シェーンが一方的にヒートアップしてるだけではあるが……佳境に突入した様相を見せていた。

 っていうか、腰の剣に手、かけてるし。今は舌戦だけど、何がきっかけでシェーンが切りかかるかわかったもんじゃない。

 ……もっとも、その結果『戦い』になるか……は、別の話だろうけど。

 「そんな理由で……貴様は、祖父を……父を……!!」

 「おいおい、そんな理由ってひどくない? まあ、家族の仇なわけだから怒るのはわかるけど、一応俺だってこの先の人生かかってたんだしさ」

 「黙れ! 最早何も聞く気にならん……貴様は、私がこの手で……!」

 「……殺すって? ま、予想できないじゃなかったけど。でもさ……」

 直後、

 一瞬、
 ほんの一瞬だけ……その男の放った殺気が、こちらのメンバーに向けられた。

 しかし、それは……こちらが今の状況を『正しく』理解するのには、十分すぎるような……途轍もなく長い『一瞬』だった。

 それほどに……圧倒的な威圧。素人だろうと、この男は只者では無いとわかる。

 「さ~て……お嬢、俺に勝てるかな? 足、震えてるけど」

 「……っ!!」

 「ソレと、顔の滝の汗を除けば、構えは中々様になってるけど……それでも甘い。だいぶブランクあるしねえ、鈍っちゃったんじゃないの? それに……」

 一拍、

 「……お嬢の戦闘訓練……誰が担当してたか、忘れたわけじゃないっしょ?」

 ……へー、そうなのか。
 内部事情も知らない僕でも、その意味がわかる皮肉、というか問いかけ。

 それを裏付けるように……スーッと、静かに腰のサーベルを引き抜き、構えるバスク。

 それにはっと反応したシェーンも、反射的に剣を抜いて構えるが……

 ……その両者の構えは、同じだった。
 直後、はっとするシェーンと、にやりと笑うバスク。

 ……この2人、師弟関係だったのか。
 しかも、構え方の差を見ると……けっこうな実力差が、未だ2人の間にはあると見える。

 「信じてもらえないかもしれないけど、俺、一応無駄な争いは嫌いなんだよね。だから、ここで攻撃なんてしてきてもらいたくないし……ミュウちゃんも、妙なまねはよしてくんないかな?」

 「……!」

 見破られるとは思っていなかったのか、驚くミュウちゃん。
 観念して……さっきから、こっそり準備してた、より強力な金縛りの術式を解除する。

 低位な魔物程度なら、即時発動させた金縛りで十分縛れるけど、相手が強くなると、短時間でも縛っておくのに、相応の魔法陣とかアイテム、精神統一なんかの準備が要る。

 だから、気付かれないように魔力を上手く隠して……それこそ、けっこう集中しなきゃ見破れないくらいにこっそり術を形作ってたんだけど、ダメだった。

 「金縛りの魔法だね? んん、すごく自然に、上手く隠してたけど……残念だったね、そのくらいじゃ俺は騙せないなあ」

 「そうですか……術式も隠し方も普通の魔法とはちょっと違うので、初見の人にならまず見破られない自信はあったのですが……たとえ、あなたであっても」

 「……そっか。残念だったねえ、ま、やっぱ踏んできた場数が違うかな」

 ……ん?
 何か今、一瞬バスクが言いよどんだような……いや、ホントに一瞬だけど。

 「しかしまあ、さすがに優等生は違うねえ。知ってたかいミュウちゃん、君、あの頃船長にもかなり評価されててさ……近い将来、もしかしたらお嬢とコンビ組まされてたかもしれないんだよ? 俺と、当事の副船長みたいに」

 「おや、そうなのですか? まあ、ありえない話では……ないですね。あの船、実力主義でしたし、それに……私に戦略や、論理的なものの考え方を教えてくれたのも……ええ、あなたでした」

 「ん。弟子2人が立派に育ってくれて嬉しいよ俺は。ってことで、俺は……」

 
 「よっ」

 
 ――バシュッ!!

 
 「「「!!」」」

 
 唐突に響いた、そんな音。なんていうか……破裂音。

 まあ、音源……みんなの視線を今一身に受けてる、僕なんだけど。

 何をしたかっていうと……今正に、おそらくは隠れて発動していたんであろう、敵の攻撃を、蹴りの一発で粉砕した所である。

 おそらくは、何かの術を使って巧妙に隠されていた……触手のように伸びてきた、見えないけど確かに存在する魔力の帯を。

 ただ、蹴った感触から、ただの魔力由来の擬似物質じゃないように思えたんだけど……その辺も含めて、術者に問いただせばいいだろう。

 じろり、と、バスクのいる入り口付近に視線を向けて、

 「……戦いたくないとか言いながら、随分と姑息な手、使うね? まあ、隠すのは見事なもんで……気ぃ抜いてたら気付かないくらいに、気配そのものが希薄だったけど」

 「……んー、ばれちゃったか……気付かれないと思ったんだけどね。けどまあ、敵の裏をかくのって重要でしょ? 実際、俺が注意したことを俺がやるとは君らも……」

 「いや、あんたじゃなくて」

 「え?」

 
 「……そこの、あんたが寄りかかってる扉の陰に隠れてる人に言ったんだけど」

 
 「…………!」

 今日、初めてかもしれない。
 バスクの表情が、割と本気で、驚きのそれに変わった。

 もっとも……余裕は失っていなかったけど。

 さっき僕は、『バスクのいる方向』を睨んだのであって……バスクを睨んだわけじゃない。
 その背後に誰か隠れてるとわかったから……そっちを睨んだだけだ。

 もっとも、今の魔力の触手同様、そいつは隠れ方が尋常じゃなく上手かったから……普通の状態の僕なら気付かず、奇襲を食らってたかもしれない。

 今は、僕以上に警戒が得意なアルバも、船の方を任せてていないし……『サテライト』の周囲探知も、このレベルの隠密魔法はまだ見破れない。

 「……あんたじゃなく、その人だよね? 魔力の紐で攻撃してこようとした人。あんたはさしずめ、話術で気を引く陽動役、ってとこ?」

 そして、僕の言った言葉に驚きつつも、いっせいにその『扉』に意識を向けるこっちのメンバー。
 それでもやはり、そこに隠れている者の存在を察知は出来ない……が、

 ありがたいことに……向こうの方が観念して折れてくれた。

 
 「……驚きましたね。気配は完璧に消していたはずなのですが……まさか見破られるとは」

 
 そんな声が聞こえた直後、いきなり扉の影に現れる……『存在感』。

 そして、その主が、すたすたと歩いて姿を見せる。

 白い布地に黒でラインや縁取りの入った、コートのような服装。
 年齢は、20代前半、ってとこか……髪は短めの茶髪。サングラスを額にかけている、バスクと同じようなイケメンで……同じようにニヤニヤと笑っている。

 ……ニヤニヤ笑ってても様になってるのイケメンの特権か、ちくせう。

 そして腰には、バスクと同じように剣を挿してるけど……こっちは、細身で反りのない長剣だ。

 分類としては……『セーバー』ってとこかな? 鞘の形からして、フェンシングとかで使われそうな形状の、真っ直ぐの剣。……もちろん、真剣なんだろうけど。

 おそらく、こいつだろう、今の見えない攻撃の犯人は。
 今の術に、この隙のないたたずまいからして……バスクと同レベル、と見てよさそうだ。

 自分の登場で余計に部屋に緊張が走ったことを理解しつつも、余裕の笑みを崩さないその男は……まるで貴族が社交の場で挨拶するように、片足を引いて頭を下げる。

 「驚かせてしまったようでもうしわけありません。本当なら、そのようなつもりはなかったのですが」

 「いや、あんなので襲おうとしといてそんなつもりない、はないでしょ?」

 「いえ、驚いていただく前に全て終わらせるつもりでいましたので。……ああ、ですがそれは、殺すとかそういう意味ではないですから、誤解なきように。私どもの目的は、あなたがたとは関係のないところにありますので」

 ……嘘はついていない、ように見える。
 けど、自然体で嘘をつくような人も世の中にはいる。油断は出来ない。

 ……実際今この瞬間だって、こいつは何食わぬ顔で魔法を発動してきてるんだから。

 「……申し訳なく思うんなら、平然とその変な霧を出すのはやめてもらえる?」

 「……おや、やはりあなたでしたか? 先ほどから私の『眠りの霧』を邪魔していたのは」

 「「「っ!?」」」

 さっきから、これまた誰にも悟られずにこいつが発動していた魔法。
 霧状の細かい魔力が当たりに漂ってて危険そうだったから、それより更に細かい魔粒子をさっきからばら撒いて阻害してたんだけど……その名前だと、睡眠魔法かな?

 「無色無味無臭どころか、探知にすら引っかからない微細な魔力のはずなのですが……なかなかあなたも只者ではいらっしゃらないようですね。よくよく見れば、似たようなのをあなたも体から発しているようだし……ふむ、お見事です。おみそれしました」

 白コートの男、また一礼。

 感心して敬うつもりがホントにあるかどうかは怪しいけど……実際そういう評価をもらってもいいんじゃないか、ってレベルで隠された魔法だった。さっきのも、今のも。

 ……どちらも、今まで見た中で一番上手く魔力が隠されていた。
 普段の僕だったら、気付けなかっただろう。

 ……さっき、
 ミュウちゃんが使ってこの船に侵入してたあれを見て、警戒してなければ……初見だったら、僕も対応できなかったよ。うん。

 そして、それゆえに気になってることがあるんだけど……今はちょっと、それを確認というか、質問して聞けるだけの余裕があるのかって聞かれるとな……。

 何せ、おそらくはかなりの実力者であろう2人が目の前にいる。全く隙もないたたずまいで……自然体で。しかも、立っている場所は扉の真ん前。普通に出られない。

 仮に戦うとすると……僕やシェリーさん、ナナさんなら戦えると思う。
 けど、実力不足であろう残り2人をかばいながらは、難しい。

 実力的には、あの2人……ナナさんやシェリーさんクラスの力はあるように見える。いや、それすらもフェイクで……僕と同レベルである可能性も否定できない。

 おまけに2人とも、どういう手札を持ってるのか知らないから、警戒して戦わなきゃいけない。まあもっとも、それは向こうも同じだろうけど……。

 自然と、部屋の中の空気が張り詰める。
 シェリーさんは剣の柄に、ナナさんも腰の魔法銃に手をかける。

 ……が、それより早く、事態が動いた。

 シェリーさんやナナさんといった歴戦の勇士よりも早く、何かに気付いたミュウちゃんがはっとして声を上げた。

 「……っ! 来ます、構え……」

 「遅いですよ」

 白コートの男の言葉と同時に、周囲の空間が一瞬ゆらりとゆらぎ……次の瞬間、
 男の周囲にいくつもの魔法陣が現れ、そこから……何匹もの蛇が飛び出してこちらに襲いかかってきた!? 何コレ!?

 「これはっ……『召喚術』!?」

 「おや、よくご存知で」

 牙をむき、いっせいに僕らに遅いかかる……おそらくは毒蛇、の集団。
 予備動作も、魔力を練る様子も何もなかったため、完全に不意を疲れた僕らは、慌てて防御しようとして……

 ……しかし、その蛇達は、僕らに突撃する直前で、その半分ほどが突然いっせいに方向転換し……先ほどシェーンが開けた『隠し金庫』の中に突っ込んだ。

 残り半分はそのまま僕らに襲いかかってきたので、迎撃することに。

 大半は、近づく前にナナさんの早撃ちでしとめられていたが、その打ち漏らしを僕とシェリーさんで担当。

 残り2人……シェーンとミュウちゃんが、驚きからか完全に硬直して対応できていなかったので。

 けど、
 ミュウちゃんの方の驚きは……シェーンちゃんのそれとは種類が違うように見える。

 突然の、しかも『召喚術』なんていう珍しい魔法の発動に驚いてるんじゃなく……何だかその目には、『疑念』とかの感情が浮かんでいるような感じ。

 これまで、激昂しっぱなしのシェーンとは対照的に、おっとりかつマイペースで冷静さを保ってきたミュウちゃんの態度と……明らかに違った。

 もっとも……その理由には、なんとなく心当たり、あるけど。

 と、そんな間に、

 「……やはり、ここにありましたか」

 僕らが迎撃した『半分』の蛇が、煙のように空気に溶けて消えた後……もう半分、隠し金庫の方に突っ込んでいった方の蛇が、召喚主の男の元に戻っていた。

 その仲の一匹の口に……『何か』をくわえて。

 どうやら、僕らへの攻撃は、一瞬でも時間を稼ぐための威嚇射撃(迎撃されること前提)で……本当の目的は、あの金庫の中から、お目当てのものを探し出して奪取することだったようだ。

 ……さっき、僕らにわからないようにして触手――もしかしてアレも蛇だったのか?――を伸ばしたのも、それが目的か? だとしたら、『驚きもしないうちに終わらせる』っていう言葉の意味も、わかるっちゃわかるけど。

 その『何か』だけども……何でもない小さな箱、に見えた。
 小学生の筆箱くらいの大きさと形の、直方体の小箱。一見すると、小物入れか何かにしか見えない……な。

 
 ……が、

 僕は……あれが何か知っている。
 前に一度、見たことがあるからだ。

 サイズや形は違うけど……金色の縁取りや、紋章のような装飾がついた、黒い箱。その意匠や、紋章の形にも……なんとなく見覚えがある。

 もっとも、僕が見たのは……母さんが分解した後、術式を再現せずに組みなおしたハリボテのそれだったんだけど。

 つまり、あれは……

 
 (まさか……『魔祖の棺』!?)

 
 16年前……母さんが、ある国の王様から『破壊』を依頼された、マジックアイテム。

 破壊不可能の強度と、もう1つ……その周囲にいる魔物を活性化して強くさせるという、悪夢のような性質を持つ、呪われた宝箱だ。

 母さんが分解をやっていたものとは、サイズも形も違うが……多分、同じものだ。

 そしてあれが『魔祖の棺』だとすれば……色々と納得がいく。

 この船だけ、異常なまでに魔物が強くなってた理由も……この船の瘴気が恐ろしく濃密な理由も。全部『棺』の力だ。あれのせいで、船内の魔物は活性化し……さらに、船自体が魔物である『幽霊船』までもが活性化したおかげで、瘴気も濃くなった。

 それを目当てに他の魔物……グリンデローなんかも集まってきては、そいつらも活性化して……っていう、悪循環。

 そんなのが、この数年ずっと放置されてきたのか。海をさまよう船にあったせいで、発見されなかったために。怖いな、おい。

 そして、こいつらは……理由はわからないが、この『棺』を探してたわけか。

 白コートは、手の中のそれを色んな角度から見て、本物か確認すると、

 「さて……では、これで我々の目的は達成です。先ほども申し上げましたとおり、我々は無用な争いを好みません、ですので……これにて失礼させていただきますよ」

 「あり、もうお別れ? ってか、こいつら口封じしなくていいわけ?」

 そんなバスクのセリフに、全員思わず身構える。
 が、それに対する白コートの返答はというと、

 「まあ、問題ないでしょう。本音を言えばそうしておくのが一番ですが……あなたの言うお嬢様とそのお友達はともかく、そこの3名を相手にするのは楽ではなさそうですし……先ほど連絡がありました。どうやら予定外の客人がいらっしゃるようです。またコレが失われるようなことがあってはなりませんから、一刻も早くこの場を離れましょう」

 「? まあ、そういうことなら……。ってことで、そんじゃねお嬢、またご縁があれば」

 「……っ! ふざけ……」

 『ふざけるな』と、言い終わる前に。
 一瞬にして……その場から、2人の姿が掻き消えた。

 え、何今の!? テレポート!?

 「……『空間転移』……最上位の空間操作系魔法。あんな術まで使えるなんて、一体、今の男は……?」

 ナナさんの、緊張感のにじみ出た声。

 そういや、母さんから聞いたことあるような気がするな……いわゆる『瞬間移動』に分類されるような魔法があるって。

 もっとも、誰にでも仕えるような魔法じゃない、って聞いたけど……たしか、才能以前の問題だとか、種族的に使えるかどうかが決まってるとかどうとか。
 だとすると、あの男……人間でもない可能性もある、ってことか……

 そんなことを考えていると、ぎりっ、という音が耳に届いた。

 すぐに気付いた。すぐ横に立っているシェーンが……敵に逃げられたことを理解して立てた、歯軋りの音だと。

 ちらっ、と視線をやれば……本当に悔しそうな様子のシェーンが、爪が食い込んで血がにじみ出そうなほどに強く手を握っていた。

 顔に至っては、こんなシチュエーションじゃなければ『かわいい顔が台無しだよ』と言いたくなるぐらいに歪んでて、歯も食いしばってて……

 心中複雑だろう……突然色んな事実が明らかになった上に、次の瞬間目の前には、今しがた知ったばかりの仇敵が現れて。
 しかも、それ関係が何一つ解決しないまま、おちょくられただけで取り逃がしたわけだから……。

 ……まいったな、かける言葉見つからないや……と思った、その時、

  

 『ミナトォォ―――ッ!! ちょ、た、大変っ!! き、緊急事態、緊急事態っ!!』

 

 「「「!?」」」

 突如、エルクの悲鳴にも似た声が、『念話』で頭の中に響いた、次の瞬間、

 
 ――ずぅぅん……と、

 船が、いや、むしろ海が……揺れた気がした。

 
 ☆☆☆

 
 船……オルトヘイム号から、ひとまずあの2人のことは頭から追いやって甲板に出てみると、

 そこには……数十秒前にエルクから届いた念話の、その通りの内容が。
 幽霊船からみて、船首のその先の方に……広がっていた。

 
 「……何、あれ?」

 「……タコ? イカ?」

 「……っていうか、でかっ」

 
 ……異常な光景。

 援軍(笑)の船のひとつが……とんでもなく太い、巨大なタコ足に襲撃されていた。

 ……マジか、コレ。
 さっき読んだ日誌の一説のせいで、浮かんでくる名称……1つしかないんだけど。

 「……クラーケン?」

 「たぶん」

 

 クラーケン。

 海に棲む魔物の中で、最も恐れられる魔物。

 巨大な魚とも、イカやタコとも言われる生物だが……その正確な姿はあまり知られていない。出現の際、悪臭を伴い……船を襲い、海の底に沈めるという。
 出会ったら最後、生きては帰れない海の悪魔としてあまりにも有名……だそうだ。

 出典、シェーン。

 それを裏付けるように……他の船の上は、パニック状態だ。
 やっぱり、海軍でも海賊でも、クラーケンの名前はビッグネームなんだろう。

 ところで……さっきまでこの幽霊船と、スウラさんが乗ってきた軍艦……間に援軍(笑)の船×2を挟んで、向かい合わせになってる感じじゃなかっただろうか?

 それが今は、向こうに見える軍艦と、今乗ってるこの船、背中合わせの形になってるんだけど……っていうか、よく見ると他の船もそもそもおかしいな。

 スウラさんやエルク達を残してきた軍艦。それを囲むように……動けなくして自分たちだけが動いて、手柄を独り占めするために……援軍の軍艦は4方向にいたはずだ。

 その位置取りが明らかに変わってる。

 いやそもそも、船の数がおかしいな……さっきまで、僕らが載ってきた船合わせて、軍艦は5隻だったはずだ。
 それが今は、4隻に……あ、今もう1隻沈んで3隻になった。

 まあ、あのタコ足の仕業なのは明らかだけど……それより気になってるのは、やっぱりこの船の位置取りの変化だ。

 海の上だから、今ひとつ位置感覚がつかみづらいんだけど……どうやら、幽霊船は、さっきまでと同じように、真っ直ぐ前に進んでたらしい。

 それを考えれば……スウラさんの船と『オルトヘイム号』が背中合わせになってるのは理解できる。互いに前進し続けた、もしくはこの『オルトヘイム号』だけが進んでいたとしても……ぶつからないようにどちらかがよければ、すれ違ってこういう形になるし。

 けど、
 先に2隻沈んで、残り2隻になった軍艦が……瞑想するように、この『オルトヘイム号』の両側にいるのはどういう……っていうかあの2隻って、先に『グリンデロー』に襲われてた軍艦じゃない!?

 『手短に説明するわねミナト。あの後、後ろ側に陣取ってた援軍の船2隻が、グリンデローを怖がって後退しちゃったのよ。2隻分のグリンデローと、その後にぶつかる幽霊船の相手、私達に押し付けて』

 『……なんだ、結局さっきまでと同じことになったわけ?』

 『重要なのはその後。あんた達が暴れたせいでスケルトンはいなくなったから、こっちに襲撃は回ってこなかったんだけど……グリンデローはこっちにも来るから、その相手してたの。けど、結局全滅した船2隻が邪魔になって、うまく『オルトヘイム号』の横にあわせられなくて、ひとまずすれ違う形で、衝突を回避したの』

 なるほど、背中合わせになってたのと、あの2隻が迷走してるのはそういう理由か。
 ていうか、あの2隻もう全滅してるんだね……全く役に立たなかったな。

 そして、わが身かわいさに後ろに下がった2隻……もっととんでもない化け物に出くわすことになり、今はもうすでに海の藻屑。いや、あの化け物の腹の中、かな?

 つまり……一言で言うと、絶体絶命。

 援軍はすでに全滅。残った2隻に乗ってるのは、敵……魔物のみ。
 グリンデローと……もしかしたら他に何か乗ってるかも。

 その2隻、位置取りから考えて、クラーケンとスウラさん達との間にあるから……時間稼ぎのエサくらいにはなるかも。
 辛辣な言い方かもしれないけど、事実そんな感じになりそうだし……それ以外に使い道も無さそうだし……。そもそも人間の兵士が全滅してるんじゃ、戦力に数えようがない。

 あの2隻と、この『オルトヘイム号』を、壁兼囮にして、クラーケンを足止め……その間に逃げる、もしくは迎撃の準備を整える、ってのがこっちの手かな?

 ってなことを、走りながら話したら……

 「それでいいと思うが、幽霊船に関してはそれは厳しいかもしれん。クラーケンは……オルトヘイム号を襲わない可能性がある」

 「何で? アンデッドは舌に合わないとか?」

 「そんな繊細な味覚してそうな図体には見えないわよ?」

 「そうではない。いや、まあ……船乗りの間の噂のようなものではあるのだが、バカにも出来ん情報があってな。昔から……クラーケンは幽霊船とセットになっていることが多いのだ。それも、共存……という形で」

 「……? 何、それ?」

 詳しく聞けば、

 クラーケンは、普段は魚を、その身が放つ悪臭でおびき寄せて食べるらしい。けど、船なんかの大きな獲物が見つかれば、そいつを食べる。

 船を海底に引きずり込んで、何もかも一緒くたに腹におさめる、っていう話だけど……その際、エサとなる船をおびき寄せるために、『幽霊船』を利用しているらしい、っていう言い伝えが残っている。

 それを裏付けるように、船乗りの間に伝わる、幽霊船に関する噂や目撃情報の中には……クラーケンとセットになっているものがいくつもある。

 まあ、説としては、クラーケンが一方的に幽霊船を利用してるっぽくもあるけど。

 幽霊船は、海賊船にとっては、恐怖の対象であると同時に……財宝がたんまり詰まれている宝の山。むしろ、それを狙って嬉々として戦いを挑んでくるようなのの方が多い。

 クラーケンは、それを狙って、自分の食料にする。たぶん。
 幽霊船と海賊船の戦いの前に、来たらすぐ船を捕食するのか……戦いが終わってからにするのかはわかんないけど。幽霊船に義理立てするなら後者かな?

 幽霊船は敵船から宝を奪い、残った死体=新鮮な肉を、クラーケンが船ごといただくってわけだ。

 今回の、僕らにとっては災難としか思えないタイミングでの『クラーケン』襲撃……果たして、偶然かどうか。
 『オルトヘイム号』と共存していると考えれば……この出来すぎた不運、説明がつく。

 となると……その予想が当たっていると仮定して、高確率でクラーケンはオルトヘイム号を襲うことは無い。
 エサは、すでに全滅した2隻だけ……か。

 さらに見た感じ……2隻からすでに、グリンデロー達は避難済みだ。
 クラーケンっていう特大の脅威には、やはり敏感でいる、か。

 そして、あいつらはおそらく、今度は……

 『……エルク。グリンデローたちが、援軍の船から消えてる。多分……』

 『こっちに来る可能性があるんでしょ? スウラとザリーも予想してたわ。備えは万全……と言えるかどうかわからないけど……一応してある』

 『ならOK。被害が出ないように、防御に徹して耐える程度でいいと思うよ。たぶん……クラーケンが残り2隻も沈めて、こっちに標的を変えたら……その時点で撤退する』

 『嫌な予想ね……多分正しいけど』

 念話でエルクにそう伝えつつ、そろって船を後にする。

 僕とシェリーさん、ナナさんは水上歩行で。シェーンは泳いで。ミュウちゃんは僕が抱えて……全員急いで軍艦に戻る。

 今のところ、クラーケンから一番離れた位置にあって、一番安全であろう。スウラさんの軍艦の所へ。

 
 ☆☆☆

 
 そして、
 その時は……思ったよりも断然早くやってきた。

 予想通り、海からはグリンデローが現れ、スウラさんの船を襲い始めたけど……ほぼ同時に僕らが帰還したので、犠牲者を出すことなく防衛線を維持できた。

 その時、後続のグリンデローが、プレッシャーを与える意味でだろうか、船の周囲を取り囲むように浮かんでギャアギャア鳴き声がうるさかったんだけど、その陣取りは、こっちにとってむしろ好都合だった。

 なぜなら……無用心に海の上に浮かんでる所を、我らが爆撃機とスナイパーの協力プレーで一掃出来るからだ。

 即座にアルバに指示を出し、船にまで当たらないようにだけ注意させて、魔力砲弾を雨あられと降らせて片っ端から始末させる。脳6つフル稼働でやってくれた。

 同時に……船の上からよく狙わせて、ナナさんに、それらを束ねていると思しき個体……より上位の『ハイグリンデロー』なんかを狙撃して潰してもらった。これで、指揮官もアウトだ。

 まずいと気がついて連中が海に潜るまでに、半分くらいは始末できた。
 これで慎重になってくれればしめたものだし……魔物側の援軍がいなくなったことでこっちの士気も上がった。

 ほどなくして、船の上に上がっていたグリンデローたちも全滅させ……た、そのタイミングで、

 船後方で……援軍の艦、最後の一隻が沈んだのが見えた。

 そしてその直後、4隻も食ってまだ満足してないらしい『クラーケン』は、やはりこっちに向かってきた。
 嫌な方の予感が当たったか……少しは食事制限とかしろ、化け物。

 「さて、こっからが本番だな……見た感じ、逃げ切れなそうだね、この船の速さじゃ」

 「そうだな……それに、あの巨大なタコ足の一撃は、一発でも恐ろしい威力がある。この船の装甲も到底持たないだろう……正直な話、私には案は思いつかん」

 と、ザリーとスウラさん。どっちも、冷や汗を流しながら。

 確かにな……力ずくで軍艦を海中に引きずり込むだけのパワーなんだ。さっきまで僕らが裁いてた攻撃なんかとは、レベルが違うどころの話じゃない。
 敵の攻撃に備えて頑丈に作ってある軍艦でも、耐えられるものじゃないだろう。

 現に、ほぼ無抵抗とはいえ……軍艦もう4隻も沈められてるんだ。僕らの目の前で、タコ足に捕まって……握り潰されるように、海底に引きずり込まれて。

 さっき、シェーンが海に入って遠目から見て数えてくれた。
 それによると……足は全部で10本だそうだ。タコじゃなくてイカなのか? ……でも、色は赤黒いし……いいや、『タコ足』で。

 ともかくあのタコ足……どう防ぐか。
 体が大きいってのは、それだけで脅威だ。多分、アルバの全力の障壁で何とかなるレベルだろうし。

 「一応、軍艦にもそれなりの規模の障壁を発生させる術式が搭載されているが……」

 「もっても数発でしょうね。最後の最後に少し頼るくらいに考えて……別の防御策を打つべきだと思います」

 「しかし、別の、とは具体的には? この軍艦以上の防御力の障壁といったら、アルバのそれくらいしか思い浮かばないが……さすがに全面を防御し続けるのは無理だろう?」

 「……ちょっと、よろしいでしょうか?」

 と、
 今まで黙っていた……というか、さっきから何か考え込んでいた風だったミュウちゃんが、唐突にぴっと挙手。

 その、かわいらしいがこの状況にはあまり似合わないその姿に……全員の視線が集まる。

 「あのー……エルクさんに1つお聞きしたいんですが?」

 「え、私?」

 「はい。エルクさん、海の中からシェーンちゃんを引っ張り上げる時や、数日前に『バイパーイール』を一網打尽にした時にも使ってた、あの魔力の網なんですけど……あれって、障壁の一種ですよね?」

 「え? ええ、そうだけど……っていうか、ウナギの時、ミュウちゃんいなかったわよね?」

 「いましたよ? 猫でしたけど」

 ああ、そういえば……あの時も、茂みの中に逃げてくクリーム猫見たっけ、僕。

 けど、それがどうしたんだろう?

 「見たところあの技……硬度ではなく、強度で防いでますよね? 障壁に故意に弾性を持たせて硬くせず、物理的、魔力的な衝撃に対して防御力を高く持っている……応用も利く、珍しいタイプの障壁です」

 「……見ただけで、よくわかるわね?」

 確かに。
 完全に僕オリジナルの、設計思想から何から、既存のそれとは全く異なる魔法だ。

 エルクは特別飲み込みが早かったけど……シェリーさん達にも教えるようになってから、その習得難度の正確な所を教えられた。

 エネルギー弾なんかならともかく、僕が自由な、独自の発想で作った魔法は……普通の人は、大まかにでもその仕組みを理解するところから始めなければならないため、軌道に乗ってからは比較的スムーズだが、そこに至るまではかなり難しいらしい。

 ザリーやシェリーさんなんかには、何度も技の設計思想やその効果との関連なんかを何度も説明して、ようやく練習に取り掛かれる感じだった。

 それを、大雑把にとはいえ……見ただけで……

 しかし、
 僕らがミュウちゃんに感心させられるのは……むしろこの後だった。

 「あの障壁は、小石や砂のような細かい攻撃を防ぐには適していませんが……ある程度の大きさを持っているものから身を守るにはかなり優秀です。特に、普通の障壁のように全面に魔力を満たすのではなく、紐部分に集中できるため、むしろ強度は上……」

 「まあ、そうね……」

 「今回の敵であるタコ足は、細かさとは無縁ですから……防ぐには、強度で勝るあのネット状の障壁がむしろ好都合かと。なので、この船の障壁機能を利用して、普通のではなくあのネット状の障壁を展開して守れば、少しは時間が稼げますよ?」

 「なるほど……たしかにそれはそうかも」

 一応、筋は通ってる。『ネットシールド』は、隙間だらけの障壁だけど……その分、紐の部分の強度が高くなってる。そこに集中させるから、魔力のロスは少なめで……しかも、ある程度伸び縮みして……その勢いで攻撃を反射する仕組みだ。

 だから、もしあれを、この軍艦に搭載されてるような、高出力の障壁機構で発生させることが出来るようになれば……かなり頼もしいだろう。

 けど……

 「いや、それ無理でしょ……今からこの船の障壁機構改造して、あのミナト君オリジナルの魔法使えるようにするなんて。ただでさえ魔法として難しいのに」

 「そうだな……少しいじるだけでは済むまい。おそらく、根本的に設計をしなおして改造するレベルでなければ、そんなことは不可能だ」

 そういうこと。
 障壁機構は、もともと決められた規定の障壁を発生させることを前提に全てが設計されてる。それ以外の障壁を使うことは、できない。

 魔法的に似てるものならともかく……僕の発明した『ネットシールド』は、普通の魔法とは何もかもが違う。それこそ、『ネットシールド』専用の障壁機構を設計、いや開発するところから始めなきゃいけないはずだ。

 だから、この案はそもそも不可能……だと思っていたら、

 「でしたら、そのへんは私が何とかしましょう」

 と、そんなミュウちゃんの言葉。
 至極当然のように、あっさりと言ってのけられた。

 「は? 何とかって……何?」

 きょとんとして聞き返すザリーに、ミュウちゃんはにっこり笑って、

 「そういうの、得意なんですよ」

 
 ☆☆☆

 
 ミュウちゃんの作戦は、こう。

 ミュウちゃんは、物体に宿っている魔法や、発動している魔法そのものに、外部からある程度干渉することが出来るらしい。設定弄くったり、何か付け足したり。
 言ってみれば……魔法版のハッカーだ。

 障壁を構成する時に、その術式を決める部分をハッキングし……そこの部分から、障壁形態決定の機能をちょっと預かる。そして代わりに、障壁そのものの術式を組む。

 この際、発動するための機能と、そのための魔力に関しては、もともと船にあったものを使う。出力も高いし、魔力もあらかじめ用意された膨大な量のそれを使える。

 つまり、ハッキングしたミュウちゃんが担当するのは……どんな障壁をはるか決める部分だけ。ただし、リアルタイムで。

 ただし、ミュウちゃんには、お目当ての障壁……ネットシールドを作ることは出来ないため、そこの部分にエルクの力を借りたいとのこと。

 まとめると、ミュウちゃんとエルクが協力して、この船が張る障壁を全面『ネットシールド』に変える……これが、ミュウちゃんのプランだ。

 「そんなことが……可能なのか!?」

 「ええ、手伝っていただければ。ただし、かなり集中力を使いますので、その間私自身は他の方に守っていただかないといけないのですが……」

 「そのくらいなら問題ないが……」

 「ミナト、あんたは出来る? そんなこと」

 「……理論はなんとなくわかるけど……まず無理」

 そんなこと……外部から、相手もしくは対象の内部の魔力構成いじくれるような、超繊細な魔力コントロールと感応力、それを正確に感知できる感知能力がなきゃできない。

 つまり完全に、ミュウちゃん固有の才能によるもの、ってことになるんだけど……ホントに、ミュウちゃんって一体何者なんだ?

 変身魔法に金縛り、浄化に認識阻害、果ては魔法ハッキングって……どれも聞いたことないか、とんでもなく高度な術式ばかり。
 これらを難なく使いこなす彼女の正体が、僕もいいかげん本気で気になりだした。

 けど、今は後回しだ。それができるなら、やらない手はないだろうし。

 よし……! 防御に関しては、ミュウちゃんとエルク、それにアルバに任せるしかない。

 なら僕は……攻撃担当と行くか。

 あの巨大な体だ、並大抵の攻撃じゃあダメージは通らない。
 剣で斬ろうが槍が刺さろうが、とげが刺さったくらいにしか感じない可能性が高い。

 普通の攻撃じゃ、けん制にもならないとなれば……

 
 ……まあ、普通じゃない攻撃で対応するしかないだろう。

 
 ☆☆☆

 
 その数分後、

 あと数分でクラーケンが船に追いつくであろう状況で、僕らは作戦を開始した。

 ミュウちゃんは、船の機関部から魔法機構内部にアクセスし、ちょっと手を加えて『ネットシールド』を出せるように準備を進めている。
 エルクも一緒に、微調整中。まあ、使う張本人だからね。

 そして、その間に僕は……あのタコに攻撃して足止め+討伐のための準備を進めるとしよう。

 出し惜しみなんかしていられない。
 最初から全力だ。

 エルクと僕、そしてアルバの……『奥の手』全部使って。

 僕は、軍艦の船首部分に立ち……深呼吸。
 そして、念話。

 『エルク、アルバ、『サテライト』全開。『空間認識』と『感知共有』作動』

 『了解! 頼むわよ、ミナト!』

 そう聞こえると同時に……エルクとアルバの合体技である『マジックサテライト』の力がより強くなり、

 さらに、発動させた『空間認識』と『感知共有』の力で、頭の中に……海の中にいるクラーケンの姿がぼんやり浮かび上がる。

 これが、エルクの習得した奥の手……マジックサテライトの『空間把握能力』。
 読んで字のごとく、サテライトでカバーしている範囲内の空間に何があるか、何がいて、どう動いているかを、大まかにだが、目視することもなく把握する能力。

 が、その範囲が広いことと、流れ込んでくる情報量が多いこと。そして、僕自身の感応力がエルクやアルバより劣るせいで……若干僕の頭に負担がかかる。

 ……その為の、僕の『奥の手』だ。

 
 ……この前コレ使ったのは、3、4ヶ月前だったっけ。今と同じように……今までにない、敗北すらちらつく敵を相手に使ったんだった。

 その時より、数段完成度が高くなってるこいつの……お披露目だ。

 いやまあ、リスクが完全に0なわけじゃないから、使わないにこしたこたないんだけども……そういうわけにもいかない状況なので。

 この際、思いっきり行くか!!

 

 「『ダークジョーカー』……インストールぁぁあ!!」

 

 ☆☆☆

 
 僕の切り札、『ダークジョーカー』。
 魔力の角と翼と尾を具現化――役目は見た目と違うんだけども――し、魔力を大量に体に充填し……戦闘力を大幅にアップさせる、正に切り札。

 しかし反動も大きく、使うとその後、肉体的および魔力的にダメージが残って、回復に数時間から数日かかる、まさに最後の切り札。

 結論から言って、今の『ダークジョーカー』も、この内容は変わっていない。同一だ。

 まあ、姉さんとの修行のおかげで魔力のコントロールが上手くなって……出力は上がったし、反動も減ったけど、それでも根っこは同じなのだ。要改良だろう。

 あと、角がちょっと長く鋭くなったり、ボロボロのコウモリっぽい翼がボロボロじゃなくなってしゅっとしたり、尻尾の先がこれまた鋭くなったりしたけど、それはまあ……魔力のコントロールが上達して、形がはっきりしただけなので。

 あと、前に『特訓』の時に試しに使ってみたんだけど、その時一緒にいたエルクいわく、近寄るだけで息苦しくなるような、飲み込まれそうな圧迫感があったらしい。

 長所も短所も、そのどっちでもないよくわかんない部分もあるけど……それでも、簡易版である『フォルムチェンジ』よりもあらゆる意味で高出力で戦える以上、僕の最強の戦闘形態であることは間違いないわけだ。

 だから、今回もコレを使うことを決めた。
 後で反動は来るだろうけど……まあ、なんとかなるだろう。姉さんの修行のおかげで前よりはましだろうし……回復を手助けしてくれる『パス』もあるし。

 それよりも……僕の更なる切り札は、別の所にある。

 

 作戦は、いたって簡単。

 まず、エルクとミュウちゃんの、戦艦の機構を利用した『広域ネットシールド』に防御を任せる。

 そして僕は攻撃。

 一応、あのデカブツを倒すための策はある。
 そのために僕はアルバと組んで、その下準備をする。エルクたちが守っている間に。

 そして今、僕は……風になっていた。
 というか、飛んでいた。

 空中を飛びながら……襲い掛かるタコ足を避けつつ、拳や蹴りをその巨体に叩き込んでいる。縦に横に、前に後ろに、泳ぐよりも疾く滑らかに空中を動きながら。

 しかし、自力で飛んでいるわけではない。正確には『飛ばしてもらっている』のだ。アルバの念力魔法で。

 が、ただ動かさせているわけじゃあない。
 動かしているのはアルバだが……その指示を出しているのは僕だ。

 意味がわからない? じゃあ、わかりやすく言おう。

 
 飛んでるのはアルバの念力魔法だけど……『マジックサテライト』を介して、そのコントロールは僕に任せてもらって、僕の意思で飛んでるのだ。

 
 戦闘機に乗れば、人は高速で空を飛べる。モーターボートなら、高速で海を渡れる。
 人間にもともとそんな能力は備わっていないがゆえに不可能なことを、道具を用いて補い、可能に出来る。本人は、操縦桿やハンドルを握るだけでいい。

 今の僕は、正にそういう状態。『自分で動かしている』というわけではないが、操縦桿を握り、自分を空中で動かせる権限をもっている状態にある。

 言ってみれば、擬似的な飛行魔法だ。その正体は、アルバとエルクの手助けだけど。

 加えて僕は、もう1つ、エルクたちとの連携魔法を発動させて能力を向上させている。

 『空間認識』と『感知共有』……『サテライト』に追加した新機能だ。

 『空間認識』は……その名の通り、『サテライト』の範囲内の空間に存在するものを、その形を、動きを、エコー探査よろしく空間的に把握する機能。

 『感知共有』は……それによって感知したものを、『サテライト』範囲内の設定した者と共有する機能。術者であるエルクとアルバだけでなく、僕もわかるようになる。

 これらを組み合わせると、どういうことができるかというと……視野が超広がる。

 人間が見ることが出来るのは、目のついてる位置の関係で、せいぜい前方180度弱だけだ。それ以上の広範囲を見たければ、首もしくは体を動かす必要がある。

 しかし、これらを使って『空間』そのものを把握して認識すれば、上下左右前後、全方向に目がついている……よりもはるかに広く視野を持つことが出来る。前を向いたまま、後ろで何がどう動いているかまで把握できる。

 この2つを組み合わせた、多人数空間把握魔法……その名も『プレイヤーズアイ』。

 使っている間……まるで、自分が、テレビゲームの画面を『プレイヤー』の視点で見ているような感覚だと気付いて、そう名づけた。

 ほらあれ、キャラクターを動かしてるのはプレイヤーだけど……その実、プレイヤー自身は、第三者の視点で、キャラを含めた広範囲を見てるじゃない? だから、キャラの後ろから敵の攻撃なんかが飛んできても、『危ない』って普通に気付いて回避できる。

 飛んできた方向が『キャラ』にとって完全な死角でもおかまいなしだ。だって、周りを見て、キャラを動かしてるのは、キャラじゃなくプレイヤーなんだから。

 『空間把握』と『感知共有』を併用して戦った際、まさにそんな感じだったのだ。

 
 この、2つの魔法。

 プレイヤーになって、バトルフィールド全てを見渡す『プレイヤーズアイ』。

 他人の念力魔法で自分の体を飛ばして動かす『セルフコントローラー』。

 この2つが、僕の対クラーケンの切り札その1だ。

 
 ……ちなみに『セルフコントローラー』は、『プレイヤーズアイ』の命名後に、どうせなら関連付けさせるか、と思って名づけた。ゲームつながりで。

 
 ☆☆☆

 
 そんなわけで僕は今、

 『プレイヤーズアイ』、『セルフコントローラー』、そして『ダークジョーカー』の3つを同時に発動させて、

 クラーケン相手に、ハンティングゲームよろしく戦いを挑んでいる。

 迫り来るタコ足を、縦横無尽に飛び回って回避し、隙を見て拳や蹴り、手刀を叩き込む。

 そして、その手足には……『エレキャリバー』を纏わせている。ご存知、斬り刻む黒い電撃を。

 

 「――っしゅあっ!!」

 タコ足を避けると同時に……すれ違いざまに手刀を走らせる。

 少しの手ごたえを感じた後、『エレキャリバー』を纏った僕の手は、タコ足の肉をえぐり、掻き分けながら進み……さらにその傷口を焼いていくという置き土産を残す。

 じゅうううう……という音と共に、肉が焼ける匂いがして、湯気が立ち上る。やっぱタコだし、水分が多いからだろうか?
 そしてその後には、焼きタコ的に白く肉が変色した傷が残っていた。

 数発殴った後でわかったんだけども、『クラーケン』の体は、質量ゆえに頑丈で、威力のある一撃をくりだせるが……肉質はそこまで硬質じゃなかった。
 そのため、逆に打撃に強く、ダメージが半減してしまう。

 まあ、殴る程度じゃダメージ期待できないかな、とは思ってたし、ある意味想定内だ。

 なので、戦法を変えた。
 『殴る』と『蹴る』から……『斬る』と『焼く』に。

 『エレキャリバー』の切断・破砕能力なら、クラーケンの体をえぐり斬ることは十分可能。そして、その電熱による追加効果を加えることも出来る。

 目に見える、決して小さくない(クラーケンから見たら小さいけど)傷を、いくつも僕はその巨体に刻んでいった。

 ホントなら、こいつでドリルみたいに肉をえぐりつつ、脳天でも貫ければ楽なんだけど……実はこの技にもまだ未完成な部分というのはある。

 例えば、体全体をコレで覆うことが出来れば、そのまま突っ込んで脳天を(略)ってのも可能だっただろう。人間砲弾よろしく。

 けど、修行不足なのか……僕が『エレキャリバー』を出せるのは、手か足、しかもその先端部……手首と足首より先だけなのだ。

 両手両足に同時に纏わせることは出来るけど……肩や肘、膝、頭なんかに出すことは、どう頑張ってもできない。

 せめて、肩や足の付け根くらいまでを覆うことが出来れば、その状態で側転の要領で連続回転して(人間手裏剣のイメージ)タコ足を切り落とすこともできたかも知れないけど……コレじゃ、傷を作ることが精一杯。

 アルバとの合体攻撃である、あのゴールテープっぽく持って一気に範囲内を斬り裂く技も使ってみたけど、それだと今度は電圧と収束具合に難があった。

 使ってみて気付いたんだけど、あれ、アルバと僕の間の距離が開くほど、その間に発生させてる『エレキャリバー』の帯の威力が弱くなるらしいのだ。

 木偶人形くらいならいくらでもバラバラにできるけど、肉体の強度が高く、魔力も帯びてる『クラーケン』の太い足を切断するのは、さすがに無理だった。

 しかたないので、そのぶん熱量と電圧をサービスさせてもらって、地道に手と足で攻撃を続けている。
 小さな刺激だが……クラーケンも、焼けた針で刺されたくらいの痛みは感じてるはずだ。

 その証拠に……さっきから微妙に、タコ足の動きが激しく、その際に海面に立つ波が大きくなってきている。いらだって、ムキになって攻撃しているように。

 ……怒ってるな、確実に。
 一撃一撃の威力も上がってるだろう……直撃したら、僕でもちょっと危なそうだ。

 しかし、それでいい。
 むしろどんどん怒れ、怪物……僕以外の敵が目に入らなくなるくらいに。

 今はまだ、作戦は『第一段階』なんだから……。

 
 ☆☆☆

 
 『ダークジョーカー』を、

 『セルフコントローラー』を、

 『プレイヤーズアイ』を、

 次々と、比較的慣れているエルクたちですらとんでもないと思える魔法を目にして……ミュウ、シェーン、スウラの3人は、完全に言葉を失っていた。

 軍人として教育されたスウラは言うに及ばずだが、これといって専門知識を持たないミュウやシェーンであっても、魔法に関する基礎的な知識くらいはある。

 どういった魔法が常識的で、どういったものがそうでないのか……普通、魔法で何が出来て、何が出来ないのか……そのくらいは。海賊団にも魔法の使い手はいたし、彼女達自身、興味本位から魔法を使おうと勉強したこともあったのだ。

 もっとも……才能を持っていたのはミュウだけだったが。

 そしてそのミュウも、どうやら他の者たちが使う魔法とはどこか違うようだということに気付いてからは、色々と考えるとことが多かったが。

 そんな基礎的な知識を、常識を、根底から否定……するどころか、そもそも気にしていないような魔法の数々に、驚きを隠せるはずもない。

 あまりに驚きすぎて、共同作業に当たっているエルクから、ミュウが『集中!』と一喝されてしまったほどだった。

 「……私も、色々な意味で普通とはかけ離れているという自信や自覚はあったのですが……上には上がいるのですねー……エルクさんは驚かないのですか?」

 「もうこの対応もパターン化しつつあるけど……なれたわよもう。アイツの非常識さには」

 「んー……どっちかっていうと、『非常識』っていうより『否常識』って感じしません?」

 「あ、それ言えてる。上手いこと言うわねナナ」

 ミュウ自身が行っている『魔法プログラムへの干渉』という、これも十分に非常識なそれだが……それがかすむほどの魔法を前に、驚く3人と慣れた4人の間には、圧倒的な温度差があった。

 もっとも『4人』もまた、おどろいてはいるのだが……やはり常日頃から接しているか否かでは違うのだろう。

 そういえば、自分の変身魔法も意外と早く受け入れていたなあ、などと心中でつぶやきながら、ミュウは……船のシステムの掌握を終えた。

 「……よし、これでOK……と。あとは、エルクさんにお手伝いいただければ、いつでもシールドを展開可能ですよー」

 「よし、ご苦労様。コレで第一段階は完了ね。じゃ……『ミナト! 第二段階!』」

 『おっけィ!! ナナさん、アルバ、スウラさん、予定通りやるから準備よろしく!』

 念話で届いた『否常識』な彼からの返答は、『サテライト』による多人数念話によって全員の耳に届いた。

 そんな声を聞きながら……ミュウはあらためて、彼の非常識さをかみ締めていた。自身が施した船の魔法機構への細工を、確認しながら。

 そこに……彼女が、ミナトを非常識だと思う理由が、もう1つ。

 「それにしても……随分早く終わったわね? 準備。10分くらいかかるとか言ってなかった?」

 「……そのはずだったんですが、思ったより早く終わりましたねー」

 ……その細工は、本来、どう急いでも10分はかかるものだった。

 なにせ、今すでにある……というか、そもそもそれを想定して作られた魔法機構に、後から手を加える。不具合が生じないよう、身長に。

 ゆえに安全さと完全さを考慮すれば……どう考えても10分ほどはきっちりかけて準備を進めなければならない。

 
 ……が、

 蓋を開けてみれば、その『準備』は……たったの3分で終わった。

 
 別に、エルクがその『細工』に手を貸したわけでも、船の魔法機構が特別単純だったわけでもない。ミュウがスピードを重視して手を抜いたわけでも、もちろんない。
 全ては、船の図面から推測したミュウの予想通りであり……時間も、それだけかかるはずだった。

 
 ただ1つ……ミナトが出発前に、ミュウに、
 否、その場にいたチームメンバーとスウラ、そしてシェーンも含めた全員に……少しでも楽になれば、と全力で『他者強化』を施した以外は。

 
 (……身体強化魔法には、多少なり思考加速の効果はあると聞いたことはありましたが……これはそんなものじゃないですね……明らかに何か他の、異質な力……)

 おそらく、それが、これほど早くに作業を終えることができた理由であろうことは、ミュウ自身なんとなくわかっていた。

 しかし、思考加速などというわかりやすいものとは明らかに違う……それまでよりも魔法関係の力全てが底上げされたような、その感触の正体を説明できるほど、彼女の知識は多くはなかったのである。

 ゆえに、一旦それに関しては頭の隅に追いやり、彼女は自分の『仕事』に集中することだけ考えた。

 
 ☆☆☆

 
 ちょうどそのころ、
 ある場所で、『彼』は……目覚めていた。

 実に、数年ぶりに……自分が自分だという『意識』を保って。

 目覚めてすぐに、うすぼんやりと……今まで自分が、どういう存在として、どう生きてきたか……どう在ってきたかが、頭に浮かぶ。

 それを知って、彼は以外にも冷静だった。
 しかし、やはり落胆もあった。

 自らの手を見下ろし、やはり落胆する。
 腰の剣を抜き、それを鏡代わりにして自分の姿を見、やはり落胆する。

 終わると思っていた自分は、あの日終わることはなく……この見苦しい姿のまま、海を……自分が好きだったはずの海を、むなしく漂っていたようだ。そう、悟った。

 と、

 ため息をついた拍子に……あるものが目に入った。

 それは……遠い昔、最愛の肉親に託したはずの……

 
 ……それを目にした瞬間、
 『彼』の中で、何かが再び燃え上がった。

 
 ☆☆☆

 
 「……そろそろ……かな」

 『念話』で合図が来てから、さらに数分。

 さっきから僕は、『エレキャリバー』を使うのをやめ、しかし相変わらずちょこまか飛び回りながら、普通の打撃をクラーケンに叩き込んでいた。

 何発も、何発も……ある『法則性』にのっとって。

 全ては第二段階に移った作戦のため、着々と準備を進めてきたけど……そろそろ限界が近づいてる。

 や、僕のじゃなくて……時間稼ぎの限界がね?

 クラーケンは、怒り心頭といった様子で、すごい勢いでタコ足を振り回す。
 弾幕にも近いそれは、だんだん早く、威力も大きくなって……一度、避けきれずに食らった時は、意識飛びそうになった。

 さすがに、重量数十トンのタコ足が高速で突っ込んで来た上に、その後水面に叩きつけられたのはちょっと怖かった。衝撃尋常じゃなかったし、空気抵抗のGもすごかった。

 『ダークジョーカー』じゃなかったら、気絶してたかもしれない。
 一般人なら、ふっ飛ぶどころか直撃の瞬間にミンチになってただろう。間違いなく。『どごーん』じゃなく、『びちゃ』って感じで。

 しかしそんな風に、体格差で必然の苦戦を強いられつつも……僕のほうも、準備はほぼ整ったと言っていい。

 ……これ以上は船が危険になる。次の段階に進もう。

 船を守るために『ネットシールド』を展開できるようにしたとはいえ、捕まらない、タコ足が当たらないに越したことはないんだし……自分で身をもって食らってみてわかった。あれは、防御をいくら充実させた所で、食らっちゃいけないことには変わり無い一撃だ。

 ネットシールドじゃない障壁なら、1発か2発保てばいいところだ。そのあと船に直撃したら、1発で沈没確定。

 次弾以降が当たるかどうかは……沈没までの時間が長いか短いかの違いしかない。

 今現在、クラーケンと軍艦の距離は200m弱。これ以上はまずいから、今すぐ最終段階に入ってこいつしとめる!!

 ……ここなら、あの2人の射程内だ。

 
 「よし……『ナナさん!! アルバ!! スウラさん! GO!!』」

 『はい、了解ですミナトさん!』

 『心得た!』

 『――ぴーっ!!』

 
 念話で鳴き声まで聞こえるとかすごいな、とか思いつつ……『セルフコントローラー』でその場から急上昇する僕。

 直後、

 
 軍艦の方から……ナナさんとアルバが放った魔力弾と、スウラさんが放った魔力の矢が、今まで僕が浮いていたあたりを通過し……クラーケンの体に当たる。

 きっちり射程圏内に入ったがゆえにはずさず放たれたその狙撃は、しかしサイズの差を考えればダメージにはなりえないであろう、クラーケンの体に吸い込まれ……

 
 ――ドカァァアン!!!

 
 そんな轟音を立てて爆ぜ……爆風と衝撃でクラーケンの肉が大きくえぐられた。

 

 理屈は簡単……魔法の『反発』だ。
 ほら、僕が『トロン』での修行中……聖水と闇の魔力の反発で引き起こした、あの爆発。あれの、大規模版である。

 僕がかつてどこぞの正義バカへの人生のトドメとして使った『アンチマジック・ポイズン』を応用した、遠距離狙撃チームとの連携技だ。

 さっきから……『エレキャリバー』の使用をやめてから僕は、『アンチ(略)』を使って、このタコの体の各所に、『火』の魔粒子を叩き込んでいたのである。たんまりと。

 そして、タコだかイカだかわかんないけど、この『クラーケン』は、海の軟体動物としてその例に漏れず、体のほとんどが水だった。
 そのため、余計にコレが有効だったのだ。

 数分の格闘の最中に、僕の残存魔力の、大盤振る舞いで4割近くを魔粒子にして叩き込んだ結果……クラーケンの体の中は、
 正確にはその体内の水分は、『火』の魔力が溶け込んで充満している状態に。

 さて問題。
 そんなところに……属性として正反対であり、ナナさん、スウラさん、アルバのいずれもが使うことが出来る『氷』の魔力の攻撃を叩き込んだら、どうなるでしょう?

 
 答え。反発して暴発し……凄まじい爆風と衝撃を伴って爆発する。
 それも、魔粒子が溶け込んでいる……体の内側から。

 
 前世で見た、海外のパニック映画とかモンスター映画で、巨大鮫とか海洋生物を倒す時、ガソリンとか爆薬がけっこう使われてたっけなー、という短絡的な思考の果てに思いついた作戦である。

 巨大な海洋生物には、爆発物が有効。何の法則だろう。
 けど、多分実際に有効だ。なので、実行することにした。

 それがこの作戦。『魔粒子』を相手の体内に溶かすことによって……相手の体内の水分そのものを爆発物に変えてしまう。

 着火方法が限定的で……正反対の魔力をぶつけないと作動しない爆発物だけど、その威力は絶大だ。なにせ『氷』の魔力なら、どこに当てても爆発するんだから。

 ただし、その際の衝撃波がすごいから、遠距離武器じゃないと自分もダメージ受けるし、ちょっと離れたくらいじゃ爆ぜた血肉が飛んできて汚いから、遠距離攻撃で戦わないといけないんだけど。

 しかし、こっちには優秀な狙撃要員が2人と爆撃機が1羽いるので問題なし。

 ……って言ってるそばから、その『1羽』が飛んできて僕の肩に止まった。

 うん、こいつがここに来たってことは……エルク達のほうはもう問題なしだ。アルバの補助なしでも、いつでも障壁展開が可能なはず。

 そして、
 飛べるこいつは……中距離で『氷』の魔力砲撃をここから叩き込む、って寸法だ。

 「よし……じゃ、アルバ、何使うかは任せる。練習の成果を思いっきりぶつけられるいい的じゃないの。思いっきりやりな!」

 ――ぴーっ!!

 戦意高揚を思わせる甲高い鳴き声と共に、アルバは僕の肩から飛翔し……次の瞬間、

 おそらく、普段眠っている5つの脳をたたき起こしたのだろう……今までとは段違いの魔力が、アルバの周りに収束していく。

 青白い光を放つそれは、徐々に姿を変え……さらに、周囲の空間から温度を奪い取り始めた。どんどん、空気が冷たくなっていく。

 集められたその魔力は……そのままは放たれず、今度は霧状に。
 そして、巻き起こった風に乗って空高く舞い上がった。その間にも、これでもかというところまで魔力は高められていく。

 数秒後にはアルバの頭上に……おそらくは『雹』をイメージしたのであろう、キラキラと輝く無数の魔力弾丸がきらめいていた。

 1初1発でも、実践で使うに十分な威力を持っていると思われるその『氷』魔力弾の弾幕は……クラーケンにとっては、絨毯爆撃に等しい。

 けど……

 (……どっかで見せたっけかな、あんな技? それとも……あれも、先天的に記憶してる魔法の1つだったりすんのかな? だとしたら、チートもいいとこじゃん……)

 そんな僕の、嫉妬混じりの思考と視線を知ってか知らずか、アルバはその魔力の雹を、いっせいに拡散させ……クラーケンの体中に降り注がせる。

 当たった端から、クラーケンの体の中の水分に溶け込んだ『魔粒子』が暴発し……本当に爆弾が降り注いでいるように見える。
 肉がえぐれ、血が飛び散り、周囲の海水が赤く染まってきた。グロい。

 ……あれ、タコの血って赤いっけ? まあ、魔物だし……気にしても仕方ない、かな?

 『……ミナトさん、アルバちゃんが無双してますけど……私達、もしかして要らないんじゃ?』

 そんな、ちょっと脱力気味のナナさんの声が聞こえてきた。

 ……どうしよう、否定できない。

 いつのまにか、弾幕から氷のレーザービームに攻撃手段を変更して、着弾した箇所を片っ端から爆発させながらタコ足を切断寸前まで追い込んでるこいつを前にしたら、ちょっと否定できない。

 っていうか、いつのまにかナナさん達の攻撃飛んでこなくなってるのに、普通に立ち回ってるし……どうしよう、自重させたほうがいいのかな、この鳥。

 『ミナト、今のあんたのその心情が、いつも私達の心の中にあるものよ。噛み締めなさい』

 なんか諭すようなエルクの念話が!?

 またしてもいつの間にか攻撃手段を、レーザーから焼夷弾(氷魔力ver)に変更して、ついにタコ足を1本焼き落としたこいつを前に、僕はなんとも言えない心情に……

 
 ……なろうと思ったら、なってる暇はなかった。

 
 止まらない。
 クラーケンが止まらない。

 爆ぜる体。失われる血液。
 いかに巨体と言っても、そのダメージはコレまでの僕の小細工とは違い、目に見えて深刻なものになりつつある。

 体積としては……1割くらいの肉は吹き飛んでなくなってるように見える。

 アルバの攻撃は元々威力が高い上に、僕の魔粒子の細工があるんだから当然だ。

 しかし、怒りで痛みを感じていないのか、はたまた最後の意地か、クラーケンは今までにもまして加速し……軍艦を追いかける。海の藻屑にしてやろうと。

 このままだと……おそらく、クラーケンの命が尽きる前に追いつかれるだろう。

 シールドはあるけど……あのタコ足の攻撃に何発も耐えられるとは思えないし、追いつかれたら終わりだ。やばい、止めないと!

 おそらく、船でもナナさんたちが察したんだろう。中断していた矢と弾丸が再び発射され始め、アルバの攻撃と合わさってさらにクラーケンの体を吹き飛ばしていく。

 それでも……おそらく、間に合わない。
 ああもう、体が大きいってのはホントに厄介だな、何て生命力だ!

 一応、とどめ用の最後の一手も考えてあるけど……こいつ予想外に動きすぎだ。

 体力が落ちたら動きも遅くなるだろうから、止まった所に叩き込もうと思ってたのに……上手く狙い定められるかな……

 
 ……と、思っていた……その時、

 
 その、クラーケンと、エルクたちの乗る軍艦との間に……突如、横から何かが割り込んできた。
 それは……

 
 『『『オルトヘイム号!!?』』』

 
 先ほどまで、動かずに後方にいたはずの……オルトヘイム号。
 シェーンのある意味『故郷』であり……変わり果てた姿になってしまった、幽霊船。

 その船が……なんと、横から……
 正確には、僕……クラーケン側から見て斜め前から割り込んできて、なんと、そのままクラーケンに突っ込んでいった。

 「「「!!?」」」

 困惑する僕。
 僕だけじゃなく、軍艦に乗ってるみんなも……何が何だかわからず戸惑っている。

 見れば、その甲板には、いつのまにか再生したらしい無数のスケルトンたちが……しかしさっきまでのレベルの高い連中ではなく、普通に低級な『スケルトン』とか『ゾンビ』といった存在として、動き回っていた。

 帆を張るためのロープを引っ張っている者もいれば、弓矢やバリスタでクラーケンを攻撃している者もいる。

 ……ますますわからない。
 まるで、僕らを……僕らの船を、かばってるようにも見えるけど……

 でも、連中にそんな知能があるなんて思えないし……と、思った瞬間、

 甲板にいた、一体のスケルトンと目があった。
 いや、向こう、目ないけど。ニュアンスニュアンス。

 そいつは、

 (あれ? あいつ確か……シェーンのおじいさん! 『ゴーストキャプテン』!)

 数十分前、僕が光魔力で浄化(無理矢理)したはずの、幽霊船の頭目。

 僕の一撃は確かに効いていたんだろう。骨も服も所々ボロボロ、さっきまでより目に見えて弱体化してる――というか、幽霊船そのものがまとう瘴気が減ってるような……――そいつは、僕と目があった瞬間、

 
 ……帽子を取り、礼をこめた態度で……すごく丁寧に、一礼した。

 
 ……え、何で? 何今の?

 
 と、戸惑ってると、今度は懐から何かを出して……放るようにこちらに投げてきた。

 とっさにキャッチすると、それは……

 『あれ? これ、シェーンのククリナイフじゃん。船に落としてたの?』

 『い、いや、弔いの意味で、祖父の亡骸の横に置いてきたんだが……』

 そんな念話が聞こえた直後、また何か飛んできた。
 さっきよりは小さなその『何か』を、僕がとっさにキャッチしたのを見届けると、彼……ゼペッド・カーンネールは、

 まず、はるか前方を走る軍艦を指差し
 次に、僕を……僕が持ってる、今しがたもらった2つの品を指差し、
 また、軍艦を指差して、
 最後に、また帽子を取って一礼した。

 ……もしかして、これ……

 「シェーンに……渡してほしいのか……?」

 形見か何かのつもりだろうか。自分の亡骸のそばになんて、置いていくなって。
 それを僕に、頼んでるんだろうか? 一船の船長が、海賊が、あんな丁寧に頭下げて。

 ……っていうか、生前の意識が戻ってるのかあれ、今!?

 その疑問に答えることなく、『ゴーストキャプテン』は僕に背を向け……クラーケンに、向き直った。
 もう、十数秒後には船と正面から激突するであろう、怪物に。

 腰からサーベルを抜き、高く掲げて……カタカタカタ、と顎を鳴らす。

 それに応えるように、甲板にいた全てのスケルトンも、カタカタと顎を。

 ……なんというか、その光景は……勇猛果敢なリーダーに率いられ、一丸となって怪物に正面から挑む……決死隊のように見えた。
 はたして、気のせいだろうか。僕が、厨二病なだけだろうか……?

 そして、

 僕らの目の前で……クラーケンと『オルトヘイム号』は激突し……クラーケンの足は、そこで止まった。

 船首の部分が、体中に大傷を負ってもろくなっていたクラーケンの体に突き刺さり、クラーケンも苦しそうに身をよじる。

 しかし、そのクラーケンもそれで止めることはなく……自慢のタコ足をオルトヘイム号に叩きつける。
 甲板のスケルトン達は吹き飛ばされ、マストは折れる。船自体が、崩壊していく。

 それでも、

 
 クラーケンの足が、動きが……止まった。

 
 仕留めるつもりで突っ込んだのか、それとも時間稼ぎのつもりなのかはわからない。

 かつての仲間……シェーンを助けるためなのか、それとも、数年前の逆襲のつもりなのかもわからない。

 けど、彼らは……覚悟を決めて突っ込んだ。
 それは……船が壊されても、仲間が吹き飛ばされても向かっていく、あの船の様子を見てて……なんとなくだけど、そう思えた。

 スケルトンは、もともとそういう魔物だ。恐怖も疲労もなく、ただ敵を倒すためだけに、死ぬまで動き、戦い続ける。

 それでも……今の彼らは、なんだか違って見えた。
 何が何でもくらいつこうという、ただの魔物、生きる屍とは思えない、気迫を感じた。気のせい……だろうか?

 『……爺……様……!』

 念話の向こうから聞こえた、シェリーのそんな声を聞きながら、僕は思った。

 ……このまま行けば、あと数十秒で、『オルトヘイム号』は沈むだろう。
 彼らがそれをわかっているかどうかはわからない。けど多分、彼らではこいつにトドメはさせない。

 だったら……

 
 「……アルバ。フォーメーション『メテオ』」

 ――! ぴーっ!!

 
 だったら……僕がやる。
 あんたらの分まで!あんたらの覚悟、犠牲……無駄にはしない!!

 『セルフコントローラー』の空中浮遊で、幽霊船とクラーケンの直上に行った。
 それも、タコ足が到底届かないどころか、肉眼で見えるかどうか怪しいくらいの高さに。

 ……そこで、精神統一。深呼吸。

 そして……徐々に、両足に魔力を集中させていく。
 こめる魔力は……『火』と『土』、そして『闇』の3つ。

 今、下で暴れてる『クラーケン』に叩き込んだ『火』の魔力の活用法は……2つ。

 1つは、さっきまでアルバがやってたように、『氷』の魔力を打ち込んで暴走・爆発させること。

 そしてもう1つは……巨大な『火』の魔力を打ち込んで、連鎖的に爆発させること。つまりは、火薬として着火させて使うことだ。
 今の僕の狙いは……こっち。

 そして僕の更に真上で……アルバが魔力を、僕の周りで練り上げている。

 こっちは、『火』と『土』、そして『雷』だ。

 『火』は、単に僕の補助。技の威力を上げるため。
 『土』も、半分はそうだ。

 しかし『土』のもう半分は……『雷』と組み合わせて使ってもらう。

 そうこうしている内に……僕の足に、充填限界量ギリギリの魔力が溜まりつつある。

 『火』『土』『闇』……その3つが混ざり、溶け合ったエネルギーは、僕の足の内外で膨大な魔力の奔流になり……限りなく漆黒に近い色で両足を覆っている所に、時折赤や橙の光が走っているという、どこか禍々しさすら覚える形になっていた。

 眼下には、ぐらりと船体が傾いてきた幽霊船が。

 圧倒的な力の差にもひるまず、戦っているガイコツの戦士たち。
 しかし、そんな彼らに……彼らの船に、とうとう限界が訪れた。

 クラーケンの渾身のタコ足の一撃で、船は真ん中から真っ二つに折れ……ガイコツ達は、海へ投げ出された。
 特徴的な、帽子をかぶった彼も……一緒に。

 そして、クラーケンは、何もせずともあと数十秒ほどで海に沈むであろう、オルトヘイム号の亡骸を押しのけ、踏み越え……ようとした、その瞬間、

 
 「アルバぁあ!!!」

 ――ぴぃぃ――っ!!

 
 合図と同時に、僕の魔力と、周囲に初心幕アルバの魔力が混ざる。

 極限まで練り上げられ、膨大な熱量になった『火』と……『土』と『雷』が混ざり、『重力魔法』のそれとなった魔力が。

 そしてその瞬間、僕は『セルフコントローラー』を解除し……

 
 超高熱と超重力を身にまとって……隕石のごとき勢いで落下した。

 
 これぞ、『セルフコントローラー』『プレイヤーズアイ』と時を同じくして開発した、新たな攻撃用超必殺技、

 
 「アルマゲドンクラァァァアアァッシュ!!!!」

 
 常人なら、一瞬で燃えるどころか蒸発しかねない膨大な熱量と、自重にも耐えきれず一瞬で体が崩れるGをまとって……僕は足の裏から、両足で一気に押しつぶすようなイメージで蹴りを叩き込んだ。

 瞬間、
 クラーケンの体内の、残りの『火』の魔粒子まで巻き込んで大爆発が起こり……その全身から凄まじい勢いで火柱が立ち上った。

 脳天に吸い込まれるようにヒットした足からは……徐々に、変なというか、奇妙な感触が伝わる。

 クラーケンの体が、細胞が……耐え切れないほどの高熱に焼き尽くされ、アルバの火と重力の魔法で増した僕の一撃の衝撃に耐えきれず、
 外から中から……崩れていく。

 殴っても蹴っても、巨大な山のような存在感で僕の攻撃を阻んできた巨体が……滅びようとしているのが、足の裏で感じ取れる。……妙な感覚だ。

 ほんの一瞬、苦しそうにのたうつように大きく動いたタコ足は……それすらも不可能なほどのダメージを負ったらしく、力なく海面に崩れ落ち、

 十数秒後に、僕の足にこめられた魔力が、そしてクラーケンの体内に叩き込んだ魔力が全て燃え尽き、炎が治まった頃には……

 元あった足が数本焼け落ちて崩れ、海に沈み……およそ原形を残すこと適わずに絶命したクラーケンの亡骸の上に、僕は、息を整えながら立っていた。

 

 
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