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第61~63話 奴隷少女ナナとトロンの闇
書籍化に伴う差し替え版になります。
ご了承ください。
手ごろな居酒屋(?)を見つけて3人で入り、今度は湿っぽい話は持ち出さずに世間話とバカ話で盛り上がった僕ら。
静かな食卓もいいけど、こういうのも悪くは無い、かな。
……なんて一度は思ったんだけど、
「よーし、次いくぞ次!」
「んぁ? まだ回んのかよ兄貴、もう日付変わるぜ?」
「それが何だってーの。ほら、ミナトお前も! 次の店行くぞほらほら!」
「…………」
なんか、2次会3次会に新入社員を引っ張りまわす先輩サラリーマン的な空気が。
何でこんなとこだけ、異世界感じない、大人の社会的な雰囲気(カッコいい意味じゃ決してない類の)にじんでんだろ?
もし僕が前世で死なずに、普通に大学行って卒業して就職してたら、こんな感じの先輩が出来てたんだろうか。いや、リーマンになってたかどうかはわからんけども。
酔いつぶれてはいないものの、酒のせいでテンション高めになっているらしいブルース兄さんは、おそらく傭兵仲間と一緒に飲むと常時このノリなんじゃないかってテンションで僕らを引っ張る。引っ張りまわす。
そして、文句はいいつつも何だかんだで付き合う姿勢のダンテ兄さん。強面だけど、実は中身はけっこう面倒見もいいし気が利く好青年だ、って姉さんが言ってたけど、どうやらその評価は正しいみたいだ。
ちなみに……好『青年』ってとこにちょっと語彙的な疑問を感じてしまったのは内緒。
ただ、それはよ~くわかるんだけど……僕としては、あんまりそんな何件も何件も飲んで回るのは好きじゃないというか、そもそも僕飲んでないからテンション的についていける気配がないというか……
しかし、それ言ったら『じゃ飲め!』とか帰ってきそうだしな……。
別に、僕酒強いから飲んでもいいんだけど……『今』はちょっと。
毎日毎日、メンタル面にクる訓練が続いてるから、可能な限りコンディションには気を配っておきたい、っていう自分がいるわけだ。
ないとは思うけど、もし翌日になって少し気分が悪くなってたりしたら、その日の訓練全部耐え切れなくなる可能性高いし……。
さて、どうしたもんか……と、考えてたその時。
「「「ん?」」」
と、
兄弟三人、面白いように声がそろって……その次の瞬間、
ひゅっ(×3)と、
空を切って何かが飛んでくる音がした。
しかし、誰一人その場をぴくりとも動かなかった。
多分、兄さん達2人もだと思うけど……『当たらない』ってわかってたから。
コンマ数秒後くらいに、やはり僕らにギリギリ当たらない角度で、3つ『何か』が飛んできて……カカカッ! と乾いた音を立てて、後ろの壁にぶつかった。
落下した音がしないことから、どうやら壁に刺さったらしいそれが何か見てみると、
「……串?」
「だな。フツーに木の串だ」
そう、串。
肉とか野菜とか刺して焼くのに使われるんであろう、ごく普通の木の串だった。
それがどこからか飛んできて、僕らの背後の壁に突き刺さってる。何ごと?
「毒とかが塗られてるようには……見えねーな」
「うん。てゆーかむしろ、肉とか野菜の匂いするし……これ案外、屋台の串焼きとか食べた後の串なんじゃない? ホントに」
「それ以前に、今、別に殺気感じなかったよな。一体何だ?」
と、当たってたら結構な怪我だったと思われる串の投擲攻撃にさらされつつも、特に何も緊張感とか持たずにそんなことを話してたら、
串が飛んできた方向を見たブルース兄さんが、何かを見つけたらしい。
『んっ?』なんて声が聞こえて、そしたら次いで向こうからも『あら?』って、それに対応するような声が。
なんだか、若い女の子みたいな、しかも緊張感とか感じない声だったこともあって気になり、僕もダンテ兄さんも、串はまずほっといてそっちに視線を向けた。
すると、以外にも犯人(多分)は、人ごみを掻き分けて自分から姿を現した。
そこにいたのは、僕と同い年か1つくらい上かな、ってくらいの、若い女の子。
美少女、と呼ぶべきだろうけど……美しい、っていうよりはかわいい系の、幼さの残る顔立ち。髪の毛は短めで、濃い鮮やかな青色。
きている服は質素だけど、それなりに品があるようにも見える独特なデザイン。
しかし、一番特徴的なのは――特徴、と言っていいものか――その首に巻いてある、黒革の首輪。青いラインが入っている。
たしかノエル姉さんが、赤いラインが『犯罪奴隷』で、青は……そう、たしか『債務奴隷』とかいう奴だって言ってた気がする。
時代劇とかで見そうな、借金のカタにどうこういう類のアレ。
それを首に巻いてることから、おそらくは奴隷なんであろうと思われるその少女は……その手に、まだ数本『串』を持っていた。犯人確定。
しかし不自然なのは、それを隠そうともしないどころか、こっちに対して何も、敵意とか殺意とかを感じない所だ。ただ、きょとんとしてる感じ。
さっき明らかに『攻撃』してきたってのに、何だろこの態度? 何でそっちが『あれ? 予想外』とか言いたげな顔になってんの?
そしてもう1つ。
「誰かと思ったら、バイズさんのとこのナナちゃんじゃねーの? 何、いきなり? お兄さん達何かした?」
「そういうあなたは、同行してくれた傭兵団の……ブルースさん? 何であなたが?」
なぜか、ブルース兄さんと知り合いみたいなんだけども……。
えっと、何? どういう状況……?
☆☆☆
「本っ当に申し訳ない!! 不運な情報の行き違いで、その……」
「あーあー、わかったから、もういいってバイズさん、気にしてねーから俺ら」
「し、しかし、よりにもよってブルース殿に攻撃などしてしまうとは……い、いや、だが、一般人に攻撃してしまう結果よりはよかったかも……あ! い、いやその、今のは決してブルース殿でよかったとかそういう意味ではなく!」
「わーった、わーったって。実際そうかもだし。つか、結局は勘違いだったんだろ?」
どういう意味かというと、
その前に、この人はバイズさん。
ブルース兄さんの傭兵団への、依頼人だ。
順を追って話すと、
ブルース兄さんは、傭兵団の頭領として依頼を受け、このバイズさんをこの『トロン』まで、王都との往復で護衛するために雇われた。
そして、バイズさんは奴隷商人で、さっき串を投げてきたナナさんは……ちょっと言い方悪いけど、バイズさんの奴隷商会の『商品』である奴隷らしい。
そしてこのナナさん、見た目に反して実はけっこう強いらしい。
どのくらい強いかっていうと、スラムあたりで因縁つけて絡んできた4、5人のチンピラ連中(刃物所持)を、武器もなしに数秒で叩き伏せられるくらいだ。
しかも、格闘技術だけじゃなく魔法も使えるらしいと聞いた。そりゃすごい。
魔法はともかく、全然そんな風には見えないのに。
確かに女性にしては背は高い方――僕と同じくらいか、ちょっと小さいくらい――だとは思うけど、体の線も細くて、筋肉とかついてそうにも見えないのに。
「……誰かさんも似たようなもんだと思うがな」
? 誰か何か言った?
ともかく、そんな頼れるナナさんなので、バイズさんも護衛でもないのにしょっちゅう頼ってしまうらしいのだが、その腕っ節に関して、道中ちょっとした問題があった。
何かっていうと、トロンに来る途中、野営のときに酒盛りになって、そこでブルース兄さんの同僚の傭兵さんが酔っ払い、奴隷にセクハラしてしまったらしい。
で、ナナさんにその魔の手が伸びそうになった瞬間、自己防衛と、あと他の奴隷の敵討ちもあったのかしらないけど……酔っ払った傭兵さんを見事に返り討ちにしてしまった。
幸い、肩と肘を脱臼しただけですんだし、こっちにも責任あったからってことで、その一件はどっちにもお咎め無しになったけど、奴隷の身分で他者に手を上げたってことはそれなりに問題らしい。
許されたのはいいけど、他の奴隷達への示しとかの問題もあるらしいので。
以後、同じことがないように、って釘刺してたらしいんだけど……割とすぐに二度目が起こってしまった。
そう、さっきの一件である。
少しさかのぼって数分前、買い物してたバイズさんが、スリに財布をすられてしまったらしく、それをナナさんが追いかけた。
そのスリグループなんだけど、昼間にバンズさんにスラム街で絡んだチンピラらしく――あ、さっきの話、たとえ話じゃなくて実際にあったんだ?――常に凶器もってる割と危ない奴らだとのこと。いざとなったら、逃げるために人質とかとりかねない類の。
人にそいつらの特徴を聞きながら追ってたらしいんだけど、偶然ながらその服装、僕らによく似てた。
おまけにそいつら3人組で、『1人は華奢、1人はマッチョ、1人は高身長』って特徴だったとのこと。なるほど、それで僕らと間違えた、と。
っていうかそれ、聞き込みした通行人がすでに間違えてた可能性が。
それで、人質取る暇がないように、ひるませて隙を作るために、さらに、昼間で懲りなかったことにちょっと腹が立ったってのもあったらしいので、ちょっと脅しをかけてやろうと串を投げた所で……なんだかおかしいことに気付いた、と。
そう、またやってしまった、と。
「あーまあ、安心しなってバイズさん。今俺機嫌いいから、気にしないから。今度から気をつけてくれれば、忘れていいぜ? 賠償請求とかもしないって」
「そ、そう言ってもらえるのはうれしいんだが……問題はその、他の奴隷への示しというか、けじめの方で……。こういう場合、通常、ブルース殿に譲るか貸し出すか、ということになるんだが……」
……? どういう意味だろ?
疑問が顔に出てたらしい僕に、横にいたダンテ兄さんが割り込んできて説明してくれた。
「奴隷ってのはな、通常、普通の人間よりも階級が低いものとして扱われることが多い。その関係で当然、犯罪や問題行動やらかした場合に罰則が重くなることもあんだ」
「なるほど。でも、ブルース兄さん別に気にしてないって言ってたけど……」
「ああ、だから法的な罰則的には問題ない。が、今回の場合、バイズさんが奴隷商人ってことで、たくさん奴隷がいるわけよ。そういう場合、罰ってのは、法的な理由に加えて、ケジメとか示し的な意味を持ってくる。今言ってたろ?」
なるほど、つまりこういうことか。
バイズさんは奴隷商人。ナナさん以外にも、たくさんの奴隷を持っている。
厳密には、自分が所有してるってわけじゃないんだけど……そこはまあいいとして。
そういう場合、奴隷を『平等に』扱うことに気を使わなければならない。
例えば、どれかの奴隷がへまやらかしたら、あらかじめ決めてある規則にのっとって、きっちり処罰する。これは当然だ。
それを怠ったりすると、主人が奴隷に舐められたりすることにもなる。ちょっとくらい失敗しても、処罰されたりしないから大丈夫だ、と。
それは増長を招き、仕事の怠慢にもつながる。だから、きっちりしないといけない。
そして同じく、特定の奴隷をひいきして甘い対応をしたりする、ってのもやっちゃいけない。さっきの理由に加えて、他の奴隷の間に不満が溜まるから。
もっとも、奴隷の中に階級をあらかじめ設けてるとかなら別だけど。
今回の場合、ナナさんはあきらかに『失態』を、それも『繰り返して』しまった。
旅の道中あった『前科』は、今までの模範的で役に立つ所を鑑みて不問にしたらしいけど、今回はさすがに、他の奴隷達へのケジメもあるし、不問ってわけにはいかないらしい。
「で、そういう場合、我々奴隷商人に限らず、複数奴隷を持ってる者の間には、ある程度お決まりのケジメの付け方というものがあるんだ」
と、いつの間にか説明に加わってくれたバイズさん。すいませんご丁寧に。
「金で解決したり、失態を犯した奴隷本人に何らかの罰を与えるのが普通だ。今回みたいに、かなり大変な類の失態だと、奴隷が相手に貸し出したりされるケースが多い」
「貸し出して、その人のために働かせる、ってことですか?」
「そうだ。だがコレは実際のところ、相当きつい罰なんだよ。何せ、奴隷は貸し出された先で、何を命令されても、そして何をされても文句は言えないからね」
「何をされても?」
「ああ。もちろん、命を落としかねないような、度を越えてひどい場合は別だが、奴隷の場合その『度』が普通とはかなり違うからね」
「そうですね。男の奴隷なら、かなりきつい肉体労働に加えて、手ひどい体罰とかが主ですね。そして私みたいな女の奴隷の場合は……まあ、想像つくでしょ?」
ああ、なるほど。
その場合、男と、特殊な趣味の女の主人限定だけど……そういう人が、きれいな女の奴隷に求めることなんて、そりゃ1つだよなあ。
そういうわけなので、男でも女でも、返してもらう時には『品質』が劣化して帰ってくることも珍しくないということだ。
「ナナちゃんは、今回この町で売る奴隷の中でも、特に目玉の商品だからな。そういったことになるのは困るんだが、さすがに何度も『お咎めなし』は、他の奴隷達にも示しがつかない。しかたないが……」
「うーん、そうですね……私も、覚悟はさせてもらいます」
と、目に見えて落胆してるバイズさんと、少し落胆は見えるけど、あくまで明るい、というか笑顔を絶やさないナナさん。
しかもナナさん、無理してる様子も特にないんだからすごい。あくまで自然体で……これから自分に課されるであろう罰をきっちり認識した上で受け止めてるんだから。
結構度胸あるというか、豪胆というか……大物な気がする。
そして、目に見えて落胆してる方のバイズさんはしかし、商人としてきっちり覚悟みたいなものは決めてるらしい。こうなった以上しかたないと、ナナさんを送り出すとか。
ただ、この場合、被害者は僕ら『3人』だってことで、ナナさんはどうすればいいか聞いてきた。来る時に一緒にいなかった僕とダンテさんは、ブルース兄さんの知り合いではあるけど、一緒にいるわけじゃないからだ。まあ、今さっき話したことだけど。
「しっかし、そう言われてもなあ……」
と、受け取る側なのに難色を示したのは、ブルース兄さん。
「まあ、魅力的な類の話ではあるんだろうが……知ってんだろ? 今回お宅らの護衛でつれてきたメンバー、男より女のが多いんだよ。野郎連中がナナちゃんに要求しそうなことで、男女間が気まずくなったり険悪になったりするのはちょっとな」
「? いや、兄貴んとこの女傭兵達って、そういうの割り切って気にしない主義の奴多かったろ?」
「前途有望な『新人』が何人かいてな、そこまでじゃない。今後に差し支える可能性がある以上、おいそれと了解はできねーよ」
「そこはほら、雑用とか以外命令しないようにすりゃいいじゃないの。要は『出向って形で償った』っていう事実がありゃいいわけだし。あとは、兄貴んとこの野郎連中には、鋼の精神でもちこたえてもらえば」
「それだと逆に仕事ねーだろ? 俺ら、バイズさんのはからいでけっこう上等な宿に宿まってんだから、そこの従業員が雑事は全部やってくれんだよ。それに、武器の手入れなんかを頼むのも当然無理。傭兵稼業の命だ、他人にまかせらんねーよ」
「同じ理由で、文書や会計管理も論外、か。思わぬ障害だな」
「お前の方こそどうなんだよ、ダンテ? ナナちゃんに雑用やってもらえれば、ウィルと一緒に研究とかに専念できるんじゃないの?」
と、ブルース兄さんが聞き返す。お前の方で預かれないか、という意味をこめて。
しかし返事は、
「却下だな。俺ら、色々危険っていうか、厄介な薬品や素材も持ち歩いてる。下手に素人がさわって大変なことになる可能性のほうが高いからな。100%大きなお世話だ」
「大雑把に素材とか扱ってそうな顔してんのにな」
「だから顔で言うなって何度も言わせんな! 2回目だぞ今晩! おいミナトこー見えても俺お医者さんだからな? 手術とか器用なこと得意だかんな?」
「いや、何で僕に言うの、それも必死に」
それと今更だけど、ダンテ兄さんってウィル兄さんと一緒に来てた、っていうか、行動してたんだ?
ちなみに今話題に上がったウィル兄さんは、何か今日中に調べたいものがあるとかで飲み会には不参加だった、っていうのをさっき兄さん達に聞いた。勉強熱心。
「涙浮かべて言うな、きめェ。さて、必死な兄ちゃんはおいといてミナト、お前こそどうなんだよ。性格からして、手出すとは思わねーが、雇ってやりゃいいんじゃないの?」
「いや、絶対無理だって。んなことしたら、ザリーやシェリーさんにさんざんからかわれるだろうし……エルクに何言われるか……」
飄々としたチャラ男のザリーに、ノリを全てにぐいぐい来るシェリーさんのことだ。んなことしたら、何言われるかわかったもんじゃない。
2人とも色んな分野に博識だ。奴隷が預かられるってのがどういう意味を持つか、聞くまでもなく知ってるだろうし……シェリーさんの場合、それに乗っかって過激な冗談なんかも飛んできそうで怖い。
なんか最近、そういうの多いから。こないだも、『ねえ、いつになったらベッドに呼んでくれるのよ?』なんてこと言われたし。みんながいる前で。
冗談でも、男相手に軽々しくそういうことを言っちゃだめだって何度も言ってるのに、全く。そのうち勘違いされて襲われても………いや、返り討ちにするな、彼女なら。
はっ!? もしかして、それにつられてもし僕が襲い掛かったら、それをネタにして思う存分勝負させられるとかそういうコースか!? 罠だったのか!? 怖っ!!
そしてエルクは、なんかこう……最近、変だ。
何というか、最近よく、白目面積がいつもより広いジト目が飛んでくるのである。
しかも、僕が他の女性と絡んでる時に集中して。
シェリーさんがいつもの過激な冗談を言ってくるときもそうだし、冒険者として依頼を受ける時に、女冒険者に言い寄られることも結構ある。
そこまで節操無しになるつもりはないので、そういう時僕は、きちんと適当に理由つけて断ったりするんだけど、それより前に、きっちり3割り増しの威圧感で飛んでくるエルクの視線。
はたしてそれが、冒険者仲間としての『変なのに引っかかるな』っていう警告なのか、それとも女として嫉妬してくれてるのかは、わかんないけど。
まあどっちかといえば、後者であってくれたら、個人的には嬉しいけど。
僕だって男だし、それに、エルクとはもう何だかんだで深い関係だ。恋人同士か、って言われたらどうなのかわからないけど、他人とか、ただの友達じゃ絶対にないと言える。
ちなみにこないだエルクにそう言ったら、『こっぱずかしいこと2人っきりの時に言うんじゃないわよバカ!』って顔を赤くして言われた。
そして直後に、照れ隠しなのか、椅子で殴られた。
かわいかったし、意識してくれたのは嬉しいけど、ツッコミきつくない? 僕じゃなかったらよくて昏倒だし、最悪死んでるよ?
そしてその後、『みんなの前で言えばよかったの?』って聞いたら『アホ!!』っていう言葉と共に今度は灰皿(大理石製)が飛んできたっけ。だから死ぬって、普通。
まあ、僕頑丈だから、2時間ドラマ的なことにはならずに普通にその後一緒にご飯食べたけども。
「おーぅ……中々に刺激的な日常だな、おい」
「でしょ? 最近の女の子って過激だよね、いろんな意味で」
(ツッコミ所が多いんだが、どうする兄貴?)
(あー……一応ほっとくか。これも個性だ)
「何か言った?」
「「何も?」」
なんか信じられないくらいの小声で内緒話された気配がする。
具体的には、獣もしくは獣人なみの聴力でも聞き取れない音量で。
んなことできる人、そうそういないだろうな……。
まあそれはともかく、結果的に3人そろってNGだったため、どうすりゃいいかってことまた悩む僕ら。
そのまま数分議論が続いたものの、特に名案も浮かばなかった。
で、もう無罪放免でいいんじゃないかと思ったその時……ふと思いついた。
「あのさ、姉さんはどう? 姉さんなら、女性だし、そういうこともまずないだろうし……商人だから、任せられる雑用とかも結構あるんじゃない?」
「えっと、あのー……お気遣い嬉しいんですけど、そもそも『そういうこと』も罰として織り込んで前提にした処置だったと思うんですけど、いいんですか? なんか、どんどん私に楽させようとしてくださってるような……」
いいんです。理由は無い。
しかし、ダンテ兄さん腕を組む。
「微妙だな……商人っつったって、秘密事項とか色々あるだろうし。前々からきちんと聞いてたんならまだしも、その場その場で仕事任せるってのは、出来るか微妙だぞ?」
あー、確かに……。
アルバイトとかだって、即日採用したって『じゃ、今から働いて』とかいきなり言うとこなんて、ないだろうしなあ。中にはあるかもだけど、僕は知らない。
仕事ってのは、事前にきっちり予定決めてからやるもんだし。
と、ダンテ兄さんの説明に僕が納得したと同時に、
「……あぁ、そうだ。この手があったか」
ブルース兄さん、何か思いついたご様子。
☆☆☆
で、翌日。
……こうなった。
「えーと、色々と事情がありまして、今日からしばらくこちらで皆さんのお手伝いをさせていただくことになりました、ナナといいます。主な仕事としては、皆さんの『修行』に使われる雑貨類の後片付けや整理整頓などの雑用ですね。ああ、あと、ご命令であればある程度の無茶には対応させていただきますので、遠慮なくイロイロと言いつけちゃってくださいね、よろしくお願いします♪」
「……ミナト、ちょっとこっち来い」
ぺこり、と、
姉さんの、手伝いは手伝いでも、僕らの修行の手伝いをすることになったナナさんが、僕ら4人にむけてお辞儀をするのと、
むんずっ、と、
ほれぼれするような素敵な三白眼になり、額に青筋を浮かべて不機嫌そうなエルクが僕の襟首を引っつかんで連行するのは……同時だった。
☆☆☆
「すいませんミナトさん、荷物もちなんてやらせてしまって……あの、今更ですけど、ホントに私1人でも大丈夫だったんですよ?」
「いやあ、いいですって。もともと買い物には行きたいと思ってましたし、ナナさんにはいつもお世話になってますから」
「それは、お仕事なんだから当然じゃないですか。もう、変な人」
と、まあ、
ナナさんが僕らのところに来てから数日後の、僕とナナさんの会話である。
『トロン』のメインストリートで、雑貨なんかの買い物をしつつ、その荷物持ちをやっている僕と、それを見てなんか悪そうにしているナナさんの。
まあ、偶然買い物の予定がかぶったから、一緒に来てるってだけで、何もそれ以外の意味はないんだけども。とーぜんながら。
『トロン』について早々、間接的ではあるがブルース兄さんによって持ち込まれたイレギュラー。
ナナさんという名の、数時間前までは縁もゆかりもなかった『奴隷』の少女の参入。
最初こそ戸惑ってたエルクも(他の面子はなんか意外と普通に受け入れてた。人生経験の差だろうか?)、数日経つ頃には気にしなくなった。
もちろん、彼女そのものを気にしなくなったわけじゃなく、『一緒にいて違和感がなくなった』って意味だ。
ナナさん、仕事とはいえ、ホントに一生懸命、真面目に働いてくれるから、それを見てる僕らの間に、頑張り屋のいい娘……っていう評価が定着するのも必然だったのだ。
彼女の主な仕事は、ノエル姉さんの商隊の仕事でも、ブルース兄さんの傭兵団の雑用でも、ダンテ兄さんとウィル兄さんの研究の手伝いでもない。
僕ら『訓練生』4人の、言うなれば……マネージャーみたいなものだ。
主に、僕らが姉さんの『訓練』を行う際の、色んな雑用。道具や訓練場所のの準備とか片付け。そういうものを、ナナさんが引き受けてくれてるのだ。
しかも、その仕事量がすごい。そして、その1つ1つが丁寧で、完璧と言っても過言ではない仕上がりにしてくれるからまたすごい。
例えば、『座禅』で使うお茶も入れてくれるし、その前と後に、使ったボートの簡単な掃除もやってくれる。『シャボンそろえ』に使うシャボン液の準備と片付けもしてくれる。
驚くことに、それは個人個人の訓練でも例外じゃなかった。
それぞれの訓練場所と、訓練開始のタイミングを覚えて……エルクのボールやシェリーさんのロウソク、ザリーの、砂を扱う訓練に使う各種雑貨まで、ムダのない動きで用意してくれる。もちろん、僕の『聖水』とタライも。
さらには、姉さんとの模擬戦の後、それなりに滅茶苦茶になった広場の整地までしてくれる。あの、野球部が使ってるようなT字型の道具で。『トンボ』だっけ?
おまけに、訓練が終わって休憩してる僕らに、タオルや飲み物を配ることまでやってくれるんだからすごい。
そして、僕らがそれを飲んで休んでる間、後片付けやら何やらをささっと終える。もうね、どこの完璧超人かと。
懲罰の仕事とはいえ、甲斐甲斐しく働いてくれるその様子は、なんか見ていてほほえましいというか……部活の女子マネみたいな感じに見える。
っていうか、やってることはモロにマネージャーだと言える。
おまけにナナさん、人当たりもいい。壁を作らないっていうか、人と仲良くなるのがすごく上手いんだ。それも、自然体で。
そんなわけなので、僕らとの間になんとなくあった距離とか壁がほとんどなくなるのに、そう時間はかからなかった。
「えっと、あとは……ああ、レモンと蜂蜜でしたっけ?」
「うん。ちょっと試してみたくてさ。かの有名な『レモンはちみつ漬け』」
「有名、ですか? うーん、聞いたことないんですが……」
そりゃそうだ、前世の話だもん……とは言えない。
スポーツ系の部活で疲れた時といえば、『レモンはちみつ漬け』とかいう……なんかこう、憧れ?みたいなものが僕の頭の中にあったもんだから。
っていうか、ぶっちゃけ食べてみたかっただけなんだけど。
けど僕の前世、作ってくれる女子マネ云々以前に、中学高校って文化部だったから、そういうのとはとことん無縁だった。食べたことはおろか見たこともない。
それをなんとなく(前世云々は上手く隠して)みんなの前でぼやいたら、『おいしそうだ』ってことになって、
それを聞いてたナナさんが『じゃあ作ってみます?』って話になったわけだ。
また仕事増やしちゃうのはちょっと心苦しかったけど、食べ物の誘惑にはなんというか弱い僕。
結局、できた時にはナナさんにも食べてもらえばいいか、ってことで了承した。
そのナナさんは生活面でも出来た人だった。
買い物に出てから知ったんだけど、この時期どんな食べ物が、どんな品質でどのくらいの相場で売られてるか、ってのを把握してる。
その知識をもとに、どの店で買えばより品質がいいものが安く手に入るか調べて、しかもそこから更に値切り交渉までやっちゃうんだからすごい。
エルクも言ってたけど、この世界、店では定価そのままでものを買おうとはせず、値切れるだけ値切った上で買うのが基本らしい。無論、例外とかはあるけども。
日本っていう資本主義社会で育った僕だから、エルクがいないとつい忘れてさっさと定価で買っちゃうことがしばしばある。というか、ぶっちゃけ値切るのがめんどくさい。
ナナさんはそんな基本的なこともしっかり抑えててくれて、進んで値切ってみせ……最終的には、半額以下にまでしてみせた。
『値切る』ことに関しては『基本』だから別に驚かないけども、腕はすごいな。交渉の腕が。エルク並みだ。
なんかもう、あらゆる意味で頼りになりすぎてダメになりそうだ、ホントに。
「でも、訓練を見てて思うんですけど、皆さんすごいですね。あんな動き、普通の冒険者じゃ何秒もついていけないレベルじゃないですか。それを一手に引き受けて鍛えてるノエルさんもすごいですけど」
と、篭にいっぱい買っても銅貨15枚という激安になったレモンを抱えながら、ナナさんがふとそんなことを。
「あーまあ、姉さんってあのとおり、見た目に反して規格外だからね。あのくらいは楽勝」
「たしか、あの『大灼天』のノエルさんなんでしたっけ? すごいですね……私、噂でしか聞いたことないですよ。随分昔に引退した冒険者だ、って聞いてたのに」
あ、何だナナさん、『大灼天』の噂は知ってるんだ? やっぱ姉さん(の通り名)、有名なんだな……100年近くたってもこうして知られてるくらいなんだから。
「そりゃ有名ですよ? 冒険者ギルドの歴史上でも、5本の指に入るくらいの腕の剣客だって話ですから。まあ通り名だけで、本名まではそう広くは知られてないですけど。でも、ミナトさんは弟さんなのに、ご存知なかったんですか?」
「あー、うん。複雑な事情というか、閉鎖的な環境というか……」
「そうなんですか……うーん、田舎とかじゃ、そこまで有名でもないのかな?」
田舎っていうか、単なる魔境っていうか……情報が入ってくる環境がそもそもない場所だったもんですから。
兄弟の人数や名前すら知らなかったし。
「私は、名前までは知りませんでしたけど、色々聞いてますよ? 逸話とかも。1人で100人の野盗を斬り捨てたとか、一太刀で軍艦を真っ二つに斬ったとか、火山地帯に住むランクSの龍族を相手に単騎で戦って勝ったとか……」
……ノエル姉さん、よく僕や母さんのことを『規格外』呼ばわりするけど、自分もたいがいなもんだな。まあ、全部が全部真実、ってわけじゃないらしいけど。
しかし、それにしても……
「で、たしかその討伐した龍族の素材で作った武器が、彼女の生涯の愛剣『朱星』。引退した後には、その偽モノが市場に出回ったりしたこともあったらしいですし、ホントに有名で人気の……あの、ミナトさん、どうかしました?」
「え? あ、いや……なんか、すごく詳しいな、って」
なんか、噂でそこまで詳細に知れるのかな? ってくらいに詳しい。ナナさん。
僕の知識が乏しいのは当然だけど、ナナさんのは多くない?
しかも、つっかえたりすることもほとんどなく、すらすら出てきたのがまた気になった。
普通、噂とかで聞いた程度のうろ覚えの知識って、頭の中から引っ張り出すのに時間がかかるもんだし、思いだしながら話すから、途切れ途切れになってもおかしくない。『えーっと』とか『あー』とか間にはさみながら話すのって、よくあるでしょ?
ナナさんの場合、まるで用意した原稿でも呼んでるみたいにすらすらと口から出てきて、とちって言い直したりすることも全くない。
興味があって調べたことがあったから詳しくなってたのか、それともよっぽどこういう説明に慣れてるのか……もしくは、その両方? はたまた、そのどちらでもない?
興味本位で聞くと、
「うーん、どうだったかな……? まあ、知識は多分、噂とかだと思うんですけど……ああでも私、もともと物怖じしないっていうか、人前で緊張しない性格だったみたいですから」
とのこと。
それだけで、あんな風にスラスラ言えるもんなのかな? わからん。
けどまあ、人当たりがよかったり、よく気が効いてたり、『物怖じしない』って性格はその通りだから……まあ、いいか。
……でも、何だろう?
さっきからナナさんの言葉の端々に、何か気になるというか、引っかかるものがあるような気がするんだけども……?
「ふふっ、でも、一応私、褒められてるんですよね? そんなに評価していただけるなら、いっそミナトさん、私の購入を考えてみてはいかがですか?」
すると、考え込んでた僕に、ふいにナナさんがそんな話題を振ってきた。え、購入?
「購入、って……ナナさんを僕が、『奴隷』として、ってことですか?」
「他に何が?」
いや、そんな当然のように言われても。
それにちょっと、その……そんな天気の話するみたいにさらっと人身売買について語られても、返答に困るんですけど。なんてセールストークだ
「私一応、2週間後の奴隷オークションの目玉商品なんですよ。ミナトさん達への出向も、だいたいそのくらいまでになるんですけど、皆さんいい人ですし、ミナトさん達になら、買われてもいいかな、って。労働条件はもちろん、楽しい職場になりそうですし」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
「まあ、戸惑っちゃいますよね。でも、一応考えておいて貰えません? まだ数日くらいですけど、私結構役に立てたと思いますし……もしお気に召したのであれば。多分ですけど、金貨7、8枚あれば私、落札できると思いますから」
にっこりとした笑顔のまま、しかし中身はとんでもない『売り込み』をかけてくるナナさん。なんて豪胆というか、剛毅というか。
けど、こういう面も彼女の魅力というか、長所の一つなんだろう。
物怖じしないにとどまらず、意外とちゃっかりしてるというか、若干黒い、策略かな部分が所々に見え隠れする。買い物の値切りとか、特に。
さっきも青果店で、『あれぇ? この果物、あの地域の農法で作るともっと斑模様の色が濃くなるんだけどなあ~? ホントにあの地域産の品かなぁ~?』と、一瞬で食品偽装を見抜き、それをネタにして各種野菜類を8割引にさせてたのには引いた。
思いっきり脅迫だし、容赦ない。達成感に満ちたその笑顔がちょっと怖かった。
ただ、そういう清濁織り交ぜた考え方が出来る、って点は、僕の中では個人的にはプラス評価だったりするんだけども。
前しか見ないような愚直な考え方って、見習うべきものではあるんだろうけど、その反面融通が利かないところがあるから、正直好きじゃないし。
……ごく最近、その極端な例を何度も見てるから、余計に。
「それに今回の『オークション』では、全体でも多数の奴隷が出品されますから、お客さんの好みとかも分散して、奴隷1人あたりが狙いやすくなるみたいですから、ぜひともご一考くださいね? いつ買うの? 今でしょ!」
……あれ? なんかすごく聞き覚えのあるせりふが聞こえたような?
……そういえば、今のセールストーク聞いて思い出したんだけど、
っていうか、こないだからうすうす思って気になってたんだけど、
「あのさ、ナナさん」
「はい? スリーサイズですか?」
「違います」
「なぁんだ、買うときの参考にしてもらえると思ったのに」
「全くもう……そうじゃなくて、ちょっと気になったことがあってですね。ナナさん、何か事情とか知らないかな、と」
「気になったこと?」
「はい。何となくなんですけど……この町、なんか奴隷商人多いな、と思って」
その理由を知らないか聞いてみたら、ナナさんは『あー』と短く考えて、
「そういえば、私を管理してる商隊のリーダーさんが、ちらっと言ってたかもしれません。このトロンの町が、今正に成長中の町だ、っていうのが原因だって」
「成長中?」
「はい。奴隷って、一度買っちゃえば賃金は不要、必要な食料や衣服を与えるだけの、安上がりな労働力でしょう? それに、新しく商売を始めるような人にとっては、賃金を出しての雇用の練習としても使われることがあるんです」
「? まあ、言いたいことはわかりますけど……」
商人を志して、新しくここからスタートを切るような人にとっては、奴隷っていうのは色々と都合がいい労働力だ、ってことだ。
給料要らないし、人を使うことを覚えるための練習にも、たしかに使える。
つまり、この『トロン』には、そういう人たちが多いってこと?
「そう聞いてます。ここ十数年で、豊富な資源をもとにぐんぐん成長してきてる町ですから、もっと大きいことがやりたくて外に出る人もいっぱいいるんじゃないかと」
「なるほど、奴隷商人には格好の市場ってわけだ。……そのうち何割が成功するかってのは疑問の余地があるけど」
「あはは、確かにそうですね。そして、そういう未熟で、どんな対応されるかわからない人よりは……ちょっと変わり者が多いですけど、信頼できて、一緒にいて楽しい職場になりそうなミナトさん達に買われたいなあ、とか私思ってるんですけど」
やれやれ、またセールストークか。ちゃっかりしてるよ……
とか考えていた、その時、
「……ちょ、ちょっと待て! そこの君達っ!?」
「「え?」」
何だか、唐突にそんな声で後ろから呼び止められて……思わずハモった声と同時に、僕とナナさんが同時に振り向く。
そこには……今正に頭に顔が浮かんでいた、あんまり、いやかなり会いたくない人が。
水色の髪を後ろでちっちゃく束ね、そのイケメンフェイスを驚きにゆがめている過剰な正義感の好青年(皮肉)、リュート。
その一歩後ろには、そのリュートが押さえ役になるくらいに更に過激な女の子、アニーも。リュート同様、買い物袋を片手に提げてついてきていた。
驚いてフリーズしてたものの、一瞬間を置いて再起動した彼は、憤りと戸惑いと悲しみを足して3で割ったような器用な表情で、ずんずんと大股で歩いてきた。
その際、何でだか知らないけど、僕とナナさんを交互に見てたような気が……?
んで、
「どうして君が彼女と一緒にいるんだ!? 彼女に何をさせてるんだよ!?」
近づいてくるなり何を言い出すんだこいつは?
っていうか、まるでナナさんのこと知ってるような口ぶりだけど?
「あー、そのですね、実は……かくかくしかじか」
僕の戸惑いに気付いたナナさんから耳打ち。ほほう、なるほど。
僕がブルース兄さんと、そしてナナさんと会ったあの夜、なんか奴隷商にいちゃもん付けに来たリュート一味とひと悶着あったと。僕らに会う前に。
しかしそんなこっそり話を知ってかしらずか、僕らの返答を待たずにリュートは、
「何で君が彼女を連れて歩いてるんだ? まさかとは思うけど、奴隷商人から彼女を購入したとかいうんじゃないだろうな?」
「それの何が問題があるのかって点も聞きたいけど、別にそうじゃないよ。ちょっと事情があって、出向で身柄預かりになってるだけだから」
「あっ、ミナトさんそれは……」
「え? み、身柄預かり……だと!?」
言った瞬間、ナナさんから『あ!』ってな感じの声と視線が飛んできて、
さらに、リュートとアニーの表情が変わった。
具体的には、リュートがショックを受けたような顔になって、その後徐々に怒り?みたいなのがふつふつと湧き出てきてる感じ。
アニーの方は……なんか、ゴミのようなものを見るような、侮蔑の目。なぜ?
すると、再びナナさんの耳打ち。
「ミナトさん、ほら、この前も言ったでしょ? ミナトさん達のとこの仕事は良心的ですけど、身柄預かりって基本、『そういうこと』を前提にした『処罰』ですから……」
「……あ゛」
そうだった。本来なら『そういうこと』になるであろう罰を僕ら、無理矢理思いっきり曲解して今の形にしてるんだっけ。ナナさんに酷いことにならないように。
けどそれを考えない、つまりは一般的な解釈の場合、『身柄預かり』ってのは、あれだ。
奴隷が『何をされても文句は言えない』っていう、ほぼ最悪の条件化で、他人に貸し出される『罰』のことを言うんだった。
特に女性の場合は、どういうことになるかあからさまに想像できてしまうような。
ってことはつまり、僕今、すんごい勢いで誤解されてる?
案の定、とでもいうべきか、
リュートの一歩後ろにいたアニーが前に出てきたかと思うと、弁解も何もする暇を与えず、口を開いた。
「性根の悪い奴だとは思ってたけど、ここまでとはね。まさか、女を手篭めにしてかしずかせるのがお好きだったなんて、さすがに思わなかったわ」
「……すがすがしいほどに予想通りな誤解されてるね、やっぱ」
「まあ、本来そういう意味の罰ですから、仕方ないといえば仕方ないんですけどね」
「はぁ? もしかしてこの期に及んで言い訳するの? ますます見苦しいわね……ねえ、そう思うわよね、リュート」
リュートはというと、
その質問には答えず、その視線は僕のほうをじっと見ていた。
意外といえば意外、アニーみたいな侮蔑の視線は感じない。
もっとも、それとは別な種類の、何かしらの強い意思のこもった目つきで、瞬きすらほとんどしないでこっちを睨むもんだから、居心地は決してよくは無いんだけど。
その分たちが悪い。こっちから何か言ってやぶへびになるのも怖いから、何かアクションを返すのもためらわれる。
普通の人ならともかく、こいつら独自の価値観で自由に生きすぎだから。
そのまま、たっぷり30秒ほどもリュートは、意思の中にも色んな感情が混ざった目でこっちをじろりと見てた。怒りや困惑、悲しみや悔しさ、etc……。
空気が思い。僕、何も悪いことしてないのに。
正直逃げたい、帰りたいんだけど、この状況下そんな選択肢がない気がするので、こっちとしても戸惑ってると、
「……強いんだね、君は」
リュートはつぶやくように、そんなセリフを吐き出した。
「はい? 強いって?」
「君じゃない、彼女に言ったんだ」
そしてその視線を、僕ではなく、隣にいるナナさんへ向ける。
その目には、さっきまでの感情に加えて……何だか厄介そうな毛色が見て取れた。
具体的には、哀れみとか決意とか、聞くだけなら立派そうだが、場合によっては面倒なことになる可能性が非常に高い類のものだ。
……どうしよう、嫌な予感しかしない。
それも、必ず当たる類の。
「……何があったのか知らないが、こんな大変なことになって……しかし、それでも君は笑顔を捨てることなく、生きていられている。本当に、すごいと思うよ」
「そうね。人から人に、道具みたいにたらいまわしにされて、しかもその先でどんな目にあったか……考えたくもないもの。私があなたなら、我慢できない」
「えっと、いや、そういう事実はホントにないんですけど……」
言いつつも、多分コレも聞こえてないんだろうな、とわかってるんだろう。つぶやくように言ったナナさんの額には、たらりとマンガ汗。
それとまるで対極、表情から空気からシリアスにも程があるリュートとアニーは、そのまま少しの間、ナナさんを励ますような言葉をいくつか並べたあと、
その目に嫌な決意をみなぎらせて、視線をこっちに移した。
「……ミナト、だったな」
「……そだけど、何で?」
「アニー、僕……決めたよ。もう、後回しにするのなんて待っていられない。これ以上、彼女の中に痛みや悲しみが募る前に……僕たちが、彼女を助けよう」
いや、話しかけるんならそっちで話が済んでからにしてほしいんですけど。
「ミナト、話は簡単だよ。僕から……」
一拍、
「僕から君に、決闘を申し込む! もし僕が勝ったら、「謹んでお断りさせていただきます」彼女を解ほ……なっ!?」
意外そうな顔するな、そこのテンプレ勇者。
誰が受けるか、そんな面倒くさそうなイベント。全力で無視するっちゅーの。
がぁん、とかいう効果音が、頭の中で流れてるんだろうか。ショックを受けて固まってるリュート。
おそらく彼は、『僕が勝ったら彼女を奴隷身分から解放しろ!』とか言うつもりだった。そしてその話を僕が受けると信じて疑わなかったんだろう。
そしてそして、さらにその先、自分が僕に勝って、ナナさんを開放して、ナナさんに感謝されて、自分達の『正しさ』を再認識して、さあ僕らの冒険はこれからだまだ見ぬ明日へむかって旅立とう、っていうラストの展開まで浮かんでたんだろう。
んなラスボス役やらされるのはごめんなので――そもそも戦いになっても負けるつもりはないんだけども――普通に断らせてもらおう。
なんか『どうして』とか『そんな』とか言ってるけども、気にしない。
「なんでだよ!? どうして断るんだ!?」
「いや、どうして断られないと思った。受けるわけないじゃん、そんなの」
「どうして!?」
「そもそも僕が決闘とかする理由ないもん。そっちがあれでしょ? ナナさんを開放したいとか、そういう理由で、僕に無理難題を飲ませるために言ってるんでしょ? 一方的に」
「っ……その通りだよ。そうすれば僕が君に勝って正しさを証明することで、彼女を助けられる、自由の身に出来るんだ! だからそれを……」
「それこっちが大損するの前提にした、こっちにしてみれば迷惑な話でしかないってわかって言ってる? 繰り返しになるけど、何で受けてもらえると思えたのさ」
「それはっ……」
目的と結果だけ見て、そこに至るまでの経路を考えてなかったいい例だ。
いや正確には、考えたつもりだけど考えられてなかった、と言うべきか。
正しい目的のためだって、盲目的に信じ込んで、そこに一直線に行こうとした結果、ちょっと考えればわかるであろうことがわからない。
こいつ絶対、肝心な所で人生失敗するタイプの人間だと思う。
むしろホント、よく今までやって来れたもんだ、こんな生き方で。どこかで頓挫するか、ドジ踏んでのたれ死んでてもおかしくない世の中なのに。
相当運がよかったのか、それとも……
「ふん、要するに負けるのが怖いんでしょ? 情けない男ね!」
おおぅ、油断してたらものすごいテンプレな挑発が。
すんごい見下した視線というか、あからさまにケンカ売ってる感じで睨んでくるのは、声の主であるアニー。
本心か、それとも単なる挑発かはわからんけど、どっちにせよ受ける気は無い。
「まあ、賢い選択かもね? 戦ったらあんたごときがリュートに勝てるわけないんだし。勝負を受けないっていうんなら、とっととおうちに帰って寝れば? 弱虫のぼーや」
「はいはい、もうそれでいいよ。まあ、まだ買い物残ってるから、帰るのはそれからだけど。じゃ、そういうことで」
「……っ!? ここまで言われて反論の1つも出来ないわけ? ホント情けない男ね、悔しかったら反論の一つもしてみたらどうなのよ!?」
「別に悔しくない、っていうか気にしてないからいいよ。もう帰っていい?」
「あんたプライドないわけ!? ケンカの1つも買えないなんて、よくそれで冒険者としてやってこれたわね!?」
あんたらこそよくそんなスタンスで今までやって来れたよね…………って、お?
そんな風に、だんだんと音量を上げてわめいている彼女の後ろに、見覚えのある、この場に至ってはすごく安心できる人物の姿が見えてきたことに、今気付いた。
「ふん! する必要も価値もないってわかってても、あんたのお仲間に同情しちゃうわ! こんな情けない腰抜けとチーム組んで、苦労も耐えないでしょうに……」
「悪かったわね、情けない腰抜けと好き好んでチーム組むようなお仲間で」
「「「!?」」」
そんな声が、いきなり後ろから聞こえてびっくりしたんだろう。
ばっと振り向いたリュートとアニーは、そこに、僕らの仲間であり、僕にとってはもっとも長く付き合っている冒険者仲間……エルクの姿を確認した。
そのエルクはというと、まず僕、次にリュートとアニー、そしてナナさん(首輪装備)に順番に視線を向けると、それだけで全てを理解してため息をついていた。
「やれやれ……つくづくトラブルに遭いやすいわね、あんた」
「遭いたくて遭ってるわけじゃないけどね」
「ちょっと! こっちを無視して話を進してんじゃないわよ!」
驚きも早々と引っ込み、すぐにえるくにも噛みつきだしたアニー。
それに、面倒くさそうな視線で応えるエルクだが、この暴走少女は彼女に話す隙間を与えずにまくし立て続ける。
「ちょうどいいわ、あんたからも何か言ってやってよ、この腰抜けに。あんたも嫌でしょ? 自分の連れが決闘の一つも受けられないようじゃ」
「バカ言わないで。何で私がそんな説得しなきゃいけないのよ」
「なっ!?」
おぉ、エルク、バッサリ。
歯牙にもかけない感じで、罵倒と挑発とその他もろもろが一緒くたになったアニーの要請を切り捨てる。
まあ、わかってたけどね。エルクって、普通に僕以上にドライな部分あるから。
「あんたらそろいもそろって腰抜けなわけ!? リュートがせっかくあんたらのためを思って決闘って形にしてくれてるのに、何なのよ一体!?」
「うっさいわね、音量落としてしゃべりなさいよ。それに、いったいどこが私達のためを思ってなのよ。今んとこ私達、迷惑しかしてないじゃない」
「決闘でリュートの強さを、そして何より正しさを知って、あんた達のバカな行いを悔い改めるいい機会になるって言ってんのよ! そんなこともわからないの!?」
「わかるわからない以前に、余計なお世話以外の何物でもないわね。そもそも、そんな風に私達の得にならない話、受けるわけないじゃない」
「得、ですって?」
「そうよ。事情は聞かなくても大体わかるわ。ミナトがナナをつれてるのを見て、あんたらが勝手に怒ってケンカ売った。決闘を申し込む、負けたら彼女を解放しろ。……こんなとこじゃないかしら?」
「おー正解、おみごと、さすがエルク」
「ありがと。でもその取引、リスクしょってるの私達だけよね? そんなの受けるわけないでしょ?」
「取引じゃないわ、尋常な決闘よ!」
「一緒よ、少なくとも私達にとってはね。あんたが勝ったら、私達はナナを解放しなきゃいけない。そしたら私達は、ナナを失うだけじゃすまないの。ナナはあくまで、奴隷商人からの身柄預かりなんだから、失った場合はそれなりの賠償をしなきゃいけない。それも、ナナが出品される予定だったオークションへのキャンセル料も込みになるだろうから、けっこうな額になる。リスク大きすぎるでしょ」
一息にさらっと長文を行ってのけたエルク。
さすが、損得勘定はザリー以上に慎重な彼女だ、計算だけじゃなく論破までバッチリ。要点きっちり踏まえてきっぱりはっきり断ってる。コレなら揚げ足の取りようもない。詐欺師もお手上げだろう……けど、
「そんなの、あんたたちの自業自得じゃないの! 受けなさいよ!」
おそらく頭でしゃべってない、こういう人種には、更に苛立ちを募らせるだけの結果に終わったようだ。
まあ、エルク気にしてる様子ないけど。
「『自業自得』の意味知ってんのあんた? 受けないってさっきから言ってるでしょ?」
「奴隷なんて間違ったもの所有してるあんたたちがそもそも悪いって意味で言ってんのよ!」
「説明されても私の返事は変わらないわよ。道徳に乗っ取ったご高説は結構だけど、交渉したけりゃもうちょっと損得勘定ってもんを勉強したら? 決闘でも取引でも、何か賭けるなら同じように等価のものを用意して互いに、っていうの、常識でしょ?」
「ふん、お金や損得でしか物事を考えられないなんて、貧しい心してるのね!」
「それで結構よ。そういうスタンスの方が、心は貧しくても懐は潤うもの」
「……もしも……」
と、ここでリュート。
「もしも、僕らがそれに見合うだけの対価を用意したら、決闘を受けてくれるのかい?」
「いや? 受けないわよ?」
「なっ!? あんた、さっきと言ってること違うじゃない!」
「普通用意するもんだとは言ったけど、したら受けるとは言ってないでしょうが。何度も言うように、私達は損得はもちろん、めんどくさいから受けないっていってんの」
「っ……言わせておけば、言うに事欠いて『面倒くさい』ですって……? どこまでも人をバカにして! だったら、リュートじゃなくて私がやってあげようかしら……!」
なんていい出しながら、自分の得物であるらしい杖を取り出した。立派な凶器を。
……結局の所この娘、感情に任せて言ってるだけなんだよなあ。
さっきから全然話に筋道と追ってないし、理由もろくにいえないまま『私達は正しい、あなた達は間違ってる』って言ってくるだけ。
そして中々自分達の要求が通らないと、最後には実力行使に出ようとする……まるっきり子供か、聞き分けのない不良だ。やることなすこと全部が無茶苦茶すぎる。もうやだこいつら。
ただ、こっちがやる気がなくてもあっちは殺る気満々な上、仲間に甘いのか正義だからかリュートも止めないので、エルクが万が一にも怪我しないように止めようかと思った、
その時、
「そこまでにしてもらおう。悪いが、こんな往来でそれは認めるわけにはいかないな」
「「「!?」」」
後ろからそんな声がしたので、僕らがはっとして振り向くと……そこには、さっきから集まってきてた野次馬連中に混じって、見覚えのある人物が。
水色の髪に、青と水色で統一された、軍服と鎧。
折りたたみのギミックのついた弓を背負った、クールな雰囲気の漂うこの人は……
「あなたは……見たところ、軍人ですか?」
「そうだ。名前はスウラ・コーウェン。ウォルカ方面基地で中隊長をやっている」
そう、
『ブラッドメイプル』の一件でお世話になった、そしてザリーの情報だと最近出世したらしい、スウラさんがそこに立っていた。
よく見ると、胸につけてるバッジが、こころなしか豪華になっているようなそうでもないような……こないだよく見てなかったからわかんないや。
「ウォルカ方面? ここは別区域のはずですが……それがなぜ?」
「すまないがそれを話すことは出来ない。それよりも、このように人の密集している場所での私闘は認めるわけにはいかない、双方、武器を収めてもらおう」
「……邪魔しないでくれない? 他人に口出されたくないんだけど」
「そういうわけにはいかないな。見たところ魔法が使えるようだが、このような場所での魔法を交えた私闘は無要な巻き添えを生みかねない。常識的・倫理的に考えて、それは貴君らものぞむことではないはずだ」
「……アニー、彼女の言うとおりだ。ここは……」
「……ちっ」
まだ不満たらたらの様子だけども、さすがにお上とリュートには逆らえないのか、スウラさんとエルクを忌々しそうにひと睨みした後、アニーは杖を下げ、腰のホルスターに戻した。
その後、スウラさんが『何かもめていたようだが?』と、上手く仲裁に入ってくれて……その場はひとまず収まった。
リュートとアニーは、納得はやはりしてないようだったけど、スウラさんの粘り強い説得のおかげで、その後はケンカになることもなく終わった。
ただ、帰り際にリュートが、ナナさんの耳元で『……絶対に助けてあげるから、待っててね、僕を信じて』とか言って、振り返らずに歩いてったのにはイラッとしたけど。
それつまり、この後も僕らに絡んでくる気だって言ってない?
まあ、それはその時になったら考えるとして……今は、
「さて……久しぶりだな、ミナト殿。また厄介なのに目を付けられていたようだが」
「ははは……いや、ホント困ってたんで助かりました」
「そうか、久しぶりに会えたことだし、食事でもしながらゆっくり話したいところだが……何ぶん時間がなくてな。挨拶もそぞろではあるが、失礼させてもらう」
あら、そりゃ残念。
随分忙しいんだな、スウラさん。そういやさっきも、仕事でこの町に来たとか言ってたっけ。それでか。
会ってすぐなのに、本当に急いでるらしいスウラさんは、そのまま軽く二言三言言葉をかわしただけで、部下の人達を連れてその場を去った。
『また今度ゆっくり話そう』と言い残して。うん、純粋に楽しみだ。
そういえば、
「エルク、そういやどうしてあんなとこにいたの? てっきり、午後の訓練に備えて休憩してると思ってたのに」
「それなんだけどね? ノエルさんから伝言。今日、午後の訓練休みにするってさ、なんか、急用が入っちゃったみたいで」
「? へー……そうなんだ」
一瞬、なんだろうと思ったけど……多分、姉さんの『用事』なら、商人の方の仕事関連だろう。だったら、僕が何か考えるようなことは無いか。
降って沸いた休日、すなおに楽しませてもらいますか。
☆☆☆
リュートとひと悶着あった日から、さらに数日。
あれから僕らは、町でばったりリュートと出くわしたりすることもなく、順調に特訓を続けていた。
その特訓だけども、真面目にやってる成果が出てきたのか……『できなかったこと』が順調に『できる』ようになってきたのを、ここ数日感じている。
そう、ちょうど……リュートに絡まれたその翌日くらいから。
「……ふぅ……」
心を落ち着けて、『聖水』の入った水に手をかざす。
以前はここで、上手く繊細さを保って『闇』の魔力を注ぐことが出来ず、聖水の中の『光』の魔力と反発して暴発してしまった。
けど、ここ数日で、だいぶ集中して、細かく魔力のコントロールが出来るようになっている。
加えて……今日はちょっと、試してみたい方法もあったりするので、いつもより若干張り切ってるんだけども。
最初は、魔力を、水に見立ててイメージしてた。
雑巾を絞ると水がぽたぽた滴るように、あんな感じのイメージで魔力を水の中に溶け込まそうとして……何度も失敗した。
けど、今は違う。イメージするものが。
イメージ上でも、液体に液体を溶かそうとするのは難しい。しかも、実際には片方が液体じゃないんだから。
だったら、液体でなく……もっと、『溶ける』をイメージしやすいものに魔力を換えたらどうだ、と思った。
例えるなら、コーヒーに砂糖を溶かすように……液体に溶かすなら『粉』だ。
僕がいつも使ってる、『魔粒子』だ。
それを、僕の体の外に出ても霧散しないように、それでいて、他の物体にも上手く解けるように……限界まで細かく、繊細で丁寧な粒子に変えて……外に出す。
思えば、これの大雑把版が『他者強化』だ。それを、極限まで繊細にする。
そういうイメージが固まってからは、かなり早かった。
魔力を魔力のまま注ぎ込むより、魔粒子にして注ぎ込んだ時の方が明らかに『反発』が少ないし、イメージもしやすかったから上達も早い。『他者強化』って形で、以前に経験があったことも、大きいと思う。
今では……この通りだ。
「……ふぅ。よし……!」
手を水面にぴとっとつけてから、およそ10秒。
僅かに水面が波立っただけで、『反発』による水しぶきなど微塵も起こらないまま……聖水の中の『光』は全て、僕の『闇』に打ち消され、普通の水になった。
「ん、測るまでもねえな。質量変化なし、魔力量も……」
ちゃぷ、と横からブルース兄さんが桶に手を入れて、魔力の有無を肌で感じ取る。
一瞬間を置いて、
「……ゼロ。文句なし合格だ、ミナト」
「っしゃっ!!」
思わずガッツポーズ。
『闇』の修行、『聖水いじり』……全クリっ!
☆☆☆
「しっかしまあ、講師泣かせというか何というか……ノエルから聞いちゃいたが、尋常じゃない上達速度だね、お前は」
「そう? そんなに早いかな?」
「早ええよ、十分。普通ならこの訓練、筋がいい奴でも1ヶ月以上かけてやんだぞ。それもこれよりずっと小さい桶で。何をお前、一週間かけねーでクリアしてんだって話だよ」
そんなこといわれても。
何かこう、色々思いついたことを試すのが楽しくなっちゃって、途中から遊び感覚で楽しんでやれたし……そのおかげで集中力超長続きしたし。
なんていうか、相性とかの問題じゃないかな?
「まあ、上達してくれんのは兄としても嬉しいけどな……残り日程暇になっちまったな。どーする? 折り返し予定の日すらまだ来てねーんだけど」
「そうなの? なら、もっと色々魔力コントロールの方法とか勉強できないかな? 何か今僕、楽しいわコツつかんだわで絶好調な感じなんだけど」
「おいおい、ここに来てガリ勉化か? まあ、別にかまわねーけど……俺、教えらんねーぞ? 一応、知識として訓練方法は知ってるが、俺は俺で専門分野があるからな」
「兄さんの専門分野って……氷だっけ?」
「そだよ。んじゃまあ、氷から始めるか? 一個ずつやる方がいいだろ? 集中できて」
「んー……できれば、全部一気にやりたいんだけど。今のこの感覚忘れないうちに、それぞれに応用できる部分とか見つけて形にしたいから。できれば、今日中に」
今日中に『マスターする』じゃなくて、浅くでも今日中に『触れて』おきたい。今言ったように、感覚としてつかむために。
兄さんには『一日に修行する魔力の系統の数はなるべく絞らないと混乱すんぞ?』って言われたけど、まあ……さわりだけだし、何とかなるでしょ。
「……まあ、練習する系統は、やってみて後から絞ればいい話だしな。んじゃお望みどおり、全系統の修行方法……の中でも、ミナトにできそうなの教えるか。確か、放出系魔法苦手だったよな、お前」
「うん。てか兄さん、『氷』専門なのに、全種類知ってんの?」
「これでも一応傭兵団のトップだからな、団員の教育や指導のために、知識だけは一通り詰め込んでんだよ。実演はできねーけど」
「ふむ、にゃるほど」
そして僕はその後、注文どおり……『闇』以外の全系統の修行方法を教わった。
シェリーさんもやってる、『火』の訓練『ろうそく溶かし』。
武器の上(僕の場合、手甲の上に乗せてる)にロウソクを乗せ、火の魔力と、そこから生まれる熱を調節して、ろうそくを崩さずにゆっくりとかしていく訓練。無論、ろうそくが倒れないように、動かないようにしなきゃいけないから余計に神経を使う。
ちなみにそれに使うろうそくは、それを察知したナナさんがマネジ的献身で素早く取ってきてくれていた。姉さんのとこから、事情を話して。
『風』の訓練は、エルクのキャッチボールとは違う、その名も『無風パンチ』。
魔力を使って拳の周りの風を調節し、余分な風が起こらないようにして正拳突きを繰り出す訓練。
この時、正面5mくらいの位置と、横20cmくらいの位置にロウソクを置く。
そして、拳を放ったとき、その風圧で正面のロウソクの炎は消しつつも、すぐ近くにある横のロウソクの炎は消しちゃいけないっていうもの。空気の流れの正確なコントロールが必要になる。
さらに、ザリーのやってる『土』の訓練の僕バージョンは、『砂砕き』。
砂粒を手に握り、思いっきり強く握ると同時に『土』の魔力を浸透させ、数ミリにもみたない砂粒を更に細かく、しかも均一に砕くというもの。
ブルース兄さんお得意の『氷』のそれはというと、『ピンポイント保冷』。
ごく普通の氷を、鉄鋼とかはずした素手の手のひらの上に乗せ、それを、体温で溶けないように氷の魔力で保冷する。
しかし、その同じ手の甲は、桶に張った水の表面につけておかなければならず、そっちの水は凍らせちゃいけない。
つまり、保冷する『手のひら』と、保冷しない『手の甲』で、完全な魔力・温度の区分が必要になるわけで……やる前後で氷の重量に差がなければ成功、って感じだ。
さらに、『水』の訓練は、その名も『水斬り』。
たらいに張った水の中で手を動かすんだけど、体の表面で水の魔力を使って、対表面付近の水流を細かく操作し、その水の表面が波立たないようにしないといけない。
手で桶の中の水をかき混ぜてるのに、水面に波が立たないっていう、摩訶不思議な状態を作り出せたら成功、ってことだ。
んで、今度は『雷』。名前は『無限火花』。
両手の人差し指同士を向かい合わせて、そこに『雷』の魔力で作った小さな火花を散らせるんだけど……最初に小さなそれを作った魔力のまま、電気も魔力も追加しないで、その電気を何分も維持しなきゃいけない。
魔力が散らないように気をつけつつ、高速で両手人差し指の間を行き来する電気を散らさないため、雷の魔力を操作して『帯電』させておかなきゃいけないわけだ。
そして最後に、『光』の訓練、『聖水作り』。
読んで字のごとく、普通の水と光の魔力を材料に、自分で『聖水』を作っちゃおうっていう訓練。やりかたは『聖水いじり』と似てるけど、これはこれで違ったコツが必要になる。
とまあ、こんな感じで8属性全部のやり方を教えてもらった僕は、好奇心の赴くままにそれらの練習を始めるのだった。
……つい張り切りすぎちゃったその結果として、兄さん達が頭を抱える状況になったと知るのは……もう少し後の話。
☆☆☆
で、その日の午後、
「「「かんぱーい!」」」
「いぇーい、お疲れ様でしたー!」
「何か終わったっていうか、やり遂げた風に言ってるけど、ただたまたま午後の訓練が休みになっただけなんだけどね? 普通に」
「うぁん、エルクちゃん、現実に引き戻さないでぇ~……」
「あんたは逃避しすぎなのよ、シェリー」
真っ昼間から騒がしくてすんまそん。
さきほど連絡があり、急遽今日の午後の訓練がなくなった(しかも全員)ので、中休みというか、たまには昼からリラックスもいいだろうってことで、外食。
ちょっと高めの、しかもオープンテラスのオシャレなレストランで、『5人』そろって食事を取ることに。
「……あの、私が当然のように一緒に食事に招待されてる件についてですけど……」
「いいのいいの、気にしない気にしない」
ナナさんの疑念は封殺。
奴隷だろうが身柄預かりだろうが関係ありません、ご飯は皆で楽しく食べましょう。
ちなみに、ここの食事代はザリーがおごってくれるらしい。
なんか最近、訓練の合間にちまちまやってる情報屋稼業の方が順調だそうで、懐がかなり潤ってるらしいのだ。
こんな縄張り違いの所に来てもそんな感じとは、いやはや頭が下がる。
そのまましばらく、みんなで雑談などしつつ、料理や酒を口に運んで楽しく過ごした。
具体的には、シェリーさんが日ごろのストレスを愚痴にして吐き出したり、シェリーさんがやけ食いとばかりにケーキを食べまくったり、シェリーさんが店員に『もっと強い酒ばいのか』って言って困らせてたりして……なんかもうシェリーさん大暴れ。他の思い出が塗りつぶされるぐらいに。
よっぽどストレス溜まってるんだなあ……まあ、無理ないけど。彼女の性格なら。
「う~、ミナト君のお姉さん、スパルタ過ぎなのよ~……私にはあんな、剣の上のロウソクがゆっくり溶けてくのを見てるだけの時間なんて苦痛でしかないのに……せめてエルクちゃんみたいに、動きがある訓練ならまだよかった」
「何言ってんの、私は私で大変なのよ? ようやく慣れてきたところなんだから、今」
「そうそう。ここにいる訓練生4人とも、それなりに難易度のある訓練こなしてるのは間違いないんだから、みんな大変さは同じなんだって。まあ、もっとも……」
と、そこでザリー、一拍をいてなぜか僕を見る。
「性格次第で、それを苦痛に思うかどうかが違うのはあるけど、ね」
「あー、私も聞いた。何か、上達早いからせっかくだし、って、全属性の訓練させてもらってるとか……何、それ自分から言い出したの?」
「うん、興味あったし、せっかく時間あるんだから、有効に使わなきゃもったいないし。それに、結構楽しんでやれてる感じだからさ」
「うわ、何それ、気持ち悪」
「ちょ、さすがに酷くない?」
何か、シェリーさんに引かれた。『マジかこいつ』みたいな、信じられないものを見るような視線が直に飛んでくる。いや、そこまでせんでも。
けど待てよ、確か僕の前世にも……高校の同級生で、難解な数式が好きだとか言ってる奴がいた覚えがある。勉強が友達って感じで、休み時間もずっと参考書とか読んでる奴が。しかも、楽しそうに。
そいつに周囲がどんな風に、尊敬とあきれの混じった視線を向けてたかっていうと……ああ、何か今のシチュエーションに通じるものがある……かも。
「じゃあ何? ミナト君、逆に今日みたいなオフの日にまで、自主的にトレーニングとかしちゃったりするわけ?」
「いや、さすがにそれはないって。休む時はきっちり休む主義だから、僕」
……あ、そういえば、『休み』で思い出したんだけど、
「そういえば、さ……なんか最近、訓練が休みになること多くない?」
「あ、確かに、それはちょっと思うわね。ここ数日の間に、今日でもう3回目じゃない?」
最初に訓練が『急に休み』になったあの日……ちょうどそう、リュートに絡まれた日だ。
あの日から数日経つけど、今日でもう3回、午後からの訓練が中止になって暇が出来ている。
ノエル姉さんの、商売関係の用事だかで。
自由時間が増えて体を休められるってんで、最初は普通に喜んでたんだけど……さすがにこう何度も入ると、ちょっと気になる部分もあるわけで。
とか思っていると、何か思い出したように、我らが情報屋が口を開いた。
「あー、何か最近、妙な噂が流れてるから、仕事が忙しいのはその関係かもね」
「妙な噂?」
「うん。なんでも近々、この『トロン』有数の富豪が、また何か新しく事業を始める予定らしいんだ。しかもその事業で、かなりの利益が期待できるから、商人さん達は、提携とか協力とかの話を持ちかけて、自分達も利益を……って考えてるわけ」
「ここの富豪って……たしか、山で取れる天然資源でボロ儲けしたっていう?」
「うん。でも、あれからちょっと調べたんだけど、どうも、単にそれらを売って儲かるようになった……ってわけじゃないみたいなんだ」
「? どういう意味よ、それ?」
「その『天然資源』、主に薬草とか、薬効のある木の実とかなんだけどさ……どうも最近、その有用な使い方が発見されたことで、薬草そのものの価値があがった、っていう事情があるらしいんだよね」
ザリーの話によると、
もともとこの山は、薬草が豊富に取れることでも知られていた。
しかし、そんなに珍しいとか高価な薬草があるわけでもなかったし、それよりだったら、山菜を取ったり、魔物を狩って素材を売ったりした方が儲かるので、別段見向きもされてこなかった。
ところが、つい十数年前のこと。
あまりにも唐突に、その価値観がひっくり返る出来事が起こった。
その富豪のお抱えの薬師が、それらの薬草のより効率的な使い方を発見したのだ。
具体的には、その薬草を材料として、より効果の高い薬を作れるような技術を開発したのである。分野はさまざまああれど、既存の薬よりも遥かに優れたものの作り方を。
それにより、その原料となる薬草類の値段が一気に上がったわけだけども、その途端、このあたり一帯の地主さんが『私有地』を主張し出した。
その結果、貧民層の人達は、小遣い稼ぎ程度の金額ながら、月々の生活には必要と言ってよかった収入源だった『薬草採取』に行けなくなってしまったのだ。
そして、
そんな話を、同じころ……自分の仲間から聞いてたやつがいるということを、その時の僕はまだ知らなかった。
その結果、とんでもなく面倒な騒動が巻き起こり……それに僕らが巻き込まれることになるという事も。
☆☆☆
所変わって、
場所は、町外れの教会。
そこでは、日々の糧もままならない貧民外の人達のために、教会が寄付を募って集めた金を元手にした炊き出しが行われていた。
そしてそこには、募集もしていないのに、自ら有志としてそこに参加し、さらには自腹で寄付金まで出している、リュート達の姿もあった。
そこでリュートとアニーは、休憩時間の間に、町を回って聞き込みをしていたギドから、ちょうど同じ頃にミナト達がザリーに聞かされたのと同じような話を聴いていた。
「……ひどいな、その地主」
「全くよ、人間のクズね。儲かるとわかった途端に自分で自然の恵みを独り占めにして、しかもそれでより飢える人が出ようがお構い無しなんて……」
薬草の儲けの独占をもくろんだ、その地主の行為に、ふつふつと湧き上がる怒りをその身に滲ませるリュートだが、
ギドからの報告には、まだ続きがあった。
「いや、それが、今どうやら状況が変わりつつあるらしいんだ、リュート」
「? どういうことだい、ギド?」
普段ならば、リュートの言葉に同意かむしろ過熱するならまだしも、その言葉を止めるようなストッパーの役割を担うことなどまずないギドが、それを制していた。
町で情報を仕入れてきた彼の話には、まだ続きがあったのである。
「その富豪なんだけどな……何でも持病が悪化して寝込んじまったらしい。それも、回復が中々見込めないとかで、最近、息子に権利やら何やら一切合財を代替わりしたそうだ」
「病気で、かい?」
「へえ、いい気味ね。きっと天罰が下ったのよ、弱者を虐げるようなバカな真似するから」
「ああ、俺もそう思う。そのまま死んでもよかったと思うが、それはおいといてだな……その、遺産やら何やら全部を受け継いだ息子のことなんだがな?」
「何? そいつも親と同じで外道なの?」
「いや、それがむしろ、全く逆なんだ。意外なことにな」
「? どういう意味?」
ギドの発言に引っかかったらしいアニーとリュートが聞きなおすと、ギドは『それがな』と続ける。
ギドが町で聞いてきたのは、その跡継ぎの『息子』が、先代に比べて、随分と良心的な方針を取る傾向にある、といった噂だった。
山を傭兵で固めて封鎖し、薬草を盗み採ろうとする者があれば問答無用で犯罪者として突き出していた先代と違い、見つけても厳重注意ぐらいにとどめている、
難民と言っていい状況下に置かれた彼らの支援計画に手を貸している、など、およそ先代とはイメージの全く違う方策を打ち出しているらしい。
「おまけに、この炊き出しなんだけどな……資金の約4割を出資してるのが、ほかでもないその2代目らしいんだ」
「そうなのか? もう手伝い始めて3日になるけど、聞いたことなかったよ?」
「ああ、間違いない。さっき教会のシスターに直接確認したからな」
「シスターって、テレサさん?」
「いや、シスター長のカーラって人の方だ」
「カーラって、この教会の責任者の……なるほど、それなら間違いないわね」
「シスター・カーラがどうかなさいました?」
「「「!」」」
唐突に会話に割り込んできた声に驚き、振り返る3人。
すると、3人の背後には、いつのまにそこにきていたのか、教会のシスターの1人が、買い物用の布袋を手にして立っていた。
3日前からここでボランティアを始めた彼らにとっては、最早見慣れた顔。
少し驚きこそしたものの、それ以上、警戒するなどという事は特になかった。
「ああ、なんだ、シスター・テレサでしたか」
「驚かせてしまったかしら? ごめんなさいね。それより今、シスター・カーラについて話していたようだったけれど、彼女に何か御用?」
「ああ、いえ。ただ、彼女からここの新しい大地主さんについての話を聴いたもので。何でも、先代に比べて随分と良心的な方だとか?」
「まあ、そういうことでしたの。私はつい最近ここへ来たばかりですから、それについて詳しいことはわからないのですけど……でもそれなら、直接ご本人にうかがってはいかがかしら? ちょうど今、次の寄付のことで、教会でシスター・カーラとお話なさっていますから」
「「「!?」」」
「あ、それでは私、これから買い物がありますので……これで」
会釈程度に頭を下げて踵を返したシスター・テレサを見送ると、
「で、どうするんだ、リュート?」
「休憩時間はまだある。せっかくのチャンスだ、行ってみよう」
リュート達は、シスター・テレサの提案に甘える形で、気になったその『2代目』がいかなる人物かを確かめるため、教会の中に入っていった。
……その姿を、後ろから見ている影がいるとも気付かずに。
「……ふふっ、若いわね、あの子達……」
そうつぶやきながら、彼女は、手にした買い物袋を揺らしながら、今度こそ町へと歩いて行った。
☆☆☆
その、十数分後。
リュート達は、途中で出会った年配のシスターから、お目当ての人物がいる部屋を聞いて向かい……そこで、邂逅を果たしていた。
自分たちが気にかけていた『現』大地主。
名を、モンド・ハックというその男は、やはり大地主らしく上等な服を身にまとってはいたが、その態度は、リュートが『噂』を聞く前に想像していたものとはかなり異なっていた。
「なるほど、君達はここで、貧困に苦しむ人達を助ける事業の手助けをしてるんだね」
「ええ、そうよ。あんたの親父さんのせいで、が頭につくけどね」
こちらは、いつもと変わらない調子。
初対面だろうと、町で実質No.1と言っていい権力者が相手だろうと、アニーのその毒舌は例外なく冴え渡っていた。
しかし、出会って数分の他人にそんなことを言われたというのに、大地主……モンドは、ぴくっ、と反応したものの、特に気にした様子もなく口を開いた。
「……そうだね、その通りだ。全く、こんなことになっているなんて……息子として、情けない限りだよ」
「? 何だ、まるで、町の現状を知らなかったみたいな言い方だな?」
言い方が気になったギドが聞き返すと、モンドは額に手を当てて苦笑し、
「ああ、実は……つい最近まで、長いことこの町を離れていてね。2年と少しほど前になるかな、話を聴いて帰ってきてみれば……」
「あんたの親父さんのせいで、この町はこうなってた、と?」
「ああ、その通りさ」
「この町で薬草の利用法が見つかったの、十年以上前だろ? そんなに長いこと町を離れてたのかよ? 親父さんと連絡取り合ったりもしなかったのか?」
「なさけないことにね。色々と、身内の恥が積もる話になるから、あまり詳しく言いたくは無いんだが……簡単に言えば、バカな親子喧嘩だと考えてくれればいい」
「……そうですか。なら……1つ、聞かせてください」
「何だい?」
聞き返したモンドを、リュートは、真剣な目で、表情で見つめ返しながら、
「……あなたが直接原因となったわけではないのはわかってます。しかし、あなたのお父さんが、その私欲のためにこの状態を作ってしまったことについて、あなたは身内として、申し訳なく思っていますか?」
そう、たずねた。
はぐらかしたような回答は許さない、とばかりに目は真剣みを帯びており、さらに、同様の雰囲気を、その傍に控えているギドとアニーも醸し出していた。
モンドはそれを聞いて、さっきのような反応は見せなかった。
しかし、さっきよりもかなり長い時間、考えるようなそぶりを見せると、はぁ、とため息をついて、
「……そうだね。今、ざっと考えてみたけど、今もスラムで苦しみながら暮らしている人達に対して、言いたいことは山ほどあるよ。本当に、どうしてこうなってしまったのやら。もちろん、私にできることは全部したいと思っているよ」
「だったら、山の封鎖を解除して、またスラムの連中があそこに入れるようにすりゃいいじゃねえか。そうすりゃ、貧困も……」
「それが出来ればいいんだろうけどね、そう簡単にはいかないんだ」
「どうして?」
「理由は色々ある。先代が……まあ、親父なわけだが、色々な所の商人と契約を結んでしまってね。利益を守るために、山に他人を入れないで管理する、だとか」
「そんなもの、破っちゃえばいいじゃない。くだらない強欲さと、正義とじゃ、どっちを優先するかなんてわかりきってるもの。ね、リュート」
「理由は他にもある。例えば、この山が有用な薬草の産地だという事実は、方々に知れている。入山・採取の制限を解除すれば、あちこちから大規模な採取隊がやってくるだろう。中には荒っぽいことをする連中もいるかもしれないし、そうなれば、スラムの彼らが薬草を前までどおり取れるようになるとは限らない」
「なるほど……確かにそうですね」
「だから、できることから始めようと思っている。具体的には……今、スラムで仕事がなくて日々の糧にも苦しんでいる彼らに、仕事を与えたりするとか。そのくらいなら、私の権限ですぐにできるからね。ちょうどこれから、新しい事業を始めようと思っているから」
「それは、つまり……?」
「ああ、その事業のためという名目で、彼らを雇うことで雇用を作り出そうと思う」
「なるほど。それなら、色々とトラブルもなく問題を解決できるな」
「まあ、100%そうとは限らないけどね……。そこで、君達を見込んで、頼みたいんだ」
「? 何を?」
ふいに、さっきまでとは逆に、自分達に問いかける形で聞き返したモンドの言葉に、リュートは聞き返した。
モンドは、一拍置いて、
「私は、その事業拡大の際、もちろん私自身の方で、トラブルが起こらないように最大限の努力をする。けど、もしそれでも避けられないトラブルが起きてしまった場合……彼らを助けるために、君達は私に力を貸してくれるかな?」
自分の正面に座るリュートの目を、真っ直ぐ見て、そう問いかけた。
リュートはその問いに、いや、リュートに限らずアニーやギドも、少なからず意外そうな顔を見せる。
無理もないかもしれない。彼らにしてみれば、この町の惨状を作り出したといっても過言ではない家の跡継ぎが、このように殊勝なことを考え、さらになるべく波風の立たぬよう配慮までして、ことの改善に当たれないかと考えていたのだから。
そして、彼のその態度を目の当たりにしたリュートは、
普段の彼の方針から考えても……その問いに対する彼の答えは1つだった。
「もちろんです、モンドさん。僕も、ここの人達に助かってもらいたいと思うのは同じです」
「……もしかしたら、事業で多大な出費をしてしまって、動かせるお金の中であなた方に支払う謝礼は、ほとんどないかもしれない。それでも?」
「もちろんです」
「……わかった。その際は、君達を頼らせていただくかもしれない。よろしく頼むよ……リュート君」
モンドは、あくまでおちついた声音でそう言うと、椅子に座ったままではあるが、ためらいもせず、リュート達に頭を下げた。
しかしその数分後、リュートたちが部屋を、教会を去ってから、
部屋にある、とぐろを巻いた蛇の置物――に、一見すると見えるが、実は念話に似た通信機能をもつマジックアイテムの類――に話しかけているモンドがいた。
ソファにふんぞり返り、先ほどまでとは、およそかけ離れた態度で。
「ああ、話したよ。あの女に呼びに行かせて、な。聞いていた通りのバカ正直さ加減だ……あれなら、俺達の計画に上手いこと貢献してくれるだろう」
『ふふっ、そうか……なら、早いとこ計画を進めんとな。どうも、軍が何やらかぎまわっておるようだ。まさかとは思うが……』
通信マジックアイテムの向こうから聞こえる声の主の話に、ぴくっ、と反応するモンド。
「軍が? ……気になるな。予定を前倒しするか?」
『それも考えよう。すでに準備は完了しているからな、問題ない。ぬかるなよ……モンド』
「もちろんだ。あの女にも、戻り次第そう伝えよう」
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