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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第4章 花の谷の騒乱

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第48~50話 アンノウンと闇の切り札

この話は書籍発売に伴う差し替え版になります。
どうかご了承ください。
 突如として来襲した、ミナトいわくところの『植物怪獣』。

 名前が『トロピカルタイラント』であり、その強さ実にAAランクを誇る、植物系屈指の魔物であると知っている者は、今のところこの場にはいない。

 薬で我を忘れた哀れな魔物たちを食らい尽くしたその魔物は、今度はその根の豪腕でもって、戦線を張っている冒険者達に襲いかかろうとしていた。

 必然ではあるが、AAに匹敵するその実力を相手に……DやCの冒険者では、ほとんど相手にもなっていなかった。

 戦えているのは、援護も含め……シェリーとザリーだけ。

 シェリーは、弓矢で炎の矢を放って攻撃し、根やツタを寄せ付けないようにしつつ、隙を見て胴体に、炎を纏わせた剣で斬りつけている。

 巨体からくりだされる攻撃は、一撃一撃の攻撃範囲が広い強烈なものだったが、彼女にしてみればかわしきれないものではなかった。

 しかしながら、その巨体を倒すには貫くには、武器であれ矢であれ大きさも威力も、まとう炎の火力も足りていない。

 ゆえに、進行を食い止める一進一退の攻防、という絵面が出来上がっていた。

 そしてその後方には、砂の魔法で援護するザリーと、負傷者の撤退を支援するエルクがいた。そして、今のところどうにか無事な他の冒険者による、魔法や弓矢の援護も。

 そしてさらに、

「……っ! 右から来たか……鳥ちゃん、お願い!」

 との声を受け、
 空を飛び回りながら適宜攻撃魔法を飛ばしていたアルバが、支持のあった方向に方向転換して飛んでいく。

 そしてその眼前には、赤い魔力の光が収束し始め……次の瞬間、石壁をも粉砕する威力を持つ強力な破壊光線となって放たれた。

 シェリーが見た、右から襲いかかってきた根っこに直撃すると、その命中した部分を爆散させ、焼き落として無力化する。

「……ホント、すごいわねあの鳥ちゃん。ミナト君のペットだからかしら?」

「半分そうね。あいつ、時々面白半分で、自分で考えたオリジナル魔法教えてたりしてたから。あの光線は、その中でも特に強力な奴だったはずだわ」

 朝練中の休憩時間に、アルバが人語を理解している上、賢くて見た魔法見た魔法を全部コピーしてみせることを面白がり、自分が過去に考えたものの、自分が使えない魔法をいくつか教えていたところを、エルクは見ていた。

 その全てをアルバが体得し、結果、大幅に戦闘力が向上しつつあることも。
 気がつけば、見たこともない魔法をいくつも使いこなす魔鳥がそこにいた。

 あの魔力収束砲撃もその1つで、魔力の粒子を収束させ、その相互作用やら何やらによって爆発的な威力の破壊光線にして放つ、ミナトのオリジナルの魔法だった。

 この場における攻撃力ならシェリーの矢に次ぐ威力のそれを武器に、『トロピカルタイラント』からの距離を保ちつつ、アルバは第一線で戦っていた。

 すると、四方八方から飛んでくる攻撃の嵐に面倒になったのか――そういう感情が植物にあるのかはわからないが――今度は、トロピカルタイラントの体中から根やツタが、両手の指では足りなそうなほどの数出現し、襲い掛かる。

 これにはさすがにシェリー達も顔が引きつる。しかし、引くわけにも行かないし……引けるとも思えない。
 援護部隊も含め、その火力の全てをぶつけて迎撃しようとした……その時、

 アルバが、今度はシェリーの隣に飛来し、再びその眼前に赤い魔力を収束させ、砲撃のエネルギーをチャージし始めた。



 ……6つ、同時に。



「「「……!?」」」

 エルクすら見たことのなかった、予想外の光景に、シェリー達の体が強張った。

 そして次の瞬間、収束した光が6つ全て破壊光線に変わり、しかも威力も落ちていない状態で発射され……襲ってきていた根やツタの大半を爆砕した。

 その轟音と爆風に我に返ったシェリー達は、迎え撃ちきれなかった残りの根を迎撃し、斬り伏せ、打ち落とす。

 全てが終わったタイミングで、まだ驚きが納まっていないシェリーが聞いた。

「ね、ねえちょっと!? エルクちゃん!? あの鳥ちゃん、あんなことまで出来たの!? 6つ同時って……聞いてないわよ!?」

「私だって知らなかったわよ! いつもは1つしか撃たないし……本気出すとここまでだったなんて……魔力が高くてとんでもない魔物だってのは知ってたけど……」

「そうなの? いや、でもそんな……ん? 『6つ』?」

 と、そこでふとシェリーが、今のアルバが同時に放った『6つ』という数に、何かが引っかかったような反応を見せた。

 少し考え込むと、何かに思い至ったように顔を上げて、

「ねえ、エルクちゃん……もしかしてあの鳥ちゃん、『ネヴァーリデス』?」

「! 知ってるの?」

「ホントに!? そ、そうだったんだ……すごいのペットにしてるのね、彼……」

 予想が当たっていたことに驚いているシェリーは、ちらりと、まだ自分の横にいるアルバに視線を向けた。

「いや、私の故郷、色々と古い言い伝えとかあってね? その中に出てくるんだけど……ネヴァーリデスって、脳が6つあるらしいのよ」

「は!?」

「牛に胃袋が4つあったり、昆虫が『複眼』を持ってたりするでしょ? そういう感じ。ネヴァーリデスはその6つの脳1つ1つが、人間に匹敵する知能の高い脳なんですって。そして、それを使い分けることができる。1つ起きてる間に他の脳はローテーションで寝てるから、睡眠がほぼ不要。そしてそれ全部使って魔法を使えば、普通に使うよりも遥かに強力な魔法が使える。当然よね、集中力も思考回路も単純に6倍だもん」

「……もう、どう驚いたらいいのかわかんないわよ」

 とりあえず、今の、本気の破壊光線を、威力を減らさずに6発同時に撃てた仕組みはそういうことか、とエルク達は納得できていた。
 今、この鳥の頭の中では、6つの脳がフル回転しているのだろう、とも。

 しかし深くは考えず、今は単に頼もしい見方であるとだけ考え、再び敵に向き直る。

 そこで、ふと、

「……頼もしいって言えば、この子のご主人様も、ホントにそうよね」

「ああー……それは確かにねえ、言えてる」

「今はいいでしょ、それは。集中、集中」

 と、ぴしゃりと言われたザリーとシェリー。

 しかし、言ったそのエルクも含めた3人の視線は、一瞬だけ、その斜め後方に飛んで……すぐに正面に戻った。

 そこで繰り広げられている、もう1つの戦いを、一瞬だけ目に映して。

 ランクAAのトロピカルタイラント相手の戦いは、いかに凄腕のシェリーやザリー、成長著しいエルクや、まだ子供だが種族としては規格外のアルバがいても、さすがに厳しいものがある。

 普通ならば、この場における最大戦力であり、アルバの主人である彼の助力を当然必要としたい所だ。

 しかし、誰もそれを言わず、文句一つこぼさずに、彼ら彼女らだけで戦っている。

 もちろん、それは……およそ200m超ほど離れた地点で彼が戦っている、もう1匹の敵であるトカゲの方が、明らかに別格の手ごわい相手であると、

 そして、その相手を出来るのが彼だけだとわかっているため。

 今、一瞬だけ3人の目に映った……



「ぜぁぁああああ――っ!!!」

『ギュアァァアア――ッ!!』



 目にも留まらぬ速さで攻撃が応酬する、シェリー以外は、何が起こっているかすらよくわからないレベルの戦い。

 その当事者のどちらにも、今は誰も口出ししない。できない。

 自分達では何も出来ないだろうし、何を言う意味もないと、わかっていたがゆえに。


 ☆☆☆


 ――ギュオッ、と、

 常人には到底見切れない、反応どころか認識もできない速さで、僕の頭を粉砕せんと、鋭い5本の爪を持つ手が迫る。

 それを、すでに『闇』の魔力で本気を出している僕は、懐に飛び込むようにして回避。
 そして次の一撃が来る前に、ぐっと強く握った、しかも魔力まできっちり充填した拳を、その腹にたたきつけた。『ナーガ』を葬った一撃を超える威力の、本気の拳を。

 が、命中した拳から伝わってきたのは、まるで巨大な氷山を殴ったみたいな感触。
 予想を超える頑丈さ。鱗も硬いし、その向こうに感じる肉も、相当な強靭さだ。

……つくづく、4年前を思い出す。

 そして、ほとんど一瞬、ひるんだかどうかもわからないほど微妙な揺らぎしか見せずに、アンノウンの次の攻撃。もう片方の腕の一撃が飛んでくる。恐ろしい速さで。

 懐に入ったがゆえに、よけるのは難しいと判断した僕は、腕でガードするも……次の瞬間、『ナーガ』の突進の比じゃない威力の衝撃が叩き込まれた。

 あえて踏ん張らず、威力をそのままに飛ばされながら体勢を立て直す。

 腕がちょっとしびれたけど……問題ない。動く。

 そこに、間髪入れずに飛んできたアンノウンの追撃の爪を、横から殴って軌道を逸らし、強引に外れさせる。

 で、残った僕のもう1本の腕で……今度は、

(腹がダメなら……顔!!)

 腰を入れて、思いっきりアンノウンの顔を殴りつけた。
 今度は効いたらしく、大きくのけぞり、体が強張るアンノウン。

 すかさず追撃しようとした瞬間、視界の端に黒い何かが映り、同時に、ひゅん、と風を切る音がして……とっさに僕は、上体を逸らした。

 その直後、いやほぼ同時に、鞭のような尻尾が唸り、僕の頬を掠めた。
 ぴっ、とほおが切れ、一筋の血が流れる。

 ……久しぶりだな、母さんの攻撃じゃなく、魔物の攻撃で流血するのは。『エレメンタルブラッド』を形にしてからは、始めてかも。

 そんなことをとっさに考えつつ、バック転を交えて後ろに跳び、距離をとる。
すぐさま構えると、向こうも構えなおした所だった。

 やれやれ、本気で殴って脳震盪も無しか。歯も折れてないし、鱗も割れてない。顔の形も、原型しっかりとどめてる。ありゃ骨も無事だな。

 ただ一応、口の中がちょっと切れたようで、赤い血の混じったつばを吐いてたけど……その程度か。自信なくすな。

 そして、こんだけ濃密な一連のやり取りが……2秒かかってないとか、どんなハイペースなバトルだって話。集中力と神経伝達を極限まで酷使する戦いだ。

 つくづく思う。目の前にいるこの『アンノウン』は、今まで戦ってきたどの魔物とも、全く違う次元にいる、と。

 4年前のあの時より、僕は当然強くなった。
 しかしそれでも、相変わらずコイツは底が見えないときたもんだ。

 まあでも、泣き言を言ってられる相手じゃない。
 さっさと倒すしかないだろう、僕の16年の全部を使って。

 出し惜しみは厳禁と判断した僕は、次の攻撃が来る前に、全身に『闇』の魔力をさらに大量に、暗黒色が体から漏れ出て視認できるくらいの量を充填し、循環させる。
 充填しすぎで逆に動けなくなったりしない、限界量だ。

 その様子に、少し警戒心を目に覗かせるアンノウン。

 しかし、戦意は微塵も萎えていないようだ。まあ、元々んな期待してなかったけど。

 そしてすぐさま、『上等だ!』とでも言わんばかりのアンノウンが突進してきた。

 気迫とか圧力を感じる暇も無い、一瞬というのも憚られる冗談みたいな疾さで、10mは開いていた距離をつめると、再び振るわれる豪腕。

 僕の顔面をえぐろうと、その爪が横から迫ってくる……と思いきや、

(……っ!? フェイント!?)

 ガードしようとしたその直前で急停止するやいなや、軌道が一瞬で変わり、真正面からの抜き手になって槍のように突き出された。狙いは……僕の喉元。

「うおわっ!?」

 貫通し、風穴を開ける勢いで――食らったら本当に開きかねない――迫ってきた爪の抜き手を、上から拳骨を落として強引に叩き落すと、追撃が来る前に放った蹴りで、その腹を捕える。

 全力の『闇』の魔力のチャージで、さっきよりさらに強化された僕の身体能力。その条件下で叩き込んだ水平の蹴りが、アンノウンの体を『く』の字に折り曲げさせた。

 反撃が来る前に一気にたたみかけようとしたが、またしても視界の隅で唸る、黒い尻尾。

 しかし今度は避けず、振るわれたそれを逆にキャッチしてつかんだ。

「どっ……せええぇぇええい!!」

 そのまま、ジャイアントスイングの要領で思いっきり振り回し、遠心力に乗せて投げ飛ばす。森の方に。

 茂みには入らず、太い木に直撃して、アンノウンは墜落した。
 そして、本気で投げ飛ばしたからだろう、命中した木は『バギン』というとんでもない音を立ててへし折れた。幹の太さ1mはゆうにあろう木が。

 倒れて、そして、アンノウンを下敷きにした。

 ……が、普通に立ち上がるアンノウン。普通に木を押しのけて立ち上がった。
 まあ、さすがに無傷ではないようだけど。

 今、傍から見てたら、攻勢にあるのは僕の方だろう。
 実際にそうだけど……実の所、そんな余裕なこと言ってられないぐらい、僕の頭はちょっとばかり焦りだしていた。

 何せ、今までいなかったからなー、フェイントなんて器用なもの使ってくる魔物は。

 しかも、その正確さたるや、器用とかいうレベルじゃない。相当な速さで、しかも全然違う動きなのに、強引さをほとんど感じない素早さで攻撃軌道が変わった。
 あんなの、人間にだって出来る人はそういないだろう。

 あらためて肌で感じた、全てが規格外のその戦闘力。

 動きは機械以上に正確で、人間以上に滑らか。魔物特有の膂力や耐久力も持ってる。それに、フェイントなんて使える柔軟な発想があるあたり、知能も相当に高そうだ。

 それら全部が合わさって、洒落にならないことになってる。

 普通、魔物はそのどれかを欠いてるからこそ、人間の手に負える存在なんだけど……こんだけ持ってるとなると、もはや生ける災いだ。泣けてくる。

 油断してるとマジで死ぬ、とあらためて感じた所で……今度はこっちが攻める。

 腕だろうと尻尾だろうと、迎撃にもきちんと対応できる形で構えつつ、地を蹴って勢いよく突っ込んでいくと、待ち構えていたアンノウンが、何でか知らないが、ふいに口を、かぱぁっ、と開いた。何だ?

 続いて、すうぅー……と、息を吸い込む音が聞こえ出した。

 まさか、炎か何か吐くんだろうか? それとも、『ナーガ』みたいな毒液? はたまた、こいつも実は魔力持ってて、魔力の弾丸でも発射するとか?

 と、次の瞬間、



『―――ィィィアアアァァアァアアアア―――ッ!!!』



「んな……っ!?」


「「「ぎゃあああぁあああっ!!?」」」

「「きゃああああっ!?」」


 飛んできたのは、炎でも魔法でもなく……とんでもない大声。
 いや、大声ってだけじゃなく、とんでもなく高い声。超音波とか、高周波みたいだ。

 打撃攻撃より直接的に、耳から侵入したその怪音波は……ガツンと僕の頭を揺らし、思考が止まるくらいのとんでもない衝撃を叩き込んできた。

 しかも、遠くの方の……植物怪獣と戦ってる、エルク達の悲鳴まで聞こえた。どんだけ遠くまで届いたんだ、この攻撃!?

 しかも、予想外すぎる角度で切り込んできた今の攻撃のせいで、構えが崩れた僕に……すかさず、アンノウンは今度は、また奇妙な構えになった。
 まるで、陸上のクラウチングスタートみたいな、極端な前傾姿勢。

 そして次の瞬間、
 足元がえぐれるほど強く地面を蹴って……頭から突っ込んできた。

 とっさに顔の前で腕をクロスしてガードしたものの、踏ん張りまでは利かなかった。
 次の瞬間ぶつかってきた、とんでもない威力の体当たりで……空気の壁を背中に感じるぐらいの速さと勢いで吹き飛ばされる僕。

 数瞬の後、背中にどしんと衝撃。何かにぶつかったらしい。この感触……木、か?

「ちょっ……え!? み、ミナトっ!?」

「び、びっくりした……ミナト君、大丈夫!?」

 続いて聞こえてきたのは、超音波より100万倍耳に優しい、女の子の柔らかな声。
 いや、それはいいけど、なぜこのタイミングでエルクとシェリーさんの声が、それも割と近くで聞こえる?

 すると、背中に当たってる感触のする木が、何やらもぞもぞと動いたかと思うと……

「ちょっ、ミナト危な……」

『ガァァアアアアッ!!』

「おわ!?」

 って、木は木でも、植物怪獣かい!?

 いきなり上から降ってきた根っこの腕を、前転で回避すると、さっきまで僕がいた場所……ふっ飛ばされて激突した場所の地面に根が何本も突き刺さっていた。

 よりにもよって、あれに激突したのか、僕。相当離れた位置で戦ってたはずなのに。

 つまりあの体当たりで、このだだっ広い広場突っ切るくらいの距離をふっ飛ばされてたってことになる。どんな威力だよ、トラックやダンプカーどころじゃないぞ。

 ――って、そうだ! アンノウン!

 振り返ると、またすごい勢いで走ってくるアンノウンが、僕めがけてジャンプして襲いかかってきたところだった。腕を振り上げ、爪を振り下ろそうとする。

 受け止めようとした時、その尻尾がひゅん、と動いたことに気付く。つまり、本命はそっち……お得意のフェイントか!

 引っかからないよう、横によけて反撃しようとしたら、なんと今度は、尻尾を勢いよく振ってその反動で強引に方向転換し、また突っ込んできた。便利すぎでしょ尻尾!?

 しかし、そうなると今度は尻尾は使えないはずなので、手甲の部分で受け止めようとして、腕を構えた。

 そこに爪が命中し、衝撃が来るかと思われた瞬間……アンノウンは、
 爪を叩きつけるのではなく……なんとその手を、拳を、握った。

「っ!?」

 驚いたことに、爪が邪魔にならないよう、ちゃんと指と指の間から出して……刺付きのメリケンサックのような状態になってる。見た目がかなり凶悪な拳が叩きつけられた。

 爪よりも重い一撃に、ガードした腕が弾き飛ばされ……その直後、さらに踏み込んだアンノウンの尻尾が振るわれる。

 もう片方の腕でガードしようと思ったら、またしても尻尾の勢いで微妙に方向を変え、今度は足を…………足!?

 え、蹴り!?

 しかもこの、片足を軸にして、遠心力を乗せて水平に蹴る蹴り方は、まさか……

(さっきの、僕の蹴り……っ!?)

 水平に僕の腹を捕えた蹴りで、今度は僕の体が『く』の字になった。
 足の力は腕の3倍って言われるけど、魔物でもそれは同じらしい。さっきの爪より、拳より、断然威力のある一撃を叩きこまれ、肺の中の空気が一気に抜けた。

「かっ、あ……!」

 直後、よろけた僕が息をつく暇もなく、またしても迫る、爪より重い拳。

 よく見てみれば、腕の長さが違うからわかりづらいけど、この殴り方も、僕のやり方に若干似てるような……?

 きしむ腹筋の痛みをこらえつつ、左腕でガードしようと構える。いや、ガードできなくても、受け流して……と思ったら今度は、当たる寸前で手を開き、爪で攻撃……
 ……するかと思ったらしてこずに、なんと、ガシッと僕の腕をつかんだ。

 そして、



 ――ガブッ、と、



「い、っ……だぁぁああああっ!?」

 そのまま、つかんだ腕に……なんと、その鋭い牙で噛みついてきた。
 ちょうど、二の腕から肘の辺り……手甲がない位置を器用に狙って。

 剣も斧も通さない僕の肌と筋肉を突きやぶって食い込んでくる、とんでもない牙の鋭さと硬さ、そして顎の咬筋力。同時に襲い来る、尋常じゃない激痛。

 前世で野良犬に噛まれた時の比じゃない、洒落にならない痛みだけど、何でだろう、前にもこんな経験があったような……

 ああ、そうだ、前世のラストだ。
 飛行機事故で破片がざくざく体中に刺さったあの時だ。懐かしい。でも当然ながら、全く嬉しくないよこんちくしょう。

 食いちぎる気満々のアンノウンの牙が、僕の左腕を隻腕にせんと、腕の筋肉を押しのけて、徐々に食い込んでくるのが感覚でわかる。

 遠くの方から、異変に気付いたエルクの悲鳴まで聞こえてきた。あーもう、女の子を心配させるような事態を起こすんじゃないよこの爬虫類!!

「な・め・る・な、こらあぁぁあああっ!!!」

 力で引き剥がすのは無理、っていうか危険と判断した僕は……アンノウンが噛みついてる部分に魔力を集中させ……それを『雷』と『火』の魔力に変換。

 全力で開放し、最高電圧で一気に放電すると同時に、噛み付いていられないぐらいの超高熱を発生させた。傷口から、いや腕全体から、炎と雷が噴き出す。

 電撃と火炎で口の中を焼かれるという、予想外の反撃を食らったアンノウンは、たまらず僕の腕を離し……その隙に、

「お返しだ、この、大トカゲ!!」

 『風』の魔力を限界までこめた右拳を顔に叩き込み、暴風と共に殴り飛ばした。
 さっきのお返しの意味もこめて、植物怪獣の根元に。

 そして、ここがまだ植物怪獣の射程圏内だったので、バックステップで安全な位置まで離れつつ、まだ激痛の走る左腕に、今度は……『光』の魔力を集中させる。
 闇の黒色を押しのけて、白色の魔力が傷口の辺りを覆ってきた。

「ミナト!? ちょっ……大丈夫!? 腕ある!?」

「大丈夫。……うん、つながってるし、骨も無事」

 言ってる間に、魔力で、そして血管内の魔粒子で細胞が活性化し、修復が進む。徐々に止血も進み、流れる血も止まってきた。

 傷そのものがふさがるには時間が足りなすぎるけど……よし、血は大体止まったな。痛みも、少しはましになった。

 と、そのあたりで、根の腕でタコ殴りにされていたアンノウンが、爪と尻尾で根もツルも全部薙ぎ払ってぶった斬って飛び出してきた。
 さすがだ、強固な鱗と筋肉の鎧で、根っこパンチを意にも介してない。

 が、それ以前に僕が叩き込んだ攻撃のダメージは一応残ってるようなので、ちょっと安心した。これで今の間に回復でもされてたらどうしようかと。

 けど、状況は好転してない、な。怪我の具合で言えば、明らかに僕の方が重傷だし。何せ左腕がちょっと、無視できないレベルの傷になってるし。

 しかも向こうさんは、ちょっとずつ僕の技……格闘技能を真似して学習してきて、攻撃のバリエーションが現在進行形で増えてきてると来たもんだ。

 持久力も未知数だし、長期戦は危険か……短時間で一気に決める必要があるな。



 ……仕方ない。

 使うか、奥の手。


 ☆☆☆


 空気が変わった、と、そう感じたのは、3人と1羽だけだった。

 戦いの場にいる、エルクとシェリーに、巻き込まれないよう、戦いの様子を遠くから見ていた、アルラウネのネールの3人。そして、『ネヴァーリデス』のアルバ。

 ミナトの周囲に漂い始めた空気、もとい、魔力の変化を……その3人と1羽は、敏感に感じ取っていた。

 その正体を推測するよりも早く、次の瞬間、

 顔の前で腕を『×』の字に組み、目を閉じて精神を集中したミナトの体から……想像を遥かに超える大量の『闇』の魔力が噴出した。

 そしてそれは、霧散して空中に消えていったりはせず……その体の周囲に、渦を巻いて収束していっていた。

 さながらその様子は、紫色の竜巻か台風か。ミナトをその中心に据え、半透明の濃密な闇エネルギーが、猛烈な勢いで渦を巻いている。

 その闇が、割り箸にまとわりつく綿飴のように、闇の奔流がミナトの体に絡みつき、包んでいく……ように見える。

 同時に、半透明だった闇の魔力は、より濃密になってきているせいか、だんだんとその向こう側が見えない濃さになり、ミナトの姿が隠れていく。シルエットになり、やがてはそれすらも見えないほどに……と、段階的に。

 あまりの魔力量に、周囲にまで巨大なエネルギーの余波が広がり……魔力を感知できる魔法使いタイプの冒険者達は、暴風に当てられているような圧力を感じていた。

 アンノウンすらも、その異様さに警戒心をあらわにして近づいてこない。

 ……そして、あまりに時間が長く感じられる中で数秒間が経過したかと思うと、



「『ダークジョーカー』……インストール……!!」



 そんな声と共に、

 バシュッ、という豪快な音を立てて、闇の竜巻が爆散し……中から、『×』に組んでいた腕を解いた形で、ミナトが現れた。



 ……ただし、



 頭には2本の、ヤギのそれのような形状の、曲がった角、

 腰のあたりに、長細く先が尖った、猫や豹のそれに似ているが禍々しい尻尾、

 そして背中に、コウモリのような翼、

 いずれも、先ほどまで彼を覆っていた『闇』の魔力と同じ、紫がかった黒色を帯びているパーツをそれぞれ生やし……


「ぇ……誰!? っていうか……何!?」


 ……エルクが思わずそう呟いたのも無理もないほどに、先程までとは大きく異なる姿で佇んでいた。


☆☆☆


 もしこの様子を、ミナト自身が見ていれば、『なんか特撮ヒーローの変身シーンみたいだ。もしくは変身後の多段変身』などと言っただろう。

 というかもともと、そのイメージで作った技であるし。

 もっとも、その『変身後』の姿が、ヒーローのように見えるかどうかは別となるが。



 闇の竜巻の中から、さながら蛹から蝶が羽化するかのごとく現れたミナト。
 頭に角、腰に尻尾、背中に羽を生やして。

 よく見れば、それらのパーツは『闇』の魔力で形作られている、実体のないものであるとわかるが、それらを備えた上で、いつもの黒ずくめに身を包んでいるその姿は、どこか凶々しいといってもいい印象を振りまいている。

 無理もない。角に翼に尻尾という、抽象的な悪魔のような姿である。
 しかも、形状がいちいち禍々しいのだ。

 両耳の上あたりから生えている角は、ヤギの角のような曲がった形状。

 尻尾も豹か何かのそれのように長細く、先が尖っている。

 背中は肩甲骨のあたりから生えている翼は、コウモリの翼がボロボロになったような形状という、まさしく悪魔のようなそれだ。

 そして、今も……先程までと同じ、凄まじく濃密な魔力が周囲に充満し、周囲の空気が震えているような感覚が漂っている。

 あらゆる意味で、今までとは別次元の威圧感を周囲に振りまいていた。

 そして、魔力の翼を広げてはためかせ――魔力で出来た実体のない翼のため、羽ばたいても風は起こらなかった――ミナトは、あっけに取られているエルク達に一瞬だけ視線を向け、すぐにアンノウンに戻した。

 その視線に応えるかのように、アンノウンは爪を振りかざすと、地面がえぐれ、土が飛び散る威力で地を蹴って飛びかかっていく。

 その爪の一撃をかわしてミナトは、闇を充填した拳を唸らせる。
 背中の翼が一瞬光り、魔力が高まったかと思った瞬間、カウンターの一撃がアンノウンの顔に叩きこまれ、


 ――ドォン、という轟音と共に、

 拳を叩き込まれたアンノウンが、広場を突っ切って何十、何百mも吹き飛び……そのまま、おそらくは森の中であろう位置にまで飛んでいった。


 殴られた相手が空のかなたに消えるという、漫画でしか見ないような、拳の一撃ではまずありえない飛び方。
 それを見ていた全員があっけに取られる中、ミナトは、

「……いっけね、飛びすぎた」

 そう、ぽつりと呟くように言った。

「エルク、ちょっと行ってくる。すぐ戻るから」

「え? あ、いや、あの、それ……うん、気をつけて」

「ん」

 まだ混乱中のエルクに一言断ると、地面を蹴り、矢をも置き去りにしそうな速度で駆け出し……森の中に飛び込んで、今自分が吹き飛ばしたアンノウンを追いかけていった。


 ☆☆☆


 『ダークジョーカー』

 今僕が使ってる、魔力の翼と尻尾と角を作り出して装着する、というか『生やす』魔法であり……その名前の通り、僕の切り札だ。命名、僕。理由、ノリ。

 そして同時に……母さんから『使うな』とキツく言われてる、禁術指定の魔法だ。

 簡単に言えば、最も僕が得意な『闇』の魔力を、限界を超えて体に充填し、全能力を大幅に上昇させる最終形態。
 そして同時に、様々な体内活動を自在に細かくコントロールして起こすことが出来る。

 単純な肉体強化はもちろん、脳内麻薬エンドルフィンの分泌や、神経伝達の強化、血液の凝固を加速させて傷口を塞いだり、その気になれば、痛覚の遮断までも可能。

 もっとも、今はちょっと左腕の痛覚を麻痺させる――さっきの噛みつきのダメージで動きが鈍らないように――程度にとどめてるけど。

 加えて何より、魔力で作った追加パーツ達が、超強力な支援装備となっている。

 角は、実体が無いから突いて貫いたりはできないけど(そもそもそういう形してないけど)、ある種のアンテナの役割を持っていて、周囲の魔力や相手の動きを超がつくほど精密かつ迅速に感じ取り、反応することが出来る。

 尻尾は、纏っている強大すぎる魔力をコントロールするためのバランサーだ。同じく実体は無いから、相手を捕まえたりは出来ないけど、これも重要なパーツ。

 そして翼は、飛ぶためのものじゃない。僕は相変わらず飛べない。
 この翼はいわば、外部装着型の魔力のギア。パンチなんかの打撃攻撃を繰り出す時に、その威力を尋常じゃなく倍加させる役割を果たしてくれる。しかも低反動で。

 攻撃力、防御力、反応速度、魔力制御etc……色々なものを一度に強化できる、正真正銘、僕の最強形態だ。

 ただしこの形態、欠点がある。
 魔力で大幅に、見た目以上に、しかも神経細胞とかそういうレベルで体をいじくるため……反動がけっっっこう大きいのだ。詳細は省くけど。

 そのため、滅多なことでは使わないよう、母さんに止められている。

 だから、さっさと片付けて戻りたいんだけど……使うの久しぶりすぎて、加減が全然わからなくて、飛ばしすぎた
 嗅覚も強化してるから、見失いはしないけど、どこまで飛んだのやら……あ、いた!

 何と果敢にも、広場の方角――つまり、僕が来た方角――に向かってダッシュしてきているアンノウンを発見、僕に逆襲するつもりで走って来てたんだろうか。
 とんでもない距離殴り飛ばされて逃げ出さないとは、敵ながら天晴れ。

 ていうか生きてたことに、そして走れるほど体力が残ってることに地味にびっくり。かなり本気だったから、死んでてもおかしくないかなと思ってたんだけど。

 しかし、さすがにあのパンチで無傷とは行かなかったらしい。
 顔面がへこんで鱗も割れ、牙も何本か折れていた。

 そして、
 お互いが矢のような速度で突っ込んできていたので……必然的に、次の瞬間激突。

 突き出された爪の抜き手をよけて、ラリアットで迎撃したら……またアンノウンは飛んでいった。
 しかも、威力と勢いがわかるように……水平に。

 が、森の中なので、木々に激突して勢いが殺され、さっきみたいには飛ばない。
 なので、ダッシュで簡単に追いつけた。

 ふっ飛んだ先の木々をへし折りながら飛んでいく様がちょっと痛々しかったけど、それをかわいそうだと思って手加減するような『甘さ』は矯正済み。

 アンノウンが木が折れない程度の威力に減速し、また別な木に激突して止まった所に……追撃の飛び蹴りを叩き込んでまた水平にぶっ飛ばす。木とかへし折って。

 アンノウンはどんどん飛んで、どんどん広場から離れていく。それを追って、僕も離れていく。

 途中何回か、森の魔物たちに出くわしたけど、得体の知れない魔物がぶっ飛んできて、それを追って人間(いや、魔物……に見えてもおかしくないかも、今の僕は)が突っ走ってくる光景に完全にビビッて逃げていっていた。

 そしたら、木立がふいに終わったかと思うと……蹴り飛ばしたアンノウンは、かなり大きな岩壁にめり込んでいた。大きなヒビを、着弾地点から四方八方に走らせて。

 しかしホントに元気なこいつは、僕が茂みから出てきたのを見ると、強引に岩壁を抜け出して襲いかかってきた。もはや意地なのか、単にバカなのか。

 しかし、さっきまとは全く違う今の僕に、さっきまでと同じ技は通用しない。

 前転の要領で尻尾を叩きつけられる……かと思えば、それをフェイントに、アンノウンの左手の爪の抜き手が至近距離から放たれ、僕の心臓を狙う。

 が、アンテナで感知能力が極限まで上がっている状態では、そんなフェイントは無意味で……斜め上からのフックでそれを叩き落す。

 打撃の瞬間に翼が光り、威力が倍加された拳は、軌道を逸らすだけじゃ済まず、アンノウンの左手の爪を、バキィッ、と音を立てて全部砕いた。

 間髪いれずに今度は、アンノウンの顎にアッパーを叩き込む。

 歯がほとんど砕けた上に、斜め上に突き上げる軌道の拳だったので、吹き飛んで岩壁にめり込んだ。というかむしろ、突き刺さった。

 この時点で、もうほぼ勝負はついていると言ってもよかった。
 しかし、ここでやめて後でまた襲われたら元も子もないので、きっちり止めも刺す。

 腰を低くして構え……体を斜めに、右足を前にすっと出す。
 そこに……今日一番の量、膨大な闇エネルギーを集中させる。

 まるで右足の周りにブラックホールがあるかのような、黒の魔力の渦が……魔力を感じ取れる才能を持っていなくとも、周囲に散らされるあまりの圧力で気絶しかねないエネルギーの渦が、そこに形成されていた。

 通常なら暴走しかねない量の魔力を、バランサーである魔力の尻尾が制御している(けっこうギリギリだけど)。

 そして、
 目いっぱいの魔力の充填が完了した所で……跳んだ。



「ダークネス……キィイィィック!!!」



 魔力の翼によって威力が強化され、そこに更に魔力を限界以上の量こめた蹴りが、岩壁にめり込んで動けないアンノウンに直撃した、その瞬間、

 圧縮していた魔力が開放され、弾導ミサイルでも着弾・爆発したのかってくらいの爆発を起こした。
燃え上がった魔力の炎は……闇の魔力で出来た、黒と紫の炎だったけど。

 そして、

 その背後の100m級の岩壁が、爆発的なエネルギーに耐え切れずに粉々に砕け散り……その向こうにあった大きな谷に、大小の岩塊となって落ちていった。
 うわ、危なっ! あんなのあったのか?

 蹴りが直撃し、骨が砕けて内臓がいくつも潰れる感触と共に、ありえない量の血液を吐き出して……それっきり動かなくなったアンノウンも、一緒に。

 落下途中、一緒に落ちていく岩塊のいくつかに当たりながらも動かないアンノウンが、谷底に消えていく様子を見届けてから……僕は、ふぅ、と息をついた。

 いやホント、恐ろしい相手だった。

 しかもなんか感覚的には、4年前のあいつより強かったような……。
 体の色も違ったし、個体差じゃあない、のかも?

 まあ、何はともあれ、きっちり片付いてよかった。
 無事に、とはいえないけど。大怪我した上、禁術まで使っちゃったし。

 そして僕は、体を覆う魔力の鎧を脱ぐイメージで、『ダークジョーカー』を解除……


『ガァアアアァアアアアアッ!!』


 ……する前に、もう一仕事するか。

 アンノウンが吹き飛んで、その時に木々が薙ぎ倒されてる痕跡を目印に、僕は元来た道を逆走した。


 ☆☆☆


 広場に帰ると、防衛線を構築してる冒険者の数が……先程より少し少なくなっていた。

 そして植物怪獣の手(根)が、なんか枝分かれしてて、左右3本ずつ、合計6本の、阿修羅みたいな状態に。抵抗されて思うように食えなくて、しびれ切らして一気に攻めにかかったか。ホントに物騒な守り神様だなおい……。

 広場を突っ切って防衛線の所に行き、それにぶつからないよう急停止。

 いきなり突っ込んできた、翼と尻尾と角のシルエットの僕に、冒険者達がぎょっとしてたけど、一瞬置いて僕だとわかったらしく、胸をなでおろしてる人が何人かいた。ごめんね、びっくりさせて。

「あ、ミナト、おかえり……大丈夫? 怪我は?」

「大丈夫。それでエルク、こっちの状況はどう? 負傷者とかは?」

「半分くらいリタイア。けど死人は出てないわ。命に関わる怪我人も、多分いない」

「あんな感じに怒り狂ってるの相手にしたと思えば、上出来でしょ? とりあえず、これ以上怪我人が出る前に片付けたいんだけど……ああも相手が大きいとさあ……。ホント、体が大きいっていうのはそれだけで脅威よね」

 と、エルクに続いてシェリーさん。
 今は弓でなく、剣を手に持ってる。また大きい炎を纏わせて。

 見ると、植物怪獣の体には……焼き斬られた跡のようなものがいくつも見られて、その足元(根元)には、斬り落とされた太い根っこが何本も落ちていた。

 が、それでも今のシェリーさんでは火力が足りないらしく……倒せていないらしい。

 しかも、焼き斬られた後がすでに新しい根っこで修復されてる所を見ると……

「斬っても斬っても、焼いても焼いても、すぐ再生しちゃうのよね……草のくせに全然燃え広がってくれないし、ホント泣けてくるわよ。まだまだ修行が足りないわ」

「何回かアルバの援護でシェリーが頭焼き落としたんだけど、それでも元通りに治ってたし……ホントどうやったら死ぬのかしらアレ? どこ斬っても再生しちゃうなんて」

「……まあ、だろうね。基本アレ、植物だし」

「? どういう意味?」

「単に木がトカゲみたいな『形』してるってだけなんだよ。あの『頭』だって、実際には頭じゃなくて根っこ。噛み潰して牙みたいな部分から栄養吸ってるだけだし……だから、あの『頭』斬り落としても意味がない。枝切り落としてるのと変わりないから」

 となると、だ。

 見た感じ、あいつの本当に狙うべき弱点は……地面に張り付いてる、足か?

 いや、足は割と自由に動かしてるから……!

「エルク、あいつ今まで、尻尾振り上げたり、振り回して攻撃とかしてた?」

「尻尾? いや、私はちょっとわかんないけど……」

「そういえば、してないわね……全部、腕から伸ばした根っこの触手での攻撃だったわ」

 と、シェリーさん。なるほど。
 なら……ちょっと試してみるか。

 エルクたちを手で制してから、地を蹴って一瞬で植物怪獣の根元に接敵する。
 それに反応して攻撃が飛んでくるより前に、跳躍して……連続飛び蹴りの要領で、その体中に蹴りを叩き込んだ。

 木の幹が、根が、ツタが抉れて弾け飛び……もしも肉の体を持つ動物だったなら、ろくに動けなくなるであろうレベルの怪我が、植物怪獣の体のあちこちに出来た。

 しかし一拍遅れて、その怪我の修復が始まる。
 その様子を見て……僕は、予想を確信した。

「……やっぱりか」

「? 何が?」

「ほら見て。あいつ、足元に近づくほど、傷の治りが早い」

 これで読めた。あいつ多分、尻尾が弱点だ。

 植物なら、地面にきっちり根を張って体を支えて、栄養分を吸収して……っていう、普通のメカニズムがきちんとあってもおかしくない。

 食虫植物だって、食べた虫の栄養だけで生きてるわけじゃない。きちんと根っこから、水や栄養を吸って生きてる。
 だからこいつも多分……とは思ってた。

 あいつは、尻尾みたいに見える部分を地面に根ざして(ゆっくり歩いて動ける程度には可動性あるんだろうけど)、その部分で地面から栄養を吸い上げている。

 そして当然、傷ついた時の再生もそこを中心にして行われる。今、傷が治っていく様子を見て、それがはっきりとわかった。

 つまりアイツは、根っこが無事なら何度でも再生するだろうから、まずそこを潰した上で倒す必要があるってわけだ。そうとわかれば、話は早い!

 再び、手から伸びる触手をかわしながら接近し、思いっきりわき腹に蹴り。
 へし折れず、『く』の字に体の曲がったそいつの、今度は頭に飛び蹴りを連続で叩き込んで、横向きに転倒させる。

 そして倒れてる隙に、植物怪獣の尾(と呼ぶことにする)をつかんで、思いっきり腕に、足に、力をこめて……地面から引っ張った。
 アレだアレ、幼稚園(前世)の時の芋ほり遠足の要領で、思いっきり引く。

「ぜぁぁぁあぁあああああ!!!」

 ビキビキ、ブチブチ、と地面から尻尾もとい根っこが引っこ抜けていき、地中に埋まっていたその全体があらわになる。

 景気よくひっこ抜けたそれは、また結構な長さだ。5mくらいあるか。

 そして太さも大したもんだよコレ。枝分かれしまくってる上に、だいたい直径1mくらいだ。なんか、本体以上にウネウネ動いてて、気持ち悪い。

 するとそこに、

「ナイス、ミナト君、それ任せて!」

 と、大上段に炎の剣を構えたシェリーさんが跳躍してきたので、斬りやすいように上に掲げて持ってやると……そこに思いっきり、炎の剣を振り下ろして、一刀の下に両断。焼き斬って『体』から切り離した。

 肝心要の部分が切り取られてしまった『体』の咆哮が響くが、もうそれも虚勢にしか聞こえない。

 切り離した根っこを投げ捨てると、すぐさま地面に潜ろうとした。あれ、ほっとくと栄養吸って、時間かけて『体』再生させるな。

 なので、

「アルバ!! 焼き払え!!」

 ――ぴーっ!!

 今度はエルクによる制止も入らず、アルバが魔力を集めて発生させた爆炎の破壊光線が6つ一気に殺到し(6つ同時!? 何ゆえ!?)断末魔も上げられない根っこを焼き尽くした。よし、これで再生の心配もなし。

 残るは……正に『根無し草』状態でばたばたと暴れている、こいつだけだ。

 根がなくなってバランスが取れなくなったのか、上手く立ち上がれない様子だ。触手も伸ばしてこないし……攻撃面の弱体化が著しい。

 しかし、『挿し木』なんてものもあるわけなので、こいつから逆に根っこが伸びる可能性も否定できない。確実に仕留めておこう。

 ……せっかくだ、アレ、試すか。

シェリーさんとエルクに、離れてるように言って、

「よーし……アルバぁ! フォーメーションF!!」

 ――ぴーっ!!

 視界の端で、『……』な顔でため息をつくエルクと、『?』な顔のシェリーさんをとらえつつ、一旦バックステップで後ろに下がり、植物怪獣から距離を取る。

 そして、今度は一気に助走をつけて接近して跳び……飛び蹴りの姿勢。
 空中で突き出した右足には、『火』の魔力で起こした灼熱の炎を纏っている。

 そこに、背後からアルバが……まるで炎のような、オーラのような見た目をしている、大量の『火』の魔力を直接僕に吹き付ける。

 その魔力は、吸い寄せられるように、同じく『火』の魔力を纏っている僕の右足に収束していった。燃え盛る炎が一瞬にしてその勢いを、そして温度を倍化させ……

「よぉし行っけぇえっ!! アルバトロスファイヤーキィィイィック!!」

 その勢いのまま、飛び蹴りが標的に着弾、

 爆音と共に業火が噴き出し、火柱が上がり……一瞬で植物怪獣の体を包みこんで、消し炭にした。さながら、ナパーム弾か何かの直撃。

 僕が直接の攻撃で、思いつきで考えて、なんとなく練習してた『合体技』。上手くいってよかったよかった。

 威力も予想以上だ。ベースは『蹴り』だから、範囲は広くないけど……それでも、半径数m圏内を完全に炭化・焼滅させていた。

 ……よし、焼け跡から再生する様子もない。
 これで、正真正銘、終わりだ。やっと。

「……えっと、これでもう、終わったの?」

「うん、これでおしまい」

 エルクに返事をしつつ、僕は今度こそ、ようやく『ダークジョーカー』を解除。
 『闇』でできた角と尻尾と翼は霧散し、体を包んでいた黒いオーラも消えて、元の姿に戻った。

 いやぁ、長い1日だった……。


☆☆☆

 人間恐竜と植物怪獣を倒した後、
 魔物も全滅し、『北』の連中もいなくなった――牢屋に行ったのもいればあの世に行ったのもいる――ということで、今回の騒ぎは正真正銘解決を見た。

 町から早馬が出され、近くの警備隊屯所へ報告が届いたはずなので、一両日中には連中は警備隊に逮捕されるだろうとのこと。

 そして、この戦いで魔物相手に奮戦した冒険者達は、すぐさま町の医院に入って手当てを受けた。僕も含めて、だ。

 その際、最前線で戦ってた僕ら4人は、気を使われたらしく、優先的に入院用ベッドを回してもらえることになったんだけど、主に後方支援だったエルクとザリーは、大した怪我もなかったので、入院はなし。

 シェリーさんは、一番近くで植物怪獣と戦ってたため、大きな傷はなくても、細かい怪我があちこちに。擦り傷とか、打撲とか。一応入院。

 そして、何気にこの4人の中じゃ、僕が一番重傷だったりする。
 ガブッと噛みつかれた左腕をはじめ、全身に打撲やら切り傷。さらに、『ダークジョーカー』の反動で、全身各所が筋肉痛になってる。

 近くで戦ってた冒険者に、ヤバい危険度の魔物アンノウンに殴られたり噛みつかれたりしてたのを見られてて、その証言から、僕本人の主張無視で『重傷』にカテゴライズされて、病室に押し込められちゃったので、この際ゆっくり休んでおこうと思う。

 ☆☆☆

 その翌日、

 「おじゃましまーす……ミナト、怪我、大丈夫?」

 「あ、エルク。ザリーに……シェリーさんも? おはよう」

 ――ぴーっ!

 おぅ、アルバもか。

 一晩寝て起きた朝、朝食前に包帯の交換に来た看護師さんに傷とかの状態をチェックしてもらっていると、エルクとザリー、そして同じ入院患者のはずのシェリーさんまでもがお見舞いに来てくれた。

 ザリーは几帳面なことに、花料理のお土産まで持参して。前世でいう、果物籠的なやつだろうか?

 「まあ、今回のMVPだし、お見舞いならこのくらい持参しないとね。怪我、大丈夫?」

 「うん、問題なし。ほぼふさがってる」

 「ほぼ……って、すごい力で殴られたり引っかかれたりしてなかったかしら?」

 そのまま雑談してたら、回復魔法も使ってないのに、傷が一日でほぼ全部ふさがるという異常事態に驚いていた看護師さんが、何だか慌ててお医者さんを呼んできていた。いや、そんな慌てんでも、別にどこもおかしくないって。いいじゃん治ってんだから。

 まだちょっとかゆいけど、昼過ぎにはかさぶたがはがれると思う。

 ただまあ、左腕はさすがにもうちょっと時間かかるかな、骨がきしむぐらい強く噛まれたから。一応、特に重点的に治癒力の補強を進めてるから、普通にしてるよりは治りは早いだろうと思う。

 そんな中、座利、ザリーが思い出したように『見せたいものがある』と言って何かを取り出した。

 包みから取り出されたものは2つ。というか、2種類。

 1つは、見た目……芋、に見える。
 サツマイモに似た形の、しかしかなり大きな根菜類と思しき物体が大量に入っていた。

 聞けばコレ、あの植物怪獣の根っこがあった場所に、焼け残り的に落ちてたものらしい。

 じゃああの植物怪獣、分類的には芋なの? なんか以外だな。

 そしてこの芋……どうやら魔力を含んでいるらしい。

 そのせいだろう。この芋に熱い視線を注ぎながら、右肩にいる我が相棒くんが目に見えてそわそわしていまして……はいはい、食べたいのね。魔力がおいしそうなのね。

 けど、こんな得体の知れないもんをおいそれと食べさせるのもどうかと……

 そして、もう1つの中身は…………ってコレ、

 「気付いた? ミナト君が倒した、あの黒い大きなトカゲの素材だよ。爪とか牙とか。見た感じ、ミナト君との戦いの中で砕けた、って感じかな?」

 「そうだけど……わざわざ探して回収したの? ご苦労さん」

 「まあ、お金になりそうなのは手間かけてでもきっちり回収する主義だからね、情報も素材も。けど、さすがに戦ってもないのにコレ全部ネコババする気にはなれないからさあ、本来の所有者って言ってもいいミナト君に頼んで分けてもらおうかな、と」

 『回収した僕の労力とか汲み取ってくれると嬉しいなあ』と、わざとらしく言うザリー。口調はチャラいけど、拾得物横領しないできっちりこうして持ってくるあたり、そういう部分で律儀だったりするんだろうか? やっぱコイツ、まだよくわからない。

 風呂敷の上の、琥珀色の爪と白い牙、あと、かなり小さい欠片だけど、青黒い鱗を見てると……戦ったあのアンノウンが思い出される。ホント、大変な相手だったなあ。

 けど、素材としてはちょっと小さいし……これだけ回収しても、大した金にならないんじゃないだろうか。大きめの破片でも、削り出して短剣作れるかどうか、って程度の大きさだし。

 そもそも素材の価値がわからないんじゃ、取り分の決めようもないっていうか、いや、それ以前にアイツが何なのかをそもそも誰も知らないんであって……

 とりあえず、保留にしてもらった。

 
 ☆☆☆

 
 それから大体2日、
 左腕の傷も完治。普通転んだ怪我でもこんな早く直らないだろ、ってお医者さんに驚かれつつ、僕も退院。

 入院中暇だったので、エルクに頼んで宿の部屋から僕の荷物を持ってきてもらって、中の『ネクロノミコン』を読んだり……してて、気付いた。
 この本、どうも変だ。

 内容が奇抜なのはいつものこと。しかし、変なのはそこじゃなく、ページ数だ。

 大体、500~600ページくらいかな、と思ってたこの本だけど……読み進めていくと、明らかにそれより長いページ数のそれだ。

 で、よく見てみると……どうもこの本、どんな魔法なのか知らないけど、めくってもめくっても後から後からページが追加され、そして最初のページがどこかに消える。

 ぱらららら……と、内容は読まずにめくっていくと、最終的には、23098ページという色々とおかしいページ数でそれが止まった。ページ調節の魔法でもかかってるのか?

 内容のややこしさも考えると……毎日読んでも、1年じゃ足りないな。

 まあ、難しくてもつまらなくはない本だし、勉強にもなるから、いいか。

 そして一昨日の昼ごろには町長さんが来て、脅されていたとはいえ、『北』に加担して僕らを惑わす証言をしたりしていたことを詫びてくれた。
 拉致されていたという娘さんも一緒に。帰ってきたみたいでよかったよかった。

 まあ、皮肉の一言や二言は言いたくもあったけど、わざわざ娘さんの前で言う事でもないし……作戦がお粗末で騙されることもなかったから、別にいいか。

 捉えた『北』の連中がいるし。もうすぐ到着するであろう警備隊の人たちが連行して、相応の裁きが下るだろうし。溜飲はそれで十分下がる。

 ちなみに、シェリーさんは昨日の朝一番で、退院という名の脱走をしてたりする。

 そしてその日、待ってましたとばかりに、治療を終えた冒険者たちが、戦勝祝いの宴を開くと伝えてくれた。

 冒険者ってのは、大仕事の後には宴を開いて騒ぎたがる生き物だとは、エルクとシェリーさんの弁。そこで戦いの勝利を喜び、互いの健闘をたたえ、散っていった者を悼む。
 今回死者は出てないから、3つ目はいらないけど。

 立役者である僕とシェリーさんの退院を待つため、今まで待ってくれていたのだ。主役なしでは始められない、と。律儀な方々だ。

 

 町の広場を借り切っての宴は、乾杯の音頭と共に始まり、冒険者に自警団員、さらに町民たちや商人たちまで巻き込んだ大規模な祝勝会になった。

 町の内外の商人たちから、格安で酒や食材が提供され、木製のテーブルに所狭しと並んでいる。参加者達はその中から思い思いに飲み食いして楽しんでいた。

 皆さんテンションは、酒の入ってない最初からすでに高め。若干気圧され気味だ。

 そして、必然なのか、僕やシェリーさんの周りは特に騒がしい。最前線で戦ってたのを大勢が見てるからだろう、ひっきりなしに声をかけられ、酒や料理を勧められる。

 正直僕は、食事は静かに取るのが好きだ。どっちかって言うと、祝勝会なら知り合い同士で厳かにしたかったんだけど……まあ、こういうテンションも嫌いってわけじゃないので、そこそこ楽しませてもらってる。

 エルクやザリーも、同じ感じで無難に対応してて……シェリーさんはノリノリ。来る時の道中の、初日の夜を思い出す感じ。『酒持ってこーい』状態。

 あと、何気に人気なのが、我が相棒その2であるアルバ。
 なぜか特設されてた止まり木に止まってて、冒険者とかはもちろん、町の皆さんなんかにも人気者らしく、エサとか貰ってる。

 見る限り、魔力とか持ってない普通の料理なんだけど……空気読んでるのか、差し出されたものはきちんと頂いていた。ホント偉いよ、お前。後で何かご褒美あげないとな。

 そしてどうも、アルバが人気の理由は……植物怪獣との戦いの際、飛行による機動力と僕が教えた魔力砲撃の火力で、遊撃戦闘機のごとき活躍を見せたからのようだ。アルバのおかげで撤退でき、命拾いした冒険者は、1人2人じゃないらしい。

 目ざとい商人が何人か、『売ってほしい』って交渉してきたけど、当然断った。付き合いはまだ長くはないけど、これからも一緒にいたい我が相棒ですから。

 そして当然ながら、僕にも絡んでくる人は多いんだけど……意外なことに、その逆、僕を避けたりする人は1人もいなかった。

 堂々と『闇』の魔力を、しかも思いっきり使って……奥の手の、見た目が結構やばい感じに変わる『ダークジョーカー』まで見せたのに、忌避感を抱く人、皆無。『やるな若いの』って感じでばしばし背中を叩いてくる人、多数。

 冒険者の皆さんに聞いたら、命の恩人にそんなことは死んでもしないとのこと。
 伝聞でそれを知った町の人達も同様だった。

 こういう豪快でおおらかな、細かいこと気にしない感じは、安心するっていうか、好きだなあ、現金かもしれないけど。

 そして俗な話、こういう宴会では、その場で気に入った異性を見つけて口説いてお持ち帰り、なんてこともよくある。男女問わず。……ってコレも『初日』に言ったか。

 宴会開始からしばらく経過し、酒が回ってきた参加者達の中には……異性と連れ立って宿場町の方に消えていく人もちらほらと。

 面子も様々。男冒険者に女冒険者、男の商人や、売り子をしてた町娘、さらには、ビジネスチャンスと見た娼婦のお姉さん方までも。
 ……まあ、滾るものを解消できれば誰でもよさげな男衆には人気みたいだ。

 初日よろしく、またしてもエルクとシェリーさんの周りには人だかりが出来てたけど、見渡す限り全員撃沈してました。酔いつぶれない限界を見定めてるエルクに、いくら飲んでも判断力はしっかりしてるシェリーさん。酒で失敗しないタイプの2人だ。

 しかし、ザリーがいない。どこかの女の娘と宿に消えたか、はたまた絡まれる前に姿をくらませたか。それとも……ま、いいや。

 そして僕も、何度か女の人に誘われるんだけど……色々理由つけて断ろうとしても、ほとんどが諦めてくれない。

 結構な量の酒を飲んでるから、押せば落ちると思われてるっぽい。確かにもうかれこれ、ビン5本ほど空けたかも。うち1本は強めのブランデーだ。

 だが何度も言うように、僕は『エレメンタルブラッド』で普段から肝機能も高まってるので、このくらいじゃ酔っ払うどころか顔色も変わらないんだけど……口がうまい方じゃないから、断る理由に苦労する。っていうか、思いつかん。

 困ったな……実はこの後僕、約束があって、もうその待ち合わせまで時間ないのに。かといって、その『約束』を断る&抜け出す理由にするのは、諸事情で無理だし……。

 と、胸を押し付けて誘惑してくる女冒険者の人や、健気さを滲ませて前に出てくる町娘ちゃんへの対応に困っていると、いきなり頭が後ろに引っ張られた。

 「こぉら、何してるのよミナト、女に囲まれて鼻の下伸ばして……」

 「いけないわね~? こーんな仲のいい美女2人を放ったらかして、他の女の娘達と遊ぼうとしてたのかしら?」

 後ろにいたのは、僕の耳を引っ張ってるエルクと、その後ろで酒瓶片手ににやにやしてるシェリーさん。

 一応、耳を引っ張られて痛がる演技はしておく。全然痛くないけど。

 どうもこの2人、僕が抜け出せなくて困ってるのを察知してわざわざ来てくれたらしい。
 囲っている女の子達に『私たちが貰ってくから』的なことを言うと、さっさと僕の手を引いてテイクアウトしていった。

 何か言いたそうな彼女達だったけど……さすがにエルクとシェリーさんっていう、主役と準主役相手じゃ何も言えなかったらしい。『ちぇー』とか口を尖らせてはいたものの、別に何も恨み言はなく、『ごゆっくりー』と送り出された。

 中には、僕とエルクを交互に見て、にやにやしてる視線もいくつか。なぜ?

 そしてそのまま、僕とエルクとシェリーさんは、今夜の寝床を共にすべく、宿場町に……向かったりはせずに、

 そのまま町を突っ切って、見張りのいない位置から町を出て……そのまま森に入っていった。

 約束してる、『二次会』のために。

 
 ☆☆☆

 
 宴会を抜け出し、行き着いた先。
 森の奥深く。少し開けた、ピクニックとかでブルーシートしいてお弁当食べれそうな感じの場所。

 そこに……アルラウネのネールちゃんを筆頭にドライアドちゃん達が集まって、木の実とかキノコとか山菜とか、色々用意して待っててくれた。

 そう、これが僕らが招待されてる『二次会』。
 今回の誘拐騒ぎで助けられたお礼がしたいってことで、ネールちゃんから『念話』でエルクに招待のメッセージが届いたのだ。

 飲みものは、ドライアドちゃんたちも大好きだっていう、果実汁に花の蜜や蜂蜜を混ぜた甘いジュース的なものがあって、正直酒よりも断然嬉しい。

 木の実も取れたてで瑞々しいものや、どこで技術が確立したのか知らないが、ドライフルーツなんかも食卓に並んでた。

 一足先に来てたザリーにも出迎えられて――僕らが少し遅くなるかもと伝えにいったらしい――ベジタリアン気味のラインナップで二次会。

 さっきよりちょっと年齢低めながら、引き続き女の子に囲まれてる状況だけども……こっちはただ単に好意的な感じで(むしろ好奇心?)よってきてる、小学生くらいの女の子達、って感じの印象。

 前にも言ったように、僕は子供は好きじゃない。

 が、それは別に子供だからちょくに嫌い、って意味じゃなく……僕の場合、子供の『無意味に駄々こねる』『人の都合無視』『融通が利かず愚直』『現実を見ない』なんかの、総じて未成熟で面倒な点が嫌なんであって、子供そのものが嫌いなわけじゃない。

 そういう面を見ると虫唾が走るんだけども、まあこんな風に純粋な性格でじゃれついてくるだけの分にはさほど嫌悪感は無い。

 外から来た人間が珍しくて、しかも髪色なんかも見たことないとあって、食事する暇がないくらいにわらわらとよってくる。軽く幼稚園の保父さん状態だ。

 まあ、飲み食いはさっき散々済ませたから、適度につまめればそれでいいんだけど。

 ぺたぺた体さわってきたり、なんか勝手に膝の上に座ってきたりするから、ちょっと対応には困るんだけど。いやあの、『ゆっくりして言ってくださいね』っていわれたのに、今んとこ全くゆっくりできてない。まあ、いいけどさ?

 そして、その向こう側にいる、ネールちゃんと同じ、何人かの『アルラウネ』の娘は、珍しくて興味があるけど、中々近づきづらいな、って感じで、チラチラと視線を送ってくる程度だった。警戒心からか、はたまた気恥ずかしさからか。

 一方、僕の方はそんな感じなんだけど、他の3人……プラス、遅れて飛んできて合流したアルバはというと、

 ザリーは、僕と似たような感じだ。見た目からか、アルラウネの娘達はあんまりよっていかないけど……好奇心最優先のドライアドちゃん達にもみくちゃにされてる。見た目のチャラさから敬遠されてる様子もなく、むしろかえって面白そうにしてる。

 アルバも似たような感じ。かわいいかわいいって、きゃっきゃ言われてエサとかもらってた。

 そして、エルクとシェリーさんは……僕やザリー以上に、ドライアドちゃん達に大人気だった。

 聞くと、2人とも普通の人間とは違う感じがするらしい。雰囲気が親しみやすいとかじゃなく、なんでも、自分達に近い感じがするとか何とか。
 ……どういう意味だろうか? 精霊種族である、ドライアドちゃん達に『近い』?

 ザリーに聞くと、精霊種の魔物の場合、エルフなんかの一部の亜人種族を近い存在として認識することがあるらしい。

 そうなると、ダークエルフのシェリーさんはわかるけど、なんでエルクも人気なのかな?
 おそらくエルクが持ってると思われる、人間なのにドライアドの『念話』が聞こえたり、魔力を繊細に感知できる才能と関係あるんだろうか?

 それに、未だに謎な部分としては、大したことじゃないんだけど、この町に来て初日のあの救難信号の『念話』を、ダークエルフのシェリーさんは聞き取れなかったんだろうか、っていう点もある。聞こえたのに無視しそうな性格じゃないし……個人差あるのかな?

 そのあたり、まだわからないことも多いなあ……シェリーさんといい、エルクといい。

 そんな疑問も、元気な女の子たちのきゃいきゃい声に埋もれつつ、その夜は更けて……

 
 ☆☆☆

 
 ……更けてはいかなかった。

 何でかっていうと、『二次会』が始まって1時間もたたないうちに、ドライアドちゃんたちがほぼ全員寝てしまったのである。

 しかし、酒を飲んで酔いつぶれて、とかいう理由ではない。酒出てないし。

 「すいません……私達、基本的に夜に強くないので……。日光が出てる昼間なら、光合成もしますし、元気なんですけど……」

 「ああ、生態の問題だったんだね」

 理想的かつ健康的な生活を送ってるようです。

 見た目からして夜強くなさそうなちっちゃな子達ではあるけど、それ以上に種族の特性として、光合成の出来ない夜はさっさと寝てしまうらしい。今日はみんな、恩人相手のパーティだってことで、ちょっと無理してたらしいけど……ダメだったようだ。

 っていうか、植物の精霊だけあって、光合成まで出来るんだ? すごいね。

 アルラウネの娘達は、ドライアドちゃん達よりは夜に強いらしいので、後片付けなんかをやっていた。僕らも少し手伝った。

 そして今、川辺で洗いものをしてる彼女、ネールちゃんと、軽く談話してる。

 「今回はホントにありがとうございました……腕の怪我、もう大丈夫なんですか?」

 「ああ、うん。もうほぼふさがってるよ。明日には跡も消えてるんじゃないかな」

 一応まだ包帯を巻いてるけど、すでにかさぶたがはがれる所まできているので、正直もうこの処置は大げさだ。

 「なら、ホントによかったです。あのオオトカゲにミナトさんが噛みつかれちゃったときは……私、血の気が引いちゃって」

 「ははっ、心配かけてごめんね」

 こんな軽い感じでトークできるのも、事態が無事に収束したお陰だろう。

 そのまま洗いものを終えて、食器(っていっても、木で作った荒削りなやつだけど)を片付けたネールちゃん。お土産に、今日食べきれなかった分のドライフルーツを包んでもたせてくれた。あと、今日飲んですごく気に入った、例の飲み物も。

 これは嬉しいな。特にドライフルーツは、保存も利くし。

 「このくらい、私たちがミナトさんから受けた恩に比べたらなんでもないです。ミナトさん達のおかげで、仲間が1人もさらわれずにすんだんだもの……あの、何か私にお礼に出来るようなことがあれば、何でも言ってくださいね?」

 「あ、うん、ありがとう。でも今は別に……あ、そうだ」

 「? 何かあるんですか?」

 「うん。別に今じゃなくても大丈夫なんだけどさ、もしよかったら……」

 その後、ネールちゃんにちょっとした『頼みごと』をさせてもらった後……これでその日はお開きにして、エルク達と宿に帰った。

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