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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第5章 『正義感』と『正義観』

26/197

第71~72話 混沌極まる戦い

お気に入りが7000件を突破しました。
これを励みに頑張ります。ありがとうございます。

それなのにまだ感想に返信できていない……時間見つけてきちんと全部返しますので、もうしばしお待ちください。

今回、またミナトがやらかします。
第71話、どうぞ。
 

 エルクとシェリーさんから、リュートの取り巻き達のうち、1人が捕縛、もう1人が死亡した、と『念話』で報告が届いたその頃、

 僕とザリーは、一見すると空き家にしか見えなかったが、実際はどうやらそうではない洋館に入って……その中を探索中である。

 中に入ってみると、ザリーいわく、そのお粗末な偽装がさらに目立つようになったらしい。

「……ホコリの状態や付着具合、家具の使用感や移動跡、ドアの金具の具合なんかからも、ごく最近何度も使用されたとわかるね。全く、これならいっそ、屋敷買い取ってダミーで誰か住まわせておいた方が、アジトとしてはましな偽装になるだろうに」

「そのおかげで、僕らとしてはわかりやすいんだからいいじゃない。しかしここ、いざ中に入ってみると、腐臭やら何やらで鼻が効かないな。手入れされてないのはマジなのか。ザリー、痕跡なんかから、連中がどこにいるかとかたどれない?」

「リアルタイムをたどるのは難しいけど、この屋敷で何度も使われてる通路とか、開け閉めされてるドアの特定は簡単そうだ。足跡も多いし。そこから推測できると思うよ」

「そっか、なら頼むよ」

「了解」

 と、いうわけで、
 足跡その他もろもろの情報から、僕とザリーは、この屋敷で特に出入りが激しい部分を片っ端から見ていった。

 その結果、少し時間はかかったけども、最終的には僕にもわかるぐらいの痕跡を残した先にあった、地下への『隠し扉』を見つけることが出来た。

 何があったって……普通に暮らしてちゃ、まず出来ないであろう大量の足跡。それも、つい最近出来たな、ってのが露骨にわかる感じの。

 おそらく、それが連れてこられた奴隷達のものじゃないだろうか、ってことに気付いた僕らは、その周辺を調べた結果、いかにもこういう洋館にありがち(?)な『地下通路』への入り口である観音開き式の扉を発見したわけだ。

 足跡が大量にここで途切れてる所から見ても、ナナさんを含む奴隷たちはここから地下に入ったと見ていいと思う。というわけで、僕らもそこに突入した。

 

 地下通路は、中に入ると屋敷以上にきっつい環境だった。

 中は、完全な迷路になっていた。僕1人じゃ確実に迷うなコレ、ザリーが一緒にいてよかった。

 しかも、地下で換気がなされないために、空気はどんよりとよどんでいる。
 加えて、腐臭や死臭は屋敷の地上階以上と来たもんだ。とても住める場所じゃない。

 人より鼻がいい僕には、ちょっと厳しい環境である。ちょっと慣れるまでに時間がかかったけど、どうにかそのにおいを我慢しつつ、ザリーと一緒に先へ進んでいく。

 こんなとこに長時間いさせられたりしたら、それだけで確実に体壊しそうだ。奴隷の皆さんは果たして無事だろうか。

 ……なんてことを考えながら歩いていると、ぼつりぼつりと、迷路の石壁――よく見るとこの迷路自体、かなり古い建造物だ……遺跡かな?――に、教会の地下で見たのと同じような壁画をいくつか見つけた。その横には、古代文字と思しき羅列も。

 どうやら、そのモンドとかいうのは、ここの壁画や暗号文を研究して『薬』の研究をしてたらしいな。

 壁画に描かれてる薬草の絵はカラーイラストで、けっこう特徴を捉えた感じにはなってる。コレだけの資料でも、薬草その他に関する知識の方を補完すれば、何とかならなくもなさそうだ。そのへんは、情報網や金に物を言わせたか。

 ……そして、それでもなお、膨大な数の臨床実験による検証が必要になる分を……奴隷を使って済ませてたわけだ。まあでも…………

「……あれ?」

 ……まてよ?
 そうなると……おかしいぞ?

「? どうしたの、ミナト君? また、ナナちゃんの匂いでも探知できた?」

「いや、そうじゃなくて……ねえザリー、ちょっと変じゃない?」

 この地下迷宮、壁画があるから、かなり古い年代のものだと思われる……っていうのは、今言ったとおりである。
 そして、これらを研究してモンドらが薬を作っていたことも。

 
 けど、
 その研究作業を地下ここでやってた、とは考えにくい。

 
 医療現場じゃ、『無菌室』なんてもんが用意されるぐらい、医療や薬品を扱うのには、環境に気を使う。当然だけども。

 しかしここは、そういった場所としては環境が悪すぎる。
 換気もされず、壁も床も汚れ放題。清潔さとは、およそ無縁。

 いくら、魔女が密室にこもって怪しい薬の研究してても不思議じゃなさそうなファンタジー世界でも、そんな商業的観点が絡んでくる薬の研究、こんなとこでやるか……?

 答えは、いくらなんでも否だろう。こないだダンテ兄さんは、薬品その他の取り扱いにはかなり気を使う、って言ってたし。

 けど、だとしたら……この地下室に、大量の奴隷を運び込む理由って何だ?
 研究場所としては最悪。モルモットの保管場所としても落第点だろうに。

 ……そういえば、例の研究されてた薬って、この地方の風土病の特効薬だっけ。
 あんまり考えたくないけど、もしかしてこの迷宮、その病原菌が蔓延してるとか……?

 ……いや、それも多分ないな。
 奴隷を大量に運び込んで一気に感染させても、いいことない。

 薬の実験なら、感染者は必要だ。けど一気に大量の実験材料を用意しても、効率はよくはならない。むしろ、たくさんのデータを一同に纏める必要が出てくる分、非効率的とすら言えるだろう。

 それに、大柄か小柄か、若いか老けてるか、男か女か、頑強か病弱か……奴隷と一口に言っても十人十色。まとめて処理できるようなことでもないんじゃなかろうか? 同じ病気でも、違う条件の人に感染させれば、結果は違うだろうし。

 そもそも、ここが薬についての手がかりを研究するだけの『遺跡』なら、ここに奴隷を運び込む理由はどこにも……

「……ミナト君、今更ごめん。ちょっと致命的なことに気付いたかもしれない」

「? 何?」

 と、
 隣を歩いていたザリーが、何かに気付いたような、それでいて気まずそうな雰囲気をまとって、つぶやくように言う。

「えっと、さ……上の階では、確かに大勢の人間の足跡があったけど……この迷宮の中には言った途端、様子が変わったな、と思って。」

「? 足跡なら、あちこちにあるけど?」

 まあ、木造の床だった上の洋館と違って、この迷宮は石畳だから、足跡がつきにくいのは道理だと思うし……

「いや、よく見て。この足跡……上の階にあったやつと、違うんだよ」

「え?」

 ……違う?

「うん。上の階の足跡は、色んなのが入り混じってた。大部分は、奴隷がはいててもおかしくないような粗末なつくりの靴で、その中に高級そうな靴を履いた、おそらく『黒幕』側の人間の足跡が混じってたんだ」

「うんうん」

「けど、地下に入った途端、粗末なつくりの足跡が全くなくなった。絶対数は大きく減ってて、しかもその全部が高級な靴の足跡になってる。つまり……」

 ……上にいたであろう奴隷達は、この地下には来てない、と? 1人も?

 それってつまり……?

 と、その時、

 
「ミナトさん! あ、ザリーさんも!?」

 
「「!!」」

 突如、背後からそんな声がした。聞き覚えのある声が。

 振り向くとそこには……石の床を、奴隷らしい粗末な靴(ああいう靴の足跡がない、ってことか)をはいたナナさんが、息を切らして走ってくるところだった。

「ナナさん! よかった無事……みたいだけど状況が無事じゃない気がするんですがいかがでしょう?」

「はい、ご名答ですけどもうちょっと早く気付いてほしかったっていうか、出来ればここ来ない方がよかったですミナトさん! あと緊張感が感じられません!」

「君もだよ、ナナちゃん」

 コントはこの辺にして……っていうか、ナナさんノリいいな。

 気を取り直して、

「ミナトさん! ザリーさん! 急いでこの迷路出ましょう、罠です!」

 あ、やっぱり?

 

 おかしいと思ったんだよな……迷路に入った途端、奴隷のみなさんの体臭とか、全く感じなくなっちゃったし。

 最初は、この強烈な腐臭のせいだと思ったんだけど……そうじゃなかった。
 けど、入り口にあった奴隷の足跡は、おそらく偽造。

 奴隷がここにつれてこられたのはおそらく本当だけど、地下室に入らずに、別ルートで別な場所に運び出された……って、ナナさんに確認取った。

 その際、何人かの奴隷が靴を奪われたらしいから、確実だろう。僕らの目を欺くために、足跡を偽造したわけだ。にゃろうめ。

 そしてナナさんの耳に、おそらくは黒幕であろう『モンド・ハック』とかいう男らの声が聞こえてきて……その中に、僕らを罠にはめて抹殺するためのシナリオが用意されてたらしいことに気付いた。

 そして、僕らを助けるため、隙を見て逃げ出し、この迷路の中にまで飛び込んで知らせに来てくれた……と。

 しかし、そのナナさんの行動に感涙している暇も、彼女によれば無いのだという。
 どうやら、そろそろその『罠』とやらが発動されるらしいから。

 
 そして……直後、

 

 ―――ズゴゴゴゴ……!!

 

 ……何だろう、この音は?

 
 ☆☆☆

 
「よろしかったのですか? モンド様……あの遺跡の『罠』を作動させて。あれでは、今後の遺跡の調査は不可能になるかと思われますが」

「構わんさ、どうせあの遺跡に……いや、そもそもこの町に、もう用は無い。壁画の研究も済んだし、文献等の運び出しも全て終わっているからな」

 『洋館』からは離れた、屋敷。

 アジトとして用意されたその邸宅は、当然、モンドらが公にしている自宅とは違う建物だ。その一室で、モンドはほくそ笑んでいた。

 その理由は、まもなく邪魔者が消える、と確信しているからに他ならない。
 そして思っている。今度こそ間違いなく、自分の計画は完遂される、と。

 リュート、ギド、アニー、
 3人をそそのかして計画させた、奴隷商人の『襲撃』……それが、いつまでたっても実行される様子がない、というのが、最初のイレギュラーだった。

 人を動かして調べてみれば、発覚したのは、予想外の妨害の存在。
 巧言麗色だまくらかして手駒にしたはずの彼らは、ことごとく沈められていた。

 リュートは、『黒獅子』と交戦したという情報が入っているが、その途中で姿を消した。どうなったかは全くの不明。所在も確認できていない。

 ギドは、最近その名をよく聞く猛者『赤虎』と交戦し、敗死。

 アニーは、2つ名すら聞かない無名の冒険者との交戦の後、敗北・捕縛された。

(……ちっ、せっかく金をかけて取り込もうとしたというのに、使えん奴らめ。まあいい、こうなれば、犯人役として名前だけでも有効に使わせてもらおう。それに……)

 にぃっ、と、
 また、口元に笑みが浮かんだ。

(その邪魔者の一味の頭目『黒獅子』も……もうすぐその生涯を終えるしな)

「予定は狂ったが、この日のために準備を進めてきたのだ。臨機応変に対応しつつ、出来る限りの奴隷を確保しろ。手段は、多少強引でも構わん」

「はっ!」

 そう言って、部下と思しき男は部屋を去っていった。

 後に残ったのは、ただ1人、モンドのみ。

 誰にと言うわけでもない、ただの独り言を……ぽつりぽつりとつぶやくように言う。

「ふっ……しかし、あの遺跡の建造者はよほど心配性だったようだな。まさかあんな罠を仕掛けているとは……しかし、今はそれに感謝するとしよう。おかげで、確実に『黒獅子』を始末することが出来るのだから、な」

 そして、
 窓の外……所々、何やら騒がしい表を気にして出てきたと見られる、町の野次馬達のせいで、ぽつりぽつりと灯かりが見え始めた町の、

 その向こう側に僅かに見える、今までずいぶんと世話になった『洋館』を視線におさめて……にやり、と笑った。

「Aランクの戦闘力は確かに脅威だ……が……」

 一拍、

「……逃げ場のない空間で、数万トンの水が相手ではどうしようもなかろう? 溺死か、生き埋めか……さて、どちらで死ぬかな?」

 
 ☆☆☆

 
「水っ!?」

 それが、通路の向こうから迫る大量の水を視界に捕えたミナトの第一声だった。

 長方形に延びる、石壁と石畳の通路。
 その奥から――今しがたナナが走ってきたその方向は入り口に通じる道であり、正確には『奥』という表現は正しくないのだが――大量の水が、鉄砲水のごとき勢いでこちらに迫ってくるのだ。

 それを見た直後、ザリーが動いた。

「全く、覚えててよかった! 『サンドウォール』!」

 直後、
 周囲の通路の床から、砂が集約していき……数秒と経たないうちに、その眼前に、頑強そうな砂の壁を作り出した。

 通路をふさぐように出現したその向こうから、ワンテンポ遅れて『ドン』という音が聞こえる。
 しかし、壁は崩れることなく、水の勢いに耐え、それを止めた。

「おぉ、新技!? なんだ、何だかんだ言って覚えてたんじゃんザリーも」

「まあね……言っとくけどコレは僕ちゃんと、2週間かけて修行きっちりしたんだからね、ダンテさんに教わって。それに……悪いけど、長くはもたなそうだ」

 そういわれて、ミナトが壁を見ると……確かに、ひび割れて、その間から水が漏れてきている。壁が破れるまで、いくばくもなさそうだ。

「たしかに……ちょっとこれはまずいか。走って逃げる時間もなさそうだ。けど……問題なし!」

 その直後、ミナトは、数秒後には崩れそうな壁に手をつくと……その手から、一気に氷の魔力とそれによる冷気、その両方を放出した。

 それにより、ひびの間からもれ出た水が、
 そしてミナト達からは見えないが……その壁の向こうに押し寄せている水も一気に凍結し、巨大な氷塊となって水をせき止めた。

 手ごたえからそれを確信したが、やはりそれでも安心は出来ない、とミナトは思った。

 実際、その予想は正しい。

 ミナト達は知る由もないが、モンドが部下に命じて発動させたその『仕掛け』は……遺跡建造時に作成されたものであり、侵入者対策として用意されていたものだった。

 その仕組みは、単純明快。

 この近くにある湖から水を引き……それをダンジョン内部に流し込む。迷宮内を一部の隙間もなく水で満たし、侵入者を溺死させるのだ。

 その事実をミナトは知らないが、壁の向こうにまで魔力を叩きこんだ時の感触で、壁の向こう側にも大量の水がある、という事は感じ取っていたため、油断は出来ないとその場を急いで離れようとした……その時、

「……? ナナさん?」

 先ほどから……具体的には、さっき水が押し寄せてきたあの時から、ナナがなぜか微動だにせずに立ち尽くしていることに気付いた。

 水から助かって(助かっていない)安心しているわけでも、絶望して立ち尽くしているわけでもないように見えた。
 ただ、その壁を見て……呆然としている。

「……あの? ナナさん? 逃げないと……」

「……えっ、あ、はい! す、すいません……」

 一拍間を置いて正気に戻ったらしいナナは、はっとしたように反応した後、今までの調子を取り戻した。

 その反応の意味がわからず、少しの間困惑していたミナトだったが、すぐにそんな暇も無いことに思い至ってやめた。

 そして、ザリーとナナの手をとり、

「おっ、出た、これこれ」

「えっ? えっ!?」

 見覚えのある光景に感心するザリーと、未体験の感触に驚くナナの手から……ミナトの『他者強化』が流れ込み、その身体能力を倍加させる。

 ここまで走ってきていて、多少なり疲労感をその身に蓄えていたナナの手足から、けだるさが一気に消えうせ、力がみなぎってくる。
 ザリーにも、もちろん同様の変化が起こっていた。

 体にみなぎる力に困惑しているナナには悪いが、ミナトは、

「じゃ、行くよ!」

「え……わわっ!?」

 その場から、凄まじい勢いで地面を蹴って駆け出した。
 無論、きっちりとナナとザリーがついてこれる速度で、『他者強化』は維持したままで。

 前から後ろへ、どんどんと景色が――同じような景色ではあるのだが――通り過ぎていくその見事な速さに戸惑いつつも、しっかりと頭は働かせて、次の手を話し合う。

「で、どうしようか? ここには何もないことがアレではっきりしたから、一刻も早く地上に出る必要があるけど」

「だね! 天井ぶっ壊していいならすぐにでも!」

「いや、それはやめた方がいいかなミナト君。君の腕力なら確かに出来そうだけど、この迷宮かなり古い。壊そうとしたらそこから一気に崩れちゃうかもしれない!」

「確かに! じゃ、どうする?」

「入り口まで戻って出るのは無理だね。さっき水が入ってきた方向だし、とっくに水没してる。いやそもそも、水が一箇所からだけ流入する根拠もない。可及的速やかに……」

「……たぶん、3、4箇所同時、ってとこだと思う」

「……OK、有益な情報をどうも」

 ミナトの聴力から把握したその情報に、しかし喜ぶ気には決してなれないザリー。

 が、次の瞬間。
 ちょうど十字路に差し掛かったところでミナトが突如足を止めた。

「も1つ朗報、ザリー。右の道から、新鮮な空気の匂いがする。風も流れてきてるっぽい。水のにおいも音もしない。しかもかなり近い!」

「つまり出口か! ミナト君さすがっ!」

 それなりに長い時間、この悪環境にいたからだろうか、
 ミナトの嗅覚がキャッチした、久しぶりなキレイな空気のにおいを頼りに、一直線にそこを目指す3人。

 しかし、その背後から……嫌な音が、だんだんと残る2人、ザリーとナナの耳にもはっきりと聞こえ始めた。

 ミナトの『他者強化』で強化された脚力で、すでに人の限界を超えた速さで走っている3人だが、それでも振り切ることは難しいようである。

 だんだんと、音が近くなってきている。

 しかも、さらに追い討ちがあった。
 周囲の壁から……何やら、きしむような音が聞こえ始めているのだ。

 その音に、はっとするザリー。

「っ……! まずいな……よく考えたら、この迷宮は相当古い。水の勢いで、水没するだけじゃすまないかもしれないんだ」

「迷宮そのものが崩れそうになってるってこと!? やばいじゃんそれ……」

「ミナトさん! 言ってる傍から、前!」

 直後、
 前方数十mの道。その天井。

 そこから、びきびきびきっ……とヒビが入り、自分の頭上までそれが走ってきた。

 そして次の瞬間、

 天井が、がしゃあっ、と、音を立てて崩れる……と同時に、

 全力で『他者強化』を発動させて、ザリーとナナを今までにない量の魔力で覆ったミナトが、2人を全力で前方向に投げ飛ばすのが同時だった。

「――っ!?」

「ミナトさんっ!?」

 直後、

 ひびの入った天井のない部分まで一気に投げ飛ばされた2人の目に、崩れ落ちる大量の瓦礫と、押し寄せる大量の水に飲み込まれるミナトが映り、

 さらにその直後、その水と瓦礫が、その中心から放たれた強烈な冷気によって、瓦礫と水が全て凍りつき、水をせき止めるダムとなった。

 
 ☆☆☆

 
「え、何? あー、大丈夫大丈夫、あいつならその程度なんでもないわよ多分。うん、うん、言っといて……え、何? あ、そう、はいはいはい、じゃーね……ふぅ」

「おや、念話か、エルク殿?」

 と、隣にいたスウラから、エルクに声がかけられた。

 先ほど捕えたアニーに加え、エルクから聞いたミナトの『推理』をもとに、各地に網を張り、他の『黒幕側』の手のものを捕えんと張っていたのだ。

 その声に振り向いたエルクは、『多人数参加型念話』を切りながら、

「ああ、うん。ザリーとね。今連絡してみたら、きちんとナナを救出できたみたい。他の奴隷はいなかったみたいだから、その捜索は必要だけどね。あと、ミナトが水没した迷宮で、下手すると落盤に巻き込まれて生き埋めになったかも、って」

「……気のせいだろうか? 今、途轍もなく不穏な、なおかつ絶対に聞き過ごせないような内容の報告が含まれていた気がしたのだが……」

 『落盤』のあたりでぴたっと一時停止ボタンのようにキレイに停止したスウラが、おそるおそるたずねる。聞き間違いであってほしい、と祈りながら。

 しかし、当のエルクは、

「ああ、あんたも? 大丈夫よアイツなら。落盤で生き埋めになったって力技で出てこられるしような奴だもん」

「い、いやしかしだな!? エルク殿、いくらなんでもその反応は……落盤、ということはミナト殿は地下かどこかにいたのではないのか!? だとすればさすがに……それに、水、とも言っていなかったか!?」

「うん。悪者のアジトっぽいところに乗り込んだら、罠で水攻めだってさ。ザリー達はミナトの助けもあって出られたらしいんだけど、多分その地下迷宮、水没したかもって」

「ならばっ! ならばこそ大事ではないのか!? 確かにミナト殿ならば、崖崩れからも生還できるといわれても信じられるほどの御仁ではあるが……水に飲まれておぼれてしまったのでは、息が出来ないだろう!? 呼吸無しでは、いくらミナト殿でも……」

 スウラは、状況をただしく理解しているつもりだった。

 実際、どんなに強力な力を持つ冒険者といっても、何もできずに死んでしまうような状況というものはある。

 密閉空間に閉じ込められたことによる酸欠、窒息死。

 自然災害などによる大量の水による、溺死。

 特効薬の存在しない病気に侵されたことによる、病死など、だ。

 いくら強者でも、生きていく上で欠かすことの出来ないものを断たれたり、自分ではどうも出来ない障害に直面すれば、太刀打ちできずに死んでしまう。

 今回のケースもそうだ。
 スウラにしてみれば、ミナトが規格外の力を持った超実力者であるというのは、実際に目にしていることもあり、よくわかっている。

 しかし、いくらミナトでも、水にまかれて呼吸が出来なくなってしまっては、その怪力や膨大な魔力を発揮することも出来ずに、終わってしまうかもしれない、と。

 通常人間は、呼吸が出来なくなれば、早くて数十秒、長くても5分ともたずに意識を失い、死んでしまう。

 それにその上、岩盤崩落という追い討ちまでついたとあっては、慌てるのも自然だ。

 しかし、
 それをとうとうと聞かされてもなお、エルクの余裕の表情は揺るがなかった。

 はいはい、とスウラをなだめ、

「大丈夫よ。あいつは死なないわ。だって……」

 一拍、

 
「……あいつ、水に落とされても、絶対溺死なんてしないから」

 
 ☆☆☆

 
 その頃、

 ザリーとナナが、ミナトの助力によって窮地を脱し、その後、無事に出口を見つけることに成功して脱出した、その迷宮。

 その中の、1つの通路に……大量の瓦礫を巻き込んだ、巨大な氷塊ができ、通路の一方から反対側へ水が行くのを防いでいた。

 水にまかれた瞬間に、全身から全力で『氷』の魔力を発してミナトが作った、巨大な氷の壁だ。反対側のザリー達を、水から守るために。

 
 そして、その横で、

 
(さて、どうすっかなー……ザリー達を逃がしたのはよかったけど、どっから出よ?)

 
 と、顎に手を当てて、
 水中をぷかぷかと漂いながら……ミナトは考えていた。

 口元から、そして先程よりも若干緑色が指している、しかも僅かに発酵しているように見えるその髪の毛のから、ぷくぷく……と、なぜか泡を出して。

 
 ☆☆☆

 
 さて……どうすっかな。ホントに。

 とりあえず、溺死する心配は無いから、ゆっくり考えたいんだけど……状況考えると、そうゆっくりもしてられないんだよなあ……。

 外は結構な修羅場みたいだし、この地下迷宮自体、いつ崩れるかもわからない。

 え、何で溺死しないのかって?

 

 葉緑素、って知ってるだろうか?

 植物が『光合成』をして、二酸化炭素と水と光を原料に、酸素と栄養分を作り出すアレである。学校とかでは、『葉緑体』っていう名前で習う、植物の細胞小器官だ。

 植物は『呼吸』もするけど、それと同時に、光の降り注ぐ日中だけは、その『呼吸』に必要な

 それがどうしたのか、っていうと、
 それの擬似的なものを、僕は今、体の中に持っているのである。

 名づけて『魔緑素』。
 花の谷の町『ミネット』にて、ネールちゃんから基礎を学び取り、先日完成させた、僕の新しい能力である。

 随分前のことになるけども、覚えているだろうか。ミネット全体での祝勝会の日。
 そう、『アルラウネ』のネールちゃんが『フェスペリデス』に進化する前の日の晩だ。

 あの日僕は、ネールちゃんにある頼みごとをした。

 それは、『光合成をしてみせてほしい』というもの。

 僕は彼女本人から、彼女達『ドライアド』や『アルラウネ』の光合成は、魔力由来の葉緑素を媒介にして行われている、っていう話を聴いていた。

 で、思ったわけだ。
 それ、僕も真似できないかな、と。

 僕が使ってる『エレメンタルブラッド』は、その応用で、体の各部の機能をピンポイントで高めたり出来るのは、いつも言ってる。

 目を強化すれば視力UP。さらに、暗い所でも見えるようになる。素でも見えるけど。

 耳を強化すれば聴力UP。数百m先の小さな物音も聞き分けられるようになる。

 鼻を強化すれば嗅覚UP。個人の体臭をもかぎ分けられる。

 じゃあ、それを更に応用して、擬似的なものでいいから、体の中に存在させられるような何か『器官』を作り出せないか、と思ったわけだ。
 もっと言えば、葉緑素作って光合成できないかな、と。

 そして僕の『エレメンタルブラッド』の応用である『他者強化』。それを更に応用することで、相手の魔力の流れとかそういうのを、多少なりスキャンすることが出来たりする。直接接触が必要、っていう制約はあるけど。

 それを使って、ネールちゃんの体を『他者強化+α』でスキャンしつつ光合成を行ってもらって、僕はその能力を解析し、覚えた。

 で、それをつい最近……エルクとの自主トレの中で形にした。光と水と、僕の体内の二酸化炭素と魔力から酸素を作る……『魔緑素』に。

 僕は今それを、内蔵の周辺と、髪の毛に作っている。僕の髪が若干緑色を帯びて見えているのは、それゆえだ。

 何でって……肌とかに作ったら、肌が緑色になっちゃうじゃん。怖いよそれ。

 まあ、そんなわけで……僕はその『魔緑素』を使って直接体内で酸素を作り出しているので、水の中にずっといても窒息しないのだ。

 一応、息は止めてる。けど、肺の中の酸素が減らないから苦しくない。
 別に肺に酸素が入っても大丈夫かもしれないけど、さすがに怖いし。一応、空気だけは中に残してる感じだ。

 ちなみにコレの実演後、僕が今度はどんな魔法を作ったのか、そこに居合わせたエルクに説明した際のセリフが、次のようなものだ。

 

『……あんた、また一歩人間やめたわね』

 

 ……さすがにちょっとだけ、泣きそうになったのを覚えている。

 さ、さて……気を取り直して、出口探しますか!

 ち、ちなみに今は泣いてないからね? 思い出して涙なんか流してないからね? あたり一面水だから、涙が出てきてもわかんないとか考えて安心なんてしてないからね!?

 
 ☆☆☆

 
 水浸し……っていうか思いっきり水没した迷宮から、どうにか出口を見つけて脱出。

 前世知識で、迷路というものには『左手法』という必勝法があることを知っている僕は、左手を壁について、それを維持した状態で進むという地道な方法で攻略。

 しかし、『水』の魔力のコントロールによって水の抵抗をものともせずに爆進し、かなり速いスピードで迷路を攻略できた。

 そもそも『出口』というもんがあるかどうかわからないこの迷宮だから、ちょっと不安だったけど……出口の代わりに、水が流れ込んできたらしい水門を見つけることが出来たので、迷宮の水没のおかげで水の流れそのものもほぼ止まっているそこから泳いで出た。

 その過程でいろいろあったんだけど、今は省略。後で話す。

 しかし、よかったよかった。
 最悪、壁ぶっ壊して力ずくで脱出するつもりだったんだけど、この量の水だ。壁壊した瞬間に氾濫して、瓦礫と一緒にどこかへ流されたりしないか不安だったから。

 どこからこの水引っ張ってきたのかはしらんけど、僕、方向音痴だからね。

 そんなことを思いながら、水の向こうに見える月明かりをめがけて一気に浮上し、水面に顔を出したところ、

 僕は、その場所に見覚えがあることに、一瞬で気付いた。幸運なことに。

 いや、正確には、その場所から見える、ある場所に見覚えがあるんだ。
 屋根の上に十字架が飾られている、あの建物に。

 「ここ……教会の裏?」

 のようだ。
 昼間、炊き出しをやってた、あの教会。地下室で壁画を見せてもらった、あの教会。その裏を流れている川。そこに出たらしい。

 なるほど、けっこう大きな川だ……ここからもあの迷宮は水を引いてたのか。っていうか、裏に川あったんだ、この教会。

 そんなことを考えながらばちゃばちゃと水を滴らせながら川岸に上がると、何やら教会の方が騒がしいのに気付く。
 しかも……風に乗って漂ってくる、このにおいは……

 (人の体臭……それも、大量の……)

 火の魔力で高熱を発生させ、服や髪についている水を蒸発させながら、僕は、そういえば、と思い出していた。

 たしか、ギドたちが各個撃破されたり、スウラさん達が動いたことで、モンド一味の奴隷回収計画はほぼ防がれつつあるけど……何箇所か、すでに奴隷が連れて行かれてた場所があったんだっけ。ナナさんのところみたいに。

 その大量の奴隷が、どこかにいるはずだと思って探して、僕とザリーは罠にかかったわけだけど……まさか、ここに?

 確かにここなら、それなりに大勢の人間を収容しておけるスペースが、建物の内外を問わずある。町外れだから、多少騒がしくなっても気付かれにくい。

 じゃあ、まさか本当に……

 
 「……あら、こんな夜更けに誰かと思えば……昼間の」

 
 「――っ!!?」

 背後からいきなりそんな声がして、飛び上がりそうになった。な、何、誰!?

 飛び上がる代わりに全力でその場から飛び退り、後ろを確認して警戒しながら身構える。

 すると、夜の闇の中に浮かび上がったその姿は……昼間、僕がこの教会でであった人。

 藤色の、長い髪。グラマラスな体。それを包み込む、シスターの服。
 昼間は、見るものに安心感や幸福を与えるような姿だったけど……今、僕の目の前にあるそのシルエットは、なんだか、奇妙な威圧感を持って見えた。

 「……テレサさん、でしたっけ?」

 「あら、覚えていてくださったのね。あなたは、たしかミナトさんでしたかしら?」

 この教会に所属するシスター……そう、たしかテレサさんっていう名前だった。
 明らかに臨戦態勢にある僕を見て、顔色の一つも変えず、しかも、

 「ごめんなさいね? 不審者かと思ったから……思わず、気配を消して近づいてしまって。驚かせてしまったのなら、お詫びしますわ」

 さらりと、あっさりと、そんなことを。
 いや、何をこの人当然のことみたいに言ってんの!?

 思い出されるのは、ノエル姉さんに初めて出会ったあの日。
 あの時と同じだ、背後から近づいてくるこの人に、今、全く気付けなかった。

 気配全くなし。砂利がいっぱいの川原歩いてるのに、足音なし。強化した僕の感覚でも、その接近を全く感じ取れなかった。

 おまけに、こうして僕があからさまな臨戦態勢で構えてるのに、動揺の一つも見られない。警戒心のせいで、それなりに殺気も出てるはずなのに。ありえない。

 どれをとっても、普通の教会のシスターさんがやってのけられることじゃない。
 この人……明らかに只者じゃない。何者……?

 ひょっとして、黒幕側の人間だろうか? と、僕がいぶかしんだその時、
 その背後からさらに、1人の人間が姿を現し……

 「お、何だミナト、お前なんでこんなとこに……つーか、知り合いだったんすか? テレサさん、弟と」

 「……????」

 表したことで余計にわけがわからなくなった。

 「……え? ブルース兄さん?」

 何でここに、その人と?

 
 ☆☆☆

 
 その後、僕はブルース兄さんに引っ張られて、シスター・テレサも一緒に教会裏の広場へ。
 そこで目にしたのは……その広場に大量に集められている、貧民街の人達や、首輪装備の奴隷の人達。

 しかしブルース兄さんによると、この人達は、その『黒幕側』に教われないようにここに集められた人達であるらしい。まだ、連中の手にかかってない人たちが、避難してきてここにいるのだと。

 そしてブルース兄さんは、ある用事があってここに来たらしいんだけど……

 「そんじゃあ、俺らは行きますんで。ここ、お頼みしても?」

 「ええ、もちろん。あなたがたも、お気をつけてどうぞ」

 「ははっ、そうします。じゃ、行くぞミナト」

 「ちょっと!? 勝手に納得しないで兄さん!? 説明不足説明不足! 僕何にも事情わかってないよ現在進行形で!?」

 「あ? うっせーなーもー。教会内部に黒幕側への内通者がいて、けどその娘が罪の意識に耐えかねてテレサさんに自首してきて、それ聞いたテレサさんとたまたまそこに来た俺とでこの奴隷&スラム民達保護してここに置いてて、んで今残りを警備隊に任せて一息ついてたら変な気配が川の方からしたと思ったらお前だったんだよ。ちなみにその子は勤勉で真面目だけどそれゆえに暴走しがちな部分もあるメガネの女の子だ、以上」

 うわーお、一息で言い切ったよこの人。おかげで事情わかったけど。

 200字以内で簡潔(?)にまとめられたその内容を把握しつつ、頭の中で状況を整理していると、ブルース兄さんが、ああ、と思い出したように付け足す。

 「そだ、ミナト。お前今暇?」

 「こんな時にこの状況下で何てこと言うんだこの人は、っていう感想が頭に浮かんできてるけどあえて答えるよ。まだ暇じゃない」

 「なんで?」

 「ナナさん助けるって言う用事は済んだけど、さっきエルクから念話入ってさ。スウラさんが、この事件の黒幕捕まえるのに協力して欲しいんだって。知り合いだし前お世話になったし、無碍にも出来ないから、帰って寝る前にもうひと暴れしようかなと思ってる」

 「そっか。ならむしろちょうどいいわ。ミナト、今からお前に課題出す。実力試験的な」

 「試験?」

 頭に『?』マークを浮かべている僕の目の前で、ブルース兄さんは、腰につけているサイドポーチの中をごそごそといじると、そこから砂時計を取り出した。

 ……大きいな、随分。短く見積もっても、10分20分は測れそうな大きさだ。
 そして明らかにポーチに入る大きさじゃない。マジックアイテムかあのポーチ。

 兄さんはその砂時計を指差して、

 「いいか、これな、ぴったり30分で砂が全部落ちる砂時計だ。コレで今から1時間測る。お前はその制限時間内に……連中全滅させて、黒幕しょっぴけ」

 「それが試験?」

 「そ。そのスウラちゃんって娘の助けにもなるし、一石二鳥だろ。手段は特に問わねーし、その過程で死人が出ても構わねーが……黒幕は生け捕りにしろ、その方が都合いい」

 淡々と述べる兄さん。
 結構モラルハザードな内容だけど、今更それで動揺するほど繊細な感覚やか細い神経持ってるつもりもない。

 なるほど、1時間以内か……微妙だな。
 敵全部片付けるのなんて造作もないけど、さてその敵がどこにいるかって話になると……うーん……

 と、悩んでる僕の耳に、聞きなれた羽ばたき音が聞こえた。

 上を見上げると、ちょうど、僕のもう1人(1羽)の相棒である、アルバが舞い降りてくる所で……一瞬後にはいつもどおり僕の肩に止まっていた。

 こいつがここに来てるってことは、護衛戦力としてつけといたエルクの方は、心配ない状態になった、ってことだな。

 と、同時に。

 『もしもしミナト? 聞こえる?』

 そのエルクから、頭の中に直接響く『念話』で連絡が。
 計ったようなタイミングだ……っていうか、ホントにタイミング見計らってた可能性もあるな。

 『あ、エルク? 聞こえてるよ、どしたの?』

 『無事だったみたいね。まあ、さして心配もしてなかったけど。で、脱出は出来たの?』

 『うん。だからこれから、黒幕とっちめに行こうかと思って……あ、そうだ。エルク、ザリーかスウラさんから、この事件の黒幕の居場所とか聞いてない?』

 ちょうどいいので聞いてみると、

 『それを伝えようと思ってね、連絡したの。ついさっき、ザリーから聞いたから。あんたのこと随分心配してたから、後で声かけときなさいよ? ナナにも』

 『ん、そうするよ』

 予想はしてたけど、心配かけちゃったみたいだ。失敗失敗。
 付き合いの(比較的)長い、しかも一緒の特訓で僕の新技各種の存在も知ってるエルクとかなら、僕は大丈夫だ、ってわかっただろうけど、さすがにあの2人は無理があったみたいだ。

 後で謝っとく、と、そう伝えた上で、エルクから敵アジトの場所を聞いた後、ブルース兄さんの『よーい、スタート』の掛け声と同時に、僕は地面を蹴った。アルバ、道案内よろしく!(情けないとか言うな)

 ……と思ったら、後ろから兄さんもついてきた。

 「あれ? 兄さん、教会で待ってるんじゃないの?」

 「ん? もちろん現地で評価すんぞ? お前がどんな技使って、どんな風に戦うかも採点対象だからな」

 「そうなの? じゃ、あの教会の人達って誰が守るの? 奴隷の人とかいっぱい集まってるし、あそこ攻められたらまずいんじゃ……」

 「大丈夫大丈夫。今あそこ、この町のどこよりも安全だから……あの人がいる時点で」

 ……はい?
 えっと、それってどういう意味?

 いや、意味はなんとなくわかるんだけど……多分、あの人が関わってるんだろう。
 兄さん、なぜか敬語なんか使ってたし。

 けど、そういえばそのことについて聞いてなかったとも思い出したので、
 車並みの速度で疾走しながら、横を苦もなく併走している兄さんに聞いてみる。

 「……ねえ、兄さん?」

 「んー?」

 「……テレサさんって、何者?」

 「んー……今めんどいから後で話す。つか、本人もっかいミナトと話したがってたから、その時に話してもらえるんじゃね?」

 えー……。

 
 ☆☆☆

 
 「くそっ、一体どうなっているんだ……!」

 場所は、モンドが邸宅や研究施設、そしてあの、すでに水没した『遺跡』とは別に用意した『アジト』……その、正面玄関前。

 モンド・ハックは焦っていた。
 完璧だと思っていた計画。それが今、もろくも崩れ去ろうとしていることに。

 奴隷商人を強襲し、奴隷を強奪するための戦力としてとりこんだ、リュート達『ブルージャスティス』。

 Bランクであるリーダーのリュートを筆頭に、決して弱くは無い実力者達。少なくとも、二束三文の金ですぐに雇えるようなチンピラや傭兵風情では、全く相手にならないのは確かだった。それゆえに、頼もしかった。

 そして、その強大すぎる『囮』の陰に隠れて、自らも私兵を動かして人身の略奪を行う……そして最後には、全ての罪をリュートに着せる。そういう計画だった。

 成功すれば、大量の実験材料が手に入る。そして、このような大事件があったことは、少なからず『トロン』の町そのものにとっての痛手だろうが、もともと余所へ移って研究と商売を続けるつもりだった彼には、同でもいいことだった。

 生まれ故郷のこの地すら、彼にとっては踏み台に過ぎなかったのだ。やがて王都に、王国全体に、そして世界に名を轟かせる紹介を作るという目的を持っていた彼にとっては。

 …………しかし、
 そんな夢も、もうすぐ潰える、という所まで、状況は悪化している。

 不干渉を決め込むと思っていた、リュートらを超える巨大戦力『黒獅子』一味の参戦。それによる、『ブルージャスティス』の事実上の壊滅。

 すでに、行方不明のリュートを除く2人ともが、敗北し捕えられ、あるいは死んだという報告を受けている。

 そして、その3人の中でも最強の実力者だとされていたリュートは、なぜか一向に行方がわからない。最初に襲撃予定の標的だった違法奴隷商の襲撃すら実行されていない。

 まさか逃げたか、と思ったが、あの男の愚かなほどに実直な性格上、それはないとモンドは考える。

 そしてそれに加え、何者かが情報をリークしたことにより、軍が、しかも予想以上の迅速さで動いていた。

 しかも、その迅速さが、常時続いており……対応速度が尋常ではない。どれだけ策を弄しても、こちらが後手後手に回るのだ。
 まるで、何者かが常時『念話』か何かを使って、複数の人員へ同時多角的に指示を出し、リアルタイムで戦況を把握・コントロールしているかのように。

 モンドの知る限り、そのようなマジックアイテムは無いわけではないが、相当に貴重であり高価だ。まず市場には出回らないし、こんな辺境の任務に持ち込まれるようなものではない。

 まさか、それがある人物によって造られたオリジナルの魔法であり……さながらトランシーバーのごとく、多人数が参加して通信を行える念話であるなどと、

 そしてそれを、まだ20歳にもならない少女が、たったの1週間弱で会得したがゆえであるなどと、予想できるはずもなかった。

 そして、
 それによって次第にモンドの勢力は追い詰められ、逃げ場をなくし……末端の構成員から、次々と捕えられていっている。
 中には、幹部格のものが軍の手にかかってしまったという報告までも。

 もはや、計画の完遂は絶対不可能。それどころか、このままぐずぐずしていれば自分自身の身の上すらも危ない。

 「おい、奴隷はどのくらい集まった?」

 「まだ、当初の予定の3割にも……」

 「っ……くっ、こんなことが……なんて損害だ。これなら、普通にオークションで奴隷を買いあさった方が、まだ費用対効果が取れていたかもしれん」

 「それと、教会のネティとかいう、あのメガネのシスター見習いとも連絡が取れません。おそらく、捕まったのかと……」

 「ちっ、使えん奴だ。内部事情の調査と、リュート達の誘導に役立ちそうだから雇ってやったというのに。上手くやれたら、お望みの病気の母親の治療費くらい、駄賃としてくれてやったものを。まあいい、奴には何も重要な情報は教えていないな?」

 「はい。罪人である以上、何か証言されても証拠能力には乏しいでしょう」

 「ならいい……それにしても、くそっ! 腹が立つ! 忌々しいが……ここは早々に切り上げて逃げるしかないか。親父に連絡をとれ、もうこの町を離れるぞ。実験台にする奴隷の数には不満があるが……」

 

 「……ちょっと待て、それってどういう意味だよ」

 

 「「「!?」」」

 突然、通りの向こうの暗闇から、そんな声が聞こえ……モンドや、取り巻き・護衛の者たちがばっと振り向いた。

 もともと人通りが少ないこの道は、深夜ともなれば通る人など皆無。
 いても、決して胸を晴れるような商売をしていないような連中が時々、という程度。

 その路地の闇から、滲み出すようにゆっくりと現れたのは……なぜか全身ずぶぬれの、先ほどまでその名が話に上がっていた、リュートだった。

 モンド達は知らなかったが……ミナトの暴風を乗せた拳で、飛距離にして数百メートル以上を殴り飛ばされたリュートは、湖に墜落。

 その後、奇跡的に着水の衝撃で気絶したりしなかったため、体中が痛かったものの、どうにか泳いで岸へ上がった。

 そして、困惑の中にありつつも歩みを進め、再び、事前に教えてもらった違法な奴隷商のアジトに向かおうとした所……話に聞いていない所で、モンドの部下たちが、何やら奴隷や貧民外の人々を何人、何十人も連行しているのを見て、不審に思った。

 そして、その後を尾行した結果、ここにたどり着き……先ほどの会話を耳にしていた。

 湖云々はともかく、リュートのその唖然とした、しかし困惑や劇場などの感情が様々入り混じった表情を見て……どうやら、色々とまずい事実がばれてしまったたしい、とモンドは悟った。

 そして、仕方ないか……とモンドが思ったのを知ってかしらずか、リュートは手を震わせながら、喉の奥から搾り出すように、

 「……モンドさん、あんた、僕を……僕らを騙してたのか? 奴隷達を、スラムの人達を救いたいって言ってくれたのは、全部でまかせだったのか!?」

 すがるようにも、責めるようにも、嘆いているようにも見える……色々な感情が入り混じって見える、リュートの目が、真っ直ぐモンドを捕えている。

 それとは対照的に、モンドの目は、どこまでもドライで無機質。
 リュートを捕えてはいるものの、ほとんど興味など持っていない目だった。

 「答えろよ、モンドさん!!」

 「……やれやれ、こんな夜更けに大声をだすものじゃないよ、リュート君、みっともない。それにさっきから、まるで私が悪者みたいな言い草じゃないか」

 「違う、とでも言うのか……? 今、自分で言ってたじゃないか、奴隷を集めるのは、実験台にするためだって……それって、あんたたちが研究してるっていう薬の実験台だろう!? あんた、嘘をついて、僕達を騙してたんだな!?」

 「おいおい、私は別に嘘をついたつもりはないぞ? 私はこう言っただろう? 『新しく事業を始めるから、スラムに暮らす人達に仕事を用意できる』とね」

 さきほどから徐々にヒートアップしてきて、すでに激昂状態になっているリュートに対して、それに比例して飄々とした態度が、口ぶりが加速しているモンド。

 暴風を苦もなく受け流す柳の葉のように、リュートの説教にも近い怒声を気にもしていない。むしろ、態度からは満堂くささがにじみ出ていた

 「それがっ……人体実験の実験だったって言うのか!? 最初からスラムの人達を救うつもりなんて、幸せにするつもりなんてなかったんじゃないかっ!! この嘘つきめ!」

 「『幸せにする』なんて一言も言った覚えは無いが……でも、かえって幸せじゃないか? 結果的に、スラムで野垂れ死になんていう、もともと価値のない命をムダなことこの上ない形で散らすんじゃなく、多少なり社会の役に立てる形で命を使えるんだから。もしかしたら、彼らの中の誰かのおかげで、新しい優秀な薬が出来るかもしれないんだ」

 「ふざけるな! そんなことが許されるはずがない! 今にあんた、軍に捕まるぞ!」

 「ご心配なく、そのあたりの罪は全て君達が肩代わりしてくれることになってる」

 「……!? 何、だと……!」

 これもまた、リュートにとっては予想外だった。

 自分たちが裏切られた、この男は嘘つきだった、というところまではわかったものの……そのことだけで頭がいっぱいで、その、ぞ分たちが誘われたのが『なぜ』であるかまで、彼は考えることが出来ていなかった。

 そして、意識した今ですらも、その意味が、そのように言われる理由がすぐには出てこないあたり、やはりリュートは真っ直ぐすぎた。

 「どういう……意味だよ? なんで、僕らが……」

 「おいおい、怒られるかと思ったら『理解できない』と来たか、こりゃ筋金入りだな。知ってるだろ? 君ら『ブルージャスティス』が巷でどういう評判かなんて」

 行き過ぎた、迷惑な正義。

 だれかれ構わずケンカを売った結果、そこかしこから買っている恨み。

 それらのせいで、彼らの評判は最悪の一言。

 仮に今、彼らが何か困った状況に陥ったとしても、おそらくかばってくれる人は、助けてくれる人は誰もいない。後押しして窮地に追い込むのを手伝う人はいても、だ。
 今、何もない状態でさえ、そういう目に遭えばいいのに、と思っている人も多いのだ。

 「罪のない奴隷商人……まあ、君らに言わせれば奴隷商人ってだけで罪深いものなんだろうが……彼らを襲撃、奴隷と収益の強奪、無断開放……君らがやりそうなことだろう? 仮にその真相が違ったとしても、私が用意した証人が証言し、さらにそんな大事件があった所に君らの死体でもあれば、何も言わなくても世の中は納得するさ」

 「……っ! バカな……そんな、そんなバカなこと! そんなことになるはずが……僕らは何も間違ったことなんてしてないのに!」

 「おいおい、呆れすぎて笑えないことを言わないでくれ。道行く誰かに聞いてみたとして、君らが正しいなんて言う人は多分、100人に1人いるかいないかだぞ? 君も冒険者なら、自分らが置かれている状況の把握ぐらいしておけよ」

 小馬鹿にする文句を挟みつつも、モンドの言葉は本心だった。

 本心からリュートをあざけりつつ、しかしそういった感情の挟まらない所で、本当に純粋に、リュートのその純粋さゆえの愚鈍さに呆れていた。

 本当に、よくこれでいままでやってこれたものだ、と。
 もし彼1人だったなら、とっくにどこかで野垂れ死んでいたのだろう、と。

  しかし、これから逃げるに際して不要なそれたの感情・関心はさっさと斬り捨てて、

 「さて、まあそういうわけでねリュート君。君にこのまま生きていられると都合が悪いんだ……ここで死んでもらうよ」

 「……っ! 誰が死んでやるもんか! あんたみたいな奴には殺されない……あんたの下卑たたくらみも全部、こうなったら僕が潰してやる!」

 「おいおい、一部とはいえその行いの、しかもきっちり違法な部分に同意して参加してた君が言うかい? それに、そんなさびしいことを言ってやるなよ、さっさとあの世に行ってあげないと、ギド君がさびしがって待ってるよ?」

 「……何だと? それ……どういう……」

 その言葉に、リュートの目が大きく見開かれる。
 頭の中に充満し、理性を押しのけて今にも爆発せんとしていた怒りは、一瞬で押しのけられた。

 しかし、冷静になったわけではない。むしろ、困惑は増していた。
 困惑のあまり滝のように汗が噴出し、わなわなと手足が震え、カチカチと歯が音を立てて鳴る。

 「……嘘だ、ギドが負けるはずない。お前らなんかに……」

 「いや、残念ながら事実だよ。といっても、彼は私達に負けたわけではない。彼が死んだのは……『黒獅子』ミナト・キャドリーユの一味との戦いに敗れたがゆえだ」

 「なっ……!? ミナトだと!?」

 「ああ、戦い自体は彼から仕掛けたものだし、そもそも全面的に自業自得だから、同情の余地はほぼないと言っていいがね。詳しいことは……向こうで彼に直接聞くといい」

 そう言って、モンドはすっ、と手を上げる。

 それが合図となり、周りを取り囲む取り巻きたち数十人が、いっせいに稟背印体制をとり……未だに茫然自失のリュートを包囲した。

 「……嘘だ。そんな、ギドが……嘘に決まってる……!」

 今告げられた事実を飲み込めないリュート――単に信じていないだけのようにも見えるが――を見て、これなら犠牲も少なく、楽に殺せるか、とモンドが思ったその時、

 
 ――ふっ、と、

 
 上から降り注いでいた月の光が、何かにさえぎられたかのように暗く影が差し……ほんの少しだけ、あたりが暗くなった。

 何かと思って上を見上げたモンドと、その取り巻きの中の数人。
 鳥か何かか、と思ってふと見上げた彼らのその目に移ったのは、

 
 ……鳥などではなく、

 黒い、人間のシルエットだった。

 
 「「「っ!?」」」

 
 満月をバックに、しかし逆光のせいでなく、服も髪の毛も何もかもが本来的に黒い、そのシルエットの人物。
 首元に巻いている黒のスカーフを風にはためかせ、月を背負って浮遊・跳躍もしくはしているその姿は、幻想的というよりも、どこか恐ろしげというか、禍々しかった。

 そして、その人物が……今しがた話題に上っていた人物であると、最初に気付いたのは、モンド・ハック本人だった。

 「……っ!? バカな、なぜここに……!」

 そのセリフを言い終わらないうちに、
 件の人物は……おそらく、最初からそうなるように狙っていたのであろう。

 モンドとリュートのちょうど中間の地点に、割り込むような形で飛び込み……結果的に、その場にいる数十人のちょうど中心と言っていい位置に着地。

 高さからして数十mを跳躍したのは間違いないというのに、そこらの段差から飛び降りたのと変わらない小さなアクションで普通に、問題なく着地すると……すっくと立ち上がり、背筋を伸ばす。

 そして、周囲を見渡し、

 「んー……タイミングいいんだか悪いんだか」

 あいも変わらず、ミナトの声に緊張感はなかった。

 
 ☆☆☆

 
 一方、その頃、

 ミナトによって水没と崩落から助けられた、ザリーとナナ。

 念話によってエルクに、自分達の無事と、ミナトが生き埋めになったかもしれない事実を伝え、しかしエルクによって『んな心配いらん』と即座に否定され、

 そのまま、やや心配を残しつつも連絡を終えたザリーは……ふと、視界の端に妙なものが映ったことに気付いた。

 それは、追っ手としてやってきた、モンドの手の者……ではなく、

 なぜか、視界の端で体を動かし、柔軟などウォーミングアップをしている、ナナの姿。

 まるで、これから何か始めるかのように。

 ザリーの記憶では、ナナは先ほどまで――迷宮を脱出する前も後も、しばらくの間――ちょくちょくぼーっとして上の空だったり、何か考え事をするような、静か何か抜けた雰囲気だったのだが……今になって、それが感じられなくなった。

 気のせいだろうか、先程よりも、幾分目が輝いている、というか……目の色が違うようにも見える。

 その視線に気付いたナナは、振り返ってザリーにニコッ、と微笑み返す。

 が、当然ながら疑問に対する返答にはなっていなかったため、若干申し訳無さそうにたずねることにした。

 「あの、ナナさん? 何してんの? エルクちゃんに連絡したから、もうすぐスウラさん……あ、軍の偉い人ね? その人の部隊が、もうすぐ迎えに来てくれるはずだけど」

 「そうなんですか? あー……申し訳ないんですけど、それザリーさんだけで行ってもらえます? 私、ちょっとひと暴れしてから行きますから」

 「いやでも……ひと暴れ?」

 「はい。ちょっと悪者退治に」

 そう言って、柔軟を続けるナナ。

 あまりにも自然に言われたので、その言葉にしばらく反応できず、ザリーは呆然としていたという。

 彼が正気に返ったのは、

 「あ、すいませんザリーさん。ちょっとお願いしたいんですけど……予備の魔法発動体とか、もってません? 後で返しますから。あと、次にエルクさんから連絡が入ったら、一応伝言お願いしたいんですけど」

 「え? いや、あるけど……え? 伝言?」

 
 「はい。一言……何でかはわかりませんけど、『記憶、戻った』って」

 
 ☆☆☆

 
 さて、と、つぶやくように言うミナト。

 「あーみなさん、言いたいことは色々あるでしょうけども、出来ればお静かに。この後の展開考えると、会話には結構意味なくなると思うんで」

 「っ! ミナト……!?」

 「……ふむ、なるほど、確かに。空中散歩の最中に偶然通りがかった、というわけでもなさそうだしね。しかし、それはそれで意外だな。部下からの報告では、別に義侠心に突き動かされて悪党退治に赴くような性格ではない、と聞いていた」

 「そんなことまで調べてたんだ? 抜け目のないことで。まあおおむねその通りだよ、ここに来たのは、知り合いに頼まれたからと……ちょっと個人的な都合だから。ちなみに、目的そのものはあんたたちが危惧する内容」

 「……そうか、それは残念だ。つまり、軍か、それに近い知り合いからの依頼で、我々を捕縛もしくは駆逐しに来た、と」

 淡々と、用意した台本があるかのようにしゃべるモンド。

 自分で言っている内容は、自分達にとってかなりの不利益となる内容であるにも関わらず、焦る様子も全く見せない。

 単に大物なのか、はたまた余裕を見せる理由でもあるのか……。

 「っ!? そうなのか、ミナト!?」

 「あー、まあそんな感じ。微妙に違う部分もあるけど、大筋あってる」

 「……やれやれ、つくづく我々は運が悪いようだ。君に対する行動リサーチの結果は間違っていなかったようだが……回収した奴隷に、今動いている軍、両方に君の知り合いがいたがゆえに、ここまで計画が狂うとは。誰が悪いわけでもなく、悪かったのは運と間だけとはいえ……やはり不愉快、だな」

 「誰が悪いわけでも、ってとこでそこの正義君から『お前が悪い』っていう視線が飛んできてる点について何かコメントは?」

 「特に無い。気にする必要もないからね。今この場においては私は、対応としては、口よりも……剣を選びたい所だ」

 その言葉に、周囲の取り巻きたちが再び武器を構える。
 状況は微妙に変わったが、主が下すであろう命令場、すなわち自分たちがやることは変わらないであろう、と判断して。

 まあ、状況は、先程よりも悪い。
 何せ、相手が2人になっている。しかも、敵として場に現れたのは、最初からいたリュートよりも上の、ランクA。最近話題によく上がる、『黒獅子』だ。

 しかも、

 「……っ! そういうことなら、僕も遠慮はしないぞ、モンドさん。あんたはずっと、僕らを騙してたんだ……絶対に許さない!」

 先ほどは放心状態で、少なからず戦力減退していたリュートが、ほぼ正気に戻りつつあったのだから。

 しかしそれでも、モンドが余裕を崩す様子はなかった。

 「……金にならない仕事は、時間と労力の無駄だからやりたくないのだがねえ……仕方ない、身にかかる火の粉は振るうとしよう。これから始まる事業のために、私の時間はいくらあっても足りないんだから」

 「……っ、この下衆がっ! ミナト、色々と言いたいこと、聞きたいことはあるけど、今は置いておくよ。君との共闘で、こいつらを倒すまではね……!」

 「……」

 「今この時だけは、僕は君と仲間だ。だから、今までのいさかいなんかは一旦忘れて戦おう、一緒に、正義のために……!」

 

 「……あのさ、なんか勘違いがあるみたいだから1つ訂正しとくけど……君も僕の捕縛対象だからね、リュート?」

 

 「……え?」

 「ほう?」

 さらり、と

 当然のように、むしろ、ある種面倒くさそうな感情すらこめてミナトが言ったその言葉に、リュートは、モンドは、それぞれ違った反応を示す。

 困惑を浮かべるリュートは、先ほどまでよろしく唖然として、しばらく何もいえなかったが、はっとしたように、

 「な、何を!? ミナト、一体それはどういう意味……」

 「どういう意味も何も、言ったまんまだよ。問題行動多数に加え、奴隷商人の襲撃画策等、今回の件のいくつかに実行犯として積極関与……だったかな、連行理由」

 「それはっ……でも、言い訳するわけじゃないけど、モンド氏の……」

 「いや、そこ関係ない。問題なのは、その『襲撃』そのものに君らが賛成して協力してた、ってとこだから。その時点で明らかに法律違反だし」

 「でも、奴隷商人で……人々が苦しんでたんだぞ!? それなのに助けないなんて、できるはず無いじゃないか! 僕は、何も間違ったことなんて……」

 「してる。バリバリしてる。つか、それやったら後々もっと面倒になるって、こないだ言ったじゃん、もう忘れたの?」

 「……ふむ、中々面白いことになっているね? 我々としても予想外だがこれはひょっとして……」

 一拍、

 
 「三つ巴、ということでいいのかな?」

 
 その状況すらも面白がるように、にやりとモンドが笑う。

 自分を理解してくれないからか、焦燥感と苛立ちをにじませた表情で、リュートが、ぎり、と歯をきしませる。

 そして、
 面倒だからさっさと終わらせよう、という思いが前面に出ただるそうな仕草で、ミナトがため息をつきながら、指の関節をぽきぽきと鳴らし、

 ちらり、と、一瞬だけ斜め後ろに視線を向ける。

 その視線の先……強化した視力を持ってしなければ見えない、距離と暗闇の先。
 そこにいた人物が……今、視線を向けているミナトだけにわかるように、唇だけを動かして、伝えた。

 

 『さっさとやれ、俺も眠い』

 
 (へーい……)

 

 負けず劣らずやる気の無さそうなブルースが、1km以上先の土塀の上であくびをしたのを見届けてから……ミナトも臨戦態勢に入った。

 
 (……ま、でもちょうど、人数も多いしちょうどいいや。いい機会だから……新しい技の実験台になってもらおっかな)

 
 
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