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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第5章 『正義感』と『正義観』

23/197

第64~66話 教会と変化とうごめく陰謀

書籍化に伴う差し替え版になります。
ご了承ください。



 それを、

 その『変化』を、
 各自が自覚したのは……この日の昼前。

 この『合同訓練』も折り返し地点に来たところで、各自、現状を把握してもらう目的で、姉さんが用意した『課題』をこなす、言うなれば『テスト』を実施した時だった。

「何……コレ……?」

 これが……自分が魔法を使った時に何が起こったかを見て、僕ら4人が皆一様に呟いたセリフだった。

 いや、何せ……あまりにも予想外だったもんで。

 確かにまあ、そういう訓練としてやってるわけだから、自分の魔力コントロール技能、ひいては魔法の威力や精度の向上を目的としてやってるわけだから、そういう上達してるって感触はあったし、実際そうなっていることに不思議は無い。

 ……その規模がちょっと予想外だっただけだ、うん。

 いや、だって……

 こないだまで、ちょっと強めの風圧の弾を飛ばすくらいしか出来なかったエルクは……さっき、的用に姉さんが用意した木偶人形と、その背後に置かれてた大岩を一刀両断する風の刃を放ってみせたし、

 そこそこ強力とはいえ、ザコ敵の一掃に使える程度の威力だったザリーの砂嵐は、木偶人形をズタズタを通り越して削りとってただの棒切れにしちゃう凶悪さになってたし、

 最初からただでさえ鋼鉄をも焼き斬る威力だったシェリーさんの炎の剣は、一撃の余波で周囲に殺人的な威力の熱波を撒き散らす範囲攻撃になっちゃってたし、

 そして僕は……拳の一発を地面に叩きつけただけで、小型の隕石の落下地点みたいな規模のクレーターができた。

 ……自分で言うのもなんだけど……何、このデタラメな成長幅?

 ☆☆☆

 姉さんに言わせれば、『あのメニューをこなしてたんやから、ある意味当然』とのこと。

 どれをとっても結構なハードメニューだったあれらの訓練は、それぞれが僕らの成長に大きな役割を果たしていたと、この時になってようやく聞かされた。

 まず、神経過敏茶+座禅のコース。

 あれを飲んで気持ち悪くならなくする方法は、ズバリ動かないこと。

 揺れる場所にいて、否が応でも体が動く場合は、それと対応するような動きをこちらがすることで、言ってみれば『相殺』することで酔いを抑えることが出来る。

 同時に、筋肉の緊張や弛緩、重心の移動なんかにも気を使うとより酔わないんだけども、これらの『酔わない』ための体運びは、そのまま普段の動きや、戦いのときの体裁きなんかにも応用できる。

 より疲れず、力も効率的に発揮できるような、最適な動き、という形になって。

 しかも、完全にイレギュラーな『揺れ』に無意識に対応できるくらいにつきつめれば、当然戦いの中でも、心身に負担がかからない動きが自然に出来るようになる、と。

 つまり、このお茶+座禅の正体は……『動きの最適化』だったわけだ。無意識下で自然に実行できる、しかしかなり荒療治かつスパルタの。

 次に、『シャボンそろえ』。

 魔力を見極める観察力と注意力、そして、自分の体にやどす魔力量の繊細・正確なコントロールを可能にするための訓練。

 しかも、左右で違う量の魔力を、正確にコントロールできるようになったし、繰り返しているうちに、調整にかかる早さも、その繊細さも上がってきた。

 魔力の感知も、パッと感覚的にわかるところまできている。
 当然集中すれば、もっと詳しくわかるけども。

 そして、先ほどの『テスト』においてもっとも一撃の爆発力の増加に関わった訓練。

 それこそが、各自別々のメニューで行った、魔力コントロールの修行。

 体力面の修行もそうではあったんだけど、力を上手く使うっていうのは、最小の労力で最大の結果を出すということ。

 コントロール修行の結果、効率的な力の使い方を覚えたことにより。最小の魔力と精神力で、最高の威力を出すことが出来るようになった僕らは、魔法の威力……特に、それぞれの『魔力』が持つ性質が最大に発揮されるようになった。

 各講師陣の話だと、僕らの攻撃の威力は、今までの数倍にまで上がっているだろうとのこと。特に、今まで上手く使えていなかったエルクは。
 もともと才能としてあった伸びしろの分が一気に伸びた、って感じだ。

 それに加えて、燃費もよくなっており、肉体的・魔力的ともに持久力も大幅アップ。

 総合的な戦闘力は、今までとは最早比べるまでもなく……しかもそれを、これから残る半分の訓練期間の中で更に洗練していくという。

 自分たちが今まで考えもしなかったステージに届きつつある、と聞かされ……僕らはそろって驚きを隠せなかった。

 ☆☆☆

「……まあ、予想はしとったけど……デタラメやったな、全員」

「ええ、そうですね。よくもまあ、あそこまで才能のある者たちが、ひと所に集まったものです。しかも、互いに反発するようなこともなく、和気藹々としている」

「剣呑よりゃいいでしょーよ。それに、きっちり上達しててくれりゃ、教官としてもやった甲斐があるってもんだろうに」

「にしたって限度あんだろ、何だあのビックリ人間軍団」

 四者四様、思い思いに今の『中間発表』の結果の感想を述べる、キャドリーユ兄弟。

 しかし、弟子達の成長をきちんと喜んでいる反面……彼らの表情や心中は、なんとも複雑なものだった。教え子たちが輝かしい訓練成果を発揮したこういった場面には、いささか不釣合いなほどに。

 しかし、決して落胆している様子は無い。言うなればむしろ、『喜び方がわからない』とでもいうような空気。

 その理由を最初に口に出したのは、さっきただ1人、素直にミナト達4人を賞賛するせりふを述べた、ダンテだった。

「……まあ、そりゃ、全員が全員、半月じゃありえねーぐらいのとんでもない成長幅だから、度肝抜かれたのはホントだけどな」

「ええ。完全に予想外でした。まあ、毎日彼らに接していましたから、覚えが早いというのは実感していましたが……実際に技に出してみると、ここまでとは」

 落ち着いた口調のウィルではあるが、メガネをずらして目頭を押さえていた。
 色々と思うところがあったのだろうか。

 しかし、それは無理のないことだった。先ほどから彼らがぽつぽつ言っていた通り、稽古を付けている彼らとて、ここまで爆発的な成長を遂げるなどとは、正直な所、微塵も思っていなかったのだから。

 彼らがつけていた稽古は、たしかに普通の稽古よりも少し過酷で、しかしその分大きく伸びることが期待できるものだった。

 きちんとある程度の期間こなせば、十人並みな中級冒険者でも、いきなり周囲から一目おかれるようなレベルになれるくらいには。

 今回の『訓練』でも、彼ら……ミナト達4人は、講師陣のレベルと熱意、そしてに恥じないレベルアップを見せた。

 ……が、予想外だったのは、
 その成長幅が明らかに異常なレベルで、完全に講師陣の予想を上回っていたことだ。

 エルクは、予想もしなかった大きさ、そしてはっきりとした存在感の風の刃を放ち、人形はまるで豆腐か何かのように真っ二つ。そこに何もなかったかのように通過した。

 ストッパーとしてその後ろに置いた岩をも両断し、ミナトたちは気付いていたかしらないが、その後ろの地面に更に深い傷跡を残していた。

 真上から見て、実に10m近くにもなる、一直線に大地に刻まれた傷跡。
 もし間に障害物がなければ、20m以上は確実だっただろうと予想できた。

 ザリーの砂嵐は、確かにもくろみどおりの暴風と砂礫の乱打で、人形の後ろにあった木の葉っぱを散らした。

 しかし、それがまるで削岩機のような勢いで襲い掛かり、人形も木も『削り取って』しまうなどとは、全く予想は出来ていなかった。

 もし普通の人間に向かって加減無しに放てば、血霧にして飛び散らせてしまうであろう、恐ろしい威力だ。骨のかけらが残るかどうかも怪しいものである。

 シェリーにしてもそうだ。

 ノエルの担当だったが、確かに『ろうそく』で魔力の繊細なコントロールを可能にした結果、熱をより収束させて威力のある一撃を繰り出せるようになったが、数度振れば湿地を一部砂丘に出来そうな化け物じみた威力を期待したわけではない。

 発せられる熱波も手伝って、剣でありながら実質槍のように長いリーチで戦うことが出来るだろう。一振りで鋼の鎧をバターのように断ち、余波で数歩外の敵を焼けるだろう。

 そして、最後に……ミナト。訓練生達の中で最も凶悪な才能を持ち、最も規格外と言っていい実力を持っている男。

 見せられたのは、たった一発のパンチ。

 たった一発。されど、それで全てがわかった。わかってしまった。

 いや……むしろ『わからなかった』というべきかもしれない。

 体内および体外での『魔力』のコントロールを学んだミナトは、その実力を遺憾なく発揮し、自分が発揮しうる最大の威力の拳を地面に叩き込み……

 結果、大地が揺れ、森がざわめき、鳥たちが逃げる……局地的な地震と言っていいかもしれない現象が引き起こされた。

 しかし、むしろこのくらいはあるかもしれない、と、ノエル達は予想していた。

 問題は、その拳でできたクレーターだった。

 爆発的な魔力をこめて攻撃を行った場合、その余波によるなんらかの副次的な破壊現象が引き起こされることは珍しくない、

 そして、原因となった攻撃にこめられた魔力が大きければ大きいほど、その副次的な破壊の規模も大きくなるが……これは主に、攻撃の威力のほかに、魔力を用いた魔法攻撃としてのそれの威力が含まれる。

 シェリーの高熱による地面の乾燥や水溜りの蒸発などは、いい例だろう。
 攻撃はあくまで剣によって行ったのに、その余波の高熱で周囲が二次的な攻撃を受けた結果となった。そしてその炎は、熱は、魔力によって生み出されたものだ。

 ノエル達は当然、ミナトの『地面パンチ』の余波も、こめられた『魔力の』余波によるものだと思っていた。拳にまとう溢れんばかりの『闇』の力がなす破壊だろうと。

 しかし、

 講師陣の予想に反し、ミナトのパンチで出来上がったクレーターからは……魔力による余波の痕跡を感じなかった。
 それはつまりどういうことかというと、言えることは2つある。

 1つは、ミナトは、余波として拡散するようなことがほとんどないほどに、上手く魔力を収束させ……身体能力と威力に変えていたこと。つまり、コントロール技能の熟達具合ゆえに、ムダに散ってしまう魔力がほぼ0だったわけだ。

 そして、もう1つ……
 魔力の余波が生まれなかったと言う事は……だ。

 ミナトは、その強化された身体能力と、研ぎ澄ませた体術で放った拳『だけ』の威力で、直径数十mにもなるクレーターを作ったという事だ。

 本来、余波がなければ起こりえない規模の破壊を、身一つで引き起こす。

 単純な膂力の問題ではない。力の拡散や収束、体の各部の駆動の方向、拳を放つタイミングなど、小難しい理屈も色々と絡んでくる。

 ミナトはそれをほぼ完璧に、しかも、自然体で行えている。

 だからこそのあの威力と、あそこまで巨大ながらも均一でキレイな円形のクレーターだった。心身ともにリラックスし、ほとんど緊張などもしておらず、物理的・魔力的共に、ムダな力が入っていない証拠である。

 そして、そこで真に恐ろしいのは、それら全てを『自然体』で行えているということだった。

 力のかけ方を計算しているような様子も、
 精神統一して深く集中しているような様子も、
 緊張したりして力んでいる様子も、全くない。

 あくまで『いつもどおり』にやった結果、もっとも結果を発揮できる形になっていた。それを、本能的、もしくは直感的にわかっていたのだ、ミナトは。

 元から知っていたのか、それともこの修行の最中に『感じ取った』のかはわからないが……どちらにせよ、口で教えてもらっても覚えられるようなものではない、その技術。

 数日前、アイリーン監視下の元に行われたあの手合わせ……あの時には見られなかった、洗練された繊細な動き。

 それを、このわずか数日間で『覚えた』ミナトに対し、4人は戦慄を禁じえない。
 特に、ノエルは。

 彼女にしてみれば、それは、『もっと強くなりたい』と自分に相談してきたミナトのために用意した、果てしなく高いハードルだったはずだからだ。

 彼女自身が過去に乗り越え、その結果大きな力を手にした道だ。

 だからこそ、彼はまだ若く、この類の修行はかなり時期的に早いとは思いつつも、自信を持って進めた訓練メニューだった。

 
 ……ただし、
 彼女の記憶が正しければ……彼女自身は、その修行を経て、今のミナトと同じ『技』を手にすることが出来るまでに、年単位の時間を要したはずだ。

 
 無論、冒険者として名をはせた100年前から、今現在に至るまで研鑽を怠っていなかった彼女であるからして、現在のその『技』の完成度はミナト以上である。

 しかし彼女には、人間が一生を終えるほどの時を経て完成にこぎつけたその今の境地にも……自らの弟は、近いうちに到達してしまうような気がしていた。

「……まるで、オカンやな」

「あん?」

 ぽつりと、ノエルがつぶやいた言葉に、ブルースが何だろうかと聞き返した。

 ノエルは、それに答えるつもりでか、はたまた独り言のようなつもりで言ったのかはわからないが……淡々と、

「まるで、若い頃のオカンみたいや。ゆーても、アイリーンはんから聞いた限りの感じしか知らへんねんけど……あの、ムチャクチャ加減が」

「ほー。そらまた、どんな?」

「天才とか秀才とか、そういう連中は、最初から優秀でバンバン進んで行ける代わりに、挫折っちゅーもんを知らん。せやから、一旦どこかで壁にぶつかると、そこでもう嫌になってもーて、全部投げ出してまう奴もおる。けど……ミナトやオカンは、違う」

「……そのこころは?」

「逆にやる気でる、とかか?」

「近い、けど……ちょい違う。やる気出して、その後、壁を乗り越えるために、やれること全部やってがむしゃらに努力して……努力して、そんで……」

 一拍、

「……その後、いつの間にか、普通に壁を越えられるとこまでなってる。しかも、気付かずに壁をぶち抜いて、まだそのまま進んでいく。気付いた時には、目標だった場所の百歩も二百歩も先まで進んで、『あれ?』……ってなもんや」

「……至言ですね、まさに、今の彼を言い表すのにふさわしい」

 と、呆れと感嘆の混じったため息混じりに言うウィルだった。

 
 ☆☆☆

 
「いきなり修行が休みになった?」

「うん、なんか、ブルース兄さんがさ……」

 
『ちょっとお前に関するこれからの指導方針についてお兄さん悩まなきゃいけないから、しばらく訓練お休み。お前もゆっくり休め。自主練は基礎だけでいいぞ?』

 
「――って言われて休みになった」

「何それ?」

 ホント、何だろうね?

 なんかその後も、兄さんには『修行は上手くいってるからやんなくていいぞ。つか、やるな』的なことを言われた。

 普通こういう時って、『修行は上手く言ってるけど油断するなよ! 継続してやることで本当に力になるんだからな!』とか言われて、きっちり続けて練習するもんだと思うんだけど……?

 そしてその際、何か妙にブルース兄さんが疲れた様子だったのも地味に気になったんだけど、兄さんそのまま帰ってしまったので聞けなかった。

 で、今、何も特にすることが思い浮かばなかった僕は、なんとなく(迷子になる危険性がない範囲を)散歩してたら、同じくウィル兄さんが忙しくて午後の訓練が休みになったエルクに出くわした。

 今現在、町外れの広場。そこで、露店で買った焼き菓子をほおばりながら雑談中。

 前世の感覚でいうと、こんな風に訓練とかが休みになって暇になるっていうのは、そこそこ喜ばしいジャンルの出来事だったんだけど、今みたいに、やっと軌道に乗ってきた所でそんな風に休み出されると、逆になんかこう……もてあますわけで。

「いきなり『休み』って言われても、正直やること思いつかないんだよねー……最近ようやく修行が軌道に乗ってきたと思ってたし、効果のほども今朝実感してやる気出したばっかりだし」

「あ、わかるわそれ。私もちょっと今、肩透かし食らったみたいで不完全燃焼だから」

 どうやら、エルクも正にやる気が出てきてた所だったみたいだ。

 休暇を貰ったことに少しは喜びつつも……せっかく踏み込んだアクセルが空回りしたような、不満げな口を尖らせた表情になっている。

 ……コレはコレでかわいいんだけど。

 それはそうと、だ。

「ところでさ、エルク?」

「? 何、ミナト」

「いや、僕実はさ……さっきから、暇つぶしと、このあふれ出る向上心を同時にどうにかする方法がないか、ずっと考えてたんだけどさ」

「ふーん……で、何か名案でも浮かんだの?」

「うん。ちょっと、親孝行的な部類に入るかな、っていうアイデアなんだけど」

「? 親孝行?」

 さっきから考えてたんだけども、

 前世の記憶だと、親って、子供からのサプライズ的なものを喜ぶ傾向があった気がする。

 もちろん、行き過ぎると怒られるけど、いつの間にか子供が成長してたりとか、

 内緒のうちに、手作りのプレゼントとかを用意してたりとか、

 極端な例かもしれないけど、親ってそういうの喜ぶよね? 『知らない間にこの子立派になってたのね』とか言って。偏見かな?

 ともかく、それをこの場合に当てはめて考えた結果……僕がどういう答えに行き着いたのか、をエルクに説明した、

 その結果、

 
「………………」

 
 わぉ、素敵なジト目。

「……うん、最近はノエルさんとかウィルさんとか、結構キャラ濃厚な人に多く接してたから忘れ気味だったけど……あんたが一番非常識だったのよね、そういえば」

「んー、悲しきかな予想通りのお言葉。褒め言葉として受け取っとこうかな」

「好きにしなさい。っていうか、それ……本気なの?」

「超☆本気」

「……ちなみに、今何個くらい?」

「10個ちょっと。明日になれば20個くらいになってるかも」

「滅茶苦茶にも限度あるでしょ……でも……」

 一拍、

「……面白そうね、正直」

 お、こりゃ意外。エルク、まさかの乗り気?

 その小顔に浮かんだ、いたずらっぽそうな笑顔がすごくかわいく、しかしちょっと危険な匂いを帯びて見える。

「我ながら、何というか……順調にあんたに毒されてる気がするわ。全くもう。責任は取ってくれるんでしょうね?」

「あははは、嬉しいこと言ってくれるね……気のきいたセリフ返してあげたいけど、エルクに口で勝てる気はしないからやめとこ。で、どうする?」

「そうね……わかった、乗るわ。私にも向いてそうなの、あるのよね?」

「もちろん。いくつでもどうぞ、好きに持ってって。何なら、具体的なリクエスト言ってくれれば、それっぽいの考えさせてもらうし」

 そんな感じで、誰もいない原っぱでくすくすと笑いながら話す僕らは、傍から見たら、イタズラか何かの相談をしている悪ガキみたいに見えたことだろう。

 実際、自覚としてはそれに近かった気もする。

 

 ……もっとも、

 
 この企みが後に、親孝行どころか、逆に姉さん達に思いっきり頭を抱えさせる結果を招くことになろうとは、

 そしてこの自主トレのことを、後に僕自身が、『エルク魔改造週間』とか呼んだりすることになるとは、
 その結果、思いも寄らない真実が明らかになるきっかけになるとは、

 このとき僕らは、ちょっと全然予想もしていなかったとさ。

☆☆☆

 ある日の昼下がり。
 場所は、町外れにある教会。

 いい天気だというのに、その部屋のカーテンは締め切られていた。

 一筋の日光も入ってこない、薄暗いその部屋の中には、2人の人物がいた。

 1人は、その過剰な正義感ゆえに、すでにこの町でも悪い意味で有名になってしまった少年、リュート・ファンゴール。

 そしてもう1人は、この『トロン』の町の実験を握っている、薬草の取り扱い業で成功した富豪、モンド・ハック。

 人目を避けるかのように、締め切った部屋であっている2人が、その議題に上げているのは……先日のうちにちらりと話され、リュートの興味をそそったある計画のこと。

 この町の、スラム街の人々の貧困問題を解決する、モンドの策について、だ。

「前にも話したとおり、私は……正確には私の店が、だが、新しくより大きな事業を始めようと思っている。その際に、今現在、スラム街で貧しい暮らしをしている彼らや、奴隷という嘆かわしい身分に身をやつしている彼らに、役に立ってもらうつもりだ」

「雇用という形で、でしたね」

「ああ、そうすれば、今私自身も頭を悩ませている問題の解決につながる。しかし、それには少し問題があってね……」

「? 問題?」

 と、
 ふいにモンドが、軽く頭を抱える仕草と共につぶやいたその言葉に、リュートは反応して聞き返した。

「ああ、既存の奴隷商人達のことが、少し……ね」

 モンドいわくところによると、

 奴隷という安い労働力は、商人にとっては、場面に夜とはいえ、非常に扱いやすくて重宝する、売るにも買うにも魅力的な『商品』なのだという。

 それゆえに、商人たち、とくにそれらを専門に取り扱う奴隷商人達は、その仕入れの時期に非常に敏感である。

 一度話が少し変わるが、この『トロン』は、経済成長の波に乗って自分も一旗上げようという、若い志の商人たちが毎年数多くおり、その彼らにとっても『奴隷』は必需品だ。

 つまり、よく売れる市場なのだ。ここ『トロン』は。

 そして同時に、あまりに急激な経済発展と、それの利益を独占しようとした『先代』の横暴の影響で、生活に困窮した『奴隷予備軍』がかなり多く……有用な『仕入れ場所』でもある。

 『売る』と『仕入れる』の両方がこなせるここ『トロン』は、奴隷商人達にとっては格好の儲け場所であり、当然、今回この時期に来ている奴隷商人達も、今年も何人、何十人もの困窮者を奴隷として取り立てていく可能性が考えられる。

 一応、その『仕入れ』は、借金が理由の身売りや犯罪奴隷など、モラル的なものはともかくとして『合法』なものなのだが、それをモンドが口に出すことはなかった。

 もっとも言った所で、リュートの考えや心証が変わることなどなかっただろうし。

 そしてモンドが続けることには、彼らはその『仕入れ』で、自分たちが救済しようとしている人々を何人も何人も『奴隷』として連れて行ってしまう。一時の支えにしかならないお金を、その残された家族に渡すのと引き換えに。

 それでは、その場はしのげても、やがては同じような悲劇は繰り返され、最悪、家族がバラバラになって全員が奴隷に身を落とすまで続くかもしれない。

 自己犠牲の精神で、順番に身売りしていく可能性を考えれば、別にありえない話ではない、と。このまま放っておくわけにはいかない、と。

 それでは人は救われない。もっと根本的な解決が要る。
 彼らに、きちんと労働の対価として糧を与え、きちんとした生活を確立させる『雇用』……すなわち、自分が正にこれからなそうとしているものが。

 しかし、すでに奴隷商人の中には、何人、何十人もの『予備軍』たちと『身売り』の契約をかわし、数日のうちにその身柄を差し押さえる予定のものもいるらしい。

 このままでは彼らは救えない。果たしてどうすればいいのか。

「答えは明快……団結するんだ。それしか、道は無い」

「団結、ですか?」

「ああ。スラムの彼らは、個人が持っている力では、我々のような、色々と『持っている』者に抗うことは難しい。しかし、数が集まれば話は別だ」

「全員で協力して抗う、ということですか? 奴隷商人達に?」

「ああ。しかし、暴力に訴えてはいけない。あくまで『不服従』を、そして、自分達の持つ幸せになる権利というものを主張して、連れて行かれることを拒否し続けるんだ」

 ミナトが聞いていれば、どこかで聞いたことがあるような『抵抗』の仕方だという感想を抱いただろうが、モンドの説いたそのやり方は、リュートの頭には極めて新鮮だった。

「斬新というか、何というか……しかし、それは結論を引き延ばしているだけになりませんか? 向こうから歩み寄ってくれるとは思えないのですが……」

「それがそうでもない。人間というのは現金な生き物でね、集団が相手となると、途端に慎重にならざるを得なくなる。特に、人の上に立つ人間はね」

「と、いうと?」

「例えば、私は今、何十人、何百人もの従業員を雇っている立場にある。あくまで例えの話だけど、そのうち1人が、下っ端の分をわきまえず私にたてついたとしよう。その1人の首を切って、店にいられなくするのは、私には簡単だ」

「……なるほど。あくまで、たとえ、ですよね?」

「もちろんだ。ただこれが、一度に数十人、数百人に抗われると、事情が違うだろう? 一度に数十人・数百人では、さすがに彼らの首を切って解決、というわけにはいかないし、生産ラインが止まってしまいでもすれば、私の店は大損害をこうむる。力ある者に対して弱者が数で対抗するというのは、実はとても合理的な方法なんだ」

 ミナトの前世で言う『ストライキ』の考え方だった。

 しかしやはりコレも、リュートには初めて聞く理論であり方法。少なからず衝撃を受けたリュートは、いつの間にかその話に集中して聞き入っていた。

「これは、今回のことにも言えることだ。スラム街の、奴隷に身を落とそうとしている彼らでも、一致団結すれば簡単には敗れない力を手に出来る。さらに、そこに一緒に住んでいる、まだ奴隷の呪縛に捕われていない者たちも味方にできれば、奴隷商人達が束になったとしても、抗えるだけの力になるだろう。ただ、欠点があるとすれば……」

 一拍置いて、

「すでに連れて行かれてしまった者たちを、救うことが出来ないことか……歯がゆいな。それに、自分達の徴収予定の奴隷だけでも、力ずくで連れて行こうとする者たちが現れないとも限らない……すまない、リュート君。偉そうに語っておいて、穴だらけの計画だ」

 しかしリュートは、申し訳無さそうにつぶやかれたその言葉を受けてなお、
 いやむしろ、より一掃固い決意を瞳に宿し、心を燃やしていた。

 そこから滲み出すままの言葉を、モンドに向けてはっきりと言い切る。

「その時は……僕たちがお手伝いします。彼らが幸せに、人として当然の未来を歩むための戦いなんだから……誰にも、邪魔はさせません!」

 
 ……その言葉に、
 心の中でモンドがほくそ笑んだことを知る者は、いなかった。

 
 ☆☆☆

 
 大体、1週間。

 多忙を理由に、僕達の修行が前ほど厳しくなくなってから、そのくらいの期間が過ぎた。

 そしてこの『合同訓練』も(うっかりそういうのに参加してたんだってことを忘れそうになる)、残す所1週間かそこらだ。

 もっとも、前ほどじゃないって言っても、基礎訓練である『神経過敏座禅』や『シャボンそろえ』は今まで以上の数や時間でやってるから、僕らの地力は依然としてぐんぐん伸びていっている……

 ……って、ダンテ兄さんが言ってた。
 このところ、朝からの僕らの訓練をずっと見てくれてる、ダンテ兄さんが。

 というのも、ノエル姉さんは商人としての予定が予想以上に立て込んでて忙しく、ブルース兄さんは傭兵集団のトップとして、そして自らも戦う傭兵として忙しい。

 残る2人……ウィル兄さんとダンテ兄さんだけど、この2人は同じ目的でここに来てる。

 そのため、処理能力で勝る(らしい)ウィル兄さんがダンテ兄さんの分まで用事・仕事引き受けて時間作る代わりに、ダンテ兄さんが僕らを指導……っていうことらしい。

 ダンテ兄さんは、なんというかアットホームな雰囲気の人である。

 姉さんやウィル兄さんの指導は、なんていうかバリバリ『教師』って感じがするんだけど、ダンテ兄さんおよび、僕の担当であるウィル兄さんの雰囲気は、デフォルトが大雑把で豪快なので、いわゆる友達先生、って感じ。

 近所の世話焼きのおじさんみたいな雰囲気を感じる。

 それでいて、教える力はきちんともってるし……組み手方式の訓練でも、要所要所の指導まで含めてきちんとこなすんだからすごい。

 もっとも、そうはいってもやはり得意不得意はあり、魔力の訓練は『土』以外できないので、ザリー以外の僕らは基本的に自習だ。

 時々見に来てアドバイスくれる程度だけど、ダンテ兄さんいわく『繰り返すだけで十分力になる』だそうだ。

 それと、訓練といえば、
 この『合同訓練』では、基本的に姉さんがバトル形式の訓練の相手(しかも全員の)するんだけど、たまに他の人が代わりをやる場合もある。

 ダンテ兄さんともそれで相手してもらったことがあって、そこで知ったんだけど、ダンテ兄さんは、姉さんとはやっぱり戦い方のタイプが違った。

 姉さんは、あの片刃の刀みたいな剣を武器にして、スピードと身軽さ、そして技の繊細さが武器の、テクニック重視な戦い方をする。

 しかしダンテ兄さんの場合は、逆。

 僕と同様、拳ひとつで僕ら全員の(一度にじゃないけど)相手をする兄さんの戦い方は、スピードもテクニックもきっちりあるけど、それ以上にパワーとタフネスが印象に残る。

 僕の攻撃を避けるか受け流す姉さんと違い、ダンテ兄さんは苦もなく受け止めるため、姉さんとは違ったタイプの戦い方だから、いい経験になる。

 で、ラスト。ブルース兄さんなんだけども。
 ダンテ兄さんよりもやや細身で、見た目のグータラ具合はそれ以上ながら、実態は……ノエル姉さんとダンテ兄さんのいいとこ取りしたみたいな人だ。

 避ける、受け流す、受け止める……そしてその合間に飛んでくる攻撃が、ノエル姉さんより鋭く、ダンテ兄さんより重いってんだからすごい。

 そして、その3人ともに……まだ、修行で相手してもらってる中で、本気出されたことがない……と、思う。

 ちなみに、ウィル兄さんにだけは相手してもらったことがない。

 本人曰く『私は戦闘タイプじゃないんですよ、あなた方と違って』とのことだ。

 しかし、それでも実力的にはAくらいはある、って聞かされた時は、エルクが素敵なジト目を見せてくれたけど……僕以外にそのジト目が向けられてるって思うと、正直ちょっと複雑な気分になったりならなかったり……

「へんなとこで対抗意識持ってんじゃないわよ、バカ」

 はい、すいません。

 ――とまあ、そのエルクだけども、今現在、僕と一緒にいる。

 場所は、トロンから少し離れた、小高い丘の上。それなりに開けた場所。
 時間は、穏やかな午後の、昼下がりな時間帯。

 ここで僕とエルクは、自主トレの真っ最中なのだ。

 ここんとこ日課になりつつある、この2人での自主トレは、例によって最近の姉さんたちの多忙さによる暇を埋めて有効活用するために始めたもの。

 というか、この『合同訓練』に来る前まで日課だった、僕らの朝の鍛錬が昼の時間帯に来ただけ、って感じもしないでもないけど。

 ただ、前までの『訓練』とは、決定的に違う点が2つある。

 1つは、シェリーさんがいないこと。

 朝練ではまず毎日一緒に参加し、そして僕に模擬戦を申し込む存在だったシェリーさんだけども、この自主トレには参加しないのだ、あの戦闘狂が。

 理由として考えられるのは、午前中の訓練のシメに行われる、ダンテ兄さんとの模擬戦で欲求が発散できてるからか……はたまた、朝の精神的にクる訓練で、彼女が一番、まだなれることが出来てないからか。

 苦しい中でも全力で戦いを楽しもうとして、後で無理がきてるのかもしれない、な。

 もしかしたら、もう少しして……シェリーさんもあれにきっちりなれて、なおかつこっちでやってることに興味を持ったら、後付で参加するかも。

 で、もう1つは、
 自主練の『内容』が……ちょっと、いやかなり特殊だってことだ。

 もちろん、いつもの練習と同じ、強くなるためのメニュー……筋トレとか、組み手とかもきちんとやってる。けど、メインはあくまで別。

 エルクも一緒になって何をやってるかと言うと……一言で言えば、

 
 ……新技の開発、かな。

 
 そして、このときの僕らはまだ知らなかった。

 この、ブルース兄さんがちょっと僕から目を離した隙に僕が始めた『自主トレ』が、僕を除く兄弟一同を驚愕させる結果を招くことになる……ということを。

 そして、もう1つ……

 この日、僕らがある人物に出合うと言う事を。

 ☆☆☆

「いや~……ナナさんってホントに強かったんですね」

「あ、やっぱり意外でした? よく言われるんです」

 同日午後、僕達は……ひょんなことから、この町の教会を訪れていた。

 またしても午後の訓練が中止になったので、最近ほぼ日課と化してる『あること』のためにエルクと一緒に市場を歩いてた所……そこで、嗅いだ市中のナナさんがチンピラっぽい連中に絡まれてるのを発見した。

 しかも、そこにいたのはナナさんだけじゃなく……どうやらナナさんをかばう感じで立ちはだかってる、この町の教会務めのシスターさんが3人ほどいた。

 そのうちの1人が、豪胆にもチンピラに説教かましてたので『大したもんだな』と見てると、だんだんそいつら殺気立ってきていた。

 さすがにやばいかな、と思った瞬間、チンピラの一人がシスターさんに殴りかかり……

 次の瞬間、驚くほどの速さで飛び出したナナさんに叩き伏せられていた。

 その直後、残りの連中もナナさんがあっという間に片付けてしまった。
 話には聞いてたけど……ナナさん、ホントに強かったんだな、ってそのとき思った。

 その後、『お疲れ様』って感じで合流した僕らともども、ぜひお礼を、ってことで、ナナさんと、一緒にいた(後で合流したんだけど)僕らが招待されたのである。

 といっても、ナナさんを助けてくれたの、むしろ教会の皆さんなんだけど……それはともかく、ってことで、半ば強引につれてこられた感じ。なぜ?

 今は、『少しお待ちください』ってんで、応接間らしき部屋で待たされてるんだけど、

 それより僕らが気になってるのは、さっきのナナさん。

 それなりにガタイのよさそうだったチンピラを、その細腕で、苦もなく1人で撃退してしまったのである。
 それも……明らかに戦い慣れた動きで。

 動きの素早さや鮮やかさも見事だったけど、それ以上に気になった点っていうのが……その動きに、一切の無駄がなかったことだ。

 とっさに頭に浮かんだのは、今の僕らの動き。
 姉さん達の『修行』の結果として、無駄がそぎ落とされた僕らの動き……それらに、なんだかすごくよく似ている気がした。

 それはつまり、ナナさんは以前にそういう類の……というか、さっきの見事な動きからして、どこかで本格的な戦闘訓練をつんだ経験がある、ってことに……?

 エルクも見ていてそう思ったらしく、シスターの皆さんが戻るのを待つ間、それとなくナナさんに聞いてみた。

 するとナナさんは、いつか聞かれるとは思っていた、と前置きした上で、しかしなぜか『えーと……』と、少し困ったような顔になって、

 
「「記憶喪失?」」

「えーと……はい。ちょっと信じられないかもですけど、ホントなんですよね……」

 

 予想以上に突飛な説明をしてくれた。

 
 話をまとめると、どうやらこういうことらしい。
 記憶がある部分からの話になるんだけども、

 ナナさんは、ある時気がつくと、王都近くのとある警備隊屯所の施設の中にいた。
 といっても、別に牢屋とかじゃない、保護した被害者とか難民とかを入れる部屋に。

 その時すでに、ナナさんの首には奴隷の首輪がはめられていたという。債務奴隷を表す、青いラインの入ったそれが。

 そしてすでに、自分の名前以外の記憶がなかった。

 その後、説明に来た警備兵さんに聞いたところによると、ナナさんは海岸に流れ着いて気絶していた所を、たまたま遠征に来ていた軍の部隊に発見されたのだという(伝聞)。

 海を漂っていてうち上げられたと見られた。航行中の船から落ちたのか、はたまたどこかの崖から海に転落でもしたのか……は、わからないが。

 しかしやはりその時、すでにその首には首輪がついていたことから、彼女は、何らかの理由で持ち主の元を離れた奴隷である、と思われ、一応、保護って形でそのまま屯所で身柄を拘束されることに。

 しかし、行政にきていた『奴隷紛失』の問い合わせの中に、ナナさんらしき人の記録はなかった。

 さらに調べた結果、そもそもナナさんの首輪に記されているシリアルナンバーは、未登録のものだった。

 結果的に、持ち主不明の奴隷ということで、一時的に行政預かりになった上で、行政と契約してる今の商会に引き取られたんだとか。

 で、今回のオークションに出品されるためにここにつれてこられて……今に至ると。

 

「へー……」

「一概に信じるわけにも行かないんだけど……そうだとしたら、すごいわね、色々と」

「まあ、突拍子もないのは百も承知なんですけどね、何分ホントなもので……」

 あまりにすごい話だったので、さっき出された紅茶に誰一人口をつけないままに話し終わりまで来て……たぶんもうアイスティーくらいになってると思う。

 いや、ホントにマンガみたいな話だ。
 目の前でにこやかに笑ってるこのナナさんが、そんな筆舌に尽くしがたいハードな経歴をもってたとは。

 経歴っつっても、その記憶がある所からの話なんだけど、それにしたって色々十分だと思う。むしろ、よく今までやって来れたもんだ。

 記憶喪失の上に、自分がなぜか奴隷だったなんて……普通なら、パニックになって発狂してもおかしくないぐらいの危機的状況だろうに。心根が強いんだろうか?

 しかしそうなると、結局ナナさんのあの強さの秘密はわかんなかった。
 っていうか、ナナさん自身もわかんないという衝撃展開だった。

 どうしよう? いや、もうどうしようもないか。迷宮入りか。

 何せ、手がかりないもんな……ナナさんに聞いてみても、役に立ちそうな覚えてることないって言うし。ホントにとっつきようがない。

 ザリーとかの情報網使えば何かわかるか……いや、微妙だろう。いくらザリーの腕がよくても、情報網がすごくても、僕の前世みたく、インターネットとかの便利なものがあるわけじゃない。アナログである以上、さほど予想を上回らない部分で止まるはず。

 結局ナナさんに関してわかっていることは、見た目によらず強いってことと、本格的な戦闘訓練を積んでいる可能性があること。それも、相当に高度な。

 それから、魔法に関しても才能がある……らしい、ってこと。

 魔力の感知とかも少しなら出来るらしい。僕らが修行してる時に手伝ってる間、それなりにそういうのを感知してたんだそうだ。

 さらには、奴隷商のところで、戯れに持たされた魔法発動の補助媒介になるアイテムを使ってみたら、魔力の放出も確認できたとのこと。
 もしかしたら、記憶喪失前は魔法関連で何かしてたのかも?

 そして、もう1つ。

 ちょっと気になる程度なんだけど……なんだかナナさん、どうも水に苦手意識がある。

 こないだ、ナナさんは僕らの修行の手伝いの一環として、座禅用ボートの掃除とかをしてくれる、っていうことを話したと思う。

 しかし、なぜかナナさん、そのボートに乗って湖に出たり、そのボートをこいだりする類の雑用は『ちょっと……』といって断ったらしい。なぜだろう。

 そしてもっと奇妙なのは、ナナさん別に泳げないわけでもないらしいんだよね、本人曰く。なのになんで苦手なのか……?

 あーでもナナさんたしか、船から海に落ちた可能性あるんだっけ。
 それ原因かもしれないな。それなら、苦手意識はもちろん、ナナさん自身がよく理由をわかってなくてもおかしくないと思うし。

 まあ、いたずらにトラウマ(の可能性があること)にずかずか踏み込むのもどうかと思うし、このことはもういいか……と、思い始めたあたりで、

 ガチャリと応接間の扉が開き、3人のシスターさんが入ってきた。

 3人とも、見覚えのある顔だ。
 というか、全員さっき町で騒ぎの中にいたシスターさん達である。

 1人は、ナナさんを守るためにチンピラに突っかかっていた、若いシスターさん。
 年齢は僕らと同じか、少し下って感じ。肩までの長さ茶髪の、活発そうな子。

 2人目は、その後ろでうんうん頷いてた、しかしそこまで熱くはなってなかったメガネの子。ボブカットの銀髪で、年齢は1人目の彼女より少し上。どことなく、大人しそうな雰囲気があり……こころなしか、1人目よりもスタイルよさげ。

 そして最後の1人は、見た目も態度も一番年上、って感じがする人。
 腰までの長さのある、藤色の髪の毛。2人目すら置き去りにしそうな、かなりグラマラスな体つき。顔も整ってて、妖艶な美女、って感じ?

 それぞれ全く感じの違う、服だけが同じのシスターさん3人が、そろってぺこりと一礼。
 つられて僕もつい会釈を返した所で、ソファに全員ついての対談となった。

 最初に口を開いたのは、先の2人と比較してどうしても保護者っぽく見えてしまう、お姉さん的な雰囲気のシスターさん。
 名前は、テレサさんというらしい。

「このたびはご迷惑をおかけしました。この子……アルトは、すぐ熱くなってしまうところがありまして。良かれと思ってやって、かえって面倒ごとにしてしまうことも多い子なんです」

「す、すいませんでした……その、かえって挑発するなことまでしてしまって……」

「いえいえ、そんなとんでもないですよ。助けようとしてくださったわけですし、お気持ちは嬉しかったですから。ね、ミナトさん?」

「え? あ、ええ、まあ……特に何事もなく収まったですし。そんなに気に病むこともないですよ、実際」

「そう言っていただけると、不謹慎ながらこちらとしてもありがたいですわ。何かお礼やお詫びなどしたいのですが、おはずかしながら、ここもさほど余裕があるわけでもなくて」

「え? いやいやいや、そんなホントお構いなく! ただの成り行きっていうか、明らかにシスターさん達何も悪くないですし」

 純粋に善意から、ナナさんを助けてくれようとしたわけだし……まあ、あの時のアルトちゃんに、全く挑発的な要素がなかったかって問われれば否だし、それが原因で悪化した気もするけども、そこまで改まったり、重く受け止めるようなことでもないだろう。

 こっち側みんな無事だったし。ナナさんが相手全滅させたおかげで。

 それに、危なかったら危なかったで僕が割り込むつもりだったし。
 見ず知らずの他人でなく、ナナさんなんだから、そりゃ割り込みますとも。

 そういうわけだから、本当はこんな、わざわざ教会おうちに招待されてお詫びされるようなことなんて別に何もないんだよね。

 すると、許してもらったはいいものの、まだ何か納得いっていない雰囲気のテレサさんは……少し考えた後、何かを思いついたような表情になって、

「そうだわ! なら、簡単なことですし、御礼になるかどうかもわかりませんけど……もしよければ皆さん、この教会を見学していきませんか?」

「「「見学?」」」

 
 ☆☆☆

 
 『お礼』に突然何を言い出すのかと一瞬びっくりしたけども、テレサさんの発言には、一応れっきとした理由があることをその後知った。

 てっきり、社会化見学的な意味合いだったのかと思ったそれは、違ったのだ。

 今僕らがいる教会は、見た目はかなり生前としたたたずまいなんだけども、じつは相当に古い歴史を持つ建物らしい。

 改築した部分も多いけど、話ではなんと数百年前からあるとかないとか。

 しかも、地下にはその当事のままの区割りが結構残っている。何だかよくわからない、壁画みたいなのも一緒に、割といい保存状態で。

 冒険者の中には、ある者は観光気分で、またある者は遺跡とも言えるそれらのものに順隋に興味を持って、探索にきたりもするらしいんだこれが。
 何せ、どういう壁画なのか未だに解明されてないのも多いから。

 今回は特別に、一般には立ち入りを遠慮してもらってるエリアにまで案内してくれるっていうので、せっかくだからと、僕らは暇つぶしもかねてお言葉に甘えることにした。 

 これで向こうさんも気が晴れるってんなら、それもいいだろうし。

 
 ……そう思って、肯定の返事を返した時、

 

 一瞬だけ、テレサさんの瞳に、何かきらりと意思の光のようなものを感じて、
 同時に、なぜか唇が微妙につりあがったように見えたのは……気のせいだろうか?

☆☆☆

 突然だが、前世の僕は、なかなかに、いやかなりインドアな人間だった。

 どのくらいインドアかっていうと、遊園地とかプールとかに誘われた際、『なんで金払って疲れに行かなきゃいけないんだよ』とか本気で思うくらい。

 修学旅行とかで行った、鍾乳洞とか歴史テーマパークも、昔の人が着ていた服とか道具とかの展示を前に『こんなもん見て何が楽しいんだ?』ってな感想は当たり前。
 石で出来た斧よりは、同じ時間帯で流れてたドラマの再放送とか見たがってた。

 
 そんな僕だが、転生してから価値観でも変わったんだろうか?
 シスター・テレサに案内されてやってきた、教会地下の壁画がたくさんある石室では……前世でのあのドライな感じを思い出すのも難しいくらいに、わくわくしていた。

 さっぱり読めない古代文字、
 意味のわからない壁画、
 そんなものが、なんだかいつまでも見ていたいような魅力を帯びて見える。

「……わからないもんだな、人生」

「はい?」

「あ、いえ、なんでもないです」

 テレサさんに『?』な顔をされたので、一応そういいつくろっておく。

 ちなみに、エルクとナナさんはついてきたけど、残り2人のシスターさんは、テレサさんの指示で仕事に戻った。『案内は私がやるから』とテレサさんに制されて。

 それはさておき、とりあえず僕は壁画鑑賞を続ける。

 一応、全く意味不明ってわけでもなく……なんか、植物とか動物とか、人間らしきものが描かれてるのも所々わかる。そしてその隣に、沿えるように謎な古代文字も。

 娯楽とかじゃなく、何かを記録したものなんだろうか、これらは。

 絵柄も、ブロックみたいなの1つ1つがあって、さらにそこに凹凸があったり……パッと見は支離滅裂だけど、意味が有りそうな気もする。

 いや、ひょっとして娯楽……なのかな? この形とぴったり合う絵柄を見つけなさい、みたいな、知能テスト的な。
 図形の凹凸には、なんか組み合わせられそうなのもいくつかあるし。

 それと並んで、色々動物の絵が描かれてる理由はわからないけど…………ん?

 
 ……何だろう、なんか既視感が。

 ずっと前に、これと似たようなのをどこかで見たことあるような……?

 
「ふふっ、お好きなんですか、遺跡とか?」

「え?」

 と、
 ふいに、テレサさんから話しかけられて……思考底に沈みつつあった意識が覚醒する。

 振り向くと、なんだかほほえましいものを見るような笑顔で、ニコニコ笑って僕を見ているテレサさんがそこに。

 やば、ボーっとしてたかも。無視しちゃったかな?

「あ、ごめんなさいねいきなり。ただ、ミナトさんがあまりにも熱心に見ていらっしゃったものですから。ひょっとして、造詣がおありなのかと」

「ああ、いえ、そういうんじゃないんですけど、なんとなく気になったものですから。何書いてあるのかな、とか」

「そうですか。私も、できるならこの文章は読んでみたいですね。この絵には、色々な言い伝えがありますから」

「言い伝え?」

「ええ。といっても、口伝で細々といい継がれている、御伽噺のようなもので……それを示す文献なども、別にないのですが」

 どうやらこの絵、教会と共に相当昔からここにあるだけあって、なんか伝説っぽいものも色々とあるらしい。一様にことごとく、根拠とかないらしいけど。

 例えば、
 この絵は、やがて世界を救う切り札になるものなんだとか、

 町をいつまでも豊かな暮らしで満たしてくれる商売繁盛の守り神だとか、

 先人たちが発見した最大の英知が詰まった、歴史的な秘宝だとか、

 この絵が原因で人々が狂気に包まれて、虐殺や食人風習が起こったとか、

 ……とまあ、ものの見事にバラバラ。

 すごそうだったり物騒だったり、いかにも尾ひれのついた歴史遺産にありがちな感じの話が並んでいる。それはそれで掘り進めれば面白そうだけど。

 まあでも、この剣と魔法の異世界だ。もしかしたら、案外ホントにそういうのがあってもおかしくないかも?

 例えば、あの絵の模様はカモフラージュで、本当はそこに超強力な魔法を発動させるための魔法陣が隠されてるとか、そういう……

 と、その時、
 地下室に、階段を下って誰かが下りてくる気配がしたかと思うと、

 
「シスター・テレサ、ここですか? 表で子供達が……っ!」

「……げ」

 
 予想外の人物が、そこにいた。
 何で、こんな所にいるんだろうか。

 なるべくなら、もう声を聞きたくも、会いたくもない……って、この1ヶ月で何度思ったことか。
 この、正義過剰少年こと、リュートに。

 向こうは向こうで驚いてるらしく、振り返った姿勢の僕を見て硬直してたけども、少しして、最早若干見慣れた感じすらする、苛立ちのこもったむっとした顔になる。

 テレサさんに用みたいだったし、別に僕なんかスルーしてくれてもよかったんだけど、律儀にもわざわざ階段下りてきて、同じ目の高さにまで来てから僕に話しかけてきた。

「何で君がここに? 『参加』しに来てくれたようには見えないけど」

「『参加』? 何に?」

「……期待は別にしてなかったけど、やっぱり違うか。それならいいよ、忘れてくれ」

 一方的に言って来といて何だそりゃ?

 相変わらず自分のペースでしか話さないその態度に呆れつつも、別に揉め事になる気配は無さそうなので一安心……

 

「……でも、ちょうどよかった。君には話したいことがあるんだ、ミナト」

 
 ……は、できなかった。 

 ☆☆☆

 帰り際、地下石室の別の場所にいたエルクとナナさんも一緒に上に上がると、僕らは今度は、さっききた時には通らなかった、『教会前広場』の方に回った。

 そこで行われてたのは……いわゆる、炊き出し。

 スラムに溢れる貧民層の人達のために、教会が寄付金を募ってやってるらしいそれは、地元や、旅人のボランティア――見た目一発少ないけど――の人達にも協力してもらって行われていた。

 そこで、並ぶ人達を誘導しているアニーや、揉め事にならないように見張っている警備的な雰囲気のギドに発見されて睨まれつつ、
 しかし、視線以外でケンカは売られなかったので、コレ幸いとスルー。

「……これを見て、君はどう思う?」

 僕に遅れて地下室から上がってきたリュートが、僕の隣に立って、しかし視線なんかは特に合わせずに、そう問いかけてきた。

「どう、って?」

「僕らと何も変わらない、同じ人間である彼らが……こんな風に、日々の糧すらも満足に食べられない状況で、苦しみながら生きていいかなきゃいけない。それを見て、残酷だとは思わないか……そう聞いたんだ」

「んー……まあ、かわいそうだとは思うけど……」

「もっと残酷なのは……同じ町の中に、彼らとは真逆の、好きなだけ食べて、飲んで、買って、寝ることの出来るような豊かな人たちが、明確に区分されて暮らしていることだ」

 常々思うんだけども、たずねといて聞く気あるんだろうかこいつ?

「本当なら、この『トロン』近くの山で取れる薬草や山菜の恩恵には、ここの人達が等しく受けられるべきなんだ。しかし、土地の所有権という、それだけを理由に……この山々の恵みは独占されてきた。その結果が、これさ」

「そんな人達を助けるために君らはコツコツ頑張ってると」

「ああ。でも……」

 でも?

「もうすぐ……その現状を変えられるかもしれないんだ」

「? どゆ意味?」

 ちらっ、と、
 横に立っているリュートに目を向けると……なんだか、炊き出しを見ているはずの目が、なぜかそれを見ていないように見えた。

 なんだか、もっと遠くの何かを見つめているような……というか、何やら決意のようなものが宿っているようにも見える目だ。

「意味がわからなくても構わないよ。でも……僕らの考えに、賛同してくれる人が現れたんだ。その人たちと一緒に、僕は、僕らは、苦しんでる人達みんなを、もうすぐ救えるかもしれないんだ……!」

「…………」

「もちろん、簡単にはいかないかもしれない。けど、今までだって、僕ら『ブルージャスティス』は、乗り越えてきた。それに、今回は僕らだけじゃない……僕らと同じ志を持つ人と出会うことが出来たから、きっと、きっとやれる……!」

「………………」

 ……嫌な予感がする。
 なんか、すごく嫌な予感がする。

 すんごい自分の世界に入ってるとこ悪いんだけども、こういう奴がこういう目をする時っていうのは……何かを決意した時だ。
 もっと言うと、何かをたくらんでる時だ。

 そして、これは僕の直感と、あとはフラグとかテンプレ的な意味もあるんだけども……それは、かなり厄介な部類の決意とかたくらみである可能性が高い。

 その予感に拍車をかけているのが、リュートの考え方と、

 今言った、『同じ志を持つ人がいる』っていう、セリフ。
 その人達と一緒になって行動すれば、この苦しんでる人達を救えるかもしれない、っていう、協力者の存在。

 ……いる、かな? そんな、奇特な人……?

 しかも、苦しんでる人達を全員助けるって? どうやって?
 どう考えても、まともな方法じゃそんなこと無理だぞ?

「僕らは、必ずやり遂げるよ。君達の手は借りない。君達が何もしなくても、僕らはもう何も言わない。だから……」

 一拍。

「……邪魔だけは、しないでくれ。もし、その道で君達とぶつかるようなことがあれば……何らかの理由で、君達が僕の邪魔をするようなことになれば……今度こそ、戦う」

 そう言い残して、炊き出し部隊達に加わるべくその場を去っていくリュートを見送り、その背中を見ながら……僕は、嫌な予感だけがますます大きくなっていくのを感じていた。

 そして、それを待っていたかのような、ちょうどいいタイミングで……背後に気配を感じて振り向く。

「あ、テレサさん?」

「ごめんなさいね、盗み聞きなんてするつもりはなかったのだけど……なんだか、あまりにも剣呑な雰囲気で話していたものだから」

「あ、いえ、別にそんな。気にしてないです何も」

 ちょっと申し訳無さそうに笑う彼女に、一応、そう断っておく。

 しかし、また気付けなかったよ。ホント、僕って目や耳がよくても集中力その他に問題ありだな……リュートの話に集中してたとはいえ、こんな近くに来るまで、テレサさんに気付けないとは。

「でも、驚いたわ。リュートさん達と知り合いでしたのね、ミナトさん達」

「あー、知り合いっていうかなんていうか、ただ単に目の敵にされてますけどね。向こうさんが僕らの考え方をお気に召さないようで」

「無理もありませんわ。彼らの考え方は、他の方々からすれば独特ですもの。この教会でも、何度か揉め事を起こしているのを目にしました」

 あー、やっぱり。

 リュート行くところ乱あり。あいつ誰にでも、あいつが売らなくてもその横の2人が、自分らと少しでも対立しそうな連中にきっちりちゃっかりケンカ売るからなあ……。

 協会の炊き出しに参加してるのはボランティア精神だろうけど、そこで厄介ごと起こしてるんじゃ逆に教会も迷惑だろう。

「あ、でも皆さん、根はいい人だと思いますよ? 弱いものいじめを許さないという精神は立派ですし、それをきっちり有限実行なさろうとしますから。実際私達の中も、何度か助けられているものもおりますし」

「? っていうと?」

「炊き出しのための買い物などの時に、少々。こういった炊き出しのお金は、通常、教会への寄付金などによってまかなわれているのですが、そのため、少しでも安い所で買う必要があるのです。その時に、下町近くまで行くのですが……」

「ああ……治安が悪いところを通ったりする時に、護衛を?」

「ええ。その他にも、時々多額の寄付金を持ってきていただいたりしてるんですよ。でもそれが冗談抜きに、ちょっと受け取るのを躊躇してしまうような額だったりして……」

 …………。

 いや、
 さすがにそんなことはない……と思いたい。

 今テレサさんも言ってたけど、言葉を交わしてみる限り、リュートの正義の行いへの思いだけは本物だ。押し付けがましかったり、色々と問題はあるにせよ、弱者を救いたい、っていうその心根に偽りがないっていうのは、明らかだ。

 だからまちがっても、お天道様に顔向けできなくなるような諸行をしてまで、お金を工面したりなんかしていない……と、信じたいものである。

「まあ……一応、真っ直ぐな人ですからね」

「ええ。私も、彼はちょっと不器用なだけで、本当は正義感の強い実直な人だと思いますわ。もちろん、この教会の他のシスター達も、そう信じています」

「なるほど。まあ、言ってることはそんなに間違ってないですからね……ちょっと暴走がちなところと、融通の利かない頭の硬さがどうにかなれば、だいぶましだと思うんですけど……信じ込んだら一直線、って感じですからね」

 一応、これは本音である。

 僕の見解としては、ああいう感じのきっちりした正義感を持っている人は、柔軟さがあるかないかで大別されるような気がするのだ。

 正義感や使命感に一辺倒で、周りに迷惑がかかろうがお構い無しで突っ走り、それを普通にしてしまうと……リュートみたいなのが出来上がる。

 逆に、正義感はきっちりもちつつ、その場その場で臨機応変に周りへの対応をきちんと考えることが出来るような、モラルハザードな世の中もある程度理解しつつわたっていけるような人は、スウラさんみたいな感じに仕上がるんじゃないかと思う。

 そして、大抵こういう世の中、成功するのは後者であり……前者は損をするように出来ている。エルクが前言ってたように、正直者がバカを見るように。

 え、そのセリフは僕が言われてたんだろって?
 僕は別に、正義感に従って行動してるわけじゃないし、損得もちゃんと考えてるよ?

 最近じゃ、エルクの指導もあって、もうちょっと行動その他に気をつけるようにもなったし、それでもどうにもならない部分は……力ずくで何とかしてるな。

「……そうですね、本当に……」

 すると、

「……本当に、かわいそうなくらいに、真っ直ぐな子……」

 何やらテレサさんが少し遠い感じの目で、ぽつりと何か言ったような気が。
 ? なんか、哀れみみたいなものも浮かんでる気が……?

「それはそうとミナトさん。ミナトさんは、こういった行事はお嫌い?」

「? 炊き出しとか、ですか?」

「ええ。まあ、冒険者の方には珍しくもないのですけど……きちんと信賞必罰を信条として、見返りのないことはやらない、という考え方は多いですから。それに、リュートさんと衝突していたような様子も見られましたし」

 あー、そういやさっきの(不本意らしいけど)聞かれてたんだっけ。

 まあ、たしかにそういう部分はあるかも。
 僕、前世でも、自主的にしようって気乗りしない限りは、ボランティアとかあんまりしない方だったし。

 エルクと仲間になってからは特に、冒険者として舐められないためにも必要だ、ってことで、信賞必罰の考え方をきっちり教え込まされた。

 けどまあもちろん、例外はある。

「確かにまあ、やっぱり損得で考える部分も多いですね。まあ、全くそういうことする機会が無いわけじゃなありませんけど」

「あら、そうなんですか?」

「ええ。って言っても、ホントに最低限って感じですけどね」

 冒険者やってると、魔物や盗賊に襲われてる人とか、商隊とか、そういうのに出くわす機会も少なくない。

 後は、依頼達成したりとか、何かいいことがあった時とか……何かしら気をよくしてて、なんとなくいいことをしたくなった時なんかが当てはまる。

 主にそんな感じだ、僕のボランティアなんて。前世も今も、胸はれるようなもんじゃ全然ない。

「そうですか……ボランティアがお嫌い、っていうわけではないんですね」

「はい。ただ、やりすぎないようにしてます。何ていうか……あくまで自分の手の届く範囲で、って感じですかね」

「と、いうと?」

「ん~……ボランティアって、やればやるだけいいことになる、ってわけじゃないじゃないですか? そうならない、もしくはそうなった時に、きちんと自分の責任として、詩文で対処できるような……そんな域を出ないように、って感じです」

 極端な例だけども、
 例えば、裕福な人が、貧しい人にお金をあげるとする。

 そのお金を励みにして、貧しい人がやる気を出して仕事を探したり、手に蜀をつけるために勉強して、自立する……なんて展開になれば、まだいい。

 ただ、その渡されるお金が多すぎるせいで――働かなくてもいいくらいに――楽をすることばっかり考えるようになったりしたら、本末転倒だし、そもそも真面目に働いて食い扶持を稼いでいる人に失礼だ。

 他にも、前世ではこんなたとえ話も聞いたことがある。

 例えば、盗賊とか魔物とかに襲われている村があるとする。
 そして、なんていうか……その村は貧しくて、傭兵とか冒険者とかに頼むと、かなり村の経済が厳しい状態になる、っていう状態だとする。

 そんな時、だ。
 なんというか、リュートとかが進んでやりそうな選択肢だけども……善意の誰かが無償で守ってあげることが、はたして本当にいいことか。

 もちろん、その時はいいだろう。その誰かは利益を望むつもりはなかったんだし、村の人達も貧困に困ることは無い。

 しかし、もしその後同じことが起こったとしよう。
 その時、通りがかった誰かが村の人を助けたとして、その時にお礼を請求した時……村人はこう言わないだろうか。

 『前の人達は無償で助けてくれたのに、あなた達は金を要求するのか』と。

 助けた『誰か』は予想外の反応に戸惑うし、報酬を請求しづらくなる。
 本当は、ごく当然のことなのに、まるで悪者か守銭奴のように扱われて。

 村の人達に怠惰さを植え付け、結果、命の価値を軽くしてしまう。そんな結果になりかねない危険を秘めているのだ、『善意』ってのは。

 馴れ合いじゃ回らない世の中だ。そうなれば、最終的に困るのは村人でもある。
 そうならないためにも、『信賞必罰』『等価交換』『因果応報』……そんな感じの概念は、おろそかにしちゃいけない、と思う。

 少なくとも、自分がいつでもどうにかできるようなもんじゃない範囲においては。

 自分が何かしていいのは、自分の手が及ぶ範囲でだけ。……これが、僕が『善意で』何かする際に、絶対に気をつけるようにしていることだ。今までも、これからも。

 リュートとかに言ったら、『臆病者』の一言で一蹴されるようなことなんだろうけど……テレサさんはというと、だまって、うんうん、と頷きながら、僕の話を聴いていた。

 ……って、なんだかいつの間にか、しんみりした空気っていうか、シリアスな雰囲気で考え方述べるなんて展開になっちゃってた……僕らしくもない。
 こんな話、聞いててもテレサさんだってつまらないだろうに。

「いいえ、とんでもありません。ごく自然で……この世界で生きていくために、大切な、しかしそれでいて言葉にするのも難しい、立派な考えをお持ちですわ、ミナトさん」

「え? 心読まれた!?」

「口に出ていました」

 ……既視感デジャヴ
 まだ直ってなかったのか、僕のこの悪癖。

「本当に立派だと思いますよ? 自分のことしか考えていないかのような、露悪的かつ自虐的な言い方でしたが……その実的を射ていて、究極的には双方のためになる考え方だと思います。たしかに厳しい言い方ですが、間違っているものではありませんわ」

「あー……そう言ってもらえると、気が楽ですね」

「まあでも、それでは確かに、リュートさんとはケンカになるかもしれませんね。見ているものは大きくは違わないのに、考え方1つで道が異なるというのも難儀です。……そうは思いませんか? ネティ」

 と、
 ふいに、そうテレサさんが言と、物陰から小さく息を呑む音が聞こえて、

 その直後、ばつが悪そうに……そこに隠れていた、1人の別のシスターさんが現れた。

 よく見ると……ああ、さっきの。
 熱血のシスターさん(アルトさんだっけ?)と、このテレサさんと一緒に、町で僕らといざこざに巻き込まれた残り1人の、メガネのシスターさんだ。

 名前をネティというらしい、その彼女は、『盗み聞きするつもりはなかったんですけど』と、さっきも聞いたようなセリフを。

 ただし今回は、さっきのでより周囲を意識してたせいか、僕は気付けてた。

 気付けてたけど……聴かれて困るような話も別にしてなかったので、ほっといた。
 いやまあ、若干カッコつけた恥ずかしい話して多様な気がしないでもないけど。

 その後、自分のことを見事に棚に上げてぴしゃりと注意したテレサさんがネティさんをつれて教会に戻っていったので、僕もエルク達を迎えに行くことにした。

 そろそろ帰ろうか、と。

 
 ☆☆☆

 
 エルクとナナさんと一緒に宿に戻ると、これまた予想外のお客が待っていた。

 
「あれ、スウラさん?」

「やあ、ミナト殿。突然すまない。無作法だとは思ったが、待たせてもらっていたよ」

 数名の、おそらくは部下であろう兵士とともに、スウラさんがそこにいた。

 いつも通りの、青い軍服に青い鎧。
 水色の、短めの髪が特徴的なスウラさん……っていうか、なんかホントに僕の周りって全身一色統一の人多いな。

 スウラさんに、もう1人、

「や、おかえりミナトくん、エルクちゃん、ナナちゃん」

「町でザリー殿に会ってな。ちょうどミナト殿らを探していたゆえ、この宿への道案内を頼んだのだ」

 と、
 スウラさんの向かいの椅子に腰掛けているザリーは……なぜか、装備が変わっていた。

 くすんだオレンジ色の軽鎧に、なんか民族衣装っぽい模様の刺繍が施された、これまたオレンジ色(ただしこっちはもっと薄い色)の外套、ってな服装に。

「あ、これ? 訓練終わりに町まわってたら、掘り出し物を見つけてね。衝動買いしちゃったけど、かなりいい買い物したと思ってるよ?」

「もしや、マジックアイテムか? それは……相変わらず、ここは不思議な町だな。たまにとはいえ、貴重なものが露店などに出回るとは」

「え、そうなの?」

 僕には、ちょっと変わった街頭にしか見えないんだけど。

 てっきり、ザリーがウケ狙いで装備の色統一したのかと思った。

「いや、言われて見ればそうだけど、別にそういう意図は無いよ。コレ、そこそこ強力なマジックアイテムでね、魔力を流すとかなり高い防御力を発揮する特殊な外套なんだ」

「そしてその下の鎧は、魔力塗料の染色だな? 魔法に対しての防御力を上げる上に、つや消しになっている。見た目の派手な色に反して、隠密行動にも適している品と見た」

「さすがスウラさん、博識だね」

「へー……そうなんだ。試してみていい?」

「あ、ごめんやめて。ミナト君の攻撃はさすがに風穴開いちゃうと思うから」

 ちょっと冷や汗を垂らすザリー。冗談冗談。

 すると、そのバカなやり取り『自覚あったのね』エルクうるさい。……そのやり取りから、ふとスウラさんは僕らの後ろに視線を移した。

 ナナさんが立っている、そこに。

「ふむ……そこにいるのは、先日連れていた奴隷の者か? たしか、身分預かりになっているという話だったが……ミナト殿のところなら、変なこともなく安全だろう」

「はい。あ、申し送れました、ナナといいます。私としては、おっしゃるとおり最高の職場だと思ってますから、このまま永久就職してもいいんですけど」

「え、永きゅ……な、何言ってんのよっ!?」

「? いえ、先日より申し上げていましたように、ミナト様にお買い上げいただければと思いまして……」

「え? あ、そ、そっか……そうよね、うん。奴隷だもんね、そういう意味よね……」

「「……?」」

 首をかしげる僕とナナさん。え、何でエルクの顔が赤いの?

 するとザリーが、なんだかにやりと面白そうな顔をして、

「おや? エルクちゃん、今何を想像したのかなぁ?」

「うっさい! 黙ってなさいオレンジ色!」

「……いや、それ言ったら君やミナト君だって、緑色と真っ黒でしょうに……」

「……ふむ。青色としては話に加わりたくもあるが、そろそろ話を本筋に戻してもいいか? この場からは、話の脱線に関する無限の可能性を感じてならない」

 いやな無限の可能性もあったもんだ。

 ともかく、そんなスウラさんがパンパン、と拍手を打ってその場をまとめ、ここを、正確には僕らを訪ねてきた理由に、話題はようやくシフトしていったのだった。

 
 ☆☆☆

 
 そして、その頃。

 邸宅の自室にて、富豪モンド・ハックはというと……部屋にいる何人かの側近や、表面上は引退したことになっている父と共に、ある人物から届いた報告文に目を通していた。

「あの女から報告だ、親父。どうやら、『黒獅子』の誘い込みには失敗したらしい」

「リュートとやらとは考え方が違ったようだな。内容からして……若造ながら、中身は蛇とでも言うべきものか。となるとおそらくは、裏で金を積んでも動くまい」

「引き込めれば使える戦力になったが……ちっ、万事上手くは行かないもんだな」

 親子2人の言葉を皮切りに、薄暗い部屋では口々に意見が飛び交う。
 決して褒められたものでは無い類の意見が、次々に。

「なら、どうしましょうか? 野放しにしておくのはやはり危険では?」

「何かされる前にこちらで対処するのが望ましいが……相手がAランクでは、それも難しいでしょうな。暗殺や誘拐も防がれてしまいそうだ」

「誰か人質をとってみては? 身近に、扱いやすそうな者の1人や2人、いてもよさそうなものですが……」

 しばらくの間、それを聞いていた親子だが、
 数分の沈黙の後、父親が口を開いた。

「……いや、どれも得策では無いな……むしろ放っておこう」

「放っとく? いいのかそれで?」

「問題あるまい。Aランクの存在は確かに脅威だが、報告を聞く限り……進んで厄介ごとに飛び込むような性格でもないようだ。何もしなければ、仮に気付いても、自衛に徹して何もしてこない可能性も高い。『黒獅子』……ふっ、こうなると、よく言ったものよ」

「なるほど、黒獅子には『眠れる獅子』でいてもらうというわけですか」

「確かにそれなら、その獣を起こすことこそ愚行でしょうな」

「そういうことだ。商人にとって『欲』は全ての原動力だが、それも過ぎれば破滅を招く。そもそも、戦力ならば、『ブルージャスティス』を引き込んだ時点で足りているのだ。……その後処理のための道具も、な」

「なら……よし、やはり問題は無さそうだな。準備を急がせよう。もうそろそろ、この町ともおさらばだ」

 大まかな結論・方針が決まったと見える、その集団は……各々、渦ぐらい部屋で薄気味悪そうな笑みを浮かべながら、そのまま細かい所まで話し合いを続けていった。

 

 
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