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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第5章 『正義感』と『正義観』

25/197

第69~70話 想定外の事態(たくさん)

 

「何? 邪魔者だと?」

 計画の成功を信じて疑わなかったモンド・ハック。

 しかし、計画も順調に進んでいるかと思って期待していた報告は、予想していたような内容ではなかった。

 奴隷商人達への強襲はなされず、リュートは行方不明。
 ギドとアニーの方も、まだ何も音沙汰がない。

 その点だけを聞いていぶかしみ、何かてこずるような理由でもあったのか、と頭をめぐらせ始めた所に届いた報告が、予定外の『邪魔者』の存在だった。

「そいつらが、リュート達を妨害しているのか?」

「はい。どうやら、例の『黒獅子』のようで、誰かを探しているようなそぶりが目撃されています」

「『黒獅子』だと? 奴はこの計画には手出ししてこない見込みでは……まてよ? 今、誰かを探しているようなそぶりだ、と言ったな? すでに回収した奴隷の中に、奴らの知り合いと思しきものがいなかったか調べろ」

「はっ!」

 私兵は、モンドの命令に正規の軍人のようにびしっと返事を返すと、命令をすぐさま実行すべく、回れ右をして走っていった。

 その背中を見送ったモンドは、ちっと舌打ちをして、予定外の事態に計画が狂いはしないかと、少し不安を感じて苛立ちを見せていた。

「ふん、冒険者のような野蛮人が……何が目的か知らんが、私の計画を邪魔してただで済むと思うなよ」

 ミナトが、ナナの居場所に関する情報をザリーから受け取って、そこに単身侵入する……その、十数分前の会話である。

 
 ☆☆☆

 
 そしてその頃、
 また別の場所では……新たに2人の人物が、邂逅を果たしていた。

 きっかけは、不幸で偶然なすれ違いだった。

 当初、リュート一味が襲うはずだった商隊。そのうちの1つと、モンドの手の者が襲う商隊がブッキングしてしまい……そこを襲撃するために駆けつけた『彼女』は、肩透かしを食らってしまった。

 そして、仕方なく次の襲撃予定の商隊のところへ向かう、その途中。

 『彼女』は……その商隊へ、友である少女の安否確認に向かっていて、しかし、ザリーから入った連絡で違うとわかったために、戻る途中だった『彼女』に出くわした。

「……っ! あんた、何でここに……」

「……こっちのセリフよ。あー、まためんどくさいのが……」

 お互いに、しかし互いに違う理由で、それぞれの邂逅を喜べない2人の少女……エルクとアニーは、月明かりの下で出くわしたのだった。

 一方はその目に殺気をたぎらせ、

 もう一方は、やる気なさげにため息をついて。

 
 ☆☆☆

 
 一方、この2人よりも更にとげとげしい出会い方をした2人はというと……剣と剣を交え、文字通り火花を散らしていた。

「うおおぉぉぉおおおっ!!!」

「――ぉっ、と」

 ただし、
 互いのテンションというか、率直に言って『余裕』には……大きな開きがあったが。

 力任せに、ぶぉん、と空を切って放たれる、ギドの大剣による斬撃。

 長さにして1mと数十センチになるそれは、長身のギドだからこそ、鞘に入れて背負っても地面に引きずらずに歩くことが出来る。

 それゆえに忘れがちだが、その間合いは殺人的である。

 鍛え上げた肉体により怪力を誇るギドは、その大剣を軽々と振り回し、槍とでも張り合えそうな間合いの広さと力強さを誇る。

 今放った横凪ぎの一撃。
 シェリーはさっとよけたが、その先にあった、太さ30cmほどの、そこそこ立派な街路樹がいとも簡単に両断された。

 余波はそれだけにとどまらない。ギドが大剣を振るうたびに、周囲の被害を考えずに唸るそれは、塀を砕き、家を壊し、徐々にだがその場の景観を変えていっていた。

 おそらくは、CランクやBランクの魔物でも、クリーンヒットすれば一撃かそこらでしとめられてしまうであろうその威力が、彼自身が持つBランク――それもAに近い位置の――という称号が伊達では無いと物語る。

 ……もっとも、

 その『一撃』を……先ほどからシェリーは、『一撃』たりともくらっていないが。

「このやろ……っ、ちょこまか動きやがって! 逃げんじゃねえこの尻軽女!!」

「いや、避けなきゃ死んじゃうでしょうが……っていうか、さっきから気になってたんだけど、何であんた私への罵倒が『尻軽』なわけ?」

 上体をひょい、と反らし、

 足を半歩引いて体をさっ、とひねり、

 首をよこにコテッ、と倒して、

 全く無駄なく最小限の動きで、轟音と共にすぐ側を通り過ぎるギドの大剣を避けるシェリーは……先ほどから、戦闘狂の彼女には珍しい、冷めた目をしていた。

「けっ、てめーの話は聞いてんだよ『赤虎』! あっちへフラフラこっちへフラフラ、自由気ままにも程がある根無し草の冒険者だってな! いくつもパーティをとっかえひっかえしてはすぐに抜け……ふと見ればいつのまにか違う男連れてるらしいな!」

(あーそれ、まだミナト君に出会う前だなー……強い奴いないか、強い敵と戦えないかっていろんなパーティ回ってみて、結局全部はずれだったんだっけ。おまけに周りがうるさくなっちゃったからウォルカに来たんだったかな)

 どうやら、変な風に誤解されているらしい(実の所、真実のほうが物騒なのであるが)ことを悟ったシェリーだが、特に訂正する気はないようである。

「どうせ今の飼い主の『黒獅子』も、そいつらと同じで体をエサにして捕まえたんだろ! ランクの昇進は!? ギルドのお偉方にでも抱かれたか!? さっきからよけたり逃げるのだけは上手いみたいだが、てんで攻めてこねーし、どう見てもAランクには見えねーなぁ!」

「むっ……随分好き勝手言ってくれるわね、この偏見ボサボサ頭。今のセリフ、世の中の頑張ってる女の子100人中100人敵に回すわよ?」

「それがどーした! だったら全員かかってきてみろよ、俺は女だろーと容赦しねえけどなぁ!!」

 ぶぉん、と振るったその刃を……その勢いのまま、体を一回転させ、遠心力を乗せて踏み込みながら再度前方向を斬る。

 それも、一歩、また一歩と後ろに下がるだけでよけるシェリー。

「……っ、またちょこちょこ動きやがって……なんで当たらねえんだっ!?」

(今まで以上に動きがよく見える……ノエルさんが、集中力も鍛えられてるはずだって言ってたけど、このことかしら? しかも、体が前より断然『思ったとおりに』動くような気もするし……)

 片や、その怪力を、破壊力を生かしきることが出来ずに歯噛みするパワータイプ。

 片や、一流冒険者直々の訓練の結果、その身体能力の全てをフルに活用することができており、むしろ自分でその成果に驚いているオールラウンダー。

 よくよく見れば、今この場で相手を圧倒できているのは、破壊を振りまくギドではなく、『何もしていないが何もされていない』シェリーであるとわかるだろう。

 そのシェリーはというと、何十回目かになる回避を完璧に決め、自分の代わりに粉々になった白土の塀を一瞥して、

 はぁ、とため息を吐いた。

「なんか、あんたと戦うの、楽しくないなぁ……」

「はっ、戦いになってるつもりかよ? てめえさっきから逃げてばっかりでじゃねえか!」

「……自分でも意外なのよね。せっかく向かってきてくれる男が目の前にいるのに、なんで私しらけてるんだろう、って…………ん?」

 と、その時、

 視界の端に何かを感じ、その方向にシェリーの視線が向いた。

 その瞬間を見逃さず、ギドは剣を構えて前に出る。

「バカが! ス・キ・ありだぁぁあっ!!」

 
 咆哮と共に、その巨大な刃が横に振りぬかれる。
 樹を、土壁を、石材を、鉄をも容易く断ち切る威力を持ったその一撃は……

 
 ――カキン

 
 斜め下から振り上げられたシェリーの剣に、場面に似つかわしくない軽い音と共にはじかれて方向をずらされた。

「――は?」

 そして直後、

 踏み込んだばかりで体勢がおぼつかない、その一瞬の隙に、剣を振るった勢いのままシェリーの鋭い回し蹴りが叩き込まれる。

 ドスッ、と、
 人体と人体の衝突らしからぬ音を立てて、一瞬間を置いて真後ろに飛んでいったギドに……そのさらに一瞬後、予想外の災厄が降りかかった(ドゴッ)。

「どぁ!?」

「きゃああぁっ!?」

「おっ!?」

 最後の1つがシェリーである。

 そして前2つが……後ろに蹴飛ばされたギドと、そこに悲劇的としか言えないタイミングで吹き飛ばされてきて激突し、仲良く墜落したアニーのセリフである。

 ――そして、

 

「うわ、えげつなっ……意外とやるわね、エルクちゃん」

「いや、意図してないから、別に」

 

 シェリーから見て斜め後ろの建物の屋根の上から、
 月明かりを背負い、アニーをそこまで吹き飛ばした犯人……エルクが、ダガー片手に立っていた。

 少し遅れてその存在に気付いたギドは、かっと目を見開き、

「……っ!? あの女、『黒獅子』と一緒にいたメガネ……つか、どけアニー! 何俺の邪魔してんだコラ!」

「ばっ、別に邪魔してるつもりないわよ! あの赤い髪の女と戦ってたみたいだけど、あんたがさっさと片付けないでちんたらしてたのが悪いんでしょ!」

「うるせえな、お前こそあんな弱そうなのに何やられてんだよ!」

「うっさいわね! ちょっと油断しただけよ! あんなの今すぐ殺してやるからまってなさいよ!」

 
「……なんか、いつかと違って全然仲良さそうじゃないわね?」

「ま……当然でしょうね。あの2人は」

「? どういうこと、エルクちゃん?」

 と、

 屋根の上から飛び降りてきたエルクにシェリーは、きょとんとしながら問いかける。

 今現在、口論しながらも立ち上がろうとしている2人への警戒を緩めているわけではないが、必要以上に神経を割かずに、今気になっている情報をエルクから聞き出すことにむしろ意識を向けていた。

 それはどうやらエルクも同じで、『あー』と虚空を睨みながら、何から説明したものか、と唸っている。

「あー、ほら、あんたがまだノエルさんの訓練なれてない頃さ、終わったら速攻寝ちゃってたじゃん、ご飯食べた後。その頃の話なのよ、私と、ザリーと、ミナトでの」

「うんうん」

「ひょんなことからリュート一味の話になってね? そこで、リュートは正義感丸出しでやってるのが明らかなんだけど……あそこにいる2人、どうも違うっぽいな、って」

 その話は、3週間ほど前に行われたものだが、そこで、ミナトが『なんとなく』で発言した、リュート以外の2人……アニーとギドについての印象。
 それが正に当たっているのではと、エルクはこのとき徐々に理解し始めていた。

 
『なんかあの2人ってさ、やってることはリュートと同じだけど、微妙に違う気がするんだよね。行動原理とか、信念とか、目的とか、色々』

『? どういう意味? それ』

『簡単に、っていうかぶっちゃけて言えば、あの2人多分、リュートの目的=自分たちの目的なんだよ。リュートがいいと言えばいいしダメといえばダメ、それ以外の答えは全部間違ってるから、全力で全部否定するしどんどん罵倒する』

『あー、確かにそれはあるかもしんない。あの3人、会話してるように見えて、ただリュート君の主張を援護してるだけの図しか目撃されてないからね……1度でも、リュート君と異なる主張を通そうとしたことってないみたい』

『ただのイエスマン、ってこと?』

『だと思う。そのくせ、本人達には自覚がない。だから、自分達はリュート君と同じものを見て、それに向けて戦ってるんだって、自分達でも勘違いしてるんじゃないかな』

『そして、さ。そういう連中って……厄介なことに、その心酔する人の目的のためなら、マジで手段選ばない所とかあるんだよね。その人のためになると、勝手に信じて、さ』

『ああ、それは……』

『確かに……』

 

「とまあ、あんたがダウンしてる間にしてたのが、そんな世間話なわけよ」

「なるほど、ね。どーりで戦っても楽しくなかったわけだ。そんな、自分の信念も持ててないようなイエスマンじゃねえ……」

「あら意外ね? あんたてっきり、戦えれば魔物でも人間でも何でもいいんだとばっかり思ってたんだけど、けっこう選り好みとかするんだ?」

「いや、基本そうなんだけどね? 何だろう、気分の問題っていうか……ほら、ステーキ食べたくてレストランに行ったら売り切れで、仕方なく魚料理注文して……美味しいけどなんかやっぱり微妙、みたいな感じかも」

「……まあ、言いたいことはなんとなく、わからなくもないけど」

 と、そこまで話した所で……ぎろりという視線が自分達に向けられたのを、エルクとシェリーは2人とも感じ取った。

 見れば、どうやらようやく持ち直したらしいギドとアニーが、苛立ちを全て殺気に変えたかのような目つき(八つ当たり含む)で、一直線に2人を睨みつけている。

「こりゃまた……女の子の方も、中々に怒ってるわね。エルクちゃん何したの?」

「あんたと変わんないと思うわよ? あの2人が変わらないと思うから、対応も似るわ」

「あー、そりゃ言えてるわ」

「ごちゃごちゃうっさいわね、アバズレ女共!! 全くどいつもこいつも、リュートの考え方を理解できないどころか、しようともしないくせに邪魔ばっかりして! 本っ当、今すぐ殺してやりたいところよ!」

「へっ、相変わらずお前はムカつくが、それには同感だぜ、アニー。いつもいつも、生きてる価値もねえ奴らのくせに、リュートの邪魔する奴ばかり湧き出やがるからな」

 切り替えが早い、とでも言えばいいのか、

 先ほどまで互いに威圧をぶつけていたはずの2人が、すぐさまこうして同じ敵を睨んでいるその様子。エルクもシェリーも、感心すると共に呆れている。

 それを感じ取ったのか、

「あん? 何よその目は、何か文句でもあるっていうの?」

「今ので文句が出ないと思えるのはむしろある意味すごいわね……まっ、どう答えた所で、私達を殺しに来るんでしょうけど」

「あたりめーだろ、俺達の邪魔をしてる奴に、生きる価値なんてあるわけねーんだからよ」

「『俺達の』……ねえ? 『リュートの』の間違いでしょ? ま、どっちでもいいか」

 すると、

「ええ、そうね……ここで死ぬものねぇ! 『ファイアボール!!』」

 過激な会話を隠れ蓑にしながら、ひそかに魔力を練っていたアニー。

 魔法発動の準備が磐石になったその瞬間、4発もの、直径50cmにもなろうかという火炎の弾丸がいっせいにシェリーとエルクに襲い掛かった。

 魔力純度・密度ともに高く、完成度はBランク級はあろう強力な攻撃。

 彼女本人のランクはC。それが伊達でもなんでもないと、むしろ条件を絞ればそれ以上の実力を発揮すると、その魔法は思わせた。

 実際、火力だけなら最早B、総合的に見ても、Bに近い方のCである彼女、アニー。
 隣に立っているギドや、彼らのリーダーであるリュートと、周囲からはランク的には劣って捕えられているが、実際はその下馬評を覆す爪を隠していた。

 成長著しく、フィジカルでは勝っているとはいえ、火力や射程距離の問題で、エルクではあまりに分が悪い相手であるのは、客観的に見て明らか。

 だからこそ、飛来する火球を引き受けようと、剣を低く構えたシェリーが一歩前に出ようとしたのであり、

 事実、エルクでは、回避はともかく障壁での防御や迎撃は難しい。

 
 ……ただし、

 それは『一週間前の』エルクなら、という条件がつくことを……アニーやギドはおろか、シェリーすら知らなかった。

 
「ちょっとどいて、シェリー。『ネットシールド』」

「へ?」

 
 つぶやくような、そんな声が聞こえたかと思うと、
 シェリーの、立ち位置的にその斜め後ろにいたエルクの手元から、緑色の光の玉が放たれ……アニーの火炎弾を迎撃するように飛んでいく。

 しかし次の瞬間、

 緑色の玉は、空中で炸裂すると、変形……網の目に、まるでサッカーのゴールネットのような形状の『障壁』に姿を変えた。

「「!?」」

「くっ、また……!」

 
 驚くシェリーとギドとは違い、どうやらその技に見覚えがあるらしい反応を見せたアニーは、また一掃苛立ちを顔に滲ませ、ぎりっ、と奥歯をかみ締める。

 その直後、アニーの火炎弾は4発とも、エルクの『網』に着弾し、そして……

 
「――リフレクション」

 
 ばぃん、と、

 その弾性ではじき返され……アニー達に襲い掛かった。

「なぁっ!?」

「ちっ!! 避けてギド!」

 言いながら飛び退るアニーと、回避のタイミングを逃し、剣で防御するギド。
 驚きと苛立ち、それぞれ違った反応を見せつつも、適確に攻撃に反応してみせた。

 しかし、そこにいたものの中で……一番の驚きを呈していたのは、

 その謎の障壁(?)によって守られた1人である、シェリーだったりする。

「……エルク、ちゃん? 何、今の」

「魔法。障壁。新技」

「うん、みたいね……けど、いつの間に覚えたの?」

 さすがに困惑しているのか、何やら腫れ物に触るように、おそるおそる、やさしーく……エルクにたずねるシェリー。

 それに対して、エルクの反応は淡白、というよりも……ある程度、その反応が予想できたかのような、落ち着いたものである。

 やや、その表情に……『まあ、そういう反応になるわよね』とでも言いたげな、諦めや申し訳なさが滲み出ているのが、少々気になったが。

「っていうか、そんな、網みたいな形状で相手の攻撃を跳ね返す障壁なんて、私、見たことも聞いたこともないんだけど……?」

「そりゃそうでしょうね、だって……」

 一拍、

 

「あいつに……ミナトに教わった、あいつのオリジナル魔法だから。今のコレも……これからみせるのも、ほぼ全部、ね」

 

 この数十秒後、
 ウィルが、ダンテが知りたがっていた、ミナトとエルクの、この空白の1週間の全容が語られることになる。

 
 ☆☆☆

 
「研究と実践? エルクちゃんと2人で?」

「うん、まあ、そんな感じ。ほら、2人とも前より上手く魔力のコントロールが出来るようになったからさ。今なら、前までは無理だった魔法も出来るんじゃないかな、と思って、片っ端から試して、練習してたんだよ。新しい魔法の開発も、その習得も」

「で、エルクちゃんには、使えそうなのを見繕って伝授してたわけ?」

「そゆこと。ま、さすがに何から何まで手探りだったけど……今思い返してみると、エルク、この一週間で相当強くなったと思うよ? レベルアップどころか、バージョンアップって言ってもいいくらいに」

「その2つ、差、何? ま、まあいいけど……」

 こちらミナト。

 今しがた合流したザリーから話を聞きつつ、『念話』での報告(エルクがアニーを圧倒)に予想外だって驚いてたザリーに、ここ一週間のことを説明しているところであります。

 
 この一週間、僕とエルクは、非常に楽しい『自主トレ』を行っていた。

 きっかけは、ふとした思い付き。

 ここんとこの姉さん達の訓練で、僕の魔力コントロール能力は、今までよりも格段に上がった。今まで出来なかったことが、いくつも出来るようになった。

 そこで僕は、洋館時代……母さんと一緒に、新しい魔法を次から次へと開発していた頃、アイデアはあったにも関わらず、魔力のコントロール能力(っていう名前を当時は知らなかったんだけど)の不足のせいで、開発できなかった魔法がいくつもあるのを思い出した。

 そこで、一旦それを思いつき、考え出すと、もう創作・研究意欲が刺激されてたまんない感じになってしまったため、姉さんたちが忙しいがゆえの最近の暇を利用して、その実験をしようとしたら……そこにエルクが乗っかってきた。

 エルクにはいつか僕は、『もし将来的に十分な実力をもてたら、オリジナル魔法伝授してあげる』って言っていたことを、その時思い出した。

 最近はエルクの魔法系統の実力もガンガン上がっているし、僕がエルクに対して寄せている信頼も問題ないレベル。
 残念ながら、まだ『エレメンタルブラッド』とかは早いといわざるをえないけども。

 けどまあ、他の、比較的簡単かつ安全な魔法なら問題ないかな、と思い……一緒に遊ぶに際して、それを実行するときいくつか教えてあげてもいいかな、と思ったわけだ。

 
 で、それから1週間。
 どうなったかっていうと、

 
 結論から言うと、エルクはとんでもなく吸収力があり、飲み込みが早い娘だった。
 そりゃもう、開発者である僕をして驚くほどに。

 どうやらエルクが魔法分野で死蔵していた才能は、当初の僕の予想を大幅に超えているらしい。教えた魔法を、次々吸収していく。

 無論、きっちり使いこなせるようになるまでには相応の訓練を要したけども……たったの一週間で、いくつも実践レベルで使える魔法を手にするとはさすがに思わなかった。

 
 その結果として、この一週間のうちにエルクが会得した僕オリジナルの魔法の数は……

「11……!?」

「うん、11」

 隣を走っているザリーが、きちんと足は動かしながらも驚いて固まる、という器用な技を展開している。

「あ、でもコレはあくまで実践で使えそうなレベルまで鍛えられた魔法の数だから……発展途上のものも合わせるともうちょっと増えるね」

「……ねえ、ミナト君」

「ん?」

「高位とか、一流って呼ばれる魔法使いでも……難易度によるにしても、1つ魔法を使いこなせるようになるのに、1週間から1ヶ月修行するのが当然だ、って知ってる?」

「いや、全然。そうなの?」

 それを聞いて、やっぱりエルクのあの上達速度って尋常じゃなかったんだな、と思ったけども……実の所、僕から見ても、ここ1週間でのエルクの成長はとんでもないと認識できてたので、驚くのはとっくにすんでいる。

 なので、ザリーが告げたこの世界の一般常識にも、『へー』ぐらいのリアクションですんだ。いや、驚いてないわけじゃないんだけどね? ホントに。

 ただ、
 特訓中に僕が驚いた、っていうか印象に残ったのは、その上達速度よりも、むしろ他の部分だったんだけども……そのへんは、またの機会に。

 何でかって? 目的地が見えたからだよ。

「さて、おしゃべりはここまでにしようかミナト君……これ以上はしゃべってるだけでこっちが疲れそうだし(ぼそっ)」

「何か言った?」

「いや、何も。それよりほら、見えたよ。多分、あそこが連中のアジトだ、連れて行かれた奴隷は……もちろんナナちゃんも、あそこにいるはず」

 と、なんだかごまかし臭を漂わせながらも言ったその言葉に従い、僕は前を見る。

 次の瞬間に飛び越えた屋根の向こうに――言い忘れてたけども、さっきから僕とザリーは屋根の上を走っている――それが見えた。

 ザリーの調べた、この事件の黒幕たる連中のアジト。
 騒ぎに乗じて集めた奴隷、もしくは『もうすぐ奴隷』達を集めてあるであろう、古びた洋館。

 明かりも灯っておらず、生活感もない。そのせいで、この夜の闇の中じゃ、訓練している僕やザリーの目でなきゃ、輪郭ぐらいしか捉えられそうにない。

 パッ、と見、完全に空き家だ……が、おかしなところはある。

「……いる、ね」

「ああ、間違いなくね。わかりにくいけど、足跡がいくつか残ってる」

 ごく最近、この館に大勢の人間が出入りしたとわかる『足跡』が……おそらくは泥道とかを通ってきたせいでついてしまった泥によるそれが、館の前に続く石畳に残っていた。

「一応、隠蔽工作は心がけたみたいだけど……この程度じゃ、僕の目はごまかせないな、っと。余計に怪しいっていうか、むしろ核心が持てたね」

 他にも、ドア付近だけほこりが取れててなかったりとか、近づいてみると不自然な部分はいくつも見つかった。

 それに、何より……

「……匂うな」

「? 匂い、って……ナナちゃんの匂い? そういやミナト君、鼻いいんだっけ……わかるの?」

「いや、屋内だしさすがにそこまでは。けど、大勢の人間の体臭とか汗のにおいが外まで漂ってきてるから。それに……その他にも1つ、印象的な匂いがするし」

 ……ナナさんに、ここんとこ毎日のように作ってもらってた、
 ナナさん自身にもその匂いがついてるであろう……『はちみつレモン』の残り香が。

 さて、間違い無さそうだ。ここで。
 じゃ、行きますか。

 
 ☆☆☆

 
 こちらは、スラム街の西端部。
 エルクとアニーの戦い。

 その、ミナトとの『特訓』で培った実力を、魔法を、今正に存分に発揮しているところだった。

 「――『エアバレット・オートマチック』」

 母の形見の『ダガー』を持っていないほうの手を、標的……アニーに向ける。そしてそこに、練り上げた『風』の魔力が収束していく。

 しかしその魔力は、手のひらではなく、指と指の間に集まっていっていた。
 親指と人差し指、人差し指と中指……と、合計4つの魔力が練り上げられ、

 次の瞬間、

 手の甲側から、轟、と風が……正確には、大量の空気が指の間に収束し、圧縮される。

 さらにそこに、『風』の魔力が溶け込ませた上で、手のひら側……すなわち、アニーに向けて、4つの空気の弾丸を発射した。

 しかも、それだけにとどまらない。

 
 ――ドドドドドド……

 
 あたりに響く、持続的な発射音。
 言うまでもなく……エルクの指の間から、空気の弾丸が連射されているゆえである。

 「……っ! 何なのよその魔法!? そんな魔法なんて聞いたことない! あんた、そんな魔法どこで……」

 「どこで……って聞かれたら、あのバカの隣、としか言いようがないわね」

 そんな会話が交わされている間も……アニーは障壁を駆使して弾丸を防ぐのに精一杯である。

 しかし、対してエルクはと言うと、

 「はぁ、どういう意味よっ!? ていうかあんた、なんでそんな集中もせずにリラックスして、魔法を持続できるわけ!? さては、何かマジックアイテムを使ってるわね!? 卑怯者!」

 「まさか。そんな無駄使いしないわよ。だから、さっきから言ってるじゃない。この魔法は、あいつが開発した……とんでも魔法の1つだからだ、って」

 極めて自然体で、そんな風にエルクが余裕で話していられるのには、もちろん理由があった。

 

 『エアバレット・オートマチック』。

 既存の風系魔法である『エアバレット』を雛形に、ミナトが考えた魔法の1つ。

 通常、手のひらに風を収束して放つものを、指の間に収束して放つもの変えただけだが。

 指の間から発射される魔力弾丸だけあって、普通の風弾よりも小ぶりで威力も弱いが……その真価は、連射能力にあった。

 ミナトは前世の知識で、水や空気は一旦『流れ』を作ると、それを補填するために他の部分が動き、さらにその後もそれに従って動こうとする、という性質を知っている。

 例えば、水槽からホースで水を出そうとするとする。

 他の様々な条件をそろえた上で、ホースの片方の口を水槽の水の中に、もう片方を外にでも置いておく。水を捨てる先に。

 それだけでは水は流れない。水槽の中の水は捨てられない……が、そこに一度、反対側から吸ったりして、水槽から外への水の『流れ』を作ると、後はそれに従って水は流れて外に出ていくのだ。

 空間に、『空気』なり『水』なり、何も存在しないという状態を作り出せないという物理法則によるもの……だったはず、とミナトは記憶していた。

 それを利用したのが、この魔法。

 この『オートマチック』では、空気が手の甲側から手のひら側に抜けた後、その流れに乗って再び空気が流れ続ける。

 つまり、一回目以降は弾丸が勝手に連射されるのだ。
 指の間に組んである術式を維持している限り、際限なく。

 「全くもう……アレはどうしてこんな面白魔法思いつくのかしらね」

 「ふざけ……るなぁっ!!」

 と、

 何か色々と限界に達したらしいアニーが、何やら、その身にまとっている魔術師風の服の、襟元についたエンブレムのようなものをいじる。

 するとその瞬間、服から魔力のそれと思しき光が溢れ出し……服を着ている部分のみならず、アニーの全身を覆いつくした。

 途端、アニーは障壁を解除し、すぐさま攻撃系の魔術をねり上げ始める。
 先ほどエルクが『ネット』で跳ね返したのと同じ、『火』の赤い魔力が、その手元にどんどん集まって形を成していく。

 その間もエルクの連射は続いたが、その風の弾丸は全て、体を覆う光に阻まれ、アニーには届くことなく散った。

 予想するに、それは、

 「何よ、マジックアイテム使ってんのはあんたの方じゃないの」

 「うるさい! リュートの役に立つために、術式を織り込んで用意した、魔法障壁効果のあるローブよ。これなら、あんたのその急ごしらえの魔力弾なんて通じないわ!」

 得意げに言いつつも、どうやら怒りは微塵も収まっていない様子である。

 それを全てこめるかのように、手元の杖に神経を集中させ……魔力を練り上げていく。

 その間にも、エルクの風の弾丸はヒットしていくが、一応着弾の衝撃はあるようだが、それで魔法行使が中断するようなことはなかった。

 切り札として隠しておくにふさわしい防御力は、どうやらあるようだ。

 (今の私の『オートマチック』じゃ、あの防御を貫通するのは無理か。やっぱり、魔法使いとしての実力は向こうが上……)

 「これで終わりよアバズレ女! 今度のコレは、さっきのふざけた網みたいなシールドで防げるほどぬるくないわ!」

 「……そうみたいね」

 言われるまでもなく、その感知能力で、杖にこめられ、練り上げられた魔力の大きさを感じ取っていたエルクの予想通りの口上を沿えて、アニーは杖を突き出す。

 「死ねっ!! 『ファイヤーランス』!!」

 杖の先から練り上げた魔力が、炎の槍を象って放たれる。

 見た目からして、先程よりも遥かに威力の高いであろう一撃。

 人間の体など、その直撃で燃え散り、消しとんでしまうだろう。

 生半可な障壁では貫かれてしまうであろうその槍は、しかも先ほどの『ファイアボール』をも超える速度で射出され、一直線にエルクを狙ってくる。

 その光景に、勝利……エルクの死を確認したアニーの顔に笑みが浮かぶが、

 次の瞬間、

 
 ――ひらり、と、

 
 エルクはその炎の槍を、普通にサイドステップで回避すると、まだ顔に笑みを貼り付けたままのアニーがそれを認識するよりも早く、そこに向かって突撃した。

 「――!?」

 その距離数mにまでなり、炎の槍が標的を貫けずに地面に突き刺さって爆散したところでようやく、攻撃が失敗したことに気付いたアニー。

 あわてて後ろに跳び退ろうとするが、足がもつれて手間取ってしまう。

 加えてそもそも、

 (……魔法の実力は向こうが上。でも、身体能力ならこっちが上っ!!)

 ただでさえ普段から、ミナトとの朝練によって鍛え、
 さらに、この『合同訓練』によって磨き上げられたフィジカルを持つエルクである。

 アニーとて、身体面の鍛錬をおろそかにしていたわけではないとはいえ、その差はあまりにも大きすぎた。エルクとアニーの、魔法面での力の差以上に。

 当然、そのつたないバックステップで避けきれるようなぬるい攻撃を放つはずもない。

 ぐっとしっかり腰を入れて放たれたエルクのダガーが真一文字に閃く。

 その段階になってもなお、アニーの顔からは恐怖や焦りはほとんど見られない。
 ローブの防御力をもってすればどうにでもなる、と思ったのだろうが……

 
 ――ザクッッ!!

 
 「……っ!?」

 「っ……やっぱ、今の私じゃ火力不足か。丈夫な障壁ね」

 みぞおちのあたりを走った、エルクの刃。

 風の魔力を纏わせた水晶のダガーは、障壁ごとアニーのローブを切り裂き、縫って修繕しても、痕が残るであろう大きな傷を残していた。

 本人には届かなかったようで、流血などは見られないが……見下ろすその光景がよほど予想外であるらしい。
 アニーの目が驚きに見開かれ、わなわなと体が震えだす。

 「あ……ああ……?」

 「……?」

 「あ、あ……ああぁああっ!? あああぁぁあぁああああっ!!?」

 見た目からしてパニックになっているとわかるアニー。

 みるみるうちに様子が変わっていくのを、エルクは、素早く間合いを取りつつも、目を離さずに見て……少し戸惑っていた。
 というか、引いていた、といった方が正しい気もする。

 そんなことなど知る由もないアニー。

 攻撃を受け、それが障壁を突破したことを認識してからというもの、呆然となっている彼女は……実の所、旗から見れば致命的なまでに隙だらけなのだが、何というか近づきがたい雰囲気を纏っているアニーに対し、エルクの追撃の手は緩んだ。

 そして次の瞬間、

 「リュートに……リュートに買ってもらった、魔法のローブがぁっ! ずっと大事にしてたローブが、ローブがぁぁああっ!! こんな、嘘、いや、あああぁっ!?」

 (……? 何アレ、大丈夫?)

 「……さない……」

 「?」

 「許さない……! 許さない許さない許さないっっ!! 殺す! あんた絶対殺すっっ!!」

 叫び、アニーは杖を構える。

 どうやらローブは、魔力をこめることで持続的に障壁を出し続けることが出来るタイプのようで、先ほど一時的に切り裂かれた障壁はすでに再構築されていたが……果たして彼女が、そのことに気付いているのかどうか。

 「死ねぇええええっ!!」

 力任せの怒りまかせで練り上げたその魔力を、半ば強引に術式に変換し、『ファイヤーボール』を放つ。何発も何発も、しつこいようだが、怒りに任せて。

 やはり、Bに近いCランクの実力は伊達ではないらしい。
 怒りに我を忘れ、集中力を欠いているこの状態でも、きちんと魔力を練ることが出来ていた。

 ……が、
 足りない集中力では、魔法は使えても、狙いを定める所まではできなかったらしい。

 先ほど同様のサイドステップで避けるか、もしくはシールドを使うか……その判断をするために集中して経過を見ていたエルクが、目を疑うような出来事が起きた。

 「!? ちょっ……」

 さっき以上に大量に作り出された炎の玉。
 それが……エルクがいる方向には数発しか飛ばず、残りはあちこち的外れな方向に飛んでいった。

 結果、それらは……スラム街の家々に飛んでいき、着弾し、炸裂した。

 木製で粗末なつくりの、しかし暮らしている者は間違いなく居て、その中で寝ているであろう家々へ。轟音と共に次々に当たっては、燃え上がらせていく。

 「きゃぁあああっ!?」

 「な、何だ一体!? い、家がいきなり……」

 「と、盗賊でも襲ってきたのか!? に、逃げろみんな、死ぬぞっ!?」

 
 「あああああああうるさいうるさいうるさいっ!? あんたらうるさいのよっ、黙れ!!」

 そして今度は、

 明確に意思を持って、その、彼女的には耳障りだったらしい悲鳴を上げた、罪などあろうはずもない、スラムの民達に、

 リュートが『救う』と意思を燃やしていたはずの『弱者』に向けて、うっとうしい虫を払うかのように、滅茶苦茶に魔法を放った。

 「な、っ……あ、あんた何してんの!? その人達無関係……」

 「うるさいうるさいうるさい黙れ黙れ黙れ!! うるさいのよあんたもあいつらもこの大変な時に本当に!! ああああっ、ローブが、リュートに初めて買ってもらった思い出のローブがこんな……あああぁぁあああっ!! 嫌嫌嫌嫌こんなの嫌ぁああっっっ!!」

 放った魔法の何発かは、叫び声を挙げていた住民の何人かに当たり、そのほとんどが断末魔の悲鳴と共に絶命していた。

 その亡骸にすがり、なきながら名前を呼んでいる家族らしきものもいれば、より一掃パニックになって逃げ惑うものもいる。

 しかし、アニーはその全てに興味がなかった。

 ただひたすらに……胸元に一直線の傷の入ったローブを握り締め、わなわなと震えては支離滅裂な言動を繰り返す。

 「何してんのよ! あんたはさっさと死ねって言ったでしょ!!」

 そう言ってまた飛ばされる炎。
 しかしまたしてもバラけ、今度は一発もエルクのところに飛んでは来なかった。

 代わりに、また炎に包まれる家が、炎に巻かれる死人が増えた。悲鳴もだ。

 「あああああうるさいっ! どいつもこいつもうるさいっ! もうみんな、うるさいのはみんな全部死んでよ! いなくなってよ黙ってよっ!! こっちはもう大変なのにっ!!」

 「ちょ……あんた一回落ち着けっ! あんま私こういうこと言うようなキャラでもないけど、あんたの相手は私でしょうが! 何無関係な人巻き込んでんの……っていうか、あんたらのリーダーが救うって豪語してた人達でしょうが!?」

 「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいっ!! 知らないわよそんなの、リュートが言うなら助けるけど、あんなうるさくて弱くて何も出来ない見苦しい迷惑な奴らなんて、死んだって構やしないわよ別にっ!! 死んだって当然よっ!!」

 吐き捨てるようなその言葉に、エルクは戦慄を抱くと同時に……

 つい先日、ミナトやザリーと話したことが……そこで出た『予測』が当たっていたのだ、と確信した。

 「……やっぱり……」

 その先を、エルクは口に出しはしなかったが、

 (やっぱりこいつら、リュートはともかく後の2人は、ただリュートに従ってるだけだ。正義も、弱者救済も掲げてなんかいない……ただ、リュートの主張を何でもかんでも肯定してるだけ。一旦そこから外れたら、生きようが死のうが知ったことじゃない……それどころか、少しでも癇に障った瞬間、即座に排除対象になる……!)

 過剰な正義感、という衣の影に隠れていたその危険度。

 ギドとアニーの、あまりにも露骨な態度と、ザリーが持ってきていたある情報から……エルクは、もう1つ立てていたある『予想』も、おそらくは正しいことを直感した。

 ……が、

 おそらくはそれを確認できる状況にはないので、諦めた。

 周りを見渡し……依然として家は燃え、人々は泣き叫ぶ光景にため息し、

 「……ったく、ちょっとした地獄絵図よねコレ……あんたらのリーダーが悲しむようなことしないほうがよかったんじゃないの? どうせ今までも、『やっても気付かれないようにしてた』だけなんんでしょうけど……」

 「うるさいうるさいうるさいっ! あんたがリュートを語るな! リュートが全てなの! この世の全てなの! リュートの正義が本当の正義、私はそれを全力で応援するだけ、邪魔する奴は皆殺しにしてでもね! それでこそ……それでこそ、リュートと私が生きるにふさわしい世界になるのよっ!!」

 「……あ、そ…………物騒な恋心ね」

 その一言を区切りに、エルクの目と顔からは、完全に感情が消え失せた。

 もっと正確に言えば、アニーへの興味がなくなり……この戦いをこの上なく無意味だと判断し……何も言わずに、ダガーを鞘に治めた。

 その動作に、不審げな顔になるアニーの目の前で、エルクは、フリーになった両手のひらを向かい合わせる。

 瞬間、
 その手のひらの間に風が流れ込み、さらには濃厚な魔力までもが収束していくのを、相対しているアニーは感じ取った。

 そして、直感した。今までの戦闘経験と……今のエルクが纏っている雰囲気から、今までにもまして油断できない『何か』が来る、と。

 「はっ、何、真っ向勝負ってわけ? 上等じゃない……受けて立ってあげるわよ!」

 言うなり、その手元に自分も魔力を練り上げ始める。先ほどまでと同じ、赤い『火』の光を。

 エルクの様子から、相応の威力をぶつけるのがふさわしいと、
 そして、おそらくは、大きな隙がある技を使おうとしても、その余裕はあると考えた。真っ向勝負を望むのなら、互いの最強の技をぶつけるはずだ、と。

 (こういうのは、お互い準備が出来た上で最強技同士をぶつけるのがセオリー……リュートも好きねそういうの。でも残念ね、待ってあげない……あんたの魔法が完成する前に、確実に私のコレが完成するわ! 万が一その逆の結果になっても、未完成で放ってもコレは十分に威力が出るし、それと同時に全力で障壁を展開すれば、あんたのへなちょこ魔法攻撃なんて防ぐのはわけない。この勝負……あんたに勝ちはないわ!!)

 そんなアニーの思惑を知ってかしらずか、エルクは魔法を練り上げ続ける。
 さっきまでと同じ、無関心な目で。

 アニーの杖の回りには、最早『魔力』から、純然たる炎の形となったエネルギーが濃密に渦巻き、

 エルクの両手のひらの間には、緑色の光を帯びて実態にすら見えるような『風』が、球体のようなものを形成していた。

 そして、

 「……ふふっ、残念でした……死ね!! 『バーストフレア』っ!!」

 先に術が完成したと、勝利を確信したアニーの杖の先から、巨大な炎が噴出し、津波のように押し寄せる。

 それは、『ランス』以上の威力で、加えて回避すら不可能なほどの広範囲にわたって放たれた攻撃だった。……やはりというか、周囲の家々や住民達など気にせずに。

 その一瞬後、
 エルクは両手を、その間に出来ていた風の魔力の塊ごと前に突き出し、両手のひらをアニーに、そして炎の津波に向けて構えた。

 「ははっ、何!? 今更出来たの!? でも遅いし、そもそもあんたの魔法の威力じゃ、私のコレを正面から破ることなんて絶対にでき……」

 
 「……バーカ、誰が正面から勝負なんて挑むもんですか。『オキシゲン・ロスト』」

 
 瞬間、

 エルクが、真一文字に口を結んだかと思うと……その手の魔力の塊は、放たれず、急速な勢いで膨張した。

 しかし、それは破壊力を持った『攻撃』でなく、まるで周囲を包み込む障壁か何かのように、周囲の空間に広がっていった。

 エルクが、その周囲の地面が、家々が、そこにある全てがどんどんとその円形のフィールドの中に納まっていき……

 そして、そのフィールドと、アニーの炎が触れた瞬間、

 
 あっけなく、炎の津波は掻き消えた。

 
 「…………ぇ?」

 
 直後、
 アニーのいる地点までも飲み込んで全てが、エルクの作り出した風の魔力の謎の領域に包み込まれた。

 その瞬間、
 家々を覆っていた炎までが一瞬にして消えたと同時に、アニーは異変に気付く。

 「……!? かっ、あ……えっ!?」

 (何コレ……!? 息が、できない……!?)

 息が、吸えない。
 いや、吸えるのだが、苦しい。深呼吸しても、楽にならない。

 数秒のうちに、彼女は立っているのもつらくなり、膝をついた。額からは脂汗が噴き出し、手はわなわなと震える。

 さっきまで周囲で轟々と燃えていた炎が、いつ残らず消えてしまったことに、気付いて反応する余裕すら彼女には無い。

 そして、

 
 ――ばしぃっ!! と、

 
 エルクが無言で素早く接敵してきて、自分の目の前で手を振りかぶっていることにも、気付けたか気付けないかのうちに……その頬に、エルクの平手打ちが叩き込まれた。

 それも、ただの平手打ちではない。
 やはりミナト直伝の魔法……ただ、まだ名前が決まっていない、それ。

 エルクが『風』の魔力の応用で練り上げた技をこめた、相手の意識を刈り取る必殺の一撃だった。

 クリーンヒットしたその次の瞬間には……すでに、アニーの意識は飛んでいた。

 そして直後、
 エルクが、ぷはぁっ、と、今まで止めていた息を吐き出す頃には、周囲の『空間』はすでに元に戻っていて……そこを包んでいた、『ある異常』も消えうせていた。

 そしてエルクは、すでに意識のないアニーを見下ろし、

 「知ってる? 炎ってね……酸素がないと燃えられないの。どんなに大きかろうが、それは変わらない」

 ぽつりと、つぶやくように言う。

 「あんたは勘違いしてたみたいだけど、『オキシゲン・ロスト』は、風の魔力で周囲の酸素のほとんどを外に追いやって、一定範囲内を酸素欠乏状態にする技よ。発動している間、効果圏内には、物体が燃焼できるほどの酸素がないから、消火にも使える。そして当然、範囲内の人間は息とめてないと酸欠で普通に倒れる。ま……」

 一拍、

 「……火が消えても、眺めはよくはならなかったけど、ね」

 少しさびしそうに、そう付け足した。
 周囲に広がる惨劇……今の『オキシゲン・ロスト』で火が消えたとはいえ、あちこちから煙が上がり、何人もの焼死体が転がっている光景を見ながら。

 ちなみに、最後のエルクのビンタ。

 あれも『オキシゲン・ロスト』の応用型の技であり、手の周囲の酸素濃度を限界まで下げ、平手打ちに乗せてその空気をぶつけ、相手に吸わせる技。
 相手は、衝撃と酸素欠乏で、一瞬にして意識を失うという、まだ名もなき気絶技だ。

 「……さて、センチメンタルになっててもしょうがないか。コイツどうするか……また暴れられても適わないし、あとは何かで縛って……いや、でもこいつのレベルなら杖無しでも低位の魔法くらい使えるだろうし……」

 
 「なら、その者の身柄はこちらで預かろう」

 
 「!」

 と、
 唐突に響いた声に反応し、エルクが後ろを振り向くとそこには、

 「スウラさん! どうしてここに……って、そりゃ聞くの野暮か」

 「ああ、まあ、そうだな。これだけの騒ぎになれば、例えここが管轄外でも、警備隊に属するものなら駆けつけるさ。しかし、これはまた……予想以上の有様だな」

 見慣れた青い軍服に青い鎧に身を包み、手には弓。
 部下数名を引き連れた、中隊長・スウラが、そこに駆けつけたところだった。

 周囲を見渡し、おおむねエルクと同じような心境になったスウラがつぶやくと、表情は苦々しげにしながらも、すぐさま引き連れてきた部下に指示を出す。

 部下達は迅速に動き、周囲の状況の調査や、路上で気絶しているアニーの身柄確保、その際の簡易的な魔法封印型拘束具の装着などを行っていた。

 「……私も同行したほうがいい? 証言とか、事情聴取とか。あ、先に言っとくと、私に非はないと思うけど、弁解が必要ならきっちりさせてね?」

 「エルク殿がそのようなことをする者ではないことはわかっているが、できれば頼みたい……と、言いたいところだが、その前に一つ確認せねばならんことがある」

 「何?」

 「……今晩は、随分とあちこち騒がしいようだが……この後、まだ厄介ごとは続くか?」

 「……多分、続くわね。朝までに終わるといいけど」

 「……そうか」

 そこでスウラは一拍置いて、

 「……なら、聴取は全てが終わった後でいい。どの道、全員に話は聞かねばならんからな……彼らも、今回も暴れているのだろう?」

 「ええ、そうね。まあ、新入りも何人かいるけど」

 「ほう、それは会うのが楽しみだ」

 軽口ながら、ことの深刻さを悟っているスウラは、目だけは笑わずに、全てが終わった後にあらためて話を聴くと約束して、その場を去った。

 そして、後に残ったエルクは、

 「さて、じゃ……あっちもそろそろ片付いた頃ね。合流しようかしら」

 
 ☆☆☆

 
 一方こちらは……シェリーとギドの戦い。

 意図してエルクたちから離れ、1対1の構図に持ち込んだ彼らは……やはり依然として、終始シェリーのペースで戦いは進んでいた。

 力任せで大振りの攻撃を繰り返すギドに対して、軽やかなステップで攻撃を避けるシェリー。
 攻撃は当たらず、時折混ぜ込まれるフェイントや体術も、ものともしていない。

 それでも、普通のレベルからすれば十分に絶望的なスピードと威力であり、もともとAランク、ノエルの修行を経た今ではそれ以上になっていてもおかしくないシェリーだからこそ、このように余裕な対応が出来ているのだが。

 そんな中、ふとシェリーが思い出したように、

 「そういえば、さ。あんたらに1つ、聞きたいことがあったんだけど、いい?」

 「あぁ!? てめ、何言ってやがんだこんな時に!?」

 「まあまあ、いいからいいから。友達に聞いたんだけどね……あんた達、行く先々でトラブルに巻き込まれる……っていうか、トラブル起こすのよね? 主にリーダーの彼が」

 するとそれを聞いて、ぴくっ、と眉を動かして反応したギドは、ふん、とシェリーをあざけるように鼻を鳴らした。

 「……へっ、それがどうかしたのか? まあ、リュートの思想は受け入れられづらいからな、そういうことになるのも確かに珍しくねえさ」

 「でしょうね? そのせいで、あんた達行く先々で面倒なことになってるみたいで、要注意認定してる人や団体も多いらしいじゃない。……大変ね、大丈夫なのそんなんで?」

 「あぁ!? てめえら、この数日間に同じこと何回言わせんだよ? 言ったはずだ、俺たちはリュートの正義のためなら何だってする。誰にも負けねえ、ってな!」

 「そう、ご立派ね。でも、じゃあ……」

 一拍、

 

 「……じゃあやっぱり、リュート君の行く先々で起こったその『トラブル』に関わった人が、やたらその後死んだり行方不明になったりしてるのって……偶然じゃないんだ?」

 

 ぴくっ、と、
 またしても、ギドの眉が動いた。

 シェリーの顔には、薄い笑みが。
 それが、自然に浮かんだものか、はたまた長髪デモしている月なのかは……定かでは無い。

 しかしどういうわけか、ギドはそれに、自らも笑みを浮かべる形で応えた。

 「……コレも友達に聞いて、っていうかそもそも気になってたのよね。言っちゃ悪いけど君らのリーダー君の考え方、かなり甘いしお人よしのに……何で今まで、数え切れないトラブルを抱えつつも、排除とかだまし討ちとかもされずにやってこれたのか」

 これは、ある意味当然の疑問と言えたし……実際に、ミナトやエルク、ザリーたちの間でも一度話題に上った。

 リュート達の思想はかなり独特であり、しかもそれを他者にまで押し付けるものだから、行く先々で敵を作る。

 本来なら、こういった奇特な考え方の者に、ろくな末路は待っていない。

 そのお人よし加減を利用されて、使い捨てにされるか、
 はたまた、騙されて損害をこうむるか。

 もっと直接的で酷いものなら、邪魔者、目障りな者として排除されるようなことにもなりかねないのだ、普通に考えれば。

 しかし、『ブルージャスティス』が結成されてから、もう数年になるらしいが、彼らはそのようなことにならず、今も過剰な正義感に任せた迷惑行為を続けている。
 続けて『いられている』。

 だがそれは、その周囲で起こったことを事細かに見ていく限り……運がよかっただとか、考えが受け入れられた、といった理由などではなかったことを、シェリーは知っていた。

 ザリーからもたらされた、ある情報を基にした推論の結果として。

 「奴隷の解放に、高利貸しへのいちゃもん、財の独占への非難……合法・非合法問わず、君らがケンカ売った相手は数知れない。そのうちの何割かは、正面から挑んで、多少強引になったものも含めてきっちり解決したみたいね、でも……」

 そのシェリーの話を、ギドは、顔色を変えずに聞いていた。

 「残りの何割か……だましてリュート君に害をなそうとした者や、利用しようとした者。そういった、確かにいたはずの奴らは……君とあの過激な女の子が、闇から闇へ処分してたんじゃないかしら? リュート君にもだまって、禍根が残らないように」

 「……へえ、根拠は?」

 「先に言っとくと、証拠はこれっていう確かなものは無いわ。でも、つい最近この近くで襲われた奴隷商……かなり大きな刃物で、しかもかなりの力で切り刻まれてたらしいわ。それも、詳しく分析した結果、単独犯のしわざらしいわね」

 「…………」

 「そして、それよりも最近……つい数日前に起こった、またしても奴隷商の襲撃。今度は、大きな刃物と魔法の2種類の傷があった。しかも、刃物の方の傷跡は、先に起こった一件と一致していて、使われた魔法は『火』の属性ですって。どういうことかしらねぇ?」

 「……」

 その質問に対しても、ギドは何も答えなかった……と、思いきや、

 にやり、と、
 口の端をつりあげて、露骨かつ悪意の滲んだ笑みを見せる。

 もっとも、それを彼自身は悪意として認識していないのかもしれないが。

 「へえ、ただのバカかと思ったら、鋭いじゃねえか。よく気付いたな、そのことに」

 「あら、随分と早い自白ね。いいの? 証拠何も挙がってないんだから、しらばっくれることだって難しくないわよ?」

 「別にいいさ、捕まるつもり更々ねえし……それに、礼をしなきゃいけねえだろ?」

 「お礼?」

 「ああ……お陰で今度から殺すときには、手がかりを残さねえように注意できるからな……まず、お前が第一号だ!」

 言うなり、再びギドは剣を振りかぶり、地面を蹴る。

 一気に間合いを詰め、シェリーの体を上下に真っ二つにせんと大きく剣が振るわれた。

 が、それにもシェリーは一瞬で反応し、鋭いステップで後ろに跳んで回避する。

 さらにギドは手首を返し、一瞬で切っ先をシェリーに向けて持ち直すと、追撃の突きを繰り出すが、それも体をひねった程度でかわされてしまう。

 そしてシェリーは、今度はそのまま深く踏み込み、上段から剣で切りつける。

 初めて攻撃に転じたシェリーの素早さに、しかしギドもきっちり反応してみせた。大剣を横にして構えて剣を受け止め、逆に力をこめて押し返していく。

 「へっ、中々じゃねえか。てめえ自身も、その剣もだ。俺のこの大剣と競り合って受け止めても、折れねえどころか刃こぼれもねえとは。どうやらただの金属じゃ無さそうだが……はたしていつまでもつかなァ……?」

 「……なるほど、ようやくわかったわ。お礼ってつまり、冥土の土産って意味ね?」

 「そういうこった。感謝するぜ女。そうだな……これからは傷跡から足がつかねえように、刃物の痕もわからねえぐらい死体をぐちゃぐちゃにしておくことにするか……なァに、リュートの邪魔するような奴だ、別に心も痛まねえ」

 「……前から思ってたんだけどさ。君ら、厳密にはリュートってのの正義に共感してるわけじゃなくて、彼の言う事に何でも賛成して敵を排除してるだけよね? どして? 君もあのアニーちゃんも、何か、彼に恩とか義理でもあんの?」

 どことなく冷めた口調で放たれたその言葉に、ギドは眉毛を僅かにぴくっと反応させた程度で、

 「恩や義理? あぁ、あるぜ? あいつは俺を救ってくれたんだ……どうしようもないバカ親父の暴力からなぁ!」

 「?」

 「俺もスラムの出でな……俺の親父は、お袋と俺に働かせて自分は酒飲んでるだけで、うさばらしに俺達に暴力を振るうようなろくでなしだった! そんな中リュートが来た……アイツらは俺とおふくろを助けようと、親父と話して説得しようとしてくれた! けど親父は逆ギレして暴れて、その八つ当たりでとうとうお袋を殺した! 俺も殺されそうになったその時、かけつけたリュートが親父を殺して俺を救ってくれた!」

 「それが彼への恩で、あなたが彼に従う理由、ってこと?」

 「ああ……半分な」

 「半分?」

 「ああ。俺が感激したのはその後さ……リュートが、親父を殺したその後だ。何も変わらなかったんだよ、世の中が。親父が死んだってのに、何もだ!」

 「……?」

 そのあたりから、ギドの笑みの中に狂気……いや、狂喜とよべるものが混ざりつつあったことに、ふとシェリーは気付いた。

 「実の所俺は、何度も親父を殺そうと思ってたんだ。当事は栄養失調で痩せてたが、夜襲でも何でも手はあった。けどお袋は、親父にどんなことをされても、俺にそれを許さなかった。人を殺しちゃ、そんな罪を犯しちゃダメだって言ってな! 歯がゆかったが、俺を思ってくれるお袋の気持ちは嬉しかったから、それはずっとそれに従ってきた……けど、それは間違ってた! 親父を殺しても、そんなもんは罪でも何でもなかったのさ!!」

 「……?」

 「だってそうだろう? 人殺しなんて大罪も大罪、んなことガキでも知ってる……なのに、リュートが親父を殺しても、世界は何も変わらなかったんだぜ!? 誰もリュートを責めず、親父の死を気にもかけず、それどころか喜ぶ奴までいた! もちろん俺以外にだ! その時俺は、その理由を悟った……それは、リュートが『間違ってないから』だ!!」

 「…………」

 「罪じゃないんだよ、親父を殺したことは! 誰も困らない、悲しまない、気にも留めない!! ただ、親父っていうクズが1人死んだだけなんだから! 正しいのはリュートだったんだから!! リュートはわかってたのさ、正しければ罪じゃないんだってことを!! そしてアニーは知ってた、リュートは正しいんだってことを!」

 「だから……それを教えてくれたリュート君についていって、その先々でリュート君の邪魔になるような人を皆殺しにしてる、ってわけ?」

 「ああそうさ! リュートは正しいんだ! その邪魔をする奴ぁ皆間違ってる! だから、そいつら殺したって、その行為は何も間違ってねえ! 現にそうやって今まで俺達はやってきた、やってこれた! 何の問題もなくなぁ!」

 「いや、それはあなたとあのアニーって娘が影で色々……」

 「今言っただろ!! 誰も困らなけりゃ、むしろ喜ぶ人がいるなら、人殺しすら罪でも何でもねえんだよ! それが、俺達が裏で動いたからでもだ! なぜなら、リュートの望みがかなってるんだから! あいつは正しいんだ、だから俺達は正しくて、お前らは間違ってる! 俺達の邪魔をするお前らは……死んで当然なんだあああぁぁああっ!!!」

 方向と共に、ギャリン、と金属音を響かせてギドは刃を跳ね上げ、大上段から全力で振り下ろす。剣ごと、シェリーを真っ二つにするつもりで。

 ……が、その瞬間、

 
 「……これ以上は、ムダね」

 
 そんな、つぶやくような声が聞こえたかと思うと、

 ボウッ、と、
 シェリーの剣に、鮮やかな赤い炎がまとわりついた。

 それをみたギドはしかし、動揺する様子もなく、剣を振り下ろし……

 「はっ、そんなちっぽけで何を―――ぇっ?」

 
  すぱっ、と、

 
 振り下ろした自分の大剣が、シェリーが片手で振り上げた細身の剣によって、まるで豆腐か何かのように無抵抗に斬られたのを見て、唖然としていた。

 競り合うことも出来ずに、刀身が刀身によって『斬られた』。

 斬り飛ばされた刀身が宙を舞って明後日の方向に飛んでいき、半分以下の長さになってしまった剣だけが、ギドの手元に残っていた。

 正確に言えば、『焼き斬られた』とか『溶かし斬られた』という表現を使った方が正しいのだが、それをギドが知る由もない。

 魔法に疎いギドでは、

 その魔力を満足に測ることも出来ず、剣にまとわりついた炎を見て、『これならアニーの炎の方が断然強い』などという感想を抱いていたギドでは、わからなかったのだ。

 今の一撃が、特訓を乗り越えたシェリーだからこそ可能になった……無駄な熱を放出しないことで攻撃力を爆発的に上昇させた、凶悪極まりない一撃だったなどとは。

 「……やっぱり、あんたとは戦っても楽しくないわね。中身が薄っぺらいのもそうだけど……あの人達とあんまり長い期間一緒にいて、舌が肥えちゃったかしら? けどまあ……」

 一拍、

 「……だからって手加減する理由も、見逃す理由もそもそもない、か。ちょうどいいから、私の方こそ冥土の土産をあげる。とくと御覧なさい……『大灼天』直伝の剣よ」

 そして、

 剣が刺身のように斬られてしまった今の衝撃から立ちなおれていないギドを、肩口から袈裟懸けに斬り下ろした。

 直後、

 いつものシェリーの斬撃なら、斬ると同時に爆炎が吹き上がるところ、それは起こらず……代わりに、高熱で焼かれて血の一滴も流れ出てこないまま、

 斜めにギドの体がずれて……そのまま、2つに別れた。

 頭側はうつ伏せで前に、下半身は仰向けで後ろに倒れ、もはや二度と動くことは無いギドの体を見下ろしながら、

 「……ま、私も何人も今まで手にかけてきたし、偉そうなこと言えた義理じゃないけど……あんたせっかくだから、あの世でお母さんに道徳精神叩きなおしてもらいなさい。そんで、今度こそお父さんから守ってあげたらいいじゃない」

 そう、つぶやくように言った。

 ギドには、最早聞こえてなどいなかっただろうが。

 
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