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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第6章 幽霊船と大海賊の秘宝

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第87~89話 幽霊船に挑む?者たち

例によって感想は後でまとめて返します。ご容赦を…。

第87話、どうぞ。
  
 幽霊船・オルトヘイム号とその乗組員達を目撃した、その3日後。
 事態は、急展開を迎えようとしていた。

 今、僕は……王国軍が用意した、立派な軍艦に乗っている。
 スウラさんもとい、正式に決済された『ウォルカ方面軍』からの依頼で、冒険者として今回の『幽霊船討伐』に参加し……戦力面で軍の皆さんを援護するために。

 そして、僕らが乗っている軍艦の他にも、近隣のウォルカ海軍基地からよこされた船が、計5隻もの艦隊を組んで、幽霊船討伐に向かっているのだ。

 

 事態が動いたのは、今日の早朝だった。

 軍警備隊の『チャウラ支部』……スウラさんが滞在してるそこに、『幽霊船』の目撃情報が飛び込んできたのである。

 港町なんかの漁業が盛んな町には、漁師の組合の見回りから逃げ回って漁をする、いわゆる『密漁者』ってのが各所にいるわけで。

 ここ数日、物騒な噂が飛び交ってるため、ほとんどの漁師や海女は活動を自粛気味である。が、その弊害として……密猟者が元気になってたりした。

 その密猟者の一団の1つが、夜中、調子に乗って漁をしてたら……幽霊船に遭遇。

 12人いた仲間はほぼ全滅。追撃を受けながら戻ってきて……命からがら1人が逃げ帰った。そこを、見回り中の漁師さんに見つかった、と。

 で、軍に連絡が入って、昨日到着した援軍……軍艦5隻の準備をして、急遽討伐に乗り出すことにしたらしい。

 朝っぱらからたたき起こされて機嫌の悪い僕らを前に、謝罪を交えてしてくれたスウラさんの説明がそんな感じだった。

 

 と、いうわけで、

 スウラさんの配慮なのか、僕らチームは一緒に、しかもスウラさんも同じ軍艦に乗り込んでいる。

 乗り込む時、軍関係者の人達からは色々な視線を感じた。

 ただの協力者だと思って特に気にしてない人もいれば、『部外者が……』的な冷たい視線や態度の人もいた。その人達の視線を申し訳無さそうにしてる人も。

 中には、『真紅の森』の一件で顔を知ってる人もいて、すごく頼もしい援軍を見るかのような視線を向けられたけど……これはこれでこそばゆい。

 ま、なんにせよ気にしなけりゃ同じ。

 ただいま、甲板で風を感じております。
 右を見れば、並んで航行する残り4つの軍艦。威圧感っていうか、スケールすごいわ。

「しっかし……けっこう足速いんだね、軍艦って、やっぱり」

「海賊とかも相手にする海軍としては、船速はやっぱり重要なんだと思うよ? 逃げ足にせよ追撃にせよ早くするために、海賊船ってのはきっちり改造されてるから」

「それに対抗しようと思ったら当然……ってことね。しかし壮観ね、5つも軍艦が並んで航行する光景が見られるなんて……こんなの多分、軍事演習でも中々ないわよ?」

 と、
 何の気なしに付け足したのであろう、シェリーさんのセリフの後半部分を耳にして……なぜか、スウラさんが眉間にしわを寄せた。あれ、どしたの?

「……いや、実はな……本当は、派遣される軍艦は、5隻でなく1隻の予定だったんだ。それを思い出して少し、な」

「? どゆことですか、それ?」

 昨日来るの1隻のはずだったのに、5隻きたってこと? Why?
 そして、それも気になるけど……

 すると、聞いていたらしいナナさんが、

「……なるほど。やけに派遣が早い上に、軍艦の数も多いと思いました……しかも、1つの基地からなんて。そういうことでしたか」

「? どゆことナナさん、1人で納得しないでー?」

「えっとですね……海軍だからって、要請されてすぐに何隻も軍艦を動かせるわけじゃないんですよ。色々手続きとか、会議とか踏まえた上で、適切な数を適切な時期に、っていうのが普通なんです。それ考えると、変だな、と思ってたんですよ。昨日から」

「変って、何が?」

「軍艦5隻……1つの海軍基地が、しかもこの短期間に派遣する軍艦の数としては、明らかに多いです。私達のところから、近隣の基地に連絡が行ったのは3日前。たった2,3日の会議で、しかも不確かな情報をもとに出せる数じゃありません。兵の数も然りです。2,3日と言う期間で動かす決定が出来る軍艦なんて、せいぜい1~2隻。そうでなければ、もっと時間をかけて情報を精査した上で出動を決定するものなんです」

 あー、確かに、そう言われればそうかも。

 船って、動かすだけでもかなりの経費がかかるって聞いたことある。そんな、車貸すみたいな感覚でぽんぽん動かせるようなもんでもないだろう。

 そりゃ、援軍として兵士も一緒に動かすには、相応の時間が要るだろう。数が増えれば、それだけ多く。

 それがダメなら、数を減らしてでもとにかく早く派遣してもらうか。スウラさんは当初、こっちを選ぶ予定だった……というわけだ。

「つまり……とりあえずで1隻、早急にまわしてもらうはずだったってこと?」

「そうだ。相手はあの『カーンネール海賊団』の船。しかも、幽霊船などというわけのわからんものになっている。戦力が少ないのは確かに不安だったが……この近海ですでに目撃され始めていることを考えると、のんびりもできん。だからとりあえず1隻だけまわしてもらって、数日後には追加で更に数隻来るはずだったのだが……」

「それが、昨日来てみたら5隻だったと」

「……あまり大きな声では言えんのだが、その基地のお偉方の中に、大層『勇敢で』『正義感に熱い』重役がいたらしい。現場の者たちを助けるという名目で、反対を押し切って4隻も余計に動かした……と聞いている。が、実際は……」

 すると、何か思い出したようにナナさんが、

「……もしかしてその重役って、シルドル家の方では?」

「? ご存知か?」

「ええ、昔から何かと話題に事欠かない方々でしたから。確かに……勇敢で正義感に満ち溢れていて、反対を押し切って独断で大部隊を動かしそうな方……ですね。敵が強力、しかも『カーンネール』なんていうビッグネームであってもひるまずに……全く」

「……ザリー、通訳できる?」

「……たぶん、手柄欲しさに職権乱用した、っていう意味だと思うよ? 生きてようが幽霊になってようが、『カーンネール海賊団』を討伐したとなれば大手柄だ。先に多少無茶しててもどうにでもなると思ったんじゃない?」

 ああ、そういうこと。
 自分の手柄にするために、自分の『英断』で部隊を多く送り込んだ、と。

「本来あの規模の部隊は、それなりに時間をかけて用意するものなんです。手続きももちろんですが、大人数を動かすとなれば、それだけ綿密な打ち合わせとかの事前準備をきっちりしてないと、現場で混乱しますから。それを、1日かけずに……」

 ……なるほど。本来頼もしい味方のはずなのに、何で頭抱えてるんだろうと思ってたよ……そういう理由だったか。

 急ごしらえ過ぎて取れる連携もおそらく取れない。物量で押せる戦いならともかく、それなりの規模になると逆に足手まといになりかねない、か。

「おまけに、見た感じ自分に忠実というか、媚売ってるタイプの幹部人員ばっかり選んで船の責任者にしたみたいね。欲張りそーな態度だったし……私達冒険者組に対して、見下した感じの視線も感じたわ。やな感じ」

「……ま、そのへんは上手くやろうよ。一隻だけでもきっちりスウラさんの指揮下にある船があるだけいいじゃない。残りには……最初から期待しないものと考えれば」

「乗ってる兵士も、心なしか私達を面白く無さそうな目で見てるのが多かったしね。急に戦地に送られることになって気が立ってるのかも」

「お気の毒に………………ところで、皆」

「「「うん?」」」

 
「……何か、いるよ」

 
 言うと同時に、僕の肩からアルバが飛び立ち……船の直上10mくらいに飛翔&滞空。そして同時に、『マジックサテライト』の『聴覚共有』を発動。

 途端に……僕の耳が捉えている、船の中で誰かが動く音が、全員の脳内に送り込まれる。

 こつこつこつ、っていう、普通に歩く音じゃなく……ひたひたひた、っていう、気配を殺した忍び足だ。

 それを認識した、その場にいた全員の顔に、緊張が走る。

 誰か、忍び込んでる……?

 出港時には、色々作業音とかあったから、うるさすぎて気付けなかったんだろうか。それにしたって、さっき一通り船の中見回ったはずなのにな……

「で、ミナト君。この音どこから聞こえてくるの?」

「船尾の方。けどこの音、くぐもってないんだよね。だから、船の外にいると思うんだけど、隠れられるような場所ないし……」

 極力足音を立てないように、ゆっくり船尾の方に移動する。
 以前小さい音だから、『共有』してるだけのザリーたちにはわからないだろうけど……確実に何かいて、近づいている。

 もう、かなり近いところまできたけど、やはり隠れられそうな所は無いな……と、僕が思ったその時、

 
 ――にゃ~お

 
「「「は!?」」」

 そんな声が聞こえて、全員の視線がその方向を向く。

 見ると、船首の方に、もう何度もその姿を見たクリーム色の子猫ちゃんがいて……ってな感じで気を取られた と 見 せ か け て!!

 
「そこっ!」

 
 ――ヒュッ、カカッ!!

 
 空を切って飛んだ、僕の投げた手裏剣(金属でなく、竹で作った、非殺傷タイプ)が、船尾の手すりの所に快音と共に着弾。

 同時に、ひたひた音が急に遠ざかる。慌てたように。だが逃がさん!

 あからさまなタイミングで現れた猫に気を取られてる間に、どこかに隠れるつもりだったんだろうけど、おそらく体が濡れてるんだろう。動くたびに出ていた水音が急に大きく、近くなったので丸わかりだ。

 そして同時に、今までどうして見つからなかったのか、どうして今も、酷く気配が希薄なのか……それもわかった。

 『誰か』が隠れてたのは、船の中じゃない……海の中だ!

 作戦が失敗したのに驚いてか、一瞬ぴしっと硬直している子猫を眼の端で見つつ、僕は、船尾から海に飛び込んで……そして、見た。

 
 まさか海の仲間で確認しに追ってくるとは思わなかったらしい。とても驚いた表情で、なんと船の舵に捕まって潜水している……シェーンを。

 
 ……海女の衣装着用で、半裸と言っていい露出度だったけど、不可抗力だろう。

 
 そのシェーンは、別に顔を赤くすることもなく、一瞬後には気を取り直してその場から離れようと……って泳ぐの速っ!?
 なんか水蹴って魚雷みたいな勢いで泳いでったんだけど!?

 そのまま逃がすわけにはいかないので追いかけ……ようとした所で、僕は……その必要が無さそうだと感じた。

 なぜなら、真上から、

 
 ……半径100mにもなろうかという巨大な『ネットシールド』が振ってきて、僕もろともシェーン(あと10mちょっとで範囲外だった。惜しい)を捕獲したから。

 
 この大きさと魔力の感じは……エルクの全力全開だな。『サテライト』で僕と感覚共有して、驚きつつも捕縛に乗り出した、ってとこか?

 一瞬後には、シェーンは僕ともども、アルバの念力でざばぁっ、と引き上げられ……メンバーの前に引きずり出された。
 犯人が予想外の人物だったからか、驚く面々。

 エルクだけは、『視覚共有』で僕と同時に彼女のことを見てただろうから、一緒には驚かなかったみたいだけど。

「……驚いたな。不審者捕まえてみたら、人魚姫が釣れちゃった」

「それにしちゃ仏頂面ね」

「……放っておけ」

 脱出は不可能と見たらしい、諦めとため息のまじったシェーンのそんな一言。

 ちなみに、おなじみクリーム子猫の方は……逃げようとした(らしい)ところを、ナナさんに捕まってました。

 
 ☆☆☆

 
 シェーン、なぜか密航。

 一応犯罪なので、拘束はしないまでも、船の中の一室で取り調べを行うことに。

「というわけで警備兵さん。カツ丼8人前」

「どういうわけで注文してんのよ」

「しかも何気に僕ら全員分だし」

 取調べといえばカツ丼。

 しかしこの世界にカツ丼という料理はなかった。残念。

 仕方ないので、適当に何か運んできてもらうことに。

「あ、結局食べ物は注文するのね」

「腹が減っては何とやら、っていうじゃない。それに……ずっとあんなとこにしがみついてたんだから、疲れてるしお腹も減ってるでしょ?」

「……気遣い、感謝する」

 部屋の真ん中に置かれた椅子に腰掛けている、シェーン。
 逃げる隙をうかがったり、抵抗するような様子は無い。

 そしてその膝の上には……さっき、僕らの注意を引こうとして残念ながら失敗した、クリーム子猫が丸くなっている。

「……そいつ、あんたの飼い猫だったの?」

「そういうわけではないが……まあ、この町で誰がこいつの飼い主に一番近いか、と聞かれれば、私である自信はあるな」

 言いながら、子猫を撫でるシェーン。

 しかし、だ。
 ……『飼い主』ねえ……。

 この猫に関して、常日頃から僕は不思議に思ってたことがいくつかあったんだけども……それに関して、つい先ほど、僕はある仮説を立てた。

 突拍子もなさ過ぎて、予想することなんてほぼ不可能に近い……しかし、おそらく当たっているであろう、この仮説。
 多分、シェーンは知ってるんだろう。だから、やけにこの子猫のことに詳しかった。

 そりゃそうだ……『いつも一緒にいる』んだから。

「……『飼い主』ねえ……その言い方はちょっと違うんじゃない?」

「……! どういう意味だ?」

「いや、取調べ始める前に、もう1つ明らかにしとくべき事実があるんじゃないかな、と思って」

「「「……?」」」

 僕とシェーン以外の部屋にいる全員の頭の上に『?』が浮かんだ。

 一方、シェーンはこめかみをぴくっ、と動かした。何かに気付いたように。

 そして、
 シェーンと同じく、『きょとんとする』以外のリアクションを見せた者が、もう1人。

 訂正。もう『1匹』。

 ……いや、やっぱり訂正しない。
 もう『1人』だ。

 シェーンとクリーム子猫の視線を浴びながら、僕は彼女達に近づき……シェーンの膝の上から、子猫を抱き上げた。

 そして、部屋の隅に積んであった別な椅子を引っ張ってきて、そこにちょこんと乗せる。

 何がしたいのかわからない、といった表情の諸君、十数秒後にわかるからちょっと待っててね。

「さて……これ以上君のその『秘密』を隠す理由はない。いや、あるかもしんないけど、隠してると色々都合悪いんだよね。例えば今回みたく、警備の人達の目を盗んで密航とかその他色々……その姿なら、まず警戒されないもんね?」

「……ミナト、あんたさっきから何……」

「というわけで、こういう事態になった以上、君が君じゃないと僕らが誤認してるのはむしろ危険だ。僕らもきちんと君のことを把握して、きちんと守りたい。だから……」

 一拍、

 

「……腹割って話そうよ、ミュウちゃん」

 

 そう、椅子の上のクリーム子猫に向かって、僕は言い切った。

「「「……は?」」」

 何言ってんだコイツ、的なみんなの声が聞こえて……しかし、次の瞬間。

 
「……やれやれ、まさかばれるとは思いませんでしたねー……」

 
 と、

 特徴的な間延びした声が、突如部屋に響いたかと思うと、
 次の瞬間、こないだの死者蘇生すらしのぐ衝撃映像が目に飛び込んできた。

 クリーム子猫の体が、ぐぐぐ……と膨張をはじめ、手が、足が伸びていく。

 にくきゅーがかわいらしかった手は、5本指にわかれて細長く伸びてゆく。

 4足歩行動物に特徴的な関節の後足は、2足歩行の霊長類的なそれに。

 ふさふさの体毛は引っ込み、しかし頭部の毛だけはするすると伸びていく。

 猫のぱっちり開いた目は、特徴的な半開きの目に。

 しめくくりに、ネコミミと尻尾が引っ込んで代わりに人間の耳が……

「あ、それはそのまま残しといていいのに」

「変な時に何を変な趣味出そうとしてるんですか、お兄さん」

 時間にして、僅か数秒。

 その短時間のうちに、目の前の光景は劇的に変化し……僕とシェーン以外の全員が、一生分驚いたかのような面白い顔になっていた。

 そして、

 

 さっきまでクリーム子猫が鎮座していた椅子の上には……同じ色の髪の毛をふわりと揺らして椅子に座りなおす、ミュウちゃんの姿があった。

 

 その本人は、周囲からの視線をものともせず、

「ふぅ……いつから気付いていたんですか? お兄さん」

 そんな質問。回りの理解が追いつくのを待つ気はないらしい。

「いやあ、町に居た時から、なんとなく気になってはいたんだけどね? 猫にしては賢すぎたり、妙に人間味のある仕草が目立ったり、あの猫とミュウちゃんが一緒にいるところ見たことなかったり」

 小さなヒントは、ちまちま転がっていた。

 最初にシェーンが彼女のことを『ほとんど外を出歩かない』と言っていた割に、世間の、それもかなり時事的な話題に普通についてきてたり、宿のどこにもいなかったりとか。

 何度か気付かないうちに接近されて驚かされて、しかもよくよく思い出してみたら、その時のミュウちゃん、気配がないわけじゃないんだけど、小動物みたいな酷く小さいものだったりした、とか。

 シェーンが、やたらクリーム猫に理解を示してる感じを覚えたりとか、さっきの囮連携も、いくら訓練していたとしてもタイミングばっちりすぎだろとか、色々。

 それに、猫モードの時、いくらなんでも動物なのに頭よすぎだろ、ってとこも多々。
 猫じゃなく、高度な知能を持つ魔物の類なんじゃ? って予想したこともあった。アルバとか、ストークとか、魔物だけど人語理解するし、普通に応対するから。

 けど、アルバが警戒してないからそれはないかな、と思ってたんだよね。少なくとも、危険な魔物じゃないかな、と。

 もっともっと露骨だったのは……これはその後で気付いたんだけど、ミュウちゃんの言ってた言葉だ。

 あの、僕が『ハンマー(略)』を捕獲して帰ってきた晩のこと。
 ミュウちゃんはこう言った。

 
 『シェーンちゃんに急遽献立組みなおしてもらってでも食べる価値はあるお肉なのですよ。調理のしがいもあるそうですからね、がんばってもらいましょう』

 
 この、シェーンが僕に対して言った皮肉を踏襲した、彼女のセリフ。

 あの場にミュウちゃんはいなかったはずなのに、何でこの皮肉セリフを知ってるのか。偶然中身が一致したにしては、一字一句合いすぎだ。

 そして何より、決め手だったのは、

「本格的に気付いたのはついさっきだよ。ナナさんが抱き上げた君の、匂いでね」

「……? 匂い……ですか?」

「そ。人間には人間の、獣には獣の匂いってもんがあるんだけど……さっきちょっと気になって、それとなく猫モードのミュウちゃんの匂いかいでみたんだ。明らかに、猫とか獣の匂いじゃなかった。それどころか……どっちかって言うと、人の体臭に近い匂いがした。そして何より……」

「何より?」

「……今朝の『マリアナ亭』の朝食メニュー、しかも付け合せのドレッシングまで含めた同じ匂いが、野良猫からするって……おかしいでしょ」

 海鮮焼きそば。
 野菜サラダwithドレッシング。
 ベーコンエッグ。
 そして……大量すぎて未だになくならない、『ハンマー(略)』のお肉入りのポトフ。

 多分、賄いってことで食べたんだろうけど……まず野良猫からするってのがありえない匂いのレパートリーである。

 残り物あげたにしても、限度ってあるだろう。全種類あげて、猫の方もそれを完食してるとか、重ねて言うがありえない。

「おやおや、すごい鼻をしてらっしゃいますねー……」

 ミュウちゃん、ぺこり、と、『参りました』的な感じの会釈。同時に、はあ、とシェーンはため息をついた。

 で、同じくらいのタイミングで、驚きから立ちなおったエルクたちが再起動して……

 

 (中略)

 

 どうにか落ち着きました。

 手抜き? ほっとけ。

 ……さて、気を取り直して取調べを始めましょう。

「……で、動機は?」

「聞き方おかしいわよ」

「というか、私の仕事なんだが」

 ごめん、エルク、スウラさん。

 取り調べ席をスウラさんに明け渡し、後ろから見学することに。

 ちなみに、シェーンとミュウちゃんは仲良く並んで座っており、同時に取り調べは行われている。

「おっほん。では、気を取り直して……なぜこの船に乗ろうとした? この船が、これから『幽霊船』との戦いに赴く軍艦だと言う事は、民間にも知れ渡っていたはずだ。火事場泥棒と言う様子でもないし……なぜ危険に飛び込むとわかって密航した?」

「……その『幽霊船』に用があったからだ」

「同じくです」

 それぞれの返答。
 ようやく場にふさわしい空気を取り戻した取調室で、一方はきりりとした目で、もう一方は半開きの目で質問に答える。

「用とは? トレジャーハントが趣味なわけでもないようだし、海賊船の財宝が狙い、というわけではないだろう?」

「……そうだな、財宝に興味は無い。だが……」

 だが?

「……確かめたいことがある。そして、場合によっては……ほしいものがある。それはおそらく、『オルトヘイム号』の中にあるだろう……だから、密航した。この討伐が成功しようと失敗しようと、今を逃せばチャンスはない、そう思ったからだ」

「……そうまでして確かめたいこととは何だ? 海賊船に、一体……」

「ん? ちょっとまって下さい。スウラさん」

 と、

 ここで、何かに気付いたらしいナナさんが止めに入った。

 全員の視線が自然、ナナさんに集中するが……ナナさんが見ていたのは、取調べ中の2人でも、スウラさんでもなく……部屋の机の上に置いてある、シェーンたちの持ち物だった。

 武器なども持っていたため、念のため取り上げて預かっているものだ。

 その中に、いわゆる『ククリ刀』という、先端が丸い独特な形状の刃物があるのだが……ナナはシェーンが持っていたそれを手にとって、柄の部分を見つめていた。

 簡素だがどこか趣のある、くすんだ金色の金具。
 そこに……小さなエンブレムが入っていた。ナナの目は、そこに釘付けだ。

 数秒それを眺めると、ナナはそれを手にしたまま、シェーンに向き直り、

「……この剣、どこで?」

「……それは、今のこの取調べに関係があるのか? 盗品だとでも?」

「関係あるかどうかは……あなたが一番よく知っていると思いますよ?」

 ことっ、と、
 机の上に、その剣を置く。サーベルより短く、ナイフよりは長い剣を。

「この剣の、ここに入っている紋章。これは、『カーンネール家』の紋章です。それも、相当昔……まだ、海賊ゼペッド・カーンネールが……貴族だったころの、家紋」

「「「えっ!?」」」

「……!」

 その場にいたほぼ全員が泥気に顔をゆがめた。僕含む。
 もっとも……シェーンの驚きは、違う理由のようだけど。

 え? そのゼペ何とかって……海賊の親玉の名前じゃなかったっけ? 貴族って?

 すると、唯一驚かずに目を半開きのままにしたミュウが、

「ほうほう……博識ですねえ?」

「言ってませんでしたけど、私、元軍人でして。有名な犯罪者の情報でしたら、一通り頭に入ってるんですよ……一部は、その経歴も」

「…………」

「カーンネール海賊団船長・ゼペッドは、かなり変り種の海賊だったそうです。地方の中小貴族の次男坊として生を受けたものの、自由を求めて海賊になった。生まれ持った武芸の才能を開花させ、この近海を部隊に暴れまわった……そんな荒くれ者が」

 そこでナナさんは、手元の剣に目を落とし、

「……海賊人生の中で、初期の数年間だけ使っていたのが、その……実家の家紋の入っていた剣だったといわれています」

「…………」

「出奔の際、実家から持ち出した剣だと言われています。それがここにあるということは……あなたは、何らかの形での、彼の関係者ということになりますね」

「ただ拾っただけ、という可能性もあるだろう? もしくは、偽物かもしれない」

「前者はともかく、後者は無いと思いますよ? 最盛期のゼペッドは、沿った刀身のサーベルを得物に猛威を振るったことで知られています。そのサーベルの偽者なら何度か見たことがありますが……勢いをつける前につなぎで使っていた、存在すらほぼ知られていない武器の偽者なんて、ぶっちゃけ需要ないでしょう? それに……」

 エンブレムの部分を指差して、

「『カーンネール家』はある理由で、ゼペッドの出奔の直前に、エンブレムのデザインが一部変わったんです。その事実もまた、一般にはほとんど知られておらず……さらにゼペッドの出奔直後にカーンネール家は取り潰しになっています。そしてこれは、変更後のデザイン。すなわち、デザイン変更から取り潰しまでのごく短い間に作られた剣、ということになります」

 おー、すごいナナさん、まるで名探偵だ。ちょっとセリフ長いけど。

 なんか新しい情報が次々出てきて、理解しつつ覚えるのが大変だけど、そんなことお構い無しにナナさんの推理ショーは続く……ってまだ続くの?

「大丈夫です、あと結論だけですから。で、今では資料もろくに残っていない上に、まず真似しようがない文様が刻まれた、模造品としても需要がない剣がここにあるという時点で、本物と判断します……いかがですか?」

「……」

 その問いかけに、シェーンは少しの間沈黙していたが、

「……祖父だ」

「え?」

 唐突に開いた口から出てきたのは、そんな言葉。え、何?

 いきなりのことできょとんとする僕らに対し、シェーンは繰り返した。

 

「……これが聞きたかったのだろう? 私と、カーンネールとの関係が。今言ったとおりだ……カーンネール海賊団船長・ゼペッドは…………私の、祖父だ」

 
 ☆☆☆

 
 シェーン・コーファー。漁師宿『マリアナ亭』の料理長。
 本名、シェーン・カーンネール。海賊ゼペッド・カーンネールの孫娘。

 数年前、カーンネール海賊団が忽然とその消息を絶つまでの間、海賊見習いとしてその船『オルトヘイム号』で共に航海を続けていた少女。

 
 ミュウ・ティック。同じく『マリアナ亭』の従業員。
 孤児のため、本名不明。ティックは、育ての親の苗字。

 海賊船『オルトヘイム号』において、雑用下働きをしていた過去を持つ少女。シェーンとの付き合いはその頃からであり、雇用者側と被用者側であったが、仲はよかった。

 
 その彼女達の『過去』が、そしてこの軍艦に密航を企てた理由が、彼女達の口から語られることとなった。

 
 ☆☆☆

 
 数年前。

 海賊ゼペッド・カーンネールが現役だった時代。

 ゼペッドの息子・ティーズは『副船長』として、
 孫娘シェーンは『見習い』として、その船に乗っていた。

 もともと、ゼペッド・カーンネールは貴族の生まれだったが、堅苦しく自由のない生活環境に嫌気がさした彼は、成人とそれに伴う婚約・結婚を待たずして出奔。
 海に出て、海賊になった。

 もともと武芸の才能があったゼペッドは、下積み時代を経て実力をつけていく。

 幾度もの死線を潜り抜け、十数年後には、自分の海賊団を持つまでになった。
 そこから更に海賊団は成長していき、海におけるその存在を確かなものにしていった。

 その過程で、彼は妻を持ち……息子ティーズを、孫娘シェーンを授かった。

 ……しかし、

 海にその名を知らぬものなし、とまで言われたその『カーンネール海賊団』の終焉は、本当に唐突に訪れた。

 ここから先こそが……ミナト達が、シェーンの口から聞かされた内容。

 

 発端は、船長ゼペッドの息子であり、副船長でもある……シェーンの父、ティーズ・カーンネール。
 彼は、父が、海賊が、好きではなかった。

 幼い頃から、血なまぐさい戦いの中で生きてきた彼は……海賊の跡取りらしく、強く生きていったが……弱肉強食の厳しいその環境を、内心嫌っていた。

 ある時、父が元貴族であり、自由を求めて全てを捨てて海に出たのだ、という話を聞かされてからは……表面には出さなかったものの、父をうらむことすらあった。

 なぜ、そのまま貴族でいなかったのか。

 貴族でいてくれれば、自分は人殺し集団などとは縁もゆかりもない、平穏な暮らしが出来たのに、と。

 なぜ父は出奔などしたのか、と。

 そのせいで自分の人生は血なまぐさいものになってしまった、と。

 結果的に自分も海賊として身を固めたものの、その考えは常に心にあった。

 
 やがて、父ゼペッドは老いを感じ始め、それと共に海賊団の勢力もだんだんと衰えてきた。それは世間にも伝わり、海賊団を恐れずに戦い、その首にかけられた賞金を狙う輩も増え始めた。

 それに危機を感じ始めたゼペッドは、息子にそろそろ自分の後をついでほしい、娘に関しても、そろそろ一人前の海賊としてデビューさせる時か、と思っていた。

 しかし、そんな思いを踏みにじる出来事が……同じく父の衰えを感じていた、しかし父とは逆にネガティブな方向に物事を考えていた、息子・ティーズによって引き起こされることを、父は知らなかった。

 

 ある夜のこと。

 『カーンネール海賊団』は、結成以来の、予想もしない危機に直面していた。
 身内の『裏切り』という名の危機に。

 主犯は、まさかの……副船長であり、船長の息子でもある、ティーズ。
 彼が、軍の人間に情報と賄賂をわたし、恩赦による免罪を約束させ……自らの仲間である海賊団を売ったのである。

 きっかけは、その数日前……海賊団がとある無人島で発見した、古代の財宝。

 今までにない山のような財宝を手に入れた海賊団は、喜びに沸く。稼いだ金を湯水のように使っての宴が、毎晩のように続いた。

 だが同時にそれは、海賊団の危機にもつながりかねないと、ティーズは予想していた。

 この、数年遊びほうけても使い切れないかもしれない宝を狙ってくる連中は必ずいる。蓄財目当ての高級軍人か、賞金稼ぎか、豪商の私兵かはわからないが、そんな連中が明日にも襲ってくるのではないか、と、気が気ではなかった。

 そしてティーズは、ついに決断する。自らの命を守るため、今まで寝食を共にしてきた仲間達全てを切り捨てる決断を。

 以前から、父ゼペッドも知らない独自のネットワークを構築していたティーズは、それを経由して、自分の利益のことしか頭にない、しかしそれゆえに扱いやすい軍の汚職高官に連絡を取り……財宝と情報、そして父の首という手柄をエサに、取引をした。

 先に述べた全てを差し出す代わりに、自分を見逃せという内容で、だ。

 運命の日、ティーズは、事前に船の宝の一部を売却して得た逃走資金を持って船を抜け出し、それを見計らって待ち伏せしていた軍が総攻撃をかけた。

 突然の奇襲、大きすぎる戦力差に加え、副船長の失踪。その混乱の中で本来の力を出しきれない海賊団は、瞬く間に蹂躙されていった。

 そんな中、ティーズの裏切りとこの戦いの行く末、その全てを悟ったゼペッドは……孫娘だけでも逃がすことに決めた。

 船底の食料庫に、互いにどうしても離れようとしなかった、孫娘のシェーンとその友達で下働きのミュウを連れて行き、2人を防水の大樽に、入るだけの食料と、手近にあった武器――それが何を隠そう、あのククリナイフだ――と共に入れて、海に放り投げた。

 ミュウはともかく、シェーンに関しては……ある理由により、常人よりも遥かに泳ぎが上手い。運がよければ、どこかに流れ着くなり、泳ぎ着くなりして助かるだろう、と。

 船は物資の補給のために、その日、停泊していた港町を出たばかりだった。ゆえに、可能性は十分にあった。
 だからこそ、軍には出がけを容易く待ち伏せされてしまったのだが。

 響く戦闘音を耳に残しながら、ミュウとシェーンは、どぼん、という音と共に海に沈み……そのまま波に流されて、戦場を後にした。

 今彼女達が暮らす『チャウラ』に流れ着いたのは、それから一昼夜明けた後のことだった。

 
 ☆☆☆

 
 「……そんな過去が……」

 「……軽蔑してくれても構わんが……これが、私とミュウの身の上だ。私は海賊団の3代目で、ミュウは……ある島で捕虜になり、それ以来下働きとして船に乗っていた。私は主に海賊の見習いで、雑用や敵情視察の隠密などを任されていた」

 「その頃から私達は、何かと気が合うこともあって仲良くなりましてねー? そのおかげもあるかと思いますが、捕虜としてはかなりいい待遇で働かせてもらっていましたー」

 と、少し昔を懐かしむような目をしながら、淡々と話を続ける。

 「……身の上はわかった。この船の乗り込んだのも、その『オルトヘイム号』……君が昔乗っていた船に乗れるか、と思ったからか?」

 「そうだ」

 「何のために? 形見でも探したいのか?」

 「……いや、少々知りたいこと……調べたいことがあるのだ」

 「調べたい……こと?」

 「そうだ。そして、そのための手がかりが手に入るとすれば……おそらくは、オルトヘイム号をおいて他にない。船を下りて逃げたあの日以来、最早見つからない、手に入らないと思っていたが……」

 予想外に、そのオルトヘイム号が『幽霊船』になってまだ存在していると知り、千載一遇の好機と見て、2人して密航を企てた……と。

 さらに、『もしかして』とスウラさんが聞いた、数日前の夜、僕が持ち帰った船に忍び込んだ人影について聞くと、それも自分だ、とシェーンが認めた。
 その時も、ミュウちゃんが猫に変身して注意を逸らして逃がしたらしい。

 スウラさん、怒りはしないけど『やられた』みたいな顔をしていた。

 「なるほど、な……それで、その『調べたいこと』とは何だ? 我々の眼を盗んで、オルトヘイム号に入るつもりだったようだし……さすがに、『話したくなければいい』と言うわけにはいかんのだが」

 「……一言で言えば、私とミュウの出自だ。その情報が欲しかった」

 「出自?」

 「はい。今さっき言いましたけど、私は孤児でして、よくわからないうちに海賊船にのせられましたので……実は私、自分がどこの生まれで、親がどんな人かも知らないのですよ。一番古い記憶は3歳のころですが、すでに戦災孤児を集めた孤児院にいましたから」

 「実際は孤児院とは名ばかりの、孤児を都合のいい労働力として酷使するろくでなしが運営する労働場だったそうだが……ミュウはそこでの過酷な労働に耐えかねて逃げ出した。その結果迷い込んだのが、海賊旗を隠して偽装し、港に停まっていた私達の船だ」

 「そこで、空腹から食料を盗み食いしてしまったのですよ、私。海賊船だと気付いた時は、殺されるのも覚悟しましたが、なぜか船長さん……シェーンちゃんのおじいさんに、いい度胸だって逆に気に入られちゃいまして、下働きとして船に乗せてもらえることに」

 「世話役を命じられたのが、船でただ1人の女である私だったわけだ」

 ……なんか、いつもほんわかほのぼのなミュウちゃんが、予想外にヘビーな過去背負ってました。なんともリアクションに困る。

 苦手なんだけどな……こういう、シリアス系の過去話展開。

 まあ、ミュウちゃん自身はもう気にしてないっていうか、吹っ切ってるっぽいけど。話してるトーン、全然いつも通りだし。
 ……本人気にしてないのに、こっちが気にして空気悪くするのもバカらしいか。

 「というのが、私の過去話でした。じゃ続いて、シェーンちゃんどうぞ」

 「……茶化すな、普通に話す。さっき言ったと思うが……私は、乗っていた海賊船で、ミュウを除けば唯一の女だった。……生まれたときからな」

 「! 生まれた時から? ってことは……」

 「ああ。私には、母親がいた記憶というものがない。物心ついた時には、父と祖父だけが肉親としてそばにいてくれた。もちろん、2人とも私によくしてくれたし、不満はなかったが……年を重ねるにつれ、母親が誰なのか、どんな人なのか、知りたくなった」

 「けど、船長さんも副船長さんも、なぜかそれをシェーンちゃんに話そうとはしませんでした。調べることも許しませんでした。そして、それを知らないまま、あの日が来て……」

 「おそらくは、父や祖父が持っていたであろう、何らかの手がかりと共に……オルトヘイム号は永遠に私の前から姿を消した。……そう思っていた」

 ……なるほど、ね。

 ミュウちゃんは自分がどこの誰なのかを、

 シェーンは自分の母親が、どこの誰なのかを、

 それぞれ探りたかった、ってわけだ。そしてその手がかりがあるとすれば、オルトヘイム号の中だけ……今を逃せば、永遠に機会なんて回ってこない。

 さらに、彼女達はこうも付け足した。
 自分たちが『出自』を知りたがる理由は、興味や好奇心だけではない、と。

 「まず先に述べておくべきことなのだが……私達は、純粋な人間ではない。それぞれ別の、亜人種族の血が入っている」

 「亜人の血? ハーフとか、クォーター、ってこと?」

 「そうだ。ちなみに私は、マーマン族のクォーターだ。祖母がマーマン族だったらしい」

 マーマン族。
 水中でも生活できる、水かきやエラをもつ半魚系の亜人。

 耳の裏にえらが隠されていて、それで呼吸できるため、水中でも長時間活動可能。泳ぎが得意で、個人差はあるけど、その泳速は馬が陸上で走る速さに匹敵するとかしないとか。

 ……なるほど、さっきシェーンが水中で見せた、あの魚雷みたいな超高速の泳ぎは、その種族特性のお陰によるものだったか。そんな能力があるなら……船の外で波にさらされながらでも潜んでることも簡単にできる、ってわけだ。

 そしてもう1人の方、ミュウちゃんなんだけど……

 「ミュウちゃんも、何かの亜人の混血なの?」

 「だと思うのですが……わからないのですよ。何しろ、孤児院にいたころすでに、自分がどこの生まれの誰なのかもわからない有様でしたから。そのうちに、先ほどお見せしました変身能力なんかが使えるようになりまして……本格的に『私は何だろう』と不安に」

 ……そりゃ確かに。

 常識的に考えて、おっかないわな。普通の人間にはまず備わってない、猫に変身するなんていう得体の知れない能力を自分が持ってた日にゃ。

 しかも、エルクやシェリーさん、ザリーやナナさん、スウラさんに聞いてみても、そんな能力を持ってる亜人に心当たりは無いらしい。

 こんだけのメンバーが集まって情報ゼロ? 一体何なんだ、ミュウちゃんの種族って?

 「そういうわけで、とにかく手がかりがないので……あと可能性があるのは、オルトヘイム号だけなのです。あの船になら、航海日誌くらいはあるでしょうから、それをさかのぼれば、私があの船に乗る前どこにいたのかわかるかな、と」

 「私の母親の情報も、船に……父や祖父の部屋にならきっとあると思うし……他にも1人、それを知っていそうな人に心当たりがある。できれば、その人の部屋も調べたい。もっとも、私が母のことを知りたい理由は、また別にもう1つ……」

 と、その時、

 
 ――バタン!!

 
 「す……スウラ隊長! 大変です! ぜ、前方に……現れました! 『幽霊船』です!!」

 
 「「「!!」」」

 ノックもなしに、これ以上ないほど慌てた様子で飛び込んできた兵士の言葉を聞いて、僕らの関心は一気に『それ』にシフトした。

 
 ☆☆☆

 
 甲板に上がると、それは、僕らが乗る軍艦の真正面に迫ってきていた。

 まだ数百mほどの距離はありそうだが、それでも、何というかこう……その船が放っている威圧感というか、異様な空気は、ちょっとアレなものがある。

 おそらくあれが、瘴気、っていうんだろう。船にまとわりつく用に漂ってる、暗い色の霧みたいな『何か』。

 そしてその向こうに見える、スケルトンとゾンビの混声軍。

 そして、掲げる海賊旗は……あれ?

 「……黒地に、ドクロ? だけ?」

 「ってことは、『カーンネール海賊団』の船じゃないわね……『サテライト』で見た船とも、特徴も海賊旗のデザインも違うし」

 幽霊船、ではある。
 でも、『オルトヘイム号』じゃないみたいだ。

 それって、つまり……。

 「……嫌な予感が当たったな。どうやらこの周辺海域に出没している幽霊船は、やはり一隻では無いらしい」

 「え、事前に情報あったんですか?」

 「いや、そういう情報があったわけではない。軍に届いた報告書を基にした、私のただの予測だ。言うのが遅くなってすまない」

 「……いや、いいですよ別に。確かに教えて欲しかったとは思いますけど……『幽霊船』に襲われたら『幽霊船』になりうる、ってことは僕らも知ってたわけだし、幽霊船が1隻だけじゃなく、増えて複数になるかもとは思ってましたから」

 「……密航者の身で大きな口を叩くのもどうかと思うが、あえて言わせて貰おう。お前達、目の前の敵に集中しろ。おしゃべりは後だ」

 と、ぴしゃりとシェーン。

 その雰囲気は……食堂や町で話したときなんかとはまるで別物。研ぎ澄まされた鋭い刃のような、威圧感に満ちた空気を纏っている。

 逆手に持ってるククリ刀も様になってるし。ふむ、隙もほとんどない。

 ……さすがは元海賊。臨戦態勢、ってわけかな? 何年も厨房に立ってた割に……別になまってる様子もないようだ。
 多分だけど、基礎訓練なんかは欠かしてこなかったんだろうな。こりゃすごい。

 けど、まだ何百mも離れてるよ? 弓矢とか撃ってくる様子も無いし……油断しないのはいいことだけど、いくらなんでも気、張りすぎじゃない?

 するとシェーンは、

 「いや、ここは海の上であり……われわれが立っているのは船の上だ。陸上の常識で全てを測っていいわけではない。それに、警戒すべきは何も……敵だけではない」

 「え? 敵だけじゃない……って、何?」

 「こういうことだと思いますよー?」

 と、ミュウちゃんの間延びした声に、振り返る僕。

 するとミュウちゃん、眠たそうな半眼に、どこか鋭い知性の光を宿し……何やら向かって右方向を見ながら、ぴっと指差した。

 そっちを見た瞬間……僕ら一同、ぎょっとした。

 だって、

 「ちょっ……何で他の船が全部後ろに下がってんの!? このままだとこの船だけ突出しちゃうんだけど!?」

 「下がってるんじゃなくて、速度を落としてるだけだろうけど……結果は同じだから、細かい部分気にしてる場合でもないか。っていうか、どういうことコレ?」

 「も、申し上げます隊長! たった今、応援部隊の指揮官より伝令が……」

 ……わ、嫌な予感。

 そして結論から言うと……その予感は的中。
 伝令兵さんが持ってきたそのメッセージは、僕とザリーが口にした問いに、実にわかりやすい答えを返してくれるものだった。あんまりありがたくもないけど。

 
 「『先陣はお譲りする。我々余所者は後からいかせて貰うとする。邪魔はしないから、我々のことは気にせず存分に力を振るってくれたまえ』と……」

 
 「……ザリー、訳して」

 「そのトーンからして、わかってんでしょどうせ? ……『先陣切って敵の兵力を削れ。あとから加勢して美味しいとこ貰うから、せいぜいがんばってくれ。自分達は被害受けたくないから』だろうね、たぶん」

 だよね、どう考えても。

 「……こういうことが海ではあるんだ。常に敵味方の船の動きや、それを左右する風向きや潮の流れなどを考え、把握しつつ動かなければならん。だがまあ今回は……」

 「確実に向こうの方々の確信犯ですけど、ね。やれやれ……」

 あんにゃろう共……手柄目当てでごり押しでついてきた軍勢の癖に、肝心な時に働こうとしないってどういうことだ!? 管理が大変な分、最早ただ邪魔なだけなんだけど!?

 おまけに、唯一真面目に戦うつもりのある僕らを、よく言っても囮、悪く言えば完全な捨て駒にするとは……後で覚えてろよ。

 そうこうしているうちに、敵のアンデッド軍団は、手に手に武器を取る。
 サーベルを鞘から抜き、振りかざしてカタカタと顎を鳴らす。ああ……声帯ないから、ああしてしか音出せないのか。もしかして、鬨の声か何かのつもりかな?

 スケルトン達は、眼球もない空洞の目に、しかしなぜか戦闘の意思をひしひしと感じる。ゾンビも同じだ。こっちは……幾分、狂気が混じってる気がするけど。

 僕らという敵を、獲物を、おそらくは生前そうしていたのと同じように……蹂躙しつくすつもりで、武器を構えている。

 そして、そのカタカタ音を合図に……スケルトンやゾンビ達はいっせいに、僕らの船に飛び移らんと自分達の船の縁を蹴って……

 

 ……何もない海に向かって跳躍して、普通に落ちていった。

 

 「「「……は?」」」

 え、何? 何やってんのあの死人軍団?

 勢いだけは、敵船に飛び移るっぽいそれで甲板から飛んで……けど、明らかに何もない海に向かって跳んで、勝手に自滅していってますけど……?

 っていうか、まだ僕らの軍艦とあの船、100m以上離れてて、全然飛び移れるような距離でもないんだけど……ホントに何をしてるんだあれは?

 ひょっとして、泳いで下から攻めるつもりなのかと一瞬思ったけど、よく見てみても、普通に飛び込んだ端から沈んでいってて浮いてこないので、それも違うようだ。

 ……何なんだ、あの集団自殺?

 するとなぜか、はあ、とシェーンがため息をついたかと思うと、

 「……やるならやると言え、ミュウ」

 「すいませんー。でもまあ、何分急いだものですからー」

 …………???

 

 今の不思議現象が、ミュウちゃんが使った『幻覚魔法』によるもので……幽霊船のアンデッドたちには、あの集団自殺で飛び込んでいった位置に、僕らの船があるように見えていた、ということ、

 そして、ミュウちゃんは変身の他、今披露した『幻覚』に、敵などから見つかりにくくする『認識阻害』、敵の動きを封じる『金縛り』など、様々な、そして独特な魔法を使えるのだ、ということを聞かされたのが、その数十秒後。

 そして、それに感心しつつも……そろそろもって冷静になった僕らが、せっかく先陣任されたんだから全部やっちゃおう、ってことで、さっさと敵船に乗り込んで全滅させて終わらせたのが、そのさらに数分後。

 僕とシェリーさんの瘴気耐性コンビで、後ろに控えてる援軍(?)の出番がないくらいに迅速に。たぶん、5分はかからなかった。

 ……数は多かったし、船内薄暗い中でいきなり出てきたりしてちょっと怖かったけど……やっぱ強さ的には大したことなかったな、こいつら。

 
 ☆☆☆

 
 えーっと、

 海賊船1隻。
 幽霊船3隻。

 この半日ちょっとでの戦果。もうね、どうなってんのこの海。
 疑いのある場所を順番にめぐって、その全部のポイントで何かしらに遭遇してんだけど……っていうか、幽霊船じゃない普通の海賊船まで混じってたし。

 とりあえず、見的必殺の心構えで相手をしていった結果、けっこうな手柄になるんじゃないかって感じの戦果をいつの間にか上げていた。

 そのすべてにおいて、一緒についてきた艦隊の皆さんは見事に戦おうとしなかったので、僕らの艦がいつも突出して先鋒を務めることになった。

 が、その先鋒だけで全部終わってる。
 連中がおいしいとこだけ掻っ攫うようなまねは出来ていないので、まあいいとしよう。

 けどそれは別に意図してるんじゃなくて、僕らだけに任せた結果として、邪魔になる人が少ないからかえって楽に終わってるだけ。

 海賊船はともかく、『幽霊船』は基本、敵は魔物だけ。遠慮する必要がないし、作戦と運搬とかの都合上、船が沈まないように手加減する必要もない。

 艦隊での討伐作戦中だから、ターゲット以外の幽霊船を回収する必要は無いし、犯罪者をわざわざ連行する必要もない。全員滅殺でOK。

 てか、船の中にも連行する犯罪者……っていうかそもそも、生きてる人間いないんだけどね。

 なので、幽霊船の瘴気に対抗できる僕とシェリーさん……だけの予定だったんだけど、とある嬉しい誤算でナナさんが参戦可能になったので、主に攻撃メンバーはこの3人。超少数精鋭、って感じ。

 そこにアルバも含めた3人と1羽で一気に切り込んで暴れるだけで、十数分後には敵は全滅させられる。

 ちなみにその際、何分混戦である。

 なので、船内から金品や宝飾品の類が1つ2つ3つ4つなくなっていても、気にしてはいけないのだ(棒読み)。

 この3人と1羽で大体は片付く。一応、ザリーとシェーン、エルクは控えで待機してもらってる。

 たまに、こっちの船に飛び移ってくる奴が何人かいるからね。

 その時は、スウラさん以下兵士の人達も応戦するんだけど、甲板にさっき述べた3人がいるって時点で鉄壁と言っていいので心配無用。

 ザリーもエルクも強くなってるし、シェーンも実はかなり強かった。何年も町で平和に暮らしてた分ブランクあるかもと思ってたんだけど、その心配は無用な様子。

 実力的には……ちょっと前までのエルクと同等ってとこか。体術なら互角以上だけど、魔法を扱う技術がある分、絡め手その他各種を理由にエルクが強い。

 そして何気にミュウちゃんも役に立ってる。
 さっき見せてもらった『幻術』に加え、『金縛り』や『浄化』なんかの魔法も使えるらしい彼女は、大方の予想をぶっちぎり裏切って戦力として貢献していた。

 だって『浄化』発動させた瞬間、アンデッドが纏めて塵になるんだもんね……限定的かつ条件つきの実力ではあるけど、ホントすごい。心強い。

 何より、その『浄化』の応用で……一定時間、瘴気の影響を受けなくなるような加護・付与系の魔法を使えるのは大きかった。何を隠そうコレのおかげで、普通の人間であり、瘴気に耐性を持たないナナさんも、幽霊船に乗り込めるようになったのだ。

 前衛、後衛共に、隙のないメンバーといえるだろう。援軍の必要性をまるで感じない。

 

 ……何より、

 僕とエルク、それにアルバには……まだ『隠し玉』がある。
 『トロン』から帰ってきた後、調子に乗って作って、エルクに呆れられた魔法。

 僕の厨二病の真髄をこめて作った……この2回目の人生において、最高傑作の1つと言って差し支えない、とんでもない奥の手が。

 
 ……『最高』と言いつつ3つ4つあるんだけど、そのくらいすごいってことで細かいことは気にしない。

 

 ☆☆☆

 
 そんなこんなで、僕らが海を進むこと……さらに数時間。

 そろそろ日も傾きかけてくるか、ってころになって……それは、ついに姿を現した。

 船室で休憩していた僕らは、今までで一番慌てた様子で飛び込んできた伝令兵の、ちょっと聞き取りにくい早口な報告でそれを知った。

 そして、全員いっせいに甲板に上がると……すでに『それ』は、肉眼で見えるところまできていた。

 
 黒ではなく、赤い布地に……水かきのついたドクロマーク。

 形状は、縦に長くて横幅が狭い……ガレオン船ってやつだろうか?

 周囲に、目ではっきり見えるほどに濃密な瘴気を纏い、甲板では何十人もの海賊……のガイコツがカタカタと顎の骨を鳴らしてやかましく音を立てる、その船。

 
 シェーンに確認した。間違いなく……『オルトヘイム号』だとのことだ。

 
 ……それはいいんだけど、
 なんで僕らが休んでる間に、他の『援軍(笑)』の船の半分が、前の方にまで先行……っていうか、突出しちゃってるんだろう。

 僕らを中心にすえて、左右の斜め前と斜め後ろに1隻ずつ位置してる。
 さっきまで、僕らを矢面に立たせる気満々の……自分達は後方で被害少なく済む陣形で航行してたのに。

 「……大方、われわればかりが戦功を上げている現状を面白くないと思ったのだろう。敵の削りを目的に我ら……もとい、ミナト殿らを差し向けても、消耗どころか余裕で全滅させるからな。自分達も戦わなければならんと考えたか」

 「加えてこの配置。我々を動かさんつもりだな。自分達の戦闘行為の邪魔をさせず……戦功の独り占めを狙っている」

 と、スウラさんの予想。そしてシェーン(海のプロ)の補足。

 やれやれ……考えることがいちいち小物というか、なんというか。何とかなんないのかね、権力の腐敗って奴は。

 「まあ、手柄には正直興味ないし、別にいいけどね……スウラさんは?」

 「私か? 私もそうだな、無事に済むならそれに越したことは無い、な。ただ……」

 「ただ?」

 「……どう考えても、ミナト殿を戦力に加えた方が、確実に被害は少なくなるのだが……言っても聞き入れないだろうと思うと、多少陰鬱になる。きっと、最前線では無用な犠牲が出るのだろう。上の連中の見栄と出世欲のために、な」

 ま、確かに。

 しかし、スウラさん優しい上に、相変わらず有能だねえ。自分の部下以外の心配もして、きっちり客観的な視線で戦局を分析できる。
 こういう人こそ人の上に立つべきなんだろうけどなあ……。

 しかし、こうなるとちょっと困るな……

 ちらっ、と背後に視線を向けると、眉間にしわを寄せて気難しそうな表情になっているシェーンと、困ったような表情のミュウの姿が。

 このままあいつら援軍(笑)に『オルトヘイム号』の攻略を任せると、物品なんかも応酬されたり、戦闘の影響で船が破損したりして……シェーンたちが欲しがってる情報や、それにつながる物品を確保できない可能性も出てくる。

 かといって、こっちの立場は一応、向こうより下。しかも、シェーンたちにいたってはあらかじめ報告を受けてる僕らの仲間ですらない、不法侵入者だし……

 捜索・攻略に加えてもらうのは難しいか。しかし、ならどうするか……放っとくと、自分達の独断で忍び込む可能性もあるな……まあ、彼女達なら不可能でも無さそうだけど。

 ……と、考えていた、

 
 その時、

 
 「……ん?」

 前の方にいる軍艦2隻。
 その周囲の海の、水面に……何やら、水色の『何か』が多数浮かんできたのが、ここから肉眼で見えた。

 魚群か何かか、と思った次の瞬間、

 
 ――ばしゃばしゃばしゃぁっ!!

 
 ――キシャァァアアァァッ!!

 
 「「「!!?」」」

 僕らの目の前で、水面から飛び出したのは……大量の魔物だった。

 見た目としては……ゴブリンに近いか?

 灰色の肌に、水かきのついた手足。大きく裂けた口の中には、鋭く尖った牙がずらり。
 肌の灰色は、どうやら鱗のようだ。首もとには、エラみたいなものも見える。
 目は大きくてギョロッとしてるけど、どこかにごってるような気も。

 あれか、水魔……『グリンデロー』ってのは。
 水中版ゴブリンみたいな奴で、手にはモリを……持ってる持ってる。

 ゴブリンよりパワーが上で、体も一回り大きい難敵。あまり陸上で長時間行動できないっていう弱点はあるけど、四方が海のここじゃ、そんなもんあってないようなもの。

 その『グリンデロー』が、前方を先鋒として進軍してた2隻の軍艦に、奇襲をかける形で水中から一気に襲撃した。

 それは見事成功し……当然、軍艦は2隻とも大混乱に陥っている。
 出鼻くじかれた上に、それなりに強力な魔物だもんなあ……見た目も結構きついし。

 相手はアンデッドだけ、戦闘は接近してからだとばかり思ってたことが招いた悲劇か。

 たしかに『ネクロノミコン』には、『幽霊船』は水棲型の魔物が住処にすることもある、って書いてあったっけな……

 けど、それにしたって……すごいタイミングで、しかも一気に奇襲かけてきたな、こいつら……。
 こいつら、そんな高度な知能持ってたっけ? 全員で協力して、軍隊よろしく襲撃かけられるような……

 ……何にせよ、完全に出鼻くじかれたな。
 これはちょっと、予想外すぎる修羅場が始まりそうな予感だ。

 ついさっき援軍(笑)が伝令で大見得切ったとこだけど……いくら数がいるとはいえ、はたして僕らが手を課さずに『幽霊船オルトヘイム号』に勝てるだろうか? かなり不安である。

 奇襲食らった2隻なんかは、今正に大混乱の真っ最中だし……あれ?

 「ねえ……スウラさん?」

 「……なんだ?」

 「今、前の方の2隻……船室から出てきた、なんか豪華そうな軍服来た、っていうかぶっちゃけ偉そうな人が、出てきた瞬間に殺されたように見えたんだけど……?」

 「……ああ、殺されたな。確かに今の2人とも、あの2隻それぞれの指揮官だ」

 ……だめじゃん、もう。前線指揮官がいなくなっちゃったよ。

 これはもう、僕らも動く他ないだろう。

 ……それにしても、今のもまた、すごいタイミングだったな……

 偉い人が出てきた瞬間、周りのグリンデローのうち、3分の1くらいがいっせいに手に持ってたモリを投げたり、弓矢で射ったりして、一瞬でそれをしとめた。
 おそらく、最初から狙ってたんだろう。役割まで決めて……。

 ……そんな知能ある? 魔物に。
 さっきの奇襲といい、今の一斉攻撃といい、あんな戦略的な行動をとるだけの、それこそ人間じみた知能が……?

 「……考えられる可能性としては……相応の能力を持つ指揮官がいるのかも知れんな。それも、奴らがおそらくは幽霊船に集っていることから考えると……『ゴーストキャプテン』あたりか……」

 「「「『ゴーストキャプテン』……?」」」

 ぼそっとつぶやかれたその言葉に、言った本人であるスウラさん……と、ナナさん以外の全員の声がそろった。
 ナナさんだけは、納得したように、うんうん、と頷いている。え、もしかして軍知識?

 ていうか、『指揮官』って……そんな感じの魔物いるの?

 それに答えてくれたのは、ナナさんだった。

 「ええ。魔物の中には……まあ、実際に声出して指示とかするわけじゃないんですが、群れのボスとして、率いる魔物の群れ全体に影響を及ぼすような魔物もいるんです。知能が高まったり、連携が強化されたり。その1つが……『ゴーストキャプテン』」

 「この『ボス』である魔物の力量いかんで、配下の魔物は統率の取れた行動を見せるようになったりもするのだが……それにしても、ここまでのものは初めて見る。まるで人間の軍隊だ。よほど、トップが強力で、知性も高い個体なのだろう……」

 「……ねえ、その『ゴーストキャプテン』って、アンデッド系なんだよね? 死体とかから発生するアンデッド系の魔物ってたしか……その死体の生前の実力とかがある程度反映されるんじゃなかった?」

 …………と、いうことは……

 と、ここで、
 ちょっと気まずそうになった空気を、一番気まずいはずの当人がバッサリ切った。

 「……可能性は高いだろうな。もし、オルトヘイム号船長『ゼペッド・カーンネール』が……私の祖父が、死後『ゴーストキャプテン』となって、あの船を率いているのならば……」

 あくまでクールな態度の、シェーンの言葉。

 ……今、彼女はどんな気持ちなんだろう? 祖父が魔物になったかもしれない、と聞かされて……悲しいのか、悔しいのか、それとも……

 ……いや、やめよう。彼女自身、つらいはずなのにそれを表に出さずに我慢してるんだ。
 同情や哀れみで、僕らが踏み入るべきもんじゃない。

 なら、僕らがやるべきは……

 「……よし、じゃ、さっさと作戦立てて出撃しますか。援軍あてにならなそうだし……さっきまでと同じように、僕らで殴りこんで終わらせればいいかな? それと……」

 ちらり、とシェーンに視線。
 それを受けて、力強く頷くシェーン。

 「わかっている。随分昔のことだが……船の中の見取り図なら頭に入っている。私が案内しよう。ミュウ、頼む」

 「はいはいー、シェーンちゃんにも浄化魔法ですね? お任せあれー」

 ……よし。
 じゃ、準備でき次第……シェーンの里帰りと行きますか。

 
 ☆☆☆

 
 ミナト達が作戦を立て、打って出ようとしていた……その頃。

 ある場所で、ある仕事をしている『彼ら』は、外の異変を察知していた。

 薄暗く、掃除や手入れもろくにされていない、薄汚れた木造の部屋。
 微妙に足場が揺れていること、窓の外に海が見えることから……そこは何かの船の一室なのだとわかる。

 その船内を順々に、今はこの部屋を物色している『彼ら』。

 その彼らの耳に……その船の外からの、もうすぐ始まろうとしている騒乱の予兆ともいえる騒ぎが聞こえてきた。

 「……んん? 何だか外が騒がしくなってきたねぇ、アンデッド共が獲物でも見つけたかな?」

 「おや、こんな洋上で珍しい……海賊船か、他の幽霊船でしょうか? いずれにせよそうだとしたら……随分と間が悪い」

 1人は、赤くやや派手な、しかし頑丈そうな……例えるなら、演劇か何かの中で海賊が着ていそうな服に身を包んだ、若い男。
 腰には幅の広いサーベルを挿し、頭にはテンガロンハットのような形状の、金の装飾の黒い帽子をかぶっている。

 もう1人は、白と黒の厚手のコートに身を包んだ、こちらも若い男。白い手袋を手にはめ、船内が薄暗いためだろうか、サングラスを額にかけている。

 2人とも、何かを探すように船内を……今はこの部屋の中を歩いて回り、探っていた。時折、置いてあるものをどかしてみたり、棚や机の引き出しを開けている。

 「全く、死ぬ以前から変わらず面倒くさいねぇ、この船の連中は。探し物くらいゆっくりさせてほしいもんだよ。このだだっ広い海で、ようやく見つけてもぐりこんだんだから」

 開いた引き出しを乱暴に閉めて机を大きく揺らしながら、心から本当に面倒くさそうに、ぶつくさと言う、赤い服の男。

 その様子を、白い服の男は目の端で見て、はあ、とため息をつきながら、

 「ムダ口は後にしてください、バスク。『探し物』が見つかれば、外の騒ぎなど気にせずさっさと帰れるのですから。もともと、あなたはそのための案内役でしょう?」

 「わかってるって、ウェスカー。けど、あるかどうかもわからないもんなんだしさぁ……これだけ探して見つかんないんだから、もうこの船には無いんじゃないの? サボりたいとかそういうんじゃなく、いい加減切り上げた方がいいと思うんだけどなぁ?」

 「いいえ、必ずあるはずです、この船に。この大量かつ濃密な瘴気が何よりの証拠……数年前のあの夜に失われたきりというのでは、この状態は説明がつきませんからね」

 「さいですか。じゃ、せいぜい面倒なことになる前に探し出せるよう、頑張りますか……具体的には、外の騒動がこっちまで広がってくるか、お前の術が切れてガイコツどもに見つかる前に」

 「わかればよろしい。さ、次の部屋へ行きますよ」

 「へーいへい……ん?」

 と、
 部屋を出ようとして、ふと、赤服の男……バスクと呼ばれた彼は、足を止めた。

 その視線の先には……部屋の壁に、大きく広げて飾られている……『海賊旗』。

 海賊船の中には、このように、自らの船内の部屋にも海賊旗を広げて飾り、普段から気を引き締めたり、繊維の高揚などを図る船も存在した。

 そして、バスクとウェスカーが乗っているこの船も……その例に漏れずだった。

 壁には、この船のシンボルたる海賊旗が……

 
 赤い布地に、水かきのついたドクロマークが描かれた……特徴的な旗が、飾られていた。

 
 バスクは少しの間それを眺め……数秒おいて、何事もなかったかのように再び歩き始め、普通にその部屋を後にした。

 (……何だろうねぇ? 妙な予感、っていうか、胸騒ぎがする……)

 そんな、自分でもよくわからない心のざわつきを、顔にも口にも出すことなく、

 バスクは、ウェスカーに続き……その海賊船『オルトヘイム号』の、また別の一室へと、歩みを進めた。『探し物』を……探すために。

 

 
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